第62話
4.舞台裏─恋に陶酔した男
『探偵のエラルド=コイルの所に「Lの正体を明かしてほしい」という依頼が…それなりのエージェントを2人通して、依頼人がわからないように工作してありますが、依頼主はヨツバグループライツ企画部長、樹田正彦と突き止めました。前金で10万ドル。成功報酬140万ドル』
「よく調べてくれました、ワタリ」
「!やはりヨツバか!エラルド=コイルといえば、Lに次ぐ名探偵といわれてる者じゃないか。金で動く事でも有名だが、人を探し出すことにかけては断トツ…」
「ヨツバがキラと繋がっていて、Lの正体をほしがっているという事は、正体を知ったら殺すつもりだろうな」
「まずいな…人手がないのに、コイルの方にも気を配らないと駄目という事か…コイルも顔を隠しているだけに厄介だ…」
ワタリと竜崎のやり取りを聞き、父さんが険しい顔をする。
しかし竜崎は何てことのない表情で、あっさりとこう言ってのけた。
「大丈夫ですよ。エラルド=コイルという探偵も、私ですから」
「えっ!?竜崎がコイル?」
「今世界の三大探偵といわれているL、コイル、ドヌーヴ、皆私です。秘密にしておいてください。私を探そうと考えるものは、結構これに引っ掛かります。コイルもドヌーヴもワタリが仲介に入りますから、バレバレです」
「さすがだな、竜崎。……あ、あった」
父さんと竜崎のやり取りを聞きやり取りしつつ、僕はパソコンのキーボードを叩き続けた。
ようやく目当ての情報を表示させる事ができ、詳細をクリックする。
「樹多正彦。ちゃんとヨツバの社員リストに入っている」
画面には、神経質そうな釣り目の男の顔写真とプロフィールが表示されている。
1994年入社・東応大学理工学部卒と、簡単な経歴も掲載されている。
「しかしいくらヨツバとはいえ、企画部長なんてポストで一億五千万なんて金、右から左へ動かせるはずがない。こいつがキラってことか?」
「そうとは限らないと思うよ、僕は」
「そうか?キラならいくらでも金を得る手段はあるだろうし…ヨツバから金が取れるのでは?」
「それだとキラはヨツバの利益を上げ、そこから金をもらったって事になる。父さんの言うように金を得る方法は他にいくらでもある。突き詰めればヨツバの社長に「金を出さなければ殺す」と言えばいいだけだ」
「そうですね。依頼主だからと言って、樹田がキラだという考えは安易すぎますね。…ここまできたら、もうアイバーとウエディに動いてもらっていいでしょう」
父さんは依頼主である樹田=キラであると疑いを持ったが、その可能性を竜崎と僕が一つずつ潰して行った。
では、誰がキラであるのか。今ここで議論しても、ただの机上の空論にすぎない。
確固たる証拠を掴むためには、竜崎の言うようにアイバーやウエディ…詐欺師や泥棒の力を借りるのが一番手っ取り早く堅実なやり方だろう。
竜崎がアイバーとウエディをこの場に呼びつけると、事の顛末を説明した。
すると彼らはすぐに状況を飲み込み、快諾する。
「彼に近づけばいいんだな。任せてくれ」
「はい。お願いします」
「で、私はこいつのいるヨツバ東京本社の監視カメラや防犯システムを破れるようにしとけばいいのね」
「はい」
アイバーは樹田のプロフィールが表示された画面を眺めながら腕を組み、頷く。
そしてウエディはタバコの煙を吐きながら、椅子に座って足を組んで竜崎に確認を取る。
アイバーとウエディに求める仕事の説明を終えたところで、竜崎はこう話をまとめた。
「では皆さん。わかってると思いますが、これからのやり方について、もう一度確認しておきます。相手はヨツバでありキラでもある。ヨツバにとって都合のいい死が多発し、心臓麻痺死者もいる事と、探偵を雇ってまで私を探している事から、まず両者は関係していると考えていい。キラの能力を持ったものは一人とは限りませんが、ヨツバを洗っていけばきっとたどり着けます。まず誰が能力を持っているのか、何人持っているの完璧に把握する」
その能力は顔と名前さえあれば念じるだけで殺せる物だと考えれば、その見分けはとても難しく危険も伴います。
そしてその能力は人から人へ渡るという可能性が少なからずあります、と竜崎は説明する。
「ですから…」と続け、竜崎は念入りにこう告げた。
「絶対にヨツバ側に我々が調べている事を気付かれてはなりません。気づかれたらその時点でキラは捕まえられなくなる、くらいに考えてください。
気付かれない様慎重にジックリ調べ、なおかつ──」
その者がその能力を持っているという証拠と、殺しを行ってきたという証拠を、誰に説明しても明白であると納得できる形で捕まえます。
気付かれずに証拠を押さえる…それしかありません。
くれぐれも焦った行動、先走った行動、一人の判断で動かないでください。
──竜崎はそう念押しをした。
ここにいるメンバーは、皆賢い。父さんも模木さんもベテランの刑事であるし、アイバーとウエディは裏社会のプロであり、なおかつ犯罪者であるという事もあり、保身のためにも下手な行動は打たないだろう。
分かり切った事であったとしても、再度皆の認識を共通させるために、竜崎がこう総括したのは間違いではなかった。けれど──
この念押しが災いを招いたとしか言いようがないタイミングで、それはやってきた。
「探ってる事を気付かれないためにも、まずアイバーとウエディに──」
『…竜崎』
「どうした?ワタリ」
『松田さんがベルトで緊急サインを送ってきました…』
「………………どこから?」
竜崎は、ワタリの深刻そうな声で、なんとなく嫌な予感がしていたのだろう。
たっぷりと間をためてワタリに問い掛けると、父さんが愕然とした声を上げた。
『それが、どうやらヨツバ東京本社内からの様で…』
「な…何やってんだ!?松田は!気付かれでもしたら…!」
「いや緊急サインって事はもう気付かれてる可能性も…」
「……だとしたら、たぶん殺されますね」
アイバーは腕を組みながらため息をつき、ウエディは動揺した様子もなくタバコをふかしていた。
竜崎は珍しく、明らかに不機嫌そうな顔をして、思い切り眉を顰めていた。
「……今までの話は忘れてください。作戦考え直しです…」
ただでさえクマが濃く印象のよくない目だというのに、更に眼光を鋭くし、ぽつりと悪態をつく。
「…松田の馬鹿……」
****
松田さんは、松井マネージャーとして今日もミサとの撮影につきそい、
絶対に監視対象から目を離さないような体制を取っているはずだった。
そうでなければ、わざわざヨシダプロに金を積んでまで松田さんをマネージャーとして雇用させた意味もなくなる。
ただでさえ人員のたりない本部から、監視という大義名分もなく、松田さんを外に出す訳がない。
「松田は弥との監視を常にしているはず。2人でヨツバにいるという事か?」
「………松田さんじゃわからないね…」
けれど、父さんが言った通りであるとは限らない。僕が思わず呟いてしまったように、
松田さんの少し抜けた天然な所を考えると、監視を放って独断で動いた、という可能性もあり得なくないと思える。
「松田さんは外に出る時は、弥海砂のマネージャー、松井太郎としての物しか持ち歩いてないですよね?」
「うむ。そこはしっかり守らせている」
「夜神さん。松井マネージャーの携帯に電話してください」
「…うむ」
「おい竜崎、それ危険じゃないか?」
「うまくやります」
竜崎が松井マネージャーの携帯に発信された状態の携帯を父さんから受け取ると、僕の心配を軽くあしらった。
そして何度かのコール音が繰り返された後、電話がつながった。
「よーっ松井ーっ朝日だーっおひさーっ」
『おーっ朝日、久しぶり』
「あ、外じゃないみたいだな。もう家か?」
『ああ』
「今一人?」
『うん…家で一人だよ、何?』
竜崎がは父さんの携帯を借りたという事で、父さんが使っている偽名である「朝日」と名乗り、若者風に口調を変え、松田さんから情報を引き出そうとしていた。
さすがの松田さんも、一端の刑事だ。竜崎の言葉の裏を読み取り、上手く話を合わせながら竜崎の望む答えを口にした。そしてそれを汲み取った竜崎は電話口を手でふさぎながら、「松田は弥と苗字と別行動で一人でヨツバにいます」と小さな声で僕達に伝えた。
「今から飲みにいかないか?」
『えっ?飲みに?……き…今日は止めとくよ…』
「なんだ、またサイフが"ピンチ"なのか?」
『ああ…そういう事バレバレだな。あはは』
松田さん空笑いをすると、「松田ピンチです」とまたこっそりと竜崎が皆に伝える。
「じゃ、また改めて誘うよー。じゃーなー」と最後に言って、返事も聞かないままピッと通話を終了させた。そして携帯を父さんに返すと、今度は僕へと指示を出す。
「夜神君。さんの携帯に電話してみてください」
「名前にか?」
「ミサさんは撮影中の可能性が高いです。さんは待機時間が長くて疲れるとぼやいていたので、今フリーの可能性は高いかと」
「ああ…わかった」
ミサでなくの方に電話をかけろという指示の意図を説明され、僕はポケットから自分の携帯を取り出し、の携帯へ発信した。
すると、何度かコール音が繰り返されたあと。『はい…』とのどこか強張った声が聞えてきた。
電話に出られるという事は撮影中ではないという事だが、それにしては何か様子がおかしいと感じた。そしてその予感は的中した。
「、今大丈夫か?松田さんは今どこにいる?」
『……あ!松井さんですか?』
「…?どうした…?」
僕の質問に大しての返答としては、明らかにおかしい言葉が返ってきた。
そして声の調子もおかしい。僕に大して会話する時のいつもの落ち着いた声でなく、
空元気でしぼりだしたような…取り繕ったような明るい声だった。
『あの、今監督に、別の映画にも出ないかって声かけてもらってて…でも私じゃ判断できなくて、困ってたんです。…受けて大丈夫でしょうか?』
今名前はその監督が傍にいる状態なのだろう。
名前は明るい声で、今自分が置かれた状況を、外野に聞かれても不自然じゃないように説明してくれた。
「……松田さんはそこにはいないんだね?」
『……はい。…そ、そうですよね……はい、わかりました。では失礼します…』
僕が問い掛けると、意味心な間を開けてから、「はい」とはっきり頷いた。
おかげで状況がハッキリと理解できた。松井マネージャーが不在であるという事。
そしてそのおかげで監督にスカウトをされ、困っていた事。
そこに僕からの着信があった事で、それを利用し上手く立ち回ったという事も察しがついた。
幼少期から分かってはいたが、決しては浅慮ではない。
「松井マネージャーからの着信である」と監督たちに思わせ、尚且つ僕の問に大しても上手く答えてくれた。こういうとき、きちんと機転を利かせる事できるのだ。
僕は電話を切ると、竜崎に向けて首を横に振った。
「…ダメだ。松田さんはやっぱりと別行動をとってるらしいな。まあ、そこはもうわかってはいた事だが…松井マネージャーが不在である事で、も困った状態になってるらしい」
松田さんの状況も危機的で、心配すべき点はいくらでもある。
も今困った状態におかれてるとはいえ、命が危なくなるような物では決してない。
けれど明らかにの声は強張っていて、慣れぬ芸能界の荒波にもまれ、大人に囲まれ、
作品に出ろとしつこく口説かれて。
僕からの電話を盾にしないと切り抜けられないような状況にあるのかと思うと、かわいそうで心配になる。
自分がに対して過保護であるという自覚はあったが、それも僕がに綺麗な恋をしているからだと思うと、僕は自分自身の行動をいくらでも正当化することができた。
がかつて認めてくれた恋心。宝物のような、僕の恋心。
は恋が綺麗なものだと信じてる。そして今では、僕に恋をしてくれるようになった──やっと。
だから、僕が恋する事によって起こしたどんな愚かな行動も、きっと許してくれる──
そう思うと優越感と背徳感がじわじわと僕の胸を蝕んで、どんどんおかしくさせる。
僕はその恋に酔った感情などおくびに出さない様にしながら、竜崎と会話を続けた。
「では今度はミサさんの電話にかけてください」
「もうかけてるよ。……駄目だ。留守電になってる。やっぱりまだ撮影中だ。…ミサ、僕だ。話せるようになったらすぐ折り返し電話くれ。電源はいれておく」
僕はと意思疎通が取れない状況であると分かり、電話を切った時点で、すぐにミサの携帯に電話をかけていた。
しかしやはりこちらも繋がる事はなく、僕は留守電にメッセージを残した。
「どうする竜崎。松田は一人でヨツバに居る様だし、さっきの電話、どう考えても誰かが近くにいて、会話を聞いている対応だろう?決していい状態とは思えない」
「そうですね。ピンチらしいですし。…これで松田さんが死んだらヨツバの疑惑はかなり確定的になりますが…とりあえず、今はこれ以上こっちから動くと気づかれる可能性がありますから、少し様子をみましょう」
「…う、うむ…仕方ないな…」
そしてそこから、これからどうすべきか、今どういう状況にあるの状況の再整理と、
今後取るべきいくつかのプランを出し合った。
そうしているうちに夜も更け、僕の携帯にミサからの折り返しの電話がかかってきた事で、事態は動き出す。
僕は座っていた椅子から立ち上がり、ミサからの電話に応答した。
「ミサ、僕だ。松田さんは?」
ミサが何か言うより先に、僕はすぐに要件を切り出した。するとミサは一瞬だけ驚いたあと、すぐに『えっ?あっ…あいつサイテー!』と怒り心頭と言った声で語った。
『3時頃だったかな?ミサの事ほったらかして、どっか行っちゃったの!ミサ、松がいないとそこ入れないんだよね』
「もそこにいるのか?」
『うん、ちょうど二人共撮影終わって合流したとこ。、隣にいるよ…』
そこまで言った瞬間、電話口で着メロが鳴り響いた。が普段気に入って使っているオルゴールのメロディーではない。
ミサのもう一台の携帯だろうと予想すると、それは的中した。
『あっ噂をすれば仕事用の携帯に松から。ちょっと待って…』
「松田さんからミサに電話がかかってきた」
「!!」
片手で僕と通話しつつ、もう一台を操作するのは手間なのだろう。ミサがゴソゴソと携帯を持ち帰る音を聞きながら、僕は竜崎や父さんたちに向けて状況を伝えた。
『ミサミサ、今日の撮影終わったんだな。と一緒に、ヨツバの東京本社に来てくれ。タクシー使えばあっという間だ。えっと担当は…「宣伝策略部の葉鳥さん」受付でガードマンにそう言えば通してくれるから。
もしかしたら、ヨツバさんのCMに出られるかもしれない』
『えっ!?マジ?ヨツバってあのすっごい大きな会社でしょ!!すっごいマッツー、
どっか行っちゃったと思ったらそんな営業してたんだやるじゃーん!!ミサもも、気合いれて行くよ。じゃねー』
ミサは気を利かせてスピーカーモードにしていたようで、松田さんとミサのやり取りは僕にも聞こえた。
『聞いてた?ライト──ミサ今度はヨツバのCMに出られるかもー』
「ミサ…落ち着いて聞いてくれ。ヨツバは駄目だ、いくな…」
『えっ!?何言ってんの?ミサどんなに売れたってライトのことは…』
「そうじゃなくて…」
とんでもない勘違いをして話を進めるミサに頭が痛くなりつつ、僕は言い淀んだ。
すると、竜崎が「夜神くん。ミサさんを行かせましょう。松田さんを助けられるかもしれません」と言って聞いた。
「ミサさんは夜神くん言う事なら聞いてくれます」
「ちょっと電話を切らず待っていてくれ、ミサ」
『うん』
椅子に膝を抱えて座り、僕を見上げる竜崎は、何か策があるようで、僕に提案してきた。
一度僕はミサに断わりを入れてから、竜崎と会話をするため、意識を受話器からそちらへ向ける。
「──それに、さんも月くんのお願いは断らないはずです」
「…どういう意味だ?」
「つまり、さんもヨツバに行かせるんです。そうすれば松田さんが助かる可能性があります」
「…あくまでヨツバのCMに起用してもらうために、という名目で向かわせるんだろう?はただの一般人だぞ。そんな危険なことをさせるなんて、ありえない──」
「しかしどんな事情があれ、松田さんは"と一緒にきてくれ"と言いました。それを反故にすれば、どうなるでしょう。それに危険なのはミサさんも同じでは?」
「……」
「いいですか、聞いてください」
そして竜崎は、ミサとをヨツバ本社に向かわせた後、どういうプランで松田さんを救出するのかの具体的な説明をした。
「……これでどうでしょうか。」
「…なるほど。言いたい事や不満も懸念も山ほどあるが…。やむを得ないな」
「そう言っていただけて安心しました。…夜神くんはさんが関わる事となると、合理的な判断ができなくなる傾向にあるようなので」
竜崎は一々余計な一言を付け加えるのが趣味なようだ。これは素なのか、挑発の一部なのか。
「…ミサ、よく聞いてくれ。──……わかったか?プロダクションの方の連絡、その他の用意。そしセキュリティ。こっちで全てやておく。ミサとのかわいさがあれば、きっとうまくいく」
『うん!ライト、「かわいい」って言ってくれてありがとう。ライトの頼みだもん、ちゃんとやる!』
そして僕が竜崎が根ったプランをミサにかみ砕いて説明する傍ら、竜崎はパソコンに向かって話しかけていた。
ワタリにプロダクション側へ話を通し、様々な用意をさせるよう指示している。
そしてアイバーとウエディにも同様にそれぞれの役割を伝え、
僕が電話を終える頃にはすっかり手筈は整っていた。
松井マネージャーは3時頃から夜の現在まで不在になっていて、ミサは殆ど撮影をしていたはず。
その間名前は一人で様々な対応を取らさせるを得なかったのだと思うと苦しくなる。
監督に絡まれ、空元気で喋っていた電話口のあの声を聞いただけで、もう既には疲れ切っているであろう事は予想できた。
だというのに、これから撮影を終え、ヨツバ本社に向かい、顔合わせを行う。
──そして…ヨツバ社員たちをこの高層ビルへと招き、コンパニオンまがいな事をさせて接待をさせようとしている。
竜崎の言う通り、は僕の「お願い」は断らないだろう。そしてその性格上…ましてや松田さんという人間の命がかかってる状況で、"やらない"という選択肢はとらないはず。
そういう真面目で心優しい人間なのだ。
それをする事によって、いくら自分の負担になろうとも、迷わず自己を犠牲にする方を取る。
今頃ヨツバの本社に向かってる頃合たろうか。不安でしかたない。
直接フォローしに行く事は出来なくても、監視カメラに映り、が僕の目の届く所にやってきてくれれば落ち着くかと思っていた。
しかし──そんな事はなかった。むしろ、逆だ。
「な、──…」
ミサのプライベートルームには、ヨツバ社員たちがやってくる前からヨシダプロの事務所のモデルたち数人が出入りしていた。
そしてテーブルの上に手配させた寿司やコップ、ビールや箸、小皿といった飲食類を並べ、セッティングする様子が映っていた。
彼女たちの服装はモデルの衣装というより、下世話なコスプレのような恰好で、
確かに男性社員たちを"接待"するには最適の煽情的な服ではあった。しかし──
「竜崎!どういう事だ!?」
「何の事ですか」
「何故にあんな服を着させたんだ!」
「私の指示ではありません。そしてワタリの指示でもない。ヨシダプロの判断でしょう。あちらは詳しい事情は知りませんから──モデル達が"接待"するのにふさわしい衣装を着せたというだけでしょう」
「……はタレントでもなんでもないんだぞ。何度も言うが、ただの一般人だ」
遅れてヨツバ社員たちと一緒に部屋に入ってきたは、ミサとお揃いのピンク色のコスチュームを纏っていた。
ミニスカートで、ウエストは露出し、胸元はざっくりハート形の切れ込みが入っており、
女性の胸の谷間を強調するようなデザインになっている。
僕があまりの事に声を荒らげると、竜崎は面倒くさそうに僕をあしらった。
「けれど世間はそう思っていません。ヨツバ側も同じです。だから本社にもさんが呼ばれた。夜神くんならそれくらいの理屈、わかりますよね」
「…恋人があんな服を着せられて、喜ぶ男がいないって理屈もわからないのか?」
「夜神くんとさんは恋人でしょうが、その前に監視対象であり、容疑者であり、そして今は松田さん救出のために動いてもらっている人員です。繊細な心情に配慮している余裕はありません。わかってください」
「夜神くんはさんが関わる事となると、合理的な判断ができなくなる傾向にあるようなので」というセリフが脳裏を過る。
確かに、ミサがあのコスチュームを着て接待しようと、こんな焦燥感にかられる事はなかっただろう。
ただこの作戦はミサにも危険が伴う可能性は0ではないので、身を案じる心配は勿論、人としてしているが。
の素肌を晒し、男に近づけることを忌避しているのは、僕の挟んでいる私情でしかない。
仕事とプライベートを分けられない男だと言われても仕方がないだろう。
けれど僕とはなし崩しに監視対象になり、松田さんのために動くことになったのであって、
何も私情を捨てて仕事に生きる覚悟をした人間同士ではない。
ならば、僕の漏らした不平不満は出てきて当然だろう。まるで後出しじゃんけんをされた時の、酷い気持ちだ。
「夜神くん、我慢してください。接待自体はミサさん主働で盛り上げてくれるでしょうし、さんは"ミステリアスな幻の少女"として、微笑んで座っていてくれればいいんですから。さんの控えめな性格上、社員に話しかけたりはしないでしょうし──」
モニターには宴会で盛り上がるヨツバ社員とモデルたちの騒ぎがリアルタイムで映し出されている。
は部屋の隅で壁の花になっていたかと思うと、そのまま空席のソファーに近寄って──
『…隣、いいですか?』
耳に髪をかけながら、男性社員に話かけ…そして見たこともないほど人懐こそうな笑顔を浮かべ、彼の隣へ座ったのだった。足と足…肌が触れ合う至近距離まで密着しながら。
僕は黙りこくってしまった竜崎に、地を這うように低い声で問いかけた。
「………の控えめな性格上、なんだって?」
「…認めます。私のミスです。さんがここで積極的に行動に出るというのは、計算外でした」
「……ああそうだろうな。おまえは全然のことをわかってない…」
は責任感が強いのだ。ただ座って微笑んでいるだけでいいなんて考えない。
接待が必要で、そうする事で松田さんの命が助かるというのなら、身を削る事を選ぶ。
──だから、嫌だったのに。
そこからは竜崎の計算を遥に飛び込えた行動をとり続け…そして僕の予想も大きく上回る"接待"を続けて、僕を焦燥感で狂わせたのだった。
4.舞台裏─恋に陶酔した男
『探偵のエラルド=コイルの所に「Lの正体を明かしてほしい」という依頼が…それなりのエージェントを2人通して、依頼人がわからないように工作してありますが、依頼主はヨツバグループライツ企画部長、樹田正彦と突き止めました。前金で10万ドル。成功報酬140万ドル』
「よく調べてくれました、ワタリ」
「!やはりヨツバか!エラルド=コイルといえば、Lに次ぐ名探偵といわれてる者じゃないか。金で動く事でも有名だが、人を探し出すことにかけては断トツ…」
「ヨツバがキラと繋がっていて、Lの正体をほしがっているという事は、正体を知ったら殺すつもりだろうな」
「まずいな…人手がないのに、コイルの方にも気を配らないと駄目という事か…コイルも顔を隠しているだけに厄介だ…」
ワタリと竜崎のやり取りを聞き、父さんが険しい顔をする。
しかし竜崎は何てことのない表情で、あっさりとこう言ってのけた。
「大丈夫ですよ。エラルド=コイルという探偵も、私ですから」
「えっ!?竜崎がコイル?」
「今世界の三大探偵といわれているL、コイル、ドヌーヴ、皆私です。秘密にしておいてください。私を探そうと考えるものは、結構これに引っ掛かります。コイルもドヌーヴもワタリが仲介に入りますから、バレバレです」
「さすがだな、竜崎。……あ、あった」
父さんと竜崎のやり取りを聞きやり取りしつつ、僕はパソコンのキーボードを叩き続けた。
ようやく目当ての情報を表示させる事ができ、詳細をクリックする。
「樹多正彦。ちゃんとヨツバの社員リストに入っている」
画面には、神経質そうな釣り目の男の顔写真とプロフィールが表示されている。
1994年入社・東応大学理工学部卒と、簡単な経歴も掲載されている。
「しかしいくらヨツバとはいえ、企画部長なんてポストで一億五千万なんて金、右から左へ動かせるはずがない。こいつがキラってことか?」
「そうとは限らないと思うよ、僕は」
「そうか?キラならいくらでも金を得る手段はあるだろうし…ヨツバから金が取れるのでは?」
「それだとキラはヨツバの利益を上げ、そこから金をもらったって事になる。父さんの言うように金を得る方法は他にいくらでもある。突き詰めればヨツバの社長に「金を出さなければ殺す」と言えばいいだけだ」
「そうですね。依頼主だからと言って、樹田がキラだという考えは安易すぎますね。…ここまできたら、もうアイバーとウエディに動いてもらっていいでしょう」
父さんは依頼主である樹田=キラであると疑いを持ったが、その可能性を竜崎と僕が一つずつ潰して行った。
では、誰がキラであるのか。今ここで議論しても、ただの机上の空論にすぎない。
確固たる証拠を掴むためには、竜崎の言うようにアイバーやウエディ…詐欺師や泥棒の力を借りるのが一番手っ取り早く堅実なやり方だろう。
竜崎がアイバーとウエディをこの場に呼びつけると、事の顛末を説明した。
すると彼らはすぐに状況を飲み込み、快諾する。
「彼に近づけばいいんだな。任せてくれ」
「はい。お願いします」
「で、私はこいつのいるヨツバ東京本社の監視カメラや防犯システムを破れるようにしとけばいいのね」
「はい」
アイバーは樹田のプロフィールが表示された画面を眺めながら腕を組み、頷く。
そしてウエディはタバコの煙を吐きながら、椅子に座って足を組んで竜崎に確認を取る。
アイバーとウエディに求める仕事の説明を終えたところで、竜崎はこう話をまとめた。
「では皆さん。わかってると思いますが、これからのやり方について、もう一度確認しておきます。相手はヨツバでありキラでもある。ヨツバにとって都合のいい死が多発し、心臓麻痺死者もいる事と、探偵を雇ってまで私を探している事から、まず両者は関係していると考えていい。キラの能力を持ったものは一人とは限りませんが、ヨツバを洗っていけばきっとたどり着けます。まず誰が能力を持っているのか、何人持っているの完璧に把握する」
その能力は顔と名前さえあれば念じるだけで殺せる物だと考えれば、その見分けはとても難しく危険も伴います。
そしてその能力は人から人へ渡るという可能性が少なからずあります、と竜崎は説明する。
「ですから…」と続け、竜崎は念入りにこう告げた。
「絶対にヨツバ側に我々が調べている事を気付かれてはなりません。気づかれたらその時点でキラは捕まえられなくなる、くらいに考えてください。
気付かれない様慎重にジックリ調べ、なおかつ──」
その者がその能力を持っているという証拠と、殺しを行ってきたという証拠を、誰に説明しても明白であると納得できる形で捕まえます。
気付かれずに証拠を押さえる…それしかありません。
くれぐれも焦った行動、先走った行動、一人の判断で動かないでください。
──竜崎はそう念押しをした。
ここにいるメンバーは、皆賢い。父さんも模木さんもベテランの刑事であるし、アイバーとウエディは裏社会のプロであり、なおかつ犯罪者であるという事もあり、保身のためにも下手な行動は打たないだろう。
分かり切った事であったとしても、再度皆の認識を共通させるために、竜崎がこう総括したのは間違いではなかった。けれど──
この念押しが災いを招いたとしか言いようがないタイミングで、それはやってきた。
「探ってる事を気付かれないためにも、まずアイバーとウエディに──」
『…竜崎』
「どうした?ワタリ」
『松田さんがベルトで緊急サインを送ってきました…』
「………………どこから?」
竜崎は、ワタリの深刻そうな声で、なんとなく嫌な予感がしていたのだろう。
たっぷりと間をためてワタリに問い掛けると、父さんが愕然とした声を上げた。
『それが、どうやらヨツバ東京本社内からの様で…』
「な…何やってんだ!?松田は!気付かれでもしたら…!」
「いや緊急サインって事はもう気付かれてる可能性も…」
「……だとしたら、たぶん殺されますね」
アイバーは腕を組みながらため息をつき、ウエディは動揺した様子もなくタバコをふかしていた。
竜崎は珍しく、明らかに不機嫌そうな顔をして、思い切り眉を顰めていた。
「……今までの話は忘れてください。作戦考え直しです…」
ただでさえクマが濃く印象のよくない目だというのに、更に眼光を鋭くし、ぽつりと悪態をつく。
「…松田の馬鹿……」
****
松田さんは、松井マネージャーとして今日もミサとの撮影につきそい、
絶対に監視対象から目を離さないような体制を取っているはずだった。
そうでなければ、わざわざヨシダプロに金を積んでまで松田さんをマネージャーとして雇用させた意味もなくなる。
ただでさえ人員のたりない本部から、監視という大義名分もなく、松田さんを外に出す訳がない。
「松田は弥との監視を常にしているはず。2人でヨツバにいるという事か?」
「………松田さんじゃわからないね…」
けれど、父さんが言った通りであるとは限らない。僕が思わず呟いてしまったように、
松田さんの少し抜けた天然な所を考えると、監視を放って独断で動いた、という可能性もあり得なくないと思える。
「松田さんは外に出る時は、弥海砂のマネージャー、松井太郎としての物しか持ち歩いてないですよね?」
「うむ。そこはしっかり守らせている」
「夜神さん。松井マネージャーの携帯に電話してください」
「…うむ」
「おい竜崎、それ危険じゃないか?」
「うまくやります」
竜崎が松井マネージャーの携帯に発信された状態の携帯を父さんから受け取ると、僕の心配を軽くあしらった。
そして何度かのコール音が繰り返された後、電話がつながった。
「よーっ松井ーっ朝日だーっおひさーっ」
『おーっ朝日、久しぶり』
「あ、外じゃないみたいだな。もう家か?」
『ああ』
「今一人?」
『うん…家で一人だよ、何?』
竜崎がは父さんの携帯を借りたという事で、父さんが使っている偽名である「朝日」と名乗り、若者風に口調を変え、松田さんから情報を引き出そうとしていた。
さすがの松田さんも、一端の刑事だ。竜崎の言葉の裏を読み取り、上手く話を合わせながら竜崎の望む答えを口にした。そしてそれを汲み取った竜崎は電話口を手でふさぎながら、「松田は弥と苗字と別行動で一人でヨツバにいます」と小さな声で僕達に伝えた。
「今から飲みにいかないか?」
『えっ?飲みに?……き…今日は止めとくよ…』
「なんだ、またサイフが"ピンチ"なのか?」
『ああ…そういう事バレバレだな。あはは』
松田さん空笑いをすると、「松田ピンチです」とまたこっそりと竜崎が皆に伝える。
「じゃ、また改めて誘うよー。じゃーなー」と最後に言って、返事も聞かないままピッと通話を終了させた。そして携帯を父さんに返すと、今度は僕へと指示を出す。
「夜神君。さんの携帯に電話してみてください」
「名前にか?」
「ミサさんは撮影中の可能性が高いです。さんは待機時間が長くて疲れるとぼやいていたので、今フリーの可能性は高いかと」
「ああ…わかった」
ミサでなくの方に電話をかけろという指示の意図を説明され、僕はポケットから自分の携帯を取り出し、の携帯へ発信した。
すると、何度かコール音が繰り返されたあと。『はい…』とのどこか強張った声が聞えてきた。
電話に出られるという事は撮影中ではないという事だが、それにしては何か様子がおかしいと感じた。そしてその予感は的中した。
「、今大丈夫か?松田さんは今どこにいる?」
『……あ!松井さんですか?』
「…?どうした…?」
僕の質問に大しての返答としては、明らかにおかしい言葉が返ってきた。
そして声の調子もおかしい。僕に大して会話する時のいつもの落ち着いた声でなく、
空元気でしぼりだしたような…取り繕ったような明るい声だった。
『あの、今監督に、別の映画にも出ないかって声かけてもらってて…でも私じゃ判断できなくて、困ってたんです。…受けて大丈夫でしょうか?』
今名前はその監督が傍にいる状態なのだろう。
名前は明るい声で、今自分が置かれた状況を、外野に聞かれても不自然じゃないように説明してくれた。
「……松田さんはそこにはいないんだね?」
『……はい。…そ、そうですよね……はい、わかりました。では失礼します…』
僕が問い掛けると、意味心な間を開けてから、「はい」とはっきり頷いた。
おかげで状況がハッキリと理解できた。松井マネージャーが不在であるという事。
そしてそのおかげで監督にスカウトをされ、困っていた事。
そこに僕からの着信があった事で、それを利用し上手く立ち回ったという事も察しがついた。
幼少期から分かってはいたが、決しては浅慮ではない。
「松井マネージャーからの着信である」と監督たちに思わせ、尚且つ僕の問に大しても上手く答えてくれた。こういうとき、きちんと機転を利かせる事できるのだ。
僕は電話を切ると、竜崎に向けて首を横に振った。
「…ダメだ。松田さんはやっぱりと別行動をとってるらしいな。まあ、そこはもうわかってはいた事だが…松井マネージャーが不在である事で、も困った状態になってるらしい」
松田さんの状況も危機的で、心配すべき点はいくらでもある。
も今困った状態におかれてるとはいえ、命が危なくなるような物では決してない。
けれど明らかにの声は強張っていて、慣れぬ芸能界の荒波にもまれ、大人に囲まれ、
作品に出ろとしつこく口説かれて。
僕からの電話を盾にしないと切り抜けられないような状況にあるのかと思うと、かわいそうで心配になる。
自分がに対して過保護であるという自覚はあったが、それも僕がに綺麗な恋をしているからだと思うと、僕は自分自身の行動をいくらでも正当化することができた。
がかつて認めてくれた恋心。宝物のような、僕の恋心。
は恋が綺麗なものだと信じてる。そして今では、僕に恋をしてくれるようになった──やっと。
だから、僕が恋する事によって起こしたどんな愚かな行動も、きっと許してくれる──
そう思うと優越感と背徳感がじわじわと僕の胸を蝕んで、どんどんおかしくさせる。
僕はその恋に酔った感情などおくびに出さない様にしながら、竜崎と会話を続けた。
「では今度はミサさんの電話にかけてください」
「もうかけてるよ。……駄目だ。留守電になってる。やっぱりまだ撮影中だ。…ミサ、僕だ。話せるようになったらすぐ折り返し電話くれ。電源はいれておく」
僕はと意思疎通が取れない状況であると分かり、電話を切った時点で、すぐにミサの携帯に電話をかけていた。
しかしやはりこちらも繋がる事はなく、僕は留守電にメッセージを残した。
「どうする竜崎。松田は一人でヨツバに居る様だし、さっきの電話、どう考えても誰かが近くにいて、会話を聞いている対応だろう?決していい状態とは思えない」
「そうですね。ピンチらしいですし。…これで松田さんが死んだらヨツバの疑惑はかなり確定的になりますが…とりあえず、今はこれ以上こっちから動くと気づかれる可能性がありますから、少し様子をみましょう」
「…う、うむ…仕方ないな…」
そしてそこから、これからどうすべきか、今どういう状況にあるの状況の再整理と、
今後取るべきいくつかのプランを出し合った。
そうしているうちに夜も更け、僕の携帯にミサからの折り返しの電話がかかってきた事で、事態は動き出す。
僕は座っていた椅子から立ち上がり、ミサからの電話に応答した。
「ミサ、僕だ。松田さんは?」
ミサが何か言うより先に、僕はすぐに要件を切り出した。するとミサは一瞬だけ驚いたあと、すぐに『えっ?あっ…あいつサイテー!』と怒り心頭と言った声で語った。
『3時頃だったかな?ミサの事ほったらかして、どっか行っちゃったの!ミサ、松がいないとそこ入れないんだよね』
「もそこにいるのか?」
『うん、ちょうど二人共撮影終わって合流したとこ。、隣にいるよ…』
そこまで言った瞬間、電話口で着メロが鳴り響いた。が普段気に入って使っているオルゴールのメロディーではない。
ミサのもう一台の携帯だろうと予想すると、それは的中した。
『あっ噂をすれば仕事用の携帯に松から。ちょっと待って…』
「松田さんからミサに電話がかかってきた」
「!!」
片手で僕と通話しつつ、もう一台を操作するのは手間なのだろう。ミサがゴソゴソと携帯を持ち帰る音を聞きながら、僕は竜崎や父さんたちに向けて状況を伝えた。
『ミサミサ、今日の撮影終わったんだな。と一緒に、ヨツバの東京本社に来てくれ。タクシー使えばあっという間だ。えっと担当は…「宣伝策略部の葉鳥さん」受付でガードマンにそう言えば通してくれるから。
もしかしたら、ヨツバさんのCMに出られるかもしれない』
『えっ!?マジ?ヨツバってあのすっごい大きな会社でしょ!!すっごいマッツー、
どっか行っちゃったと思ったらそんな営業してたんだやるじゃーん!!ミサもも、気合いれて行くよ。じゃねー』
ミサは気を利かせてスピーカーモードにしていたようで、松田さんとミサのやり取りは僕にも聞こえた。
『聞いてた?ライト──ミサ今度はヨツバのCMに出られるかもー』
「ミサ…落ち着いて聞いてくれ。ヨツバは駄目だ、いくな…」
『えっ!?何言ってんの?ミサどんなに売れたってライトのことは…』
「そうじゃなくて…」
とんでもない勘違いをして話を進めるミサに頭が痛くなりつつ、僕は言い淀んだ。
すると、竜崎が「夜神くん。ミサさんを行かせましょう。松田さんを助けられるかもしれません」と言って聞いた。
「ミサさんは夜神くん言う事なら聞いてくれます」
「ちょっと電話を切らず待っていてくれ、ミサ」
『うん』
椅子に膝を抱えて座り、僕を見上げる竜崎は、何か策があるようで、僕に提案してきた。
一度僕はミサに断わりを入れてから、竜崎と会話をするため、意識を受話器からそちらへ向ける。
「──それに、さんも月くんのお願いは断らないはずです」
「…どういう意味だ?」
「つまり、さんもヨツバに行かせるんです。そうすれば松田さんが助かる可能性があります」
「…あくまでヨツバのCMに起用してもらうために、という名目で向かわせるんだろう?はただの一般人だぞ。そんな危険なことをさせるなんて、ありえない──」
「しかしどんな事情があれ、松田さんは"と一緒にきてくれ"と言いました。それを反故にすれば、どうなるでしょう。それに危険なのはミサさんも同じでは?」
「……」
「いいですか、聞いてください」
そして竜崎は、ミサとをヨツバ本社に向かわせた後、どういうプランで松田さんを救出するのかの具体的な説明をした。
「……これでどうでしょうか。」
「…なるほど。言いたい事や不満も懸念も山ほどあるが…。やむを得ないな」
「そう言っていただけて安心しました。…夜神くんはさんが関わる事となると、合理的な判断ができなくなる傾向にあるようなので」
竜崎は一々余計な一言を付け加えるのが趣味なようだ。これは素なのか、挑発の一部なのか。
「…ミサ、よく聞いてくれ。──……わかったか?プロダクションの方の連絡、その他の用意。そしセキュリティ。こっちで全てやておく。ミサとのかわいさがあれば、きっとうまくいく」
『うん!ライト、「かわいい」って言ってくれてありがとう。ライトの頼みだもん、ちゃんとやる!』
そして僕が竜崎が根ったプランをミサにかみ砕いて説明する傍ら、竜崎はパソコンに向かって話しかけていた。
ワタリにプロダクション側へ話を通し、様々な用意をさせるよう指示している。
そしてアイバーとウエディにも同様にそれぞれの役割を伝え、
僕が電話を終える頃にはすっかり手筈は整っていた。
松井マネージャーは3時頃から夜の現在まで不在になっていて、ミサは殆ど撮影をしていたはず。
その間名前は一人で様々な対応を取らさせるを得なかったのだと思うと苦しくなる。
監督に絡まれ、空元気で喋っていた電話口のあの声を聞いただけで、もう既には疲れ切っているであろう事は予想できた。
だというのに、これから撮影を終え、ヨツバ本社に向かい、顔合わせを行う。
──そして…ヨツバ社員たちをこの高層ビルへと招き、コンパニオンまがいな事をさせて接待をさせようとしている。
竜崎の言う通り、は僕の「お願い」は断らないだろう。そしてその性格上…ましてや松田さんという人間の命がかかってる状況で、"やらない"という選択肢はとらないはず。
そういう真面目で心優しい人間なのだ。
それをする事によって、いくら自分の負担になろうとも、迷わず自己を犠牲にする方を取る。
今頃ヨツバの本社に向かってる頃合たろうか。不安でしかたない。
直接フォローしに行く事は出来なくても、監視カメラに映り、が僕の目の届く所にやってきてくれれば落ち着くかと思っていた。
しかし──そんな事はなかった。むしろ、逆だ。
「な、──…」
ミサのプライベートルームには、ヨツバ社員たちがやってくる前からヨシダプロの事務所のモデルたち数人が出入りしていた。
そしてテーブルの上に手配させた寿司やコップ、ビールや箸、小皿といった飲食類を並べ、セッティングする様子が映っていた。
彼女たちの服装はモデルの衣装というより、下世話なコスプレのような恰好で、
確かに男性社員たちを"接待"するには最適の煽情的な服ではあった。しかし──
「竜崎!どういう事だ!?」
「何の事ですか」
「何故にあんな服を着させたんだ!」
「私の指示ではありません。そしてワタリの指示でもない。ヨシダプロの判断でしょう。あちらは詳しい事情は知りませんから──モデル達が"接待"するのにふさわしい衣装を着せたというだけでしょう」
「……はタレントでもなんでもないんだぞ。何度も言うが、ただの一般人だ」
遅れてヨツバ社員たちと一緒に部屋に入ってきたは、ミサとお揃いのピンク色のコスチュームを纏っていた。
ミニスカートで、ウエストは露出し、胸元はざっくりハート形の切れ込みが入っており、
女性の胸の谷間を強調するようなデザインになっている。
僕があまりの事に声を荒らげると、竜崎は面倒くさそうに僕をあしらった。
「けれど世間はそう思っていません。ヨツバ側も同じです。だから本社にもさんが呼ばれた。夜神くんならそれくらいの理屈、わかりますよね」
「…恋人があんな服を着せられて、喜ぶ男がいないって理屈もわからないのか?」
「夜神くんとさんは恋人でしょうが、その前に監視対象であり、容疑者であり、そして今は松田さん救出のために動いてもらっている人員です。繊細な心情に配慮している余裕はありません。わかってください」
「夜神くんはさんが関わる事となると、合理的な判断ができなくなる傾向にあるようなので」というセリフが脳裏を過る。
確かに、ミサがあのコスチュームを着て接待しようと、こんな焦燥感にかられる事はなかっただろう。
ただこの作戦はミサにも危険が伴う可能性は0ではないので、身を案じる心配は勿論、人としてしているが。
の素肌を晒し、男に近づけることを忌避しているのは、僕の挟んでいる私情でしかない。
仕事とプライベートを分けられない男だと言われても仕方がないだろう。
けれど僕とはなし崩しに監視対象になり、松田さんのために動くことになったのであって、
何も私情を捨てて仕事に生きる覚悟をした人間同士ではない。
ならば、僕の漏らした不平不満は出てきて当然だろう。まるで後出しじゃんけんをされた時の、酷い気持ちだ。
「夜神くん、我慢してください。接待自体はミサさん主働で盛り上げてくれるでしょうし、さんは"ミステリアスな幻の少女"として、微笑んで座っていてくれればいいんですから。さんの控えめな性格上、社員に話しかけたりはしないでしょうし──」
モニターには宴会で盛り上がるヨツバ社員とモデルたちの騒ぎがリアルタイムで映し出されている。
は部屋の隅で壁の花になっていたかと思うと、そのまま空席のソファーに近寄って──
『…隣、いいですか?』
耳に髪をかけながら、男性社員に話かけ…そして見たこともないほど人懐こそうな笑顔を浮かべ、彼の隣へ座ったのだった。足と足…肌が触れ合う至近距離まで密着しながら。
僕は黙りこくってしまった竜崎に、地を這うように低い声で問いかけた。
「………の控えめな性格上、なんだって?」
「…認めます。私のミスです。さんがここで積極的に行動に出るというのは、計算外でした」
「……ああそうだろうな。おまえは全然のことをわかってない…」
は責任感が強いのだ。ただ座って微笑んでいるだけでいいなんて考えない。
接待が必要で、そうする事で松田さんの命が助かるというのなら、身を削る事を選ぶ。
──だから、嫌だったのに。
そこからは竜崎の計算を遥に飛び込えた行動をとり続け…そして僕の予想も大きく上回る"接待"を続けて、僕を焦燥感で狂わせたのだった。