第82話
5.彼等の記録─掴み処のない人間
テレビ前に置いたソファーに座り、私は繰り返しキラからのビデオを再生させていた。
再生が終わり、ザーッと砂嵐が流れる様を見ていると、夜神さん達が部屋入ってきた。
「ど…どうだ竜崎…」
「面白いビデオでした」
背後から声をかけてきた夜神さんを振り返り、単刀直入な感想を述べる。
「警察がキラの協力にイエスと答えたらBのビデオの放映を指示してあり、ノーならCを放映です」
机の上に並べてある4本のコピーテープを見やりながら、言い、次にBのビデオテープに視線を向ける。
「Bには協力の細かい条件。簡単に言うと犯罪者を多く報道する事特に軽犯罪でも人を傷つけた者、弱い者への虐待はできる限り取り上げろ、という事です。そして裁くかどうかを決めるのはキラ…それと警察が協力する事の証として警察幹部と…Lがテレビに出演し、「キラに協力する」と発表しろと言ってます」
そこまで言うと、彼等が息を呑んだのが伝わった。そんな彼等に向けて、言葉を続ける。
「幹部と共に私の顔を晒させ、警察に妙な動きが出たらそこから殺していくという訳です。キラはたぶん警察が協力するはずがないと承知の上で今回の行動を取ってます。昨日警察の取った行動のようになるのは誰だってわかる」
「……それで、「ノー」と答えた場合のCのビデオの内容は…」
「言い方が違うだけでほとんど同じです。まあ口で語るより見た方が早いですね」
テープルの上のリモコンを手に取り、再生が止まっていたビデオを再び画面に流す。
再生されたビデオに食い入るように見入った彼等を横目に入れながら、夜神さんに向けてこうお願いする。
「夜神さん、4日後の返事は当然「ノー」でしょうし、このCのビデオ、さくらTVに放映する事を許可してあげてください」
──その4日後。4月22日のこと。
夜神さん達が手回してくれたおかげで、さくらTVの番組内で、Cのビデオテープが放映される事となった。
『答えはノーという事を大変残念に思います。しかし今まで通りの報道はして頂かないと、警察及び報道関係者を裁いていく事になります。
そして、警察はあくまでも私と戦うという返事ですから、これだけでは甘すぎます。敵対者としてまず私を捜査する本部を持つとされている現日本警察庁長官の命──もしくはその指揮を執ってるとされるLなる人物の命を取ります』
合成音声が流れる様を、ホテルの一室で、夜神さん達捜査員たちと見守る。
既に皆繰り返し見ている内容ではある。しかしこれがテレビ放送されていると思うと、また感じ方が違うのだろう。改めて、真剣に見入っている。
『長官かL、どちらを平和な世界への協力をしなかった犠牲として差し出すか、4日間で決めてください。長官の顔は知っているので問題ありませんが、Lを差し出す場合。四日後さくらTV、午後6時のニュースにLが出演し、10分間のスピーチを行ってください。
Lであるかどうかは私が判断します。Lではないと判断した場合、世界の警察幹部を何人かその代償にします。嘘はつかない様お願いします。
何度でも言います。私は罪のない人は殺したくありません。──まだ四日あります。よく考えてください』
ごくり、と固唾を呑む音が聞こえる。放映しただけでお終いではない。
これを見たキラがどう反応するか…その時、私達はどう動くべきか。
これから私も夜神さん達も、各自動く事も、考える事も山ほどにある。立ち止まっている暇はなかった。
──翌日、4月23日。
外に出ていた夜神さんがホテルに戻り、「局長、お疲れ様です」と相沢さん達に迎え入れられていた。
「思っていた通りだ竜崎…」
出先から戻った夜神さんがどこか消耗した様子なのは、決して病み上がりだからではないだろう。
何故そんなにも難しい顔をしているのかは、夜神さんの口からすぐ語られる。
「各国首脳が勝手に話し合いLを…絶対偽物など使わず、本物を出場させろと言ってきた…ろくに協力しないくせに、何の対策も考えようとせいず、キラの言いなりだ…」
「それが一番正しい選択です」
夜神さんの報告を聞いた相沢さんや松田さんは唖然としていたし、夜神さんの中にあったのも、失意や落胆、憤りだっただろう。
しかし私は予想していた事であった上に、理にかなっている事だと思い、何の感情も抱かなかった。
警察庁に所属している夜神さんたちは、どこか期待している所があったというのも一因かもしれない。
私はどこの組織にも属していないため、彼等の反応など、何も期待していなかった。
「キラに警察が協力するなど絶対あってはならないし、警察庁長官と私の命なら、私の命を差し出すべきです。キラを捕まえると挑発してきたのは私ですから。正しい判断です」
テーブルを皆囲みつつ、テーブルにセットしてあったコーヒポッドをつかみ、カップに注ぐ。
私1人分のセットしかなかったが、皆それに文句を言う様子もなく、ただ気遣わし気にしていた。
言葉通り、警察長官の命と私…"L"の命を天秤にかけた結果、どちらに比重が傾くのか自明の理であり、ただそれを口にしただけに過ぎない。
しかし彼らは、"ただそれだけのこと"が痛々しく感じられるようだった。
「し…しかしこのままではL。いや竜崎が…」
「そんな事より…私は言われた通りに出ていきますが私が出て行った所でもしキラが私の事を何も知らない人物だったら…私がLとだと信じてくれるかが心配です」
ショートケーキをフォークで突きつつ、懸念点を語る。
これは私が長官や私の命が取られる事よりも、もしかしたら深刻な問題かもしれない。
しかし今度は、彼等が気遣わし気にする事なかった。松田さんが「た、確かに…」とこぼした瞬間、少し空気が緩んだのだ。
「お、おい…」
「いえ信じてもらえる努力はします。それでも信じてもらえず、世界の警察幹部すが犠牲になったら…と、そう考えてしまうんです」
松田さんが頷いた事を咎めるようにしてやり取りする相沢さん達を横目に、ショートケーキを頬張りつつ言う。
本物のLを出演させろなどと、簡単そうに言うが…実際問題そう単純な話でない事に果たして気が付いているのだろうか。
「結構難しいんですよと自分がLだと証明する事って…その辺キラはどう考えているんでしょうね…。…まあまだ3日あります。そうならぬ様対策を考えましょう。私だって死にたくはありません。それに…
キラに殺されるより、キラに便乗した者に殺されるのは不愉快です」
「えっ!?」
言うと、夜神さん達は揃って驚愕の声を上げ、目を見張っていた。すぐに問い詰めるようにして強く説明を求めてきた。
「ど…どういう意味だ!?竜崎…」
「キラがテレビ局に送りつたビデオを観て思ったんですが、このキラは…キラの偽物の可能性が高い。いや第二のキラと言うべきでしょう」
「第二のキラ!?」
「はい。共犯者という線も考えましたが、私の中では考えにくい。この一本目のビデオを観てそう思いました。これはテレビには放映されず、テレビ局員に自分がキラだと信じさせるためにテレビ局員だけが観る様作られたビデオです」
テーブルにはコーヒポッドやケーキ、カップ。その他に、4本のビデオテープのコピーも置かれていた。私は@のビデオテープをつまみつつ、言う。
「封筒の消印は4月13日。次の日にはテレビ局に着き、その三日後、テープの予告通り、殺人が起きました」
「?三日も前に予告された事が事実となったから信じた訳ですよね…」
「私はキラだと信じられませんでした」
「??」
松田さんが恐る恐ると問い、私はそれに答えるも、さっぱりわからない…と言った様子を見せる。
それを見かねて、相沢さんはこう要求してきた。
「な…なぜそう思うのかちゃんと話してくれ。私もこのビデオを観たが、そんな考えは…」
「このビデオで予告殺人された者は、今までの犠牲者とは異質だと感じませんでしたか?」
「…!」
「罪が軽すぎるというだけじゃない。麻薬所持の芸能人など女性週刊誌でしか大きく扱われなかった…実際調べた結果、4月13日の時点では、昼のワイドショーでしか報道されていなかった。おかしいと思いませんか?」
ショートケーキのスポンジを食べ終え、最後に残った苺をフォークで刺し、持ち上げる。
「あの出目川というディレクターや局の人間はワイドショーネタも報道と捉え疑う事はできなかったと考えられますが、明らかに異質です。本物のキラならそんな雑魚でやってみせる必要はまったくないし考えもしない。いつも裁いてはた凶悪犯を裁かずにおき、予告時間に裁く。その方がキラとしての信憑性も遥に高い」
最後の苺を咀嚼しながら語った頃には、皆私の推理を真剣に考えてくれたようだが、それでも私のように確信には至らない様子だった。
「…しかし局の者にわかりやすい者をわざと使ったとか…無理はあるが…」
「でもそれだけじゃ絶対第二のキラだとは言い切れないな…」
「うむ…竜崎…第二のキラという可能性は一体どのくらい…?」
「今回は70%以上です」
言うと、皆驚愕に目を見開いて、今にも椅子から立ち上がらんばかりに動揺している。
私は反対に白けてしまって、我ながら不機嫌な顔をしている自覚があった。
「大体やり方が気にいらない…キラらしくない…」
「らしくない…?」
相沢さんに問われたので、"らしくない"という部分についての補足をした。
「ビデオの作り方にしても酷すぎる字が下手だとかだけではなく、音声も他の機器で再生された者をハンディカムの外部マイクから取り、周囲の雑音が入ったと思われる所では、一度巻き戻してやり直している。
普通なら録音機とビデオカメラを専用ケーブルで繋ぎ、外部マイクなど使わない。これは幼稚とかそれ以前の問題です。それテレビ局に放映させたり警察幹部を盾にして従わせようとするやり方。騒動になり世論の反感を買う事くらい、わかるはずです。
実際罪のないアナウンサー等も殺された……こんな事、私がキラなら怒りますよ」
キラは人殺しであり、法に抵触した悪人である。
法に抵触した行動を取る事については、私も人の事を責められる立場ではないが…。
犯罪者だけでなく、罪のないFBI捜査官を殺したりもしたキラ。
しかしそれも、"犯罪者を裁き続けるために邪魔な者を殺した"と考えれば、
キラの理念はブレてないとも考えられる。
キラが裁くのは情状酌量の余地もなく、人を害した犯罪者だけ。
その理念をブレさせずに、淡々と裁きを続ける様に、私は何も感じないと言ったら嘘になる。
好敵手…というのは軽すぎる。尊敬というのも言い過ぎだろう。
しかし、キラに対して、私は「敵対心」「捕えるべき悪人である」以外の、何かを感じていた。
「今までのキラは追う者は別として、罪のない者の犠牲は避け、自分の考えを徐々に世間を浸透させ変えていくやり方をしていた。キラは恐怖による独裁は狙っていない」
「…じ…じゃあ…この指紋はもしかしたら…」
「ん?指紋?」
「封筒の切手、ビデオテープ等から、テレビ局の者以外の共通した指紋が出たんです」
私の考察を聞くと、相沢さんはその手に、透明な袋で密封された証拠品…指紋の浮き出た断片を手にしながらぽつりと言う。
それに対し、夜神さんが反応し、相沢さん、松田さんが続けてこう付け加える。
「私達はいくらなんでもキラが指紋を残すわけないと…」
「もしくは偽造の為の他人の指紋と考えたんですが…」
「そうですね。第二のキラ自身の指紋の可能性もありますよ。この場合指紋なんて付いていない方がいいに決まってます…が。第二のキラが存在するとすれば、キラよりはるかに頭が悪くいい加減です。ビデオ等が警察に押収される事すら考えてなかったかもしれません」
相沢さんに向けて手の平を向けると、私の意図を汲んで、証拠品袋を手渡してくれた。
「まあ日本だけに絞っても、全ての人間の指紋を採るのは不可能ですから、ここからの犯人の割り出しは難しいでしょう…捕まえてから証合するしかありません。…それにしても…」
袋をつまみ、眼前まで持ちあげてじっと観察しつつ、「この指紋、小さいんですよね…」と率直な感想を述べた。
「小さい?」
「子供か小柄な女性…」
「そういえば病院で息子が竜崎にキラの犯人像を「裕福な子供」と言っていたが…」
夜神さんが難しい顔で言うのを横目に、「キラにせよ、第二のキラにせよ、息子さんの推理は当たっているのかもしれませんね」と告げた。
「それでもし第二のキラだとしい考えてみたんですが…キラ、第二のキラ、殺しの能力がまったく同じではなかったとしても、片方が捕まればもう片方を捕まえるヒントは少なからず生まれると思うんです。私の考えでは第二のキラよりキラの方が巧妙です。私がキラなら…」
警察より早く第二のキラが誰なのか知ろうとする。そして自分に共鳴しているか計り、していれば利用するだけ利用し…最終的に警察より早く第二のキラを抹殺する…
警察とキラの第二のキラの争奪戦…
──そしてこれはキラを捕まえるチャンスでもある。
そう断言すると、しん…とこの一室が静まり返った。私はその沈黙を破り、夜神さんへ向けて問いかけた。
「夜神さん。息子さんの都合のつく時に、捜査協力を願ってもよろしいでしょうか?」
「…それは、息子の疑いは完全に晴れたと受け取っていいのか!?」
「いえ、疑いが晴れたとは言えませんが…息子さんの推理力は期待できる…いや…第二のキラ逮捕に息子さんが大いなる力になり得るかもしれないと考えたからです」
「……息子さんが「協力する」いえば止める理由はない」
「私達も構いませんが…」
夜神さんは一抹の期待を裏切られ、落胆した様子だった。が、夜神さんはこの期待と落胆はもう何度も繰り返している。
それ以上何を言う事なく、息子の同意があれば、と頷き、他の捜査員たちも了承した。
「息子さんは正義感と使命感できっと協力してくれます。ただし…今回のキラが偽物かもしれない、という事は伏せておいてください。一連の連続殺人犯、キラを追ってるという形でお願いします」
言うと、何故そんなややこしい事をするのか…?という疑問が行き交い、今度は肯定の言葉がすんなりと返ってくる事はなかった。
「それと…夜神さん。その前に一つ聞きたい事があります。さんの事です」
「…あの子の事を…?」
「はい。息子さんに捜査協力を願う際、わざわざさんにまでそれを伝える事はしませんんが…息子さんがさんにそれを話す可能性はあるかと」
「息子も馬鹿じゃない、いくらあの子と仲が良いとはいえ…守秘義務というものくらいわきまえている」
「いえ、そうだとは思いますが。…万一、さんが息子さんが捜査に強力すると知ったら、止めようとするでしょうか?」
「と、止める…?」
「キラを追う者は、殺される可能性があります。危ない事はしないでほしいと、さんが止めるかどうか…」
夜神さんは難しい顔をして悩んでいた。それはがどう答えるか予想している為と、何故こんな事を聞かれているのか…また疑われているのか…という二重の考えに苛まれているからだろう。
夜神さんは少し考えてから、「たぶん…だが」と、曖昧な答え方をした。
「ちゃん…いやは、息子の意思を尊重するかと…」
「尊重?心配したり、止めたりしないんでしょうか?」
「心配は勿論するだろう。しかし彼女はなんというか、うん…昔から息子の事を…やる事を」
「…信じてた?」
「…そうだ。息子の事を尊敬してくれていて、心配はしても、行動を縛ったりはしない…と思う」
「と、思う、というのは?」
「竜崎が第二のキラである可能性が70%であると言ったのと同じだ。全ては私の想像でしかない、100%の断言など出来るはずもない…
それに…彼女は昔からどこか掴み処のない所があって…大人びているようで、子供のような所もあって、…あるいは、子供のように不安になって、息子を止めようとするのかも、と…」
言い淀む夜神さんを見て、「なるほど」と私は頷く。
私がに対して抱く印象と、長年と親交を深めていた夜神さんの抱いた印象も一致している。
やはりには何かを感じさせられる。夜神月と同様に捜査を名目に引き入れ、
捜査と取り調べを一気に出来たらいい。
が、夜神月に期待しているような推理は、には期待できない。引き込む理由が不十分だ。
ここで「は長年付き合っていても掴み処がない人間である」と知れただけでも十分な収穫と考え、「もう結構です。ありがとうございました」と区切りをつけた。
何故の事を尋ねたのか?などと聞かれる事はなかった。
家の事も疑い監視カメラを仕掛けていたのだから、私が尋ねる理由など十分察する事ができただろう。
「…では第二のキラの可能性は伏せ、夜神月くんに捜査協力してもらう方向でいきたいと思います」
「…し…しかし…それじゃ一緒に捜査しにくいのでは?」
「そうだ…大体何のための捜査協力だか…」
「いえ、それを隠すのは彼に一本目のビデオを観てもらい、感想を聞くまでです。その後は彼を含め、皆で第二のキラを追います」
「?」
コピービデオテープの@をつまんで掲げながら、疑問を浮かべている彼等に向けて語る。
「月くんの推理力にはすばらしいものがあります。このビデオを観たら、「第二のキラ」」だという推理をしてくれるかもしれません。今までの全ての資料に加え、このビデオを観てもらい、どう判断するのか観てみたい」
「しかし「第二のキラ」というのは"予告殺人された者がキラが裁くはずない者だった"という竜崎の推理でしかないですよね…」
「……それだけではありません」
ビデオテープをテープルに置きながら、第二のキラ説の根拠を固める。
「今まで私達が想定してきたキラは、殺人に顔と名前が必要でした。しかしあの時たまたまテレビ局に駆けつけた警官が殺された事、Lをテレビ出演させれば殺せるよう言い方をしている事から──第二のキラは顔だけで殺せるという事になります。私達の追ってきたキラとはここでも異なります」
「…私達の認識が間違っていたとか、キラの能力がアップしたとは?」
「だったら今まで名前がわからず捌けなかった大犯罪者を裁くはずです。…要は月くんに捜査状況とビデオを観てもらい「第二のキラの可能性がある」と推理したら──月くんの疑いは"ほぼ"晴れるという事です」
言うと、夜神月さんが大きく反応し、真に迫った様子で詳しく問いかけてくる。
コーヒポッドから暖かいコーヒを新たに空になったカップに注ぎつつ、その問いへと答えた。
「どういう事だ?竜崎」
「キラなら捜査本部の指揮を執ってるLは絶対殺したい。それはリンド・L・テイラーの時から変わらないはず。私は三日後テレビ出演し、世間に顔が知られて死ぬ。そうすると容疑者世間全体へ広がりますキラならこんな絶好の機会を棒に振る事はしないと思うんです」
「しかしこのままならLが死ぬ事は変わらないのでは…第二のキラの可能性を示しただけで、何故疑いが晴れるんだ?」
「もしビデオの送り主が第二のキラなら止める方法はなくはない。第二のキラなら少なからずキラの考えに共感している。本物のキラには従うと考えられます。」
注いだコーヒーを口にしながら、彼等に私の考えの全てを伝えるべく、口を開き続けた。
「ならばこちらで本物のキラからのメッセージを偽造すれば、止められる可能性は高い。月くんがキラであれば「第二のキラである」という推理は私の死を見届けてからしかしないという事です」
「なんか難しくて僕には…」
松田さんが頭を掻きながら言うと、夜神さん、相沢さんは何とも言えない苦い表情を浮かべて彼を見る。
「ではもし息子が第二のキラの推理をしなければ、疑いが深まると言うのか」
「そうですよね、その考えは強引すぎる」
「いえその場合は5%未満のままですし、そのままこちらから「第二のキラの線で捜査している」と打ち明けて協力してもらいます。…それと念のため、今後はここでも偽の警察手帳と名前を使ってください。またワタリはここに出入りさせず、外部にいる誰も知らない私と繋がりを持つもう一人のLという事にします」
『わかりました、竜崎』
「…そこまでするのか…」
この会話を聞いていたワタリが、サイドテーブルに置いてあったパソコン越しに返答した。
相沢さんは責めるでもなく、どちらかというと困惑に近い色で、ぽつりと呟く。
「それでは月くんがOKでしたら、できるだけ早く内密にここに来る様伝えてください」
「わかった」
夜神さんはすぐに携帯を取り出し、電話をかける。好都合な事に、留守電になる事はなく、すぐに電話が繋がったようだ。
「ライト。竜崎が捜査協力して欲しいと言っている。やる気があるなら幸子や粧裕…それに、ちゃんにも言わずに……すぐに来てくれ。場所は──」
夜神月は予想通り、快諾したのだろう。夜神さんはこのホテルの場所を伝えた。
の名前を付け足したのは、先程の私とのやり取りが原因だろう。いや、一因と言った方が正しいか。
レイ=ペンバーが調べるものの範囲に家があったのは、そうする価値があると判断される程に親交が深かったからだ。そして私が問いかけたのもそれを認めたからだし、
夜神さんが今付け加えたのも、「夜神月がに伝える可能性は0ではないかもしれない」と心のどこかで、一抹の不安を覚えたからだろう。つまりは、それほどに親しい。
──万が一、夜神月がキラであるなら、家族にはその事を秘密にするだろう。
しかし…家族ではないが、家族と同等に親しい幼馴染にはどうだろうか?自分と同格のように扱う彼女に対し、打ち明けるのか…?
価値観が違う人間同士が、長年上手く付き合っていけるはずもない。
つまり、夜神月=キラであった場合、が夜神月…"キラ"に共鳴していてもおかしくはない──
****
『竜崎。月くん着きました。3分足らずで部屋の方に』
タクシーを使ってホテルまでやってきた夜神月を迎えに、フロントまで降りた松田さんが携帯で連絡してきたので、「わかりました」と返事をしてすぐに切る。
「…竜崎。もう一度確認しておくが、息子が「第二のキラ」の可能性をうながしたら、息子は白になるんだな?」
「先ほど言った通り、ほぼ白です」
コーヒーを啜りながら無表情に言うと、夜神さんは何とも言えない苦い表情を浮かべたが食ってかかる事はない。
監視カメラを徹底して設置し、家族を監視すると決めたあの日から、夜神さんも諦観にも似た覚悟が決まっているようだ。
そんなやり取りをしているうち、この部屋の扉が開き、夜神月が足を踏み入れた。
「ありがとう、夜神くん」
「いや、キラを捕まえたい気持ちは一緒だよ流河」
さすがの私も、椅子から立ち上がり、歩いて彼を出迎えに行く。
入学式で使った偽名で私を呼ぶのを見て、私は訂正を入れた。
「ここでは「竜崎」と呼んでください」
「松井です」
「相原です」
「そして私は朝日だ…」
「……なるほど…じゃあ僕は「朝日月」でいいかな?」
「それでお願いします。私もここでは「月くん」と呼ぶ事にします」
友好的な笑みを浮かべた彼とやり取りしつつ、モニターが設置された部屋へと先導し、誘導する。
「しかしたった四人で捜査してたのか?」
「いえ、信頼できる捜査員を外部にも何名か置いてます。その外部の者…特にその中の一人は私としか連絡を取れない様になっています」
夜神さん、松田さん、相沢さん、そして私…少数精鋭すぎる様子をみて、夜神月は何気なく問いかけた。
純粋な疑問ともとれるし、詮索ともとれる。5%の疑いでキラである彼が、これからどんな返答をしてくれるか…。
「では早速ですが、今までのキラに関する捜査資料と、このテレビ局に送られてきた一般には未公開のビデオを観てください。全ての資料の持ち出しや、メモを取る事は禁止です」
テーブルに山のように積み上げられた、付箋が多く貼られた捜査資料、そして一本のビデオテープ。
彼はそれを一瞥し、ソファーに変わると、静かに手に取った。
「ああ、その資料に関しては──」
「こっちの資料の付箋は──」
"第二のキラである"という疑惑が生じている事は、彼らは懐疑的ではあったが、当然夜神月には話さない。
しかし突然この山のような捜査資料を手渡されても困るだろうと、相沢さんと松田さんは要所要所で説明を入れた。
彼の優秀な知能を考えるなら、読めば自ずとわかるのだろうが、説明を入れれば、理解に至るまでの時間短縮にはなる。
その度「ありがとうございます」と友好的な笑みを浮かべて、彼は資料を読み進めた。
しかし、資料を読み終え、問題のビデオテープを再生させたその瞬間から、誰も何も言わなくなった。
ここからは夜神月が何の先入観や事前情報もなしで、一人で推理を進めなければ意味がない──
『以上の事から、私が本物のキラだという事がわかったと思います。指定された日時通りに──』
合成音声が流れる中、彼の背後で静寂したまま見守る私達。
次に夜神月の口から出る言葉で、方向性が変わる──
夜神さん、相沢さん、松田さんは、固唾を呑んでその瞬間を見守っていた。
5.彼等の記録─掴み処のない人間
テレビ前に置いたソファーに座り、私は繰り返しキラからのビデオを再生させていた。
再生が終わり、ザーッと砂嵐が流れる様を見ていると、夜神さん達が部屋入ってきた。
「ど…どうだ竜崎…」
「面白いビデオでした」
背後から声をかけてきた夜神さんを振り返り、単刀直入な感想を述べる。
「警察がキラの協力にイエスと答えたらBのビデオの放映を指示してあり、ノーならCを放映です」
机の上に並べてある4本のコピーテープを見やりながら、言い、次にBのビデオテープに視線を向ける。
「Bには協力の細かい条件。簡単に言うと犯罪者を多く報道する事特に軽犯罪でも人を傷つけた者、弱い者への虐待はできる限り取り上げろ、という事です。そして裁くかどうかを決めるのはキラ…それと警察が協力する事の証として警察幹部と…Lがテレビに出演し、「キラに協力する」と発表しろと言ってます」
そこまで言うと、彼等が息を呑んだのが伝わった。そんな彼等に向けて、言葉を続ける。
「幹部と共に私の顔を晒させ、警察に妙な動きが出たらそこから殺していくという訳です。キラはたぶん警察が協力するはずがないと承知の上で今回の行動を取ってます。昨日警察の取った行動のようになるのは誰だってわかる」
「……それで、「ノー」と答えた場合のCのビデオの内容は…」
「言い方が違うだけでほとんど同じです。まあ口で語るより見た方が早いですね」
テープルの上のリモコンを手に取り、再生が止まっていたビデオを再び画面に流す。
再生されたビデオに食い入るように見入った彼等を横目に入れながら、夜神さんに向けてこうお願いする。
「夜神さん、4日後の返事は当然「ノー」でしょうし、このCのビデオ、さくらTVに放映する事を許可してあげてください」
──その4日後。4月22日のこと。
夜神さん達が手回してくれたおかげで、さくらTVの番組内で、Cのビデオテープが放映される事となった。
『答えはノーという事を大変残念に思います。しかし今まで通りの報道はして頂かないと、警察及び報道関係者を裁いていく事になります。
そして、警察はあくまでも私と戦うという返事ですから、これだけでは甘すぎます。敵対者としてまず私を捜査する本部を持つとされている現日本警察庁長官の命──もしくはその指揮を執ってるとされるLなる人物の命を取ります』
合成音声が流れる様を、ホテルの一室で、夜神さん達捜査員たちと見守る。
既に皆繰り返し見ている内容ではある。しかしこれがテレビ放送されていると思うと、また感じ方が違うのだろう。改めて、真剣に見入っている。
『長官かL、どちらを平和な世界への協力をしなかった犠牲として差し出すか、4日間で決めてください。長官の顔は知っているので問題ありませんが、Lを差し出す場合。四日後さくらTV、午後6時のニュースにLが出演し、10分間のスピーチを行ってください。
Lであるかどうかは私が判断します。Lではないと判断した場合、世界の警察幹部を何人かその代償にします。嘘はつかない様お願いします。
何度でも言います。私は罪のない人は殺したくありません。──まだ四日あります。よく考えてください』
ごくり、と固唾を呑む音が聞こえる。放映しただけでお終いではない。
これを見たキラがどう反応するか…その時、私達はどう動くべきか。
これから私も夜神さん達も、各自動く事も、考える事も山ほどにある。立ち止まっている暇はなかった。
──翌日、4月23日。
外に出ていた夜神さんがホテルに戻り、「局長、お疲れ様です」と相沢さん達に迎え入れられていた。
「思っていた通りだ竜崎…」
出先から戻った夜神さんがどこか消耗した様子なのは、決して病み上がりだからではないだろう。
何故そんなにも難しい顔をしているのかは、夜神さんの口からすぐ語られる。
「各国首脳が勝手に話し合いLを…絶対偽物など使わず、本物を出場させろと言ってきた…ろくに協力しないくせに、何の対策も考えようとせいず、キラの言いなりだ…」
「それが一番正しい選択です」
夜神さんの報告を聞いた相沢さんや松田さんは唖然としていたし、夜神さんの中にあったのも、失意や落胆、憤りだっただろう。
しかし私は予想していた事であった上に、理にかなっている事だと思い、何の感情も抱かなかった。
警察庁に所属している夜神さんたちは、どこか期待している所があったというのも一因かもしれない。
私はどこの組織にも属していないため、彼等の反応など、何も期待していなかった。
「キラに警察が協力するなど絶対あってはならないし、警察庁長官と私の命なら、私の命を差し出すべきです。キラを捕まえると挑発してきたのは私ですから。正しい判断です」
テーブルを皆囲みつつ、テーブルにセットしてあったコーヒポッドをつかみ、カップに注ぐ。
私1人分のセットしかなかったが、皆それに文句を言う様子もなく、ただ気遣わし気にしていた。
言葉通り、警察長官の命と私…"L"の命を天秤にかけた結果、どちらに比重が傾くのか自明の理であり、ただそれを口にしただけに過ぎない。
しかし彼らは、"ただそれだけのこと"が痛々しく感じられるようだった。
「し…しかしこのままではL。いや竜崎が…」
「そんな事より…私は言われた通りに出ていきますが私が出て行った所でもしキラが私の事を何も知らない人物だったら…私がLとだと信じてくれるかが心配です」
ショートケーキをフォークで突きつつ、懸念点を語る。
これは私が長官や私の命が取られる事よりも、もしかしたら深刻な問題かもしれない。
しかし今度は、彼等が気遣わし気にする事なかった。松田さんが「た、確かに…」とこぼした瞬間、少し空気が緩んだのだ。
「お、おい…」
「いえ信じてもらえる努力はします。それでも信じてもらえず、世界の警察幹部すが犠牲になったら…と、そう考えてしまうんです」
松田さんが頷いた事を咎めるようにしてやり取りする相沢さん達を横目に、ショートケーキを頬張りつつ言う。
本物のLを出演させろなどと、簡単そうに言うが…実際問題そう単純な話でない事に果たして気が付いているのだろうか。
「結構難しいんですよと自分がLだと証明する事って…その辺キラはどう考えているんでしょうね…。…まあまだ3日あります。そうならぬ様対策を考えましょう。私だって死にたくはありません。それに…
キラに殺されるより、キラに便乗した者に殺されるのは不愉快です」
「えっ!?」
言うと、夜神さん達は揃って驚愕の声を上げ、目を見張っていた。すぐに問い詰めるようにして強く説明を求めてきた。
「ど…どういう意味だ!?竜崎…」
「キラがテレビ局に送りつたビデオを観て思ったんですが、このキラは…キラの偽物の可能性が高い。いや第二のキラと言うべきでしょう」
「第二のキラ!?」
「はい。共犯者という線も考えましたが、私の中では考えにくい。この一本目のビデオを観てそう思いました。これはテレビには放映されず、テレビ局員に自分がキラだと信じさせるためにテレビ局員だけが観る様作られたビデオです」
テーブルにはコーヒポッドやケーキ、カップ。その他に、4本のビデオテープのコピーも置かれていた。私は@のビデオテープをつまみつつ、言う。
「封筒の消印は4月13日。次の日にはテレビ局に着き、その三日後、テープの予告通り、殺人が起きました」
「?三日も前に予告された事が事実となったから信じた訳ですよね…」
「私はキラだと信じられませんでした」
「??」
松田さんが恐る恐ると問い、私はそれに答えるも、さっぱりわからない…と言った様子を見せる。
それを見かねて、相沢さんはこう要求してきた。
「な…なぜそう思うのかちゃんと話してくれ。私もこのビデオを観たが、そんな考えは…」
「このビデオで予告殺人された者は、今までの犠牲者とは異質だと感じませんでしたか?」
「…!」
「罪が軽すぎるというだけじゃない。麻薬所持の芸能人など女性週刊誌でしか大きく扱われなかった…実際調べた結果、4月13日の時点では、昼のワイドショーでしか報道されていなかった。おかしいと思いませんか?」
ショートケーキのスポンジを食べ終え、最後に残った苺をフォークで刺し、持ち上げる。
「あの出目川というディレクターや局の人間はワイドショーネタも報道と捉え疑う事はできなかったと考えられますが、明らかに異質です。本物のキラならそんな雑魚でやってみせる必要はまったくないし考えもしない。いつも裁いてはた凶悪犯を裁かずにおき、予告時間に裁く。その方がキラとしての信憑性も遥に高い」
最後の苺を咀嚼しながら語った頃には、皆私の推理を真剣に考えてくれたようだが、それでも私のように確信には至らない様子だった。
「…しかし局の者にわかりやすい者をわざと使ったとか…無理はあるが…」
「でもそれだけじゃ絶対第二のキラだとは言い切れないな…」
「うむ…竜崎…第二のキラという可能性は一体どのくらい…?」
「今回は70%以上です」
言うと、皆驚愕に目を見開いて、今にも椅子から立ち上がらんばかりに動揺している。
私は反対に白けてしまって、我ながら不機嫌な顔をしている自覚があった。
「大体やり方が気にいらない…キラらしくない…」
「らしくない…?」
相沢さんに問われたので、"らしくない"という部分についての補足をした。
「ビデオの作り方にしても酷すぎる字が下手だとかだけではなく、音声も他の機器で再生された者をハンディカムの外部マイクから取り、周囲の雑音が入ったと思われる所では、一度巻き戻してやり直している。
普通なら録音機とビデオカメラを専用ケーブルで繋ぎ、外部マイクなど使わない。これは幼稚とかそれ以前の問題です。それテレビ局に放映させたり警察幹部を盾にして従わせようとするやり方。騒動になり世論の反感を買う事くらい、わかるはずです。
実際罪のないアナウンサー等も殺された……こんな事、私がキラなら怒りますよ」
キラは人殺しであり、法に抵触した悪人である。
法に抵触した行動を取る事については、私も人の事を責められる立場ではないが…。
犯罪者だけでなく、罪のないFBI捜査官を殺したりもしたキラ。
しかしそれも、"犯罪者を裁き続けるために邪魔な者を殺した"と考えれば、
キラの理念はブレてないとも考えられる。
キラが裁くのは情状酌量の余地もなく、人を害した犯罪者だけ。
その理念をブレさせずに、淡々と裁きを続ける様に、私は何も感じないと言ったら嘘になる。
好敵手…というのは軽すぎる。尊敬というのも言い過ぎだろう。
しかし、キラに対して、私は「敵対心」「捕えるべき悪人である」以外の、何かを感じていた。
「今までのキラは追う者は別として、罪のない者の犠牲は避け、自分の考えを徐々に世間を浸透させ変えていくやり方をしていた。キラは恐怖による独裁は狙っていない」
「…じ…じゃあ…この指紋はもしかしたら…」
「ん?指紋?」
「封筒の切手、ビデオテープ等から、テレビ局の者以外の共通した指紋が出たんです」
私の考察を聞くと、相沢さんはその手に、透明な袋で密封された証拠品…指紋の浮き出た断片を手にしながらぽつりと言う。
それに対し、夜神さんが反応し、相沢さん、松田さんが続けてこう付け加える。
「私達はいくらなんでもキラが指紋を残すわけないと…」
「もしくは偽造の為の他人の指紋と考えたんですが…」
「そうですね。第二のキラ自身の指紋の可能性もありますよ。この場合指紋なんて付いていない方がいいに決まってます…が。第二のキラが存在するとすれば、キラよりはるかに頭が悪くいい加減です。ビデオ等が警察に押収される事すら考えてなかったかもしれません」
相沢さんに向けて手の平を向けると、私の意図を汲んで、証拠品袋を手渡してくれた。
「まあ日本だけに絞っても、全ての人間の指紋を採るのは不可能ですから、ここからの犯人の割り出しは難しいでしょう…捕まえてから証合するしかありません。…それにしても…」
袋をつまみ、眼前まで持ちあげてじっと観察しつつ、「この指紋、小さいんですよね…」と率直な感想を述べた。
「小さい?」
「子供か小柄な女性…」
「そういえば病院で息子が竜崎にキラの犯人像を「裕福な子供」と言っていたが…」
夜神さんが難しい顔で言うのを横目に、「キラにせよ、第二のキラにせよ、息子さんの推理は当たっているのかもしれませんね」と告げた。
「それでもし第二のキラだとしい考えてみたんですが…キラ、第二のキラ、殺しの能力がまったく同じではなかったとしても、片方が捕まればもう片方を捕まえるヒントは少なからず生まれると思うんです。私の考えでは第二のキラよりキラの方が巧妙です。私がキラなら…」
警察より早く第二のキラが誰なのか知ろうとする。そして自分に共鳴しているか計り、していれば利用するだけ利用し…最終的に警察より早く第二のキラを抹殺する…
警察とキラの第二のキラの争奪戦…
──そしてこれはキラを捕まえるチャンスでもある。
そう断言すると、しん…とこの一室が静まり返った。私はその沈黙を破り、夜神さんへ向けて問いかけた。
「夜神さん。息子さんの都合のつく時に、捜査協力を願ってもよろしいでしょうか?」
「…それは、息子の疑いは完全に晴れたと受け取っていいのか!?」
「いえ、疑いが晴れたとは言えませんが…息子さんの推理力は期待できる…いや…第二のキラ逮捕に息子さんが大いなる力になり得るかもしれないと考えたからです」
「……息子さんが「協力する」いえば止める理由はない」
「私達も構いませんが…」
夜神さんは一抹の期待を裏切られ、落胆した様子だった。が、夜神さんはこの期待と落胆はもう何度も繰り返している。
それ以上何を言う事なく、息子の同意があれば、と頷き、他の捜査員たちも了承した。
「息子さんは正義感と使命感できっと協力してくれます。ただし…今回のキラが偽物かもしれない、という事は伏せておいてください。一連の連続殺人犯、キラを追ってるという形でお願いします」
言うと、何故そんなややこしい事をするのか…?という疑問が行き交い、今度は肯定の言葉がすんなりと返ってくる事はなかった。
「それと…夜神さん。その前に一つ聞きたい事があります。さんの事です」
「…あの子の事を…?」
「はい。息子さんに捜査協力を願う際、わざわざさんにまでそれを伝える事はしませんんが…息子さんがさんにそれを話す可能性はあるかと」
「息子も馬鹿じゃない、いくらあの子と仲が良いとはいえ…守秘義務というものくらいわきまえている」
「いえ、そうだとは思いますが。…万一、さんが息子さんが捜査に強力すると知ったら、止めようとするでしょうか?」
「と、止める…?」
「キラを追う者は、殺される可能性があります。危ない事はしないでほしいと、さんが止めるかどうか…」
夜神さんは難しい顔をして悩んでいた。それはがどう答えるか予想している為と、何故こんな事を聞かれているのか…また疑われているのか…という二重の考えに苛まれているからだろう。
夜神さんは少し考えてから、「たぶん…だが」と、曖昧な答え方をした。
「ちゃん…いやは、息子の意思を尊重するかと…」
「尊重?心配したり、止めたりしないんでしょうか?」
「心配は勿論するだろう。しかし彼女はなんというか、うん…昔から息子の事を…やる事を」
「…信じてた?」
「…そうだ。息子の事を尊敬してくれていて、心配はしても、行動を縛ったりはしない…と思う」
「と、思う、というのは?」
「竜崎が第二のキラである可能性が70%であると言ったのと同じだ。全ては私の想像でしかない、100%の断言など出来るはずもない…
それに…彼女は昔からどこか掴み処のない所があって…大人びているようで、子供のような所もあって、…あるいは、子供のように不安になって、息子を止めようとするのかも、と…」
言い淀む夜神さんを見て、「なるほど」と私は頷く。
私がに対して抱く印象と、長年と親交を深めていた夜神さんの抱いた印象も一致している。
やはりには何かを感じさせられる。夜神月と同様に捜査を名目に引き入れ、
捜査と取り調べを一気に出来たらいい。
が、夜神月に期待しているような推理は、には期待できない。引き込む理由が不十分だ。
ここで「は長年付き合っていても掴み処がない人間である」と知れただけでも十分な収穫と考え、「もう結構です。ありがとうございました」と区切りをつけた。
何故の事を尋ねたのか?などと聞かれる事はなかった。
家の事も疑い監視カメラを仕掛けていたのだから、私が尋ねる理由など十分察する事ができただろう。
「…では第二のキラの可能性は伏せ、夜神月くんに捜査協力してもらう方向でいきたいと思います」
「…し…しかし…それじゃ一緒に捜査しにくいのでは?」
「そうだ…大体何のための捜査協力だか…」
「いえ、それを隠すのは彼に一本目のビデオを観てもらい、感想を聞くまでです。その後は彼を含め、皆で第二のキラを追います」
「?」
コピービデオテープの@をつまんで掲げながら、疑問を浮かべている彼等に向けて語る。
「月くんの推理力にはすばらしいものがあります。このビデオを観たら、「第二のキラ」」だという推理をしてくれるかもしれません。今までの全ての資料に加え、このビデオを観てもらい、どう判断するのか観てみたい」
「しかし「第二のキラ」というのは"予告殺人された者がキラが裁くはずない者だった"という竜崎の推理でしかないですよね…」
「……それだけではありません」
ビデオテープをテープルに置きながら、第二のキラ説の根拠を固める。
「今まで私達が想定してきたキラは、殺人に顔と名前が必要でした。しかしあの時たまたまテレビ局に駆けつけた警官が殺された事、Lをテレビ出演させれば殺せるよう言い方をしている事から──第二のキラは顔だけで殺せるという事になります。私達の追ってきたキラとはここでも異なります」
「…私達の認識が間違っていたとか、キラの能力がアップしたとは?」
「だったら今まで名前がわからず捌けなかった大犯罪者を裁くはずです。…要は月くんに捜査状況とビデオを観てもらい「第二のキラの可能性がある」と推理したら──月くんの疑いは"ほぼ"晴れるという事です」
言うと、夜神月さんが大きく反応し、真に迫った様子で詳しく問いかけてくる。
コーヒポッドから暖かいコーヒを新たに空になったカップに注ぎつつ、その問いへと答えた。
「どういう事だ?竜崎」
「キラなら捜査本部の指揮を執ってるLは絶対殺したい。それはリンド・L・テイラーの時から変わらないはず。私は三日後テレビ出演し、世間に顔が知られて死ぬ。そうすると容疑者世間全体へ広がりますキラならこんな絶好の機会を棒に振る事はしないと思うんです」
「しかしこのままならLが死ぬ事は変わらないのでは…第二のキラの可能性を示しただけで、何故疑いが晴れるんだ?」
「もしビデオの送り主が第二のキラなら止める方法はなくはない。第二のキラなら少なからずキラの考えに共感している。本物のキラには従うと考えられます。」
注いだコーヒーを口にしながら、彼等に私の考えの全てを伝えるべく、口を開き続けた。
「ならばこちらで本物のキラからのメッセージを偽造すれば、止められる可能性は高い。月くんがキラであれば「第二のキラである」という推理は私の死を見届けてからしかしないという事です」
「なんか難しくて僕には…」
松田さんが頭を掻きながら言うと、夜神さん、相沢さんは何とも言えない苦い表情を浮かべて彼を見る。
「ではもし息子が第二のキラの推理をしなければ、疑いが深まると言うのか」
「そうですよね、その考えは強引すぎる」
「いえその場合は5%未満のままですし、そのままこちらから「第二のキラの線で捜査している」と打ち明けて協力してもらいます。…それと念のため、今後はここでも偽の警察手帳と名前を使ってください。またワタリはここに出入りさせず、外部にいる誰も知らない私と繋がりを持つもう一人のLという事にします」
『わかりました、竜崎』
「…そこまでするのか…」
この会話を聞いていたワタリが、サイドテーブルに置いてあったパソコン越しに返答した。
相沢さんは責めるでもなく、どちらかというと困惑に近い色で、ぽつりと呟く。
「それでは月くんがOKでしたら、できるだけ早く内密にここに来る様伝えてください」
「わかった」
夜神さんはすぐに携帯を取り出し、電話をかける。好都合な事に、留守電になる事はなく、すぐに電話が繋がったようだ。
「ライト。竜崎が捜査協力して欲しいと言っている。やる気があるなら幸子や粧裕…それに、ちゃんにも言わずに……すぐに来てくれ。場所は──」
夜神月は予想通り、快諾したのだろう。夜神さんはこのホテルの場所を伝えた。
の名前を付け足したのは、先程の私とのやり取りが原因だろう。いや、一因と言った方が正しいか。
レイ=ペンバーが調べるものの範囲に家があったのは、そうする価値があると判断される程に親交が深かったからだ。そして私が問いかけたのもそれを認めたからだし、
夜神さんが今付け加えたのも、「夜神月がに伝える可能性は0ではないかもしれない」と心のどこかで、一抹の不安を覚えたからだろう。つまりは、それほどに親しい。
──万が一、夜神月がキラであるなら、家族にはその事を秘密にするだろう。
しかし…家族ではないが、家族と同等に親しい幼馴染にはどうだろうか?自分と同格のように扱う彼女に対し、打ち明けるのか…?
価値観が違う人間同士が、長年上手く付き合っていけるはずもない。
つまり、夜神月=キラであった場合、が夜神月…"キラ"に共鳴していてもおかしくはない──
****
『竜崎。月くん着きました。3分足らずで部屋の方に』
タクシーを使ってホテルまでやってきた夜神月を迎えに、フロントまで降りた松田さんが携帯で連絡してきたので、「わかりました」と返事をしてすぐに切る。
「…竜崎。もう一度確認しておくが、息子が「第二のキラ」の可能性をうながしたら、息子は白になるんだな?」
「先ほど言った通り、ほぼ白です」
コーヒーを啜りながら無表情に言うと、夜神さんは何とも言えない苦い表情を浮かべたが食ってかかる事はない。
監視カメラを徹底して設置し、家族を監視すると決めたあの日から、夜神さんも諦観にも似た覚悟が決まっているようだ。
そんなやり取りをしているうち、この部屋の扉が開き、夜神月が足を踏み入れた。
「ありがとう、夜神くん」
「いや、キラを捕まえたい気持ちは一緒だよ流河」
さすがの私も、椅子から立ち上がり、歩いて彼を出迎えに行く。
入学式で使った偽名で私を呼ぶのを見て、私は訂正を入れた。
「ここでは「竜崎」と呼んでください」
「松井です」
「相原です」
「そして私は朝日だ…」
「……なるほど…じゃあ僕は「朝日月」でいいかな?」
「それでお願いします。私もここでは「月くん」と呼ぶ事にします」
友好的な笑みを浮かべた彼とやり取りしつつ、モニターが設置された部屋へと先導し、誘導する。
「しかしたった四人で捜査してたのか?」
「いえ、信頼できる捜査員を外部にも何名か置いてます。その外部の者…特にその中の一人は私としか連絡を取れない様になっています」
夜神さん、松田さん、相沢さん、そして私…少数精鋭すぎる様子をみて、夜神月は何気なく問いかけた。
純粋な疑問ともとれるし、詮索ともとれる。5%の疑いでキラである彼が、これからどんな返答をしてくれるか…。
「では早速ですが、今までのキラに関する捜査資料と、このテレビ局に送られてきた一般には未公開のビデオを観てください。全ての資料の持ち出しや、メモを取る事は禁止です」
テーブルに山のように積み上げられた、付箋が多く貼られた捜査資料、そして一本のビデオテープ。
彼はそれを一瞥し、ソファーに変わると、静かに手に取った。
「ああ、その資料に関しては──」
「こっちの資料の付箋は──」
"第二のキラである"という疑惑が生じている事は、彼らは懐疑的ではあったが、当然夜神月には話さない。
しかし突然この山のような捜査資料を手渡されても困るだろうと、相沢さんと松田さんは要所要所で説明を入れた。
彼の優秀な知能を考えるなら、読めば自ずとわかるのだろうが、説明を入れれば、理解に至るまでの時間短縮にはなる。
その度「ありがとうございます」と友好的な笑みを浮かべて、彼は資料を読み進めた。
しかし、資料を読み終え、問題のビデオテープを再生させたその瞬間から、誰も何も言わなくなった。
ここからは夜神月が何の先入観や事前情報もなしで、一人で推理を進めなければ意味がない──
『以上の事から、私が本物のキラだという事がわかったと思います。指定された日時通りに──』
合成音声が流れる中、彼の背後で静寂したまま見守る私達。
次に夜神月の口から出る言葉で、方向性が変わる──
夜神さん、相沢さん、松田さんは、固唾を呑んでその瞬間を見守っていた。