第64話
4.舞台裏誰を殺すか

ヨツバ社員たちをミサの部屋に集め、転落死を偽造した翌日。
──「タレント弥海砂さんのマネージャー松井さん泥酔し転落死」という新聞記事が小さく掲載されていた。
松田さんは椅子に座りながら、それを難しい表情で眺めている。

「小さいなー…」

この小さすぎる一枠で見つけてもらえるのか。効力があるのか。そういった懸念があるのだろう。
僕はそんな松田さんに笑顔でこう言った。

「それでも絶対ヨツバのあの八人は確認するはずだから大丈夫だよ。これで松田さんは死なずに済むんじゃないかな。多分…」
「え!たぶん?」

とはいえ、心情的には殆どは昨日の作戦で大丈夫だと思っていたのだろうか。
多分という僕の曖昧な言葉に、ぎょっとしていた。
竜崎はいつものように膝を抱えて座りつつ、デスクに寄り掛かり腕を組むアイバーを見た。

「松田さんはもうこの世に存在しない者として…アイバー、ミサさんのマネージャーとしてヨツバに近づいてみますか?」
「いや、俺は俺のやり方で動きます」
「ではミサさんのマネージャーは模木さんで…」

アイバーがヨツバに近づくための役としてマネージャーというポジションを選択しないのであれば、捜査本部の中から選抜する他ない。
父さん、そして手錠で繋がれた監視対象である僕は論外だろう。であればと、消去法で模木さんが後釜に収まる事となった。


「とにかく松田さんの失敗…いや結果的には松田さんのおかげで、この八人の中に少なくともキラに繋がってる者がいると考えていいでしょう。これからはより慎重に詰めていきます」
「松田の話が本当ならこの中にキラ、もしくはキラに繋がってる者がいるという事に…」
「本当ですよ。「キラに殺してもらう」って言ってたんですから!」


録音などが出来た訳ではないので、松田さんの記憶だよりになる。
しかし松田さんが聞いたのは空耳などではなく、絶対の自信があるようで、握り拳を強めていた。

「竜崎、仮にこの八人全てにキラの能力が備わっていたとしても、第二のキラの様に顔だけで殺せる能力はないと考えていいのか?」
「そうですね…顔だけで殺せるなら、松田さんを死んだように見せても、今生きてるのは考え難いですから」
「えっ…あっ…そうか…僕本当に危なかったんですね…」

父さんが竜崎に可能性を問うと、その解を聞いて、松田さんは改めて事の重大さを理解したようで、青ざめていた。

「しかしいくらこの八人の身辺を調べても、個人的な殺人と思われる死は出てこない。ヨツバ拡大という私欲にキラの能力を使うなら、個人の欲にも使っていて、誰がキラ、もしくは繋がっているか絞れると思ったんだが…」
「個人が自由にキラの能力を使えるわけではないのか…」
「あるいはヨツバに疑いがかかったとしても、個人には絞られない様注意を払っている」
「どちらにしろ八人で会議して行動しているんですから、一人では何もできない馬鹿で腰抜けなんですよ」


竜崎は話しながら、蒸しケーキの包み紙ごと丸ごと口に入れていた。
しかしそれを突っ込む者は誰もおらず、僕もいつもの奇行だと、さして気にせず話を進める。


「その八人の会議が金曜に開かれ、金曜の夜から土曜の午後にかけてヨツバにとって都合のいい死が起る。まずこれを立証したいな」
「もう明白ですって。僕がこの耳で…」
「耳で聞いた、は証拠にならんだろう」
「今アイバーはこの八人の誰かに近づく事…ウエディは会議の行われる東京本社のセキュリティを破る事に専念してます。これがうまくいけば…」

竜崎はケーキ事、丸ごとに口に含んだ包み紙を皿の上に吐き出しつつ、「今度の金曜は面白い事になるかもしれません」と言った。


***

パソコンから、いつもの壮年の男の声が聞えてくる。

『竜崎。アイバーから連絡が入ってます』
「繋いでくれ」

親しい間柄なのだろう、いつも敬語を崩さない竜崎が、唯一崩れた言葉でやり取りをするのがワタリという人間だ。
パソコンにはいつものように、特徴的なロゴマークが表示されていた。

『竜崎。まだ完璧に信用されたとは思えないが…コイルとして、八人と間接的にだが、接触する事に成功した。明日にもまた日本へ入ります』
「流石に仕事が早いですね、アイバー」
『これならそのうち、向こうから僕に意見を求めたり、直接会おうとするのが定石』
「…アイバー。彼らの前に顔を出すのは危険です。くれぐれも慎重に…」
『わかってます。しかしLには二度も助けられた。今だってあなたの持つ僕の詐欺の証拠を出されたら、僕はヨボヨボになるまで刑務所暮らしだ。そんな人生よりよっぽど楽しい。命がけでやります。詐欺師を止めない理由のひとつはスリルですから』

竜崎はアイバーとウエディにはもう既に十分な信頼関係が積みあがってる、だからこそ本部に引き入れ顔を晒していいと判断したのだ。
犯罪の証拠という弱みを握ってるが故に従わせてる、そんな関係かと思いきや、
それなりに竜崎は彼らからの信頼を勝ちとっているらしい。

『それよりヨツバから500万ドル頂いたが、実在しないLを作り上げて奴等に渡し、もう1000万ドル取る事を考えてもいいか?』
「わかりました。私もうまい方法を考えてみます」

そこでアイバーとの通話は切れ、会話を聞いていた本部の面々は引きつった顔をしていた。

「はは…偽のL作って1000万ドルって、詐欺ですね…」
「……」
「いえ捜査の一環です」
「コイルとしてヨツバに潜入か…やるな、アイパー」
「私の別名で勝手な行動は…とも思いましたが、いいアイデアなので我慢しました」
『竜崎。今度はウエディからです』
「繋いでくれ」

父さんと松田さんが刑事を辞職していなければ、引き笑いどころでは済まされなかっただろう。竜崎は捜査の一環というが、堂々と犯罪が横行している。
しかし僕としても、その捜査方法が"正しい"とか"正しくない"の審議を横においてしまえば、
竜崎と同じようにいいアイデアだと言わざるを得ない。


『もう拍子抜けよ。ヨツバ本社のセキュリティし日本の一般的な会社の下ってところね…警備会社と契約してるだけ。例の会議室に盗聴器とカメラを付けるのは、警備員の巡回時間さえ把握すれば、簡単にできるわ。探知機もなは』
「明日の深夜、ワタリの準備させてある。覗き屋をつれてもう一度会議室に入ってもらい、カメラと盗聴器の設置を手伝ってもらえますか」
『OK』
「な…なんかすごく手際よく進んでるなあ…ワクワクしてきた」
「これで金曜の会議が開かれれば、竜崎の言う通り面白い物が見れそうだ」
「はい」

ウエディのうんざりしたような楽勝宣言を聞き、松田さん、僕、竜崎は笑った。
ヨツバ本社の例の会議──ヨツバにとって意味のある金曜日。何も映らないはずがない。

──10月15日、金曜日。
運命の日がやってきてた。

『そろった様だな…では定例会議を…』
「松田さんの言っていた時間よりはずいぶん遅いけど、いよいよ始まったな」
「なんかドキドキっすね。僕の活躍から発覚した極秘会議だし…」
「ドジからです」
「しかし八人ではなく七人だな」


僕と父は立ち、デスクに座る模木さん、竜崎、松田さんの背後に立ち、傍観した。
モニターに映るのは、彼らの定例会議。広い部屋のど真ん中に円形…いや、六角形に近い形のテーブルがあり、そこに八人分の椅子がおかれていた。
しかし一席は空席となっている。

「黒スーツに黒ネクタイ、マフィア気取りですね
「いや、七人しかいない所をみると…喪服だ」
「!ま…まさか…八人の中の一人を…!」
「多分殺っちゃいましたね」

松田さんが冗談半分でマフィアなどと言うも、僕は冷静に喪服だと指摘した。
もしや…と嫌な可能性が過り言葉を詰まらせた父さんに対し、竜崎は躊躇う事なく「殺したのだ」と言ってのけた。

『我々ヨツバグループの更なる飛躍発展のために…誰を殺すか』
「ほら、僕の言う通りでしょ!」

耳で聞いただけじゃ証拠にはならない、と言われていた松田さんが、鬼の首を取ったようにモニターを指さし言う。
竜崎は依然表情を変えたまま眺めつつ──しかしどこか纏う空気が変わったことに僕は気が付いた。

死んだ仲間は葉鳥という男のようだ。
彼は会議から抜けたいと発言をしてしまったらしく、粛清を受けたのだという。
奈南川は『仕方ないだろう。正直葉鳥が死んでくれてホッとしたこの会議から抜けようとする者がどうなるか。キラは最低一人はこうして見せしめにしておく必要がある』と冷酷に告げている。

『皆。これで葉鳥の死の意味は十分わかったと思う…肝に銘じろ。……次、エラルド=コイルの報告書の方だが…』


500万ドルの対価を払ったにも関わらず、情報量が少ないと火口がもらす。
Lはキラ逮捕を諦める事は考えられない。キラが日本の関東にいると断定した直接から、日本に入ったと思われる。Lにはワタリという代理人がいて、ICPO等にはワタリが出る。警察とのやり取りはそのワタリがパソコンを通す。警察庁内の捜査本部にワタリが出入りしていた事もあり、ワタリについても調査中。

それだけ聞いても、火口は『コイルですらライバルであるL事をたったこれだけしか分かっていなかった』と言って信用する気はないようだった。


『なあ…Lの方がコイルより上手だと考えると、俺はどうも…』
『まあ待て。コイルはこの報告書の最後で、Lの存在は軽視すべきではないとの忠告をくれたりもしている。「このペース…特に金曜・土曜にヨツバにとって有利に働く死が毎週では、Lがキラと関連付ける事は絶対ないとは言い切れない」』
『私達のてやってる事をそこまで調べ上げたコイルはやはり有能だと思う。とりあえず、毎週末に死というのは改善すべきだ』
『そうかな?コイルは依頼人を樹多だと調べ、更にヨツバを調べたからそこまでわかったんだろう?俺たちはかなりの工夫をし、遠回りにヨツバに返ってくる様に殺してる。疑いを持てる者などいない。Lだって心臓麻痺以外殺せる事は知らないはずだ。キラと結びつくはずもない』

紙村が弱気を見せると、尾々井と三堂がコイルを庇う発現をした。しかし依然として、火口はコイルを認めようとしない。


「す…すごいですね…ガンガン自白してるって感じだ…」
「ああ…もうこの録画があれば、七人を逮捕できるんじゃないか?」

松田さんと父さんが盛り上がる中で、竜崎だけがモニターを見ながら親指を噛み、神妙な面持ちをしていた。

七人はそこからも会議を続け、週末に集中しての事故死はマズいとか、誰がキラであるかそろそろ名乗ってもいいんじゃないかとか。殺しの規則を文章にしても分かりづらい。
口で説明してもらい皆が質問できた方が話も早く進む。葉鳥の死の件もあるし、もうキラに逆らうものはいないだろう。
そして殺しのペースの話に戻り、やはりコイルが気づいた以上は今までのペースで殺すのはマズいと三堂は進言した。


「もう僕たちにバレバレなのに笑っちゃいますね」
「全然笑えん」
「……すみません」
「うむ」

松田さんのいつもの天然な発言に、父が怒りをあらわにした。
そんな様子を視界の端にいれながら、僕もモニターにうつる定例会議を観察し続ける。
この会議自体、二週に一度にしようという提案が出て、殺すのも月単位で2〜3人。
現状それでもヨツバは成長していくし、これ以上は急激に伸びるのは危険だと判断し、まとまったようだった。
そして──

『では本題の入る。──誰を殺すか』

尾々井が言った瞬間、皆口々に案を出しはじめた。
ELF保険の日本進出は食い止めないといけない。他者含めヨツバの顧客も流れる。アメリカの会社なのだから、アメリカ国内でこのプランの重要人物を事故死させればいい。日本にいるヨツバ社員との関連は薄い上に、喜ぶのはヨツバだけではない。
──であれば、ELFは事故死でいいか。その問いに対して、皆が『異議なし』と答えた。

「な…なんだこれは…こんな簡単に…」
「……」

人の死が、いともたやすく決定されていく。
ヨツバの飛躍発展のための定例会議などというバカげたもので、こんなにも軽く命運が左右されるなんて。僕と父さんは愕然とした。

次に殺しの候補に挙がったのは、
ヨツバリゾート計画に対して地元民を巻き込み、訴訟を起こそうとしている釘沢組の前西参退太郎。前西氏はかなりの高血圧で悩んでいるので、時間指定の脳卒中等の病死で可、とういう方向になった。
『問題は死のペースだな…』『とりあえず二週間おきと考えれ来週に片方をという事になるが…』『いや不規則にするならアミダ、カレンダーにダーツだな』

松田さんが言っていた通り、「ガンガン自白している」状況だ。

「キラ…事故死…病死…死の時間設定…僕達の考えていた通りだ。もう間違いない」
「いえ、残念ですが、今挙げられた者が死んで初めて「間違いない」です」

竜崎はあんみつにスプーンを差し込みながら、なんてことないように言った。

「この七人の会議での言動。そして会議で挙げられた者が死ぬまでの七人の行動…これをこれからずっと事細かに観ていけば…必ずキラを捕まえられます」
「「り…竜崎!」」


僕と父さんの大きな声が揃った。僕と父さんの正義感、倫理観はほとんど似通っている。
父さんの背中をみて育ち、そのDNAを引き継いでいるので、当たり前であるかもしれない。

「何でか?2人揃って…」
「竜崎の考えているやり方はできない、間違っている!」
「うむ!」

竜崎はスプーンであんみつを口に頬張りながら、じとりと僕らをみた。
最初からこうなる事を予期していたからこそ、最初から妙に微妙な反応をしていたのだろう。ほら見た事かと言わんばかりの態度だ。

「この七人に殺しをつづけさせていく事でキラを捕まえようとしている様だが、そんな事はできない!」
「そうだ、明らかにこの七人は殺しをしている。松田の証言とこの映像を出すところに出せば、立証できるのでは?」
「…私…殺しをさせていくとは…まだ言ってないじゃないですか…」

僕と父さんに攻め立てられながら、竜崎は空になったあんみつの容器を両手で掴み、底に残った蜜を飲み干した。


「しかし困りましたね…最低でもここに挙げられた者が一人は死なないと逮捕は無理でしょえし…いや…そんな事はどうでもいいんです。問題なのは…今捕まえてしまったら、全てが台無しになるって事です」
「竜崎…落ち着いて考えてみろ。今殺されようとしてるのは、犯罪者でもない。見て見ぬ振りなど出来ない。今のヨツバの殺人はこの七人が発端になっているのは明らかだ」
「………やっぱり夜神くん犯罪者なら殺されてもいいという考えなんですね?」
「そういう意味じゃない。論点をズラすな!」

竜崎の言う事も理解できる。確実な証拠を押さえる必要性は十二分に理解している。
しかしヨツバの七人が裁きに関わっている事は、もう現段階でも明らかだ。
竜崎の欲しがる確実な証拠とは言えないだろうが、十分に確保できる物であると思う。
それに多少証拠として弱かったとして、このまま無実の人間が殺されていくと分かっていて、静観していられるはずがない。


『じゃ前西だけは今週末、ELFは三週間後にキラに頼むと言う事でどうだ?』
『うーん…』
『バラつかせれば、いつでいいともいえるしな…』
「まずい!」

僕と竜崎が言い合う側で、ヨツバ社員たちは無慈悲に話を進めていった。
それを見聞きし、父は声を荒げ、僕に問いかけ、そして竜崎がそれを制す。

「ライト、あの七人はもう携帯番号もわかっていたな?」
「ああ、警察のシステムを通せば、会話の傍受もできる」
「警察は駄目です。傍受している事を逆にヨツバ側に言う可能性があります。もう警察は信用できないと考えてください」
「……それはそうだな…」

「キラが政治家に賄賂を送った。全国の警察からからキラ事件捜査の志願者を募る処か、手警察はキラに屈した。キラを追う気がまだあるなら、警察庁に辞表を出しに行くしかない」

警察庁から戻った父が、本部でそう告げたのは記憶に新しい。
傍受が出来れば利にはなるだろうが、警察を経由する事で被る損害の方が大きすぎる。早計だ。
しかし父はアプローチをする事を諦めなかった。拳を握り、熱弁する。

「とにかく誰でもいい、七人の誰かに電話して、殺人を止めさせる!」
「待ってください。そんな事をしたら、アイバーが彼等に接触した三日後に捜査の手が伸びた事になり、怪しまれます。それと何よりも…
キラが誰なのか断定できなくなる可能性が極めて高い…せっかくここまで来て、また振り出しになります。キラを捕まえるにはキラだという証拠がどうしても…」

そして竜崎の主張も、また一貫していてブレない。竜崎のほしい確固たる証拠。
しかし僕にも、譲れないものはある。躊躇わずそれを口にした。

「いや、それでも人命が優先だ。何言ってるんだ竜崎」
「第一キラが念じる様な事で人を殺せるのだとしたら、証拠など簡単に上がるとは…」
「じっくりやれば必ず証拠が出るんですけどね…証拠は必ずあるんです」

そこまで言うと、激昂寸前だった父も、声のトーンを落として竜崎に改めて尋ねた。


「それは──」
「──キラはリンド=L=テイラー、FBI捜査官を殺しているから」
「松田!?」
「テレビでLと名乗り「キラを捕まえる」と言ったテイラーとキラを捕まえる為に動いていたFBIを殺したという事は、捜査の手が迫れば、キラだという証拠を見つけられ捕まるから。つまり証拠がないのならいくら捜査されても困らず、テイラーやFBIを殺す必要はなかった。証拠は必ずあるって事です」

松田さんはいつになく真剣な面持ちで静かに語ったあと、「…相沢さんが前に言ってた事ですけどね。そういう事だってこないだやっとわかりました」と頭をかきながら笑った。
ここで自分の手柄にせず、つい最近になって分かった…とまで明かす辺りが、裏表のない松田さんのいい所だ。

「しかし、今の時点ではこの七人の誰がキラなのか、キラに繋がっているのかもわかってないんだ。前西氏を助けるには、ここまで捜査が入っていると奴等にわからせるしかない」
「……そうですね、仕方ありませんね…キラ断定より人命…当たり前ですよね…」


竜崎は父の言葉に言葉では納得したように言っても、表情が見た事ない程にむくれていた。
恐らく、もし竜崎が一人で"l"として捜査していたなら、このまま前西氏を助ける事なく、静観したのだろうなと想像ができた。
共感は出来ないが、理解はできる。
──何か落としどころを作れないか。僕だって、これが最善手だとは思っていない。

「…竜崎、仮にこの七人の中にキラがいたとして、この中の一人に電話をし、そいつに当たる可能性は1/7と考えていいのか?」
「?私は多くても二人、2/7と考えていますが…」
「……どうせ捜査の手が伸びてると知られる覚悟なら、その2/7に賭けてみよう。…「L」の名を借りるぞ、竜崎。今までの会話で、キラではなさそうで、それなりの発言力を持ってそうなのは…」

モニターに噛り付きながら、僕と竜崎は「「奈南川」」と答え、松田さんは「尾々井!」と答えて指さしていた。
竜崎はそれで考えを曲げる気はないようで、僕も賭けるなら奈南川が妥当だと確信していた。


「電話するならここのを使ってください。逆探も盗聴もできないようになってます」


竜崎にデスクに設置されている固定電話を指さされ、僕は一つ頷いてから、記録されていた奈南川の携帯電話を照会し、入力し、受話器を持ちあげた。
数度のコール音の後、会議中ではあるものの、奈南川はすぐに電話に出た。


「ヨツバグループ第一営業部部長、奈南川零司さんですね」
『ああ、そうだが?』
「適当に相槌を打って聞いてください」
『ん?なんだ?』
「──私はLです。その会議室にはカメラと盗聴器が仕掛けてあり、今の会議の会話と映像は全て録りました。冒頭の話題は葉鳥氏の死の事。会議の内容は誰を殺すか。そうですね?
…もしあなたがキラ、もしくはキラと直接交渉できる人間でないのなら、取引しましょう」


適当に相槌を、と言ったにもかかわらず、僕がそこまで言う間、奈南川は無言であった。
完全に不意を突かれただろうから、それも無理はないだろう。
しかしいつまでも硬直していては、事態を悪化させるだけ。それは理解してるはずだ。

「ELF社員と前西氏を殺すのを一ヵ月先に延ばしてくたださい。あなたなら難しい事ではないと思います…」
『うむ、そうか、それで…』
「それをして頂いて、今後私達に協力してもらえれば、あなたの罪…いえ、キラ以外の者はキラに脅され、その会議に参加していたとして、罪は問わない」
『ああ、そうか…』
「この電話の内容をバラせばパニックになる。あなたにプラスはない。皆捕まえる事になります。しかし私の目的はキラとの一騎打ちです。いいですか…Lがキラに勝てばあなたは無罪。キラがLに勝てばあなた方はそのまま裕福な人生。
色々なことが頭の中を巡っていると思いますが、あなたはどちらにも合わせておき、傍観していればいい。L、キラ、どちらが勝っても、あなたに損はない。あなたにとっての損は、今捕まってしまう事です。では…」
『ああ、じゃあ月曜に…』

僕はそこで電話を切ると、奈南川は顔色を変える事なく携帯を懐へとしまった。
もとから表情が変わるタイプではなかったが、内容が内容だっただけに、平静であるように努めたに違いない。

『どうした?奈南川。誰からだ』
『いや部下がまたへまをして、月曜に尻拭いだ…中断させてすまない。…話を戻そう。ELFの奴等と前西をいつ殺すかだが…』

会議中に長電話をした奈南川に尾々井が少し不審そうに問うたものの、奈南川はいつも通りの調子でこう言った。


『こういうのはどうだ?1か月コイルに時間を与え、一ヵ月へ手まだLの正体がわからなければ、やむをえん。日をバラつかせて殺す。次も一ヵ月与え、という繰り返しでLを始末できたら、隔週で2〜3人ペースに戻す。つまりLを始末するのを優先するという事だ』
『なるほど…確かにまずコイルにLを捜し出させ殺す事だ。それができればもう邪魔はなくなる。それまでは慎重にか…』
『うむ…それでいいんじゃないか?』
『まあ石橋を叩くくらいじゃないとな』
『あくまで一ヵ月後に日時を設定するのではなく、一ヵ月経ってもLを殺せなければ、そこでキラに頼む。逆に言えば明日Lが死ねば明日キラに頼んでいいと言うことだ』
『ではコイルに一ヵ月与える事にする。しかし会議は隔週で行う。以上』

奈南川の提案に、三堂、尾々井、火口が乗ってきた。
そして奈南川が最後に締めくくる。コイルに投げっぱなしにする提案ではない上に、もしLが明日死ねば明日殺してもいい、という言い回しは巧妙だった。
そういう条件であれば、いいかもしれない…と皆を納得させ、頷かせる誘導が巧だ。
やはり、奈南川に電話をかけた判断は正解だった。


「うまくいきましたね…」
「ああ」
「やっぱり夜神くんは凄いです。殺しを延期させるだけでなく、奈南川から情報を得られるかもしれません。しかも私のやり方に似ていますし…私より早く考えついた……
……これならもし私が死んでも、夜神くんのがLの名を継いでいけるかもしれません」
「何を縁起でもない事を。これで一ヵ月以内にキラを断定し、証拠まで挙げなければならなくなった。ここからが勝負だろ」
「………はい。…しかしヨツバに最初に目を付けたのも夜神くんですし、やはり私より有能と言っていいかも…夜神くんならできるかもしれません…」
「……Lを継ぐことか?」
「いえ…今私が考えているのはその事ではありません。が…もし私が死んだら継いでもらえますか?」

竜崎はデスクの上で紙をつまんで眺めつつ、僕の方を振り返りもせずに言った。
本当に、縁起でもない事を言う。僕は純粋に竜崎がそこまで僕を持ち上げ、弱気な発言をする意味がわからず、手錠を持ち上げた。

「何言ってるんだ竜崎。これをしている限り、死ぬ時は一緒じゃないのか?」

そこまで言って、僕は一つの事を悟った。「…そうか……」とぽつり呟き、僕は何とも言えない苦々しい気持ちになる。



「竜崎悪いが、今竜崎が考えてる事を、皆の前で言わせてもらう。…竜崎は僕がキラなら、今僕がキラである事をしらばっくれ、演技でこうしているか──キラの能力が他の者に渡り、今の僕にはキラだった自覚がなくなっている──というふたつのパターンを考えている。前者…僕が演技をしているのなら。この手錠は絶対に外せない。僕を自由にするわけにはいかない。いや、演技じゃない方のパターンでも、手錠は外せないだろう…」


僕は自身の左手首に相変わらず繋がれたままの手錠を持ちあげてみる。
鎖がじゃらりと音を立てる。


「竜崎は僕がキラだったらと考えているし、もしその能力が人に渡ったのだとしても──
僕がキラなら、もう一度その能力が僕に戻ってくる様に仕組んであると考えている。つまり単に操られていたのではなく、自分から人に渡し、自分の疑いが晴れた所で力を戻すという策略。竜崎は「夜神月がLの座を奪った上でのキラになる」そう考えた」
「正解です」
「Lと同等の地位を得て、警察等も自由に動かせる立場にあり、裏ではキラ。最強だな…それを僕になら出来る…いや、やりかねない、と言った」
「はい」
「しかしどうだ?これで少なくとも僕が演技をしている訳ではないというのは分かったんじゃないか?」
「演技をし、Lの座を奪う事を狙っているのなら、その計画を皆の前で自らばらすはずがない…という事ですね?」


僕は竜崎の方を向き合い真剣に話すも、竜崎はやはりデスクを見たままで、一瞥すらしないまま会話を続けた。
父や松田さんは、僕の推理に唖然としていて、言葉もないようだった。

「そうだ。これでもし竜崎…いやLが死に、僕が生きていて、その後キラが現れたなら…僕がキラだとワタリなど第三者に判断させる様にしておけばいい。そしてもうひとつのパターン…能力が誰かに渡り、僕に戻ってくる様にしてあるとしよう。その場合僕はキラであったという自覚を失ってるという考えでいいんだな?」
「はい。私にはそうとしか思えません」

僕はそこで竜崎の肩に手をかけて、竜崎の座る椅子をくるりと回転させ、僕と正面に対面する形を取らせた。
そして正面から両肩に手をおいて、僕は少しかがんで竜崎と目線を合わせる。

「竜崎…」

僕は竜崎の濃いクマで覆われた目元にある、その黒い瞳から決して視線を離さなかった。
そして竜崎も同じように、僕から視線を逸らさない。
僕は今、竜崎に誠意を伝える必要があった。後ろめたい事をする人間は、どう繕っても仕草や表情に出る。目線を合わせる事を裂ける。
後ろめたい事は何もない。これが確固たる意思表示の現れだ。

「この僕が、今存在するキラを捕まえたその後で…キラに…殺人犯になると思うか?そんな人間に見えるのか?」
「思います。見えます」


考える素振りもなく、即答した竜崎。僕はため息をつく事もなく、肩から手を外すことなく。
ただ少しの間目を閉じた。
そして──
竜崎の顔面に拳を叩きつけた。それと同時に、竜崎の右足が僕の右頬にめり込む。
最早お互い慣れた動作だ。
そしてそれを見守る外野も、慣れが生じてきていた。
僕は腰を落とし、竜崎は足を持ち上げたまま゛。交戦の構えを解かない僕達をみて、松田さんが両手を広げてバッと割り込みしてきた。

「はい!一回は一回!今回は相打ちという事で…これでおしまい!」
「そ…そうだな…とにかく今はキラを捕まえる事だ。手錠してさえいれば文句ないはずだ」
「そうですね…もう一ヵ月しか時間がないんですし」

僕はひりつく頬を手の甲でこすり、竜崎は口元を舐めていた。松田さんは距離を取った僕達をみて、「ふーっ」と胸に手を当て安堵している。
父はなんともいえない、難しい顔をしていた。


「いや奈南川がキラだった場合、キラによる殺人が今すぐなくなる可能性も…」
「でもそれなら奈南川から証拠を得るのは難しくなるんじゃ…」
「いえ奈南川がキラはないでしょう。あの地位にいてそこそこの才気もあります。彼なら自分一人で行動するように見える」


僕と松田さん、そして竜崎が語っていると、「竜崎…」と父さんが竜崎へと語り掛けた。

「はい?」
「さっきの会議を証拠にあの七人を捕まえる事ができれば、犯罪者も殺されなくて済むのでは?」
「残念でした」
「!残念?」

竜崎は角砂糖が大量に入った陶器の蓋を開けながら、こう告げた。


2025.10.19