第76話
4.舞台裏─天界からの訪問者
「この殺人ノート、このページの端がちょっと切れてるんですが、この切れた部分の方に名前を書いても死にますか?」
「……さあ?私はそんな使い方はした事がないからわからない」
本部へ戻ると、竜崎は相変わらずソファーに座りながら、レムに質問を重ね続けていた。
「では死神リンゴしか食べませんか?」
「そんな事はない。しかし死神界は廃れていてほとんど食べ物もなく、死神の内臓は退化…いや進化していて、食べる必要がないが…」
いつもなら聞流していただろうが…ついさっき、"天使様"などという存在が明日僕に会いに来るのだと聞いていたため、無意識に聞き入っていた。
リュークから、今の死神界は腐っていて、尚且つ死神大王という、統率を取る存在がいるという話は聞いていた。
しかしそれ以上の興味はなく、聞くつもりはなかった。
が、今は状況がわってきた。死神がいる死神界あるなら、天使のいる天界もあるのか?
仮にあるのだとしたら、天使は人間に何をしてくれる?
デスノートに変わる物があるのか?
それとも天使というのはただの通称で、人間の可能性だってある。
…リュークとレムと二匹の死神とコンタクトが取れている時点で、ただの人間という可能性は限りなく低いが…
「夜神くん、早いですね。口論していたようですが…仲直りできたんですか?」
「ああ、うん…」
しばらく考え事をしながらレムと竜崎を見守っていると、竜崎がふとこちらの存在に気付き、声をかけてきた。
やはりカメラ越しには、言い争っているように見えたらしい。最後にそれらしいポーズをしておいて、やはり正解だった。
「せっかく自由の身になったのに、ほとんど本部から出ない…ミサさんが訪ねて来ても玄関先で数分の立ち話…外で文字通り、自由恋愛してきていいんですよ?」
スプーンでプリンをすくいつつ話して、こう付け足した。
「ミサさんは毎日でも足を運んでくれるでしょうけど…さんの性格では、一生ここにこない可能性もあり得ます」
「うわぁ…それ自然消滅ってやつですよね…。それに毎日数分会えても、さっきみたいに喧嘩になるだけだろうし…」
松田さんは竜崎の発言を聞き、気の毒そうにしていた。
しかし、どんな風に思われようと、僕が言う言葉は変わらない。
「まだキラ事件は解決をみていない。とてもこの本部を離れて、自由恋愛する気分になんてなれないよ。…それとも、僕が本部にいたら迷惑だとでもいうのか?」
「…いえ…」
竜崎は明らかに「いいえ迷惑ではありません」という顔と声色はしていなかった。
本部内では、あんなに離れ難いと言って僕が執着していた。そんなと"自由恋愛"するチャンスを捨ててまで、僕がここに留まるのには、何か裏があるのだろうと睨んでいる。
…それは正解だ。
今おまえに姿を隠されでもしたら、おまえの死を皆で見届けられなくなる…本部にノートがあり、それを誰も使っていない状況でおまえが死ぬ事が大切なんだ。
ノートを持って姿を隠されれば、所有権のある僕にレムが憑き、ノートがここにないのにレムがここに残るという、不自然な形になる。
「局長、次長になるらしいですよ!」
「いやまだ決定ではない」
相沢さんが嬉々として話、父さんが謙遜して話してる姿を遠目でみる。
それに警察の上層部との関係も修復した今、おまえの一挙一目を離す訳にはいかない…
警察もアイバーもウエディも、今は竜崎から何も指示されていない。
それが確実だからミサに犯罪者裁きをさせられるんだ。
これで必ず全てうまくいく──ミサには明日以降、すぐにでも目の取引をさせる…
──明日の、"天使様"との対面を終わらせ、その後。全ての決着をつけてみせる。
***
翌日、本部は騒然としていた。
「どういう事だ?…また犯罪者殺しが…」
「昨夜だけ16人…火口が死んでから報道された者てか」
「片っ端っスね…」
「キラ…くそっ…」
父さん、相沢さん、松田さんがパソコンにかじりついてざわつく中、僕もそれに便乗するように悔しがるふりをした。
竜崎はそんな僕を、探るようにみていた。演技かどうか、見極めているのだろう。
「…やはり火口がキラというわけではなかったって事か…」
「いや火口が捕まるまでは火口が犯罪者を裁いていたのは確かだ」
「じ…じゃあまた他のキラが現れたという事に…」
「ああ〜っなんで〜」
父さんの呟きに対して、僕は否定する。それを聞くと、相沢さんと松田さんは動揺を露わにしていた。
竜崎はデスクに向かいつつ、いつも通り甘味を食べている。
コアラが描かれた有名なチョコレート菓子をつまみつつ、こちらを振り返る事はなかった。
「しかしこれで本当にもう一冊殺人ノートが存在している事が明らかになったな。…そうだな?レム」
「……だろうな。死神はわざわざ犯罪者だけを狙って殺すなんて事はしない…」
レムが言うと、「弥が自由になった途端ですね」というので、僕は「竜崎、まだそんな事を!」と声を荒らげて反論した。
「ミサは関係ないだろう。そうでなくても第二のキラとして疑われていたんだ。万が一キラ
の能力を持ったとしても、このタイミングで使う程馬鹿じゃない。「途端」というなら、火口が死んだ途端だ」
「………それもそうですね」
「ライトの言う通りだ。竜崎。弥の事は一度忘れるべきだ。「殺人ノートを使った者は13日以内に次の名前書き込まないと死ぬ」この事から弥は第二のキラでなかったと判明している」
「うむ。竜崎は自分の推理に固執し、そっちにばかりもっていこうとしてしまっている」
「……はい…すみません…」
僕と父さん、相沢さんに咎められ、竜崎は謝罪した。しかし言葉通り、心から悪いと思い、納得したようには思えない。
「まあもう一冊ノートがあって誰かが使っているなら…その人間は必ず捕まえます」
「しかし…ノートに名前を書くと言うだけで殺せるんだ。犯罪者だけの殺しだと、火口を探し当てた様にはいかんな…」
「…そうですね…」
「殺し方はわかったんです。少しでも怪しいと思える者が出たら、片っ端から押さえ、ノートを持っていないか徹底的に調べればいい」
竜崎はまだ僕とミサを疑っているだろう。しかし父さんと松田さんの話に頷いて、
もう一冊のノートの持ち主を捕まえると言った。
「しかし竜崎、殺人ノート…これは僕も本当だと信じるが、これを持ち名前を書き入れた者を捕まえたとして、ちゃんと大量殺人犯として罪に問い、罰せられるのか?」
「立証はできませんね…殺人ノートの検証をしないかぎり…しかし私はそんな事どうでもいいんです。事件が解決すれば、あとは法務省にでも任せましょう」
「…いや、ちょっと…ノートを試す必要なんかなく、罰せられるに決まってるじゃないですか」
「…松田…それには裁判をし、殺人ノートを証拠として法廷に出す必要が…」
「いや…でも…そんな理屈じゃなくて…人が死ぬのわかってて何人もの名前書いたってことですよ!ートの存在を公にすべきでないなら、抹殺すべきだ!」
「抹殺とは穏やかではないが、上の方はそれに近い措置を取るだろうな…」
──抹殺。
裁判で法廷に証拠を出さなくては…と父さんに諭された松田さんは、声を大きくして熱弁した。
そして相沢さんがそれに同意する形で頷いた。
それを聞いていたレムは、目を見開いてこちらを見ている。
「ノートによる殺人を認めれば、極刑…少なくとも終身刑。認めなけれノートに自分の名前を書かす。そんな所ですね。まあそん事は捕まえてからの話です。今考える事ではありません」
確かに竜崎の言う通り、今考える事ではないが、今言っておいてほしい事だ…
死神のくせにおまえがミサにいれこんでいる事は十分わかってる。
今ならまだミサに疑いを持ってるのは竜崎だけだ、よほどの確証を出さなければ、
他の者はミサをマークする事に反対する。それは竜崎もわかっている事…
しかし時が経てば経つほどミサに迫っていく事も間違いない。
もちろん、ミサが流河旱樹の本名を覚えているのが一番ではあった。
それならどこに居ようといつでも殺せる。
当分犯罪者裁きは止めておき、事件が風化した所で竜崎を殺す。そしてその死からまた時間をおいて、犯罪者を裁いていき新世界の神となる。理想の形はそっちだった。
またミサに死神の目を持たせて竜崎を見る事ができても終わりだったが、ここのセキュリティを崩すには時間が必要だし、父達にもレムの姿を見られてしまった現状では…
──竜崎が死にレムも死ぬ!それが最高の形!
…それをさせるには、ミサが死神の目も持ち、寿命を減らした所をレムに見せるのが一番効果的、と思ったが…
「抹殺」などと捜査員たちが騒ぎ立てるだけで、レムが焦ってくれるならそれでいい。
さあレム。竜崎を殺せ…竜崎がミサに不利な行動を取る前に。
父達がミサは完全に白だと思っているうちに殺すんだ…
「どこの国でもいい。掛け合ってみましょう。ちゃんと承認をもらえれば問題はないはずです。このノートを死刑に使ってもらいます」
「試すっていうのか!?」
「無理だ、今更そんな事しなくてもこのノートの力は本物だろ?」
「だ、大体誰が名前を書くんですか?一度書いたら13日以内の周期で永遠に書き続けなきゃならなくなる…」
「ノートに名前を書き込むのはそこから13日以内に死刑の決まっている者とし、13日経って生きていれば死刑を免除する。という司法取引を交わさせる…」
竜崎の発言に、父さん、相沢さん、松田さんは当然、猛烈に反対した。
竜崎…この考え方はやはり、僕とミサをまだ疑っている…しかしこれでいい…
「ワタリ、条件にあてはまる各首脳に…」
「竜崎!」
「無茶だ待て!そんな事を今して何になるんだ!?」
「もちろん殺人ノートの検証です」
竜崎がパソコンに向かってワタリに呼び掛けている間、父さん、相沢さんは全力で止めにかかった。
しかしそんな程度の説得で止まる竜崎ではない。
「…あぁ」
しかし、レムがどこかを見上げて、どこか感慨深そうな声をもらした所で、皆ぴたりと行動言動を止めた。
皆、レムの視線の先を自然と追っていた。その先にあるのはモニター…
エントランス。
──11月5日。今日は"天使様"が僕に会いにやってくる日──
天界の使いかもしれない。しかし人間の可能性もないとは言い切れない──未知の存在…
「……月君の恋人。やっときてくれましたね」
──しかしやってきたのは、僕が想像していた者のどれでもない。
──。…僕の愛する女性だった。
監視カメラに向かって手を振って、無垢な笑顔を浮かべている。
今朝竜崎が言っていた事──
「さんの性格では、一生ここにこない可能性もあり得ます」
これは、僕も心から同意できる言葉だった。
は仕事より自分を大切にして…などと言う人間ではない。僕の仕事が優先だとして、
僕から連絡を取るまで、何の音沙汰もなくなる覚悟すらしていた。
だというのに、の方から足を運んできた。仮に寂しくなったから会いにきたにしても、早すぎるだろう。ここを出たのはほんの数日前だ。
そんなに堪え性のない人間ではない──
──11月5日。今日この日に、愛する人が訪問した事は、偶然か?いやな符号の一致に、僕の胸はざわついていた。
「……」
「どうしたんですか、月君。少しも嬉しそうじゃありません。…その逆に見えますが」
「…そんな訳ないだろ、竜崎。…ちょっと、迎えにいってくる」
「はい、どうぞ」
僕が平静を装いつつ踵を返した所で、ふとレムと視線が絡み合う。
僕は少し考えて、竜崎にこう進言した。
「…それと。僕も殺人ノートの検証はやめた方がいいと思う。やるにしても、そんなに性急に事を進める事はない──人知を超えたものを相手にしているんだ。そこに書いてあるルール以上の何かがあるのかもしれない…」
「…………それも、そうですね」
僕がいなくなったその間に、本当にノートの検証の話が進められても困る。
先程まで竜崎を今すぐにでも殺してくれそうだ…と思えるほど動揺していたレムも、今は落ち着いている。
どころか──安心したような様子だ。
それは竜崎に対し僕がノートのテストをする事を止めろと言い、実際にそれが果たされそうだからだろうか。
いや、僕が竜崎に提案するよりも前から、レムは落ち着いていた。
ミサに圧倒的に不利なこの状況で、何がレムを安心させている…?
セキュリティを潜り抜けて、玄関までを迎えに行った。
…この扉の先には、がいる。そうと分かっているのに、こんなに足を進めたくない…会うのが怖い…会いたくない。
そんな風に思うのは、今が初めてだ。
僕はゆっくりと扉を潜り抜ける。そこには、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべたがそこにいた。
身に纏っているのは、お気に入りのワンピースだ。持っているバックは僕がプレゼントしたもので、買い物に行ったときに一緒に選んだもの。
耳元で揺れているイヤリングも、僕が贈った代物だ。
僕の愛する。僕の事が大好きな。
…──そのが、天使様だとでもいうのか?
「月くん、久しぶり…」
「…。どうしたんだ?」
もしが"天使様"だとしたら、少なくとも死神二匹の存在を知ってる事になる。
死神を視認できるようになるには、ノートに触れる必要がある。
いつ、どこで触れたのかは今は問題ではない。触れたという事は、デスノートの存在を知っていたという事──。
は全て知っていて…僕がキラだという事も知っていて。今まで隠し通していた事になる。
「あのね…大事な話があるの」
「…どうしたんだ、そんな改まって」
ミサが第二のキラ容疑で確保された時。封筒から前の髪や服の繊維などが出たとして、ミサと同じく確保されたと聞いた時。
僕はそれがどうしても信じられなくて、あの時レムに対して問いかけた。
「…一連の行動に、という人間が、関与していた。それば事実か?」
「──事実ではない。…が、が関与していたと思わせたい第三者の存在があった」
「……答えられない…。…第三者、か。…そいつは人間か?死神か?」
そうすると案の定、はハメられたという事がわかった。
問題は、その第三者とやらが人間か、死神か。僕が問うと、あの時レムはこう答えた。
「……そいつは、第二のキラ…いや、第三のキラでもない。きっとこれからも、そうはなり得ないんだろうね。そしてそいつは、の事を害そうとはしていないようだ…。むしろ、その逆にみえたよ」
あの時のレムの言葉通りに受け止めるのなら、天使=ではなく。
天使=第三者なのだろう。
レムはそいつが人間か死神か、明確には言わなかった。
とは言え、確かな情報が少なすぎる。どんな可能性が現実になってもおかしくないと思える。
だから、おずおずと僕を見上げるの事を、いつものように心許して接する事ができなかった。
「……月くんは、幽霊とか、しんじる?」
「…さあ、どうだろう、みたことないからな…」
意味心なタイミングでの訪問。意味心な前置き──
の口から次に出て来る言葉は、もう予想できていた。
「……天使がいるって言ったら、信じてくれる?」
…できていた、はずなのに。
さあっと血の気が引いて、手が震えた。
そんな、ばかな。ありえない…
否定したいのは、"天使"の存在そのものではない。
ミサがその話をした時から、半ばその存在を疑っていなかった。死神がいるのだから、天使がいるのだろう。それを否定する材料がない。
予想外だったのは──納得がいかないのは。
その存在を口にしたのが、彼女…であるということ、その一点だけ。
「…月くん。私のうちに…きてくれない?捜査本部から離れられないのも、勿論分かってるんだけど…」
「…いや。捜査を進めなきゃいけないのは勿論だけど…今は一分一秒を争う状況ってわけじゃないんだ。僕の監視も解かれてるし、行けるよ。…ちょっと、竜崎に報告して、荷物だけ取ってくる」
「うん…ここで待ってるね」
僕はいつもと変わらぬ笑みを張り付けて、自然な口調を心掛けて言った。
を目の前にして胸が暖かくならず、こんなにも冷え込む事になるのも、初めての経験だ。
***
「…竜崎。僕は少し、外に出るよ」
に断ってから本部に戻り、竜崎に声をかける。
すると、珍しく竜崎が驚いたような表情をしていた。
「デートですか?自由恋愛する気になったんですね。解決をみてない今、恋愛なんてする気になれないと言っていたのに」
「…愛する人を前にしたら、そうも言っていられなくなった。僕も人間だからね。でも僕だって弁えてるさ、デートなんかじゃなくて…少し二人ですごしたいだけ」
「それをデートっていうんじゃないですかね」
「なんとでも言ってくれ。悪いな」
僕は言いながら、ちらりとレムの方をみた。
今のレムは、ノートの所有権を持った僕に憑いていなければならない。
僕が出かけた瞬間消えたのではおかしすぎる。
レムは頭がずば抜けて良い訳ではないが、決して馬鹿でもない。僕のアイコンタクトの意味を理解して、話しを合わせた。
「なんだ。調査員っていうのは、案外緩いんだね。ノートの解明のために寝食も惜しまないのだと感心していたのに…。それなら、私も出かけよう」
「…死神も出かける事があるんですか?ノートの行く先を見守らなくてはならないのでは?」
「ここのセキュリティは確かなんだろう?それに、ルールがある以上、燃やされたりする心配もない」
「……そう、ですか」
死神の行動を制限する事などできない。そして死神が人を殺す事を止める事もできない。
人間界の法で死神を縛る事など出来ないのだ。
出かけた先で何をされるか不安になるかもしれないが、何をしても死神の勝手。
レムは僕よりも先に壁をすり抜けて、どこかへ消えた。
上手く監視カメラを避けて、地中にでも潜り、外で落ち合ってくれる事だろう。
「じゃ、行ってくるよ」
僕は久々に本部を出た。そして、と共に移動し、何カ月ぶりかに自宅前へとたどり着いた。
しかし夜神家の戸を開ける事なく、家の玄関先を潜る。そしての自室に招かれて──
──僕は人生の一変させる会話を交わす事となる。
4.舞台裏─天界からの訪問者
「この殺人ノート、このページの端がちょっと切れてるんですが、この切れた部分の方に名前を書いても死にますか?」
「……さあ?私はそんな使い方はした事がないからわからない」
本部へ戻ると、竜崎は相変わらずソファーに座りながら、レムに質問を重ね続けていた。
「では死神リンゴしか食べませんか?」
「そんな事はない。しかし死神界は廃れていてほとんど食べ物もなく、死神の内臓は退化…いや進化していて、食べる必要がないが…」
いつもなら聞流していただろうが…ついさっき、"天使様"などという存在が明日僕に会いに来るのだと聞いていたため、無意識に聞き入っていた。
リュークから、今の死神界は腐っていて、尚且つ死神大王という、統率を取る存在がいるという話は聞いていた。
しかしそれ以上の興味はなく、聞くつもりはなかった。
が、今は状況がわってきた。死神がいる死神界あるなら、天使のいる天界もあるのか?
仮にあるのだとしたら、天使は人間に何をしてくれる?
デスノートに変わる物があるのか?
それとも天使というのはただの通称で、人間の可能性だってある。
…リュークとレムと二匹の死神とコンタクトが取れている時点で、ただの人間という可能性は限りなく低いが…
「夜神くん、早いですね。口論していたようですが…仲直りできたんですか?」
「ああ、うん…」
しばらく考え事をしながらレムと竜崎を見守っていると、竜崎がふとこちらの存在に気付き、声をかけてきた。
やはりカメラ越しには、言い争っているように見えたらしい。最後にそれらしいポーズをしておいて、やはり正解だった。
「せっかく自由の身になったのに、ほとんど本部から出ない…ミサさんが訪ねて来ても玄関先で数分の立ち話…外で文字通り、自由恋愛してきていいんですよ?」
スプーンでプリンをすくいつつ話して、こう付け足した。
「ミサさんは毎日でも足を運んでくれるでしょうけど…さんの性格では、一生ここにこない可能性もあり得ます」
「うわぁ…それ自然消滅ってやつですよね…。それに毎日数分会えても、さっきみたいに喧嘩になるだけだろうし…」
松田さんは竜崎の発言を聞き、気の毒そうにしていた。
しかし、どんな風に思われようと、僕が言う言葉は変わらない。
「まだキラ事件は解決をみていない。とてもこの本部を離れて、自由恋愛する気分になんてなれないよ。…それとも、僕が本部にいたら迷惑だとでもいうのか?」
「…いえ…」
竜崎は明らかに「いいえ迷惑ではありません」という顔と声色はしていなかった。
本部内では、あんなに離れ難いと言って僕が執着していた。そんなと"自由恋愛"するチャンスを捨ててまで、僕がここに留まるのには、何か裏があるのだろうと睨んでいる。
…それは正解だ。
今おまえに姿を隠されでもしたら、おまえの死を皆で見届けられなくなる…本部にノートがあり、それを誰も使っていない状況でおまえが死ぬ事が大切なんだ。
ノートを持って姿を隠されれば、所有権のある僕にレムが憑き、ノートがここにないのにレムがここに残るという、不自然な形になる。
「局長、次長になるらしいですよ!」
「いやまだ決定ではない」
相沢さんが嬉々として話、父さんが謙遜して話してる姿を遠目でみる。
それに警察の上層部との関係も修復した今、おまえの一挙一目を離す訳にはいかない…
警察もアイバーもウエディも、今は竜崎から何も指示されていない。
それが確実だからミサに犯罪者裁きをさせられるんだ。
これで必ず全てうまくいく──ミサには明日以降、すぐにでも目の取引をさせる…
──明日の、"天使様"との対面を終わらせ、その後。全ての決着をつけてみせる。
***
翌日、本部は騒然としていた。
「どういう事だ?…また犯罪者殺しが…」
「昨夜だけ16人…火口が死んでから報道された者てか」
「片っ端っスね…」
「キラ…くそっ…」
父さん、相沢さん、松田さんがパソコンにかじりついてざわつく中、僕もそれに便乗するように悔しがるふりをした。
竜崎はそんな僕を、探るようにみていた。演技かどうか、見極めているのだろう。
「…やはり火口がキラというわけではなかったって事か…」
「いや火口が捕まるまでは火口が犯罪者を裁いていたのは確かだ」
「じ…じゃあまた他のキラが現れたという事に…」
「ああ〜っなんで〜」
父さんの呟きに対して、僕は否定する。それを聞くと、相沢さんと松田さんは動揺を露わにしていた。
竜崎はデスクに向かいつつ、いつも通り甘味を食べている。
コアラが描かれた有名なチョコレート菓子をつまみつつ、こちらを振り返る事はなかった。
「しかしこれで本当にもう一冊殺人ノートが存在している事が明らかになったな。…そうだな?レム」
「……だろうな。死神はわざわざ犯罪者だけを狙って殺すなんて事はしない…」
レムが言うと、「弥が自由になった途端ですね」というので、僕は「竜崎、まだそんな事を!」と声を荒らげて反論した。
「ミサは関係ないだろう。そうでなくても第二のキラとして疑われていたんだ。万が一キラ
の能力を持ったとしても、このタイミングで使う程馬鹿じゃない。「途端」というなら、火口が死んだ途端だ」
「………それもそうですね」
「ライトの言う通りだ。竜崎。弥の事は一度忘れるべきだ。「殺人ノートを使った者は13日以内に次の名前書き込まないと死ぬ」この事から弥は第二のキラでなかったと判明している」
「うむ。竜崎は自分の推理に固執し、そっちにばかりもっていこうとしてしまっている」
「……はい…すみません…」
僕と父さん、相沢さんに咎められ、竜崎は謝罪した。しかし言葉通り、心から悪いと思い、納得したようには思えない。
「まあもう一冊ノートがあって誰かが使っているなら…その人間は必ず捕まえます」
「しかし…ノートに名前を書くと言うだけで殺せるんだ。犯罪者だけの殺しだと、火口を探し当てた様にはいかんな…」
「…そうですね…」
「殺し方はわかったんです。少しでも怪しいと思える者が出たら、片っ端から押さえ、ノートを持っていないか徹底的に調べればいい」
竜崎はまだ僕とミサを疑っているだろう。しかし父さんと松田さんの話に頷いて、
もう一冊のノートの持ち主を捕まえると言った。
「しかし竜崎、殺人ノート…これは僕も本当だと信じるが、これを持ち名前を書き入れた者を捕まえたとして、ちゃんと大量殺人犯として罪に問い、罰せられるのか?」
「立証はできませんね…殺人ノートの検証をしないかぎり…しかし私はそんな事どうでもいいんです。事件が解決すれば、あとは法務省にでも任せましょう」
「…いや、ちょっと…ノートを試す必要なんかなく、罰せられるに決まってるじゃないですか」
「…松田…それには裁判をし、殺人ノートを証拠として法廷に出す必要が…」
「いや…でも…そんな理屈じゃなくて…人が死ぬのわかってて何人もの名前書いたってことですよ!ートの存在を公にすべきでないなら、抹殺すべきだ!」
「抹殺とは穏やかではないが、上の方はそれに近い措置を取るだろうな…」
──抹殺。
裁判で法廷に証拠を出さなくては…と父さんに諭された松田さんは、声を大きくして熱弁した。
そして相沢さんがそれに同意する形で頷いた。
それを聞いていたレムは、目を見開いてこちらを見ている。
「ノートによる殺人を認めれば、極刑…少なくとも終身刑。認めなけれノートに自分の名前を書かす。そんな所ですね。まあそん事は捕まえてからの話です。今考える事ではありません」
確かに竜崎の言う通り、今考える事ではないが、今言っておいてほしい事だ…
死神のくせにおまえがミサにいれこんでいる事は十分わかってる。
今ならまだミサに疑いを持ってるのは竜崎だけだ、よほどの確証を出さなければ、
他の者はミサをマークする事に反対する。それは竜崎もわかっている事…
しかし時が経てば経つほどミサに迫っていく事も間違いない。
もちろん、ミサが流河旱樹の本名を覚えているのが一番ではあった。
それならどこに居ようといつでも殺せる。
当分犯罪者裁きは止めておき、事件が風化した所で竜崎を殺す。そしてその死からまた時間をおいて、犯罪者を裁いていき新世界の神となる。理想の形はそっちだった。
またミサに死神の目を持たせて竜崎を見る事ができても終わりだったが、ここのセキュリティを崩すには時間が必要だし、父達にもレムの姿を見られてしまった現状では…
──竜崎が死にレムも死ぬ!それが最高の形!
…それをさせるには、ミサが死神の目も持ち、寿命を減らした所をレムに見せるのが一番効果的、と思ったが…
「抹殺」などと捜査員たちが騒ぎ立てるだけで、レムが焦ってくれるならそれでいい。
さあレム。竜崎を殺せ…竜崎がミサに不利な行動を取る前に。
父達がミサは完全に白だと思っているうちに殺すんだ…
「どこの国でもいい。掛け合ってみましょう。ちゃんと承認をもらえれば問題はないはずです。このノートを死刑に使ってもらいます」
「試すっていうのか!?」
「無理だ、今更そんな事しなくてもこのノートの力は本物だろ?」
「だ、大体誰が名前を書くんですか?一度書いたら13日以内の周期で永遠に書き続けなきゃならなくなる…」
「ノートに名前を書き込むのはそこから13日以内に死刑の決まっている者とし、13日経って生きていれば死刑を免除する。という司法取引を交わさせる…」
竜崎の発言に、父さん、相沢さん、松田さんは当然、猛烈に反対した。
竜崎…この考え方はやはり、僕とミサをまだ疑っている…しかしこれでいい…
「ワタリ、条件にあてはまる各首脳に…」
「竜崎!」
「無茶だ待て!そんな事を今して何になるんだ!?」
「もちろん殺人ノートの検証です」
竜崎がパソコンに向かってワタリに呼び掛けている間、父さん、相沢さんは全力で止めにかかった。
しかしそんな程度の説得で止まる竜崎ではない。
「…あぁ」
しかし、レムがどこかを見上げて、どこか感慨深そうな声をもらした所で、皆ぴたりと行動言動を止めた。
皆、レムの視線の先を自然と追っていた。その先にあるのはモニター…
エントランス。
──11月5日。今日は"天使様"が僕に会いにやってくる日──
天界の使いかもしれない。しかし人間の可能性もないとは言い切れない──未知の存在…
「……月君の恋人。やっときてくれましたね」
──しかしやってきたのは、僕が想像していた者のどれでもない。
──。…僕の愛する女性だった。
監視カメラに向かって手を振って、無垢な笑顔を浮かべている。
今朝竜崎が言っていた事──
「さんの性格では、一生ここにこない可能性もあり得ます」
これは、僕も心から同意できる言葉だった。
は仕事より自分を大切にして…などと言う人間ではない。僕の仕事が優先だとして、
僕から連絡を取るまで、何の音沙汰もなくなる覚悟すらしていた。
だというのに、の方から足を運んできた。仮に寂しくなったから会いにきたにしても、早すぎるだろう。ここを出たのはほんの数日前だ。
そんなに堪え性のない人間ではない──
──11月5日。今日この日に、愛する人が訪問した事は、偶然か?いやな符号の一致に、僕の胸はざわついていた。
「……」
「どうしたんですか、月君。少しも嬉しそうじゃありません。…その逆に見えますが」
「…そんな訳ないだろ、竜崎。…ちょっと、迎えにいってくる」
「はい、どうぞ」
僕が平静を装いつつ踵を返した所で、ふとレムと視線が絡み合う。
僕は少し考えて、竜崎にこう進言した。
「…それと。僕も殺人ノートの検証はやめた方がいいと思う。やるにしても、そんなに性急に事を進める事はない──人知を超えたものを相手にしているんだ。そこに書いてあるルール以上の何かがあるのかもしれない…」
「…………それも、そうですね」
僕がいなくなったその間に、本当にノートの検証の話が進められても困る。
先程まで竜崎を今すぐにでも殺してくれそうだ…と思えるほど動揺していたレムも、今は落ち着いている。
どころか──安心したような様子だ。
それは竜崎に対し僕がノートのテストをする事を止めろと言い、実際にそれが果たされそうだからだろうか。
いや、僕が竜崎に提案するよりも前から、レムは落ち着いていた。
ミサに圧倒的に不利なこの状況で、何がレムを安心させている…?
セキュリティを潜り抜けて、玄関までを迎えに行った。
…この扉の先には、がいる。そうと分かっているのに、こんなに足を進めたくない…会うのが怖い…会いたくない。
そんな風に思うのは、今が初めてだ。
僕はゆっくりと扉を潜り抜ける。そこには、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべたがそこにいた。
身に纏っているのは、お気に入りのワンピースだ。持っているバックは僕がプレゼントしたもので、買い物に行ったときに一緒に選んだもの。
耳元で揺れているイヤリングも、僕が贈った代物だ。
僕の愛する。僕の事が大好きな。
…──そのが、天使様だとでもいうのか?
「月くん、久しぶり…」
「…。どうしたんだ?」
もしが"天使様"だとしたら、少なくとも死神二匹の存在を知ってる事になる。
死神を視認できるようになるには、ノートに触れる必要がある。
いつ、どこで触れたのかは今は問題ではない。触れたという事は、デスノートの存在を知っていたという事──。
は全て知っていて…僕がキラだという事も知っていて。今まで隠し通していた事になる。
「あのね…大事な話があるの」
「…どうしたんだ、そんな改まって」
ミサが第二のキラ容疑で確保された時。封筒から前の髪や服の繊維などが出たとして、ミサと同じく確保されたと聞いた時。
僕はそれがどうしても信じられなくて、あの時レムに対して問いかけた。
「…一連の行動に、という人間が、関与していた。それば事実か?」
「──事実ではない。…が、が関与していたと思わせたい第三者の存在があった」
「……答えられない…。…第三者、か。…そいつは人間か?死神か?」
そうすると案の定、はハメられたという事がわかった。
問題は、その第三者とやらが人間か、死神か。僕が問うと、あの時レムはこう答えた。
「……そいつは、第二のキラ…いや、第三のキラでもない。きっとこれからも、そうはなり得ないんだろうね。そしてそいつは、の事を害そうとはしていないようだ…。むしろ、その逆にみえたよ」
あの時のレムの言葉通りに受け止めるのなら、天使=ではなく。
天使=第三者なのだろう。
レムはそいつが人間か死神か、明確には言わなかった。
とは言え、確かな情報が少なすぎる。どんな可能性が現実になってもおかしくないと思える。
だから、おずおずと僕を見上げるの事を、いつものように心許して接する事ができなかった。
「……月くんは、幽霊とか、しんじる?」
「…さあ、どうだろう、みたことないからな…」
意味心なタイミングでの訪問。意味心な前置き──
の口から次に出て来る言葉は、もう予想できていた。
「……天使がいるって言ったら、信じてくれる?」
…できていた、はずなのに。
さあっと血の気が引いて、手が震えた。
そんな、ばかな。ありえない…
否定したいのは、"天使"の存在そのものではない。
ミサがその話をした時から、半ばその存在を疑っていなかった。死神がいるのだから、天使がいるのだろう。それを否定する材料がない。
予想外だったのは──納得がいかないのは。
その存在を口にしたのが、彼女…であるということ、その一点だけ。
「…月くん。私のうちに…きてくれない?捜査本部から離れられないのも、勿論分かってるんだけど…」
「…いや。捜査を進めなきゃいけないのは勿論だけど…今は一分一秒を争う状況ってわけじゃないんだ。僕の監視も解かれてるし、行けるよ。…ちょっと、竜崎に報告して、荷物だけ取ってくる」
「うん…ここで待ってるね」
僕はいつもと変わらぬ笑みを張り付けて、自然な口調を心掛けて言った。
を目の前にして胸が暖かくならず、こんなにも冷え込む事になるのも、初めての経験だ。
***
「…竜崎。僕は少し、外に出るよ」
に断ってから本部に戻り、竜崎に声をかける。
すると、珍しく竜崎が驚いたような表情をしていた。
「デートですか?自由恋愛する気になったんですね。解決をみてない今、恋愛なんてする気になれないと言っていたのに」
「…愛する人を前にしたら、そうも言っていられなくなった。僕も人間だからね。でも僕だって弁えてるさ、デートなんかじゃなくて…少し二人ですごしたいだけ」
「それをデートっていうんじゃないですかね」
「なんとでも言ってくれ。悪いな」
僕は言いながら、ちらりとレムの方をみた。
今のレムは、ノートの所有権を持った僕に憑いていなければならない。
僕が出かけた瞬間消えたのではおかしすぎる。
レムは頭がずば抜けて良い訳ではないが、決して馬鹿でもない。僕のアイコンタクトの意味を理解して、話しを合わせた。
「なんだ。調査員っていうのは、案外緩いんだね。ノートの解明のために寝食も惜しまないのだと感心していたのに…。それなら、私も出かけよう」
「…死神も出かける事があるんですか?ノートの行く先を見守らなくてはならないのでは?」
「ここのセキュリティは確かなんだろう?それに、ルールがある以上、燃やされたりする心配もない」
「……そう、ですか」
死神の行動を制限する事などできない。そして死神が人を殺す事を止める事もできない。
人間界の法で死神を縛る事など出来ないのだ。
出かけた先で何をされるか不安になるかもしれないが、何をしても死神の勝手。
レムは僕よりも先に壁をすり抜けて、どこかへ消えた。
上手く監視カメラを避けて、地中にでも潜り、外で落ち合ってくれる事だろう。
「じゃ、行ってくるよ」
僕は久々に本部を出た。そして、と共に移動し、何カ月ぶりかに自宅前へとたどり着いた。
しかし夜神家の戸を開ける事なく、家の玄関先を潜る。そしての自室に招かれて──
──僕は人生の一変させる会話を交わす事となる。