第71話
4.舞台裏終わりと始まり

「……?」
「………え?」
「え?じゃなくて…どうした、大丈夫か?」


僕が改めて問いかけると、ようやくハッと我に返ったようだ。
は慌てて携帯を拾い上げようとしてかがんだ。その時ぱらりと落ちてきた髪を耳にかけながら、拾った携帯を片手に顔を上げる。
そしてどこか普通でない様子を見せるに、僕と竜崎、そしてミサも注目していた。
はそれに対し、なんでもないのだと首を横に振りながら、やんわりとした笑顔を見せた。

「えと…大丈夫。…でも、少しびっくりして…だって、火口さんが会話してるのが死神…だなんて。…それって竜崎くんのいつもの冗談?」
「私は冗談なんて言いませんよ。……ほとんどは」
「……でも人を殺す能力なんて、不思議なものがあるなら…、…きっと死神もいておかしくないよね。世の中不思議なことって色々あるのかも…、…きっと、そうだよね…」


はこてんと首を傾げながら竜崎に問いかけ、そして難しい顔で自問自答を繰り返した。
ひとしきりそうすると満足したようで、へらりとまた笑みを浮かべて、僕らに向けて謝罪を口にする。

「ごめんね、邪魔しちゃって。もう捜査に戻って大丈夫だから」


確かに一秒たりとも画面から目を離せる状況ではない。しかし、様子のおかしいを無視する程冷酷にはなれない。
僕はの大丈夫という言葉を信じて、視線をモニターへと戻そうとした。
しかし竜崎は、視線をに向けたまま逸らそうとしない。
そして、こう言い放ったのだ。


「……。…饒舌……」
「………竜崎?」
「いえ、なんでもありません」


竜崎がに向けて「饒舌」というのは、大抵不穏な意味合いを含んでいる。
が第二のキラ容疑で確保された時、何故一切の抵抗をしなかったかという問いに返事をすると。
「……珍しく、饒舌に話すんですね」と、そう切り返したのを僕は鮮明に覚えている。
確かに、後ろめたい事をした人間は、饒舌になる傾向にあるのは事実。
しかしに限ってそんな事はあり得ない、というのが僕の言い分だ。
それはただ盲目的に愛しているからではない。培ってきた信頼関係から来る確信と…
の言い分が、理にかなっていたからだ。
抵抗しなかった理由にしても、どこにも不審な部分を感じられなかった。
そして「死神」という単語を聞いて驚いた理由にしても、特に不審な事は言っていない。

だというのに、が自分の行動について説明するだけで、その都度「饒舌で不審」と難癖をつける竜崎に腹が立ち、僕は思わず竜崎を睨んでいた。

その時。再び、ミサの携帯から電子音が響き渡る。

「わっまた来た」

ミサは手慣れた様子で、電話をすぐに切った。電源をオフにしないのも、火口をじらすため…あえての事だ。
その効果があって、今度はの携帯が鳴り出した。
模地マネージャーもヨシダプロもミサもあてにならない。となれば、次に来るのはだろうと予想はついていた。
僕は椅子を少し回転させて、の方を見る。
しかしは自分にかかってくるかは半信半疑だったようで、本当に電話が鳴った事に驚いて、その手から携帯を滑り落としそうになっていた。


「わっ…!」


僕はが携帯を落とす前に、受け止めた。
そしての代わりに携帯を操作し、ミサがしたように、すぐに電話を切った。
それを見ていたはホッと安堵したようで、穏やかな声色で僕に礼を言う。

「…あ、ありがとう…月くん…」
、これは僕が預かるよ」
「え、…うん…?」

僕が有無を言わさずデスクにの携帯を置くと、隣で成り行きを見守っていた竜崎が口を挟んできた。

「…それではさんにここにいてもらう意味がなくなります。夜神くんはこちらだけに集中してください」
「片手間に携帯を操作するくらい、どうという事もないよ。…それに、意味がないなんてことはない。現ににも着信があった。火口はに利用価値を見出してる。これから予定通りの展開に事が運ぶ確証はない…は万が一の時のため、ここにいた方がいい。
それに──も身を張って潜入捜査をしたんだ。それなのに、用なしと言わんばかりに蚊帳の外に置く気か」
「……月くんのソレは、配慮なのか贔屓なのかわかりません」

ピリピリとした空気で言い争っていると、ミサがバッと両手を伸ばして間に入ってきた。
仲裁するために、声を大きくして僕らに語り掛ける。

「あーもー!!二人共こんな時に喧嘩しないでくれない!?ほら火口がヨシダプロにつくよ!」

そう言われてしまえば、僕達も休戦して捜査に戻る他ない。
画面には、火口がヨシダプロの前に車を止め、事務所内に足を踏み入れる所が映し出されていた。

「全画面をヨシダプロのカメラに」

僕はキーボードを叩き、竜崎の指示通りにモニターを調整した。
火口は暗証番号を入力し、誰もいない夜の事務所を静かに歩き進んだ。

「入って左の奥の机の一番下の引き出し」そこを見つけると、躊躇いなく引き出しを開けて、アイウエオ順に並べられた履歴書を漁り出す。
火口はすぐに松井太郎──「山下太一郎」の履歴書を見つけたようだ。

バックと履歴書をデスクの上に置き、バックの中から一冊の黒い背表紙のノートを取り出す。
僕らは固唾を呑んでそれを見守った。
──次に火口が取る行動が、「キラ」が「能力を使い人を殺す」行動である。
瞬き一つすら惜しんで、注意深くその動向を見続けた。


『竜崎。火口を押さえる用意はできてます。いつでも指示を』
「ハイ」


模木さんからも連絡が入り、いよいよの時は模木さんに火口確保をする手筈が整った。
あとは火口が"殺しの能力"を見せれば──
火口はペンを取り出すと、ノートの一ページに「山下太一郎」と履歴書に書かれていた名前を書き出した。
すると後は用済みと言わんばかりにノートをカバンにしまい、履歴書も引き出しへと戻す。
そして早足に事務所から出て行く。
火口から見えない位置、観葉植物の側に隠れている模木さんが、潜めた声で応答があった。


『竜崎!押さえますか?』
「……まだ殺し方が判明していません。もしかしたら車内で何かするのかもしれません。車に付けたカメラから判明できればそこで押さえます。ウエディと連携して、回ってください」

火口は路駐していた車に乗りこみ、今度は車を走行させる事なく、車内でさくらTVを見ていた。

「しかし、一秒でも早く松田さんを殺したいはずなのに、冷静だな火口は…」
「そうですね。名前が必要なら履歴書ごと持って出ればいいものの、履歴引き出しに戻した…」

事務所から出る時の足取りは勿論、カバンにノートをしまったり、履歴書を引き出しに戻す時の動作にもゆとりがあった。
人は時間に追われ焦っていれば、仕草が乱雑になったりするものだ。
だというのに、火口はヨシダプロに入る前とは違い、憑き物が落ちたかのように冷静を取り戻していた。

『いや本当にその勇気には脱帽します。世の中はキラ賛成という人も少なくない訳ですし』
『いえ、キラは殺人犯ですから。私は絶対に許せません』

しかし、さくらTVを見ていたその数十秒で、火口のそのゆとりや冷静さは、一気に崩れ去った。


「くそっ死なない!!」
『確かに犯罪は減ったかもしれませんが──』

火口はさくらTVの写った画面を食い入るように見ながら、悲鳴のように切実な怒声を上げた。
僕たちはそれに驚かされた。その発言はつまり──僕達が見守っていた今までの行動の中に、キラとしての「殺しの能力」を行使した瞬間があったという事に他ならないからだ。
しかし、そんな動作は一切みせなかったはずた。

「!?どういう事だ?「死なない」って言ったぞ」
「もう殺しの作業をしたのか…事務所から出て車に入る間にしたのか…名前を書く事が殺しの行動なのか…」
「竜崎どうするんだ?まだ泳がせてみるのか?やはり顔と名前だけで「死ね」と思えば殺せるとしか…」
「…………松田さんは生きてます…」


念じるだけで殺せるなら、今松田さんが生きているのはおかしい──しかしそれは「山下太一郎」が偽名だったからだろう。
もし顔と名前の情報が手元に揃えば、本当に念じるだけで殺せる可能性はある。
しかしそんな目に見えないものを、殺しの証拠とするには厳しいものがある。


『キラ発表まであと50分…』
『くそっもう時間がない…』

火口が懐から携帯を取り出し、どこかへ電話をかけ出した。


「携帯出したぞ」
「またミサさんでしょう」
「当たり!」
「…の携帯にもかかってきた」

竜崎の予想通り、ミサの携帯が鳴り、すぐに着信を切った。
すると間髪入れずにデスクの上のの携帯が鳴り響き、僕もそれを手に取り、通話終了ボタンを押す。
ディスプレイに表示された『火口卿介』という文字が不愉快だった。
は几帳面だ。連絡先を交換した全てのヨツバの人間を、電話帳に登録しているのだろう。
事が収束したら、すぐに連絡先を消させようと思った。
いや、携帯を新しく買い替えるべきだ。キラ事件が解決をみれば、はタレントとしての活動なんてしなくていい。ただの一般人として、たった一台の携帯に、身近な人間の連絡先だけを登録し、着信に怯える事のない暮らしを取り戻せるのだから。


『レム…取引だ』


ミサも通じず、にも繋がらない。ヨシダプロにあった履歴書も使い物にならなかった。
手詰まりに陥った火口が次にどんな行動を取るのかと思えば、またひとり言を漏らすだけ。
しかし、"独り言"と断じるにはあまりにも…。


「取引?なんださっきから言ってる「レム」って…本当にキラの能力は天からか何かのものなのか?」
「それは考えたくないですね。」
「じゃあレムって何だ?」
「…死神?…とにかくまだ様子をみた方がいいですね。まだ色々出てきそうですし、殺し方もハッキリするかもしれません…」


『取引』を口にした後の火口の様子は一変した。まるで悪魔のように不敵な笑みを浮かべ、
目的を持ってどこかへと車を走行させ始める。
──勝ち誇った笑みだ。一体この一瞬の間で、火口の心境にどんな変化があったというのか。この致命的な状況を打開する術でも考え付いたのかもしれない。

『そこのポルシェ止まりなさい。道路脇に寄せ、止まりなさい』
「くそっ」

精神的には余裕を見せ始めたとはいえ、キラ発表までの残り時間が短いのは事実。
そのせいでスピード違反を犯し、火口は白バイに足を止められる事となる。
道路脇に車を停車させると、窓を開けた。

「スピード違反だ。免許証」
「ああ、わかったよ」

車内を覗き込んできた白バイ隊員を、うんざりとした顔をしながら見ながらやり取りした。
その最中、ウエディから連絡が入る。

『まずいわね、火口白バイに捕まった。私はやりすごすので、アイバーたちお願い』

火口の後ろを追尾していたウエディがポルシェを追い抜き、やり過ごす間、火口は事務所にも持っていったカバンをがさごそと漁り続けていた。


『免許証どこに入れたかな』
『?早く、免許証』


──嫌に長いな。そう思ったのは、勘違いではなかったらしい。
火口は免許証を見つけられなかったのではなく、わざともたつかせていたのだ。
最初から免許証を見せるつもりなどなく、何か意味を持ってそうしていたのだ。

そして次の瞬間、火口は車を急発進させた。


『!こら!』

白バイ隊員はすぐにバイクにまたがり、非常識な車を追い始めた。
猛スピードを出し、前を行く車の隙間を縫うようにしてジグザグと進む。まるで映画のワンシーンほ見てると感じてしまうほどに、無茶苦茶な運転だった。

『火口、白バイを振り切って逃走!』
『なんて奴だ…こちら交通機動隊…』


しばらく火口の車を追いかけていた白バイの車体が、突然ぐらりと傾いた。
その瞬間、前方を走っていたトラックに激突し、ひしゃげた車体と彼の体が、ガードレールにぶつかった。

「………まずいですね…」
「大破?事故死?…レム…取引…」

この事故が偶然のはずがない。火口の行く道を塞ぐ白バイ隊員が、このタイミングで事故死した。
火口が殺しの能力を行使したとしか思えない。しかし隊員はネームプレートなどつけていないし、そもそも火口が能力を使った様子はなかった。
けれど──どう考えても、火口が殺した。どう殺したか、という過程はわからなくても、その結論だけは揺るがないものだった。


「──皆さん。火口をこれ以上動かすのは危険と考え、「殺し方」はまだはっきりと判明できていませんが、証拠を持って動いてると判断し、火口の確保に移ります!
しかし火口は"顔だけで殺せるキラになった"その考えの元での確保です」


いつも淡々と話す竜崎も、今ばかりは声を張り上げていた。
それは各地に散らばる本部の人間、アイバーやウエディ全員向けて指示を下したからか。
それほどまでに緊迫した状況だからか。そのどちらでもあるだろう。

「ワタリ、警察庁長官に繋いでください」と竜崎が言うと、ワタリはすぐに長官へと電話を繋げたようだ。

「Lです。キラをある個人に断定しました。現代国道一号線、日比谷から渋谷方面へ向かってる赤のポルシェ911ナンバー…
申し訳ないことに、白バイ警官一人が犠牲になったと思われます。確保はこちらでしますので、そのポルシェに近づかぬ様、全警察官に通達願います」
「父さん、火口がヨシダプロを出た。次のCMから第7対応だ」

竜崎は長官に。僕はテレビ局で出目川と待機している父さんに指示を下す。
すると、すぐに父さんから折り返しの応答があった。

『わかった。…出目川、次のCMでやる松井と司会者をマネキンに替え、音声は用意してある仮説スタジオから飛ばし、CM明けにはいかにも放送は続いてるように見せかける。そしてマネキン二体と回しっぱなしのカメラを残して、全員撤収だ』
『ああ、任せてくれ。完璧に準備はできている』


父さんと出目川の快諾が聞えると、竜崎は椅子の上に足を乗せて立ち上がった。
そして床にぺたりと足をつけて降りる。座り方も独特だが、降り方もまた独特だ。

「では夜神くん。私達も行きますか」
「ああ」
「ミサさん、さんはすみませんが、しばらく動けない様にしていてもらいます」
「ええーっ何これーっふざけないで…!」


竜崎は今まで僕達が座っていた椅子に、ミサを座らせる。そして足や腕に手錠をかけて拘束する。
それを見ていたは自発的に椅子に座り、拘束されるのを待っていた。
ここでミサのように抵抗されても困るけれど…物分かりがよすぎるのも考え物だ。
ミサは監視対象な上に、キラ捜査を進めるためとはいえ、一度姿をくらましている前科持ちだ。
だからこそ、手錠だけでなく、全身をぐるぐると鎖で巻き付けられ、厳重に拘束されている。
しかしは前科などない、まるで模範囚だ。この軟禁生活の中、いつだって物分かりよく、行儀よくしていた。
──そもそも、はキラの容疑などかかっていなかったというのに。
僕はキラではない。しかし僕がキラだと疑われているせいで、はここにいる──
僕はちくりと胸が痛んで、床に膝をつき、そっとの手を握った。

傍らで未だに抵抗と反論を続けているミサをちらりと見て、僕は声をかける。
「月くんの言う事なら聞くと思います」と竜崎が事あるごとに言うように、実際僕のことを好きでいるミサは、僕が言うと、大抵その通りにする。
その好意に応えるつもりは微塵もないというのに、その心を利用するようで気が進まなかったが…
僕はあえてミサに命令をした。


「ミサ、言う事を聞くんだ」
「!…はい…」


そうすれば、目論見通り、ミサは一切の抵抗をやめた。
僕はそれを一瞥してから、へと視線を戻す。を拘束するのは僕の役目だ。
竜崎がに下心を抱いていないのは理解しているが、の肌に触れる役目を任せるつもりなど毛頭ない。
僕はの頬にするりと手を添えて、優しく撫でた。

「ごめん…僕達が出ていけば、2人を監視する人間がいなくなってしまう…だから、のことも拘束しないといけない」
「そんな、申し訳なさそうな顔しなくていいのに」
「でも、今でも食欲が戻らないままじゃないか。…拘束されたこと、監視が必要な状況と判断されてること。それがを苦しめてるとわかってるのに…」


僕がキラだと疑われているせいで、はここにいる。
未だ理由はハッキリと分からないけれど…、恐らくの物証が出たのも、そのせいだと考えている。
僕は今まで十分にを苦しめてきたというのに、今また更にを苦しめる真似をするなんて、耐えがたい。
許しが欲しくて、まるで懇願するような頼りない声を出してしまった。
は「気にしなくていい。お仕事でしょう」と言って、許すだろう事はわかっていたのに。僕は卑怯な人間だ。


「月くん、さんのことを思うなら、心を鬼にして手錠をかけてください」
「……せめてベッドに運んであげてから…」
「そんな時間はありません。そこの椅子に拘束するしかありませんよ」


どうせ拘束するなら、硬い椅子の上でなく、ベッドに縛り付けた方がまだ負担は少ないだろう。
しかし竜崎の言う通り、時間の余裕がない事はわかっている。
これは僕の悪あがきだった。僕は渋々と、の手足に錠をかけた。
しかしミサのように鎖で全身を縛る事はなく、ただそれだけだで終わらせた。
竜崎もそれに異論を唱える事はなかった。


「気を付けてねライト、竜崎さんも…」
「えと…二人共、無茶しないでね」
「ミサ。……ありがとう」
「もし私達が帰ってこなかったら、24時間後に助けが来るようになってしますから」


ミサとが労いの言葉をかけてくるので、それに応える。
2人は竜崎の言葉を聞いて、硬直していた。
24時間後に助けがくるというのは安心材料にはならず、逆に24時間このまま放置される可能性もあるのか…という絶望感を与えたようだった。
その間飲食をする事もできないし、トイレに行く事もできない。そして肩が凝ったからと言って、伸びをする事も叶わないし、娯楽もないのだ。
きっと二人でいつものようにお喋りをして時間を潰すのだろう。そう考えると、ミサと、2人揃っていてよかったと思う。
が火口から電話がかかってくるという確証がなければ、この場に同席する事は叶わず、自室に一人閉じ込められていたのだろうから。
それはそれで、不安に陥っていた事だろう。


***


「地上23階、地下2階。屋上には外部からは見えない様になっていますが、二台のヘリが格納されています」

竜崎がいつの日か言っていた言葉を思い出す。
屋上へ向かうのは初めての事だった。竜崎の言った通り、屋上にはヘリが格納されており、
僕と竜崎…そしてワタリの三人が、ヘリへと乗り込んだ

屋上からヘリを軽々と飛び立たせたのは、竜崎だ。ヘッドセットを装着する仕草も、操縦桿を握る動作もやけに手慣れていた。

「ヘリの操縦まで出来るとは思わなかったよ、竜崎」
「免許などなくても、勘でどこをどうすればどうなるかはわかります。夜神くんでもできますよ」

確かに出来るかもしれないが、僕が免許も取らずにヘリを操作する事は今後一生ないだろう。
刑事を目指す僕が、わざわざ法に抵触する行為を実行しようとは思わない。
ヘリの中にもモニターは設置されており、火口が今どんな行動を取っているのか、動向を探れるようになっている。


「竜崎、火口さくらTVには向かってないな。方向が違う」
「このルートだとたぶんヨツバ本社ですね」


ヘッドセットを通しながら会話すると、竜崎は画面に表示されたルートからそう推測を立てた。

「ウエディ。ヨツバ本社の松田さんに関する全ての物の処理、できてますね」
『はい。あいつ本社に向かったの?都合いいわね。先回りしてMr.夜神と局で待ち伏せる余裕が出来るわ』


ウエディは言葉通り、そのまま局に向かったようだった。
対して火口はやはりヨツバ本社に向かい、車を止めると、警備室に入ったようだった。
そして松田さんが映った監視カメラの映像が残っていないか確かめた後、すぐに本社から出て、また車に乗り込んだ。

『いよいよ発表の時間が迫ってきましたが、どうですか?』
『はい。もう心の準備は出来ています。いつでも…もう早く言ってしまいたいくらいの気持ちです』
『気持ちはわかりますが、ここでもう一度CMを…』


車内でさくらTVを見た火口の顔にはもう誇らしげな笑みはなく、完全に殺気立っていた。
今の局は、第7対応が取られている。
松井マネージャーと司会者がマネキンに入れ替わっているなど露知らず、火口はさくらTVに向かって猛スピードで突き進んでいた。

『火口、首都高に乗りました』
「はい。そのまま距離を保って追ってください」


アイバーと共に車で火口の後を追う模木さんから連絡があり、竜崎がそれに指示を下す。


「ワタリ、一般車両が巻き添えにならぬ様、首都高の入り口の方のみを全閉鎖するように国土交通省に」
「はい」
「父さん、いよいよ火口はさくらTVに向かうようだ。15分足らずで着く。大丈夫か?」
『息子に「大丈夫か?」などと言われたくない。…大丈夫だ、ライト』

竜崎がワタリに指示を出す傍らで、僕も父さんに確認も取る。
父さんからは頼もしい返事が返ってきて、安心して進む事ができた。


『もう発表前に言いたい事はありませんか?』
『そうですね、キラが捕まった後の事を皆さんによく考えてほしいと思います──』
『そうですね。キラが捕まったその後が大切なのかもしれません』

仮設スタジオから飛ばされるアナウンサーと松田さんの声が放送されている。
それに気づいているのは、箝口令を敷いたさくらTV局の一部の人間と、キラ捜査本部の者たちだけだ。

焦った火口がわざわざ駐車場になど車を止めるはずもなく、さくらTV前に止め、車を乗り捨てた。
そして受付の人間も警備員もいない、がらんどうの局を突き進んだ。


『竜崎!さくらTVに着きました。位置につきます』
『証言者であるあなに、応援の電話、ファックスがどんどん入ってます』


さくらTVでアナウンサーと松田さんがやり取りを続ける中、模木さんからの電話が入る。
火口は既に、カメラが回っているスタジオの中へと足を踏み入れているようだった。

その次の瞬間──

『誠に申し訳ありませんが、都合によりこの番組はここで終了させて頂きます』

アナウンサーが突如として、番組終了の締めの言葉を発した。


『そこまでだ火口!』
『くっ』
『観念するのね』
『な、何勘違いしてるんだ…私は出目川さんと打ち合わせしたい事があって…私はヨツバグループの開発室の者…今名刺を──』

ヘッドセットからは、テレビ局にいる父さんやウエディ、火口のやり取りが聞えていた。
その次の瞬間──


『局長!』

ガアァァン!と銃声が鳴り響き、模木さんの悲鳴のような声が聞えた。


『!まずい!』
『アイバー!』
『くそっこんな物使いたくはないが…くっ』
『竜崎すいません、火口は拳銃を所持、局長が撃たれました。火口逃走!』
『大丈夫だ、すまん竜崎、肩をかすめただけだ。すぐ追えばまだ捕まえられる…急げ!』


会話から察するに、ウエディの指示によりアイバーが銃を構えて火口を追ったものの、振り切られたようだ。
本部のモニターならその様子を映像で見られただろうが、今は個々が所持している無線を通してしか状況を把握する事ができない。
さすがに、ヘリには車と同じように、一台の小さな液晶しか設置する事が叶わなかったようだ。

「まずい、さくらTVから逃げられたぞ!」
「……仕方ありません。私達も直接確保に移ります。ワタリ、用意はいいですか?」
「はい」

ワタリは竜崎に問われるより前に、ライフルを構えていた。
そして竜崎はどこからか拳銃を一丁取り出すと、僕へと渡してきた。

「夜神くんも撃てますか?いや護身用に持っていてください。相手はキラです」
「……いや日本でそれは許されない」
「きっと夜神さんも同じことを言ったんでしょうね」
「…ああ…」

火口に撃たれたという父さんは、応戦しなかった。…いや出来なかった。
己の信念を貫いたのだ。キラを悪だと断じるのは、法に抵触する殺人を犯しているからだ。
──法が許したとしても、人間であれば"殺人"という行為に嫌悪を示したかもしれないが…──ともかく、僕は法を遵守するのみ。日本が銃の所持を認めない限り、一般人である僕は銃を持たない。

そんなやり取りをしていると、再び首都高を走り出した火口の車が、停止した。
──いや、停止せざるを得ない状況に追いこまれていた。

『なんだ!?』


スモークを張ったパトカーが何十台も停車して、サイレンを鳴らし、ヘッドライトで火口の車を照らしている。

「何でしょう、あれは…警察には動かない様言ったんですが…」
「……こんな事をするのは…」
「はい、そうですね…」

白バイ隊員が殺された時点で、警察庁長官には動くなと指示してあった。
そうでなくても、警察はキラにとっくに屈しているのだ。
一時は、「全国の警察からからキラ事件捜査の志願者を募る」と父さんが案を出していた。
けれどそれどころの話ではなくなり、父さんたちは辞表を出してまで、竜崎の元で捜査をしているのだった。
結局実行には至らなかった「志願者を募る」という案。
それが今、目の前の現実に広がっている。
スモークを張ったキラ対策。そして何十台ものパトカー。これは独自の正義感で動いた一般人の仕業ではなく、警察関係者でなくてはあり得ない。
その集団を率いているのは──きっと相沢さんだろう。竜崎も僕も、すぐに理解した。


パトカーが塞ぐ前には進めないと判断した火口は、ハンドルを切って今来た道を引き返そうとした。
しかしワタリがヘリから身を乗り出して、スナイパーライフルで火口の車のタイヤを打ちぬいた。
途端、車は暴走し、回転したの後、壁にぶつかり停車した。
そしてパトカーに四方八方を隙間なく固められる形で追い詰められると、
火口は暫く観念したかのように項垂れていた。壁に激突した衝撃で、窓ガラスは大破していたが、火口自身は幸か不幸か、無傷なようだ。

──しかし。


「来るなーっ誰も来るなーっ!」

突然叫び出し、火口は銃口を自身の米神へと突き付けていた。


「まずいぞ」
「馬鹿ですね」


竜崎の言う通り、火口が自分を盾にした所で、状況が変わるはずもない。
そこで自害する丹力があるというなら、"逃避"は可能かもしれないが…
ここまでがめつく金や権力におぼれて、過激な行動に出た火口に、そんな度胸があるだろうか。
本当に引き金を引く勇気があったのかはわからない。しかしそこに指をかけたのと同時に、ワタリのライフルの銃弾が、火口の拳銃に命中した。
拳銃は手から離れて、車外へと飛び出、道路に転がる。これで火口を完全に無力化させる事に成功した


「……終わったな…」
「はい…そうですね……」


僕たちは、お互いの顔を見る事もなく、ただ沈静化した火口の車を見つめて、
なんとなしに呟いていた。
──これで全てが終わった。少なくとも、"今の"キラは、これで確保される。
ひとまず、事件はこれで解決した。
…そう安堵していいはずなのに、それが出来ない。どこか落ち着かず、胸騒ぎがするのは、まだ火口が完全に"確保"されるに至っていないからだろうか。

──何かが始まろうとしているような。何かが終わろうとしているような…
まるで何かの節目に立ち向かった時のようなざわつきを覚えたのは、きっと本能とか、第六感とか。理屈では説明できない何かがそうさせたのだろう。
僕はそれから一時間も経たないうちに、自分の感じたざわめきの理由を知る事となる。


2025.10.26
パトカー内の相沢さんのセリフも入れたかったのですが、無線を使って話しているだけで、 スピーカーで周知するのも変だし、Lたちに伝わる状況には持ってけないな…と、ねじ込むのを諦めました。 出来るだけキャラのセリフは端折らず入れるようにしてます。相沢さんと伊出さんの共闘(?)胸熱です。
2人の会話は描写出来なくても、せめてこの一言だけは…と思ったものの断念したセリフの供養↓
『隙間なく固め。こっちのウィンドウはいざという時以外開けるな。そしてLからの指示を待つ。Lは必ずこれをどこかで見ている。 我々が勝手に動いていいのはここまでだ。勝手な確保はせず、Lの指示を待つ』