第56話
4.舞台裏─最後の封筒
Kの2801号室。電話で指定されたホテルに足を踏み入れて、僕はこう告げた。
「──僕がキラかもしれない」
僕が自覚していないだけで、キラとしての行動をとっていたのかもしれない。
どう考えても僕が怪しい──そう滾々と説明すると、竜崎はこんな決断を下した。
「夜神月を手足を縛り、長期間牢に監禁」
──それは僕が望んでいた通りの結果だった。
そこからとんとん拍子に話は進み、僕はすぐさま手錠をかけられ、相沢さんの手によりアイマスクや耳栓をつけられようとしていた。
どこに移送されるか、完全にわからないように徹底している。
「竜崎…監禁される前に、1つだけ聞いておきたいことがある」
「なんでしょう。答えられる事…いえ、答えて支障のない事であれば答えます」
「…の"髪"や衣類の繊維がガムテープから出たと言っていたな。第二のキラが送ったビデオテープの封筒はいくつもあったはず…。…に関する物証が出たのは、最後のビデオテープからだけ。そうだな?」
竜崎に問うと、じっと僕を探るような目で見るだけで、すぐには答えなかった。
「それを聞いてどうするんですか?これから監禁され、月くんがキラである、という疑惑を晴らそうとしているんですよ」
「だからこそ、だよ。…仕方がないこと、望んだこととは言え…長期間手足を拘束されて監禁されて、精神的に参るはずだ。…だから、少しでも心配事はなくしておきたい」
「心配ごと、ですか」
「そうだ」
竜崎はしばらく長考したあと、「…まあ、いいでしょう」と頷いた。
「これを答えたところで、何かが変わるとは思いませんから。…言葉通り、夜神くんの疑問が消えて、心が軽くなるだけでしょう。
──夜神くんの言った通り、の物証が出たのは、最後に届いた封筒からのみです」
「…そうか。ありがとう」
「いえ…」
それは予想通りの答えであった。
監禁され、記憶を失う前に、レムが語った"第三者"がいったいいつから暗躍していたか、確かめておきたかったのだ。
僕は硬い表情を作り、しかし安堵した風を装いながら、心の中で一人笑む。
竜崎の言う通りだ。これが分かったからと言って、どうという事もない。
けれど、不安要素は潰しておきたかった。
僕は九分九厘、レムの言った通り、第三者とやらは、を害する気はないのだろうと考えてる。
そしてその行動は、将来的に僕の計画を阻害するようなものではないとも。
けれど全幅の信頼を寄せられるほど、僕はその正体不明の存在についての情報を持たない。
なんせ、レムは多くを語ろうとしなかったのだから。
けれど死神が…特に、人間であるミサに情を移すレムが、嘘をつくとも思えない。
ミサの利になる嘘ならつくのだろうが、これがそうなのだとは考え難い。
僕は監禁される直前、最後に少しでも第三者についての情報を得ようと交渉し、そしてそれは成功した。
──そして独房に監禁されてから七日目のこと。
「月くかか、まだ一週間ですが、流石にやつれてきてます。大丈夫ですか?」
「ああ…自分で恰好のいい状態とはとても言えないが…そんなくだらないプライドは──"捨てる"」
──僕はデスノートの所有権を放棄した。そして、自分がキラであるという記憶を全て失い──
正義感の強い、どこにでもいるただの青年。夜神月として、誰にも知られぬうちに変貌を遂げたのだった。
***
僕はカレンダーも時計も何もない牢に監禁されてから、毎日頭の中で日を数えていた。
今日で監禁十五日目。確かに僕は監禁される事を承諾し、こういする事を選んだ。
けれど、こんな事をしても無駄だと気が付いた。
なぜなら、僕はキラではないのだから。こんな事を望んだ当時の僕は、我ながら正気だとは思えない。
キラという殺人鬼がやってきた事、自覚なしでやっていたなど、到底思えない。
キラは絶対に自分の意思で殺人をしてきたはずだ。キラとしての自覚がない僕が、キラであるはずがない。
牢に設置されたカメラに向かい、時間の無駄だと説得するも、監禁が解かれることはなかった。
手足を縛られ、硬い床とベッドに肌を触れさせれるしかない日々。風呂も着替えも許されず、排泄時のプライバシーも何もない。
監禁も十五日目ともなると、僕も少しくたびれてきて、ベッドを背もたれにしながら、硬い床の上で力なく項垂れていた。
『月くん』
「なんだ?竜崎」
竜崎はスピーカー越しに、定期的に語り掛けてくる。僕は顔も上げずにそれに返答した。
『もう二週間以上新たな犯罪者が裁かれていません。いい加減キラである事を自白してもらえませんか?』
「馬鹿をいうな竜崎…竜崎おまえは間違っている。今までの捜査状況から僕をキラだと推理するのもわかるが、これは罠だ!僕はキラじゃない!」
「ズームにでもなんでもして、僕の目をみてくれ。これが嘘をついてる人間の目か!?」と訴えるも、当然、その程度の説得に応じる竜崎ではない。
僕の監禁が解かれる事はなかった。
***
──監禁50日目ともなるくと、床に蹲る気力もなくなり、僕はただ冷たい床に身を横たえる事しか出来なくなっていた。
『月くん、大丈夫ですか?』
「…ああ…大丈夫だが…」
まるで定期連絡のように、毎日竜崎からスピーカー越しに話しかけられる。
とはいえ、それは僕に自白させるための詰問のみであり、外の世界の情報が僕に伝えられる事はなかった。
「竜崎…僕が監禁されてから犯罪者が死ななくなった…ここからキラは僕のこの現状を知ってる者の可能性が高いと思うんだ。その線で……」
『いえ、犯罪者が死ななくなったのは、月くんがキラだからです』
「違う、僕はキラじゃない!何度言ったらわかるんだ…」
毎日毎日、同じことの繰り返し。話は平行線を辿るのみ。
竜崎は僕をキラだと断じるが、かと言って監禁が解かれ、正式な処罰が下されるわけでもない。
この事から、竜崎はまだ本当の確信には至っていないのだと言うことが伺い知れた。
しかし、いつまでこの不毛な現状が続くのだろう。
僕は、僕がキラじゃないと知っている。それを証明するためにどうしたらいいのか、毎日考えている。
一体どうすれば──
──その3日後の事だった。突然、牢に相沢さんがやってきた。
かと思うと、囚人服代わりの黒いTシャツ・ズボンを着替えさせ、白いワイシャツを着せられて、再び目隠しをされたかと思うと、どこかへ移送された。
次に目隠しが外された時目にしたのは、見知らぬ地下駐車場だった。
依然として後ろ手に施された拘束は解かれぬまま、僕はその場に待機させられた。
すると、地下駐車場に入り込んできた一台の車のヘッドライトが僕たちを照らす。
50日以上も薄暗い牢に入れられていた僕の目には、その光は刺激が強すぎる。
「じゃ、お願いします局長」
相沢さんに背を押されて、僕は車の後部座席に座らされる。そこにはどういう訳か、ミサが座っていた。
運転席には父さんがいて、驚くことに、助手席にはも座っている。
「…!」
久々にの姿をみる事ができて、僕は思わず感極まった。
は僕に視線をやって笑っているけれど、ぐったりとしていて、明らかに消耗している様子だった。
無視をしている訳ではない、ただ返事をする元気もないようだ。
「ライト、会いたかったーっ!」
「……ミサ」
反対に、隣に座るミサは元気いっぱいで、涙目になりながら僕との再会を喜んでいた。
「…父さん、どういうことだ?なんで僕とミサを……、…を」
相沢さんに背を押され、僕が後部座席に座るのを確認すると、すぐに走行を始めた父さん。
僕が話すと、隣のミサはびっくりした様子で捲し立てた。
「えっ…!?父さん!?やだー…ミサライトのお父様にストーカーとか失礼なことを…」
「やっと疑いが晴れて自由になれるってところか…」
「いや…これからお前達三人を…」
父さんはミサのように僕との再会を喜ぶことはない。視線を合わせようともしない。
疑いが晴れて自由になれる…口ではそういったものの。
父さんのその様子と、拘束が解かれない状況からして、僕は今の状況がそんな生易しく明るいものでないと薄々察していた。
案の定、父さんはハンドルを握ったまま、僕達に死刑宣告を下したのだった。
「死刑台を連れていく。ある施設の地下に極秘に設けられた、その処刑場まで、護送する役目を私が買って出た…」
「死刑台!?…な…何言ってるんだ父さん!」
「な…何!?冗談ですよね?お父様…あはっ…」
「Lは夜神月をキラ、弥海砂とを第二のキラと断定し、おまえ達三人を抹殺すればキラによる殺人は止まると断言した」
「キラによる殺人は止まったはずじゃ…」
竜崎の性格を考えると、そう易々と僕達が100%白であるとは断じないだろう。
けれど少なくとも、キラによる殺人は止まったと言われたし、僕もそうだろうと認識していた。
僕達を仮にでも釈放するためには、それは絶対条件のはずだ。
しかし父さんは、首を横に振る。
「いや、まだ続いてる」
「続いてる?僕に言っていた事と違うじゃないか…!」
「それはおまえの自白を取るためのLの情報操作だろう。そんな事は問題ではない。…お前たちを抹殺すれば、キラによる殺人は止まるというLの提案を国連、政府、全てのトップがあっさりと聞き入れた。キラは世間に隠さ抹殺される…」
それを聞くと、僕とミサは青ざめ、恐慌状態に陥る他なかった。
「ば…馬鹿な…!待ってくれ、父さん、僕はキラじゃない!」
「そうよお父様なに考えてるんですか!?自分の息子じゃない!」
「私が決めたのではない。Lが決めたんだ。警察関係にはLが絶対なんだ。過去の難事件もことごとく解決し、彼が間違った事は一度もない」
「父さん!僕よりもLを信じるのか!?」
「…………Lはもしこれで殺人が止まらなければ、自分の死をもって責任を取るとまで言っている」
必死で抵抗する僕とミサとは裏腹に、名前は未だぐったりとしていて、窓に頭を預けて、
反応する元気もない様子だった。
明らかに消耗しているが心配じゃない訳ではない。今すぐに触れたい、抱きしめたい。
病院にでも何でも連れてってやって、どこか気が休まる所で回復させてやりたい。
けれど、処刑されるとまで言われてる今、を病院に連れていく所ではない。
の身を案じるならば、僕は何が何でも父さんを…竜崎を説得するしかない。
「L…何を考えてるんだ…確かに今までの材料だけでは、そう推理しても仕方ないかもしれない…しかしこれは間違いだ…Lは間違っている…Lはなんでこんな結論を…
何かおかしいぞ…大体Lらしくないじゃないか…今までのLは全ての事件で確たる証拠を挙げてきた。こんな形で終わらせる気か?」
冷静を欠きそうになるのを必死に堪え、僕は必死に状況を整理し、推理する。
しかし父さんはやはり振り返りもせず、何も反応を示さない。
「さあ着いたぞ」
そんな父さんがやっと口を開いたのは、高速道路を走り抜けた後。
人気のない広々とした高架下に車を止めた時だった。
そこには雑草が生い茂るばかりで、本当に何もない。
浮浪者さえもおらず、遠くの方にビルが聳え立ってるのが点々と目視できる程度だった。
「何処だここは?こんな人気のない場所に連れてきてどうする気だ?」
「あっ!お父様、もしかして逃がしてくれるの?」
僕は湧きあがる嫌な予感をおさえきれない。ミサが言ったように、父さんが逃がしてくれる…などという希望を抱く事はできなかった。
「ああ…ここなら何をしても人目につかない…私が勝手に処刑場でなく、ここへおまえ達を連れてきた…。…ライト」
父さんは、そこで初めて運転席から、後部座席に座る僕の方を振り返った。
久々に見た父さんの顔はやつれていて、僕に負けず劣らず青ざめ、汗をかいている。
「──ここでお前を殺し、私も死ぬ」
そして、聞いた事もない程に低い声でこう宣告したのだった。
「な…何を言ってるんだ父さん!そ…そんな馬鹿な…」
「も…もう止めて!お父様変ーっ!自分の子供がキラだから子供を殺して自分も死ぬ死にたければ一人で死ねばいいじゃない!それやったらキラと同じじゃない!そんな事もわからないんですか!?」
「いや…キラとは違う…私には親としての責任、刑事局長としての責任がある」
「もう!ばっかじゃないのー!?」
僕とミサが叫びをあげる中、助手席のはぐらりと頭をゆらして、がくりと座席に寄り掛かる。
肩で息をしているのが見える。僕やミサが精神的に限界が来ているように、の体調も芳しくない。深刻だと見て取れた。
「父さんミサの言う通りだ!ここで死んでも真相は何もわからないままだ!だったらまだ逃げた方がいい。その間に真相がわかる事もある。いや、逃げながらでも真相をつかんでやる!」
「もう遅いライト…上の決めた事だ。逆らえん…どの道おまえは処刑される…ならばせめて私の手で…」
父さんが高架下に連れてきたとき、嫌な予感がしていた。
真面目な父さんが、いくら実子のためとはいえ、逃がすとは思えない…
──むしろその逆。
父さんの説得が失敗に終わったとついに確信したのは、父さんがジャケットから拳銃を取り出したのを目視した時だった。
「弥……息子と私はここで死ぬが、私がお前達を殺す道理はない!この車にはそのうち警察が駆けつけてくるだろう。おまえたちは正規の処刑場で抹殺されてくれ…!」
「そ…そうだ父さん!もしキラや第二のキラなら黙って殺されるはずがないじゃないか!ここなら誰もいないんだ、キラや第二のキラなら…」
「黙れ」
「父さん…!!」
は衰弱しきった体では僕とミサのように叫ぶことは出来ず、その代わりに肩を震わせ、怖がっているようだった。
こんな状況に陥っても尚、「こわい」の一言も発せないほどなのだ。
しかし父さんがシートベルトを外し、後部座席に座る僕の方へ上体を近寄らせて。
セーフティを外し、引き金に指をかけ、銃口を額に突き付けた瞬間。
「いやだ…」
──聞いた事もないほどか細く、切ない声でが呟いた。
考えるまでもない。は僕が殺される事を怖がり、震えてる。弱った体でただ一言、いやだ、と抵抗しているのだ。
僕は自分が父親の手により殺されかかってる事実より何よりも。
愛するをこんな状況下に身を置かせ、そんな言わせててしまった事が苦しくてたまらなかった。
「ライト…殺人犯同士、地獄で会おう…」
「やめてーっ!!」
ミサが叫んだと同時に、ガァァン…と銃声が鳴り響く。
僕は目を瞑る事すらできず、その銃口から目を逸らさなかった。
しかしいくら見つめても、そこから銃弾が飛び出てくる事はなく、僕は生きている。
一体これはどういうことなのか。
考えられる要因は、ただ一つだ。
「…空砲…?」
「よ…よかった…」
「よかった…って、何してるんだ?父さん」
「許してくれ三人とも…おまえ達を監禁から解く為にこうするしかなかった…しかおまがキラでないと信じているからこそやったことだ…」
父さんは銃口を僕から外すと、運転席に戻り、脱力した。
それからハンドルに上半身を預けて、ぐったりとしながら事の顛末を語ったのだった。
そして父さんは僕たちではなく、ここに居ない竜崎に向けて話しかけた。
「観ていたか竜崎。言われた通りやったが、私はこの通り生きている」
『はい、迫真の演技でした。あれならば弥かが姿を見れば殺せる第二のキラだとした場合、月くんが撃たれる前に夜神さんを殺したと考えていいでしょう…』
どこかから、肉声ではない…スピーカーを通したような竜崎の声が聞えてくる。
監視カメラや盗聴器が仕込まれていたのは明白だった。
車内を監視できる位置はどこかと考えたら、ミラーだろうとすぐに辺りをつけられた。
じっと目を凝らすと、小さなカメラが設置されていた事に気が付く事ができた。
『そしてこれも約束通り、弥海砂はオカルトビデオと言い張ってますが、ビデオを送った自白数点の証拠がありのすので、キラが捕まり全てが解明されるまでは監視下に置く』
「何それー?まだ疑ってんの?」
「まあそれでも日常に戻れる。それでいいじゃないか?監視というのは、自分に非がなければ逆に警察に守られる事にもなる」
「そっか、じゃあミサ第二のキラじゃないし、ボディーガードが付いたって思えばいいんだ!」
ミサは竜崎の言葉に不服を示していたが、父さんの説得により、前向きに考える事が出来たようだった。
ミサのその元気の一割でもいいから、名前に分けてやりたい。
名前は一連の流れが仕組まれた事、演技だったとわかっても尚、歓声を上げる事もできず、
ただ荒い呼吸を繰り返していた。
『そして月くんの方も約束通り…私と24時間行動を共にし、捜査協力をしてもらう事で手を打ちます』
「……わかった。竜崎…一緒に捕まえよう…キラを」
『はい、よろしくお願いします』
一刻も早くを病院に連れて行ってあげたい。それすら叶わないというのなら、
安らげる場所で休ませてあげたい。
僕はようやくまともな会話ができるようになったこのタイミングで、竜崎に向かって最も気掛かりだった質問をぶつけた。
「竜崎…それじゃあ、はどうなるんだ?そもそも、はビデオテープを送ったと自白したのか…?」
「…ビデオテープ…?」
僕が竜崎に言うと、竜崎が何かを答えるよりも先に、が思わずといった様子で不思議そうな声をもらした。
僕は第二のキラが送ったビデオテープが入っていた封筒のガムテープから、物証が出たと聞いている。
それは弥海砂と、、2人の人間のものだったと。
そしてミサも当然それについて尋問されたのだろう。そして「オカルトテープ」を送ったのだと証言したのだろうと、察する事ができた。
けれどはどうだ。サイドミラーに映る、ぼんやりとした表情のは、どうみても状況を理解できていない。
…まさか…まさかだろう。僕はあり得ないと思いつつも、竜崎に問わずにはいられなかった。
「…まさか。何も話していないのか?何も説明せず、ただ名前を監禁していた…?」
は何も説明される事のないまま、50日以上も監禁され、ただ自白を取るため尋問され続けていたというのだろうか。
竜崎は僕の怒りに震えた声を聞いても尚、いつもと変わらぬ淡々とした声で返答した。
『さんに自白を取ろうとしても無意味だと、早い段階から理解しましたから。さんに関しても、弥と同様、全てが開明されるまでは監視下におきます』
僕は怒りでどうにかなりそうだった。
僕は、僕がキラじゃないと確信している。牢に監禁されてる最中、ずっと無実であると証明しようと試みてきた。
それと同時に、のことも無実だと信じていた。僕が牢に監禁されたのは、僕が望んだことである。気の迷いだったとはいえ…自業自得だろう。
けれどはどうだ。物証が出たなんて、何か裏があるに決まってる。
もっとちゃんと調べればきっと、冤罪だとわかるはずだ。
だというのに悪びれもなく、竜崎は説明するのを無意味だと言ってのけた。
僕は腹の底から湧きあがる怒りで、怒鳴る事すらできなかった。
人間心底憎しみを抱くと、怒声を浴びせる事すらできないらしい。
しばらく僕はカメラの向こうにいるであろう竜崎を睨み続けていた。
しかし、ふと気が付いた。──の呼吸が、今まで以上に荒くなっているという事に。
「…?大丈夫か…?」
「…ちゃん?どうした?具合が悪いのか?」
僕がの様子を伺うと、運転席の父さんも助手席の方をみて、肩を揺らした。
するとぐっと眉を顰める。
僕の座る位置からは様子が伺えないけれど、父さんのその表情を見れば、明らかに状況が悪い事は見て取れた。
「…竜崎、の様子がおかしい…気を失ってしまったようだ。呼吸も荒いし、見たところ熱があるようだ」
「えっ?熱?…確かに苦しそう…。…この子、ライトが前に話してくれた……あの幼馴染よね…?」
父さんがの額に手を当てると、深刻そうに竜崎へと報告した。
ミサは身を乗り出して助手席のを見ると、「…すごく、綺麗な子…」とぽつりと漏らした。
確かにミサには、何かの話の流れで、何よりも大切な幼馴染がいると明かした事がある。
確か…家にミサがやってきた時…だっただろうか。
僕は人一倍記憶力がいいと、自他共に認めている。そんな僕が霧がかかったかのように当時の詳細を思い出せないのは、50日以上も監禁されていたせいだと思った。
いくら優秀な頭脳を持っていたって、所詮は僕も人間だ。精神的にも極限状態で、肉体的にも消耗させられれば、そうなって当然。
今も、疲労は当然感じている。
ミサが今元気でいる方がおかしいのだ。
『はい。さんは長い間栄養失調状態が続いています。急に動いたので、悪化したのかもしれません』
「え、栄養失調…!?」
僕は監禁されている間も、三食の食事は出てきた。人間というのは不思議なもので、
一歩も歩かずカロリーは消費していないはずなのに、ただ呼吸をするだけで空腹になるらしい。
思考を鈍らせないためにも食事と睡眠は怠らなかった。
けれどはそうではなかったのだろう。きっと食事も喉を通らずに、こんなに弱り果ててしまった。
「父さん!早く車を出してくれ…!」
「あ、ああ。わかってる。…竜崎、私達は戻るぞ」
『わかりました』
父さんを急かして、僕は竜崎たちが今拠点にしているだろうホテルへと向かった。
竜崎が取る部屋は、捜査の拠点にするだけあり、いつも広い。そして明らかに高級だ。
ミサと僕が囚人服代わりの白シャツから、私服に着替え終わった頃。
別室で処置を受けていたが、父さんに抱えられながら、僕達の前に連れられてきた。
「本当はベッドに寝かせておいた方がいいと思うんだが…その、お互い離れていては落ち着かんのだろう…一度目を覚ましたんだが、「月に会いたい」と言って、そのまままた…」
一度は目を覚ましたらしいは、今はまた眠りについている。
この場には部外者もいれられないし、女性もいない。そのためは私服に着替える事はできず、白シャツを着たままだ。
車内にいた時よりは顔色がマシになっているけれど、それでも呼吸が荒い。
も僕に会いたがっている、そして僕もに会いたくてたまらない。
父さんの判断は正解だ。別室に連れられる前に、「と離れたくない」と傍に留めようとしたのも幸いしたようだ。
こうしてくれなければ、僕は落ち着いて今後の事など話し合えなかった事だろう。
「ここまでする必要があるのか?竜崎…」
「私だってしたくてしてる訳じゃありません」
「…えっ…24時間行動を共にするって、こういう事!?」
僕は片手に手錠をはめられた。もう片方は竜崎の手首にはめられている。
鎖はさほど長くはなく、ミサは驚愕している。
僕が移動すれば、竜崎も当然引っ張られる形になる。それも厭わず、僕は名前の寝かされたソファーに移動し、腰かけながら髪を撫でた。
そして起こさないように慎重な手つきでの上体を少し持ち上げて、膝枕の形をとる。
「……そのまま話を続けるつもりですか?」
「そうだ。何か問題でも?」
「…………問題しかないと思いますが…まあいいでしょう」
竜崎は長い間を開けてから、承諾した。そして僕達は、今後についての話合いを進める事となった。
4.舞台裏─最後の封筒
Kの2801号室。電話で指定されたホテルに足を踏み入れて、僕はこう告げた。
「──僕がキラかもしれない」
僕が自覚していないだけで、キラとしての行動をとっていたのかもしれない。
どう考えても僕が怪しい──そう滾々と説明すると、竜崎はこんな決断を下した。
「夜神月を手足を縛り、長期間牢に監禁」
──それは僕が望んでいた通りの結果だった。
そこからとんとん拍子に話は進み、僕はすぐさま手錠をかけられ、相沢さんの手によりアイマスクや耳栓をつけられようとしていた。
どこに移送されるか、完全にわからないように徹底している。
「竜崎…監禁される前に、1つだけ聞いておきたいことがある」
「なんでしょう。答えられる事…いえ、答えて支障のない事であれば答えます」
「…の"髪"や衣類の繊維がガムテープから出たと言っていたな。第二のキラが送ったビデオテープの封筒はいくつもあったはず…。…に関する物証が出たのは、最後のビデオテープからだけ。そうだな?」
竜崎に問うと、じっと僕を探るような目で見るだけで、すぐには答えなかった。
「それを聞いてどうするんですか?これから監禁され、月くんがキラである、という疑惑を晴らそうとしているんですよ」
「だからこそ、だよ。…仕方がないこと、望んだこととは言え…長期間手足を拘束されて監禁されて、精神的に参るはずだ。…だから、少しでも心配事はなくしておきたい」
「心配ごと、ですか」
「そうだ」
竜崎はしばらく長考したあと、「…まあ、いいでしょう」と頷いた。
「これを答えたところで、何かが変わるとは思いませんから。…言葉通り、夜神くんの疑問が消えて、心が軽くなるだけでしょう。
──夜神くんの言った通り、の物証が出たのは、最後に届いた封筒からのみです」
「…そうか。ありがとう」
「いえ…」
それは予想通りの答えであった。
監禁され、記憶を失う前に、レムが語った"第三者"がいったいいつから暗躍していたか、確かめておきたかったのだ。
僕は硬い表情を作り、しかし安堵した風を装いながら、心の中で一人笑む。
竜崎の言う通りだ。これが分かったからと言って、どうという事もない。
けれど、不安要素は潰しておきたかった。
僕は九分九厘、レムの言った通り、第三者とやらは、を害する気はないのだろうと考えてる。
そしてその行動は、将来的に僕の計画を阻害するようなものではないとも。
けれど全幅の信頼を寄せられるほど、僕はその正体不明の存在についての情報を持たない。
なんせ、レムは多くを語ろうとしなかったのだから。
けれど死神が…特に、人間であるミサに情を移すレムが、嘘をつくとも思えない。
ミサの利になる嘘ならつくのだろうが、これがそうなのだとは考え難い。
僕は監禁される直前、最後に少しでも第三者についての情報を得ようと交渉し、そしてそれは成功した。
──そして独房に監禁されてから七日目のこと。
「月くかか、まだ一週間ですが、流石にやつれてきてます。大丈夫ですか?」
「ああ…自分で恰好のいい状態とはとても言えないが…そんなくだらないプライドは──"捨てる"」
──僕はデスノートの所有権を放棄した。そして、自分がキラであるという記憶を全て失い──
正義感の強い、どこにでもいるただの青年。夜神月として、誰にも知られぬうちに変貌を遂げたのだった。
***
僕はカレンダーも時計も何もない牢に監禁されてから、毎日頭の中で日を数えていた。
今日で監禁十五日目。確かに僕は監禁される事を承諾し、こういする事を選んだ。
けれど、こんな事をしても無駄だと気が付いた。
なぜなら、僕はキラではないのだから。こんな事を望んだ当時の僕は、我ながら正気だとは思えない。
キラという殺人鬼がやってきた事、自覚なしでやっていたなど、到底思えない。
キラは絶対に自分の意思で殺人をしてきたはずだ。キラとしての自覚がない僕が、キラであるはずがない。
牢に設置されたカメラに向かい、時間の無駄だと説得するも、監禁が解かれることはなかった。
手足を縛られ、硬い床とベッドに肌を触れさせれるしかない日々。風呂も着替えも許されず、排泄時のプライバシーも何もない。
監禁も十五日目ともなると、僕も少しくたびれてきて、ベッドを背もたれにしながら、硬い床の上で力なく項垂れていた。
『月くん』
「なんだ?竜崎」
竜崎はスピーカー越しに、定期的に語り掛けてくる。僕は顔も上げずにそれに返答した。
『もう二週間以上新たな犯罪者が裁かれていません。いい加減キラである事を自白してもらえませんか?』
「馬鹿をいうな竜崎…竜崎おまえは間違っている。今までの捜査状況から僕をキラだと推理するのもわかるが、これは罠だ!僕はキラじゃない!」
「ズームにでもなんでもして、僕の目をみてくれ。これが嘘をついてる人間の目か!?」と訴えるも、当然、その程度の説得に応じる竜崎ではない。
僕の監禁が解かれる事はなかった。
***
──監禁50日目ともなるくと、床に蹲る気力もなくなり、僕はただ冷たい床に身を横たえる事しか出来なくなっていた。
『月くん、大丈夫ですか?』
「…ああ…大丈夫だが…」
まるで定期連絡のように、毎日竜崎からスピーカー越しに話しかけられる。
とはいえ、それは僕に自白させるための詰問のみであり、外の世界の情報が僕に伝えられる事はなかった。
「竜崎…僕が監禁されてから犯罪者が死ななくなった…ここからキラは僕のこの現状を知ってる者の可能性が高いと思うんだ。その線で……」
『いえ、犯罪者が死ななくなったのは、月くんがキラだからです』
「違う、僕はキラじゃない!何度言ったらわかるんだ…」
毎日毎日、同じことの繰り返し。話は平行線を辿るのみ。
竜崎は僕をキラだと断じるが、かと言って監禁が解かれ、正式な処罰が下されるわけでもない。
この事から、竜崎はまだ本当の確信には至っていないのだと言うことが伺い知れた。
しかし、いつまでこの不毛な現状が続くのだろう。
僕は、僕がキラじゃないと知っている。それを証明するためにどうしたらいいのか、毎日考えている。
一体どうすれば──
──その3日後の事だった。突然、牢に相沢さんがやってきた。
かと思うと、囚人服代わりの黒いTシャツ・ズボンを着替えさせ、白いワイシャツを着せられて、再び目隠しをされたかと思うと、どこかへ移送された。
次に目隠しが外された時目にしたのは、見知らぬ地下駐車場だった。
依然として後ろ手に施された拘束は解かれぬまま、僕はその場に待機させられた。
すると、地下駐車場に入り込んできた一台の車のヘッドライトが僕たちを照らす。
50日以上も薄暗い牢に入れられていた僕の目には、その光は刺激が強すぎる。
「じゃ、お願いします局長」
相沢さんに背を押されて、僕は車の後部座席に座らされる。そこにはどういう訳か、ミサが座っていた。
運転席には父さんがいて、驚くことに、助手席にはも座っている。
「…!」
久々にの姿をみる事ができて、僕は思わず感極まった。
は僕に視線をやって笑っているけれど、ぐったりとしていて、明らかに消耗している様子だった。
無視をしている訳ではない、ただ返事をする元気もないようだ。
「ライト、会いたかったーっ!」
「……ミサ」
反対に、隣に座るミサは元気いっぱいで、涙目になりながら僕との再会を喜んでいた。
「…父さん、どういうことだ?なんで僕とミサを……、…を」
相沢さんに背を押され、僕が後部座席に座るのを確認すると、すぐに走行を始めた父さん。
僕が話すと、隣のミサはびっくりした様子で捲し立てた。
「えっ…!?父さん!?やだー…ミサライトのお父様にストーカーとか失礼なことを…」
「やっと疑いが晴れて自由になれるってところか…」
「いや…これからお前達三人を…」
父さんはミサのように僕との再会を喜ぶことはない。視線を合わせようともしない。
疑いが晴れて自由になれる…口ではそういったものの。
父さんのその様子と、拘束が解かれない状況からして、僕は今の状況がそんな生易しく明るいものでないと薄々察していた。
案の定、父さんはハンドルを握ったまま、僕達に死刑宣告を下したのだった。
「死刑台を連れていく。ある施設の地下に極秘に設けられた、その処刑場まで、護送する役目を私が買って出た…」
「死刑台!?…な…何言ってるんだ父さん!」
「な…何!?冗談ですよね?お父様…あはっ…」
「Lは夜神月をキラ、弥海砂とを第二のキラと断定し、おまえ達三人を抹殺すればキラによる殺人は止まると断言した」
「キラによる殺人は止まったはずじゃ…」
竜崎の性格を考えると、そう易々と僕達が100%白であるとは断じないだろう。
けれど少なくとも、キラによる殺人は止まったと言われたし、僕もそうだろうと認識していた。
僕達を仮にでも釈放するためには、それは絶対条件のはずだ。
しかし父さんは、首を横に振る。
「いや、まだ続いてる」
「続いてる?僕に言っていた事と違うじゃないか…!」
「それはおまえの自白を取るためのLの情報操作だろう。そんな事は問題ではない。…お前たちを抹殺すれば、キラによる殺人は止まるというLの提案を国連、政府、全てのトップがあっさりと聞き入れた。キラは世間に隠さ抹殺される…」
それを聞くと、僕とミサは青ざめ、恐慌状態に陥る他なかった。
「ば…馬鹿な…!待ってくれ、父さん、僕はキラじゃない!」
「そうよお父様なに考えてるんですか!?自分の息子じゃない!」
「私が決めたのではない。Lが決めたんだ。警察関係にはLが絶対なんだ。過去の難事件もことごとく解決し、彼が間違った事は一度もない」
「父さん!僕よりもLを信じるのか!?」
「…………Lはもしこれで殺人が止まらなければ、自分の死をもって責任を取るとまで言っている」
必死で抵抗する僕とミサとは裏腹に、名前は未だぐったりとしていて、窓に頭を預けて、
反応する元気もない様子だった。
明らかに消耗しているが心配じゃない訳ではない。今すぐに触れたい、抱きしめたい。
病院にでも何でも連れてってやって、どこか気が休まる所で回復させてやりたい。
けれど、処刑されるとまで言われてる今、を病院に連れていく所ではない。
の身を案じるならば、僕は何が何でも父さんを…竜崎を説得するしかない。
「L…何を考えてるんだ…確かに今までの材料だけでは、そう推理しても仕方ないかもしれない…しかしこれは間違いだ…Lは間違っている…Lはなんでこんな結論を…
何かおかしいぞ…大体Lらしくないじゃないか…今までのLは全ての事件で確たる証拠を挙げてきた。こんな形で終わらせる気か?」
冷静を欠きそうになるのを必死に堪え、僕は必死に状況を整理し、推理する。
しかし父さんはやはり振り返りもせず、何も反応を示さない。
「さあ着いたぞ」
そんな父さんがやっと口を開いたのは、高速道路を走り抜けた後。
人気のない広々とした高架下に車を止めた時だった。
そこには雑草が生い茂るばかりで、本当に何もない。
浮浪者さえもおらず、遠くの方にビルが聳え立ってるのが点々と目視できる程度だった。
「何処だここは?こんな人気のない場所に連れてきてどうする気だ?」
「あっ!お父様、もしかして逃がしてくれるの?」
僕は湧きあがる嫌な予感をおさえきれない。ミサが言ったように、父さんが逃がしてくれる…などという希望を抱く事はできなかった。
「ああ…ここなら何をしても人目につかない…私が勝手に処刑場でなく、ここへおまえ達を連れてきた…。…ライト」
父さんは、そこで初めて運転席から、後部座席に座る僕の方を振り返った。
久々に見た父さんの顔はやつれていて、僕に負けず劣らず青ざめ、汗をかいている。
「──ここでお前を殺し、私も死ぬ」
そして、聞いた事もない程に低い声でこう宣告したのだった。
「な…何を言ってるんだ父さん!そ…そんな馬鹿な…」
「も…もう止めて!お父様変ーっ!自分の子供がキラだから子供を殺して自分も死ぬ死にたければ一人で死ねばいいじゃない!それやったらキラと同じじゃない!そんな事もわからないんですか!?」
「いや…キラとは違う…私には親としての責任、刑事局長としての責任がある」
「もう!ばっかじゃないのー!?」
僕とミサが叫びをあげる中、助手席のはぐらりと頭をゆらして、がくりと座席に寄り掛かる。
肩で息をしているのが見える。僕やミサが精神的に限界が来ているように、の体調も芳しくない。深刻だと見て取れた。
「父さんミサの言う通りだ!ここで死んでも真相は何もわからないままだ!だったらまだ逃げた方がいい。その間に真相がわかる事もある。いや、逃げながらでも真相をつかんでやる!」
「もう遅いライト…上の決めた事だ。逆らえん…どの道おまえは処刑される…ならばせめて私の手で…」
父さんが高架下に連れてきたとき、嫌な予感がしていた。
真面目な父さんが、いくら実子のためとはいえ、逃がすとは思えない…
──むしろその逆。
父さんの説得が失敗に終わったとついに確信したのは、父さんがジャケットから拳銃を取り出したのを目視した時だった。
「弥……息子と私はここで死ぬが、私がお前達を殺す道理はない!この車にはそのうち警察が駆けつけてくるだろう。おまえたちは正規の処刑場で抹殺されてくれ…!」
「そ…そうだ父さん!もしキラや第二のキラなら黙って殺されるはずがないじゃないか!ここなら誰もいないんだ、キラや第二のキラなら…」
「黙れ」
「父さん…!!」
は衰弱しきった体では僕とミサのように叫ぶことは出来ず、その代わりに肩を震わせ、怖がっているようだった。
こんな状況に陥っても尚、「こわい」の一言も発せないほどなのだ。
しかし父さんがシートベルトを外し、後部座席に座る僕の方へ上体を近寄らせて。
セーフティを外し、引き金に指をかけ、銃口を額に突き付けた瞬間。
「いやだ…」
──聞いた事もないほどか細く、切ない声でが呟いた。
考えるまでもない。は僕が殺される事を怖がり、震えてる。弱った体でただ一言、いやだ、と抵抗しているのだ。
僕は自分が父親の手により殺されかかってる事実より何よりも。
愛するをこんな状況下に身を置かせ、そんな言わせててしまった事が苦しくてたまらなかった。
「ライト…殺人犯同士、地獄で会おう…」
「やめてーっ!!」
ミサが叫んだと同時に、ガァァン…と銃声が鳴り響く。
僕は目を瞑る事すらできず、その銃口から目を逸らさなかった。
しかしいくら見つめても、そこから銃弾が飛び出てくる事はなく、僕は生きている。
一体これはどういうことなのか。
考えられる要因は、ただ一つだ。
「…空砲…?」
「よ…よかった…」
「よかった…って、何してるんだ?父さん」
「許してくれ三人とも…おまえ達を監禁から解く為にこうするしかなかった…しかおまがキラでないと信じているからこそやったことだ…」
父さんは銃口を僕から外すと、運転席に戻り、脱力した。
それからハンドルに上半身を預けて、ぐったりとしながら事の顛末を語ったのだった。
そして父さんは僕たちではなく、ここに居ない竜崎に向けて話しかけた。
「観ていたか竜崎。言われた通りやったが、私はこの通り生きている」
『はい、迫真の演技でした。あれならば弥かが姿を見れば殺せる第二のキラだとした場合、月くんが撃たれる前に夜神さんを殺したと考えていいでしょう…』
どこかから、肉声ではない…スピーカーを通したような竜崎の声が聞えてくる。
監視カメラや盗聴器が仕込まれていたのは明白だった。
車内を監視できる位置はどこかと考えたら、ミラーだろうとすぐに辺りをつけられた。
じっと目を凝らすと、小さなカメラが設置されていた事に気が付く事ができた。
『そしてこれも約束通り、弥海砂はオカルトビデオと言い張ってますが、ビデオを送った自白数点の証拠がありのすので、キラが捕まり全てが解明されるまでは監視下に置く』
「何それー?まだ疑ってんの?」
「まあそれでも日常に戻れる。それでいいじゃないか?監視というのは、自分に非がなければ逆に警察に守られる事にもなる」
「そっか、じゃあミサ第二のキラじゃないし、ボディーガードが付いたって思えばいいんだ!」
ミサは竜崎の言葉に不服を示していたが、父さんの説得により、前向きに考える事が出来たようだった。
ミサのその元気の一割でもいいから、名前に分けてやりたい。
名前は一連の流れが仕組まれた事、演技だったとわかっても尚、歓声を上げる事もできず、
ただ荒い呼吸を繰り返していた。
『そして月くんの方も約束通り…私と24時間行動を共にし、捜査協力をしてもらう事で手を打ちます』
「……わかった。竜崎…一緒に捕まえよう…キラを」
『はい、よろしくお願いします』
一刻も早くを病院に連れて行ってあげたい。それすら叶わないというのなら、
安らげる場所で休ませてあげたい。
僕はようやくまともな会話ができるようになったこのタイミングで、竜崎に向かって最も気掛かりだった質問をぶつけた。
「竜崎…それじゃあ、はどうなるんだ?そもそも、はビデオテープを送ったと自白したのか…?」
「…ビデオテープ…?」
僕が竜崎に言うと、竜崎が何かを答えるよりも先に、が思わずといった様子で不思議そうな声をもらした。
僕は第二のキラが送ったビデオテープが入っていた封筒のガムテープから、物証が出たと聞いている。
それは弥海砂と、、2人の人間のものだったと。
そしてミサも当然それについて尋問されたのだろう。そして「オカルトテープ」を送ったのだと証言したのだろうと、察する事ができた。
けれどはどうだ。サイドミラーに映る、ぼんやりとした表情のは、どうみても状況を理解できていない。
…まさか…まさかだろう。僕はあり得ないと思いつつも、竜崎に問わずにはいられなかった。
「…まさか。何も話していないのか?何も説明せず、ただ名前を監禁していた…?」
は何も説明される事のないまま、50日以上も監禁され、ただ自白を取るため尋問され続けていたというのだろうか。
竜崎は僕の怒りに震えた声を聞いても尚、いつもと変わらぬ淡々とした声で返答した。
『さんに自白を取ろうとしても無意味だと、早い段階から理解しましたから。さんに関しても、弥と同様、全てが開明されるまでは監視下におきます』
僕は怒りでどうにかなりそうだった。
僕は、僕がキラじゃないと確信している。牢に監禁されてる最中、ずっと無実であると証明しようと試みてきた。
それと同時に、のことも無実だと信じていた。僕が牢に監禁されたのは、僕が望んだことである。気の迷いだったとはいえ…自業自得だろう。
けれどはどうだ。物証が出たなんて、何か裏があるに決まってる。
もっとちゃんと調べればきっと、冤罪だとわかるはずだ。
だというのに悪びれもなく、竜崎は説明するのを無意味だと言ってのけた。
僕は腹の底から湧きあがる怒りで、怒鳴る事すらできなかった。
人間心底憎しみを抱くと、怒声を浴びせる事すらできないらしい。
しばらく僕はカメラの向こうにいるであろう竜崎を睨み続けていた。
しかし、ふと気が付いた。──の呼吸が、今まで以上に荒くなっているという事に。
「…?大丈夫か…?」
「…ちゃん?どうした?具合が悪いのか?」
僕がの様子を伺うと、運転席の父さんも助手席の方をみて、肩を揺らした。
するとぐっと眉を顰める。
僕の座る位置からは様子が伺えないけれど、父さんのその表情を見れば、明らかに状況が悪い事は見て取れた。
「…竜崎、の様子がおかしい…気を失ってしまったようだ。呼吸も荒いし、見たところ熱があるようだ」
「えっ?熱?…確かに苦しそう…。…この子、ライトが前に話してくれた……あの幼馴染よね…?」
父さんがの額に手を当てると、深刻そうに竜崎へと報告した。
ミサは身を乗り出して助手席のを見ると、「…すごく、綺麗な子…」とぽつりと漏らした。
確かにミサには、何かの話の流れで、何よりも大切な幼馴染がいると明かした事がある。
確か…家にミサがやってきた時…だっただろうか。
僕は人一倍記憶力がいいと、自他共に認めている。そんな僕が霧がかかったかのように当時の詳細を思い出せないのは、50日以上も監禁されていたせいだと思った。
いくら優秀な頭脳を持っていたって、所詮は僕も人間だ。精神的にも極限状態で、肉体的にも消耗させられれば、そうなって当然。
今も、疲労は当然感じている。
ミサが今元気でいる方がおかしいのだ。
『はい。さんは長い間栄養失調状態が続いています。急に動いたので、悪化したのかもしれません』
「え、栄養失調…!?」
僕は監禁されている間も、三食の食事は出てきた。人間というのは不思議なもので、
一歩も歩かずカロリーは消費していないはずなのに、ただ呼吸をするだけで空腹になるらしい。
思考を鈍らせないためにも食事と睡眠は怠らなかった。
けれどはそうではなかったのだろう。きっと食事も喉を通らずに、こんなに弱り果ててしまった。
「父さん!早く車を出してくれ…!」
「あ、ああ。わかってる。…竜崎、私達は戻るぞ」
『わかりました』
父さんを急かして、僕は竜崎たちが今拠点にしているだろうホテルへと向かった。
竜崎が取る部屋は、捜査の拠点にするだけあり、いつも広い。そして明らかに高級だ。
ミサと僕が囚人服代わりの白シャツから、私服に着替え終わった頃。
別室で処置を受けていたが、父さんに抱えられながら、僕達の前に連れられてきた。
「本当はベッドに寝かせておいた方がいいと思うんだが…その、お互い離れていては落ち着かんのだろう…一度目を覚ましたんだが、「月に会いたい」と言って、そのまままた…」
一度は目を覚ましたらしいは、今はまた眠りについている。
この場には部外者もいれられないし、女性もいない。そのためは私服に着替える事はできず、白シャツを着たままだ。
車内にいた時よりは顔色がマシになっているけれど、それでも呼吸が荒い。
も僕に会いたがっている、そして僕もに会いたくてたまらない。
父さんの判断は正解だ。別室に連れられる前に、「と離れたくない」と傍に留めようとしたのも幸いしたようだ。
こうしてくれなければ、僕は落ち着いて今後の事など話し合えなかった事だろう。
「ここまでする必要があるのか?竜崎…」
「私だってしたくてしてる訳じゃありません」
「…えっ…24時間行動を共にするって、こういう事!?」
僕は片手に手錠をはめられた。もう片方は竜崎の手首にはめられている。
鎖はさほど長くはなく、ミサは驚愕している。
僕が移動すれば、竜崎も当然引っ張られる形になる。それも厭わず、僕は名前の寝かされたソファーに移動し、腰かけながら髪を撫でた。
そして起こさないように慎重な手つきでの上体を少し持ち上げて、膝枕の形をとる。
「……そのまま話を続けるつもりですか?」
「そうだ。何か問題でも?」
「…………問題しかないと思いますが…まあいいでしょう」
竜崎は長い間を開けてから、承諾した。そして僕達は、今後についての話合いを進める事となった。