第86話
5.彼等の記録獄中死

「──僕がキラかもしれない」

夜神月が宣言した瞬間、誰より先に反応したのは、父親である夜神さんだった。


「ば、馬鹿な!何を言ってるんだライト!」


夜神月の両肩を勢いよく掴かかり、半ば怒鳴りつけるように詰め寄った。

「ライト正気か!?バカな事を言うのは止せ!どうしたというんだライト!ああ!?」

相沢さんも、松田さんも、唖然として汗をかいていた。
夜神月がキラであるという疑いが強まっていた事はわかっていた事だ。
しかしまさか、彼自身が「自分がキラかもしれない」なんて名乗り出て来る事は、当然誰も予想していなかった事だ。
パソコンにはいつものロゴマークだけが表示されており、ワタリに指示した通り映像も音声もOFFになっている。
椅子に座りつつ、背後を振り返って彼等の様子を観察する。


弥はキラの事どころか自分への第二のキラの疑いに対しても何も喋ろうとしない…
夜神月がキラだという証拠もない…が…ここで「僕がキラかもしれない」…?
演技だ…おまえはキラかもではなく、キラだ…一体何をしようとしてる?

「父さん、竜崎がLなら世界一と言っても過言ではない探偵だ。そのLが僕をキラだと決めつけている。きっと僕がキラなんだ」
「な…な…何を言ってるんだ!?ライト…」

夜神さんは夜神月の肩から手を離し、それ以上何も言えず、意見を求めるように私の方をバッと振り返った。


「はい、確かに…私の中では九分九厘、月くんがキラです。だから近々事情聴取する事になるかもと…月くんは鋭い洞察力を持っているがゆえ私の心理がわかったのでしょう…」

そうじゃない…私がキラだと決めつけてると考えられるのはおまえがキラだからだ…
しかし何をする気だ…キラ…
夜神月に向けていた視線をパソコンの方へと戻し、考える。この先どう出てくるのか、想像するだけならいくらでもできる…が、こうするであろう、という確信に至れるパターンは思いつかない。


「FBI捜査官レイ=ペンバーが日本に来てから死ぬまでに調べていた者…5月22日に青山に行った者…そして第二のキラ容疑のミサが関東に出て来て真っ先に口説いた人間…そして、もう一人のキラ容疑がかかっている と最も身近な人間…全て僕だ。僕がLの立場でも僕がキラだと推理する…これは…僕に自覚がないだけで僕がキラなのかもしれないって事だ…」
「…ライト…」

自身の両手を見下ろしながら、青ざめる夜神月。演技だ…という確信が私にはある。
しかし実の父親である夜神さんは、疑念を抱く事もなく、信じ切ってわなわなと震えている。

なるほど…自覚がない…か…


「キラに操られた犯罪者が残した「死神という文字」。第二のキラのメッセージにも「死神」。死神など信じていないが、こんな言葉を突き付けられ、世界一の探偵に「おまえがキラだ」と疑われ…もう自分が自分でもわからなくなる…怖くなる…頭がおかしくなりそうだ。僕に自覚がなくても、例えば寝ている間にもう一人の僕が殺人を犯しているのかもしれない…」
「それはありませんでした」

汗をかき、少し震えた様子で言う夜神月に対し、きっぱりと否定をする。

「どういう意味だ」
「実は月くんの部屋に、五日間ほど監視カメラ付けていた時があったんです」
「……カメラ?」
「はい、月くんは夜普通に寝ていました……」
「そ…そこまでしていたのか竜崎……、…じゃあ…その五日間僕に死神の行動はなかったって事か?」
「はい…残念ながらありませんでした…月くんが情報を得ていない時に報道された犯罪者が死んでいった事から「キラではない」という判断ではなく、カメラを付けていてもキラとしてのボロは出さない」と判断しました」

私の方へ、思わずといった様子で必死に歩み寄ってくる夜神月。
人権問題にも発展しかねず、犯罪者にすらなる…と言われ、捜査員達に猛反対された監視カメラの設置。
しかし当事者である夜神月は、責める所か、そこに真実が映っていなかったT知りたがっていた。
あの時は、部屋中におびただしいほどの数のカメラをつけた。気が付いていた…という可能性も0ではない。
であれば、やはりこれも演技。

「……「キラとしてのボロは出さない」か…実際そうなのかもしれない、一体どうなって…いやどうすればいいんだ…僕はやっぱりキラなのか?僕なりの推理をしても…可能性は高く思える」
「何を言ってるんだライト…考えすぎだ…」
「……正直に言うが…僕は…ある程度の重犯罪者は死んだ方がいいと思っている…こういう考えを持っている人間なら誰でもキラになり得ると思うんだ…」
「ライト……」
「嘘じゃないよ父さん…いや、犯罪者でなくともだ。こんな奴は死んだ方がいいと思う人間は僕の中に沢山存在しているんだ…」
「月くん、それは僕だって同じだ!こんな奴死んだ方がいいと思う事なんてしょっちゅうある。人間て結構誰でもそうなんじゃないかな?でも、だからっ本当に人を殺したりはしない。そうだろ?」

夜神さんだけでなく、松田さんまでもが夜神月を援護した。

「それに月くんが情報を得ていない犯罪者が死んで行ったんだ。それは監視カメラが証明してくれた。五日間も見続けていたんだ、絶対月くんはキラじゃないよ」

絶対、という言葉を使い、絶対の信頼を傾けている松田さんとは違い、相沢さんは違った。

「い…いや…あの時は捜査員不足もあり、在宅時しか観ていない。まあそれで十分と考えていたわけだが…五日間24時間監視していたわけじゃない…
学校等にも行っていたし自由に外出できた…万が一カメラに気付けていたとしたら、家にいない時に殺人をする方法があったのかもしれない…」


夜神月を援護する2人と、夜神月を疑う2人。この場の意見は、きっぱりと割れていた。
…まさか…こうなる事を…
…しかし…弥のように夜神月をこれから長期に渡り拘束したとして…今後世に出る犯罪者が死んでいったら…
夜神月がキラであってもその時はもうキラではない…か?それを狙ってるのか?
いやそれが本当に出来るなら、夜神月を捕まえていてもキラが存在し続ける事になり…私の中でもキラではなくなってしまう…

「…何か私には少し話の展開が気に入りませんが…いいでしょう。夜神月を手足を縛り、長期間牢に監禁」
「な…何を…」

夜神さんの言葉に被せて、強く言い切る。

「その代わり。やるなら今からです。一度も私の目の届かぬ場所に行く事なく」
「ば…馬鹿な、息子がキラであるはずが…!大体そんな事息子が──」
「いいよ父さん」
「ライト…」
「やるよ。…いや、そうしたい。僕もこのまま自分がキラではないのかと心のどこかで悩みながら、キラを追っていく事は出来ない。はっきりさせたい…一刻も早く。
それには一見時間がかかりそうでも、こうする事が一番早いかもしれない。いや、今はこれしかないんだ」

夜神月の覚悟は決まっているようだ。手足を縛ると言っても動じない。
夜神月のいう「死神の行動」をさせないためには必要なこと。想定内だったのだろう。

「その代わり…竜崎が僕がキラだとわかるか、キラじゃないと納得するまで、僕が何を言おうと、どんな状態になろうと、絶対自由にしないでくれ」
「わかりました…しかし月くんへの疑いが晴れるなどという事は、どれだけの時間を費やすか、私にも想像がつきません。そこは覚悟しておいてください。
…夜神さん、家族の方に月くんが居なくなる理由、今から作れますか?いや作ってください」

夜神さんへと問いかけるも、やはり納得してくれないようで、狼狽し続けるばかりだった。

「そ、そんな事急に言われても…大体何故息子が牢なんかに…!」
「しつこいよ、父さん。そうしないと僕自身が納得できないんだ。そして自分がキラでないなら、僕や父さんをこんな目に遭わせたキラを絶対に捕まえる。
キラは殺人に情報が必要…それは僕の中でも絶対の推理。犯罪者の情報を得ない隔離された所から自分の潔白を確立しなから、キラを追ってみせる」
「し…しかしおまえ…大学は?」
「僕のレベルなら一年…いや、どれだけ休んだところで問題ないのは父さんも知ってるはずだ。
…理由はこうしよう。「と同棲する事を決めたが、そんな事堅物の父さんが認めるはずがないから、しばらく連絡は取れない様にしておく」と僕が母さんに電話する。父さんは家で「そんな息子は勘当だ」とでも一芝居打っておいてくればいい」

と同棲…か…。あくまで弥海砂や高田清美などのその他の女性は"友達"というカテゴリに当てはめ、
本命はだという風に仄めかす。それは幼馴染であり、周囲も2人の仲に恋愛感情があると勘違いしている状況を利用しているのか…
…本当にに恋心があるとでもいうのか…?いや、キラは恋心など抱かない…
抱いていたとすれば、どうやって犯罪者を身勝手に裁く傲慢さと、人を愛する慈悲深さを両立させられる。
サイコキラーは表向き普通の人間で、温かい家庭を築いている場合もある。
突発的に訪れる殺人衝動と愛を両立させる。それは実は、不可能ではないのだ。

しかし"キラ"はとても高慢で、不遜。突発的な"殺人衝動"で犯罪者を裁いているのではなく、自身の抱く理念で人を選別して殺している。
そんな潔癖な人間が、人を愛する事が出来るのか…私の中では、"キラ"の中に愛を感じる機能が働いてると思えない…
…全ては、演技…仲睦まじそうなやり取りも、を貶められたと感じて私を睨んだあの姿も、全ては…


「…本気なのか…ライト…」
「ああ、僕は自分の自由を封じる事で、自分の中に潜むキラの恐怖に勝つ」


夜神さんは、もう何も言えないようだった。息子の覚悟を受け止める他なく、
手錠をかけられ、アイマスクと耳栓をされて連行される姿を、見送るのみ。
…こうなる様に自分から仕向けたと考えるのは考えすぎか?…まさか本当に自分の自分へのキラの疑いに怯えているのか…?
であれば、幼馴染を大事に思う気持ちも本物であり、が確保されたこの状況だからこそ、耐えきれなくなりここへやって来た…そうとも考えられる…


****

硬いベットと便器しかない、監視カメラつきの牢屋に入れられた夜神月。
後ろ手に手錠をかけられ、ベッドに腰かけ、足元に視線を落としながらじっとしている。
モニターには夜神月の入れられた牢屋と、拘束された弥海砂、の姿が同時に映るようになっている。

…キラであるなら殺人の仕方を自供させ、実際にやってもらうのが一番いい…そう考えていた私にとって、このやり方は決していい方法とは言えない…
しかしさすがにこの状態で新たに報道されていく犯罪者が死んでいけばキラではないと判断せざをえない──という事か?
それでも今の私には夜神月がそうなる様仕組んでいたとしか考えられない…どこまで計算し用意してある?夜神月……
モニターを食い入るように見ていた私の近くに、静かに夜神さんが歩み寄り、こう言ってきた。


「…竜崎…私をこの捜査本部から外してくれ」
「局長…!!」
「今キラとして疑われ監禁されているのは私の息子…私にここにいる資格はない…監禁するか否かさっき話していた時も、私は一人私情で息子監禁させまいとしていた…」
「そうでしたね…私情を挟むなんて駄目ですね…」

夜神さんの言葉に同意すると、「こ…これで…もし…」と震える声で夜神さんは続けた。

「息子がキラだという事にでもなったら…私はどんな行動に出るか…」
「…はい…夜神さんなら息子さんを殺し自分も死ぬ…などと考えなくもなさそうです…私もここに夜神さんを置かないのは賛成です…が、しかしこれからどんな事になろうとも…」

机に置かれたメロンの上から生ハムを取り除き、メロンの身だけを口に含みながら、夜神さんと視線を合わせながら告げる。

「辞職は考えないでください」
「…竜崎…息子にここまでキラとしての容疑がかかっている…それだけで辞職するのは当然だ…警察というのはそういう所だ…」
「わかりました…息子さんに疑いがかかってるのを知っているのはここの本部の者だけですから…辞めるのであれば…息子さんがキラだと確定した時にしてください」
「…そうだな…それはわかってる…今辞めたのでは目の前の事から逃げ出すだけだ…私も
この目で真実を…息子の身の潔白を見届けたい…しかし、これでは…」

夜神さんは冷静に語っていたが、しかし最後の方は尻すぼみになり、とうとう抑えがきかなくなったように声を荒らげた。

「竜崎!私も監禁してくれないか!?今は冷静だが息子への感情でいつ何をするか…!」
「そう言いだす可能性があると思い、ワタリに準備はさせています。ただし監禁といっても今まで通り携帯の電源はたまに入れ、家族や外部との交信を普通に行う。
月くんにはその事実を教えず、月くんが話しかけてきたら、この本部に居る様に思わせ会話する。そして夜神さんには監禁された中でも全て捜査情報を随時報告する……それでいいですか?」
「……恩に着る…竜崎…」


夜神さんは、夜神月のように手錠をかけられたりすることなく、ただ牢のある部屋へと案内され拘束される事なく、自ら檻の中へと入った。
夜神さんの入った牢だけはカメラが配置されている場所が違い、カメラの目が行き届かぬ死角が存在する。
そこには便器があり、プライバシーが確保できるようになっていた。
もう一つ、夜神月の牢と違う点を挙げるなら、椅子があるという所か。
夜神さんは、監禁され3日が経った今日も、ただのパイプ椅子に座り続け、一日中難しい顔で沈黙している。
夜神月もまた、ベッドの上に腰かけ、同じようにじっと沈黙を続けていた。
弥海砂・の監禁は少しだ緩められ、立った状態だった所から、座る姿勢が取れるようになっていた。
しかし手足の拘束・アイマスクはそのまま。

『ストーカーさんお風呂入りたーい。どうせ私の家知ってるんでしょ、着替え持ってきてよー』

弥海砂は沈黙するより、喋っている方が楽なのだろう。
四日目の時点では、「ストーカー」に解放させるため、説得しようと打算で会話している所もあったのだろうが…。
しかし監禁七日目の今は、返事が返ってこなかろうが、絶え間なく喋りつづけている。
一方の方は、あれ以降一度たりともひとり言を漏らす事なく、沈黙し続けていた。

「またすごい事になってきたな…」
『僕はもう局長が気の毒で…』

パソコンの画面に四人が監禁されてる所がライブ配信で映る様は、異様だ。
相沢さん、松田さんは上司が監禁されてるという事もあり、見るに堪えない、といった様子だった。

『竜崎、どうだ?昨日一昨日にキラに殺されてもおかしくない新たな犯罪者は報道されたか?報道されたならキラに殺されたか?』
「それなりの犯罪者が何人か報道されましたが、月くんを監禁してから誰一人犯罪者は殺されなくなりました」

パソコン前には四つのマイクが設置されており、一個一個が各部屋と繋がっている。
ボタンを押すとこちらの声が部屋へと飛ばされる仕組みになっているのは、初号機と変わらない。
夜神月は弥のようにどうでもいい事を語り続けるわけではないが、こうしてキラに関する事をたまに問いかけては来る。

『…殺されなくなった?…本当か?』
「はい」
『…そうか…いよいよ僕がキラって事になりそうだな…』
「…まだ3日です、何かの偶然かもしれません」

どうなっているんだ?夜神月を監禁してキラの犯罪者への裁きは止まらないと読んでいたが…
実際はピタリと止まった…夜神月は自分から監禁を望んだ様に見えたが…
これでは「夜神月がキラだった」という事になる…
こうなると問題はキラの自覚があったかなかったか…
自分がキラであったとしても、「自覚がなかった」と押し通しさえすれば済むとでも考えているのか?…いや夜神月らしくない…いや、キラらしくない…

『竜崎、ミサの方はどうだ?何か事件解決のヒントになる様な事は聞き出せたのか?』
「月くん、あくまでも月くんはキラとしてこうしているんです。弥の事を月くんに話す訳にはいきません」
『なんだ厳しいな。僕もキラと第二のキラの正体を掴むためにこうしているのに』

"ミサの方は"か…の事を含めなかったのは、彼女が潔白だと信じているからか?
それとも、弥のように簡単に口を開かないタイプの人間であるという事を見越して除外したのか…あるいは無意識なのか…

***


──夜神月と夜神さんの監禁5日目。弥海砂、の監禁は9日目だ。

『ストーカーさーん、ずっと座ってるだけのビデオじゃ売れないよー着替えもってきてくれたんならいろいろ着替えてポーズとってもいいからさー』
『とにかく我慢するしかないな…暇でも…』

弥海砂、夜神月は相変わらずの様子だ。弥はひたすら「ストーカー」に向けて語り掛け続け、夜神月はベッドに腰かけたまま、たまにひとり言をもらす。まだやつれた様子はない。
しかし深刻なのは──夜神さんと、だ。

「月くんや弥より、夜神さんとの方が危ないですね…」

夜神さんは寝る時以外、一日中パイプ椅子に腰かけたまま、天を仰ぐように天井を向き、廃人のように口を開け目を見開いている。


「そりゃそうですよ、月くんを拘束されてから5日、その間新たに報道された犯罪者は一人も死なない。こういう時は本人より親の方が辛いんじゃないかな…」
「これではもうほとん月くんがキラだったって事は決まりだからな…」

相沢さん、松田さんは、夜神さんの事を酷く心配している。
マイクのスイッチを入れ、そんな夜神さんに対して私は語り掛けた。

「夜神さん」
『どうした!?いい知らせか!?悪い知らせか!?』
「いえ…あまり思いつめないようにと…夜神さんがそこで深刻に考え込んでいても結果は同じです…まだ先は長くなると思います。どうでしょう?そんな所ではなく、もっと気の休まる所で休養しては?」
『馬鹿な!こんな状況で気の休まる所などない。今の私にはここが一番落ち着く…どんな結果になろうと、ここから出る時は息子と一緒だ!』
「…わかりました…」

夜神さんは私の声を聞くや否や、椅子から勢いよく立ち上がる。
そしてカメラへとがつがつと歩み寄り、鬼気迫る様子で叫んだ。
これからどれだけ長丁場になり、苦しめられようと、夜神さんの意思は変わる事はないのだろう。

「…となると、残る問題は…」

──。語り掛ければ答えを返すが、核心に迫る事は言わない。
言わないようにしている…というより、もう何を言っても無意味だろうと諦観している様子だ。
そして、一日中項垂れている。殆ど水や食事を口にする事なく、身じろぎ一つする事なく…泣く事もなく、喚く事もなく。ただそこに在るだけ。


「…は…ちょっと、異様だな」
「…不謹慎ですけど、時々生きてるのか死んでるのか、わからなくなます…ちょっと怖いですよね」
「はい、実際彼女は、ほとんど飲食してませんし…このままだと獄中死なんてことも起こりかねません」
「り…竜崎!?」

ぴくりともしないで項垂れるに対して相沢さん、松田さんが語るのに対し、私も同意した。
しかし獄中死、という言葉にぎょっとされ、冗談はよせとでもいうような反応をされた。
これは冗談でもなんでもない。このままではそうなりかねないだろう。
マイクのスイッチを入れ、に語り掛ける。

。起きてるか?」
『……はい…』
「何か話す気になったか?」
『……なにも…』
「これは映画みたいな状況でも何でもない。現実だ。おまえが想像するような、理不尽なやり方で自供を取る気はない」

監禁し拘束しておいて、我ながらどの口が…と思うが、しかしこう言う他ない。
今では普通に飲食はさせているし、望めば排泄もさせている。
しかし、ありもしない事をでっちあげて脅迫・恫喝する気はない。
あくまで、自主的に話させなければ意味がない。
知りたいのは…ほしいのは。「やった」という自供ではない。
「どうやって」殺したのかという、詳しい事情を語らせたいのだから。
逃げさせないための拘束、情報を得させないための隔離は致し方ない。
が、精神的に追い詰めるやり方は現状、悪手だろう。

「おまえはキラか?」
『……』
「…おまえの名前と、得意な事、不得意な事を言ってみろ」
『…、です。得意な事は…料理、で、…不得意な事は…なんだろう…スピーチとか…?』
「では、殺しの方法は?」
『……』
『…"キラ"に関する事は黙秘し、それ以外に関しては躊躇いなく答えるのは、自分が潔白であると思っているから?』
「………それ以外に、どうしたらいいの……」

答えになってない答えが返ってきた。が、恐らく私の問いへの肯定に近いのではないかと思われた。
本当に潔白であるから、それ以外に答えようがない。
またはそう思わせるために、しらを切っている。

「……って、本当にキラなのか…それか殺人幇助をしていたのか…なんか、そのどれでもないような…」
「故意に証拠を残されたって事を言いたいのか…?」
「なんか、推理小説みたいな話ではありますけど…実際あり得なくはないですよね。そういう隠ぺい工作って」
「実際、現実にもよくある話ですよ。真犯人を隠すために、別の犯人を仕立て上げようと現場を工作されるっていうのは。大抵バレますけど」

松田さんの零した疑問に、相沢さんが問いかける。私も松田さんの話をあり得ないと一蹴する気はない。
に関しては、その線でも考えているし、弥海砂と、どちらもキラだったという線でも考えていた。
けれど、どの説が一番濃厚かと言えば…証拠の改ざん。犯人に仕立て上げられた、というのが一番しっくりくる。

に関しての物証が出たのが、最後の封筒からだけ…というのも一因だし、
やはり目視で確認できるレベルの髪の毛や、繊維がべったりガムテープにくっついていたというのは、強烈な違和感でしかない。
彼女に罪を擦り付けたのが第二のキラだとしよう。
…いくら"第二のキラ"が"キラ"より迂闊だからと言って、そんな稚拙な痕跡の残し方をするか…?これでは露骨すぎる。もう少しさりげなく見せる事も出来ただろう。
投函寸前、余程切羽詰まっていた?
…やはり、に関する事は、今だ不明瞭な事ばかりである。


***


夜神月の監禁、七日目。
ベッドに姿勢よく腰掛ける気力はなくなったのか、ベッドを背もたれがわりにして、地べたに座り込んでいる。
捜査情報を知りたがり、目に光を宿していた面影はなく、今は表情が硬く、険しい。


「月くん、まだ一週間ですが、流石にやつれてきてます。大丈夫ですか?」

マイクのスイッチを入れ、夜神月に問いかける。すると、カメラに向けて視線を向ける気力もないのか…地面に視線を落とし項垂れたまま、こう言った。


『ああ…自分でも恰好いい状態とはとても思えないが…──そんなくだらないプライドは…"捨てる"』

そう言った瞬間、数秒は俯いたままだった。
しかし、何の前触れもなく、緩々と顔を上げ──先程まだ見せていた、荒んだ様子は影を潜め…その瞳に光を宿し、カメラを見上げていた。

「!?」

その様子をみただけで、何か強烈な違和感を覚えた。
そしてその次の瞬間夜神月が発した言葉で、その違和感は間違ってなかったと、知らしめられる事となる。

『……竜崎…確かに僕は監禁される事を承諾しこうする事を選んだ…しかし今はっきりと気づいた。こんな事をしていても無駄だ!全く意味がない!何故なら…僕はキラじゃない!!ここから出してくれ!』
「………」

私は何の言葉も返せず、松田さん、相沢さんもぽかんと口を開いて声を亡くしていた。

「……駄目です。キラかキラでないか判断できるまで、月くんが何を言おうと、どんな状態になろうと、出さない約束です。月くんが望んだことでもあります」
『…確かにそうも言った…しかし…あの時の僕はどうかしてたんだ!!キラという殺人鬼がやってきた事、自覚なしでやっていたなんて思えるか!?
キラがどんな力を持っているのか計り知れないが、キラは大量殺人犯という人間しとして絶対に存在し、自分の意思で殺人をしてきた!キラとしての自覚がない僕はキラじゃない!!』
「…私もキラが自分がキラだと自覚してないなどとは考えていません…」

言ってる事が一変すぎている。キラとしての自覚がないだけかもしれない…と言って監禁を望んできたくせして、キラとしての自覚がない自分はキラではないなどと…
…これが極限状態におかれたせいで出てきた支離滅裂さだというのか?
夜神月は、素でこんな手のひら返しはしないだろう…そんな道理が通らない事くらい、理解できるはず…


「しかし月くんがキラだとしたら、キラだと認めてないというだけで、全ての辻褄は合います。月くんを監禁した途端キラによる殺人が止まったのですから…私は月くんが自分ん゛キラだという事を隠しているんだと思ってます」
『…いいか竜崎…よく聞いてくれ…僕は絶対に嘘など言っていない…僕はキラじゃない…こうしている事もハメられたとしか思えない…今は冷静に考えられる』
「…?…ハメられた?……いいですか、月くんが監禁されている事はここにいる者しか知らないんです。なのに監禁した途端殺人は止まった…」
『じゃあそこにいる誰かがキラだ!僕も一緒にと調べるここから出してくれ!』

……どうしたんだ?夜神月…言ってる事が滅茶苦茶だ…しかし…何故か真に迫る感じだ…

『早く出してくれ。時間の無駄だ』
「駄目です…出す事はできせん」
『くそっ…なんでこんな事に…』

もう要求は通る事はない、そう悟った夜神月は項垂れた。

「どうなってるんだ?月くんらしくないな…前言を撤回しているし、全然論理的でもない…」
「流石の月くんも一週間で追い詰められて取り乱したって事か…」
「…」


本当にそれだけか…?さすがの夜神月でも取り乱したと…
いや、あの夜神月だからこそ、何か意図してやった事だと思をざるをえない…

「犯罪者が殺されなくなった以上、監禁を解くわけにはいかない…そのくらい僕だってわかりますよ…」
「まあ誰が何を言おうと、このままなら夜神月がキラで事件解決って事でいいんじゃないか?」
「……」

夜神月を最初庇い、今までも節々で彼を信頼している節のあった松田さん。
そういう彼でさえも、感情を捨て状況をみて、そう判断できている。
相沢さんの言う通り、このままでは夜神月がキラ確定…
…本当にこのままで終わるのか?夜神月が牢に入っても犯罪者殺しは止まらないと思っていた。
それが止まり続け、どんどん夜神月に不利な状況に陥っていくばかり。
これでは、自分で自分の首を絞めただけ。ただの自殺行為とかわらない…

…──このままで終わるはずがない。
その予感は正しく、監禁15日目にして、事態は動き出す。


2025.11.9
監禁した三人を同時に監視する画面の四コマの中に、一コマ空きがあるのを見る度、「夢主を投獄させるのに丁度いいな…」と思っていました。念願叶いました。