第81話
5.彼等の記録裕福な子供

「……本当にただの過労なんだろうな?」
「ライト!何言ってるの」

夜神さんの入院する病室にたどり着いた時には、既に妻の夜神幸子がそこにいた。
息子と、得体の知れぬ男が揃ってやってきた時、彼女は不安げにしつつも、しかし気丈に振舞った。
私と共に椅子に座ると、夜神月は重たい口を開き言った。そうすると彼女は平静ではいられず、たまらず息子を咎めるように声を荒らげた。


「だって心臓発作じゃ誰だって考える事だろう?キラに殺された人は皆心臓麻痺なんだから…」
「……正直私も倒れる瞬間、「キラか?」と頭をよぎった」
「キラ事件の捜査本部の長…キラに狙われる理由は十分すぎる。キラによる殺人未遂…まあ0%とは言えませんね…」


息子に加え夫までもが不穏な発言を口にし、彼女が青ざめたのをみた。
しかし私はそこで彼女を気遣う言葉を口にする事はなく、追い打ちをかけると理解しながら、真実を口にした。

「幸子。ライトが来てくれたし、私はもう大丈夫だ。家に戻りなさい。粧裕には何も言うんじゃないぞ、これ以上心配させたくない」
「…じゃあ明日、必要な物を持ってきます。…ライト、あと頼むわよ」
「ああ」

夜神さんも、自身の妻がこれ以上の話に耐えられるとは思わなかったのだろう。
家に帰るように勧め、そして彼女もそれを理解し、素直にそれに従った。
何よりもう大きな息子が傍についていてくれるのだから、全く心配がなくなる訳ではないのだろうが…安心材料にはあるだろう。
彼女が荷物を持って退室するのを見送ったあと、夜神さんはぽつりとこう語った。

「自分で言うのも何だが、キラではないな…今思えば上司…部下に葛藤し、いつキラに殺されるかもわからぬ恐怖と戦いながら、ろくに寝ずに無理をしてきた」
「そして息子さんが疑われていたのでは、精神的に参らない方がおかしいくらいです」

夜神幸子が席を外すと、話がスムーズに進んだ。
それを見ていると、「大勢の中、私がいくのは場違いだと思う。居て無意味ではないけど、いなくても、大きな痛手にはならないよ」と言ったに、病院に駆けつける事を遠慮してもらったのは正解だったと思えた。
彼女は、キラの話をすれば夜神幸子のように怯え、狼狽えるだろうか。それとも夜神月の幼馴染なだけあって、冷静に話をするだろうか。
…──そもそも、キラに対してどんな解釈を持っているのか。いずれ折を見て聞いてみたいものだ。

「そんな事まで父に?」
「はい。全て話してあります。私がLである事も」

私が隣に座る夜神月に言うと、彼はバッとベッドに横たわる父親の顔を伺った。
夜神さんは、こくりと頷く。

「そうだ。彼がLだ。第三者にわからぬ様我々は「竜崎」と呼んでいるが…間違いなくLだ」

親指をかじる私の横顔を、なんとも言えない表情で夜神月が伺っている事には気が付いている。
しかし気が付かないふりをしながら、私は彼の反応を観察し続けていた。


「で、竜崎…息子と話してみて、疑いは晴れたのか?」
「いえ、キラ事件に対し適切な事を言いすぎるので、かえって疑いが深まった、というのが本音です。…に関しても、意味は息子さんとは意味合いが違いますが…同じく」
「おい、僕の前でならいいが父の前いで容体に障るようなことを言うのは止めろ。流河には気遣いがなさすぎる」
「いいんだ、ライト…あやふやな事を言われるより、本当の事を言われた方が気が楽だ。疑ってると言っても「容疑者」というレベルではない様だしな」

夜神月は私の物言いに目くじらを立てたが、今ばかりは病床に伏す夜神局長の方が冷静で、息子を諭していた。

「そうです。夜神くんは少し誤解している様です。先程も言いましたが、疑いと言っても本当にわずかなものです。もう一度説明しておきます」

改めて夜神親子に対して、説明を続けた。

「キラは日本に入ったFBI捜査官12人を殺してます。それは12人全員が12月27日に例のファイルを持ちその日に亡くなっている事から明白です。そしてキラが本部の捜査状況を随時得ていたのも事実です。どこからかはわかりませんが、本部のコンピューターのセキュリティも甘かった様ですし…」

黙して言葉を聞いている夜神親子の顔をみる。互いに神妙な面持ちをしており、言葉を挟んでくる様子はない。

「とにかくキラは捜査本部に居た者のデータを引き出せた可能性が高い。しかしFBIを殺したキラが日本の捜査員は一人も殺していない。ここからもキラの身内が本部にいた推測できるんです。まあキラなら平気で身内をも手に掛けるかもしれませんが…」
「……なるほど……」
「そしてFBI捜査員の一人レイ=ペンバー。彼の動きには注目すべき点があった。日本に一緒に居た元FBI捜査員の婚約者まで行方がわからなくなってます」
「それで北村家と家の家族に絞られたって訳か…」
「はい。ついで補足すると、夜神家と懇意にしている…いえ、懇意にしすぎている家も捜査の対象になっています」

夜神月はあえて言い直した家についての補足を聞くとぐっと眉根を寄せたが、しかし冷静さは保ちつつ、腕を組みながらこう語った。

「僕は今までキラは日本関東に潜伏しているという線から、キラが日本人で罪のない日本人を殺すのに抵抗があるくらいにか推理してなかった。しかし殺されたFBIが日本警察関係者を尾行していたのなら、そこにキラがいる可能性が高いのは確かだ。
…そしてその尾行していた対象に僕やが入っていた。これなら疑われても仕方ない…いや流河の言う通り、他に疑う対象がいない…」
「夜神くんの推理力はたいしたものです。いつも的確で速い」
「流河、捜査には協力するよ。流河の存在は父が証明してくれたからね。…そしてキラを捕まえて、僕がキラじゃないって事を証明してみせるよ」
「…ライト、おまえはこれから勉強して警察庁に入るんだ。その後でも遅くないじゃないか」

それまで黙して私と夜神月のやり取りを聞いていた夜神局長は、これには口を挟まずにいられなかったようだ。

「何言ってるんだよ父さん。それじゃ何年後になるすわからない。それに約束したじゃないか…父さんにもしもの事があったら、僕がキラを死刑台に送るって。
父さんがこんな事になったのもキラのせいだ。僕が捜査に協力する事で何か進展が望めるなら、協力する」

夜神月の瞳は澄んでいて、真っすぐ尊敬する父親へと向けられていた。
とても演技だとは思えない。いや演技だとしたら臭すぎる…

「夜神くん」
「ん」
「夜神くんはキラをどんな人物だと考えてますか?」
「キラか…キラは…──裕福な子供」

夜神は少しだけ考えた後、迷わず言い切った。

「裕福な子供?……いい線ですね……」
「もし今言われてる様に念じてるだけで人を殺せるとして。そんな能力を人間が持ったとしたら──犯罪者を殺して減らしていくと共に、それを見せしめにして世の中をよくしようと考えるのは、せいぜい小学生の高学年から高校生くらいまでだ…もっと幼い子供ならそんな能力怖くて使えないか、自分の周りの嫌いな人間を殺してしまうくらいだろう…」

逆に成人以上の大人なら、自分の幸せの為だけに使う。
出世のお金の為だ。その能力を利用すれば大金持ちになる方法方なんていくらでも考えられる、と、つっかえる事もなく夜神月は語り続ける。
今問われて即席で考えているのではなく、硬く自分の中にキラ像を抱いている事の証だった。

「キラはまだどこか純粋さを持っていて、何不自由なく暮らしている裕福な子供だ。自分専用の携帯、パソコン、テレビを持ってる中学生が一番妥当かな」

純粋…?そこだけが私の考えと違うが、後は同じだ。しもプロファイルの対象に最近まで自分もそうだった高校生を入れている…

「…夜神くんのそのプロファイルだと、今対象となってる者で最も怪しいのは…夜神粧裕」

言うと、夜神月はガタッと音を立ててパイプ椅子から勢いよく立ち上がり、叫んだ。

「いい加減にしろ!てなんでここまで来ておまえは父を苦しませるような事を!」
「私は夜神くんの推理を補足しただけです」
「二人共やめてくれ。今さら何を言われても私は動じないが、ケンカなら外でしてくれ。…親馬鹿だと思われるかもしれないが、粧裕がキラなど絶対にない。どちらかと言えば嫌いな子を殺してしまって泣きわめく方の性格だ…」
「そうですね…」

夜神局長は、ずっと家族を庇ってきた。家族が…息子がキラなど、あり得ない話だと。
しかし夜神粧裕を庇ったようには、夜神月のことを庇った事はない。
「息子は心優しい子だから、間違ってもそんな事はできない」といった風には。
私も元より夜神月を疑っている身である。彼ならやりかねないと思っているのは当然として…
夜神家を観察していて、夜神粧裕は殺してしまって泣きわめく性格をしている、というのには納得がいった。


「キラは悪だ…それは事実だ。しかし最近私はこう思うようにもなっている…悪いのは人を殺せる力だ。そんな能力を持ってしまった人間は不幸だ。どんな使い方をしても、人を殺した上での幸せなど、真の幸せであるはずがない」
「夜神さんの言う通りです。もしキラが普通の人間で、その能力を手に入れたのなら、まっったく不幸な人間です」


私と夜神局長が頷き合う傍らで、夜神月は沈黙を選んでいた。
彼はこの考え方には賛同できないのか。
どんな人間であれ、どんな能力を持ってしまったのであれ。使ってしまえば、もうそれは既に完全なる悪だと断じているのかもしれない。
親の背中を見て育つ…の典型のような親子だと思っていた。
夜神月の中にある正義感は、父親のものによく似ている。尊敬しているが故に、そうなっているのだろう。
しかし父親のように情状酌量の余地を与えられないのであれば、思っていたより夜神月は、
白黒ハッキリした倫理観を持っているのかもしれなかった。

「竜崎。迷惑かけたが、できるだけ早く私も復帰する…」
「何言ってるんだよ父さん。完全に治るまでは、無理しちゃ駄目だ」
「そうですよ夜神さん」
「いやこのままでは死んでも死にきれん。なんとしても私の目の黒いうちにキラを…」

夜神さんの語り口が熱を持ってきた頃、丁度良くノックの音が響き、静かに戸が開けられた。

「面会時間終わりですよ」

女性看護師に釘を刺され、私と夜神月は病室を出て、すっかり暗くなった病院外へと歩み出る。
病院前には、ワタリが乗っているリムジンが横づけされていた。

「流河」
「?」
「何か僕がキラじゃないと信用してもらえる方法はないか?」
「夜神くんがキラでないのなら、そんな事する必要ないじゃないですか」
「いい加減にしろよ!キラだと疑われる人間がどんな気持ちか考えてみろよ!」
「……最悪な気持ちになりました」

車に乗り込む直前、夜神月に問われ、少し考えてみた感想を伝える。

「…だから例えば一カ月間僕をテレビも何もない所に入れて誰かにずっと監視をさせておくとか…」

…普通そこまでして疑いを晴らしたいと思うだろうか?
立場を入れ替えて想像して最悪な気持ちになったのは本音だ。しかし、自分ならそこまでするだろうか。
自分はキラではない。その自信があるなら十分ではないだろうか。


「駄目です。そんな人権を無視した事はできませんし…何より疑いのかかってる者からの案を採るのはナンセンスです」

誤認逮捕など間違っても起こさぬよう、確固たる証拠を得るため、こうして徹底した調査が行われているのだから。
この事件を間違えても迷宮入りになどさせない。時がくれば、真相が明かされる日はやってくる。
言いながら、リムジンの後部座席のドアを開いた。

「……なるほど」
「大丈夫ですよ。キラでないのならそのうちわかる事です。…それに今日の夜神くんとお父さんとのやりとりで、キラでないとも考えました」

言車の座席に座りこみ、切のよいところまで語り終えた所で、夜神月へと挨拶を送る。

「では、お父さんをお大事に」
「あっひとつ…捜査協力をすると言ったけど父が元気になるまでは暫く何もできないと思う」
「わかってます。では」

私がドアを閉じると、ワタリは車を発進させた。ミラー越しに見る夜神月はただ立って走り去る車の背を見送るだけ。

「……あれも日本人らしいといえるのか?」
「あれは、ただ普通の見送りですね。彼女は少し丁寧だったかもしれません。」
「…"日本人らしい"丁寧さか」

ワタリとどうでもいい事を語りつつ、考える。
──夜神月──キラではないのか?
彼にも告げた通り、父親と会話する彼の姿をみていると、間違ってもキラだとは思えなかった。
しかしほんのわずかな可能性であっても、疑がってかかるのが私の仕事だ。
完全に白と断じる事はできない。

***

本部の拠点としているホテルの一室。
宇生田さん、松田さん、相沢さん、私の四人で机を囲んで、宇生田さんの報告を聞く。

「それと、美空ナオミの方ですが…結局ホテル従業員の「12月27日深夜から居ない」という証言しか…」


宇生田さんが資料を手にしながら語り、こう続けた。

「もう公開捜査に踏み切るべきでは?聞き込みを一人二人していても、限界がありますよ」
「キラ事件に関係しているという形で公開すれば、彼女が生きている場合殺される恐れがある。やるならキラ事件とは無関係とし、写真は避け、似顔絵にすべきでしょうね」
「まったく…やりにくいな。キラ事件と言わなければ世間は興味を持たない。そして興味を示すだけで関わりたがらない」
「しかし行方不明になてもう4カ月天死んでいるとしか…」
「死人に口なしか…そうすると探す意味すら…」
「死んでいるとしても彼女から何か聞いてる者がいるかもしれなせんし、遺体が出てこないのもおかしい。出てくればそこから何かつかめるかもしれません」
「何か聞いている人がいれば、とっくに名乗り出てくれてると思いますけどね」

宇生田さんが公開捜査に前向きな発言をしたため、私はそのリスクを提示した。
そこに相沢さん、松田さんは各々の考えを述べ、美空ナオミについての討論を続けている時の事だった。

「竜崎!」
「どうした?」
「さくらTVを…大変な事に」

珍しくワタリが慌てた様子で、急ぎ足で部屋に入ってきた。
この部屋のテレビのリモコンを手に取ると、すぐにチャンネルをさくらTVに合わせて電源を入れた。

『つまり私達はキラの人質であると共に、報道陣の使命を受け、この報道をするものであり、決して嘘や興味本位でこのテープを報道するもものではないという事をご理解ください』
「キラの人質!?なんだこれは?」

テレビに映っているのは、椅子に座っ男性キャスターが、神妙な面持ちで語っていた。
彼の背後には、机の上に乗せられた一台のモニター。そこには「キラからのメッセージ・4本のビデオ」と銘打たれた画像が映し出されていた。

『4日前、当番組ディレクターに送られてきた4本のテープ。それは間違いなくキラから送られてきた物でした。一本目のテープには先日逮捕された町葉青一、青次両容疑者の死亡日時予告が入っていました。そしてその予告通り、昨日19日に、この二人が心臓麻痺で亡くなったのです』

彼はテーブルの上に「@」とナンバリングされてあるビデオテープを置き、手でそれを指している様子がズームで映し出される。

『こんな事はキラにしかできない。これはキラから送られてきて物だと私達は判断しました』

カメラのアングルが変わり引くと、手袋をした彼が@の2テープを持ち、テーブルの上に他の3本のテープが並べられている様子が写る。
……これが本当なら確かにキラでなければ出来ない事だ…

『そしてキラは今日の午後5時59分ちょうどから、この2本目のビデオを放映する様指示しているのです。我々もまだ見ておりませんが、テレビを御覧の皆様にまたキラだと証明する予告殺人と──世界の人々に向けてのメッセージが入ってるとの事です』


2とナンバリングされたテープをキャスターが持ちあげ、カメラにアップで映すとまた引きになる。
これから放映する準備をするという事だろうか。スーツを着た女性が映り込むと、2のテープをキャスターから受け取り、去っていった。

「ま…またヤラセじゃないのか?」
「まさか…いくらなんでもこんな悪質なヤラセは…」
『では5時59分です。御覧ください』


宇生田さんと松田さんが言い合う中、その瞬間はすぐにやってきた。


『私はキラです』

──合成音声が流れ出す。
機械で作った荒れた音声に手描きの文字…明らかにホームビデオで撮ってるだけの映像…
私がテレビでLと名乗った時と同じ書体…対抗意識か?それしか思いつかなかったのか?
どちらにしろ幼稚すぎる…わざとか?

テレビ前に椅子を持ってきて、膝を抱えながらじっと目を凝らしてみる。

『このビデオが4月18日午後5時59分ちょうどに流されれば、今は午後5時59分38・39・40秒…。…チャンネルを太陽デレビに替えてください。メインキャスターの日々間数彦氏が6時ちょうどに心臓麻痺で死にます』
「お…おい」
「まさか…」
「替えて!」

宇生田さん、松田さんがざわめく中、私はワタリに向けて即座に指示を出した。
ワタリはリモコンでチャンネルを替え、太陽テレビのチャンネルが映し出される。
そこにはテーブルの上に突っ伏すキャスターの姿と、悲鳴を上げる女性キャスターたちが映し出されていた。

「!」
「チャンネルを戻してください」

チャンネルを再びさくらTVに戻させてから、ワタリに追加で指示を出す。

「ワタリテレビをここへもう一台…いや二台」
「はい」
『日々間氏はキラを悪だと主張し、報道を続けてきました。その報いです。一人では確実な証拠にはなりません。もう一人犠牲になってもらいます…ターゲットは同じく今NHNテレビに生出演の予定にある、私を否定してきたコメンテーター…熊泉清次氏』
「り…竜崎…」
「チャンネル24に!」

いうと、誰ともなくリモコンを手に取り、チャンネルを替えてくれた。
太陽テレビと動揺に、

「……キラが世界の人々に向けメッセージを流すと言っていたな…この放送止めさせないとまずい事になる!」
「さくらTVの電話番号を!」
『これで私がキラだという事は信じていただけたかと思います』
「だ…駄目だ、局のどこにかけても通話中…!」
「局内の知り合いの携帯は電源が入ってない!」
「くっくそ…俺が直接局に行って止めさせてやる!」
「宇生田さん!」


まずい事になる、という私の言葉から確かな緊迫感を肌で感じ取ったのだろう。
眼前に広がった"人が殺された様子を映し出した生中継"という悪質な映像を目にした事もあり、松田さん、相沢さんは即座に電話で対応し、宇生田さんは外に出て、行動に移す事にしたようだった。

『皆さん。よく聞いてください。私は罪のない人を殺したくはありません…悪を憎み正義を愛します。殺したくはありません。警察も私の敵ではなく、味方だと考えてます』

解像度の荒いノイズがかったロゴを睨みながら、私は親指の爪を噛む。

『私の願いは悪のない世界をつくる事です。皆さんがその気になれば簡単にできる事です。私を捕まえようとしなければ罪のない人間は死にません。
私に同意できなくとも、メディアに乗せ、公にしたりしなければ殺したりはしません。
そして少しの間待ってください。誰もが認める世界になります…私にはできます。心の優しい人間を主とした世界に変える事が』


キラがもっともらしい口上を述べ続け、それを聞いている事しかできない。
局に連絡する事ができないなら、直接直訴に行ってくれた宇生田さんを頼りにする他ない状況だった。


『想像してください。世界の警察と私が守る世界を…そこに悪は存在できなく──』
『国民の皆策落ち着いてください。今さくらTVで放送については詳しい情報が入り次第──』

ワタリが持ってきた二台のテレビにより、三チャンネルの映像、音声が同時に流れる状態になっている。
NHNのチャンネルでは、事態の鎮静化を図る音声が流れ続け、そして──
さくらTVでは依然キラからのメッセージを流し続け。
そのキラの合成音声に被せるようにして、砂嵐状態だった太陽テレビの用のモニターから、女性アナウンサーの声が流れ出した。

『番組を変更し、さくらTV前からの生中継をお送りする事にします』

言った瞬間、パッとロゴマークの映像から切り替わりさくらTVの文字が大きく彫り込まれた建物の入り口が映し出される。
手前には車の前方部分が映し出され、その後方でうつ伏せに倒れ伏す人影がみえた。

『今さくらTV前で倒れた人物が居るとの情報が入りました。こ…これはライブ中継です。我々スタッフをお見せする事はできませんが、これは今のさくらTV前の映像です!』
「!宇生田!!く…くっそ〜〜キラか!?」
「相沢さん、駄目ですよ。どこに行く気ですか?」

ズームにして映し出され、その人影がよく見えるようになる。
スーツ姿の男性──まぎれもなく、それはさくらTVに単身で駆けつけてくれたはずの、宇生田さんだった。
それを認めた瞬間、相沢さんが駆け出すので、私は引き止めた。


「宇生田の所に決まってるだろ…そしてビデオもオレが回収してくる…」
「今あそこに行くと殺されますよ」
「り…竜崎…ここで黙ってテレビを見てろっていうのか!?」
「冷静になってくださいと言ってるんです。私だってあのビデオの放映は止めたい。それにビデオを送ってきたのままの形で全部押収できれば、そこからキラの手がかりをつかめる可能性が高い…しかし宇生田さんがキラにやられたのだとしたら、あそこに行けば同じ目に遭います」

目の前に置かれた三台テレビでは、それぞれの局が各々、キラに関する事を流し続けている。

『危険ですので皆さんはてさくらTVには近づかないでください!』とNHNは注意喚起をし、
『恐る恐る救急隊が運びます!』と太陽テレビではさくらTV前で、2人の救急隊員により担架で搬送される宇生田さんが映る。
『悪を抑制し犯罪のない世界にする事が…』さくらTVでは依然キラの合成音声が流れ続ける。

私は椅子に座り、テレビ前でただそれを見続けていた。

「つまり偽造の警察手帳も役に立たなかった!俺たちの名前はキラにバレてるって事じゃないのか!?」
「あるいはそうかもしれません。しかしそれだとキラは捜査の人間を全員殺しておいて動く方が楽なはず…」


相沢さんに怒鳴るように叫ばれ、私は少し考える。


「「キラは殺人に顔と名前が必要」というのが私の推理でしたが、これを観ている限り、「顔だけでも殺せる」可能性も0ではないとしか…今の時点で確実に言える事は…宇生田さんはあそこに行ったからやられたという事です。他局にさくらTV前が映される前にです。
つまりキラはあのテレビ局内、もしくは局に入る者を監視できる所に居るという事になります。自分でどこかに監視カメラを付けているのかもしれません…」
「キラがあの周辺に居ると思うなら余計行くべきじゃないか!」
「のこのこ出ていけば殺されると言ってるんです。わかってください」

相沢さんに向けて、さくらTVに向かう事の危険を説くも、激昂した相沢さんは聞き入れずに、私の肩を強く掴みかかった。


「わからねーよ…宇生田は殺されたかもしれないんだぞ!あんただってキラ逮捕に命懸けてんだろ!?」
「い…命を賭ける事と命をやすやす奪われる可能性がある事をするのは正反対です…
気持ちはわかりますが堪えてください。宇生田さんがやられ…これでもし相沢さんの命まで奪われてしまったら…」


相沢さんは前のめりに私の肩を掴みかかった事で、私の感情を読み取る事ができたようで、すぐに手を話し、沈黙した。
膝を抱える私の手には力がこもっており、酷く震えている。
恐らく相沢さんは宇生田さんの死に何も動揺していないかのように、私が淡々と理屈だけを述べる事が、癪に障った面もあったのだろう。
しかし、私も相沢さん同様に、怒りと悔しさで震えている所を目視したのだ。
それ以上、何も言えないようだった。


『さくらTV前は嘘の様に閑散としています』

太陽TVのアナウンサーの声だけが響き、この部屋には鬱々とした沈黙だけが流れた。

『警察が私と協力し、新しい世界をつくっていく事にイエスかノーか…四日後…4月22日の午後6時のニュースで発表してください。同日午後6時10分よりイエスの場合とノーの場合の事なるビデオをテレビ局側に放映する様、容易してあります』

さくらTVでは淡々とキラによるメッセージが流れ出す傍らで。
太陽TVのモニターに異変が生じた。嘘のように閑散としている、と言ったその次の瞬間──
まるで爆発でも起きたかのような破壊音と共に、大きな警察車両がさくらTVの入り口のガラスを突き破った。


『ああ…!突然です!さくらTVに車が突入しました!警察車両の様です!護送車でしょうか…』
「な…何だ!?」
「まあ…あれなら外からは姿をみられずにテレビ局内に入れますね…しかし宇生田さんがキラにやられたのだとしたら、キラが局内から見ていた可能性も高い。危険な賭けかも…」
「そ、それより誰が?我々の味方なのか?」
「い…一応警察車両だが…」


無残に砕け散ったガラスの扉と、ひしゃげた鉄のフレーム。
乗車していた人物が、松田さん、相沢さんの言うように、我々の敵であれ味方であれ…
外からは見えない形で今頃深部へと侵入しているはずだ。

『あっ…今やっと一台のパトカーがさくらTV前に到着しました!』
「我々だけじゃない…まだ警察の中には立ち上がる者はいるんだ…」
「そうですね…捜査本部の人間なんて、警察のごく一部の人間だった訳ですから…。…相沢さん。北村次長の携帯番号知ってましたよね?」
「あ、はい」
「電話をして繋がった私にください」
『しかしこの事態にパトカーが一台とは…』

松田さんが神妙な面持ちで言うのに、私は頷き同意した。その次に、相沢さんへ指示を出す。そして相沢さんから携帯を受け取り、北村次長と電話を繋げ会話する。

『北村だ…相沢、私には電話するなと…』
「Lです。お願いがあります。この報道を見て自己の正義感で動く警察関係者が出てきます。上に統制を取って頂かないと惨事になりかねません」
『い…いやしかし…私達はこの事件には…』

北村次長が受話器越しに口ごもるのを聞きながら、太陽TVを見続ける。
そこには予期していた通りの光景が広がっていた。


『ああ!駆けつけた警官2人が倒れました!わ…私達もここから避難します。カメラは残し、離れた所で実況を…』

その様子をみると、北村次長はようやっと私の望む答えを口にしてくれた。

『…わかったL…どう指揮を執るべきかアドバイスをくれ…』


伊達に次長の立場にいる訳ではないだろう。さすがにここまで来れば、物分かりよく要求を呑み、私の意見を聞こうとした。
彼に対し、キラ対策のいろはを伝える。

「はい…そうです姿を見せない様…では次長お願いしま…」


そこで話を終わらせようとしていると、ワタリの携帯が鳴り「夜神さんだ」と言ったその瞬間、私は次長に「いやそのまま切らずにいてください」と指示した。

「ワタリ、早く折り返しかけて電話を私に」
『朝日だ!竜崎に!』
「夜神さん私です。やはりあなたが護送車で」
『そうだ…我慢できなかった…しかしテープは全て押収した。そっちへ持っていく。今どこに?』
「体の方は大丈夫なんですか?」
『大丈夫どころか…こんな元気な自分は生まれて初めてだ。…そんな事より、どうすればいい?正面は危険だと思うが、あの車なら大丈夫だろうか?』
「ちょっと待ってください。…突っ込んだのは夜神局長です」


ワタリの携帯で夜神さんと話しつつ、自分の携帯で北村次長に語り掛けると、『夜神!?入院していたはずじゃ』と驚いた声が返ってきた。

『……L!「5分もかからない」そう夜神に伝えてくれ』
「夜神さん、5分そこで休んでから、正面玄関から堂々と出てきてください」

北村次長からの心強い偏波を受け取った後、私は夜神さんへそう伝えた。
夜神さんは一体どういう事かと疑問に思っただろが、「5分」に意味があるのだと信用し、電話を切って従ってくれた。

太陽TVの画面には、さくらTVの入り口をふさぐように横づけする形で、大型輸送車が止められていた。
その足元・車両の上でライオットシールドを構え、バイザーつきのヘルメットを被り、顔を隠した警察官たちが何十人も列をなして構えていた

『いいか!隙間を作るな!自分達の姿は見せるな!キラはテレビ局内には居ない!居るなら外だ!いいか!ここから見える範囲にキラがいる可能性は十分ある。こちらの姿を見られぬ様、工夫し捜索しろ!』
『西・南側全域道路封鎖しましたーっ』
『北側、若干名不足。管轄を越えたふの勇士を北側に誘導願います』

警察が、確実に周辺にいるはずのキラ捜索のために布陣を固め、その傍らで夜神さんの姿を徹底的に目隠しし、逃がしてくた。

『警察は厳戒態勢に入った模様です。さくらTV一帯の道路を検問封鎖!警察は明らかにキラと戦う姿勢を見せました!警察はキラと戦います!』

太陽テレビの女性アナウンサーが離れた所から実況するのと同時に、NHNの男性アナウンサーがこう語った。

『警察はキラの呼びかけには応じず、戦う姿勢を見せました!わ…私はあえて勇気を出していいます。これで正しい!これで正しいと!これが法治国家の取るべき正しい姿勢です!私の名前は田中原高樹。NHNゴールデンニュースアナウンサーの田中原高樹であります!』

宇生田さんか殺されて、その後駆けつけたパトカーに乗った警官2人が殺された。
それを見ても尚、徹底した布陣を組んで駆けつけた何十人にも上る警察官たち。
そしてコメンテーター2人が殺されたにも関わらず、名前を名乗り宣言するアナウンサー。
私達がキラを追う事を諦めていないように、世間の全てがキラを支持する事はなく、こうして戦う意思をみせている。
病床で伏していたはずの弱った夜神さんも…。


「局長!」
「夜神局長…!」
「竜崎、勝手なマネをしてすまなかった…感情的になりすぎたようだ…」
「いえ」
「キラが送ってきた封筒、テープ、全部入ってる」

ワタリに肩を支えられながら、明らかに消耗した様子の夜神さんがホテル内の一室へと足を踏み入れた。
その手にはさくらTVのロゴが刻まれた紙袋。

「す…少し休ませてくれ…」
「だ…大丈夫ですか局長…病院に戻った方が…」


宇生田さんが殺され、駆け付けようとした相沢さんを私は止めた。止める他なかった。
失った命、それ以外に何もできない歯がゆさ。握った手が震えた。
そのどん詰まりの状況を打破してくれたのは、夜神さんだ。
松田さんに支えられる形で、やっとの様子でソファーに座る夜神さんは、彼の言う通り病院に戻った方がいいだろう。
…そんな容体で、手に入れてくれたビデオテープ。夜神さん…無駄にはしません。
紙袋を漁り、中から封筒を取り出す。

「はい…はい…局長は私達と一緒にいます。今は休んでいますが無事です。心配しないでください…」

病院から抜け出してきた夜神さんを心配しているのだろう、ご家族に松田さんが電話で説明する声を聞きながら、封筒を検閲した。
消印は大阪か…しかしキラは死の前の行動を操れる。自分で大阪まで行き投函しなくても出せる…

「相沢さん。これの鑑識お願いできますか?」
「はい。鑑識には顔がきくので、うまくやりますよ。…彼等なら指紋、切手を舐めてればそこから情報を…封筒やビデオテープの売られていた地域や映したカメラまで特定できます。映像からも何かつかめるかも…もちろん音声を切って、ビデオの内容はわからないように調べさせます」
「お願いします。私はこっちのコピーのテープの方でまず内容を確認しますので」

相沢さんが鑑識に回す用のマスターテープ4本と封筒を回収する横で、私はコピーされたテープを回収した。


──その翌日のこと。


2025.11.4