第77話
5.彼等の記録─L
通称"キラ"と呼ばれる殺人犯の捜査は、今まで数々の事件を解決してきた私をもってしても簡単な事、とは言えなかった。
今まで追いかけてきた事件とはまた一風違う。大がかりで、長期的な調査になるという予期はしている。
一筋縄ではいかないだろう──とも。
──しかし、最期、あんな結末を迎えるとは、きっと誰もが思いもしなかった事だろう。
***
キラ事件解決のための捜査の一手として大きく動き出したのは、この時だ。
『ICPOの皆様。Lです。この事件はかつてない大規模で難しい。そして…絶対に許してはならならい凶悪な大量殺人事件です!
この事件を解決する為に、是非全世界、ICPOの皆さんが私に全面協力してくださる事をこの会議で決議して頂きたい』
ワタリを通して、ICPOの面々に告げたのだ。水面下で推理・捜査してきた情報を鑑みて、私は自分一人では解決できず、警察などの手を借りなければ解決をみられないと考えた。
特に日本警察の協力を強く要請し、ICPOから"全世界特別生中継"を放映させた。
すると、Lのふりをして発言していた「リンド・L・テイラー」が殺される。
これにより、キラが直接手を下さずに人を殺せる事、そして日本の関東地区に潜伏している事がわかった。全世界と銘打ったが、実際には関東にして放映されていなかったのだ。
一連の事件の最初の犠牲者は新宿の通り魔。
犯罪者を淡々と"裁き続ける"キラ"を捕まえるため、私は日本に拠点を移し、捜査する事となる。
キラは服役している犯罪者を使って実験をしてから殺した事もあった。
リンド・L・テイラーを殺した事からも分かっていたが…
その事からも、キラは機械のように悪人を殺すだけに留まらず、人間を操り人形のように糸で操るかのような、残虐性も感じられた。
そのうち、日本に潜伏していたFBI捜査員12人が殺された。
「日本に入った仲間を確認しておきたい」という者がいて、その捜査員のパソコンにファイルを送った──
おそらくキラが上手く操作して、なんらかの方法でそのファイルを見たのだ。
このFBI捜査官が殺させてしまった事は、私にとってはキラに出し抜かれ、敗北したと言える。
しかしその死のおかげで、キラを絞り込む事ができた。
私は「凶悪連続殺人特別捜査本部」にふるいをかけ、命をかけてでも捜査をすると覚悟を決めた六人の刑事の前に顔を出す。
私が拠点としていたホテルに招き入れ、
「キラは捜査本部の情報を得られていた」「FBI捜査官12人が12月14日に日本に入った」「12月19日キラは刑務所の犯罪者で殺しのテストをしていた。このたった5日の間にFBIの存在にキラが気づいた」
「殺しに必要なのは顔と名前、死の前の行動を操れる」「12月27日に死亡したFBI捜査官12人が調べていたものがキラの疑いあり」
これを彼等に話し、捜査を共に進めて行く事になった。
***
鍵となったのは、レイ=ペンパーという捜査官にあった。
元FBI捜査官の美空ナオミというペンバーの婚約者も消息不明。
捜査官全員の情報が乗ったファイルは全員に送られたが、ペンバーが一番最初に見た可能性がある。
そしてペンパーが心臓麻痺で死んだ時の監視カメラの山手線内での映像などからして…
私はペンバーに可能性を感じた。
ホテルの一室で、キラ捜査員の彼等六人にその事を告げる。
「皆さん。キラが刑務所内で犯罪者テストをした12月19日、それまでにレイ=ペンバーが調べていた者だけに絞って捜査をします。ごくわずかな人間です」
しかしその中にキラがいるかもしれないとすれば、事情聴取などというやり方では不可能。危険もある…と告げた。
「捜査の対象は二人の警察関係者とその周辺…ペンバーは全ての者を「疑う余地なし」とだけ報告してますが…ペンパーが調べていたふたつの家に…盗聴器と監視カメラをつけます」
言うと、日本でそんな事は許されない。バレたら人権問題になりクビになる、それどころか自分たちが犯罪者に身を落とす…
そう反対した刑事たちに、首ではなく命をかけて捜査していたはずだと説得した。
そしてペンパーが調べていた二人とは誰か、と問われる。
「北村次長とその家族。夜神局長とその家族です。この二件の家に盗聴器とカメラを付けさせていただきたい」
夜神局長というのは、L…私を信じ、命をかけて残ってくれた刑事六人の中の一人。
局長という立場にあり、ここに残った刑事五人の統率を取り、信頼も厚い…夜神総一郎という男だ。
その中にキラがいる可能性は5%。しかし今までの捜査では怪しいと思えるものすらいなかった。
1%でも可能性があるのらとことん調べるべきだ──と。夜神局長自らそう言った。
「自分の家族を疑われていては憤慨だ、付けるなら家の隅々まで、バスルームからトイレまでだ!」と言った彼の発言は、合理的というよりも、意地のようなものだと感じられた。
「ではせめてもの配慮として、夜神家の監視は私と夜神さんのみで行い──残りはローテーションで行い──一人は警察庁、一人がレイ=ペンバーの山手線関連のビデオに北村家、夜神家の者が写ってないかチェック。残りは北村家の監視に回る…というやり方でこれからの捜査を進めていきます」
ソファーに座りながら膝を立て、怒りに震える夜神局長の背中に語り掛ける。
「カメラの設置は七日間。状況より早く撤去する事も、延長する事もある。その場合は必ず真実を言い、こっそり盗聴器を残す様な事は絶対しません。これでいいですね」
「ワタリ。盗聴器、カメラ、モニターの準備にどれくらいかかる?」
「明日以降であれば、両家の不在時間がわかればいつでも取り付けられます」
「ではまた違うホテルに最低ふたつのモニタールームを作り、盗聴器、カメラの設置が出来次第、我々もそちらのホテルに移ります」
そこまで言ってから、ふと言い忘れていた事に気が付く。
「北村次長と夜神局長の両家…と言いましたが。実際は三件の家に仕掛ける事になります」
「…?どういう意味だ、竜崎」
「夜神さん。夜神さんのお宅は、家族同然でお付き合いしているご近所さんがいますね?」
「……あ、ああ…だからなんなんだ…?まさか…」
「はい。家にもカメラを仕掛けさせてもらいます」
「なんだと!?」
夜神局長は、机にバンと手をついて、今度こそ堪忍袋の緒が切れた!と言った様子で叫んだ。
「家族同然の付き合いをしているからと言って、なんだ!?」
「家の娘さん、自宅にいるより、夜神家に居る方が長いらしいですね。テスト前や受験勉強に忙しい時期なんかには、息子さんが直々に勉強を教えてるからと…」
「……確かに、息子とは幼馴染で…兄妹のように育ったから…」
「はい。その通りです。ただの幼馴染というのには縁が強すぎるので、レイ=ペンバーも調べていたようですね。家は、あくまで夜神家の付属的な扱いですが…とはいえ、夜神家の家族同然に扱われ、同じくらい夜神家の自宅内に居るというなら、調べない訳にはいけません」
私の手元には、北村家の家族全員の記録と、夜神家の人間の記録…そして、家の資料もある。
夜神家と家は長年随分懇意にしていたようで、レイ=ペンバーの報告書にもそれが詳しく記されていた。
夜神局長は心情的には反対だっただろうが、理屈はわかってくれたようで、それ以上意義を唱える事はなかった。
──1月8日。私達は、設置されたカメラの監視を始めた。
私と夜神局長が監視するのは、夜神家と、そして家だ。
「私の家族に巻き込まれる形でこうなってしまったのだから、家の監視も私と竜崎2人で行いたい」と言われ、それに同意したのだ。
***
『それじゃあ、月くんまた明日』
『ああ、また明日ね。…ちゃんと勉強しなきゃダメだぞ?』
『はあい、先生』
「息子さん…それと、家の娘さんも帰ってきましたね」
モニターは一家につき、十個以上設置されている。
このモニタールームには、家、夜神家合わせて二十個以上はモニターが設置されており、
両家の玄関先には、同時に娘、息子が写っていた。
夜神月は鍵を差し込み、早々に自宅へ帰り、今は階段を上がっている所だ。
しかし家の娘は、まだ軒先にいた。
『…あ!コンビニに買い出しにでも行っておこうかなー。』
そんなひとり言をもらすと、ガラケーを使って新作コンビニスイーツを調べた後、すぐに近所のコンビニに向かって歩き出した。
この少数精鋭の捜査本部では、尾行者まではつけられない。彼女が部屋に入らない以上、その背中を見守る事しか出来なかった。
すぐに見切りをつけて、夜神月の方へと注意を戻す。
「夜神月…カメラを付けた者からの報告では、彼は自分の留守中、部屋に誰か入っていないかをチェックしています。それ以外に部屋に怪しい物しなし。…部屋に入りますね。好かれの部屋内のカメラはナンバー85から…」
機械のボタンを教えて数値を変え、モニターに映る映像を切り替えた。
家の娘と同じように、一度家に帰ってからコートを羽織り、財布だけを持って出かけた。
そして部屋の扉の足元に、小さな紙切れを挟んでいた。
自分の居ぬ間にそれが落ちていれば、無断で誰かが侵入したという事。それを確認しているようだ。
夜神さんは、それを見ると眉を顰めていた。
「確かに…あそこまで気にしているとは…部屋に何か見られたくない物でもあるのか?」
「17歳という事を考えたらそんなに怪しむ事ではありません。私も意味なくやった事があります。…それと夜神月さん、彼はキラ事件に興味を持ち、独自に調べてるとの話ですが、捜査状況も話した事はありませんか?」
「馬鹿な…家族会議で事件について前もって話した事はあるが…報道されない極秘情報は絶対話はしない。それに…最近はろくに帰ってもいないし、帰っても疲れて眠るだけだ」
「わかりました……」
夜神さんの言葉に頷いているうち、家の娘が再び玄関先を映し出したカメラに現れ、鍵を差し込んで玄関の扉を開けていた。
自宅から徒歩五分もしない所にコンビニがある上に、事前に携帯で買うものの目星はつけていたようなので、帰宅は早かった。
『ただいま』
コンビニの袋を自室に持ち込み、彼女は制服から部屋着に着替える。
そして勉強机に向かって座り、コンビニプリンの封を開け、スプーンを差し込んだ。
いたって平凡な女子高生の日常だ。プリンを食べ終わるとゴミ箱に捨て、今度は勉強を始めた。
そして夜神月の方はというと…
出かけてから30分以内に帰宅し、『ただいまー』と言って再び玄関を開ける。その手には、紙袋が抱えられていた。
その紙袋の中身は、夜神月が自室のベッドにうつ伏せになりながら開き始めた事で、我々も知る事となる。
父親である夜神さんは、相当な衝撃を受けていた。
「あ…あの真面目な息子があんな雑誌を…!」
「17歳なら普通です…が…私には…「部屋に誰か入ってないか確かめていたのはこういう本があるからです」と言い訳している様に見えるんです…」
「ま…まさか…竜崎…うちの息子を疑っているのか?」
「疑ってますよ…だからお宅と次長、そして家の家に盗聴器とカメラを付けたんですから…。…あ、家にも動きがありましたね」
夜神月が雑誌を眺めている間、勉強を切り上げた家の娘が、夜神月の敷地へ入った。
チャイムを鳴らそうとしていた所、丁度庭先で花壇の水やりをしていた夜神家の母・幸子と鉢合わせ、中に招き入れられる。
そして自然な流れで夜神家に上がり、手を洗ってから、夜神幸子と共に台所で夕食の支度の手伝いを始めた。
「……夕食の手伝いまでするんですね。お客様扱いではない」
「まあ…ちゃんは、昔からしっかりしてるから…粧裕は手伝いすらしないのに」
「性格はともかくとして。…もうこれが習慣づいているようです。やはり家族同然ですね」
「……親しいという事に関しては、否定はしない」
夕食の仕込みはほとんど終わっていたようで、家の娘が食卓に皿を並べていると、「ちゃん。月を呼んできてくれる?」と言った。
一方その頃の夜神月はというと、ペラペラとグラビア雑誌をめくっていた。
それから、『はーっまた表紙に騙された…』とため息をつくと、すぐに閉じ、ベッドから降りた。
そして本棚の中から「世界の建築家」というタイトルが刻まれたボックスカバーを取り出す。
中身に入っているのは、建築本ではない。中にはスペースがあり、そういった際どい雑誌を隠すために使われているらしい。
『月くん、今いいかな?』
家の娘が夜神月の自室の扉をノックをすると、夜神月は"世界の建築家"のブックボックスごと、手から滑り落とした。
中に入っていた他のグラビア雑誌も全て床に散乱し、
『……ちょっと、待ってね』と、少し上ずった声で返事をした。
そして慌てながら雑誌をボックスにしまうと、本棚に戻し、部屋の扉を開けた。
『あのね…ご飯ができたんだって。だから呼んできてって頼まれて…』
『そんなに粧裕にでも任せればいいのに…受験生を顎で使うなんてね』
『ふふ、そんなの気にしないでいいよ。それより早く、ご飯が冷めないうちに行こうよ』
2人は仲睦まじそうに並んで歩き、階段を下りて行った。夜神月は、先を歩く家の娘を、どこか微笑ましそうに目を細めて見守っていた。
「今のは演技でもアピールでもなさそうですね。かなり動揺してました」
「……」
息子の恥ずかしい姿を目視してしまい、夜神局長は額に手を当てていた。
第三者からみれば、微笑ましい光景といえただろうが、父親からすると複雑な気持ちになるのだろう。
『ちゃん。デザートもあるからね』
『わ、たのしみ。…いつもありがとうございます』
食卓に並べた皿には既に夕食の主菜が盛り付けられており、夜神幸子は今副菜と汁物を用意している所だった。
家の娘は嬉しそうに笑い、夜神幸子もそれを見て満足そうにしている。
「さっきプリン食べてましたよね。別腹ってやつですかね。…いや、成長期ですか?」
「成長期はもう過ぎただろう…。……おそらく、無理をしているのだと思う。ちゃんは気遣い屋だからな…」
「無理とは?」
「ちゃんは昔から、食が細いんだ」
「……夕食に招かれて、毎回主菜から副菜、デザートまで出るのをわかってて、コンビニにプリンを買いに行ったということですね」
「……急に食べたくなる時くらい、人間ならあるだろう。何でも疑ってかかるのをやめてくれ」
「それは無理ですね。何でも疑ってかかるのが私の仕事ですから」
私と夜神さんが話しているうちに、夜神粧裕も自室から降りてきて、皆が食卓に着席していた。
そして両手を合わせる。
『いただきます』
家の娘と夜神月は隣同士に座り、その向かいに夜神幸子と、娘の夜神粧裕が座る。
テレビを観ながら食事を摂る家庭のようで、夜神粧裕は歌番組に夢中だった。
『また歌番組か…たまにはニュースくらい見ろよ粧裕』
『旱樹最高じゃん!お兄ちゃんも好きなアイドルくらい作りなさい!それともお兄ちゃんにとってのアイドルはさんっていう、のろけかなんかー?』
夜神家は夜神月の言う通りニュースに切り替える事なく、依然歌番組を見ながら食事を進めている。
私はそれを視界に入れながら、北村次長の家の監視をしている相沢さんに電話をかけた。
「相沢さん、北村家は今テレビを見てますか?」
『はい。次長を除く四人で食事をとりながら見てます。4チャンネルです』
それを聞いてすぐ、傍のテーブルに置いてあったノートパソコンのボタンを押した。
すると画面ワタリの姿が映り出す。
そのパソコンを使いワタリに連絡し、「ワタリ、各テレビ局に例のニュースのテロップを流す様指示してくれ」と伝えると、『わかりました』と返答が返ってくる。
それからすぐに、両家のテレビ画面に、「NKKニュース速報」と指示した通りのテロップが流れた。
『あっニュース速報』
夜神粧裕が反応し、「キラ事件に対しICPOは先進各国から総勢1500人の捜査員を日本に派遣する事を決定」というテロップをみて、目を見開いた。
『1500人だって…すごっ』
驚く夜神粧裕と同じように、家の娘も注目していた。
『馬鹿だなICPOも』
『えっ?』
夜神月が言うと、家の娘が驚いた様子で、パッと隣の夜神月の顔を伺う。
『…どういう意味なの?』
淡々と無表情で言っていた夜神月は、家の娘が問いかけた途端、ふわりと表情を緩め、まるで教師のように優しく語り掛けた。
『こんな発表をしたら、意味がないんだよ。送り込むならこっそり捜査した方がいいんだ…極秘で捜査していFBIでさえあんな目にあったのに…これじゃ二の舞になってしまうからね』
『あっそっか!そーだよね、さすがお兄ちゃん』
妹の夜神粧裕が兄を褒めるも、無反応。夜神月の関心は家の娘にしか向かないようだ。
『だからね…これは大げさに報道して、キラを動揺させようとしている警察の作戦なんだと思うよ。…でもこれじゃ、キラにはバレてしまうと思うけどね…。…どうかな?納得いったかな』
『うん…ライトくんの説明は、いつも分かりやすい。…それに優しいし…学校の先生になったらあっと言う間に人気の先生になっちゃいそう』
『………僕にはもう、刑事になるっていう夢があるからね』
『あっお兄ちゃんまた照れてる〜!ほーんと、さんからの褒めには弱いよねー』
家の娘が真っすぐに褒めると、夜神月はふっと彼女から視線を外し、箸で米をかき込んでいた。あからさまに照れているとわかる仕草だ。
部屋でグラビア雑談を見ていた時とは違い、これが演技だとは感じられない。
夜神粧裕は笑い、母幸子は優しい表情でそのやり取りを見守っている。
『ごちそうさま』
一番先に夕食を食べ終えたのは夜神月だ。食器を流しにおいてから、すぐ傍にある戸棚を開く。
『ぎゃっお兄ちゃんご飯の後にポテチ?せっかくスタイルいいのに太るよ〜』
『受験勉強の夜食だよ』
戸棚の中からポテトチップスの袋を手に取るのを見ると、夜神粧裕は酷く呆れていた。
『さんもやっぱり夜食とか食べるの?」
『ううん、食べれないの』
『…お腹いっぱいってこと?』
『集中しすぎちゃって、食べる暇がないって感じ…』
『ってことは、ポテチ食べながら勉強するお兄ちゃんって、注意力散漫なんじゃーん!』
『逆かもね。余裕があるってことなんじゃないかな?』
『もー、粧裕ったらお兄ちゃんをあんまりからかわないの』
男である夜神月が一番先に食べ終わるのは自然な事だった。
そして女性三人は雑談しながら食べているのもあり、自然と完食するのが遅くなった様子だった。特に、家の娘は二人と比べても、箸を動かすペースが遅い。
それを見て、私の脳内には、依然として同じ疑問が浮かび続ける。
「……やはり何故がわざわざプリンを買いに行って、今無理をしてご飯を食べているのか理解できません」
「……魔が差した、とでも言えば理解できるか?」
「まあ、夜神さんの言いたい事はわかります。でも食いしん坊な性格という訳でもないのでしょう」
家の娘は完食後、皿洗いを手伝おうとしたが夜神幸子に断られ、『勉強頑張ってね』と言って送り出されていた。
家の母は、料理下手という訳ではないようだ。夜神家よりは品数が劣るが、十分な食事を作っているのを確認できた。父親が帰ってから食事を摂ろうと思っているのだろう。
家の母は食事を後にして、リビングでくつろいでいる。
娘の帰宅を察知すると、『おかえり。月くんと仲良くしてきた?』と笑顔で娘をからかっていた。
自分の作った食事を娘が摂らず、夜神家に入り浸る事を不満に思っている節はないようだ。むしろ、夜神月と仲良くしている事を微笑ましく思い、毎度送り出しているのだろう。
『月くんとは、ずっと仲良いいよ』
『そーお?』
『そう。…私、勉強してくるね』
『受験生は大変ねえ』
母親に揶揄われるのは慣れているようで、適当に受流していた。
それから自宅の自室へ戻り、再びまた勉強を始める。
そして夜神月も、夕食後自室に戻ってから、ずっと勉強机に向かっていた。
傍らには、コンソメ味のポテトチップスの袋が置かれている。
「夕飯の後、息子さんはテレビもパソコンもつけずずっと勉強ですね」
「センター試験まで十日切りましたから。…ちゃんも同じです」
「同じ東応大を受験するんですよね。受かったら、幼稚園から大学までずっと一緒という事になる。…随分仲がいい」
「……調べてわかっているんだろうが…妻やさん家のご両親は、息子とちゃんが結婚してほしいと思って応援しているようだ。息子も、満更ではないのだと思う。その応援を、拒絶することはしない…それに、中学まではともかく…として…同じ高校・大学にちゃんを通わせようと後押ししているのは、息子だ」
「…そうですか」
もしも仮に、夜神月がキラだったとしよう。隠し事は沢山あるはずだ。人目を忍んで、毎日犯罪者を殺し続ける。
そんな人間が、わざわざ同じ学校へ幼馴染を通わせようとするだろうか?リスクが増すだけだ。
…しかしキラが台頭したのは、一ヵ月前の話。"キラ"として動く前から同じ大学に通う話は持ちだしていたから、今更引っ込みがつかなくなった?
もしくは──もグルである。
夜神さんの話からしても、心優しく繊細な印象を受けるが、夜神月のことを酷く尊敬しているようだ。
「夜神月がキラだとして」「夜神月がそれをに打ち明けたとして」。
そうなれば、夜神月を尊敬するは、それを受け止め、共謀関係になる事も厭わないような気もした。
夜神月は右手にペンを持ち、方程式を解き続け、左手でポテトチップスをつまんでいる。
たまにマグカップの飲み物にも口をつけている。
ポテトチップスを食べ終わると、空の袋をぐしゃぐしゃに丸めて、足元のゴミ箱に捨てた。
『よしっもうひとがんばり』
そうして自分を鼓舞して、再び勉強机に向かった。
夜神月はひとり言が多い。…いや、"人並に"ひとり言を言う。
対して、はまるで人形のように静かだ。夜神家の食卓で明るく笑っていた姿とは一変し、一言も声を発さず、機械的に勉強机に向かい、ペンを動かし続けて、伸びすらしない。
…まだ観察を始めて一日目だ。この違和感を"違和感"と断じるのはまだ早い。
「竜崎」
「どうした?ワタリ」
私と夜神さんしかいないモニタールームに、ワタリが入ってきた。
ワタリは床に散乱した資料を避けながら、私達の元へ歩み寄ってくる。
「先程今日9時のニュースで初めて報道された、横領容疑の銀行員が取り調べ中、ひったくり犯が留置場で二人共心臓麻痺で亡くなりました」
「キラだ!!」
ワタリの報告を聞くや否や、夜神さんは勢いよく立ちあがり叫ぶ。家族が疑われている夜神さんにとっては、朗報だろう。
「北村家では次長の奥さんと長女がそのニュースを見ています」
「……夜神さん宅その時間奥さんと娘さんはドラマをみていた。ドラマが終わるとテレビを消し、その後は一切見ていない。家の奥さんは、ドラマが終わると別チャンネルのバラエティー番組を見続けている。夜神さんの息子さんと、家の娘は、七時半過ぎから11時現在まで勉強しかしていない…」
椅子で膝を抱えながら、私は情報を整理する。その姿をワタリと夜神さんが見守っていた。
「三家族共に、テレビを受信できる携帯を持っている者はいない。携帯やパソコンでのメール等のやりとりすらしていない…キラは殺人に顔と名前が必要。そのニュースを見ていなかった者はキラではない…か…」
「うちの家族や家は、これで潔白ですね!!」
「……今日のキラは随分罪の軽い者を報道されてすぐに殺しましたね…そしてカメラを付けて初日だというのに、夜神家も家も、面白いほどすんなり白だ…」
親指を噛みながら言うと、夜神さんは何も言えない様子だった。
夜神さんも刑事の端くれ。しかもこれは特殊なキラ事件。これだけですぐに潔白と断じれないのも解って、再び椅子に座り、監視を続けた。
──翌朝。夜神家は、何も変わらぬ日常風景が広がっていた。
『ライトー起きてるのー』
『ああ、起きてるよ』
『今日ゴミの日だからあるなら出してねー』
夜神幸子が階段下から二階へ声をかけ、夜神月は着替えつつ返事をした。
そのうちゴミ箱を手にして、一階へと下る。
『面倒臭いなあ』
『何言ってるの。それくらい言われなくてっていつも言って…』
『はいはい』
夜神幸子が広げる大きなゴミ袋にゴミ箱の中身を流しいれ、また自室に戻る。
夜神幸子はゴミ袋の口を閉めると、近隣の軒先にゴミ収集車を止め、ゴミを収集している収集員へ、『おはよーございます』と挨拶をしているようだ。
夜神月は、ベランダで頬杖をつき、そんな様子を見守っていた。
起き抜けの目覚ましに風に当たって目を覚めしているのか、受験生の息抜きか。
──面白いほどに白。この印象は変わらない。
「歌番組ばかりでなく、ニュースも見ろ」と言っていたのにも関わらず、夜神月は朝のニュースを見る事もなかった。
一方家の方もニュース番組を見る事はない。事前に収集された情報によると、リンド=L=テイラーが殺されたのを見てから、そういった番組を見るのを忌避するようになったらしい。
と言っても、母親の方が忌避しているだけで、娘は付き合っているだけかもしれない。娘がリンド=L=テイラーの一件や、キラに対してどいった解釈を持っているかまでは、情報が手に入れられなかった。
もし夜神月がキラなら──もしそれをが知っていたなら。
その仮説が、私の頭から妙に離れて消えなかった。
5.彼等の記録─L
通称"キラ"と呼ばれる殺人犯の捜査は、今まで数々の事件を解決してきた私をもってしても簡単な事、とは言えなかった。
今まで追いかけてきた事件とはまた一風違う。大がかりで、長期的な調査になるという予期はしている。
一筋縄ではいかないだろう──とも。
──しかし、最期、あんな結末を迎えるとは、きっと誰もが思いもしなかった事だろう。
***
キラ事件解決のための捜査の一手として大きく動き出したのは、この時だ。
『ICPOの皆様。Lです。この事件はかつてない大規模で難しい。そして…絶対に許してはならならい凶悪な大量殺人事件です!
この事件を解決する為に、是非全世界、ICPOの皆さんが私に全面協力してくださる事をこの会議で決議して頂きたい』
ワタリを通して、ICPOの面々に告げたのだ。水面下で推理・捜査してきた情報を鑑みて、私は自分一人では解決できず、警察などの手を借りなければ解決をみられないと考えた。
特に日本警察の協力を強く要請し、ICPOから"全世界特別生中継"を放映させた。
すると、Lのふりをして発言していた「リンド・L・テイラー」が殺される。
これにより、キラが直接手を下さずに人を殺せる事、そして日本の関東地区に潜伏している事がわかった。全世界と銘打ったが、実際には関東にして放映されていなかったのだ。
一連の事件の最初の犠牲者は新宿の通り魔。
犯罪者を淡々と"裁き続ける"キラ"を捕まえるため、私は日本に拠点を移し、捜査する事となる。
キラは服役している犯罪者を使って実験をしてから殺した事もあった。
リンド・L・テイラーを殺した事からも分かっていたが…
その事からも、キラは機械のように悪人を殺すだけに留まらず、人間を操り人形のように糸で操るかのような、残虐性も感じられた。
そのうち、日本に潜伏していたFBI捜査員12人が殺された。
「日本に入った仲間を確認しておきたい」という者がいて、その捜査員のパソコンにファイルを送った──
おそらくキラが上手く操作して、なんらかの方法でそのファイルを見たのだ。
このFBI捜査官が殺させてしまった事は、私にとってはキラに出し抜かれ、敗北したと言える。
しかしその死のおかげで、キラを絞り込む事ができた。
私は「凶悪連続殺人特別捜査本部」にふるいをかけ、命をかけてでも捜査をすると覚悟を決めた六人の刑事の前に顔を出す。
私が拠点としていたホテルに招き入れ、
「キラは捜査本部の情報を得られていた」「FBI捜査官12人が12月14日に日本に入った」「12月19日キラは刑務所の犯罪者で殺しのテストをしていた。このたった5日の間にFBIの存在にキラが気づいた」
「殺しに必要なのは顔と名前、死の前の行動を操れる」「12月27日に死亡したFBI捜査官12人が調べていたものがキラの疑いあり」
これを彼等に話し、捜査を共に進めて行く事になった。
***
鍵となったのは、レイ=ペンパーという捜査官にあった。
元FBI捜査官の美空ナオミというペンバーの婚約者も消息不明。
捜査官全員の情報が乗ったファイルは全員に送られたが、ペンバーが一番最初に見た可能性がある。
そしてペンパーが心臓麻痺で死んだ時の監視カメラの山手線内での映像などからして…
私はペンバーに可能性を感じた。
ホテルの一室で、キラ捜査員の彼等六人にその事を告げる。
「皆さん。キラが刑務所内で犯罪者テストをした12月19日、それまでにレイ=ペンバーが調べていた者だけに絞って捜査をします。ごくわずかな人間です」
しかしその中にキラがいるかもしれないとすれば、事情聴取などというやり方では不可能。危険もある…と告げた。
「捜査の対象は二人の警察関係者とその周辺…ペンバーは全ての者を「疑う余地なし」とだけ報告してますが…ペンパーが調べていたふたつの家に…盗聴器と監視カメラをつけます」
言うと、日本でそんな事は許されない。バレたら人権問題になりクビになる、それどころか自分たちが犯罪者に身を落とす…
そう反対した刑事たちに、首ではなく命をかけて捜査していたはずだと説得した。
そしてペンパーが調べていた二人とは誰か、と問われる。
「北村次長とその家族。夜神局長とその家族です。この二件の家に盗聴器とカメラを付けさせていただきたい」
夜神局長というのは、L…私を信じ、命をかけて残ってくれた刑事六人の中の一人。
局長という立場にあり、ここに残った刑事五人の統率を取り、信頼も厚い…夜神総一郎という男だ。
その中にキラがいる可能性は5%。しかし今までの捜査では怪しいと思えるものすらいなかった。
1%でも可能性があるのらとことん調べるべきだ──と。夜神局長自らそう言った。
「自分の家族を疑われていては憤慨だ、付けるなら家の隅々まで、バスルームからトイレまでだ!」と言った彼の発言は、合理的というよりも、意地のようなものだと感じられた。
「ではせめてもの配慮として、夜神家の監視は私と夜神さんのみで行い──残りはローテーションで行い──一人は警察庁、一人がレイ=ペンバーの山手線関連のビデオに北村家、夜神家の者が写ってないかチェック。残りは北村家の監視に回る…というやり方でこれからの捜査を進めていきます」
ソファーに座りながら膝を立て、怒りに震える夜神局長の背中に語り掛ける。
「カメラの設置は七日間。状況より早く撤去する事も、延長する事もある。その場合は必ず真実を言い、こっそり盗聴器を残す様な事は絶対しません。これでいいですね」
「ワタリ。盗聴器、カメラ、モニターの準備にどれくらいかかる?」
「明日以降であれば、両家の不在時間がわかればいつでも取り付けられます」
「ではまた違うホテルに最低ふたつのモニタールームを作り、盗聴器、カメラの設置が出来次第、我々もそちらのホテルに移ります」
そこまで言ってから、ふと言い忘れていた事に気が付く。
「北村次長と夜神局長の両家…と言いましたが。実際は三件の家に仕掛ける事になります」
「…?どういう意味だ、竜崎」
「夜神さん。夜神さんのお宅は、家族同然でお付き合いしているご近所さんがいますね?」
「……あ、ああ…だからなんなんだ…?まさか…」
「はい。家にもカメラを仕掛けさせてもらいます」
「なんだと!?」
夜神局長は、机にバンと手をついて、今度こそ堪忍袋の緒が切れた!と言った様子で叫んだ。
「家族同然の付き合いをしているからと言って、なんだ!?」
「家の娘さん、自宅にいるより、夜神家に居る方が長いらしいですね。テスト前や受験勉強に忙しい時期なんかには、息子さんが直々に勉強を教えてるからと…」
「……確かに、息子とは幼馴染で…兄妹のように育ったから…」
「はい。その通りです。ただの幼馴染というのには縁が強すぎるので、レイ=ペンバーも調べていたようですね。家は、あくまで夜神家の付属的な扱いですが…とはいえ、夜神家の家族同然に扱われ、同じくらい夜神家の自宅内に居るというなら、調べない訳にはいけません」
私の手元には、北村家の家族全員の記録と、夜神家の人間の記録…そして、家の資料もある。
夜神家と家は長年随分懇意にしていたようで、レイ=ペンバーの報告書にもそれが詳しく記されていた。
夜神局長は心情的には反対だっただろうが、理屈はわかってくれたようで、それ以上意義を唱える事はなかった。
──1月8日。私達は、設置されたカメラの監視を始めた。
私と夜神局長が監視するのは、夜神家と、そして家だ。
「私の家族に巻き込まれる形でこうなってしまったのだから、家の監視も私と竜崎2人で行いたい」と言われ、それに同意したのだ。
***
『それじゃあ、月くんまた明日』
『ああ、また明日ね。…ちゃんと勉強しなきゃダメだぞ?』
『はあい、先生』
「息子さん…それと、家の娘さんも帰ってきましたね」
モニターは一家につき、十個以上設置されている。
このモニタールームには、家、夜神家合わせて二十個以上はモニターが設置されており、
両家の玄関先には、同時に娘、息子が写っていた。
夜神月は鍵を差し込み、早々に自宅へ帰り、今は階段を上がっている所だ。
しかし家の娘は、まだ軒先にいた。
『…あ!コンビニに買い出しにでも行っておこうかなー。』
そんなひとり言をもらすと、ガラケーを使って新作コンビニスイーツを調べた後、すぐに近所のコンビニに向かって歩き出した。
この少数精鋭の捜査本部では、尾行者まではつけられない。彼女が部屋に入らない以上、その背中を見守る事しか出来なかった。
すぐに見切りをつけて、夜神月の方へと注意を戻す。
「夜神月…カメラを付けた者からの報告では、彼は自分の留守中、部屋に誰か入っていないかをチェックしています。それ以外に部屋に怪しい物しなし。…部屋に入りますね。好かれの部屋内のカメラはナンバー85から…」
機械のボタンを教えて数値を変え、モニターに映る映像を切り替えた。
家の娘と同じように、一度家に帰ってからコートを羽織り、財布だけを持って出かけた。
そして部屋の扉の足元に、小さな紙切れを挟んでいた。
自分の居ぬ間にそれが落ちていれば、無断で誰かが侵入したという事。それを確認しているようだ。
夜神さんは、それを見ると眉を顰めていた。
「確かに…あそこまで気にしているとは…部屋に何か見られたくない物でもあるのか?」
「17歳という事を考えたらそんなに怪しむ事ではありません。私も意味なくやった事があります。…それと夜神月さん、彼はキラ事件に興味を持ち、独自に調べてるとの話ですが、捜査状況も話した事はありませんか?」
「馬鹿な…家族会議で事件について前もって話した事はあるが…報道されない極秘情報は絶対話はしない。それに…最近はろくに帰ってもいないし、帰っても疲れて眠るだけだ」
「わかりました……」
夜神さんの言葉に頷いているうち、家の娘が再び玄関先を映し出したカメラに現れ、鍵を差し込んで玄関の扉を開けていた。
自宅から徒歩五分もしない所にコンビニがある上に、事前に携帯で買うものの目星はつけていたようなので、帰宅は早かった。
『ただいま』
コンビニの袋を自室に持ち込み、彼女は制服から部屋着に着替える。
そして勉強机に向かって座り、コンビニプリンの封を開け、スプーンを差し込んだ。
いたって平凡な女子高生の日常だ。プリンを食べ終わるとゴミ箱に捨て、今度は勉強を始めた。
そして夜神月の方はというと…
出かけてから30分以内に帰宅し、『ただいまー』と言って再び玄関を開ける。その手には、紙袋が抱えられていた。
その紙袋の中身は、夜神月が自室のベッドにうつ伏せになりながら開き始めた事で、我々も知る事となる。
父親である夜神さんは、相当な衝撃を受けていた。
「あ…あの真面目な息子があんな雑誌を…!」
「17歳なら普通です…が…私には…「部屋に誰か入ってないか確かめていたのはこういう本があるからです」と言い訳している様に見えるんです…」
「ま…まさか…竜崎…うちの息子を疑っているのか?」
「疑ってますよ…だからお宅と次長、そして家の家に盗聴器とカメラを付けたんですから…。…あ、家にも動きがありましたね」
夜神月が雑誌を眺めている間、勉強を切り上げた家の娘が、夜神月の敷地へ入った。
チャイムを鳴らそうとしていた所、丁度庭先で花壇の水やりをしていた夜神家の母・幸子と鉢合わせ、中に招き入れられる。
そして自然な流れで夜神家に上がり、手を洗ってから、夜神幸子と共に台所で夕食の支度の手伝いを始めた。
「……夕食の手伝いまでするんですね。お客様扱いではない」
「まあ…ちゃんは、昔からしっかりしてるから…粧裕は手伝いすらしないのに」
「性格はともかくとして。…もうこれが習慣づいているようです。やはり家族同然ですね」
「……親しいという事に関しては、否定はしない」
夕食の仕込みはほとんど終わっていたようで、家の娘が食卓に皿を並べていると、「ちゃん。月を呼んできてくれる?」と言った。
一方その頃の夜神月はというと、ペラペラとグラビア雑誌をめくっていた。
それから、『はーっまた表紙に騙された…』とため息をつくと、すぐに閉じ、ベッドから降りた。
そして本棚の中から「世界の建築家」というタイトルが刻まれたボックスカバーを取り出す。
中身に入っているのは、建築本ではない。中にはスペースがあり、そういった際どい雑誌を隠すために使われているらしい。
『月くん、今いいかな?』
家の娘が夜神月の自室の扉をノックをすると、夜神月は"世界の建築家"のブックボックスごと、手から滑り落とした。
中に入っていた他のグラビア雑誌も全て床に散乱し、
『……ちょっと、待ってね』と、少し上ずった声で返事をした。
そして慌てながら雑誌をボックスにしまうと、本棚に戻し、部屋の扉を開けた。
『あのね…ご飯ができたんだって。だから呼んできてって頼まれて…』
『そんなに粧裕にでも任せればいいのに…受験生を顎で使うなんてね』
『ふふ、そんなの気にしないでいいよ。それより早く、ご飯が冷めないうちに行こうよ』
2人は仲睦まじそうに並んで歩き、階段を下りて行った。夜神月は、先を歩く家の娘を、どこか微笑ましそうに目を細めて見守っていた。
「今のは演技でもアピールでもなさそうですね。かなり動揺してました」
「……」
息子の恥ずかしい姿を目視してしまい、夜神局長は額に手を当てていた。
第三者からみれば、微笑ましい光景といえただろうが、父親からすると複雑な気持ちになるのだろう。
『ちゃん。デザートもあるからね』
『わ、たのしみ。…いつもありがとうございます』
食卓に並べた皿には既に夕食の主菜が盛り付けられており、夜神幸子は今副菜と汁物を用意している所だった。
家の娘は嬉しそうに笑い、夜神幸子もそれを見て満足そうにしている。
「さっきプリン食べてましたよね。別腹ってやつですかね。…いや、成長期ですか?」
「成長期はもう過ぎただろう…。……おそらく、無理をしているのだと思う。ちゃんは気遣い屋だからな…」
「無理とは?」
「ちゃんは昔から、食が細いんだ」
「……夕食に招かれて、毎回主菜から副菜、デザートまで出るのをわかってて、コンビニにプリンを買いに行ったということですね」
「……急に食べたくなる時くらい、人間ならあるだろう。何でも疑ってかかるのをやめてくれ」
「それは無理ですね。何でも疑ってかかるのが私の仕事ですから」
私と夜神さんが話しているうちに、夜神粧裕も自室から降りてきて、皆が食卓に着席していた。
そして両手を合わせる。
『いただきます』
家の娘と夜神月は隣同士に座り、その向かいに夜神幸子と、娘の夜神粧裕が座る。
テレビを観ながら食事を摂る家庭のようで、夜神粧裕は歌番組に夢中だった。
『また歌番組か…たまにはニュースくらい見ろよ粧裕』
『旱樹最高じゃん!お兄ちゃんも好きなアイドルくらい作りなさい!それともお兄ちゃんにとってのアイドルはさんっていう、のろけかなんかー?』
夜神家は夜神月の言う通りニュースに切り替える事なく、依然歌番組を見ながら食事を進めている。
私はそれを視界に入れながら、北村次長の家の監視をしている相沢さんに電話をかけた。
「相沢さん、北村家は今テレビを見てますか?」
『はい。次長を除く四人で食事をとりながら見てます。4チャンネルです』
それを聞いてすぐ、傍のテーブルに置いてあったノートパソコンのボタンを押した。
すると画面ワタリの姿が映り出す。
そのパソコンを使いワタリに連絡し、「ワタリ、各テレビ局に例のニュースのテロップを流す様指示してくれ」と伝えると、『わかりました』と返答が返ってくる。
それからすぐに、両家のテレビ画面に、「NKKニュース速報」と指示した通りのテロップが流れた。
『あっニュース速報』
夜神粧裕が反応し、「キラ事件に対しICPOは先進各国から総勢1500人の捜査員を日本に派遣する事を決定」というテロップをみて、目を見開いた。
『1500人だって…すごっ』
驚く夜神粧裕と同じように、家の娘も注目していた。
『馬鹿だなICPOも』
『えっ?』
夜神月が言うと、家の娘が驚いた様子で、パッと隣の夜神月の顔を伺う。
『…どういう意味なの?』
淡々と無表情で言っていた夜神月は、家の娘が問いかけた途端、ふわりと表情を緩め、まるで教師のように優しく語り掛けた。
『こんな発表をしたら、意味がないんだよ。送り込むならこっそり捜査した方がいいんだ…極秘で捜査していFBIでさえあんな目にあったのに…これじゃ二の舞になってしまうからね』
『あっそっか!そーだよね、さすがお兄ちゃん』
妹の夜神粧裕が兄を褒めるも、無反応。夜神月の関心は家の娘にしか向かないようだ。
『だからね…これは大げさに報道して、キラを動揺させようとしている警察の作戦なんだと思うよ。…でもこれじゃ、キラにはバレてしまうと思うけどね…。…どうかな?納得いったかな』
『うん…ライトくんの説明は、いつも分かりやすい。…それに優しいし…学校の先生になったらあっと言う間に人気の先生になっちゃいそう』
『………僕にはもう、刑事になるっていう夢があるからね』
『あっお兄ちゃんまた照れてる〜!ほーんと、さんからの褒めには弱いよねー』
家の娘が真っすぐに褒めると、夜神月はふっと彼女から視線を外し、箸で米をかき込んでいた。あからさまに照れているとわかる仕草だ。
部屋でグラビア雑談を見ていた時とは違い、これが演技だとは感じられない。
夜神粧裕は笑い、母幸子は優しい表情でそのやり取りを見守っている。
『ごちそうさま』
一番先に夕食を食べ終えたのは夜神月だ。食器を流しにおいてから、すぐ傍にある戸棚を開く。
『ぎゃっお兄ちゃんご飯の後にポテチ?せっかくスタイルいいのに太るよ〜』
『受験勉強の夜食だよ』
戸棚の中からポテトチップスの袋を手に取るのを見ると、夜神粧裕は酷く呆れていた。
『さんもやっぱり夜食とか食べるの?」
『ううん、食べれないの』
『…お腹いっぱいってこと?』
『集中しすぎちゃって、食べる暇がないって感じ…』
『ってことは、ポテチ食べながら勉強するお兄ちゃんって、注意力散漫なんじゃーん!』
『逆かもね。余裕があるってことなんじゃないかな?』
『もー、粧裕ったらお兄ちゃんをあんまりからかわないの』
男である夜神月が一番先に食べ終わるのは自然な事だった。
そして女性三人は雑談しながら食べているのもあり、自然と完食するのが遅くなった様子だった。特に、家の娘は二人と比べても、箸を動かすペースが遅い。
それを見て、私の脳内には、依然として同じ疑問が浮かび続ける。
「……やはり何故がわざわざプリンを買いに行って、今無理をしてご飯を食べているのか理解できません」
「……魔が差した、とでも言えば理解できるか?」
「まあ、夜神さんの言いたい事はわかります。でも食いしん坊な性格という訳でもないのでしょう」
家の娘は完食後、皿洗いを手伝おうとしたが夜神幸子に断られ、『勉強頑張ってね』と言って送り出されていた。
家の母は、料理下手という訳ではないようだ。夜神家よりは品数が劣るが、十分な食事を作っているのを確認できた。父親が帰ってから食事を摂ろうと思っているのだろう。
家の母は食事を後にして、リビングでくつろいでいる。
娘の帰宅を察知すると、『おかえり。月くんと仲良くしてきた?』と笑顔で娘をからかっていた。
自分の作った食事を娘が摂らず、夜神家に入り浸る事を不満に思っている節はないようだ。むしろ、夜神月と仲良くしている事を微笑ましく思い、毎度送り出しているのだろう。
『月くんとは、ずっと仲良いいよ』
『そーお?』
『そう。…私、勉強してくるね』
『受験生は大変ねえ』
母親に揶揄われるのは慣れているようで、適当に受流していた。
それから自宅の自室へ戻り、再びまた勉強を始める。
そして夜神月も、夕食後自室に戻ってから、ずっと勉強机に向かっていた。
傍らには、コンソメ味のポテトチップスの袋が置かれている。
「夕飯の後、息子さんはテレビもパソコンもつけずずっと勉強ですね」
「センター試験まで十日切りましたから。…ちゃんも同じです」
「同じ東応大を受験するんですよね。受かったら、幼稚園から大学までずっと一緒という事になる。…随分仲がいい」
「……調べてわかっているんだろうが…妻やさん家のご両親は、息子とちゃんが結婚してほしいと思って応援しているようだ。息子も、満更ではないのだと思う。その応援を、拒絶することはしない…それに、中学まではともかく…として…同じ高校・大学にちゃんを通わせようと後押ししているのは、息子だ」
「…そうですか」
もしも仮に、夜神月がキラだったとしよう。隠し事は沢山あるはずだ。人目を忍んで、毎日犯罪者を殺し続ける。
そんな人間が、わざわざ同じ学校へ幼馴染を通わせようとするだろうか?リスクが増すだけだ。
…しかしキラが台頭したのは、一ヵ月前の話。"キラ"として動く前から同じ大学に通う話は持ちだしていたから、今更引っ込みがつかなくなった?
もしくは──もグルである。
夜神さんの話からしても、心優しく繊細な印象を受けるが、夜神月のことを酷く尊敬しているようだ。
「夜神月がキラだとして」「夜神月がそれをに打ち明けたとして」。
そうなれば、夜神月を尊敬するは、それを受け止め、共謀関係になる事も厭わないような気もした。
夜神月は右手にペンを持ち、方程式を解き続け、左手でポテトチップスをつまんでいる。
たまにマグカップの飲み物にも口をつけている。
ポテトチップスを食べ終わると、空の袋をぐしゃぐしゃに丸めて、足元のゴミ箱に捨てた。
『よしっもうひとがんばり』
そうして自分を鼓舞して、再び勉強机に向かった。
夜神月はひとり言が多い。…いや、"人並に"ひとり言を言う。
対して、はまるで人形のように静かだ。夜神家の食卓で明るく笑っていた姿とは一変し、一言も声を発さず、機械的に勉強机に向かい、ペンを動かし続けて、伸びすらしない。
…まだ観察を始めて一日目だ。この違和感を"違和感"と断じるのはまだ早い。
「竜崎」
「どうした?ワタリ」
私と夜神さんしかいないモニタールームに、ワタリが入ってきた。
ワタリは床に散乱した資料を避けながら、私達の元へ歩み寄ってくる。
「先程今日9時のニュースで初めて報道された、横領容疑の銀行員が取り調べ中、ひったくり犯が留置場で二人共心臓麻痺で亡くなりました」
「キラだ!!」
ワタリの報告を聞くや否や、夜神さんは勢いよく立ちあがり叫ぶ。家族が疑われている夜神さんにとっては、朗報だろう。
「北村家では次長の奥さんと長女がそのニュースを見ています」
「……夜神さん宅その時間奥さんと娘さんはドラマをみていた。ドラマが終わるとテレビを消し、その後は一切見ていない。家の奥さんは、ドラマが終わると別チャンネルのバラエティー番組を見続けている。夜神さんの息子さんと、家の娘は、七時半過ぎから11時現在まで勉強しかしていない…」
椅子で膝を抱えながら、私は情報を整理する。その姿をワタリと夜神さんが見守っていた。
「三家族共に、テレビを受信できる携帯を持っている者はいない。携帯やパソコンでのメール等のやりとりすらしていない…キラは殺人に顔と名前が必要。そのニュースを見ていなかった者はキラではない…か…」
「うちの家族や家は、これで潔白ですね!!」
「……今日のキラは随分罪の軽い者を報道されてすぐに殺しましたね…そしてカメラを付けて初日だというのに、夜神家も家も、面白いほどすんなり白だ…」
親指を噛みながら言うと、夜神さんは何も言えない様子だった。
夜神さんも刑事の端くれ。しかもこれは特殊なキラ事件。これだけですぐに潔白と断じれないのも解って、再び椅子に座り、監視を続けた。
──翌朝。夜神家は、何も変わらぬ日常風景が広がっていた。
『ライトー起きてるのー』
『ああ、起きてるよ』
『今日ゴミの日だからあるなら出してねー』
夜神幸子が階段下から二階へ声をかけ、夜神月は着替えつつ返事をした。
そのうちゴミ箱を手にして、一階へと下る。
『面倒臭いなあ』
『何言ってるの。それくらい言われなくてっていつも言って…』
『はいはい』
夜神幸子が広げる大きなゴミ袋にゴミ箱の中身を流しいれ、また自室に戻る。
夜神幸子はゴミ袋の口を閉めると、近隣の軒先にゴミ収集車を止め、ゴミを収集している収集員へ、『おはよーございます』と挨拶をしているようだ。
夜神月は、ベランダで頬杖をつき、そんな様子を見守っていた。
起き抜けの目覚ましに風に当たって目を覚めしているのか、受験生の息抜きか。
──面白いほどに白。この印象は変わらない。
「歌番組ばかりでなく、ニュースも見ろ」と言っていたのにも関わらず、夜神月は朝のニュースを見る事もなかった。
一方家の方もニュース番組を見る事はない。事前に収集された情報によると、リンド=L=テイラーが殺されたのを見てから、そういった番組を見るのを忌避するようになったらしい。
と言っても、母親の方が忌避しているだけで、娘は付き合っているだけかもしれない。娘がリンド=L=テイラーの一件や、キラに対してどいった解釈を持っているかまでは、情報が手に入れられなかった。
もし夜神月がキラなら──もしそれをが知っていたなら。
その仮説が、私の頭から妙に離れて消えなかった。