第84話
5.彼等の記録丁寧なひと

『キラを見つける事ができました。テレビ局の皆さん。警察の皆さん。ありがとうございました』


あの合成音声が、思いもよらない内容を語り、皆動揺していた。
恐れていた事が現実となってしまった…いや、そうと断じるにはまだ早い。
最善はキラ確保。最悪は、キラ2人がコンタクトを取る事。しかしこの第二のキラの言い回しからは…。

…もしこれが本当で、日記に関係しているのなら…23日に投函されている事から、該当するのは22日の青山だけ…この本部から青山に行ったのは松田と夜神月のみ。
レイ=ペンバーが調べていた者の中にキラがいたという線で考えれば、夜神月だけに絞られたとえいえる。しかし青山という確証はない…

「見つけたってまずいぞ…!」
「うむ…第二のキラとキラが手を組んだという事に…!」
「まだ手を組んだとは言い切れません。今回第二のキラは今まで「会う」という言葉を使っていたのに、「見つけた」と言っています。キラを見つけただけで、接触はまだかもしれない」

椅子から立ち上がり、狼狽している相沢さん、夜神さんへ向けて、可能性を語る。
ティースプーンでくるくるとカップをかき混ぜ、揺れる水面を見つめた。


「いや少なくとも投函した23日の時点では接触していません。すでにしていればキラが「見つけた」などと言わせるとは思えない」

やはり第二のキラはキラに比べて思考レベルが劣っていると断じざるを得ない。
この発言で、自分が不利になるという事もわからず、会いたいだの、見つけただのと、自身の考えを躊躇いなく伝えてくる。
キラが緻密な思想・計画で動いているとすれば、第二のキラはただ己の感情だけで動いてる。

「…ここまで来てしまったら、第二のキラに今度は警察が呼びかけてみるしかありませんね…」
「呼びかける?」
「はい。第二のキラに、警察側から好条件を出し、キラが誰なのか教える様呼びかけるんです。もしキラの方に第二のキラが誰なのかまだわかっていなければ、より応じる可能性があります」

ソーサーごと持ちあげていたカップをテーブルに置き、振動で尚もゆらゆらと揺れ続ける水面を眺めた後、夜神さんへと視線を移した。

「朝日さん。「キラの情報を教えれば第二のキラの罪は問わない」という司法取引無理でしょうか?」
「……わかっているだけで罪のない者8人…無理だ…」
「ではその辺は曖昧にし、キラの情報を教えればいかにも罪が軽くなる…世界の英雄となり追わないと聞える様な呼び掛けを考えます。できるだけ早い方がいい。今午後7時25分…8時55分の各局のスポットで流せる様に準備します」
「はい、わかりました」

今回はキラからの呼びかけ…という訳ではない。がしかし、夜神月に原稿制作を手伝ってもらった後、彼をタクシーで家に帰した。
元々、第二のキラとキラがテレビを通してやり取りしている状況で、いつ情報を流せと言ってくるかもわからないから、その気になればすぐにでも枠を開けて流せる様にと通達はしてある。時間は僅かしかないが、ニュース速報のような扱いで急遽放映してくれることだろう。

『もしまだあなたが誰なのかキラにわかってないなら間に合います。興味本位でキラに近づいては絶対いけない。キラに接触すればあなたは必ず殺されます。利用されるだけです。キラは大量殺人犯です。絶対手を貸そうとしてはいけません。今あなたにできる事は、人の命の尊さをよく考え、キラの情報を我々に教える事で罪を償い、キラの恐怖から世界の人々を救う──』


予定通り、8時55分の各局のスポットで、急遽用意したメッセージをアナウンサーに読ませる事が叶った。
一言一句こちらの要求したものと変わらぬものが放映されたと確認した後は、捜査に戻った。
学生の夜神月は帰宅したが、私含む捜査本部の面々はまだ残っており、捜査を続けている。相変わらずテレビの前を陣取り、積み上げられた何十本…百本以上もあるかもしれないビデオテープを、1つ1つ視聴する。

「…竜崎…その22日の青山関連のビデオ、一人で全てチェックする気ですか?」
「はい。もしレイ=ペンバーが調べていた中にキラがいたなら、もう月くんだけに絞られた事になりますから。もしそうなら第二のキラはここで接触した可能性が高い…第二のキラ…もしくは月くんのキラとして行動が映ってないとも限りません。これは私が全部チェックしたい」

相沢さんは膨大な量を一人でチェックしようとする私に対し、気遣わし気に話しかけてきた。しかし夜神さん、松田さんは、夜神月を疑う発言をした事でピリついている。
今更私はそれに気遣う事などするはずもなく「それと夜神さん」と平常通り話しかけた。

「はい?」
「北村次長の家族の方は疑いが晴れたと言っていいので、模木さんのLとしての北村家への接触は止めさせ…まだ月くんに顔をみせていない模木さんに、月くんの行動を随時み観てもらう様お願いできないでしょうか?万が一月くんがキラだった場合、第二のキラがなんらかの形で接触してくるかもしれません。警察庁の本部には、ワタリに居てもらいます」
「……わかった。模木にそう連絡しておく」

夜神さんもまた、腹ではどう思っていようと、食ってかかる事もなく、ただ了承し、連絡を模木さんへの連絡を始めた。

「しかし…竜崎って一体いつ寝てるんだ?」
「この前椅子の上でてあのまま座って寝てるの見ましたよ」
「……」
「いや本当に…」

相沢さんと松田さんが壁に寄りかかりながら会話をしているのが聞える。
声を潜めてはいるが、本気で私に聞えないよう隠そうとしている様子はない。
悪口ではないのだから、隠す事でもないと言ったところか。
いつ寝ているのかと不思議がられるのも無理はない。100時間以上起きて捜査を続けるという事はざらにある。キラ事件に携わってからは、それがより顕著になっている。
一般人であれば一日徹夜するだけでキツいのだというのだから、いつ来ても起きている私の姿をみて不思議がるのも無理はないし、たまに椅子の上で寝て居る所を見られ、驚くの心情も理解できる。
普通の人間は、ベッドの上に転がって寝る事でしか安息を得られないのだとしっている。
しかし私は寝てる間も、起きている時も、ずっとこのまま膝を立てて座っているのが落ち着くのだ。

相沢さんと松田さんが好奇の目で私を見るのに気づかないふりをしながら、監視カメラ映像に映る夜神月の姿を追い続けた。


****


──あの警告の放送がされた2日後。
第二のキラからのメッセージビデオが届いた。
夜神月はここ最近、毎日大学の帰りにこの本部へと足を運んでくれている。

「こんにちは」

今日も丁度いいタイミングで本部へとやってきてくれた。

「月くん。いい所に来てくれました。さっき第二のキラからのメッセージビデオが届いた所です」
「また?いやに早いな…」

夜神月はバックを机に置きながら、私が陣取っているモニター前まで歩み寄ってきてくれてた。

「はい。これが最後だと言ってます。まあ観てください」

リモコンを使い、再生ボタンを押す。するとすぐに見慣れた荒いロゴマークが映し出された。


『キラに名乗り出るのは止めます。警察の方、ご忠告ありがとうございました。しかし私はキラに協力し、世の悪を裁いていき、キラに認めてもらいます。まずはキラが裁けていない犯罪者を裁きます。そしてこの能力を与えるにふさわしい人には分け、世界を変えていきたいと思います』

再生が終わると、砂嵐が流れ、それを認めるとリモコンを机に置いた。

「私はこれを観て…キラと第二のキラが繋がりを持ってしまったと感じました…」
「何故繋がったと?」
「……感じませんでしたか?月くんなら私と同じ印象を受けると思っていたんですが…まずあれだけキラに会う事こだわっていた態度が一変した事。そして…今更キラに認めてもらう為にキラが裁けなかった犯罪者を裁くと言いだした事。これを今まで何故やらなかったか?それはそこまで考えが及んでいなかったから…おそらくキラと繋がりを持ち、「裁け」と言われたんです。そしてキラは「繋がりを持った事は隠せ」と命じた…」

夜神月は私と同じ思考レベルを持っている。物事の見方も似ていると思う。
それなのに、繋がったと感じなかった事に、引っ掛かりを覚える。
ドーナツを手にし、口に含んでいるうち、夜神月はぽつりと零す。

「なるほど…それだとキラもたいして考えずに行動しているな」
「はい。考えが回らないほどの事情でもあったか…繋がりを持った事をわざとわかる様にし、こっちの行動を誘ったんでしょうね。実際この繋がりは驚異です。…しかしこれで月くんがキラである疑いはまた減りました」
「どういう事だ?竜崎」

そしてやはり、この言葉に反応するのは当人ではなく、親である夜神さんだ。

「月くんがキラなら第二のキラにはこんなビデオは送らせず、もう一度L…私をテレビ出演させる脅迫をさせると思うんです…繋がりができてないとしてある以上、第二のキラの責任になりますし、「一度はキラに」「止めろ」と言われて止めたが、その忠告がキラ本人のものとは思えなくなった。Lが死ねばキラは喜ぶはず。止めるわけがない」とでも言わせればいいだけですから…」
「竜崎…」
「はい?」
「もし僕がキラだったら、そんな事しないよ」
「何故?」
「竜崎がLであるなら、僕はLの性格を知っている。Lはどんな脅迫をされようと、自分がテレビに出るはずがない。人の身代わりになる気はさらさらない。何か逃れる手段を必ず考える」
「バレてましたか……」

夜神月と私が、お互いの考えを推し量るような駆け引きをしていると。
夜神さんが苦い顔で苦言を零した。

「例え話でも、「もし自分がキラなら」なんて話すのは止めろ。おまえがキラではないとわかっていても私にはいい気はしない」
「ああ…ごめん父さん。でも竜崎には自分の考えをちゃんと言いたいんだ…この事件を早く解決するためにも、自分の疑いを晴らすためにもだ。…それに「もし僕がキラなら」なんて話せるのは僕がキラじゃないから…心配しすぎだよ、父さん」
「まあそうだが…」

先程のやり取りでも既に推し量れていたが…やはり夜神月の思考レベルは高い。
私──"Lならば"どう考えるかのプロファイルも出来ていて、単純なフェイクには引っ掛からない。
ならば何故尚更、繋がりを持った事に気付かなかったが疑問ではあるが…


「そうですね…月くんはキラじゃない…いや月くんがキラでは困ります。月くんは──」


コーヒーに角砂糖をいくつか落とし、ソーサーを持ち上げかき混ぜ溶かしながら口を開く。


「私の初めての友達ですから」
「…ああ…僕にとっても竜崎は気が合う友達だ…」
「どうも」
「大学休学されて寂しいよ。まてテニスしたいね」
「はい。是非…キラと第二のキラ…いえこの事件を解決して世界からキラを一掃したらまた相手をお願いします。早くそういう日が来るといいですね。今は祖外に出るどころか、誰であろうとこうして人前に顔を出すのも怖いですよ。また姿は隠しておいた方がいいかもしれません…」

私の「友達」という発言への切り替えしも、予想通り。社交的で友好的な夜神月の受け答え、そのものだ。
人前に顔を出すのも怖い…いくら私が挑発した末の結果としても、「現日本警察庁長官の命──Lの命を差し出せ。テレビ出演させろ」と脅されたのだ。
そんな私が「こわい」などと言えば、気遣わし気な空気になるのは必然だった。
勿論、私もそれがわかっていながら、何も考えずに発言した訳ではない。
気遣ってもらう必要などないのだから。

「…じゃあ、僕は今日はこれで」
「お気をつけて」

大学帰りに夜神月がここに寄ってから、すっかり夜も更けた。
これが仕事である捜査員たちはともかくとして、学生という本分を果たさせるため、夜神月を早々に家へと帰す。

***

──翌日。
捜査本部にはいつもと変わらぬ面々…模木さん、ワタリ以外の四人が集まっていた。
相沢さん、松田さん、夜神さんは同じテーブルを囲んでおり、私は別のテーブルで、証拠品の確認をしていた。
テーブルの上には、透明な証拠袋に入った証拠がつまっている。
ほとんどがほんのわずかな粒子のようなもので、しかしテーブルに袋を並べると、一気にスペースがなくなる。
鑑識から回ってきた大量の証拠袋をつまんでかざし、光にあてて透かして見る。

「毛。スナック菓子、食べカス」

キラと第二のキラは恐らく繋がった…たとえ第三のキラ、第四のキラが出てきたとしても、私の顔はワタリ、そしてこの本部の者、そして──
夜神月しか知らない。彼の本部への出入りを一応禁止しておくべきか…
私がまた身を隠すか…いやキラは顔だけで殺せる所まできたと考えれば……
死を恐れずに、私がやっておける事をやっておくべき…

「夜神さん。近日中、私が死んだら、息子さんがキラです」
「えっ!?急に何を言いだすんだ竜崎!」
「私が死んだらその後の事は夜神さんにお願いします。ワタリを自由に使える様にしておきます。私が死んだらキラ、つまり月くんから何か聞き出せるのは今のところ夜神さんしかいないですから」
「……竜崎…息子のいる時にはほとんど疑いは晴れた等と言っておいて…一体本心ではどこまで息子を!?はっきり言ってくれないか!?」

夜神さんは勢いよく椅子から立ち上がり机にバンと手をおいた。
これまででも十分堪えてくれた方だろう。ほとんど白だと言った後だし、上げて落とされたという失意もあったかもしれない。
…だというのに。今度は5%などと言い方すらせず、「私が死ねば夜神月がキラ」とまで言い切った。堪忍袋の緒が切れたとはこのことだろう。

「……私にも…私の本心がわかりません。こんな事今までなかった…キラと第二のキラが繋がったとすれば私は…大ピンチです。ですから自分を冷静に分析できなくなっているのかもしれません。息子さんの疑いは理屈では数%しかないのも確か…他に疑える者がいないから固執しているだけかもしれない。それでも…」

証拠品袋の中にある食べカスなどを透かし見て、テーブルに置いた後。もう片手でカップを掴み、口を湿らす。
夜神さんに言った言葉通り。こんなにも状況が見えず、真実を見通せなくなる事など今までなかった。
計り知れない夜神月の存在…そして更に状況を不可解にさせるの存在。

──夜神月が抱くへの親愛が本物であれば、彼はキラではない。
……というのは極端すぎるか。少なくとも、私の脳内にあるキラのプロファイルの前提が完全に崩れる。
今後も夜神月=キラという推理を貫くなら──もしも彼女への情が本物であると確信できたなら。
「夜神月が真っ当な情を抱ける人間である」という事を認め、その上で「神の裁きを気取った大量殺人も犯せる」という心理状態を両立させ、新たに組み立て直さなければならない。

「今私が殺されたら、キラは息子さんだと断定してください。ワタリにも断定させます」

同じ手を何度も使うのは嫌だが、仕方ない…もうここは賭けだ…
模木が今朝くれた情報も気になる。既にワタリに調べさせているが、夜神月の細かな動きは私しか…

「…ちなみに夜神さん。念のため一つ質問させてください」
「……なんだ」
に関してです。彼女、ズボラな所はありますか?食べカスを落としたり、封筒のシワが寄ったままの状態で封をしたりなど…」
「…まさか、そこにあるのがの残した証拠だとでも?」
「それに関しては、今は何とも。…と長年懇意にしている夜神さんの見解が知りたいです」

言うと、夜神さんは今度は息子だけでなく、息子の幼馴染まで…と言った心情が手に取るようにわかる表情を浮かべた。
しかし疲れたように額に手を当てながらも、聞かれた事にはきちんと返してくれた。

「彼女と親しいのは息子だ。私は彼女のプライベートの空間までもを知っている訳ではない、が…彼女は几帳面…いや、育ちがよく、丁寧な性格をしていると思う」
「というと?」
「食べカスを零さない、淑やかな食べ方を知っている。封筒の封は、綺麗に閉じる。それは彼女が几帳面だからというより、丁寧な性格や思考で生きているが故だと思う。…一歩離れた所から見守っていただけの、私の所感にすぎないが」
「いえ。十分です。ありがとうございました。…それが本当だとしたら、色々見直す必要がありますが…しかし結果は変わりませんね」
「結果…」

最後は私のひとり言のようなものと捉えてくれたのだろう。再び証拠袋と睨めっこを始めた私にそれ以上追求する事はなかった。


──翌日。私は模木さんから聞いていた情報、ワタリから改めて送られてきた詳細、全てを鑑みて、脳裏で組み立てていた作戦を実行する事にした。

「"清楚高田"…いつから夜神なんかと…」
「昨日かららしいよ」
「くそ…成績優秀のイケメンに持ってかれるのか…」
「いや高田の方から告ったらしいよ」
「な…なんだそれ、"清楚"高田、見損なった!」
「…高田が"清楚"ならお前は"一人よがり"今井だよ。…それに付きあってる訳じゃないっぽいいぜ」
「はあ?じゃあなんなんだよ。お友達から始めましょうってか?何様だよ夜神」

大学生たちの噂話を聞流しながら、私はベンチに座って、"その時"を待っていた。


「あっ夜神くん。こんにちは」

私は今、"休学"をしているという体になっている、東応大学のキャンパス内のベンチに座って読書をしていた。
そこを夜神月が通りかかったのは偶然ではない。夜神月のルーティンを把握しており、今この時間になればここで鉢合わせる。それを見越した上での邂逅だ。
夜神月は難しそうな顔をして、隣を歩いていた女性に断わりをいれた。

「高田さん。ちょっと彼と二人で話をしたいので、また後で」
「えっ?あっ…はい…」

彼女は聞き分けがよく、「どういうご関係ですか?」などと追求する事なく、立ち去っていった。
私が夜神月と同じ新入生代表挨拶をした流河旱樹であると気が付いたのかもしれない。
首席二人が入学式初日からつるみ、テニスなどをしたというのは多くの人間が目撃し、噂になった。
私が流河旱樹だと認識したのなら、"親交のある"夜神月と二人で会話をしたいと言ってもなんらおかしくない。


「いいんですか?彼女」
「そんな事より「人前に顔を出すのは怖い」と言っていたのに、大丈夫なのか?」
「夜神くんがキラでなければ大丈夫だと気が付きました…外で私がLだと知っている人は夜神くんだけですから。…なのでもし私が近日殺されたら──「夜神月がキラ」だと夜神さんをはじめとする本部の者と他のLに言っておきました」


夜神月は、驚いたように目を見張ったが、しかし何も言葉を返してくる事はなかった。


「あれ?言いましたよね?Lと名乗る者は私だけではないと…「L」というのは数人の捜査団という事にします。夜神くんも私の休学を寂しいと言ってくれましたし、少しは気分転換に来る事に…死ななきゃ大学は楽しい所です」
「……ああ、流河がいないと話のレベルの合う者がいなくてつまらないよ」
「それで才女の高田さんと?」
「まあそんなところだ」

気分を害した様子もなく、否定する事なく。夜神月は頷いた。
「まあそんなところ」というのは、曖昧な答え方だ。
夜神月が何人もの女性と親密になっているという報告は受けている。
しかし大学生たちが先程噂していたように、あくまで女性は色恋として夜神月に気を持っているのは確かだが、夜神月が「付き合う」という条件を飲んだ事はないらしい。

そうはいってもだ。
まるでが全てだ…とでも言わんばかりの2人だ空間をあれだけ作り出しておきながら。
高田清美をはじめとする女性と時間を過ごしている。
ここ最近は、とほとんど会っていないらしい。講義も被らず、大学の後に捜査本部に寄る生活をしているため、以前のように、が夜神家で食事をする事もない。


「学食でケーキ食べませんか?」

どういうつもりであえてを遠ざけ、どういう意図で女性たちと親密になっているのか…
夜神月は私の提案に頷き、私達は肩を並べて学食へと足を動かしていた。
──その時。



「ライトーっいたーっ」


振り返るとそこには、金髪、碧眼の、小柄な少女が立っていた。
日本人離れした外見といった様子ではないし、恐らくはカラーコンタクトなのだろう。
しかし一般水準を越えて整った造形をしている事はわかる。
夜神月の周りにいる女性は、全てがそうだ。高田清美、…そして…
──弥海砂。


「この近くのスタジオで撮影あるから来ちゃった!二時からだからちょっとの間だけどね…。大学って誰でも入れるんだね」

無邪気に笑い、歩み寄ってくる彼女は、モデルという仕事をしていながら、擦れていたり、一般人を下にみるような様子はない。
今彼女は莫大な人気や知名度がある訳ではないが、人気に火が付き始めてる…といった所だろう。

「ライトのお友達?個性的で素敵ね。私ライトの彼女…じゃ、なくて。彼女候補の弥海砂!よろしくね」
「流河旱樹です」

屈託ない笑顔で挨拶をしてきた彼女に対して、平然と偽名を名乗った。
しかし彼女は浮かべていた笑みをなくすと、代わりにきょとん…と不思議そうにこちらを見るようになった。


「えっ?りゅうがひでき?」
「!!…ああ、そう、こいつあのアイドルと同姓同名なんだ。面白いだろ」


それ以上弥海砂が何かを言うより前に、夜神月は彼女と対面する形で両肩を掴んで、私の奇妙な"偽名"についての説明した。
夜神月は彼女が納得した様子を見せると、そこでやっと私の方を振り返り──
──驚愕で、目を見張っていた。
今の私は我ながら、滅多に浮かべぬ笑みを浮かべ、彼女に挨拶を重ねる。

「夜神くん…羨ましいです。「エイティーン」3月号からのミサさんファンです」
「えっ本当嬉しいー!」

それくらい言われ慣れているだろうに、彼女は心の底から嬉しそうに両手を合わせて喜んだ。
それが素であれ、計算であれ。この屈託のなさは人々の目なは"魅力的"に映るのだろう。
そうしているうち、通りがかった生徒たちが、弥海砂の存在に気が付き始めた。


「あっあの子ミサミサじゃない?」
「えっミサミサって?」
「あっほんとミサミサだ」
「かわいい」
「だからミサミサって誰?芸能人?」

最初は遠巻きに眺めていただけの彼等も、1人が近づいていくと、それを皮切りに雪崩のように押し寄せてきた。

「モデルだよモデル」
「へえー東大にモデルなんていんの?」
「へー本物ってちっちゃくてよりかわいいー」
「わっやっぱり若い人多い場所だと結構知ってる人いるんだ」
「まずいな…」


今私達を囲んでいるのは、全員が弥海砂のファンできはないし、知らない人間もいれば、知っているだけ、という人もいる。
モデルという肩書きがあり、目鼻立ちが整った少女と遭遇すれば、レアリティを感じざるを得ないのが一般人だ。要はミーハーな心が人々を動かし、人だかりを作ってしまった。


「やだ!誰かお尻触った!」
「なんて不謹慎な。どさくさにまぎれて許せないですね。犯人は私が見つけます」
「あはは面白いっ」

そんな中、弥海砂がびっくりしたような声をあげ、ぱっとスカートを押さえつけた。
私はさっと片腕を背後へと回し、もう片手で一本指を立てながらおどけてみせた。

「ミサ、もうスタジオ入りしないと!また遅刻する気?」
「あっヨッシーごめん」
「おっジャーマネ?」
「カッコイイ」

そうしているうち、スーツ姿の眼鏡の女性が人込みをかき分け、弥海砂の腕を引いて、急いで立去っていった。

「じゃあねーライト、私の仕事終わってからね!」
「えっライトって…夜神と…」
「"清楚"は?」
「…」


野次馬たちは取り残された私達──夜神月に含みのある視線を向けながら、散り散りになっていった。
私は弥海砂のバックから掠め取った携帯を自身のポケットに突っ込みつつ、夜神月に話しかける。

「では私もたまには講義に出る事にします。三限目の心理学一緒でしたよね」
「ああ、僕も行くよ。トイレに寄ってからね」


いい年した男同士、トイレ待ちをして連れだって歩こうとするわけがない。
心理学の講義室で落ち合おう、という意味だろう。
講義室とは反対に向かって夜神月は歩きだし──そして。言葉通りトイレに行く事はなく、
私が掠め取った弥海砂の携帯に電話をかけてきた。

夜神月…早いな…
まあ夜神月の事だ。私の姿が見えなくなってから無言で出ても、弥海砂だと確認しなければ確信に迫る言葉は聞けなかっただろう…

「はい…もしもし?」
「流河…何が「もしもし」だ」
「あっこの携帯、さっきの騒ぎの時、誰かが落としたみたいです」


距離は多少離れているものの、お互い振り返れば十分に肉眼で視認できたし、
少し声を張れば携帯を通さなくても会話が出来る位置にいた。

「もしもし?」
「ああ、それはミサの携帯だから、僕が返しておくよ」
「そうですか、わかりました」

再び歩み寄り、携帯を手渡せる位置まで来た。
そんなやり取りをしているうち、私のポケットにある携帯が着信を告げる電子音を響かせた。


「あっ今度は私の携帯です。…はい…はい…そうですか。やりましたね、わかりました」

要件だけ聞いて通話を切り、携帯をパチンと折りたたみながら夜神月を振り返る。


「夜神君には嬉しかったり悲しかったりだと思いますが…」
「…」
「弥海砂とを、第二のキラ容疑で確保しました」
「なっ…!?」
「弥の部屋から第二のキラが送った時封をしていたガムテープに付着していた猫の毛や化粧品の粉、洋服の繊維等、多数の証拠が出ました。
第二のキラ容疑で逮捕となると、世間の混乱が予想されますので、発表しませんが、
今確保しました。一緒にいたマネージャーの麻薬所持容疑への任意同行としてますが、それも表に出る事はないでしょう」


夜神月は緊迫した表情を浮かべたまま、何も言ってこない。
さも心配している…といった風を装いつつ、彼の顔色を伺うように覗き込んだ。
いくらそれらしく振舞っても、夜神月は私が本心から彼を心配していない事くらい、気づいているだろうが。


「大丈夫ですか?夜神くん。恋人や親しい女性が第二のキラ容疑の疑いで事情聴取…気持ちはわかります…」
「……どういう事だ、流河。ミサの部屋から洋服の繊維や化粧品の粉から証拠が出たと言ったが…そこにが関与していたと確信できる証拠があったと?」


やっと口を開いたかと思うと、訪ねてきたのはについてだ。
やはり夜神月にとってはが特別なのか…
それとも、それが"計算外"の事であったからなのか。
包み隠すことなく、私は状況を説明した。
の部屋からも、弥海砂同様に、物証になり得る証拠が多数押収できた。
これは間違いない。──に関しては…"出過ぎた"と感じるくらいに、十分な数
の証拠が揃ったのだ。
それをみて、私は=第二のキラという風には結び付けなかった…いや、結び付けられなかった。
ただ結果論として、確保するには十分だと認識するに至ったのだ。

「はいそうです。の髪や、洋服の繊維がでました」
「…の交友関係は狭い。それにミサは上京して間もないし、とミサに接点があったとは考え難い」
「そうは言っても、実際に物的証拠が出てるんですよ。…夜神くんは妙にさんを庇いますね。そして妙に、弥海砂に関しては何も触れない。あんなに親しくしているというのに」


夜神月は何も答えない。高田清美がただの友達だというように、あくまで弥海砂もただの友達という訳か。
別れてすぐに、電話をかけるくらいの仲だというのに、心配も口にでてこないのは何故か…
そんな理由はいくらでも考えられる。
しかしが関わる事に関しては、私の脳内も、多くの疑問で占められていた。


2025.11.7