第69話
4.舞台裏─過保護
『竜崎。模木さんからです』
ロゴの表示されたパソコン越しに話しかけられ、竜崎は「はい」とすぐ応答した。
模木さんと電話が繋げられたのだろう。
恙なくロケが行われていれば、着信などあるはずがない。
模木さんが問題と直面し、竜崎に電話をかけて来たというのなら…
もその"問題"に巻き込まれているかもしれないという事だ。
僕は落ち着かない気持ちになりながら、竜崎の動向を見守った。
『すいません、弥に東応女子医大病院で騙され、見失いました』
それを聞くと、松田さん、父さんたちはざわつき始めた。
「何をやってるんだ?ミサミサ」
「それを言うなら模木だ。何してたんだ」
「……まあ遊びたい盛りにずっと監視では気持ちはわかりますが…」
「それだけならいいが…」
僕は携帯を取り出し、ミサの携帯に電話をかけた。しかしかえってきたのは予想通りの機械音。
『電話に出る事が出来ません。メッセージのある方は…』
「僕にはいつでも連絡つくように約束しておいた携帯を切っている…」
僕の言葉を聞くと、やはりかと言った風な顔をしてから、竜崎は模木さんに向かって語り掛ける。
「…それで、さんはどうしました?」
『……はい?』
「さんは、弥と一緒に?」
『いえ、さんはここにいますが…』
「そうですか。それはよったです。では、一度本部に戻ってきてください」
は無事で、模木さんの側にいる。それを聞いて安心した。
ミサに逃げられた、と聞いて、僕も真っ先に疑った。
も一緒に、ミサの逃避行に連れていかれたのではないか…と。
しかしそれは杞憂だったようだ。
ミサに撒かれた東応女子医大病院は、このビルからそう遠くない場所にある。
車を使ってしまえば、模木さんはすぐに本部へと戻ってきた。
モニターに映る見慣れた車と、エントランスに映るの姿。
僕はエレベーターがこのフロアまで上がってくるのが待ちきれず、じれったくてたまらなかった。
「!」
僕が思わず駆け寄ると、はやんわりと困ったように笑んでいた。
の手を握取っていると、「いきなり走らないでください、夜神くん」と竜崎が苦言を呈していた。
合図もなしに走り出して、竜崎は半ば引きずられる形になったのだろう。
僕は竜崎に構う余裕はなく、の無事を確かめ、安堵で胸を撫でおろしていた。
「よかった…まさかミサと二人で抜け出したのかと思って心配したよ…」
「…えと…ごめんね…?」
は模木さんの電話も横で聞いていたはずだ。
竜崎が模木さんにの居所を確かめた事も知っている。その上僕まで疑っていたと知り、
は明らかに困っていた。
気分を害したという様子ではなく、どう反応したらいいのか分からない、といった風だ。
僕自身もが独断でそんな無茶をするとは思っていなかったが、ミサの立てた作戦によって強引に連れ出された、という形であればあり得ない話ではないと思えた。
は竜崎の存在に気が付くと、「竜崎くん、」と声をかけ、歩み寄ろうとした。
しかし僕はその足を留め、背中から抱きしめる。
「……月くん?」
「うん」
「……月くん……」
「うん」
は僕が回している腕を叩いて、離してほしいという合図を送る。
けれど僕はその意図を十分にわかっていながら、離さなかった。
もしミサに巻き込まれる形で監視の目から外れ、また火口やヨツバ社員たちと接近するような事があったら…
一瞬でもそんな不安が過ったらどうしても落ち着かなくなって、僕は思わずを抱き留めていた。
「……月くん。あの……私、座りたいな」
「この間みたいに、僕の膝に乗せてあげようか?」
「………椅子に座りたい……」
繋ぎ留められているだけならは困ったような声を漏らすだけだった。
しかし僕が半分冗談、半分本気で笑って言うと、途方に暮れたようなか細い声をもらした。
「月くん、あっち」
は本部に設置されたソファーとテーブルを指さした。
の望む通り、僕は一度腕を離して、名前をソファーへと連れていった。
そして当然、僕もの隣に座る。
「夜神くん。これでは私が捜査に取り掛かれません」
「……ならこうしようか」
手錠の長さからして、僕がソファーに座ってしまうと、竜崎がモニターに向かう事が出来なくなる。
ソファーの横に立った竜崎が本気で嫌そうに言うので、少し考えてから、と一緒に一度立ち上がる。
そしてソファーをモニターがあるデスク付近までずり寄せると、再びまたと着席する。
「…そこまでしますか」
竜崎は呆れたように言いつつ、いつもの定位置へと戻り、モニターにかじりつき始めた。
カタカタとキーボードを打ちつつ、僕への小言も忘れない。
「月くん、いい加減捜査に戻ってくれませんか」
「遊んでるつもりはないよ」
「さんの顔ではなく、画面をみてください」
遊んでいるつもりはないという言葉に嘘はない。しかし仕事をしているのかと言うと、確かに肯定はできない。
竜崎の言うように画面は見る事はなかったが、僕は机に散らばっている捜査資料と睨めっこをする事にした。
は「自分がここにいる意味はあるのだろうか」という怪訝な顔をしているけれど、僕は気づかぬふりを貫いた。
竜崎ではないが、が傍にいてくれるというだけで、作業効率が上がる。名前がここに居る意義は、十分にあると言えるだろう。
そうこうしているうちに夜も更けてどこかから、電子音が鳴り響く。
模木さんの携帯が鳴ったようだった。
皆がその音の出どころに注目したの同時に、モニターにナース服姿のミサが映り出した。
『モッチーミサでーす!入れてー』
模木さんの監視を振り払い、どこかへと雲隠れしていたミサは、いつの間にかエントランスにいた。
そしてカメラに向かって両手を振り、中へ入れてくれと身振り手振りでアピールをしている。
ミサもも、捜査員が同行しなければ、セキュリティーを解除する事が出来ないのだ。
「ミサ」
「…やっぱりナース服着てる…」
僕がパッと顔を上げて呟く傍らで、は何故か少し呆れたようにぼやいていた。
模木さんが慌ててエントランスまでミサを迎えに行き、本部まで連れて帰ってくる。
ミサも模木さんもここの出入りには慣れたもので、大した時間はかからなかった。
満面の笑みを浮かべたミサが僕を見つけると、駆け寄ってくる。
「ライトー!火口がキラだよー」
ミサは明るい声で、とてつもなく重大な事を皆に向けて暴露してみせた。
ミサは言いながら、ポケットから携帯を取り出して操作する。
「これ聞いて。こっそり録音したの。携帯って超便利」
そして携帯を持ちあげて、皆に見えるようにする。そしてカチリと再生ボタンを押すと、音声が流れ出した。
『俺はキラだからミサちゃんに信用してもらう為に、今から犯罪者裁きを止める。そして俺がキラだとわかってもらえたら、結婚だ!』
スピーカーモードに設定されているのだろう。それも音量はMAXだ。
ミサのガラケーから、火口の声が再生された。
それを聞いた者の反応は二分割される事となる。松田さんと父さんは、わっと歓声を上げた。そしてミサも得意げな顔をしている。
「これで犯罪者裁きが止まったら火口って事に…局長が一番気にしていた裁きも止まる。凄いよミサミサ!」
「うむ」
しかし竜崎と僕は違った。竜崎は明らかに眉を潜めて唇を引き結んでいる。
「……」
「……ミサ」
竜崎はミサの方を振り返りじろりと見ると、すぐに視線を手元に戻した。
デスクの上の羊羹や箱入りのお菓子には目もくれず、淡々と角砂糖をカップに投入している。
そうして手遊びをして、頭の中で考え事を進めているのだろう。
僕は竜崎にいくら小言を言われてものいるソファーから立ち上がる気はなかったが、
こんな状況になってしまえばそうもいかない。
ミサの元へと近寄り、状況を説明するように言った。
「ミサ、これをどうやって火口に言わせたんだ?」
「え?あいつミサにメロメロだもん。「キラなら結婚する」って言ったらこうなったんだよ」
僕はミサの話を聞きつつ、色狂いの火口にため息が出そうになった。
色仕掛け作戦を考えたのは竜崎だ。しかしそれは勿論、それが通用すると思ったからこその事。
そうは言っても、こうも効果覿面だとは。と火口のドライブでの会話・態度からしても、火口は怪しいと思われていた。
その上、ミサのこの自白録音データは、強固な証拠になる。しかし、決して十分ではないのだ。
「それにあいつ、ミサを第二のキラだと思い込んでるし」
「馬鹿。そこだけは必ず否定しろと言ったはずだ。「第二のキラ容疑で拘束されたが、間違いだとわかった」だったはずだ」
「で、でももうこれで火口がキラなんだから、捕まえればいいだけじゃない」
ミサが不用意な発言をしたと聞いて、僕は頭痛がした。あれほど危ないと釘を刺していたのに、考えが浅すぎる。
「いや七人で「第二のキラであるミサを引き込む為に犯罪者裁きを止める」という話し合いをされれば、誰がキラなのかわからなく…」
僕はそこまで言いかけて、ふと口を閉じる。
少し考えてから、竜崎くんの方を振り返った。
「…待て…それは裁きが止まる前に、そういう話が七人の間で出たか奈南川に確認するだけで判断できるな…」
「そうですね」
竜崎は器用にも、カップの持ち手の上に角砂糖を積み重ねている。
動かす手は止めないまま、淡々とこう語った。
「火口がキラの能力を持ってるなら、誰にも言わずに止めるでしょう。持っていないのなら、会議を開き「第二のキラを引き込む為に裁きを止めろ」というしかないですが、そんな火口個人的意思にキラが応じるとは思えません…とにかく奈南川に聞けばいいだけです」
「しかし奈南川が本当の事を言うとは限らないのでは?」
「いやここまでくれば「火口がキラだ」と教えてやれば、L側につくしかないと考え嘘をつくはずもないよ」
父さんが竜崎に問い掛け、僕はそこに補足を加えた。
竜崎は角砂糖のタワをー作る手を止めない。振り返りもしない。そのまま、ハッキリとこう言った。
「どちらにせよこのまま犯罪者殺しが止まれば…火口はキラの能力を持ってる。そこはガチです」
「やった」
「そうなるな」
「こういうのを手柄って言うんでしょうか?松田さん」
「……」
ミサが握りこぶしを作って喜んでいる。僕もそこは同意見だったので、こくりと頷いた。
そして突然に妙な話題を振られた松田さんは、複雑そうな顔をして押し黙っていた。
本社に忍び込み、盗み聞きしていた所を発見され、大々的な救出作戦が実行された。
大して、ミサは監視の目から逃れ、火口とドライブをし、自白データという成果を持ち帰ってきた。
どちらがスマートな手柄かと言われたら、後者だろう。
「そうも言ってられないぞ竜崎。この状況ではまだ殺し方がわからない」
「!?」
「そうなんですよね…火口を捕まえるより先に、どう殺しているかがほしい…」
「そして犯罪者の死が止まったら、その殺し方が見れない。そうだな?」
「はい」
竜崎は今度は二切れの羊羹を重ねて、菓子切で串刺しにする。
そして重ねられた羊羹の上に、再び角砂糖を積み重ね始めた。
僕がまだ殺し方がわからない、というと、ミサは驚いた様子を見せていた。
「火口がキラなんだから捕まえればいい」とさっき発言していた通り、もう万事解決したと思い込んでいたようだ。
そして、次に僕が発した言葉で、更に驚愕する事となる。
「…どうする?このままじゃミサが殺されかねない」
「えっ?」
ソファーに座り、蚊帳の外で所在なさげにしていたも、思わずといった様子で振り返る。そして目を丸くして驚いていた。
そして、僕が竜崎に投げかけた、「どうする?」という問いの答えを、ハラハラとした様子で待っていた。
竜崎は少しの間長考すると、口を開き、ミサへと一つ問いかけた。
「……ミサさん、どうやって火口に第二のキラだと思い込ませたんですか?」
「えっ…えっと…「人を殺せる」って言って…「先にキラの証拠を見せ人にミサも証拠見せて、その人が男なら結婚しゃう」って感じで、キラへの崇拝ぶりをアピールしまくって…
そしたらどんどん話が進んじゃって、火口がこう言ったの」
ミサは「このままじゃ殺されかねない」と聞いて、さすがに焦ったのだろうか。
少し慌てながら、携帯を指さしてつつ、説明を続けた。
「ではこれで犯罪者が死ななくなったら、ミサさんは人を殺さなければまずいですね。殺せるんですか?」
「殺せるわけないじゃん。でも火口はミサと結婚したいだけに決まってるし」
「いやミサと結婚が第一の目的じゃない。第二のキラじゃなければ殺すだけだ」
「あっライト火口に妬いてんだ?大丈夫、ミサが結婚するのはライトだよ」
僕は真剣にミサの身を案じていた。人命が第一という考えは今もブレる事はない。
だというのに、ミサを相手にしていると、その信念が揺らぎそうになる。
真面目に案じれば案じるほど、こうしてミサに求愛されるのだ。
…それも、の目の前で。僕は呆れてもう何も言えなくなり、パッとミサから視線をそらした。
そしてくるりと振り返り、竜崎の背後へと言葉を投げかけた。
「……もう駄目だ、殺し方などとも言ってられない。火口を押さえよう」
「ミサさんの身の危険回避の為にですか?」
「そうだ」
「ライト……」
いくら面倒でも、いくら僕の恋人を軽んじるような発言ばかりしていても…
ミサは守られるべき一般市民である。
そんなミサは頬を赤く染めながら、手で口元を覆って感動していた。
これは間違っても特別扱いなんかではないのに、ミサからすれば、砂漠の中で得た一滴の雫のように貴重なお言葉に感じられるようだ。
「ミサはこれで火口を捕まえらるると思ってやった事だ。仕方ない。それに…火口を捕まえてからだって殺し方は分かるかもしれない」
竜崎は無言のまま、二段重ねの羊羹の上に角砂糖を積み続けている。
そうして思案する時間は長くはなかったが、短くもない。
ややあってから、一番高くに積み上げた角砂糖をつまむと、それを口に含んだ。
まるで飴玉でも口にするかのように口にしているが、ただの砂糖の塊だ。糖分であれば何でもいいのだろう。
竜崎はそれをかみ砕きながら、こう言った。
「どうせ火口を捕まえるにしても、犯罪者が死ななくなった判断してからです…少し考えさせてください」
「ワタリ、ウエディを」と竜崎が言う。すると、パソコンの中から『はい』とワタリの声聞こえてきた。
「どうですか?ウエディ」
『会社の中の七人の行動なら、七割くらいならカメラで追えそう。でも私とワタリだけで外は無理』
「火口に絞ったらどうなりますか?」
『火口?』
「はい」
『まだ五人しか家の中には入ってないけど、三堂、奈南川、火口の家は普通のセキュリティじゃない特に火口は電波を遮断した地下室を最近造っていて、私でも侵入に二日を要した。映像や音声はその地下室から飛ばせないけど、留守に入り録音機器などを仕掛け、後日また回収に入るって手はできなくはない。期間は制限されるけど』
ウエディはよく働いてくれているようだった。さすがプロの泥棒だ。
この短期間でそこまで包囲網を張り巡らせられるというのは、驚嘆に値する。
「やはり火口怪しいですね」
「うむ」
「わかりました。では家ではなく、火口の車に盗聴器、発信機、カメラお願いします」
『えっ…ここまでやって…人の家に入るどれだけ大変かわかってる?…それに火口何台車持ってると思う?』
「6台です」
『……わかった。火口の車全部に付ければいいのね?』
「お願いします」
父さんと松田さんが得心が言ったように頷き合っている。
竜崎の方はというと、ウエディが無茶ぶりに大して苦言を呈していても、気にした様子はなく、しれっと返答していた。
火口がどの車をいつ使う事になるかなど分からない。火口が怪しいと絞り込めた今、徹底しなければならない。
が、ウエディの苦労を思うと、同情は禁じ得ない。
しかし仕事は仕事だ。ウエディもそれ以上何も反論する事はなく、承諾した。
話がまとまった所で、ミサが拳を握って明るく言った。
「じゃあミサがまた火口に会って、車の中で殺し方を上手く喋らせればいいのね」
「違う!そんな事を聞いたらミサが第二のキラじゃないとバレて殺される。もうミサは何もするな!」
「そうですね…犯罪者が死ななくなった後、火口がミサさんに会ったら、人を殺してみろと言ってくるに決まってます。…それより火口…キラが外で私達の目の前で殺しをしなくてはならない状況を作りましょう」
「考えがあるのか?」
「なくはないんですが、その前どうしてもひとつだけ引っ掛かかっている事が…」
僕が無謀な発言をしたミサを必死で引き留める。
本当に無茶苦茶だ。何度釘を刺しても、ミサは危険な行動に出る事を諦めない。
全ては僕に愛されるため。命だって捨てられると覚悟している程なのだから、何を言ってももう無駄なのだろうか。
ミサの身を案じて…という訳でもないのだろうが、竜崎も僕と同じように危険性を説いた。
竜崎は羊羹の上やカップの淵にタワーを作るのを止めて、今度はカップに角砂糖をボチャボチャと投入すると、普通にコーヒーを飲み始める。
そして、しばらくくどこでもない、宙を見つめながら、考え事をしていた。
すると、次に口を開いた竜崎は、まず僕の名前を呼んだ。
「……夜神くん。話が戻って悪いんですが…もう単刀直入に聞きます」
「?なんだ」
「殺した事を覚えてますか?」
「!?まだそんな事を言ってるのか…僕はキラじゃない、何度言えば…」
「質問に答えてください。覚えていますか?」
何度も繰り返された不毛な問答だ。証明が出来ない以上──竜崎が納得しない以上。
この会話に意味はないというのに。
しかし、今の竜崎はいやに真剣だった。それを見てしまえば、「僕はキラじゃない」と言って流し切る事もできない。
だから、僕も竜崎の言う通りに、真剣に考えてみた。
しかし長考するまでもなく、答えはすぐに出た。
「覚えてない…」
「ミサさんどうですか?」
「覚えてませんし、キラとかじゃありませんから」
ミサも即座に否定する。僕の答えも、ミサの答えも、予測できていたはずだろう。
竜崎はぐるりと椅子を回して振り返る。そしてソファーに座り、蚊帳の外からやり取りを眺めていたを、その黒い瞳で射抜いた。
「…さんはどうですか?」
「……第二のキラかどうか、殺した事を覚えてるか…?」
は心底困り果てたような表情をしていた。まるで迷子の子供のようだ。
僕もミサも、心辺りのないキラ容疑をかけられ、「覚えているか」と聞かれて、苛立ったり気持ちがざわつかない訳ではない。
けれどハッキリとNOと言える性格をしているし、いい加減にしろと文句だって言える。
しかしの方はそうはいかないだろう。
「いえ。……キラ、もしくは第二のキラが誰かわかりますか?もしくは…それらしき人物と接点を持った心辺りはありますか?」
「……え?」
は更に困惑を隠せなくなって、動揺していた。といっても、やましい事があるが故の動揺ではなく、予想外の事を聞かれたが故の揺らぎだ。
僕とミサとは、揃って容疑をかけられ、監視されている。
そして僕とミサが「キラだった事を覚えているか」と聞かれれば、当然の流れとして自分もそう聞かれると思ったのだろう。
しかし僕は最初からが「キラ」や「第二のキラ」として疑われている訳ではないと察していた。
は酷く難しい顔で黙り込んでしまっている。口元に手を当てて、何事かを深く考えているようだ。
4.舞台裏─過保護
『竜崎。模木さんからです』
ロゴの表示されたパソコン越しに話しかけられ、竜崎は「はい」とすぐ応答した。
模木さんと電話が繋げられたのだろう。
恙なくロケが行われていれば、着信などあるはずがない。
模木さんが問題と直面し、竜崎に電話をかけて来たというのなら…
もその"問題"に巻き込まれているかもしれないという事だ。
僕は落ち着かない気持ちになりながら、竜崎の動向を見守った。
『すいません、弥に東応女子医大病院で騙され、見失いました』
それを聞くと、松田さん、父さんたちはざわつき始めた。
「何をやってるんだ?ミサミサ」
「それを言うなら模木だ。何してたんだ」
「……まあ遊びたい盛りにずっと監視では気持ちはわかりますが…」
「それだけならいいが…」
僕は携帯を取り出し、ミサの携帯に電話をかけた。しかしかえってきたのは予想通りの機械音。
『電話に出る事が出来ません。メッセージのある方は…』
「僕にはいつでも連絡つくように約束しておいた携帯を切っている…」
僕の言葉を聞くと、やはりかと言った風な顔をしてから、竜崎は模木さんに向かって語り掛ける。
「…それで、さんはどうしました?」
『……はい?』
「さんは、弥と一緒に?」
『いえ、さんはここにいますが…』
「そうですか。それはよったです。では、一度本部に戻ってきてください」
は無事で、模木さんの側にいる。それを聞いて安心した。
ミサに逃げられた、と聞いて、僕も真っ先に疑った。
も一緒に、ミサの逃避行に連れていかれたのではないか…と。
しかしそれは杞憂だったようだ。
ミサに撒かれた東応女子医大病院は、このビルからそう遠くない場所にある。
車を使ってしまえば、模木さんはすぐに本部へと戻ってきた。
モニターに映る見慣れた車と、エントランスに映るの姿。
僕はエレベーターがこのフロアまで上がってくるのが待ちきれず、じれったくてたまらなかった。
「!」
僕が思わず駆け寄ると、はやんわりと困ったように笑んでいた。
の手を握取っていると、「いきなり走らないでください、夜神くん」と竜崎が苦言を呈していた。
合図もなしに走り出して、竜崎は半ば引きずられる形になったのだろう。
僕は竜崎に構う余裕はなく、の無事を確かめ、安堵で胸を撫でおろしていた。
「よかった…まさかミサと二人で抜け出したのかと思って心配したよ…」
「…えと…ごめんね…?」
は模木さんの電話も横で聞いていたはずだ。
竜崎が模木さんにの居所を確かめた事も知っている。その上僕まで疑っていたと知り、
は明らかに困っていた。
気分を害したという様子ではなく、どう反応したらいいのか分からない、といった風だ。
僕自身もが独断でそんな無茶をするとは思っていなかったが、ミサの立てた作戦によって強引に連れ出された、という形であればあり得ない話ではないと思えた。
は竜崎の存在に気が付くと、「竜崎くん、」と声をかけ、歩み寄ろうとした。
しかし僕はその足を留め、背中から抱きしめる。
「……月くん?」
「うん」
「……月くん……」
「うん」
は僕が回している腕を叩いて、離してほしいという合図を送る。
けれど僕はその意図を十分にわかっていながら、離さなかった。
もしミサに巻き込まれる形で監視の目から外れ、また火口やヨツバ社員たちと接近するような事があったら…
一瞬でもそんな不安が過ったらどうしても落ち着かなくなって、僕は思わずを抱き留めていた。
「……月くん。あの……私、座りたいな」
「この間みたいに、僕の膝に乗せてあげようか?」
「………椅子に座りたい……」
繋ぎ留められているだけならは困ったような声を漏らすだけだった。
しかし僕が半分冗談、半分本気で笑って言うと、途方に暮れたようなか細い声をもらした。
「月くん、あっち」
は本部に設置されたソファーとテーブルを指さした。
の望む通り、僕は一度腕を離して、名前をソファーへと連れていった。
そして当然、僕もの隣に座る。
「夜神くん。これでは私が捜査に取り掛かれません」
「……ならこうしようか」
手錠の長さからして、僕がソファーに座ってしまうと、竜崎がモニターに向かう事が出来なくなる。
ソファーの横に立った竜崎が本気で嫌そうに言うので、少し考えてから、と一緒に一度立ち上がる。
そしてソファーをモニターがあるデスク付近までずり寄せると、再びまたと着席する。
「…そこまでしますか」
竜崎は呆れたように言いつつ、いつもの定位置へと戻り、モニターにかじりつき始めた。
カタカタとキーボードを打ちつつ、僕への小言も忘れない。
「月くん、いい加減捜査に戻ってくれませんか」
「遊んでるつもりはないよ」
「さんの顔ではなく、画面をみてください」
遊んでいるつもりはないという言葉に嘘はない。しかし仕事をしているのかと言うと、確かに肯定はできない。
竜崎の言うように画面は見る事はなかったが、僕は机に散らばっている捜査資料と睨めっこをする事にした。
は「自分がここにいる意味はあるのだろうか」という怪訝な顔をしているけれど、僕は気づかぬふりを貫いた。
竜崎ではないが、が傍にいてくれるというだけで、作業効率が上がる。名前がここに居る意義は、十分にあると言えるだろう。
そうこうしているうちに夜も更けてどこかから、電子音が鳴り響く。
模木さんの携帯が鳴ったようだった。
皆がその音の出どころに注目したの同時に、モニターにナース服姿のミサが映り出した。
『モッチーミサでーす!入れてー』
模木さんの監視を振り払い、どこかへと雲隠れしていたミサは、いつの間にかエントランスにいた。
そしてカメラに向かって両手を振り、中へ入れてくれと身振り手振りでアピールをしている。
ミサもも、捜査員が同行しなければ、セキュリティーを解除する事が出来ないのだ。
「ミサ」
「…やっぱりナース服着てる…」
僕がパッと顔を上げて呟く傍らで、は何故か少し呆れたようにぼやいていた。
模木さんが慌ててエントランスまでミサを迎えに行き、本部まで連れて帰ってくる。
ミサも模木さんもここの出入りには慣れたもので、大した時間はかからなかった。
満面の笑みを浮かべたミサが僕を見つけると、駆け寄ってくる。
「ライトー!火口がキラだよー」
ミサは明るい声で、とてつもなく重大な事を皆に向けて暴露してみせた。
ミサは言いながら、ポケットから携帯を取り出して操作する。
「これ聞いて。こっそり録音したの。携帯って超便利」
そして携帯を持ちあげて、皆に見えるようにする。そしてカチリと再生ボタンを押すと、音声が流れ出した。
『俺はキラだからミサちゃんに信用してもらう為に、今から犯罪者裁きを止める。そして俺がキラだとわかってもらえたら、結婚だ!』
スピーカーモードに設定されているのだろう。それも音量はMAXだ。
ミサのガラケーから、火口の声が再生された。
それを聞いた者の反応は二分割される事となる。松田さんと父さんは、わっと歓声を上げた。そしてミサも得意げな顔をしている。
「これで犯罪者裁きが止まったら火口って事に…局長が一番気にしていた裁きも止まる。凄いよミサミサ!」
「うむ」
しかし竜崎と僕は違った。竜崎は明らかに眉を潜めて唇を引き結んでいる。
「……」
「……ミサ」
竜崎はミサの方を振り返りじろりと見ると、すぐに視線を手元に戻した。
デスクの上の羊羹や箱入りのお菓子には目もくれず、淡々と角砂糖をカップに投入している。
そうして手遊びをして、頭の中で考え事を進めているのだろう。
僕は竜崎にいくら小言を言われてものいるソファーから立ち上がる気はなかったが、
こんな状況になってしまえばそうもいかない。
ミサの元へと近寄り、状況を説明するように言った。
「ミサ、これをどうやって火口に言わせたんだ?」
「え?あいつミサにメロメロだもん。「キラなら結婚する」って言ったらこうなったんだよ」
僕はミサの話を聞きつつ、色狂いの火口にため息が出そうになった。
色仕掛け作戦を考えたのは竜崎だ。しかしそれは勿論、それが通用すると思ったからこその事。
そうは言っても、こうも効果覿面だとは。と火口のドライブでの会話・態度からしても、火口は怪しいと思われていた。
その上、ミサのこの自白録音データは、強固な証拠になる。しかし、決して十分ではないのだ。
「それにあいつ、ミサを第二のキラだと思い込んでるし」
「馬鹿。そこだけは必ず否定しろと言ったはずだ。「第二のキラ容疑で拘束されたが、間違いだとわかった」だったはずだ」
「で、でももうこれで火口がキラなんだから、捕まえればいいだけじゃない」
ミサが不用意な発言をしたと聞いて、僕は頭痛がした。あれほど危ないと釘を刺していたのに、考えが浅すぎる。
「いや七人で「第二のキラであるミサを引き込む為に犯罪者裁きを止める」という話し合いをされれば、誰がキラなのかわからなく…」
僕はそこまで言いかけて、ふと口を閉じる。
少し考えてから、竜崎くんの方を振り返った。
「…待て…それは裁きが止まる前に、そういう話が七人の間で出たか奈南川に確認するだけで判断できるな…」
「そうですね」
竜崎は器用にも、カップの持ち手の上に角砂糖を積み重ねている。
動かす手は止めないまま、淡々とこう語った。
「火口がキラの能力を持ってるなら、誰にも言わずに止めるでしょう。持っていないのなら、会議を開き「第二のキラを引き込む為に裁きを止めろ」というしかないですが、そんな火口個人的意思にキラが応じるとは思えません…とにかく奈南川に聞けばいいだけです」
「しかし奈南川が本当の事を言うとは限らないのでは?」
「いやここまでくれば「火口がキラだ」と教えてやれば、L側につくしかないと考え嘘をつくはずもないよ」
父さんが竜崎に問い掛け、僕はそこに補足を加えた。
竜崎は角砂糖のタワをー作る手を止めない。振り返りもしない。そのまま、ハッキリとこう言った。
「どちらにせよこのまま犯罪者殺しが止まれば…火口はキラの能力を持ってる。そこはガチです」
「やった」
「そうなるな」
「こういうのを手柄って言うんでしょうか?松田さん」
「……」
ミサが握りこぶしを作って喜んでいる。僕もそこは同意見だったので、こくりと頷いた。
そして突然に妙な話題を振られた松田さんは、複雑そうな顔をして押し黙っていた。
本社に忍び込み、盗み聞きしていた所を発見され、大々的な救出作戦が実行された。
大して、ミサは監視の目から逃れ、火口とドライブをし、自白データという成果を持ち帰ってきた。
どちらがスマートな手柄かと言われたら、後者だろう。
「そうも言ってられないぞ竜崎。この状況ではまだ殺し方がわからない」
「!?」
「そうなんですよね…火口を捕まえるより先に、どう殺しているかがほしい…」
「そして犯罪者の死が止まったら、その殺し方が見れない。そうだな?」
「はい」
竜崎は今度は二切れの羊羹を重ねて、菓子切で串刺しにする。
そして重ねられた羊羹の上に、再び角砂糖を積み重ね始めた。
僕がまだ殺し方がわからない、というと、ミサは驚いた様子を見せていた。
「火口がキラなんだから捕まえればいい」とさっき発言していた通り、もう万事解決したと思い込んでいたようだ。
そして、次に僕が発した言葉で、更に驚愕する事となる。
「…どうする?このままじゃミサが殺されかねない」
「えっ?」
ソファーに座り、蚊帳の外で所在なさげにしていたも、思わずといった様子で振り返る。そして目を丸くして驚いていた。
そして、僕が竜崎に投げかけた、「どうする?」という問いの答えを、ハラハラとした様子で待っていた。
竜崎は少しの間長考すると、口を開き、ミサへと一つ問いかけた。
「……ミサさん、どうやって火口に第二のキラだと思い込ませたんですか?」
「えっ…えっと…「人を殺せる」って言って…「先にキラの証拠を見せ人にミサも証拠見せて、その人が男なら結婚しゃう」って感じで、キラへの崇拝ぶりをアピールしまくって…
そしたらどんどん話が進んじゃって、火口がこう言ったの」
ミサは「このままじゃ殺されかねない」と聞いて、さすがに焦ったのだろうか。
少し慌てながら、携帯を指さしてつつ、説明を続けた。
「ではこれで犯罪者が死ななくなったら、ミサさんは人を殺さなければまずいですね。殺せるんですか?」
「殺せるわけないじゃん。でも火口はミサと結婚したいだけに決まってるし」
「いやミサと結婚が第一の目的じゃない。第二のキラじゃなければ殺すだけだ」
「あっライト火口に妬いてんだ?大丈夫、ミサが結婚するのはライトだよ」
僕は真剣にミサの身を案じていた。人命が第一という考えは今もブレる事はない。
だというのに、ミサを相手にしていると、その信念が揺らぎそうになる。
真面目に案じれば案じるほど、こうしてミサに求愛されるのだ。
…それも、の目の前で。僕は呆れてもう何も言えなくなり、パッとミサから視線をそらした。
そしてくるりと振り返り、竜崎の背後へと言葉を投げかけた。
「……もう駄目だ、殺し方などとも言ってられない。火口を押さえよう」
「ミサさんの身の危険回避の為にですか?」
「そうだ」
「ライト……」
いくら面倒でも、いくら僕の恋人を軽んじるような発言ばかりしていても…
ミサは守られるべき一般市民である。
そんなミサは頬を赤く染めながら、手で口元を覆って感動していた。
これは間違っても特別扱いなんかではないのに、ミサからすれば、砂漠の中で得た一滴の雫のように貴重なお言葉に感じられるようだ。
「ミサはこれで火口を捕まえらるると思ってやった事だ。仕方ない。それに…火口を捕まえてからだって殺し方は分かるかもしれない」
竜崎は無言のまま、二段重ねの羊羹の上に角砂糖を積み続けている。
そうして思案する時間は長くはなかったが、短くもない。
ややあってから、一番高くに積み上げた角砂糖をつまむと、それを口に含んだ。
まるで飴玉でも口にするかのように口にしているが、ただの砂糖の塊だ。糖分であれば何でもいいのだろう。
竜崎はそれをかみ砕きながら、こう言った。
「どうせ火口を捕まえるにしても、犯罪者が死ななくなった判断してからです…少し考えさせてください」
「ワタリ、ウエディを」と竜崎が言う。すると、パソコンの中から『はい』とワタリの声聞こえてきた。
「どうですか?ウエディ」
『会社の中の七人の行動なら、七割くらいならカメラで追えそう。でも私とワタリだけで外は無理』
「火口に絞ったらどうなりますか?」
『火口?』
「はい」
『まだ五人しか家の中には入ってないけど、三堂、奈南川、火口の家は普通のセキュリティじゃない特に火口は電波を遮断した地下室を最近造っていて、私でも侵入に二日を要した。映像や音声はその地下室から飛ばせないけど、留守に入り録音機器などを仕掛け、後日また回収に入るって手はできなくはない。期間は制限されるけど』
ウエディはよく働いてくれているようだった。さすがプロの泥棒だ。
この短期間でそこまで包囲網を張り巡らせられるというのは、驚嘆に値する。
「やはり火口怪しいですね」
「うむ」
「わかりました。では家ではなく、火口の車に盗聴器、発信機、カメラお願いします」
『えっ…ここまでやって…人の家に入るどれだけ大変かわかってる?…それに火口何台車持ってると思う?』
「6台です」
『……わかった。火口の車全部に付ければいいのね?』
「お願いします」
父さんと松田さんが得心が言ったように頷き合っている。
竜崎の方はというと、ウエディが無茶ぶりに大して苦言を呈していても、気にした様子はなく、しれっと返答していた。
火口がどの車をいつ使う事になるかなど分からない。火口が怪しいと絞り込めた今、徹底しなければならない。
が、ウエディの苦労を思うと、同情は禁じ得ない。
しかし仕事は仕事だ。ウエディもそれ以上何も反論する事はなく、承諾した。
話がまとまった所で、ミサが拳を握って明るく言った。
「じゃあミサがまた火口に会って、車の中で殺し方を上手く喋らせればいいのね」
「違う!そんな事を聞いたらミサが第二のキラじゃないとバレて殺される。もうミサは何もするな!」
「そうですね…犯罪者が死ななくなった後、火口がミサさんに会ったら、人を殺してみろと言ってくるに決まってます。…それより火口…キラが外で私達の目の前で殺しをしなくてはならない状況を作りましょう」
「考えがあるのか?」
「なくはないんですが、その前どうしてもひとつだけ引っ掛かかっている事が…」
僕が無謀な発言をしたミサを必死で引き留める。
本当に無茶苦茶だ。何度釘を刺しても、ミサは危険な行動に出る事を諦めない。
全ては僕に愛されるため。命だって捨てられると覚悟している程なのだから、何を言ってももう無駄なのだろうか。
ミサの身を案じて…という訳でもないのだろうが、竜崎も僕と同じように危険性を説いた。
竜崎は羊羹の上やカップの淵にタワーを作るのを止めて、今度はカップに角砂糖をボチャボチャと投入すると、普通にコーヒーを飲み始める。
そして、しばらくくどこでもない、宙を見つめながら、考え事をしていた。
すると、次に口を開いた竜崎は、まず僕の名前を呼んだ。
「……夜神くん。話が戻って悪いんですが…もう単刀直入に聞きます」
「?なんだ」
「殺した事を覚えてますか?」
「!?まだそんな事を言ってるのか…僕はキラじゃない、何度言えば…」
「質問に答えてください。覚えていますか?」
何度も繰り返された不毛な問答だ。証明が出来ない以上──竜崎が納得しない以上。
この会話に意味はないというのに。
しかし、今の竜崎はいやに真剣だった。それを見てしまえば、「僕はキラじゃない」と言って流し切る事もできない。
だから、僕も竜崎の言う通りに、真剣に考えてみた。
しかし長考するまでもなく、答えはすぐに出た。
「覚えてない…」
「ミサさんどうですか?」
「覚えてませんし、キラとかじゃありませんから」
ミサも即座に否定する。僕の答えも、ミサの答えも、予測できていたはずだろう。
竜崎はぐるりと椅子を回して振り返る。そしてソファーに座り、蚊帳の外からやり取りを眺めていたを、その黒い瞳で射抜いた。
「…さんはどうですか?」
「……第二のキラかどうか、殺した事を覚えてるか…?」
は心底困り果てたような表情をしていた。まるで迷子の子供のようだ。
僕もミサも、心辺りのないキラ容疑をかけられ、「覚えているか」と聞かれて、苛立ったり気持ちがざわつかない訳ではない。
けれどハッキリとNOと言える性格をしているし、いい加減にしろと文句だって言える。
しかしの方はそうはいかないだろう。
「いえ。……キラ、もしくは第二のキラが誰かわかりますか?もしくは…それらしき人物と接点を持った心辺りはありますか?」
「……え?」
は更に困惑を隠せなくなって、動揺していた。といっても、やましい事があるが故の動揺ではなく、予想外の事を聞かれたが故の揺らぎだ。
僕とミサとは、揃って容疑をかけられ、監視されている。
そして僕とミサが「キラだった事を覚えているか」と聞かれれば、当然の流れとして自分もそう聞かれると思ったのだろう。
しかし僕は最初からが「キラ」や「第二のキラ」として疑われている訳ではないと察していた。
は酷く難しい顔で黙り込んでしまっている。口元に手を当てて、何事かを深く考えているようだ。