第65話
4.舞台裏─行動原理:恋
「あの七人の中にキラがいるとはかぎりません。繋がりを持っているだけであれば、七人を捕まえても犯罪者の方の死は止まりません。あの七人がキラに殺されるだけです。七人の中に絶対キラがいるというのでなければ、今捕まえる意味はありませんし、仮にいたとしても現在誰がキラなのか、断定は難しい。まだ時期尚早だと私は思います」
「し…しかし七人の中に絶対いないとも言えないのなら、七人を捕まえれば犯罪者の死が止まる可能性もあるという事のはずだ…」
「父さんの言う通りだ。その可能性はある…」
「犯罪者の死は止まる"かも"しれませんね」
竜崎が含みのある言い方をしたと僕は感じ、しかし父さんはそれに気がつかず、自身の信念を曲げなかった。それを松田さんが必死に留めようとする。
「では人命を優先し、七人を捕まえるべきだ!」
「でも局長それも難しいですよ…私達もう刑事じゃないんだし、警察も協力してくれそうもないですし…やっぱり竜崎の言う様にキラとその証拠を突き付けるくらいじゃないと…」
「いや一人でも犠牲者を減らす事が大事じゃないのか!」
「あの……」
父さんが叫んだ瞬間、竜崎がやっと口を開いた。
とぽとぽと角砂糖をコーヒーにいれながら。
「──やっぱり私は一人でキラを追います」
そして次に両手いっぱいに角砂糖を握りしめ、高いところからそれを落とした。
狙いを外す事はなく、ぽちゃぽちゃと角砂糖が次々とコーヒーに吸い込まれていく。
「夜神さん達は夜神さん達のやり方で捕まえるなり、好きな様にしてください。私は私のやり方で捜査していきます。そうしないと口論になるだけです。別行動にしましょう」
「つまり竜崎はあくでもキラに絞って追うという事か」
「はい」
「犯罪者だろうと人の命だ!」
「わかっています。しかしそれで犯罪者の死が止まると決まった訳ではありません」
「しかし止まる可能性があるなら未然に防げることはやるべきだ!」
「はい。夜神さんの考えが一番正しいと思います。ですから七人を捕まえたいなら捕まえてくださいと言いました。しかし私はキラを捕まえる事だけに専念します。…この事件はキラを捕まえなければ、解決しない」
竜崎が落とした角砂糖は山となり、もう落とすスペースもない。ここまで山となった状況では、
そこの砂糖が解けてくれた所で、飲めるようにはならないだろう。
「目の前の犯罪者何人かの死を阻止する事が意味のない事だとは言いません。しかし詰めて全ての真相を解明しなければ、またキラは現れ犠牲者は増える事になる。ならば七人より、キラを断定すべきというのが私の考えです」
結局竜崎はコーヒーに口をつける事はなく──最初から飲むつもりもなかったのだろう──
そこまで言うと立ち上がり、珍しく歩き出した。
「私は七人逮捕には反対ですから、やるなら夜神さん達の責任でお願いします。私は私でキラを追う。期限は一ヵ月…どっちが早いかですね」
「り…竜崎」
竜崎が歩いていけば、当然手錠で繋がた僕も引きずられて行くことになる。
「どこ行くんだ?」
「弥の部屋です。今さんもいるようですから丁度いい…。…すみません、月くんもお父さん側だとわかっていますが、手錠は外せないので付き合ってもらいます」
言いながら、竜崎はエレベーターのボタンを押した。
確かにモニターには、ミサとが揃って映っていた。
ミサの部屋にが遊びに行ったのだろう。最近はそうして二人で過ごす時間が多くなっていた。
同じ年頃という事もあり、話が弾むのだと思う。
──竜崎はノックをする事も何もなく、ミサの部屋のドアを開け放った。
誰かの部屋の扉を…殊更女性の部屋のドアを予告なしで開けるなど、言語道断だ。
常識に欠けると言わざるを得ないが、常識に囚われない型破りな生き方と頭脳をしているのが、竜崎という男なのだ。
僕は眉根を寄せながら、竜崎の後ろをついて行く。
竜崎の奇行にはもう二人とも慣れているので、動じていない。
嫌な顔一つせず僕達を出迎えてくれた。
「ライト!今日デートOKの日だっけ?…竜崎さん付きの」
ミサが明るい笑顔を見せたのは最初だけ。途中、ふてくされたような目で竜崎を見て、ムスッと言った。
二人掛けのソファーに2人並んで座っていて、奥にミサ、手前にの順で座っている。
お互い持ち寄ったらしい雑誌やお菓子などがテーブルに雑然と並んでおり、さながら女子会のようだ。いや、実際そうなのだろう。
その楽しい時間に水を差すのも厭わず、竜崎はぺたぺたと足音を鳴らしながら2人の方へと近寄っていった。
そして、出口側にいたにずいっと顔を寄せ、こんな問いかけをした。
「──さん。あなたは月くんを愛していますか?」
「え…?」
はきょとんとした目で竜崎を見つめて、言葉を詰まらせていた。
愛しているか否かの返答に迷ったのでなく、何故今急にこんなことを聞かれてるのか不思議でならない…そんな困惑が手に取るように伝わった。
僕は竜崎の方へにじり寄り、低い声で牽制した。
竜崎のする事に意味もないはずがない。あと一ヵ月で…という期日が迫る今であれば尚更だ。
深い意味を持った質問をに投げた事も、相手を選ばぬ癖とはいえ──至近距離まで顔を近づけているのを見るのも、業腹だった。
「…竜崎。何をするつもりかしらないが…に…」
「……はい、まあそうですね」
僕が明確な言葉で制さなくても、何が言いたいのかは伝わったのだろう。
何がそうですね、なんだか。よくわからない返事で、僕の牽制を受け止めた。
というより、今に絡むのは得策でないと、順序を変えたようだ。
竜崎は矛先を変え、今度はソファー奥に座るミサに詰め寄り、同じ質問を重ねた。
「では、ミサさん。あなたは月くんを愛していますか?」
「えっ…あっ…はい…とっても…」
「しかしキラも崇拝してる」
「!?…はい…」
「では月くんとキラだったらどっちを取りますか?」
「はあ?」
ミサは手にしていた雑誌を机にバサリと投げると、そのまま立ち上がる。
更に距離を詰めてきた竜崎から逃れるように駆け出し、僕の腕に自分の腕を絡めた。
「そんなの月に決まってるじゃん。キラには感謝していて会いたいと思ってた事もあるけど、愛なんかじゃないし…断然ライトです!」
「月くんはキラを捕まえたい。そうですね?月くん」
「ああ、決まってるだろ」
「捕まえたいそうです。さあどうします?」
「ライトが捕まえたいなら捕まってほしいと思います」
逃げても逃げても詰め寄る竜崎から逃げるように、ミサは身をよじる。
そんなに嫌なら僕の腕を離して逃げて行けばいいのに。
逃げたい気持ちと天秤にかけてみて、僕の腕を取る方が勝ったのだろう。
「では月くんの役に立ち、月くんと一緒に捜査できるなら協力したい…ですね?」
「…り…竜崎…」
竜崎が意味を持って質問を重ねている事は重々理解していた。けれど竜崎が誘導尋問で持って行こうとしているその方向性を薄っすら察して、僕は困惑した。
ミサは嬉々として、僕の腕に寄り掛かりながら答えた。
「うん!ライトの為になるならミサはなんでもする!」
「では私は誰でしょう?」
「えっ?竜崎さんとしか…別に下の名前知りたくないし…」
「ではLとは誰でしょう?」
「パソコンの中から話してた「L」って画面の人」
「はい正解です」
「やった!」
ソファーに座ったままの名前も、雲行きが怪しくなってきた事に気が付いたのだろう。
竜崎の意図を察して、手を膝の上で組んで視線を落としていた。
お願いだからこちらには振らないで──というの切実な気持ちが伝わってくる。
「ち…ちょっと待て竜崎…」
「はい?」
「何をする気だ?」
「私の勝手な捜査です。気にしないでください。時間がありません。私焦ってます」
「ふざけるな。ミサやを巻き込んで竜崎の勝手な捜査では済まないだろ」
「まあそれもそうですね。…アイバーに連絡して「Lを探していたら弥海砂がLを知ってるかもしれないという線が出た」とエラルド=コイルからあの七人に報告させます。もう松田さんのドジの時、CM等で使ってくれという話は一度してある…必ず食いついてきます」
竜崎はミサから視線を逸らし、歩きながら考えを語った。
「キラの犯罪者裁きがなくなった二週間その直前にミサさんは何者かにより監禁。ミサさんは両親を強盗に殺されその強盗がキラに裁かれた事でキラを崇拝。東京に出てきたのは第二のキラが現れる少し前。
こんな事はエラルド=コイルならすぐ調べられてなんら不思議ではありません。そこに留まらず、「弥海砂第二のキラの容疑でLに取り調べを受けたらしい」と報告させ…」
「それマジだしね」
「「しかし誤認逮捕だったとわかり、弥に謝罪。多額の賠償金を払い、その事実をもみ消した」そこまで言わせます。くだらない噂の飛び交うネット上等では誰も信じませんが、コイルがあの七人に言えば信じます。コイルにも手柄ができ、良い事づくめ」
──これならLと弥海砂は監禁時に接触があったとし、Lの事を知ってるかもしれないと考える。
必ずヨツバはミサさんをCMに起用し色々聞き出そうとしてきます。
そしてミサさんはキラを心から崇拝し、会いたがっている事。キラの為ならなんでもするような事をタイミングのいい所でほのめかせばいい…
そこまで言うと、竜崎は再びミサの方へ視線を向け、こう締めくくった。
「今撮ってる映画の演技を見ればミサさんにとってはたやすい事…天才女優ですから」
「うん面白そうね。…えっと…」
ミサは役者魂がくすぐられたのか、純粋に頷いていた。けれど、ミサが動く基準は、自分が面白いと感じるか、そうでないかではない。
さすがの僕も、そこはもう分かってきていた。
ミサは僕を見上げると、僕の意思を確認した。
「ライトは本当にキラを捕まえたのよね?」
「!…ああ…それはそうだが…確かに捕まえたいが、これは駄目だ」
「なんで?」
「ミサが危険な目に遭うからに決まってるだろ」
「えっ!?私の身を案じてくれるの!?やったーっ…でもミサ、ライトの為ならそれくらいなんでもないよ」
ミサは僕が心配をすると、過剰に喜んだ。
僕が特別な愛情を抱くのはだけだ。特別枠というと…あとは家族位しか当てはまらない。
だから僕がミサを心配しているのは、僕の中にある正義感や倫理観に基づいてのもの。
竜崎と今対立している理由は、あくまでキラ確保より人命を優先しているからだ。
それだけは譲れないところだった。
想いを寄せてくれる女性に対してこんなことしか思えずに心苦しいけれど…
結局のところ、僕にとってミサは、守られるべき一般市民の一人でしかない。
…しかしそれを包み隠さず口にするほど、僕もデリカシーがない訳ではない。
僕は努めて冷静に、ミサへと真剣に語り掛けた。
「……いいか、ミサ。Lの事を知っているかもしれないとなれば、相手はどんな手でそれを言わせようとしてくるかわからない」
「大丈夫、ミサどんな拷問されたって言わないもん」
「はいそうですね」
「……大体キラは死の前の行動を操れるミサを操って殺すという恐れが十分にある」
「それも大丈夫です。さっきウエディに会議室のカメラ等をはずした後送らせたファックスです。彼等は会議後全ての書類を会議室のシュレッダーにいれて退室…
そこから取り出し復元してもらいました。これはその中で一番興味のあった「殺しの規則」の書類です」
竜崎はポケットを弄ると、そこから一枚の紙を取り出した。
いつかの喫茶店の席での事を思いだす。竜崎は何でもポケットにいれる癖があるらしい。
指でつまんで、折りたたんであった紙を開く。そしてその中身が僕に見えるよう、掲げる。
「これを見れば顔だけで殺せないのは一目瞭然です。必要なのは顔と名前。「名前は通称名等では駄目」ともある。そして「操って殺す時」の16項、「操る、特定の誰かに対しての言動、行動させる事はできない。他の人間の名前が挙がった場合、捜査は無効となり、皆心臓麻痺となる」これはつまり、「弥海砂にLの事を喋らせ殺す」とは出来ず、心臓麻痺になるという事です。そもそもLとは通称ですし」
「…おい竜崎。それだけではなんの保障にもなっていない。いやどの道Lを殺せば用がなくなり口封じにミサを殺す」
「それはさすがにヤダ…」
どんな拷問をされても大丈夫!と息巻いていたミサも、さすがに口元を覆って汗をかいている。
そして息を殺してそれを聞いているも、眉を顰めていた。
殺しの規則、などという生々しい書類を持ち出されて、怖くなったのだろう。
は元々、人の会話に口を挟んでくる方じゃない。その上、今は巻き込まれないよう、静かに気配を殺している。
しかし、逃げられないのだとすぐに悟る事となる。
「月くん、我々が勝てばミサさんは死にません。それに手錠がある以上運命を共にするんですよね。私が死んだら月くんも死ぬ。そうしたら一番悲しむのはミサさん、それに──さんじゃないですか」
極力こちらへ視線を向けないようにしていたも、「やっぱり巻きこんできた…」とでも言わんばかりに、ショックを受けたような表情でこちらを見ていた。
そしてすぐにはあ、と小さくため息をついて、肩を落としている。
そんなに注目しているのは僕だけで、竜崎とミサはの一喜一憂にはお構いなく会話を続けていた。
「私や月くんが死ぬか、キラが捕まるかです。さあどっち?」
「キラ捕まる!月がいない世界じゃ私生きていけない」
「はい正解」
「おい竜崎無茶苦茶だ…」
「時間がないんです。私焦ってます。それに弥海砂、この子の根性と…月くんへの愛は世界一です」
「は?」
僕の喉からは、思わず低い声が漏れ出た。僕が今浮かべている表情もお世辞にも明るいとは言えないだろう。
竜崎は勿論知らん顔をしているし、ミサは僕の不機嫌に気が付いていないのか、両手を組んでキラキラと瞳を輝かせていた。
「…り…竜崎さん…み…ミサ今まであなたの事誤解していたもしれない…変態とか言っちゃって……ちゃんと私を理解してくれてるのね…」
「はい、ミサさんは月くんにふさわしい最高の女性です」
「!?おい、竜崎っ!!適当なことを言うな」
さすがに「は?」という一言だけでは済ませられず、僕は焦った声を出さざるを得なかった。
という恋人がいるのに、別の女性を「僕に相応しい」という竜崎はデリカシーに欠けすぎている。
そしてそれを喜ぶミサもミサだろう。
彼氏である僕は、の方をバッと見た。すると困ったように笑っているだけで、傷付いている様子はない。
それはそれで僕の立つ瀬がないが…少し安心した。
竜崎がミサを乗せるために、わざと持ち上げてるだけだと、ちゃんと理解してくれているようだ。
そして喜んだミサは、「ありがと竜崎」と言いながら竜崎の頬にキスをした。そんなミサに対し、竜崎は冗談か本気かわからない切り返しをする。
「…好きになりますよ?」
「いえ…それはちょっと…お友達という事でどうでしょう竜崎さん」
「はい。また友達が増えました」
「うん、ライトの友達は皆ミサの友達。仲良くやりましょう!」
「えっ…!?ちょ、ちょっと」
ミサはご機嫌な様子で、小走りで名前の近くに行くと、名前の手を引いて立ち上がらせた。
僕たち三人の側に寄らせると、ミサは僕と竜崎の手を取った。
「ほらも二人と繋いで!」
「……えと……」
こういう時、は日本人らしいと感じる。
ついていけない展開に困惑しつつも、場の空気を壊さないように、ミサの望む通りに竜崎と僕の空いた片手をそろりと取った。
社交性があるとも言えるが、空気を読みすぎる日本人の性ともいえてる。
とはいえ本当に嫌なことは嫌と言える強さがあるので、の優しくも凛とした人間性を慕う者は、昔から多かった。
四人で手を繋いでくるくると回り出す。僕は苦笑いをしているの方を見やったあと、足を止め、次に竜崎を見た。
「…で、の事は巻き込むつもりはないよな?竜崎」
「巻き込みたいのが本音です。第二のキラ容疑がかけられた事、Lの取り調べを受けた事。ミサさんと条件はほぼ一緒なんですから。貴重な情報を持つ人間は、多ければ多いほどよく食いついて来るでしょう」
誰からともなくパッと手は離されて、四人仲良くお友達、という輪は崩れ去った。
まるでさながら砂上の城だ。
けれどどさくさに紛れて、と繋いだ手だけは残しておく。
意味の分からない儀式に参加させられたと思ったが、と自然に手を繋ぐ時間が設けられたのなら役得だと思えなくもない。
はげんなりとした表情で再び肩を落としている。とうとう自分が上手い事"誘導"される番が回ってくるのか…と言った様子だ。
は半ば巻き込まれる事を諦めている様子だが、僕は説得を諦めるつもりはない。
「……でもは"やる"とは言ってないぞ。まさか意思もないのに無理やりやらせるなんて、そんな事はしないよな?」
「ああ、なるほど。月くんはさんに「月くんがいない世界じゃ生きていけない。だからやる」と言ってもらえる自信がないですね」
「…っ竜崎…!」
は繋いだ僕の手に力が入ったのを感じ、パッと僕を見上げた。
このままだと、また殴り合いの喧嘩を始めてしまう…とが危惧しているのが理解できた。
ミサは繋いでいた手を放すと、人差し指を立てた。
そしてピリついた僕たち2人を見ながら、あっけらかんと言う。
「はいはい2人とも仲良くしてよね!ミサは友達を絶対裏切りません、任せておいて!皆で力を合わせてキラ逮捕!」
「いえそれが…夜神くんは私と違う捜査方法をお父さん達と取る様で、私とミサさん二人でという事に…」
「えっ何それ…」
「さんが加わってくれたら三人になるんですけど…」
「……」
竜崎がわざとらしくを見ると、はそろりと視線を逸らす。
逃げられないと諦めつつも、簡単にイエスと言えるはずもない。
「…やり方が汚いぞ。これじゃ僕はこっちの捜査にも加わるしか…」
「いえ結構ですよ」
「何言ってんのライトもも参加決定ーっ」
「いや違う…この捜査自体に僕は反対なんだ。ミサが危険過ぎる」
「ライト、私の事想ってくれてありがとう。でもやらせて」
僕はミサと竜崎にもう一度釘を刺すと、それすらミサには甘美な言葉に聞えるようだった。
うつとりとした表情再び祈るように手を組みつつ、こう宣言した。
「ミサ、ライトの役に立ちたい…役に立ってもっと愛されたい。それにミサは…ライトの為になら喜んで死る」
一目惚れをしただけの男に、何故こんな言葉をかけられるのか、理解ができなかった。
百歩譲って、僕がミサの想いに答えていたならまだしも…
出会って日が浅く、長らく監禁されていた。そして解放されたばかりで、命を投げ出す程の愛をその口で語る。
…本気でミサの事がわからない。のために命を張って危険から守りたいと思っているけれど、いざ「○○をすれば夜神月とどちらか一人だけを助ける」といったような、トロッコ問題に近い現実が目の前にやってきた時、僕は迷わず自分の命を捨てられるとは考えなられない。
自殺をするのは人間だけだというけれど、そうは言っても人間も所詮はただの生き物。
命を捨てるのを恐れるのは動物の本能だ。よって、僕はのためなら死ねるとは思わない。ただ「のために死にたい」とは思う。
とこんな話をした事はないが…恐らく、も似たような考え方をしていると思う。
そんな僕の心情など知る由もなく、竜崎はわざとらしく言った。
「ミサさんは本当に月くんが好きなんですね。…そして月くんの方はさんの事をとても愛しているようですが…一方通行に見えなくもないです。
前に妬かないのは月くんの事を信頼しているからだと言ってましたが…私には、それが信頼なのか諦観なのか、見ていて違いがわからないんですよね」
僕は眉を顰めて、自分があからさまに竜崎の言葉によって気分を害されているのが分かった。
を心配させぬよう、繋いだ手には力をこめないよう努める。
「いつだってさんに会いに行くのは月くんで、触れられなくて耐えられないと言うのも月くんの方。…月くんには自信があるんでしょうか?」
──これは挑発だ。この煽りに乗ってしまえば、竜崎の思う壺だ。
頭では理性的にそう考えられても、心はそうはいかない。
の事となると僕はどうも感情的になる。愚直にかき乱される。
「さんが、月くんのためにミサさんんと同等の愛を語ってもらえる自信が…さんは言ってくれますか?月くんの為なら喜んで──…」
「っ竜崎!」
僕は堪えれず、拳を握って振りかぶろうとした。
がそれに気が付かないはずがなく、僕の手が上がる前にそれを止めた。
僕の手を両手で握りしめ、間違っても暴力に走らぬように留め、そして僕と視線を合わせてこう叫んだ。
いつも穏やかなばかりのが叫び声をあげるのは、とても珍しい事だった。
「──死ねるから!」
僕は思わず息を呑んでしまった。ミサが上手く竜崎に誘導されたように。僕が挑発に乗ってしまったように。
のこの言葉も、その流れの1つで発せられたものでしかないと理解しつつも、
その言葉は僕の胸を打つ。
「…私、月くんの為に死ねるから。愛してるから…会いたいって思うし、触れたいって思うから!」
とはいえ──
がこう言ったのは、"乗せられた"という理由だけではない。
──僕のためだ。
彼女でもないミサが竜崎に持ちあげられ、僕のために死ねるとすら言う。
それなのに、恋人であるがその覚悟を示さない。
そう煽られれば、僕は途端に惨めな男になるだろう。
竜崎のあからさまな挑発だと解りつつも──は「乗らずに穏便にやり過ごす」という選択肢を捨て、僕の名誉を守る選択をした。
それは、僕の事が好きだからだ。僕がいつもにそう思っているように──
好きだから、守りたい。好きだから、傷付いてほしくない。笑っていてほしい。
そんな行動原理のもと、は聞いた事もないくらいの大きな声を上げた。
の喉は驚いてヒリついているのか、少し涙目になっている。
──竜崎の勝ちだ。僕は拳を下して、もう何も言えなかった。
「では、捜査に強力してくれますね?」
「……それとこれとは話が別だろう。、頷かなくてもいい」
の肩をぐっと抱き寄せながら言う。けれど胸が暖かくて、それだけじゃ気が済まない。
無意識のうちに、僕はのつむじにキスを落としていた。
竜崎はそんな様子をからかうことはなく、淡々と告げる。
「でも、ヨツバの方は自然とミサさんとセットでさんを召喚させようとするでしょうけどね。ヨシダプロは弥海砂と幻の少女でセットで売り出してる、と世間は認識しているでしょうし…あの日の接待でも、さんは好感触を掴んでました。
効力が高まる程、勝率も高まる。…ミサさんを単身で挑ませて、わざわざ女性を危険に晒さなくてもいいのではないでしょうか」
「……竜崎、言ってる事が滅茶苦茶だぞ」
「危険が一切ないとは言いませんよ。勝てばいいだけの話だと言っているんです」
話が平行線を辿る中、意外なことに、が強い意志を持って、宣言をした。
「……──私、やるよ。…竜崎くん、勝ってくれるよね?」
「はい。"私は"勝ちますよ」
「…………はあ」
僕の中にはまだまだ言いたい事は沢山ある。
しかし竜崎だけでなく、ミサ…それにまでも乗り気になってしまった今、
僕がこれ以上言える事ははない。降参だ。
4.舞台裏─行動原理:恋
「あの七人の中にキラがいるとはかぎりません。繋がりを持っているだけであれば、七人を捕まえても犯罪者の方の死は止まりません。あの七人がキラに殺されるだけです。七人の中に絶対キラがいるというのでなければ、今捕まえる意味はありませんし、仮にいたとしても現在誰がキラなのか、断定は難しい。まだ時期尚早だと私は思います」
「し…しかし七人の中に絶対いないとも言えないのなら、七人を捕まえれば犯罪者の死が止まる可能性もあるという事のはずだ…」
「父さんの言う通りだ。その可能性はある…」
「犯罪者の死は止まる"かも"しれませんね」
竜崎が含みのある言い方をしたと僕は感じ、しかし父さんはそれに気がつかず、自身の信念を曲げなかった。それを松田さんが必死に留めようとする。
「では人命を優先し、七人を捕まえるべきだ!」
「でも局長それも難しいですよ…私達もう刑事じゃないんだし、警察も協力してくれそうもないですし…やっぱり竜崎の言う様にキラとその証拠を突き付けるくらいじゃないと…」
「いや一人でも犠牲者を減らす事が大事じゃないのか!」
「あの……」
父さんが叫んだ瞬間、竜崎がやっと口を開いた。
とぽとぽと角砂糖をコーヒーにいれながら。
「──やっぱり私は一人でキラを追います」
そして次に両手いっぱいに角砂糖を握りしめ、高いところからそれを落とした。
狙いを外す事はなく、ぽちゃぽちゃと角砂糖が次々とコーヒーに吸い込まれていく。
「夜神さん達は夜神さん達のやり方で捕まえるなり、好きな様にしてください。私は私のやり方で捜査していきます。そうしないと口論になるだけです。別行動にしましょう」
「つまり竜崎はあくでもキラに絞って追うという事か」
「はい」
「犯罪者だろうと人の命だ!」
「わかっています。しかしそれで犯罪者の死が止まると決まった訳ではありません」
「しかし止まる可能性があるなら未然に防げることはやるべきだ!」
「はい。夜神さんの考えが一番正しいと思います。ですから七人を捕まえたいなら捕まえてくださいと言いました。しかし私はキラを捕まえる事だけに専念します。…この事件はキラを捕まえなければ、解決しない」
竜崎が落とした角砂糖は山となり、もう落とすスペースもない。ここまで山となった状況では、
そこの砂糖が解けてくれた所で、飲めるようにはならないだろう。
「目の前の犯罪者何人かの死を阻止する事が意味のない事だとは言いません。しかし詰めて全ての真相を解明しなければ、またキラは現れ犠牲者は増える事になる。ならば七人より、キラを断定すべきというのが私の考えです」
結局竜崎はコーヒーに口をつける事はなく──最初から飲むつもりもなかったのだろう──
そこまで言うと立ち上がり、珍しく歩き出した。
「私は七人逮捕には反対ですから、やるなら夜神さん達の責任でお願いします。私は私でキラを追う。期限は一ヵ月…どっちが早いかですね」
「り…竜崎」
竜崎が歩いていけば、当然手錠で繋がた僕も引きずられて行くことになる。
「どこ行くんだ?」
「弥の部屋です。今さんもいるようですから丁度いい…。…すみません、月くんもお父さん側だとわかっていますが、手錠は外せないので付き合ってもらいます」
言いながら、竜崎はエレベーターのボタンを押した。
確かにモニターには、ミサとが揃って映っていた。
ミサの部屋にが遊びに行ったのだろう。最近はそうして二人で過ごす時間が多くなっていた。
同じ年頃という事もあり、話が弾むのだと思う。
──竜崎はノックをする事も何もなく、ミサの部屋のドアを開け放った。
誰かの部屋の扉を…殊更女性の部屋のドアを予告なしで開けるなど、言語道断だ。
常識に欠けると言わざるを得ないが、常識に囚われない型破りな生き方と頭脳をしているのが、竜崎という男なのだ。
僕は眉根を寄せながら、竜崎の後ろをついて行く。
竜崎の奇行にはもう二人とも慣れているので、動じていない。
嫌な顔一つせず僕達を出迎えてくれた。
「ライト!今日デートOKの日だっけ?…竜崎さん付きの」
ミサが明るい笑顔を見せたのは最初だけ。途中、ふてくされたような目で竜崎を見て、ムスッと言った。
二人掛けのソファーに2人並んで座っていて、奥にミサ、手前にの順で座っている。
お互い持ち寄ったらしい雑誌やお菓子などがテーブルに雑然と並んでおり、さながら女子会のようだ。いや、実際そうなのだろう。
その楽しい時間に水を差すのも厭わず、竜崎はぺたぺたと足音を鳴らしながら2人の方へと近寄っていった。
そして、出口側にいたにずいっと顔を寄せ、こんな問いかけをした。
「──さん。あなたは月くんを愛していますか?」
「え…?」
はきょとんとした目で竜崎を見つめて、言葉を詰まらせていた。
愛しているか否かの返答に迷ったのでなく、何故今急にこんなことを聞かれてるのか不思議でならない…そんな困惑が手に取るように伝わった。
僕は竜崎の方へにじり寄り、低い声で牽制した。
竜崎のする事に意味もないはずがない。あと一ヵ月で…という期日が迫る今であれば尚更だ。
深い意味を持った質問をに投げた事も、相手を選ばぬ癖とはいえ──至近距離まで顔を近づけているのを見るのも、業腹だった。
「…竜崎。何をするつもりかしらないが…に…」
「……はい、まあそうですね」
僕が明確な言葉で制さなくても、何が言いたいのかは伝わったのだろう。
何がそうですね、なんだか。よくわからない返事で、僕の牽制を受け止めた。
というより、今に絡むのは得策でないと、順序を変えたようだ。
竜崎は矛先を変え、今度はソファー奥に座るミサに詰め寄り、同じ質問を重ねた。
「では、ミサさん。あなたは月くんを愛していますか?」
「えっ…あっ…はい…とっても…」
「しかしキラも崇拝してる」
「!?…はい…」
「では月くんとキラだったらどっちを取りますか?」
「はあ?」
ミサは手にしていた雑誌を机にバサリと投げると、そのまま立ち上がる。
更に距離を詰めてきた竜崎から逃れるように駆け出し、僕の腕に自分の腕を絡めた。
「そんなの月に決まってるじゃん。キラには感謝していて会いたいと思ってた事もあるけど、愛なんかじゃないし…断然ライトです!」
「月くんはキラを捕まえたい。そうですね?月くん」
「ああ、決まってるだろ」
「捕まえたいそうです。さあどうします?」
「ライトが捕まえたいなら捕まってほしいと思います」
逃げても逃げても詰め寄る竜崎から逃げるように、ミサは身をよじる。
そんなに嫌なら僕の腕を離して逃げて行けばいいのに。
逃げたい気持ちと天秤にかけてみて、僕の腕を取る方が勝ったのだろう。
「では月くんの役に立ち、月くんと一緒に捜査できるなら協力したい…ですね?」
「…り…竜崎…」
竜崎が意味を持って質問を重ねている事は重々理解していた。けれど竜崎が誘導尋問で持って行こうとしているその方向性を薄っすら察して、僕は困惑した。
ミサは嬉々として、僕の腕に寄り掛かりながら答えた。
「うん!ライトの為になるならミサはなんでもする!」
「では私は誰でしょう?」
「えっ?竜崎さんとしか…別に下の名前知りたくないし…」
「ではLとは誰でしょう?」
「パソコンの中から話してた「L」って画面の人」
「はい正解です」
「やった!」
ソファーに座ったままの名前も、雲行きが怪しくなってきた事に気が付いたのだろう。
竜崎の意図を察して、手を膝の上で組んで視線を落としていた。
お願いだからこちらには振らないで──というの切実な気持ちが伝わってくる。
「ち…ちょっと待て竜崎…」
「はい?」
「何をする気だ?」
「私の勝手な捜査です。気にしないでください。時間がありません。私焦ってます」
「ふざけるな。ミサやを巻き込んで竜崎の勝手な捜査では済まないだろ」
「まあそれもそうですね。…アイバーに連絡して「Lを探していたら弥海砂がLを知ってるかもしれないという線が出た」とエラルド=コイルからあの七人に報告させます。もう松田さんのドジの時、CM等で使ってくれという話は一度してある…必ず食いついてきます」
竜崎はミサから視線を逸らし、歩きながら考えを語った。
「キラの犯罪者裁きがなくなった二週間その直前にミサさんは何者かにより監禁。ミサさんは両親を強盗に殺されその強盗がキラに裁かれた事でキラを崇拝。東京に出てきたのは第二のキラが現れる少し前。
こんな事はエラルド=コイルならすぐ調べられてなんら不思議ではありません。そこに留まらず、「弥海砂第二のキラの容疑でLに取り調べを受けたらしい」と報告させ…」
「それマジだしね」
「「しかし誤認逮捕だったとわかり、弥に謝罪。多額の賠償金を払い、その事実をもみ消した」そこまで言わせます。くだらない噂の飛び交うネット上等では誰も信じませんが、コイルがあの七人に言えば信じます。コイルにも手柄ができ、良い事づくめ」
──これならLと弥海砂は監禁時に接触があったとし、Lの事を知ってるかもしれないと考える。
必ずヨツバはミサさんをCMに起用し色々聞き出そうとしてきます。
そしてミサさんはキラを心から崇拝し、会いたがっている事。キラの為ならなんでもするような事をタイミングのいい所でほのめかせばいい…
そこまで言うと、竜崎は再びミサの方へ視線を向け、こう締めくくった。
「今撮ってる映画の演技を見ればミサさんにとってはたやすい事…天才女優ですから」
「うん面白そうね。…えっと…」
ミサは役者魂がくすぐられたのか、純粋に頷いていた。けれど、ミサが動く基準は、自分が面白いと感じるか、そうでないかではない。
さすがの僕も、そこはもう分かってきていた。
ミサは僕を見上げると、僕の意思を確認した。
「ライトは本当にキラを捕まえたのよね?」
「!…ああ…それはそうだが…確かに捕まえたいが、これは駄目だ」
「なんで?」
「ミサが危険な目に遭うからに決まってるだろ」
「えっ!?私の身を案じてくれるの!?やったーっ…でもミサ、ライトの為ならそれくらいなんでもないよ」
ミサは僕が心配をすると、過剰に喜んだ。
僕が特別な愛情を抱くのはだけだ。特別枠というと…あとは家族位しか当てはまらない。
だから僕がミサを心配しているのは、僕の中にある正義感や倫理観に基づいてのもの。
竜崎と今対立している理由は、あくまでキラ確保より人命を優先しているからだ。
それだけは譲れないところだった。
想いを寄せてくれる女性に対してこんなことしか思えずに心苦しいけれど…
結局のところ、僕にとってミサは、守られるべき一般市民の一人でしかない。
…しかしそれを包み隠さず口にするほど、僕もデリカシーがない訳ではない。
僕は努めて冷静に、ミサへと真剣に語り掛けた。
「……いいか、ミサ。Lの事を知っているかもしれないとなれば、相手はどんな手でそれを言わせようとしてくるかわからない」
「大丈夫、ミサどんな拷問されたって言わないもん」
「はいそうですね」
「……大体キラは死の前の行動を操れるミサを操って殺すという恐れが十分にある」
「それも大丈夫です。さっきウエディに会議室のカメラ等をはずした後送らせたファックスです。彼等は会議後全ての書類を会議室のシュレッダーにいれて退室…
そこから取り出し復元してもらいました。これはその中で一番興味のあった「殺しの規則」の書類です」
竜崎はポケットを弄ると、そこから一枚の紙を取り出した。
いつかの喫茶店の席での事を思いだす。竜崎は何でもポケットにいれる癖があるらしい。
指でつまんで、折りたたんであった紙を開く。そしてその中身が僕に見えるよう、掲げる。
「これを見れば顔だけで殺せないのは一目瞭然です。必要なのは顔と名前。「名前は通称名等では駄目」ともある。そして「操って殺す時」の16項、「操る、特定の誰かに対しての言動、行動させる事はできない。他の人間の名前が挙がった場合、捜査は無効となり、皆心臓麻痺となる」これはつまり、「弥海砂にLの事を喋らせ殺す」とは出来ず、心臓麻痺になるという事です。そもそもLとは通称ですし」
「…おい竜崎。それだけではなんの保障にもなっていない。いやどの道Lを殺せば用がなくなり口封じにミサを殺す」
「それはさすがにヤダ…」
どんな拷問をされても大丈夫!と息巻いていたミサも、さすがに口元を覆って汗をかいている。
そして息を殺してそれを聞いているも、眉を顰めていた。
殺しの規則、などという生々しい書類を持ち出されて、怖くなったのだろう。
は元々、人の会話に口を挟んでくる方じゃない。その上、今は巻き込まれないよう、静かに気配を殺している。
しかし、逃げられないのだとすぐに悟る事となる。
「月くん、我々が勝てばミサさんは死にません。それに手錠がある以上運命を共にするんですよね。私が死んだら月くんも死ぬ。そうしたら一番悲しむのはミサさん、それに──さんじゃないですか」
極力こちらへ視線を向けないようにしていたも、「やっぱり巻きこんできた…」とでも言わんばかりに、ショックを受けたような表情でこちらを見ていた。
そしてすぐにはあ、と小さくため息をついて、肩を落としている。
そんなに注目しているのは僕だけで、竜崎とミサはの一喜一憂にはお構いなく会話を続けていた。
「私や月くんが死ぬか、キラが捕まるかです。さあどっち?」
「キラ捕まる!月がいない世界じゃ私生きていけない」
「はい正解」
「おい竜崎無茶苦茶だ…」
「時間がないんです。私焦ってます。それに弥海砂、この子の根性と…月くんへの愛は世界一です」
「は?」
僕の喉からは、思わず低い声が漏れ出た。僕が今浮かべている表情もお世辞にも明るいとは言えないだろう。
竜崎は勿論知らん顔をしているし、ミサは僕の不機嫌に気が付いていないのか、両手を組んでキラキラと瞳を輝かせていた。
「…り…竜崎さん…み…ミサ今まであなたの事誤解していたもしれない…変態とか言っちゃって……ちゃんと私を理解してくれてるのね…」
「はい、ミサさんは月くんにふさわしい最高の女性です」
「!?おい、竜崎っ!!適当なことを言うな」
さすがに「は?」という一言だけでは済ませられず、僕は焦った声を出さざるを得なかった。
という恋人がいるのに、別の女性を「僕に相応しい」という竜崎はデリカシーに欠けすぎている。
そしてそれを喜ぶミサもミサだろう。
彼氏である僕は、の方をバッと見た。すると困ったように笑っているだけで、傷付いている様子はない。
それはそれで僕の立つ瀬がないが…少し安心した。
竜崎がミサを乗せるために、わざと持ち上げてるだけだと、ちゃんと理解してくれているようだ。
そして喜んだミサは、「ありがと竜崎」と言いながら竜崎の頬にキスをした。そんなミサに対し、竜崎は冗談か本気かわからない切り返しをする。
「…好きになりますよ?」
「いえ…それはちょっと…お友達という事でどうでしょう竜崎さん」
「はい。また友達が増えました」
「うん、ライトの友達は皆ミサの友達。仲良くやりましょう!」
「えっ…!?ちょ、ちょっと」
ミサはご機嫌な様子で、小走りで名前の近くに行くと、名前の手を引いて立ち上がらせた。
僕たち三人の側に寄らせると、ミサは僕と竜崎の手を取った。
「ほらも二人と繋いで!」
「……えと……」
こういう時、は日本人らしいと感じる。
ついていけない展開に困惑しつつも、場の空気を壊さないように、ミサの望む通りに竜崎と僕の空いた片手をそろりと取った。
社交性があるとも言えるが、空気を読みすぎる日本人の性ともいえてる。
とはいえ本当に嫌なことは嫌と言える強さがあるので、の優しくも凛とした人間性を慕う者は、昔から多かった。
四人で手を繋いでくるくると回り出す。僕は苦笑いをしているの方を見やったあと、足を止め、次に竜崎を見た。
「…で、の事は巻き込むつもりはないよな?竜崎」
「巻き込みたいのが本音です。第二のキラ容疑がかけられた事、Lの取り調べを受けた事。ミサさんと条件はほぼ一緒なんですから。貴重な情報を持つ人間は、多ければ多いほどよく食いついて来るでしょう」
誰からともなくパッと手は離されて、四人仲良くお友達、という輪は崩れ去った。
まるでさながら砂上の城だ。
けれどどさくさに紛れて、と繋いだ手だけは残しておく。
意味の分からない儀式に参加させられたと思ったが、と自然に手を繋ぐ時間が設けられたのなら役得だと思えなくもない。
はげんなりとした表情で再び肩を落としている。とうとう自分が上手い事"誘導"される番が回ってくるのか…と言った様子だ。
は半ば巻き込まれる事を諦めている様子だが、僕は説得を諦めるつもりはない。
「……でもは"やる"とは言ってないぞ。まさか意思もないのに無理やりやらせるなんて、そんな事はしないよな?」
「ああ、なるほど。月くんはさんに「月くんがいない世界じゃ生きていけない。だからやる」と言ってもらえる自信がないですね」
「…っ竜崎…!」
は繋いだ僕の手に力が入ったのを感じ、パッと僕を見上げた。
このままだと、また殴り合いの喧嘩を始めてしまう…とが危惧しているのが理解できた。
ミサは繋いでいた手を放すと、人差し指を立てた。
そしてピリついた僕たち2人を見ながら、あっけらかんと言う。
「はいはい2人とも仲良くしてよね!ミサは友達を絶対裏切りません、任せておいて!皆で力を合わせてキラ逮捕!」
「いえそれが…夜神くんは私と違う捜査方法をお父さん達と取る様で、私とミサさん二人でという事に…」
「えっ何それ…」
「さんが加わってくれたら三人になるんですけど…」
「……」
竜崎がわざとらしくを見ると、はそろりと視線を逸らす。
逃げられないと諦めつつも、簡単にイエスと言えるはずもない。
「…やり方が汚いぞ。これじゃ僕はこっちの捜査にも加わるしか…」
「いえ結構ですよ」
「何言ってんのライトもも参加決定ーっ」
「いや違う…この捜査自体に僕は反対なんだ。ミサが危険過ぎる」
「ライト、私の事想ってくれてありがとう。でもやらせて」
僕はミサと竜崎にもう一度釘を刺すと、それすらミサには甘美な言葉に聞えるようだった。
うつとりとした表情再び祈るように手を組みつつ、こう宣言した。
「ミサ、ライトの役に立ちたい…役に立ってもっと愛されたい。それにミサは…ライトの為になら喜んで死る」
一目惚れをしただけの男に、何故こんな言葉をかけられるのか、理解ができなかった。
百歩譲って、僕がミサの想いに答えていたならまだしも…
出会って日が浅く、長らく監禁されていた。そして解放されたばかりで、命を投げ出す程の愛をその口で語る。
…本気でミサの事がわからない。のために命を張って危険から守りたいと思っているけれど、いざ「○○をすれば夜神月とどちらか一人だけを助ける」といったような、トロッコ問題に近い現実が目の前にやってきた時、僕は迷わず自分の命を捨てられるとは考えなられない。
自殺をするのは人間だけだというけれど、そうは言っても人間も所詮はただの生き物。
命を捨てるのを恐れるのは動物の本能だ。よって、僕はのためなら死ねるとは思わない。ただ「のために死にたい」とは思う。
とこんな話をした事はないが…恐らく、も似たような考え方をしていると思う。
そんな僕の心情など知る由もなく、竜崎はわざとらしく言った。
「ミサさんは本当に月くんが好きなんですね。…そして月くんの方はさんの事をとても愛しているようですが…一方通行に見えなくもないです。
前に妬かないのは月くんの事を信頼しているからだと言ってましたが…私には、それが信頼なのか諦観なのか、見ていて違いがわからないんですよね」
僕は眉を顰めて、自分があからさまに竜崎の言葉によって気分を害されているのが分かった。
を心配させぬよう、繋いだ手には力をこめないよう努める。
「いつだってさんに会いに行くのは月くんで、触れられなくて耐えられないと言うのも月くんの方。…月くんには自信があるんでしょうか?」
──これは挑発だ。この煽りに乗ってしまえば、竜崎の思う壺だ。
頭では理性的にそう考えられても、心はそうはいかない。
の事となると僕はどうも感情的になる。愚直にかき乱される。
「さんが、月くんのためにミサさんんと同等の愛を語ってもらえる自信が…さんは言ってくれますか?月くんの為なら喜んで──…」
「っ竜崎!」
僕は堪えれず、拳を握って振りかぶろうとした。
がそれに気が付かないはずがなく、僕の手が上がる前にそれを止めた。
僕の手を両手で握りしめ、間違っても暴力に走らぬように留め、そして僕と視線を合わせてこう叫んだ。
いつも穏やかなばかりのが叫び声をあげるのは、とても珍しい事だった。
「──死ねるから!」
僕は思わず息を呑んでしまった。ミサが上手く竜崎に誘導されたように。僕が挑発に乗ってしまったように。
のこの言葉も、その流れの1つで発せられたものでしかないと理解しつつも、
その言葉は僕の胸を打つ。
「…私、月くんの為に死ねるから。愛してるから…会いたいって思うし、触れたいって思うから!」
とはいえ──
がこう言ったのは、"乗せられた"という理由だけではない。
──僕のためだ。
彼女でもないミサが竜崎に持ちあげられ、僕のために死ねるとすら言う。
それなのに、恋人であるがその覚悟を示さない。
そう煽られれば、僕は途端に惨めな男になるだろう。
竜崎のあからさまな挑発だと解りつつも──は「乗らずに穏便にやり過ごす」という選択肢を捨て、僕の名誉を守る選択をした。
それは、僕の事が好きだからだ。僕がいつもにそう思っているように──
好きだから、守りたい。好きだから、傷付いてほしくない。笑っていてほしい。
そんな行動原理のもと、は聞いた事もないくらいの大きな声を上げた。
の喉は驚いてヒリついているのか、少し涙目になっている。
──竜崎の勝ちだ。僕は拳を下して、もう何も言えなかった。
「では、捜査に強力してくれますね?」
「……それとこれとは話が別だろう。、頷かなくてもいい」
の肩をぐっと抱き寄せながら言う。けれど胸が暖かくて、それだけじゃ気が済まない。
無意識のうちに、僕はのつむじにキスを落としていた。
竜崎はそんな様子をからかうことはなく、淡々と告げる。
「でも、ヨツバの方は自然とミサさんとセットでさんを召喚させようとするでしょうけどね。ヨシダプロは弥海砂と幻の少女でセットで売り出してる、と世間は認識しているでしょうし…あの日の接待でも、さんは好感触を掴んでました。
効力が高まる程、勝率も高まる。…ミサさんを単身で挑ませて、わざわざ女性を危険に晒さなくてもいいのではないでしょうか」
「……竜崎、言ってる事が滅茶苦茶だぞ」
「危険が一切ないとは言いませんよ。勝てばいいだけの話だと言っているんです」
話が平行線を辿る中、意外なことに、が強い意志を持って、宣言をした。
「……──私、やるよ。…竜崎くん、勝ってくれるよね?」
「はい。"私は"勝ちますよ」
「…………はあ」
僕の中にはまだまだ言いたい事は沢山ある。
しかし竜崎だけでなく、ミサ…それにまでも乗り気になってしまった今、
僕がこれ以上言える事ははない。降参だ。