第70話
4.舞台裏人形のようなひと

「……」


「ミサや僕に向ける疑いとに向ける疑いは別物だろう」との前でも言った事があるし、もそれを思い出して、ぐるぐると思考を巡らせているのだろう。
竜崎は僕とミサが操られ、キラとして動いていたという仮説を立てた事もあった。
しかし、に関しては、「どういった形であれ、そこに関与させられてしまった事は間違ない」という言い方をした。
僕と竜崎がお互いにかかる容疑について語り合う事はなかったし、もそうだ。
しかし時々、竜崎の中でのの立ち位置が分かるような会話は、目の前でしているのだった。
は決して記憶力が悪い方じゃない。それを思い出して…その上で、きっぱりとこう言った。

「……そんな人に、出会った記憶はありません」

竜崎はじっとを見て、すぐに椅子をぐるりとデスクの方へと戻した。
僕とミサに問いかけたのと同じで、その返答は予期していたのだろう。

「そうですか」とだけ言って、またモニターにかじりつく。


「夜神くん、私が今から言う事を真剣に推理、分析してみてください。その答え次第で、キラを捕まえる事に踏み切れます。
──夜神月はキラだった。そしてキラの能力は他に渡った。今夜神月はキラだった事を忘れている。そういう考え方できますか?」
「……ああ、やってみよう」


父さんや松田さんは、僕キラだなんて露ほども信じていない。味方をしてくれている。
だからこそ、僕が竜崎の言う通り、キラとしての考え方をする所をみて、酷く物言いたげにしていた。


「夜神月はキラだった。そしてキラの能力は人に渡った…これは夜神月の意志で渡ったのか?それとも夜神月の裏に能力を与えていた者がいて、夜神月から他の人間に移したのか?──どっちですか?」

竜崎が自身の肩越しに僕に視線をやり、その黒い瞳で見つめる。
少しの動揺も見逃さないよう。瞬きすら惜しむようにして。

僕は目を瞑って、しばらく長考を続けた。僕はキラではない、それは自分が一番わかってる──
けれど、ここで竜崎の捜査に関わるであろう、真剣な問に対し、手を抜いて答えるつもりはない。僕はゆっくり瞼を持ち上げると、ゆっくりと口を開いた。


「──その前提なら、夜神月の意思だ」
「…そうですよね…もは与えたり移せたりできる人間が裏にいて、殺し方を知られたくないのならあのギリギリまで他に移さなかったのはおかしい。
能力を与えただけで後は関知しなかったというのであれば、月くん。そしてミサさん。共に他に移るなんてもっとあり得ない」
「そうだ。裏で操る存在なんて、この本部にそいつがいない限り、天からでも一部始終を見てられたくらいの存在になる。そんな事ができるなら、今こうして僕達が話している事もそいつには筒抜けだ」
「やはり私の結論と同じようです。天から見通せるような存在を認めたらそんな者は捕まえようがないし、私はとっくに殺されているか、永遠に手の平の上で遊ばれ続けるかです。
…いや…そんな者の存在などあり得ない…キラの能力は能力を持った者の意思でしか動かない」


竜崎はひとしきり考察を続けて、満足した様子だった。そして思考を僕=キラという説から切り離して、火口の方へと軌道修正させる。

「夜神くん、おかげで99%スッキリしました。火口が自分から人に能力を渡さない状況を作って、殺し方を見せてもらいます」
「どうするんだ?」
「夜神さんがさくらTVで全てを暴露すると言ってた手段。あれは使えます。さくらTVを使って火口を引っ掛けます」
「ドッキリテレビだ!」
「何それ?」

竜崎の言葉に、三者三様の様子をみせた。
松田さんは明るい表情で見知ったテレビ番組のタイトルを口にし、
それを知らなかったミサは怪訝そうに疑問符を浮かべている。
僕はさくらTV、というワードがネックになり、眉を寄せ…しかしすぐにその利点に気が付き、声を明るくした。

「しかしさくらTVじゃ誰も信用…。…!…そうか、誰も信用しないさくらTVだからこそできる事もある…」
「はい…出目川が今でも毎週やってる「キラ特番」今では誰も信用せず視聴率はよくて3%。総務省もほったらかしです。しかし真実を知ってる者だけには真実かどうかわかる。三時間枠を取らせ、冒頭で「番組の最後にはキラが誰なのか発表する」と言う」
「そんなの信じるかな…?それもさくらTVでしょ?大体火口がその番組観ないかもしれないし…」
「奈南川に火口に「まずい、すぐにテレビを見ろ」と電話をさせるだけでいい…そしてそのテレビに出てる者が秘密を知る者だとわかれば、火口は信じる」
「なるほどアイバーを使うんだ!実はスパイだったってばらしちゃうんですね」
「残念違います。アイバーは使いません」


松田さんはこの作戦に反対というより、懐疑的な様子だった。
さくらTVなんて誰も信用しない。それはその通りだ。世間は皆、さくらTVで流された情報を鵜呑みにしたりしない。
──しかし、例外もある。

「火口がそのTV出演してる者を殺せると思える者でないと駄目です。つまり名前を調べようとすればすぐ調べられそうな者…そういう者であれば火口は発表まで諦めない」
「そんな…下手したら殺されるかもしれない役、誰がやるんです?」


松田さんが心底不思議そうな顔で言うと、この場の空気が止まった。
パッと本部にいた者全員の視線が松田さんへと集中し、皆口々に松田さんの名前を呼ぶ。


「松田か」
「マッツー」
「松田さんしかいない」
「火口は松田さんが会議を盗み聞きしていたと思うし、死んだはずのその松井マネージャーが暴露しようとしているなら信じる」
「そうです。「偶然キラの会話を聞いたところを見つかり、殺されると思い友人に頼み死んだ様にみせた。しかしこれで誰がキラなのかわかれば英雄になれると考え、
その場所やその場にいた者達を独自に調べていたらキラがわかりこの発表に至った」そう言えばいい」

皆がもうこれしかない、と乗り気なのに対して、当事者である松田さんは、
あっちを見たりこっちを見たり、視線をさ迷わせて、目に見えて動揺している。
こんな事を言われて冷静で言われる方がおかしい。松田さんの反応は正常だった。

「さくらTVには証言者用のすりガラスとマイクを用意させる。火口はその発表とシルエットからで松井マネージャーと気付くでしょう。しかし局のミスで一瞬すりガラスの向こうの人物の顔が映ってしまう」
「うわっ面白そう」


ミサは面白がった様子で笑っている。は対照的に、不安そうに表情を曇らせていた。
そして松田さんはというと、完全に言葉を失ってしまつている。

「それをやるなら「キラに協力しなければ殺すと脅されていた七人の犠牲者がいるんです」という他の七人への対応をまず入れるべきだ。これで火口以外の六人は下手に動く事はなくなる」
「はい夜神くんのその案採用」

僕が言うと、竜崎は人差し指を立て、そしてそれを僕の方へと向けた。
人に指をさすのは失礼だと言える空気でもないし、竜崎は言って反省する性質でもないだろう。
何も言えぬまま、竜崎は脳内で立てたプランの説明を続ける。

「思いっきり他の七人は犠牲者としましょう。事実そうだと思いますし、なんならイニシャルまでは出してもいい。火口焦ります。そして番組終了までにはキラであるHの本名を発表すると言う」
「しかし火口は松田を殺すためにさくらTVに来るわけでもなかろう」
「いや、もう火口の取る行動は決まってくる。まず松井太郎という名でキラの能力で殺す事をしていなかったのならそれを試す。
それでも死ななければ第二のキラと思い込んでるミサに「殺してくれ」と言ってくるか「ミサの前のマネージャーだった松井さんは本名じゃないようだが…」などと聞き出そうとしてくる」
「しかしそのミサさんも携帯を留守にし、どこにいるか分からない状態にしておく。
火口は第二のキラだと思い込んでるミサさんの協力がほしい。ミサさんに危険はない」
「そうなると次は現マネージャーである模木に電話して、弥の居所を知ろうとするな」
「「ミサミサは久々のオフでどこかへ遊びに行った」で十分です。…「今沖縄だが」をその前に付け加えてください。
もし模木さんに「前のマネージャーの名前知らないか?」とでも聞いてきたら「知らない」か、「松井太郎」でもいいし、「そんな事は社長や事務の者に聞いてくれ」と言えばいい。どうせ火口が次に当たるのはヨシダプロです」

ヨシダプロ事務所に電話したら社長に転送される様にし、ヨシダプロ全員で沖縄に社員旅行に行っておいてもらう。
そして火口と電話で繋がった社員に「松井太郎はマネージャーとしての名で、本名は忘れたが履歴書は事務所にあった」と言わせる。

「そこまでいけば「履歴書が見たいのなら入口の横の植木鉢の下にカギがあるから勝手に入ってみてくれ」とまで言ってしまって大丈夫です」
「入口の横に植木鉢なんてないよ」
「なければ置けばいいし、他の所でもいい。竜崎はたとえで言ってるんだ」
「うん、わかってるけど一応ここは突っ込むとこかな?って…」


ミサがどうでもいい所を気にして突っ込みを入れてくるので、僕は話しが進まなくなるのを恐れて訂正を入れた。
すると冗談だと白状したので、肩透かしを食らう。
どこか気の抜けた会話をするミサと僕の傍らで、父さんは真剣な顔で竜崎に問うていた。


「事務所に入りその履歴書を見て、次に起こす行動が殺し方という事か」
「はい」
「しかし絶対火口が自分でそこへ来るとは…」
「いや、番組は進みいつ発表されるかわからない。この状況では火口は一秒でも早く名前を知る事しか考えられない。人を使う余裕はない」
「他の者が来たら入れなければいいだけですし、火口はそんな不確実で面倒な事はせず、自分で動きます。大体名前を知りたがる行動は第三者に怪しまれるだけです。
今のところこの策に問題があるとすれば──もし火口が第二のキラのように顔だけで殺せる事があれば──」


──松田さんが死にます。
竜崎は、この作戦の危険性を隠す事はなかった。
リスクはあると開示した上で、それでもこの作戦を推している。
それを聞いた松田さんは、まさか安心するるはずもない。ますます動揺し、顔色を悪くしていた。

「それも今松田さんが生きていること、今までの犠牲者、殺しの規則。ミサを欲しがってる事からないだろう」
「いや「だろう」じゃ…」

僕が確証のない推測を口にすると、松田さんは僕に手の平を見せて、ツッコミを入れてきた。
九割方の確信は得ているが、残りの一割の万が一の可能性がないとは言い切れない。
この世で100%と言い切れるものはほんの僅かしかない。
推測する相手が生きた人間が相手である以上、イレギュラーは発生しやすくなる。
観測は難しく、益々断定するのは難しい物が生物というもの。

松田さんは普段、お調子者で、少し抜けた所がある。
けれど、間違いなく刑事なのだ。…いや元刑事か。
…何はともあれ。
つまる所、覚悟と信念を持った人だという事だ。正義の権化のような父を慕っている所からしても、彼自身、正義感を持って生きている事は察せられた。

「まあ犯罪者の死が止まったらの策ですし、止まるかどうか2〜3日は見なければなりません。やるかどうかその間に松田さんが決めてください。駄目なら他の策を考えます」
「……2〜3日なんていりませんよ。…やらせてください!」


松田さんは、竜崎の言葉に即断を下した。
その表情は、いつになく真剣で。必ずやり遂げるという強い決意が滲んでいた。


***

時刻は午前9時34分を指していた。
捜査本部の夜は遅く、朝は早い。昨日夜更しをしていたミサはまだ寝ているようで、は今目を覚ましたようだった。
モニター越しに、ベッドの上で目をこする、ぼんやりとした様子のを見る。
は早めに就寝したはずだけれど、疲れがたまっていたのだろう。失われたものを取り戻すかのように、普段よりは長い時間熟睡していた。


「…?」
「竜崎、どうした」


そんな事を考えていた時のこと。竜崎が、突然ティースプーンをカチャリとソーサーに落とした。
そしてずいっと画面に顔を寄せて、目を凝らしている。
何か異変があったのだろうかと、僕も竜崎の視線の先を追いかけた。
しかしそこには、何の変哲もない日常が転がっていた。
朝起きて、カーテンを開けて、顔を洗って、歯磨きをして。
そして二度寝をしようと思ったのか、ベットに逆戻りをしたがそこに映っていた。

…確かにが二度寝をする所を見るのは、珍しい事かもしれない。
しかし、人間なら誰だってそうしたくなる日はあるだろう。
何が竜崎の興味関心を引いているのかわからず、僕は引き続き竜崎の視線の先を同じように追い続ける。


『……どうしてだろう…』


すると、機械を通したの声が本部内へと響いた。
はぼんやりと宙を見つめながら、浅く口を開いて、すぐに閉じた。
その声は小さく、ただの呟きが零れたにすぎない。要するに、ただの独り言だ。
しかし竜崎はその独り言を聞いてから、それまで以上に真剣にモニターを眺め続けた。

「どうしたんだ、竜崎。別に変った所はなにもないだろう…」
「いえ、これは異常です」
「異常?ひとり言が?」
「ひとり言を言うのは正常ですが…さんに限っては異常な事と言えるでしょうね」


食い入るようにモニターを見つつ、竜崎は言った。
しかしその言葉の意味は何一つ理解できない。眉を顰めて咎めるように言うも、竜崎は画面に前のめりになっていて、微塵も意に介す事はなかった。


を異常者扱いするつもりか?…僕との付き合いは長いんだ。がひとり言を言う所なんて、何度も見てきてる。ただの人間らしい行為だろう。…特に…今日はなんだかぼうっとして、寝ぼけている様子だし…」
「人間らしい…そうですね。しかし50日以上の監禁生活を送る最中、パニックに陥る事もなく、助けを求める事もなく…悲鳴も、ひとり言のひとつも漏らさない人間がいたとしたら、それは"異常"と言えるでしょう」
「……それが、だと言いたいのか」
「はい」


竜崎が何故こんなにも、の事を注視しているのか、その理由はわかった。
けれど、理解はし難い。怖くて声すら漏らせなかったのかもしれない。
後から聞いた話、食事も水分もまともに取れず点滴をしていたというのだから、衰弱しきって、パニックを起こす余裕がなかったのかもしれない。
実際の理由はともかくとして…"ひとり言"をもらさない理由など、いくらでも挙げられる。
それなのに、竜崎はそれを"異常"だと断言していた。
竜崎に限って、何の理屈もなくそう断じている訳ではない事は、流石にわかる。
とはいえ…僕には納得がいかない。

『……もう、おわりなの…?』

ぼんやりと、落ちそうになる瞼を持ちあげながら、はひとり言を繰り返していた。
僕は、今のは半ば夢の中にいるのだろうと思った。
僕も竜崎と手錠で繋がれているが故に、僕自身も監視対象であるにも関わらず、ミサとの事も必然的に監視をする事になった。
ミサはああいう性格だから、ちょっとしたことでもひとり言をもらして、普段から1人で一喜一憂している。
対して、がひとり言を言ってる所をみたことはない。それは監視カメラの目を常時気にしてのことだと思った、が…。
だとしたら、今日になってその警戒を解いた理由はなんだ?
「半分夢を見ている状態だから」で説明がつくのだろうか。
…いや、竜崎が言うようにこれは異常…まではいかずとも。それ以外に、"特別"な理由があるというのか。

『……だとしたら、わたしは……』

は、再び口を開く。竜崎はそこで、椅子から立ち上がり、いつものように独特な降り方をした。

「…やはり異常ですね。…夜神くん、すみませんが付き合ってもらいます」
「どこへ…なんて、聞くまでもないな」
「はい。さんの部屋に行きます」

竜崎はべたべたと歩き出し、エレベーターに乗り、の自室があるフロアへと向かった。
ワンフロア丸ごと与えられているものの、は寝室と、リビングの二部屋しか使っていない。
今はリビングの扉から繋がる寝室のベッドに、ぼんやりと座りこんでいるのだろう。
リビングの扉が開けっ放しになっていたのは、モニターで確認してある。
恐らく、ノックをして声をかければ、十分気が付けるだろう。

さん。今いいですか」

竜崎はトントンとノックをした瞬間、即座に扉を開け張った。

「…竜崎……」

僕は頭が痛くなり、竜崎の奇行を責める事も出来ず、額を押さえた。
監視カメラで見ていたから、が着替え中や取り込み中でない事は確認できていた。
しかしそうでなかったら、相手の不意をついて、見られたくないシーンで戸をあけ放つ事に成りかねない。
プライバシーという単語を知っているはずなのに、そこにあえて配慮しない竜崎の後ろを、呆れ眼でついていく。


「……えと。…どうぞ」
「ありがとうございます」


リビングを通り抜け、寝室の扉を潜る。そしてベッドの上で、きょとんと目を丸くしているの顔を見て、罪悪感でいっぱいになる。
僕のした事じゃないというのに、まるで僕の犯した罪のように感じられるのは何故だろうか。
は竜崎を快く招き入れつつ、それでもベッドの上から動かなかった。
いつもなら、「部屋着のままでごめんね」と言って身支度をしそうなものだけど、そのままベッドに沈み続ける事を選んでいる。
具合でも悪いのだろうか。それにしては、顔色は通常通りだ。

はすっと細い人差し指を伸ばして、竜崎の背後を指さした。このビルにある部屋は、総じて広い。
リビングにある物には劣るが…ベッドサイドにも、椅子二脚と、小さなテーブルが配置されていた。


「…あの、よかったらそっちのソファー使ってね?」
「いえ。私は結構です」


そこに腰かけるよう勧めるも、竜崎は辞退した。は半ば予想していたようで、困ったように笑いつつ、それ以上無理に何かを勧める事はなかった。


「…それで…何か話があるんだよね?竜崎くん」
「はい」

竜崎は寝室の入り口から移動し、の近く…正面の方へ歩み寄った。


さん。あなたは第二のキラ容疑で確保された後、一ヵ月以上拘束され、監禁されましたね」
「……は、はい」
「その間、スピーカー越しに人と会話をしたと思います」
「……あれは、竜崎くんだよね?」
「はい。そうです。そして、さんの自宅に監視カメラを仕掛けたのも私の指示です」
「……ん?」


は、今更になって監禁された事について蒸し返された事に、まず訝しんだ。
そして今度は脈絡なく"自宅に監視カメラを仕掛けた"と言われて、心底不可思議なものを見るような目で竜崎をみている。
僕は焦った。竜崎は、またに何かを言わせようとしているのかもしれない。
は自宅に監視カメラが設置された事を知らないはずだ。後ろめたい事はないはず、だとはいえ…
こうして抜き打ちテストのように暴露して、その反応をみて。一体何を確かめようとしているというのか、不安に駆られる。
は一度、助けを求めるように僕の方にちらりと視線をやった。
しかし僕の表情には焦りが浮かんでいたのだろう、僕と視線が絡み合っても、安心するには至らなかった。

「…えっと……そんな事までしてたんだね…」
「はい、そうです」

はただ、竜崎ならやりかねない…といった風に、納得半分、呆れ半分の調子で返答していた。
そして竜崎はその返答に少しも動じず、また一切悪びれる事もなく、淡々と頷いた。

「そして監視カメラを仕掛ける暫く前から、私は月くんやさんを監視・観察してました。勿論、お二人以外の家にも監視カメラを設置した事があります。…それで気が付いた事があるんですが」
「なあに?」
「ほとんどの人間は、無意識にか──または意識的に、独り言を言うと言う事です」
「……」

は神妙な面持ちをしてそれを聞いている。その反応は、図星を突かれて焦るようなものではかった。かと言って、「突然に何を言われてるのだろう…?」と訝しむものでもない。

「正直にお話すると、誰かの部屋に監視カメラを仕掛けて監視したのは、今回が初めての事ではありません。ですので、私には経験則があります。
人間が一日の中で無意識のうちに何度も顔を触るように、大なり小なりの独り言をもらしてしまう生き物であるという事は、知識としても知っています」


竜崎に詰問されて、尚もは押し黙っている。その強張った顔が、どういう心境から浮かべられているのか。それは僕ですら判らないまま。


「──一体、何が"おわる"んですか?」


そこまで言われても、に焦った様子はない。しかし真剣に言葉を選んでいるようで、長く長考していた。
この問い方ではすぐには返答が返ってこないと悟った竜崎は、こう切り返した。

「…少し話を変えます」

竜崎は角度を変えて、改めてから言葉を引き出そうとした。

「……私は月くんとミサさんを監禁した時、お二人と毎日スピーカー越しにやり取りし、尋問もし、沢山の言葉を交わしました。そして当然、お二人も独り言を零す回数は多かったですよ。極限状態だったという事もありますし…
…けれどさんに尋問した回数は、お二人に比べると驚くほどに少ない。状況を知る手がかりが少なかったのに、知りたがる事もなかった…──その上、さんが独り言をもらしたのは、たったの一度だけ」

竜崎は、から決して視線を逸らさなかった。少しの動揺も嘘も見逃さないように。

「「どうして、こんなことになっちゃったのかな。こんなことに、意味はあるのかな」。これが初めて聞いた、名前さんの独り言です」


それを聞いても、やはりは動じる事なく、困ったように眉を下げるだけだった。
何故責められているのかわからない、といった様子だ。
しかし竜崎にとっては重要で意味を持つ、特別なひとり言…"言葉"だったのだろう。
それでも尚、追及する事をやめなかった。

「"自分が無実と言っても変わらない。何の意味もない。自白する事でしか状況は変わらない。だとしたら、意味などない"」

は竜崎の言葉をただ黙って聞いて、口を挟む事はない。

さんは慎重で、無鉄砲とは正反対。考えて行動し、考えて発言する。…私には、さんの独り言に意味がないとは、思えないんです。…というよりも…」

竜崎は一度そこで話を切り、適切な言葉を探してから、こう告げた。

「私は未だに、弥海砂と夜神月を疑っています。キラ事件については、分からないことだらけです。けれどさんについては、もっとわからない事だらけ。…疑う…というよりも、単純に疑問なんです」

竜崎は最後、締めくくるようにこう言った。

「…──。これまで出会った人間の中で、誰よりも人間味がない。泣いたり、衰弱したり、人を愛したり。そうして人間的な行動を示しながら、誰より感情が薄く、諦観しているように見える。どうしてそうも両極端に感じられるのか。私はそれが引っ掛かって仕方ないんです」


困ったように眉を下げるだけだったは、それを聞くと一転した。少しおかしそうにして、笑っている。
困惑は一蹴され、もう笑うしかない…といった心境なのだろうか。
しかし僕は、この状況に少しも笑う事ができない。
一歩踏み出して、僕は竜崎の肩を掴んだ。そして厳しい声色で、こう言った。


2025.10.24