第66話
4.舞台裏相思相愛未満

竜崎の立ち回りに上手くしてやられ、僕とミサ、そしては竜崎の捜査に付き合う事となった。
危険はあっても、勝てば無問題。あくまで人命優先と訴え、竜崎と決裂した僕としては、
素直には頷きがたい作戦だった。
けれど、ここまで来たら、もういくら言っても無駄だろう。その作戦に乗るしかない状況下におかれていた。

──翌日のこと。

「じゃあ、続きからいきましょう」


竜崎は、とある部屋に、ミサとを集めた。
そしてアイバーも同席させ、"演技指導"を始めたのだった。
竜崎がこれから取ろうとしている作戦には、ミサとの協力が必要となる。
その協力とは、実際にヨツバを相手取り行動すること──つまるところ、潜入捜査なのだ。
相手をするのは大企業、ヨツバ。そしてキラだ。
そのため、入念な準備が必要となる。
疑念を抱かせず相手の懐に入り込める──人心掌握に長けた、プロの詐欺師であるアイバーの協力の元、その指導は行われていた。
ミサとアイバーがソファーに座り、テーブルを挟んで対面している。
その背後で竜崎がメガホンを持って指揮を取っていた。
指導者はアイバーであり、監督は竜崎なのだ。

僕と名前は壁に寄り掛かりながら、その様子を見守っていた。


「ミサさん。あなたは「キラに会いに行く」と言って東京に出て来た」
「え!?」
「ミサさん、そこは臭くと言ってもオーバーアクションは止めてください」


アイバーの疑似質疑に対して、ミサは椅子からずり落ちる過剰な演技を取った。
竜崎はメガホンを通してミサの演技に修正を入れる。
ミサはそれが不服らしく、ソファーの背もたれに顎を乗せながら、竜崎に異議を唱えた。

「ええーっ今のを迫真の演技って言うのよ」
「いいからやり直しです」
「はいはい竜崎大監督〜」
「ミサさん、真面目にやっていただかないと蹴り入れますよ」


ミサがひらひらと手を振りながらぶすっと言うので、竜崎は真顔で暴力発言を口にした。
竜崎の本気か冗談か分からない会話を聞いて、は苦笑いをしているようだった。
元々竜崎が一番に考えていたプランは、ミサやがヨツバ社員を相手に色仕掛けをする、といったものだ。
僕が怒りを露わにするよりも前に、ミサが「ライトも居るのに色仕掛け作戦なんてできませんー!何考えてんのよ!」と激怒し、竜崎の髪を鷲掴みにした。
ミサの主張はともかくとして──恋人のいるに配慮する事もなく、色仕掛けをしろと言ってのける竜崎は…よく言えば合理主義者といった所か。
感情に囚われず、多少のリスクには目を瞑り、作戦を実行させようとする。
竜崎の思考や価値観は、昨日の一件で改めてよくわかった。
僕とミサの強い反対の甲斐あって、プランを変更し、ヨツバの広告に使ってもらえるよう、面談に行くという作戦に切り替えたという経緯がある。

竜崎はそこで指導をストップさせると、ぺたぺたと部屋の隅へと歩き出し、観葉植物横に設置された固定電話の方へ向かった。

「では、そろそろ模木さんにも参加してもらう交渉をしておきますか。──竜崎です」

言いながら受話器を持ちあげて、内線を繋ぐ。僅かに漏れ出ている声からだけでは、会話の内容を一言一句把握する事はできない。
しかし、なんとなくのニュアンスは理解する事ができる。

『言われなくてもわかる』
「しかしこちらからは、内線を使わなければそちらの声が聞けません」
『それもわかっている』
「模木さんは今まで通りミサさんのマネージャーとして動いてもらってよろしいんでしょうか?」
『……やむをえん』
「では模木さんは引き続き、模地幹市マネージャーとして動いてもらいますが…こちらの作戦は思いの他上手く進んでいて、模木さんの役割もかなり重要になってきました。もう少しマネージャーらしく、松田さんのようなノリでお願いします」

竜崎は簡潔に話を進め、すぐに受話器を手からパッと離して落とした。否、元の位置へと戻す。
「松田さんのようなノリでお願いします」などと無茶ぶりをした後、返事も聞かずに通話終了した事は伝わった。

そこから再びミサの演技指導が再開され、二時間ほどが経過した。


「──では、今日はこの辺でいいでしょう」
「つっかれた〜!竜崎さんスパルタすぎだって〜」


ミサは心底うんざりした様子で吐き捨てながら、ぐっと腕を伸ばして伸びをしていた。
アイバーの方は疲れた様子はないものの、肩を竦めている。
アイバーもプロであるし、今回は特に、命がけの潜入捜査なのだ。
当日の面談ではアイバーも同席する事となっている。ミサの失敗=アイバー自身の危機にも繋がるため、自己保身のために指導が入念になるのは自然な事だった。
加えて、竜崎も妥協せず都度指示を出していたので、指導はかなり緻密なものとなっていた。
ミサがうんざりするのも無理はない。
僕もずっと立ちっぱなしでいたものだから、少し疲れた。隣で真面目にじっと指導を見学していたは、もっと疲労したことだろう。
荒療治なリハビリの甲斐あって、随分体力は回復したものの、万全ではない。
そもそも、元々体力のある方ではない。僕はのことが気掛かりで、じっとの顔色を窺った。
そこに疲労の色がないか、確かめるためだ。


は疲れてない?ずっと立ちっぱなしだっただろう」
「……」
「…?」

はこの二時間の間、確かにやや疲れた様子を見せていた。
けれど今の表情に出ているのは、疲労ではなく──純粋な驚きだけだった。
ぽかんと口を開けて、びっくりとしている。
そしてスッと一歩足を踏み出すと、竜崎の方へと歩み寄った。

「…あの、竜崎くん…竜崎、さん?ちょっといい…ですか?」


おずおずと躊躇い勝ちに。しかし居ても立っても居られない、といった焦燥を浮かべながら、は竜崎の背中に語り掛ける。
竜崎はちらりと視線をに向けて、淡々と返答する。

「呼び方は今まで通り、好きにしてください。敬語もいらないです」


は元々、大学で"同級生"として竜崎と出会っている。
「私はLです」と名乗り、接近してきたのだ。仲良しこよしをしていた訳ではないものの、あくまで同級生として接してきた
テニスの試合や喫茶店での時間も、「流河くん」「さん」とお互い呼び合い、
タメ口で会話していたのだ。
けれど、今は大学の同級生という肩書きは殆ど意味をなさなくなっている。

彼が本物のLだと知り、監禁され、監視対象になり。
その結果、は竜崎とどういう風に接したらいいのか分からなくなって、困惑している様子だ。
しかし竜崎は気にせず、今まで通りに接しろと許可した。
それにホッと胸をなでおろしながら、は抱えていた疑問を投げかけた。

「あ、ありがとう…。…あの、私は練習しなくていいのかな…?」
「本当はそのつもりだったんですが…」


竜崎はその言葉の先を続ける事なく、返事の代わりに視線だけでなく、体をこちらへと向けた。
そして名前の事をじっと見つめたかと思うと、今度は僕の方へと視線を向ける。
そうして僕とを交互に見た後、やっと口を開いたのだった。

「──昨日のさんの演技をみて確信しました。さんに演技はできません」
「……え」

はびっくりして、言葉を無くしている。僕も当然、にも演技指導が成されるものだと思っていた。
こんな事は、僕も事前に聞かされていない。


「…演技って、何のこと?昨日わたし何かした…?」
「…自覚がないんですか?」


困惑し、何故指導がされないのか、不思議に思って問い掛ける
そして本気で分からないのか、と不思議そうにする竜崎。
お互い、どうも何かがかみ合っていないようだ。
竜崎はがとぼけて言っているのではないと確かめたあと、こう告げた。


「"月くんの為に死ねる。愛してる。…会いたいって思うし、触れたいって思う"」
「……え!?」
「あれが演技でなく、何なのですか」

昨日のやり取りなど知らないアイバーが、ヒューと口笛を吹いて面白そうにしていた。
確かに、言葉だけ聞けば、何と甘い語らいだろうか。
しかし昨日が実際に発した時の声色は、切実で、殺伐とした空気を纏っていた。
──ここで、自分がこう言わねばならない。
そういう使命感に突き動かされ、珍しく大きな声で叫んだのだった。

「あー、あれは名演だった!」
「…ミサ」

けらけらと笑って茶化すミサを、僕は言葉少なく、しかし厳しい視線で窘める。
けれど全く意に介した様子はない。
はというと──これもまた珍しく、頬をむくれさせてムッとしている。
それが可愛くて、思わず笑いそうになってしまうのをぐっと堪えた。

必死で叫んだ言葉が演技と言われるのは心外だと、は強く異議を唱える。


「…全部本音だよ。…私は月くんが好きだし、会えたら嬉しいし、触れる事も…嬉しい」
「では、月くんのために死ねるんですか?」

竜崎が問い掛けた鋭い問いに、は動じなかった。
けれど慎重に言葉を選び、説明する。

「……それは…正直に言うなら、ただの虚勢だったよ。本当に命の危機が迫った時に、
自分の命を差し出せる覚悟なんて…少なくとも、今の私には持てない。その時にならないとわからないよ…」

昨日僕が思ったのと同じような事を話す
きっとも僕と同じ考え方をしているはずだと予想したのは、当たっていたらしい。
人間という生き物である以上、それが正解だ。竜崎もそれに同意した。

「はい、それが正しい感性です。ミサさんならやりかねませんが…普通そこまで盲目的に傾倒できません。異常です」
「ちょっと、さりげなくミサのこと馬鹿にするのやめてくれない?昨日は褒めてくれたくせに」

ミサは再び竜崎に抗議するものの、今度は「蹴りを入れる」などという事はなく、
スルーしていた。


さんはあの場で必死に最善策を考えていました。私が最初にミサさんに話を通してしまったせいで、この後自分が私に持ちかけられるであろう"交渉"を予想する事ができた。だから自分の中に"用意した"言葉を、あの時叫んだんです。…棒読みで」
「………」


はそれに言葉を返す事ができない様子で、苦い表情を浮かべながら押し黙っていた。
それは僕も同じだ。はあの場で必要だと思ったから、あの言葉を選んで、叫んだ。
──僕のために。僕を守るために。ただそれだけのために。
それは甘美なことで、僕はあの時嬉しいと感じた。
端的に言えば、"恋人のためを思って想いを言葉にした"だけ。
けれど、物凄く意地悪ないい方をすれば──"恋人を宥めすかす為にその場しのぎの言葉を吐いた"とも言い変えられる。
竜崎は、後者の言い方をしたように感じられて、神経を逆なでされたような心地になる。

竜崎はメガホンを指先でつまみ、ブラブラと揺らして遊んでいる。
視線手元に落としながら、僕らの方を見る事もなく、こう宣言した。

「──なので、さんは何の指導もしません。当日、当然さんに対しての質疑応答もありますが、ぶっつけ本番でそれに挑んでもらいます。それが一番の最善策だと感じました。…さんは演技が下手というよりも、どうも慎重すぎる…考えすぎな傾向にあるようですから。考えさせる暇を与えません」
「……そんな…」

ぶっつけ本番、という宣告を受けて、は雷に打たれたようなショックを受けている様子だった。
一応プロのタレントであるミサは緻密で万全な指導を受けて挑むのに対し、素人であるは何の指導もないままに挑む。
理由があるとは言え、あまりに惨い事だ。崖から突き落とされたような気分になった事だろう。
けれど、竜崎が言っている理屈も理にかなっているとは僕も思ったので、助け船を出す事は出来なかった。


「今日は彼との顔合わせのために同席してもらいましたが──という訳なので、明日からの演技指導には不参加でお願いします。ネタバレになりますから」
「………。……わかった」

彼、というのは、アイバーの事だ。は彼が詐欺師だという事も知らないし、
名前も知らされていない。ただ、当日「宣伝部専属アドバイザー・ジョン=ウォレス」という名前と役職で、ヨツバ側の人間として面談に参加する事になる、としか聞かされていない。
しかしそれ以上深く追及しようとはしなかった。
それと同じように、はもうこれ以上深く言葉を重ねようとはなしない。
は複雑な表情を隠す事が出来ないまま、しかし竜崎の言葉を快諾し、頷く他なかった。

「それじゃあ、俺はこれで失礼します」
「あっミサもそろそろ支度しないと…また遅刻だって怒られちゃう」


アイバーは自分の役目は終わったと認識し、無駄に長居する事はなく、席を立った。
それが引き金となり、ミサも壁にかかった時計をみた。
そして今日のロケのスケジュールを思い出したのだろう、嫌そうな顔をしながら、「ライト、またデートしようね!」と手をひらひらと振りながら、早足で部屋を退室したのだた。
そして竜崎もまた、この部屋に残る理由もない。僕も同じだ。
竜崎が部屋から出ようと足を動かし、僕もそれに倣ったその瞬間。

「──待って」


ぐっと、僕の服の裾が掴まれた。振り返ると、俯いたが、僕をこの場に留めている姿がみえた。
そして意を決したように顔を上げて、僕と視線を合わせる。
その様子から察するに、竜崎ではなく、僕単体に用事があるようだった。
僕が立ち止まれば、竜崎も立ち止まるしかない。
竜崎から無言の圧がかかっているのは察していたけれど、より配慮すべき事ではない。
僕はの口から、伝えたい言葉が滑り出て来るのを待った。
しかしその唇は浅く開かれたかと思うと、また閉じる。その繰り返しをしていて、じれったい。

「…月くん。あのね…」
「うん?どうしたの?」

けれどの言葉を待つ時間は、決して苦にはならない。
一生懸命言葉を探して視線をうろつかせたり、深呼吸をする姿は、愛らしくていつまででも見ていられる。
けれど、微笑ましさと同時に、不安も感じる。
何か深刻な事を告げようとしているのだろうか。何か懸念すべき事があるのか。
そう思うと不安になり、思わずの手を握った。


「…?」

──僕は心底驚いた。の手取った瞬間、の肩がびくりと跳ねたのだ。
そしてパッと顔を伏せてしまった。
こんな反応をされた事はない。
が幼少期、僕に抱いていたのは恋ではなく、親愛だ。
けれどどんな種類であれど、はいつだって僕の事が大好きで、尊敬していてくれた。
そして、いつだって受け入れようとした。
なのに、そんなに、今初めて拒絶されたのかと思った。
けれど、手を振りほどかれた訳ではない。それを鑑みるに、"拒否"ではないと推定する。

僕はの頬にそっと手を添える。
そしてゆっくりと顔を上げさせ、瞳に映る色をみた。
そこにあるのが嫌悪か、それとも困惑なのか。こんな反応をした理由も、僕を呼び止めた訳も、全部知りたかった。
けれど、のゆらゆらと揺れる瞳に宿る色は、僕が予想したどの感情とも一致しない。
僕にとって好ましい…まるで夢のようなものだった。


「──私、わたし……月くんの、こと…」


震える声を紡がせるの手は、少し震えていた。
恐怖ではない、…恐らく、羞恥のせいだ。
の頬は朱に染まり、瞳は潤んでいる。耳まで仄かに染まっていていて、とてもじゃないけれど、僕を拒んでいるようには思えない。
──むしろ、その逆だ。僕に恋をする一人の女性が、そこにいた。
その女性は、僕に何かを言おうとして、けれど恥ずかしくてその先を紡げないでいる。
なんと健気で夢のような光景だろうか。
僕は長年、恋をしていた女性が、いつかこんな姿をみせてくれる日を心待ちにしていた。
まさかそれが今眼前に広がるとは思わず、僕は動揺した。

「え、…」

僕の喉からは、上手い言葉が出て来る事はない。その代わり、情けない動揺の声が漏れだした。
僕は自分の失態も、そしてから向けられる好意もくすぐったく、恥ずかしくなった。
きっとと同じように、僕の顔も熱くなってるのだろうと自覚できた。


「……月くんのこと、すき………」


まさか、シャイな名前がこんな直接的な好意を口にするとは思わなかった。
の様子からして、が口にしようとしていたのは、こういう類のものだろうとは予想できていた。
けれど婉曲的な言い回しをしなかった事には驚かされる。
ここは僕の自宅でもないし、の自宅ではない。
2人きりの空間ですらなく、尚且つ監視カメラがある。
それを一番気にしていたのはだ。そのせいで憔悴してすらいた。
だというのに、の唇は、大胆な言葉をいくつも紡いでいく。


「だいすきだよ…ほんとうなの……」


その瞳涙を伝わせながら、は掠れた声で言う。
それは用意した言葉ではない。これは演技ではない。これは誰に強要されたのではない。
場の流れに乗せられたのではない。
の心からの意思と感情でもって、紡がれた愛情──
それを自覚すると、ぶりわりと。僕の肌が粟立つのを感じた。
がどうしてもやりたくない、嫌だと忌避していた事──監視カメラや人前での睦み合いを実行して。
溢れだした感情で、涙を伝わせながら、熱を持った視線で僕を射抜く。
の忌避を、仮にが自分に厳しく課していた掟だと表現するなら。
その掟を破ってまで、僕に愛を表現する事を選んだ。

それを選ぶに至った理由は、僕への愛情だ。
僕への献身を演技だと言わせないために。愛が本物だと証明するために。
はそのために、ぼろぼろと伝う涙を止めようとこすっていた。
僕はその指を掴んで、絡めさせて留める。


「…、いいから。こすったらだめだ」
「でも、違うの、泣きたい訳じゃないのに、こんなんじゃ…」
「いいんだ。…その涙は止めなくていい」

は、ここで泣いたらまた演技だと疑われると危惧しているのだろう。
けれどそう感じるのは本人だけだ。
傍からみれば、その涙はの語った愛情に、真実味をもたせる一因にしかならない。
こんなに真っ赤になり、喉を震わせながら不器用に語った言葉が、演技だとしたら、は女優になれるだろう。
僕は零れたその涙が愛しいという気持ちを、隠さずに語った。

「…恥ずかしくて泣いてしまうなんて、らしい…、そういう所が好きなんだ…いじらしくて、健気で」
「……演技じゃないよ」
「わかってるさ。…かわいいよ、すごく。…これ以上僕を惚れさせて、どうするつもり?」
「……私は、人目も気にせず好きって言える素直な子になりたかった」
「僕は今のままのがすき。愛してる。かわいい。大好きだ」

僕はの目元にキスをする。心底、その瞳が愛しかった。
僕のために零れた雫の一粒さえも、愛しくてたまらない。
が監視カメラや竜崎の目も気にせず愛を語ってくれているのだ。
僕も心からへの恋を語る事が出来た。
そうしていると、が僕の首に腕を回すと、ぐっと引き寄せて──僕の唇に、自分の唇を重ね合わせた。

「…っ!?」


僕は思わず、先ほどののように肩を跳ねさせて、硬直してしまった。
いつだって、に触れるのは、僕からだった。
手を繋ぐのも、抱きしめるのも、キスをすのも──
それなのに、"掟"を破って愛を語るだけに留まらず…唇へのキスまでも。
の意思で唇を重ねられるのは、今が始めての事だった。
僕が驚いたのは最初だけで、すぐに目を瞑ってその触れ合いを享受した。
しかしすぐに離れてしまった柔らかな感触を名残惜しく見送りながら、僕き少しの間、幸福な余韻に浸った。
は、僕の事が好きだ。けれど、今はまだ…僕がを想う気持ちの半分にも届かない熱しか持たないのだろうと、そう考えていた。
けれど、僕はの気持ちを、完全に理解しきれていなかったらしい。
もしかしたら──いや、確実に。

「……本当に、は僕のことがすきなんだね。きっと僕が想像してる以上に……」


僕が初めてにキスをした時。試すように思わせぶりな事をしたあの日。
は僕に恋をしてなどいなかった。ただ、僕の事を受け入れただけ──
そこからほんの少しずつ、それまでとは違う関係性を築き、大事に育んで゛きたつもりだ。
けれど長期戦になるだろう事は端から覚悟していて、急ぐつもりはなかった。
いずれ、僕の恋は叶うという確信があった。僕が僕を愛するのと同じくらい、も僕に恋をしてくれるのだと──
けれど、そのいずれがこんなに早くやって来るとは思わなかった。
まだ同じだけの熱力ではないかもしれない。けれど着実に、その地点まで近づいている。
どんなに幸福なことだろうか。僕は多幸感で身を震わせながら、を抱きしめた。
そしての首筋に唇を触れさせつつ、後ろを振り返らずに竜崎に告げた。


「──そういう訳で、竜崎。はこんなにも僕のことを好きでいるんだ。これ以上を餌にして挑発するのは止めろ」
「そうですか。私には、未だにどうしてもさんが100%月くんの事が好き…という確信が持てないんですが…まあ、30%だった所が50%くらいには上がりましたよ」
「そうか。それはどうも」

竜崎に対しての言葉は冷たく厳しく。けれどに触れる手付きは優しく。
僕は思わずに頬ずりをしていた。
愛しさが抑えきれず、そのまま殺しきれなかった愛情を表現しようと、の唇に再び重ね合わせようとすると、パッとは両手で僕の口元を押さえた。

「だ、だめ。もうだめ」
「そっか。残念。それじゃあ、今度はまたの部屋でしようかな」
「…それも、もうだめ…」
「はは、それじゃあ次はどうやってと触れ合うかな…」
「月くん、いい加減切り上げてください。私は捜査に戻りたいです」

僕が真っ赤になって震えるをからかっていると、竜崎はうんざりとしていた。
散々僕達を煽ってかき乱したのは竜崎だ。イチャついている恋人たちのせいで足止めを食らわせられるのはさぞかし苛立つだろうが、これくらいの意趣返しをさせてもらってもいいだろい気味だと思った。

──この二日後。とミサは、ヨツバ本社に向かい、面談に挑むこととなる。


2025.10.20