第104話
6.明日からの話─キラが消えた世界
レムからの問いに対して答える言葉はたった一つだけ。
「…本気さ。僕は実行する」
「…確かに、私はこの死神の予言には従った方がいいと進めた…しかし、おまえはキラとしてずっと動き続けていた…」
を抱きしめ、腕の中に閉じ込めながら、背後に立つレムを振り返りながら話す。
「夜神月。おまえの事は…最初はいけすかない奴だと思っていた…ミサを利用するだけの男だと…。だが、火口に長らく憑いていたからこそ解る。おまえの信念は純粋なんだと…応援したいとさえ思い初めていた…」
まさかレムがそこまで僕のことを買ってくれていたとは、思いもしなかった。
しかしこれは、僕がこれから考えている計画…未来設計を現実にするためには都合がいいと内心ほくそ笑んでいた。
レムが思うほど、僕は純粋じゃない。僕はミサの好意を利用し、目の取引をするよう仕向け…結果的にレムにLを始末させ、同時にレムも抹殺するつもりだった。
"天使様"の暗躍のおかげで、レムが僕の後ろ暗い計画に気付かなかったのは僥倖だ。
「Lを殺すんじゃなかったのか?これもお前の計画のうちか?…本当にこれが、ミサのために…自分達の為になると思うのか?」
「…僕も計算外だったさ。計画は全部総崩れだ。でも…」
そこで一度言葉を区切って、腕の中に素直に収まったままでいてくれる愛しい人の体温を。
甘い香りを…肌で感じられる信頼を享受する。
そうすると、迷いはなくなった。
「"これでいい"。これでいんだ…。これこそが、みんなのためになることだ。…ミサのためにもなるだろう」
ミサは僕がという恋人に夢中な事を理解しているけど、二番目に収まるつもりでいるだろうし…あわよくば自分の魅力を使って、略奪愛をすることすら考えているだろう。
しかしミサの恋は、いくら努力しても成就することはありえない。
失恋をするという意味ではミサは傷つくかもしれないけれど、決してレムが心配するような不幸な目に合う訳ではないはずだ。
「ミサは…"これ"で本当に幸せになれるというなら…私はもうこれ以上、止めない」
「ああ…信じていい」
片腕はの背中に腕を回したまま、空いた片腕ポケットから携帯を取り出す。
折りたたみ式のガラケーをパチンと開きながら…計画を実行する前に、レムに重要な問いかけをする。
リュークはデスノートに関する知識が穴だらけだが、レムは死神らしく、ルールを熟知している。そこは信頼しているからこそ、問うことができた。
「…ちなみに…ノートの大部分が欠損した状態でも、所有権は維持できるのか?」
「……そんな事をした死神も人間もいないだろう…恐らく前例のない事だ…確実な事は言えないが…一部でも残っていれば所有権は残る可能性は0では…、…おい、まさか…夜神月」
レムと話す片手間で携帯を操作し、ミサの番号に発信し、電話をかけた。
「月くん…」
は「ひとり言」を言いだした僕に最初こそびっくりしていた様子だった。が…
いつしか竜崎が言っていた言葉を思い出す。沈黙は金だと。はここで取り乱して問いつめる浅慮な人間ではなかった。
僕の行動には意味があると信頼し、見守ってくれている。
…恐らく自分に天使がついているように…僕にも、僕を見守る存在がいるのだと察したことだろう。
真っ白なあいつを天使だと信じているは、まさか僕についているのが死神だとは思い至らないだろうけど。
ミサはすぐに電話に出て、『ライト!どうしたの?』と弾んだ声で答えた。
「…ミサ、1つ頼みがある。…あのデスノートを、元の場所に埋めてきてくれないか?
」
『えっせっかく掘り返したのに、埋めていいの?』
「ああ、それでいいんだ。…そして、僕が指定する時間に、「デスノートの所有権を捨てる」と言うんだ」
言うと、ミサは少しの間沈黙してから、電話越しにもわかる弱々しい声で言った。
『…ライトの命令だもん。ミサはなんでも従う…、…でも。それって、またミサは所有権を失って、記憶もなくなっちゃうんだよね…?そんなんじゃ、ミサはライトの役に立てなくなっちゃう…』
ミサは決してデスノートを手放す事を惜しんだのではなく、純粋に僕に貢献できなくなる事を危惧しているようだった。
ミサの予想は当たってる。ミサはデスノートに関する全ての記憶を無くして…
もう二度と、デスノートを手にすることはないだろう。
僕のため…いや、キラのために貢献する事は二度とできなくなる。
「…大丈夫。僕に考えがあるんだ。できるね?」
『…うん!ライトがそういうなら…ミサ、やるよ!』
僕はミサに大きな嘘をついた。けれど、レムは何も言わず…責めるような眼差しを向ける事すらなかった。
電話の向こうで、『リュークっ!今からデスノート埋めにいくよ!』と話す声が聞えてくる。
リュークもまた何か僕が画策を始めたと察しただろうが、あの性格なら黙認するだろう。
まさか自分に不都合な展開に向かっているなんて、思いもしていないはずだ。
それを聞き終えてから、ピッと通話終了ボタンを押して、携帯を閉じた。そしてポケットに再びしまう。
不思議そうに事の次第を見守っていた名前も、電話が終わり、会話の切れ目が訪れると…
恐る恐ると、極めて冷静に問いかけてきた。
「……月くん、もしかして…そこに、何か…いるの?」
僕の腕の中で上目で問いかけるは…疑問形だったけれど、本当は確信していめるはずだ。
この問いかけは、ただの確認にすぎない。
僕は先の計画を頭の中で展開して…そして、に打ち明けても支障がないと判断した。
こくりと頷き、の疑問に応えてやる。
「ああ…実は、僕にも見守ってくれてる…人の理を外れた存在がいるんだ。出会ったのは、ほとんどと同じくらいかな…」
「…そう。だから月くんは…。…そっか…そう、なんだね…」
自問自答を繰り返し、納得した様子のは、決して僕を責めたりしなかった。
死神と言わなかったのは、万が一にも天使と信じるが真実知らないようにするため。
…には綺麗なものだけみて、綺麗なものを信じていてほしい。
恋心を宝物と言ったように…僕の心を否定しないでくれたように。
を守るためといいつつ、全ては僕のエゴだとわかってる。それでも、には汚れのないままでいてほしい。無垢なまま…。
「…月くん。デスノートって、なに…?」
おずおずと問いかけたの瞳は揺らいでいた。
僕は今度こそ完璧な笑みを作って、を安心させた。
「なんてことはないよ…僕が勝手にそう呼んでるだけ。だって真っ黒で、変な文字が書かれてて…まるで魔導書みたいだったらから」
「……確かに不思議なノートだけど…月くんは、危ないものじゃないって教えてもらえなかったの…?」
はこのノートが特別で…天使から授かった、神聖なノートだと信じてる。
僕は殺人兵器と言って差し支えない危険物だと知っているから、イエスともノーとも言わず、ただ曖昧に笑んだ。そしての肩に手を置く。
「そんなことよりも…。僕のお願い、きいてくれるかな?」
「うん、勿論…月くんのお願いは、なんでも聞いてあげたい…天使様のお願いもね」
背後の天使を振り返りながら言うものだから、僕は腹が立った。
…打算的なのは人の事をいえないが…この狡猾な死神と僕の好感度が同じだなんて、冗談じゃない。
何より僕とは物心がつく前から一緒にいて、積み重ねてきた年数が違うというのに。
そんな苛立ちは隠して、僕はの両手を握って笑いかけた。
「。…じゃあ、今から合図するから、さっき言った言葉を言ってみてほしい。強く念じながらね…」
言うと、は緊張したように体を強張らせたので、髪を梳いてやって落ち着かせた。
は僕に触れられるのがすきだ。特に、髪を梳かれると落ち着くらしい。
「僕を信じて。いい?」
「……うん」
こくりと確かに頷いたを見て、僕は心の中でカウントを始めた。
果たして、この行動が正しいのかはわからない。
レムにも言った通り、計画は総崩れだ。ここからは、一から組み立てた計画で進めていかなければならない。
慎重になって然るべきだ。この選択は早計ではないかと、正直迷いはあった。
けれど、がデスノートのという単語を知り、を書くのがタブーと知っていて…
僕にも人外の存在がついているという事を知って。曖昧に濁しているとはいえ、危険な予言を知ってしまった。
──こうするしか、ない。
しあわせな未来のために──。そう自分に言い聞かせる。
1秒。2秒。3秒。4秒。5秒──
は、僕が言った通りの言葉を口にした。強く念じてと言った通り、少し大きな声で…。
確固たる意志を込めて。
「──デスノートの所有権を…放棄する」
その瞬間、はあの"天使様"の姿が視認できなくなった。
が手にしていたデスノートの所有権は、言葉通り放棄されて…
今度は、そのノートに触れていた僕に所有権が移る。
今の僕は、二冊のノートを所有し、二匹の死神がついている状態になった。
そして不思議な存在の記憶、その全てが消えてたは、きょとんとして部屋を見渡していた。
「…あれ、私…なんでここに…なんで、月くんを…」
寂しがって会いにくる性格ではない。その予想通り、自分が離れてたった数日で自宅に僕を招いた経緯がわからず、混乱している様子だった。
「それだけ僕に会いたかったんだよ、…深層心理ってやつかな。…僕は嬉しかったよ?」
捜査の邪魔をして申し訳ないと縮こまるのは目に見えていたので、先手を打ってにそう告げた。
深層心理と言われてしまえば、反論の余地もないだろう。
は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
の視線がそれたのを良い事に、ちらりと壁にかけてある時計をみる。
…そろそろここを出ないと、計画に差し支が出てしまう。
「…でも、ごめん。これ以上は…」
「うん、もちろん…!もう戻って大丈夫だから…。久しぶりにゆっくり話せて嬉しかった」
そうは言うものの、の記憶は歯抜け状態で、ちゃんと僕と会話した事を思いだせはしないだろう。
ずっとデスノートや死神…天使にまつわる話をしていたのだから、当然だ。
は"天使様"を友達だと言って誇らしげにしていた。
そんな友達を僕は身勝手に奪った…。罪悪感を覚えないわけがない。
けれどこれは必要な事だと再び自分に言い聞かせて、家を後にした。
そして、時間を合わせて…リュークのデスノートを埋めたあの森へと向かった。
***
僕がと他愛ない会話をしてから家を出たのは、午後12時だった。ミサにノートを埋めろと言ったのは、午前10時。ここはミサの家からも遠くない。
遅くとも、11時にはノートを埋め終わった事だろう。
そして、僕があの場所へ辿り着いたのは、午後13時だった。
ミサが埋めたばかりのノートを掘り返し、手に取り、腕時計を見る。午後13時30分。
天使様のノートを一応一部切りとり、時計の底に隠してから、リュークのノートと入れ代わりに埋める。
僕に新たについた"天使様"とレムは、黙してそれを見守っていた。
「これでこのノートの所有権は僕にうつったはずだ」
「…ミサは、また記憶を失ったんだな」
レムはぽつりと、まるで別れを惜しむように小さく呟いた。
あながち別れというのも間違いはないだろう。けれど、ミサは僕の事を依然好きなままだろうし、会いにくるはずだ。
それに、レム望めばミサに会わせてやるのもやぶさてかではない。
…これから、レムとは長い長い付き合いをする予定なのだから。
機嫌を取って損になる事はないだろう。
「ああ。そしてリュークもまた、すぐに僕の元へ戻ろうとするだろう」
「…それで、次はどうするつもりだ、夜神月」
レムに問われ、僕はふっと笑いをこぼした。
「レム…ミサを贔屓をするお前を厄介だと思ったことはあるけど、敵だと思ったことはないよ。人間に情をうつすということは、悪ではないしね」
天使様も、レムも…人間に情を移したおかげで厄介事ももってきたが、同時に貢献もしてくれた。
今の言葉に嘘はない。しかしレムは言葉通りに納得した様子はなかった。
「…どういうことだ。…なにをしてる?」
怪訝な様子のレムに、僕は包み隠さず打ち明ける。
「今から、リュークのノートを、燃やしてなくす」
ライターで火をつけると、ノートはじりじりと火がついた。
次第に大きな炎に変わり、リュークが死神界から戻ってくる前に塵になって消えてなくなった。
…なんて呆気ないのだろう。風に舞い、まるで桜吹雪のようにふわふわと浮かび流れる黒い紙片を眺めた。
「──本当の敵は、退屈しのぎに人間界にノートに落とす死神だし、つまらなくなれば切り捨てることも厭わないだろう、死神さ」
レムは何も言わなかった。ミサに情を移し、僕を応援すると言ったレムは…
いくら同族同郷であろうと、リュークを庇う事はしない。
大きな空に風船のようにに浮かび上がり、次第に消えていく煤を…青空を。
僕と一緒に、最期の一片がなくなるまで見上げていた。
***
──午後16時。
燃えカスを全て処理してから、僕は本部へと戻る事にした。
…その前に。
僕がこれから捜査本部に戻った後の事を、人気のないあの森でレムに語っておいた。
レムが僕に"ついてる"と分からないような形で、尚且つ、時間を大きくあけながら、捜査本部に戻ってくるように指示をした。
そして、本部でやり過ごした後の、そのまた先のこと…今後の方針についても、語った。
「僕はキラであることを止める。Lを殺すつもりはもうない」
言うと、もう察していたのだろうが、やはり驚いたように目を見張った。
天使の予言は絶対だと言ったのはレムだ。
けれどキラである事に執着していた僕が、こうもあっさりとその道を手放した事が意外だったのだろう。
「ミサはもうデスノートの所有権がないし、記憶もない…僕が好きであるという気持ちは変わらないのだろうけど、愛することもまた、悪じゃない。
…好きになってもらう努力をしようとするミサを、拒絶するつもりはないよ」
「……ああ。恋は必ず叶うものじゃない。死神だって、知ってる」
レムは遠い過去を思い出すように空見上げて、昔話を聞かせてくれた。
「ミサがおまえに教えた死神の殺し方の話だが…」
「それがなんだ?」
「…私は見届けたんだ。…ミサに恋をして死んだ死神の最期を」
薄々、そういう事だろうとは思っていた。レムは情を移しているとはいえ、ミサに恋をしていたり、友情を抱いている訳ではない様子だったし。
リュークのように暇つぶしに人間界に降りて、護衛ごっこをしている…それとも明らかに違っていた。
「ミサに渡したあのノートの元々の持ち主は、ジェラスっていう名前の死神だった。ミサに恋をして消えた…けれど、私はあいつが不幸だったとは思わない…恋をしたミサを助けられたことは、あいつにとっての幸福だろう」
レムはしみじみと言った。悲しみを誤魔化すため自分に言い聞かせている風でもなく、それが本心のようだった。
「恋が叶えば、それが一番幸せなんだろうが…誰かに恋をする、そのこと自体も、人の幸福の一部……。私は、ミサが幸せなら…それでいい」
やはり、リュークに見切りをつけて、レムを味方につけておいてよかったと、この瞬間強く思った。人間に情をうつし、恋というものを尊ぶこの死神は、僕達にとってこれから心強い味方になってくれる事だろう。自然と笑みが零れる。
「レムが優しい死神でよかったよ。…この天使様も、優しい死神といえるのかな」
レムと同じように僕についている癖、気配もない上にずっと無言だ。
喋れないというのだろうから当たり前かもしれないが、それにしたって自己主張がなさすぎる。
「私もこいつのことはよくわからない…ただ、ジェラスと私が死神界からミサを見て、情をうつしたように…夜神月。お前に情をもっていたことは確かだ」
「…この天使様が、僕にも?」
確かには…天使様は自身だけでなく、僕の事も守るつもりだと言っていた。
ちらりと真っ白な死神を見るも、やはり無反応だった。
とてもじゃないが、こいつが僕に情を持ってるようには見えないが…。
ある意味では、リュークの方が僕を気に入っていたといえるだろう。
もちろん、暇を潰して遊ぶための玩具としてだが。
しかしこの無反応とは反対に、こいつはずっと僕に大きな関心を寄せていたのだとレムは語った。
「ああ。こいつはお前が生まれた時からずっと、お前を死神界から見守っていた。変わり者と噂されてたよ…。まさか、恋をしているという風には思わなかったが…お前の不幸は望まないだろうということは分かる」
「……そうか」
僕の何が気に入って情を持ったのか。そこまで気に入っていたなら、何故僕にノートを渡さずに、にノートを渡して、自分を天使と呼ばせていたのか。
何もかもわからない。…けれど、これでいい。
「デスノートを持った人間は不幸なる、なんて言われてるらしいけど…そうなるつもりはないよ。僕も、も、…ミサも。みんなが幸せになるために動く」
「…ああ、私もそうしてやるよ」
今のレムにはもう憂いや感傷はなく、僕と同じように強い覚悟だけがそこにあった。
僕らは森を抜けて、本部へと戻ったのだった。
****
僕が捜査本部に戻ると、竜崎がちくりと棘を刺すようにこう言った。
「夜神くん、おかえりなさい。随分と遅かったですね」
デートではなく、少し二人きりになりたいと言い外出して、もう半日以上は経つ。
竜崎がそういうのも無理はないだろう。これでも早めに切り上げてきたつもりだが…
そうは言ってもとの話し合いも時間がかかった上に、森での作業もあったのだから、
「ほんのちょっと2人きりになる程度」の時間で帰ってくるのは不可能だ。
こういう風に言われ疑念を抱かれる覚悟はしていた。
「ちょっと竜崎…その言い方は…」
「デートではなく、少し出かけるだけだと言っていたのに、もう日暮れですよ」
「いや…うん…まあ…、竜崎…これは健全な時間に帰ってきたと言えるんじゃないだろうか」
「……そうかもしれませんね。死神は夜神くんと共に消えたまま帰ってきませんが」
松田さん、相沢さんが僕庇う中、竜崎は次に姿を消した死神の話題に発展させた。
僕は素知らぬ顔で笑いながら答える。
「散歩にでも出かけてるんじゃないか?」
「…夜神くん。それはジョークですか?それとも本気ですか?」
「半々かな。…僕のことはさておき、あの死神が戻ってこないのは問題だな…」
白を切ってそう言うも、やはり僕と同じタイミングで出かけた事に強い疑念を抱いている事は理解できた。
いつものようにモニターに向かい合い、ケーキをつついている竜崎はぽつりと呟く。
「…はい。ノートを見届けなければいけないと言っていたのに、夜神くんが出かけた途端に死神も消えた」
「…まだ僕を疑っているんだな、竜崎」
「まだ、というか…この状況だけ切りとってみれば、不審に思うのは当然ではないでしょうか」
「それは、そうだな。僕が竜崎の立場だったとしたら、きっと同じように不審に思っただろうな」
僕は素直に同意した。竜崎はそんな僕の言葉の裏にあるものを探ろうとじっと見つめていたが、僕がボロを出すことはなかった。
そうして深夜になってから、レムは捜査本部に戻ってきたようだ。
──次の日、天使の予言通り…キラによる犯罪者裁きは止まる。
捜査本部はそれから暫くの間、キラによる犯罪が再開されるのではないかと、動向を伺い続けた。
しかし"天使"の予言は絶対だ。キラはもう二度と表舞台に現れる事はない。
…またリュークが気まぐれに人間界にノートを落として遊び、第三のキラが現れた場合は…
僕の知るところではない。
大学を卒業したら警視庁に入るつもりだ。未来で新たなキラが現れたら、僕はきっと確保のために協力するのだろうが…
その場合でも、天使の予言通りのままだろう。
天使は始まりのキラ…つまりは"僕がノートに名前を書くこと"を辞めさせようとして、視た未来を伝えたのだろうから。
****
"キラ"の裁きが止まって、一ヵ月、二か月、半年、一年。
──そして二年が経つ頃には、キラ捜査本部は正式に撤退することとなった。
二年…長かった。レムが僕についている事がバレないよう、捜査に熱心なふりをして、極力本部にいなければならなかった。
今ではすっかり、ここが家のようになってる。居住スペースがあるので、暮らす事自体は簡単だったが…。と会う時間が目減りした事だけが辛く、拷問を受けているかのような苦痛な日々を送ったのだ。
目下の問題は、外出するときのことだった。
例えば大学に行く時など、どうしても外に出なければならない時は、レムには地中にもぐったついてこさせる必要があったのだ。
しかしそれでは十分ではない。
街中の監視カメラを確認すれば、僕についてきていることがどこかでバレてしまう…。
竜崎はずっと僕を疑っているのだ、そのくらいの探りは平気で入れかねない。
そのため、レムには僕が外出していない時でも神出鬼没に消えてもらったりして、対策した上で…まだ大学を休学してほぼ本部に引きこもっていた時期に、こう言わせた。
「夜神月に惚れた」──と。
当然、皆驚いたし…竜崎は、強く怪しんだ。当然の反応だろう。
竜崎はつまんでいたデザートを口に運ぶ手を止め、ただじっと死神レムと僕を交互に見た。探るようにしながら。
「…死神も、人間に恋をする事があるんですか…」
「ああ。それに私もメスだからね…顔が整っている上に、優秀なオスには惹かれるものだ」
「……人間の美醜も解るんですか」
「私は死神界から…人間からすれば果てしない時間、人間界を見守ってきたんだ。それくらい解る。それに…」
「それに?」
竜崎に詰問されて…それに対してレムが口にした発言の全てが、酷く屈辱的だった事だろう。
しかし全てはミサの幸せに繋がること。であれば、手段を選ばなかった。
僕の計画を聞いて渋い顔をしていたレムに、最後の"一押し"をさせるようにも要求していた。
「どうやら、私は酷く惚れっぽいらしい」
「………」
「死神界でも笑われたよ。おまえはすぐに人間に惚れこむってね…」
そこまで言われてしまえば、竜崎はもう何も言えなかった。
ここまで理由を作ったとしても、それでもやはり今まで以上に僕と死神を怪しむ事にはなっただろう…しかし、外で僕について回る大義名分は出来たのだった。
***
キラの裁きが止まった後、竜崎は結局皆に止められ、13日のルールの真偽を立証する事は出来なかった。
話し合いが長引くにつれて、キラが沈黙した期間も長くなる。
キラがここまで長期動いていない以上、そこまで性急に事を進める必要はない。
そう言ってるうちに、二年が経った。
今さら実験しようとはしない…──内心では証明したいと思っているのだろうが──それはやはり、皆が許さないだろう。
このノートは竜崎だけの所有物ではないのだから。
「小休止しているだけの可能性は十分にあります、ですが、キラに動きがない事には、もう足取りをつかむ手がかりすら掴めない。ただ兆しが表れる時まで待機するしかない…。…小休止どころか、二度と現れない可能性だってある。
…もうこれ以上、ここを拠点にし、この体制のままでキラを追いかけ続ける事は、意味をなさないでしょう。そうなると、このノートをどうするか、ですが…」
キラを捕まえられなかったのは無念であるが、殺人が止まったのは喜ばしい事。
この捜査本部が解体されるのは、平和の証。悲しい雰囲気は漂っていなかった。
しかし、皆が懸念していた点が一つあった。
竜崎の言った通り…火口が所有していたデスノートを、どう扱うかだ。
竜崎…Lがこれからどこへ消えるのかは知らない。しかしあいつが持っていくのもおかしな話だ。
しかし、警察サイドが所有するのも無理がある。
警察の上層部との関係もとっくに修復した上に、今では警察関係者の多くはキラを捕えることに賛成する空気が流れているらしい。
しかし一時はキラに屈したのも事実だし、そもそも竜崎が少数精鋭のチームを作ったのも、ふるいにかけたからだ。皆命を惜しんで、キラ捜査本部に残らなかったから。
父さんや模木さんたちに対しては絶対的な信頼がある。けれど皆が所属する警察庁には、やはり不信感ばかりが募っている。
そんな組織に属している彼等が所持するというのも不安な話だ。
皆がそれを危惧し、考えあぐねていると…やり取りを見守っていたレムが、なんてことのない口調でこう言った。
「簡単なことさ。ノートが人間の手に余ったのなら、燃やしてしまえばいい」
──これは、僕の指示通りのことだ。
あまりにもあっさりとレムが言ったので、捜査員たちは驚いてぽかんと口を開けていた。
その中で、ただ一人冷静だったのは竜崎一人だけ。
「…ノートを燃やしてはいけないルールがありますよね」
「それは人間が燃やした場合だ。死神が自分の意思で燃やした場合はその限りではない」
これも僕らが創り上げた、嘘のルール。…レムもしらばっくれるのが随分と上手くなったものだ。
裏で打ち合わせなどしなくても、進む方向だけ示しておけば、ほぼ僕の望む通りに答える事が出来るようになっていた。
「…そうすると、死神のあなたはどうなるんですか?」
「どうもしない。普通は…こうなれば…ノートの終わりを見届けたとして、死神界に帰るだけさ」
レムが言うと、しん…と静寂が訪れる。
本当に、たったそれだけで片が付いてしまうのか…と。
あまりにもあっさりとした幕引きに、皆の心はついていけていない様子だった。
「言っておくが、特別だぞ。本来死神は人間の事情になんて構ったりはしないんだ。
だが、おまえたちと暫くここで過ごして…おまえたちの事が、少し気に入った。
私はそもそも夜神月に恋をしてるしな…。だから優しくしてやろうと思っただけだ。…それで、どうする?燃やすか?」
あまりにも簡単に進みすぎても違和感を覚えるかもしれない。しかしこれはあくまで死神の気まぐれだとして、レムは適当に言い繕った。
皆が出す答えは、もう決まっている。
──これは、殺人兵器だ。どれだけ厳重に警備員を常駐させたり…金庫やに何十…いや何百ものセキュリティで保管した所で、それでも生温い。
安全のためを思うなら、そもそもノートを捨ててしまえばいい…。
「…それ以外にはないでしょうね」
竜崎も、あっさりと頷いてはいるが…内心歯がゆい思いをしている事だろう。
こんな結末を迎えることは、不本意だったはずだ。
竜崎…Lは、結局二冊目のノートがあると確信していながら、見つけることが出来なかった。
キラが犯罪者殺しをしなければ…行動を起こさなければ。
足跡は残らない。捕まえることはほぼ不可能だろう。
この二年間、皆平和である事を喜びつつ、キラによる裁きが再び起こる事を心のどこかで願っていた。
それも、今日で終わる…。
「それじゃあ、燃やすぞ」
室内で燃やしても支障ないように安全対策がなされた鉄の土台の上に、レムがノートを乗せた。
これは人間にはできない死神の役目だとして、保管庫から取り出す所から全てレムが行っている。
そしてレムはライターで火をつけて、ノートを炙った──…ふりを、していた。
実際にレムの手でノートを燃やさせなかったのは、保険のためだ。
これが仮に、もしたった一冊しか所有してないレムのノートだったとして…
その場合、燃やしてしまえば新たに名前を書く事ができなくなる。
そのうちレムの寿命がつきて、消滅する…。それは恋以外でも死神が死ぬ事があるという、恐ろしい可能性だ…
リュークの話では、たまにある事らしいが…。
しかし稀な事ではあるが、ルールは死神界と人間界を見守る死神大王が、その都度新たに加える場合もあるのだという。
神秘のノートを死神自身が燃やす──つまり自殺行為のような事をする──それに死神大王が怒って、ルールを改変する。
実際はレムは自分の所有するノートを持っているが、死神がノートを燃やすという事自体が逆鱗に触れる可能性を考えて、ただの人間である僕自身が燃やすことにしたのた。
予言の死神を縛った事を考えても、死神大王を甘くみてはいけないと考えていた。人間が燃やす事も問題かもしれないが、そこまで用心していては何も出来なくなるし…何より死神が実行するのとは意味が異なる。これが最善策なはずだ。
デスノートを保管していた場所は、生体反応を感知するセンサーが稼働させられている。
しかし死神をセンサーに引っ掛ける事は、どう工夫しても不可能だったようだ。
それを逆手にとって、人目がない時に…秘密裏にレムにノートの十分の三ほどを切り取らせておいた。
監視カメラに映っていたとしても、死神が元々自分の物だったノートを切り取って保管しても…言い訳ができない事もない。
その直後に「燃やしてやる」とレムが提案したのだから、竜崎が知れば確実に怪しむだろうが。
しかしそれに気が付いたとしても、もう全てが終わった後のこと…。
「……あぁ」
感嘆したような声をもらしたのは、一体誰だっただろう。
ちりちりと赤くなっていたノートの端がどんどん広がり、次第に大きな炎に包まれる。
レムが火をつけたように見せたが、実際には引火されたのは僕自身だ。
レムの体が大きい事を逆手にとって死角を作った。
実際に燃えている所がみれれば彼等は納得するだろうし、死角を作らぬようにする程過敏な体制では見守っていなかったのだ。
竜崎が監視する中、バレないよう仕組むのは容易くはなかったが…
竜崎の真隣で火口を殺すほどの度胸と仕組みを作る技術のある僕には、不可能な事ではなかつた。
「…それで、死神はいつ死神界に帰るんだ…?」
「僕は、ノートを燃やした瞬間天に昇るように消えていくんだと思ってました…」
相沢さんや松田さんが、すっかり煤になったデスノートを見ながら…しかしいつまでも帰る事なく、これまで通り佇むレムを怪訝そうに見ていた。
「…気が変わった。私は人間界に残る事にした」
「ええっ!?」
それを聞くと、松田さんが大げさに驚いてみせ…父さんや模木さんたちも、驚いている様子だった。
竜崎だけが冷静にレムをみて、静かに問いかける。
「…ノートがなくなったら、死神界に帰らなければならない掟などはないんですか?」
「ないね。死神界は大概、気まぐれだ。長生きだから暇をしてるんだ…人間の寿命を見届けるくらい大した事じゃない」
死神界の掟、死神の都合。そんな事、デスノートの所有者でもない、ただの人間には預かり知れない領域。
彼等はレムのその言葉を信じる他なかった。
****
結局、竜崎は最後まで僕を疑ったまま…
それでも、竜崎はワタリと共に、日本から姿を消す事となった。
──表向きには、そういう事になっている。
疑いが晴れていない以上、僕は竜崎に秘密裏に監視される事になるのかもしれない。
もしくは、アイバーとウエディを雇ったように、信用のおける物に監視させるか…。
しかし、僕はもうキラではないのだ。探られて痛い腹もなく、叩かれて出る埃もない。
普通通りに日常を送るだけ。その間にもキラが現れる事もなく、そうして年月が経つごとに──僕の事を疑う事はできなくなるはずだ。
その予想は的中し、僕は下手な干渉される事はなく…想像とは全く真逆の…僕の"人生"を歩んでいく事となる。
6.明日からの話─キラが消えた世界
レムからの問いに対して答える言葉はたった一つだけ。
「…本気さ。僕は実行する」
「…確かに、私はこの死神の予言には従った方がいいと進めた…しかし、おまえはキラとしてずっと動き続けていた…」
を抱きしめ、腕の中に閉じ込めながら、背後に立つレムを振り返りながら話す。
「夜神月。おまえの事は…最初はいけすかない奴だと思っていた…ミサを利用するだけの男だと…。だが、火口に長らく憑いていたからこそ解る。おまえの信念は純粋なんだと…応援したいとさえ思い初めていた…」
まさかレムがそこまで僕のことを買ってくれていたとは、思いもしなかった。
しかしこれは、僕がこれから考えている計画…未来設計を現実にするためには都合がいいと内心ほくそ笑んでいた。
レムが思うほど、僕は純粋じゃない。僕はミサの好意を利用し、目の取引をするよう仕向け…結果的にレムにLを始末させ、同時にレムも抹殺するつもりだった。
"天使様"の暗躍のおかげで、レムが僕の後ろ暗い計画に気付かなかったのは僥倖だ。
「Lを殺すんじゃなかったのか?これもお前の計画のうちか?…本当にこれが、ミサのために…自分達の為になると思うのか?」
「…僕も計算外だったさ。計画は全部総崩れだ。でも…」
そこで一度言葉を区切って、腕の中に素直に収まったままでいてくれる愛しい人の体温を。
甘い香りを…肌で感じられる信頼を享受する。
そうすると、迷いはなくなった。
「"これでいい"。これでいんだ…。これこそが、みんなのためになることだ。…ミサのためにもなるだろう」
ミサは僕がという恋人に夢中な事を理解しているけど、二番目に収まるつもりでいるだろうし…あわよくば自分の魅力を使って、略奪愛をすることすら考えているだろう。
しかしミサの恋は、いくら努力しても成就することはありえない。
失恋をするという意味ではミサは傷つくかもしれないけれど、決してレムが心配するような不幸な目に合う訳ではないはずだ。
「ミサは…"これ"で本当に幸せになれるというなら…私はもうこれ以上、止めない」
「ああ…信じていい」
片腕はの背中に腕を回したまま、空いた片腕ポケットから携帯を取り出す。
折りたたみ式のガラケーをパチンと開きながら…計画を実行する前に、レムに重要な問いかけをする。
リュークはデスノートに関する知識が穴だらけだが、レムは死神らしく、ルールを熟知している。そこは信頼しているからこそ、問うことができた。
「…ちなみに…ノートの大部分が欠損した状態でも、所有権は維持できるのか?」
「……そんな事をした死神も人間もいないだろう…恐らく前例のない事だ…確実な事は言えないが…一部でも残っていれば所有権は残る可能性は0では…、…おい、まさか…夜神月」
レムと話す片手間で携帯を操作し、ミサの番号に発信し、電話をかけた。
「月くん…」
は「ひとり言」を言いだした僕に最初こそびっくりしていた様子だった。が…
いつしか竜崎が言っていた言葉を思い出す。沈黙は金だと。はここで取り乱して問いつめる浅慮な人間ではなかった。
僕の行動には意味があると信頼し、見守ってくれている。
…恐らく自分に天使がついているように…僕にも、僕を見守る存在がいるのだと察したことだろう。
真っ白なあいつを天使だと信じているは、まさか僕についているのが死神だとは思い至らないだろうけど。
ミサはすぐに電話に出て、『ライト!どうしたの?』と弾んだ声で答えた。
「…ミサ、1つ頼みがある。…あのデスノートを、元の場所に埋めてきてくれないか?
」
『えっせっかく掘り返したのに、埋めていいの?』
「ああ、それでいいんだ。…そして、僕が指定する時間に、「デスノートの所有権を捨てる」と言うんだ」
言うと、ミサは少しの間沈黙してから、電話越しにもわかる弱々しい声で言った。
『…ライトの命令だもん。ミサはなんでも従う…、…でも。それって、またミサは所有権を失って、記憶もなくなっちゃうんだよね…?そんなんじゃ、ミサはライトの役に立てなくなっちゃう…』
ミサは決してデスノートを手放す事を惜しんだのではなく、純粋に僕に貢献できなくなる事を危惧しているようだった。
ミサの予想は当たってる。ミサはデスノートに関する全ての記憶を無くして…
もう二度と、デスノートを手にすることはないだろう。
僕のため…いや、キラのために貢献する事は二度とできなくなる。
「…大丈夫。僕に考えがあるんだ。できるね?」
『…うん!ライトがそういうなら…ミサ、やるよ!』
僕はミサに大きな嘘をついた。けれど、レムは何も言わず…責めるような眼差しを向ける事すらなかった。
電話の向こうで、『リュークっ!今からデスノート埋めにいくよ!』と話す声が聞えてくる。
リュークもまた何か僕が画策を始めたと察しただろうが、あの性格なら黙認するだろう。
まさか自分に不都合な展開に向かっているなんて、思いもしていないはずだ。
それを聞き終えてから、ピッと通話終了ボタンを押して、携帯を閉じた。そしてポケットに再びしまう。
不思議そうに事の次第を見守っていた名前も、電話が終わり、会話の切れ目が訪れると…
恐る恐ると、極めて冷静に問いかけてきた。
「……月くん、もしかして…そこに、何か…いるの?」
僕の腕の中で上目で問いかけるは…疑問形だったけれど、本当は確信していめるはずだ。
この問いかけは、ただの確認にすぎない。
僕は先の計画を頭の中で展開して…そして、に打ち明けても支障がないと判断した。
こくりと頷き、の疑問に応えてやる。
「ああ…実は、僕にも見守ってくれてる…人の理を外れた存在がいるんだ。出会ったのは、ほとんどと同じくらいかな…」
「…そう。だから月くんは…。…そっか…そう、なんだね…」
自問自答を繰り返し、納得した様子のは、決して僕を責めたりしなかった。
死神と言わなかったのは、万が一にも天使と信じるが真実知らないようにするため。
…には綺麗なものだけみて、綺麗なものを信じていてほしい。
恋心を宝物と言ったように…僕の心を否定しないでくれたように。
を守るためといいつつ、全ては僕のエゴだとわかってる。それでも、には汚れのないままでいてほしい。無垢なまま…。
「…月くん。デスノートって、なに…?」
おずおずと問いかけたの瞳は揺らいでいた。
僕は今度こそ完璧な笑みを作って、を安心させた。
「なんてことはないよ…僕が勝手にそう呼んでるだけ。だって真っ黒で、変な文字が書かれてて…まるで魔導書みたいだったらから」
「……確かに不思議なノートだけど…月くんは、危ないものじゃないって教えてもらえなかったの…?」
はこのノートが特別で…天使から授かった、神聖なノートだと信じてる。
僕は殺人兵器と言って差し支えない危険物だと知っているから、イエスともノーとも言わず、ただ曖昧に笑んだ。そしての肩に手を置く。
「そんなことよりも…。僕のお願い、きいてくれるかな?」
「うん、勿論…月くんのお願いは、なんでも聞いてあげたい…天使様のお願いもね」
背後の天使を振り返りながら言うものだから、僕は腹が立った。
…打算的なのは人の事をいえないが…この狡猾な死神と僕の好感度が同じだなんて、冗談じゃない。
何より僕とは物心がつく前から一緒にいて、積み重ねてきた年数が違うというのに。
そんな苛立ちは隠して、僕はの両手を握って笑いかけた。
「。…じゃあ、今から合図するから、さっき言った言葉を言ってみてほしい。強く念じながらね…」
言うと、は緊張したように体を強張らせたので、髪を梳いてやって落ち着かせた。
は僕に触れられるのがすきだ。特に、髪を梳かれると落ち着くらしい。
「僕を信じて。いい?」
「……うん」
こくりと確かに頷いたを見て、僕は心の中でカウントを始めた。
果たして、この行動が正しいのかはわからない。
レムにも言った通り、計画は総崩れだ。ここからは、一から組み立てた計画で進めていかなければならない。
慎重になって然るべきだ。この選択は早計ではないかと、正直迷いはあった。
けれど、がデスノートのという単語を知り、を書くのがタブーと知っていて…
僕にも人外の存在がついているという事を知って。曖昧に濁しているとはいえ、危険な予言を知ってしまった。
──こうするしか、ない。
しあわせな未来のために──。そう自分に言い聞かせる。
1秒。2秒。3秒。4秒。5秒──
は、僕が言った通りの言葉を口にした。強く念じてと言った通り、少し大きな声で…。
確固たる意志を込めて。
「──デスノートの所有権を…放棄する」
その瞬間、はあの"天使様"の姿が視認できなくなった。
が手にしていたデスノートの所有権は、言葉通り放棄されて…
今度は、そのノートに触れていた僕に所有権が移る。
今の僕は、二冊のノートを所有し、二匹の死神がついている状態になった。
そして不思議な存在の記憶、その全てが消えてたは、きょとんとして部屋を見渡していた。
「…あれ、私…なんでここに…なんで、月くんを…」
寂しがって会いにくる性格ではない。その予想通り、自分が離れてたった数日で自宅に僕を招いた経緯がわからず、混乱している様子だった。
「それだけ僕に会いたかったんだよ、…深層心理ってやつかな。…僕は嬉しかったよ?」
捜査の邪魔をして申し訳ないと縮こまるのは目に見えていたので、先手を打ってにそう告げた。
深層心理と言われてしまえば、反論の余地もないだろう。
は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
の視線がそれたのを良い事に、ちらりと壁にかけてある時計をみる。
…そろそろここを出ないと、計画に差し支が出てしまう。
「…でも、ごめん。これ以上は…」
「うん、もちろん…!もう戻って大丈夫だから…。久しぶりにゆっくり話せて嬉しかった」
そうは言うものの、の記憶は歯抜け状態で、ちゃんと僕と会話した事を思いだせはしないだろう。
ずっとデスノートや死神…天使にまつわる話をしていたのだから、当然だ。
は"天使様"を友達だと言って誇らしげにしていた。
そんな友達を僕は身勝手に奪った…。罪悪感を覚えないわけがない。
けれどこれは必要な事だと再び自分に言い聞かせて、家を後にした。
そして、時間を合わせて…リュークのデスノートを埋めたあの森へと向かった。
***
僕がと他愛ない会話をしてから家を出たのは、午後12時だった。ミサにノートを埋めろと言ったのは、午前10時。ここはミサの家からも遠くない。
遅くとも、11時にはノートを埋め終わった事だろう。
そして、僕があの場所へ辿り着いたのは、午後13時だった。
ミサが埋めたばかりのノートを掘り返し、手に取り、腕時計を見る。午後13時30分。
天使様のノートを一応一部切りとり、時計の底に隠してから、リュークのノートと入れ代わりに埋める。
僕に新たについた"天使様"とレムは、黙してそれを見守っていた。
「これでこのノートの所有権は僕にうつったはずだ」
「…ミサは、また記憶を失ったんだな」
レムはぽつりと、まるで別れを惜しむように小さく呟いた。
あながち別れというのも間違いはないだろう。けれど、ミサは僕の事を依然好きなままだろうし、会いにくるはずだ。
それに、レム望めばミサに会わせてやるのもやぶさてかではない。
…これから、レムとは長い長い付き合いをする予定なのだから。
機嫌を取って損になる事はないだろう。
「ああ。そしてリュークもまた、すぐに僕の元へ戻ろうとするだろう」
「…それで、次はどうするつもりだ、夜神月」
レムに問われ、僕はふっと笑いをこぼした。
「レム…ミサを贔屓をするお前を厄介だと思ったことはあるけど、敵だと思ったことはないよ。人間に情をうつすということは、悪ではないしね」
天使様も、レムも…人間に情を移したおかげで厄介事ももってきたが、同時に貢献もしてくれた。
今の言葉に嘘はない。しかしレムは言葉通りに納得した様子はなかった。
「…どういうことだ。…なにをしてる?」
怪訝な様子のレムに、僕は包み隠さず打ち明ける。
「今から、リュークのノートを、燃やしてなくす」
ライターで火をつけると、ノートはじりじりと火がついた。
次第に大きな炎に変わり、リュークが死神界から戻ってくる前に塵になって消えてなくなった。
…なんて呆気ないのだろう。風に舞い、まるで桜吹雪のようにふわふわと浮かび流れる黒い紙片を眺めた。
「──本当の敵は、退屈しのぎに人間界にノートに落とす死神だし、つまらなくなれば切り捨てることも厭わないだろう、死神さ」
レムは何も言わなかった。ミサに情を移し、僕を応援すると言ったレムは…
いくら同族同郷であろうと、リュークを庇う事はしない。
大きな空に風船のようにに浮かび上がり、次第に消えていく煤を…青空を。
僕と一緒に、最期の一片がなくなるまで見上げていた。
***
──午後16時。
燃えカスを全て処理してから、僕は本部へと戻る事にした。
…その前に。
僕がこれから捜査本部に戻った後の事を、人気のないあの森でレムに語っておいた。
レムが僕に"ついてる"と分からないような形で、尚且つ、時間を大きくあけながら、捜査本部に戻ってくるように指示をした。
そして、本部でやり過ごした後の、そのまた先のこと…今後の方針についても、語った。
「僕はキラであることを止める。Lを殺すつもりはもうない」
言うと、もう察していたのだろうが、やはり驚いたように目を見張った。
天使の予言は絶対だと言ったのはレムだ。
けれどキラである事に執着していた僕が、こうもあっさりとその道を手放した事が意外だったのだろう。
「ミサはもうデスノートの所有権がないし、記憶もない…僕が好きであるという気持ちは変わらないのだろうけど、愛することもまた、悪じゃない。
…好きになってもらう努力をしようとするミサを、拒絶するつもりはないよ」
「……ああ。恋は必ず叶うものじゃない。死神だって、知ってる」
レムは遠い過去を思い出すように空見上げて、昔話を聞かせてくれた。
「ミサがおまえに教えた死神の殺し方の話だが…」
「それがなんだ?」
「…私は見届けたんだ。…ミサに恋をして死んだ死神の最期を」
薄々、そういう事だろうとは思っていた。レムは情を移しているとはいえ、ミサに恋をしていたり、友情を抱いている訳ではない様子だったし。
リュークのように暇つぶしに人間界に降りて、護衛ごっこをしている…それとも明らかに違っていた。
「ミサに渡したあのノートの元々の持ち主は、ジェラスっていう名前の死神だった。ミサに恋をして消えた…けれど、私はあいつが不幸だったとは思わない…恋をしたミサを助けられたことは、あいつにとっての幸福だろう」
レムはしみじみと言った。悲しみを誤魔化すため自分に言い聞かせている風でもなく、それが本心のようだった。
「恋が叶えば、それが一番幸せなんだろうが…誰かに恋をする、そのこと自体も、人の幸福の一部……。私は、ミサが幸せなら…それでいい」
やはり、リュークに見切りをつけて、レムを味方につけておいてよかったと、この瞬間強く思った。人間に情をうつし、恋というものを尊ぶこの死神は、僕達にとってこれから心強い味方になってくれる事だろう。自然と笑みが零れる。
「レムが優しい死神でよかったよ。…この天使様も、優しい死神といえるのかな」
レムと同じように僕についている癖、気配もない上にずっと無言だ。
喋れないというのだろうから当たり前かもしれないが、それにしたって自己主張がなさすぎる。
「私もこいつのことはよくわからない…ただ、ジェラスと私が死神界からミサを見て、情をうつしたように…夜神月。お前に情をもっていたことは確かだ」
「…この天使様が、僕にも?」
確かには…天使様は自身だけでなく、僕の事も守るつもりだと言っていた。
ちらりと真っ白な死神を見るも、やはり無反応だった。
とてもじゃないが、こいつが僕に情を持ってるようには見えないが…。
ある意味では、リュークの方が僕を気に入っていたといえるだろう。
もちろん、暇を潰して遊ぶための玩具としてだが。
しかしこの無反応とは反対に、こいつはずっと僕に大きな関心を寄せていたのだとレムは語った。
「ああ。こいつはお前が生まれた時からずっと、お前を死神界から見守っていた。変わり者と噂されてたよ…。まさか、恋をしているという風には思わなかったが…お前の不幸は望まないだろうということは分かる」
「……そうか」
僕の何が気に入って情を持ったのか。そこまで気に入っていたなら、何故僕にノートを渡さずに、にノートを渡して、自分を天使と呼ばせていたのか。
何もかもわからない。…けれど、これでいい。
「デスノートを持った人間は不幸なる、なんて言われてるらしいけど…そうなるつもりはないよ。僕も、も、…ミサも。みんなが幸せになるために動く」
「…ああ、私もそうしてやるよ」
今のレムにはもう憂いや感傷はなく、僕と同じように強い覚悟だけがそこにあった。
僕らは森を抜けて、本部へと戻ったのだった。
****
僕が捜査本部に戻ると、竜崎がちくりと棘を刺すようにこう言った。
「夜神くん、おかえりなさい。随分と遅かったですね」
デートではなく、少し二人きりになりたいと言い外出して、もう半日以上は経つ。
竜崎がそういうのも無理はないだろう。これでも早めに切り上げてきたつもりだが…
そうは言ってもとの話し合いも時間がかかった上に、森での作業もあったのだから、
「ほんのちょっと2人きりになる程度」の時間で帰ってくるのは不可能だ。
こういう風に言われ疑念を抱かれる覚悟はしていた。
「ちょっと竜崎…その言い方は…」
「デートではなく、少し出かけるだけだと言っていたのに、もう日暮れですよ」
「いや…うん…まあ…、竜崎…これは健全な時間に帰ってきたと言えるんじゃないだろうか」
「……そうかもしれませんね。死神は夜神くんと共に消えたまま帰ってきませんが」
松田さん、相沢さんが僕庇う中、竜崎は次に姿を消した死神の話題に発展させた。
僕は素知らぬ顔で笑いながら答える。
「散歩にでも出かけてるんじゃないか?」
「…夜神くん。それはジョークですか?それとも本気ですか?」
「半々かな。…僕のことはさておき、あの死神が戻ってこないのは問題だな…」
白を切ってそう言うも、やはり僕と同じタイミングで出かけた事に強い疑念を抱いている事は理解できた。
いつものようにモニターに向かい合い、ケーキをつついている竜崎はぽつりと呟く。
「…はい。ノートを見届けなければいけないと言っていたのに、夜神くんが出かけた途端に死神も消えた」
「…まだ僕を疑っているんだな、竜崎」
「まだ、というか…この状況だけ切りとってみれば、不審に思うのは当然ではないでしょうか」
「それは、そうだな。僕が竜崎の立場だったとしたら、きっと同じように不審に思っただろうな」
僕は素直に同意した。竜崎はそんな僕の言葉の裏にあるものを探ろうとじっと見つめていたが、僕がボロを出すことはなかった。
そうして深夜になってから、レムは捜査本部に戻ってきたようだ。
──次の日、天使の予言通り…キラによる犯罪者裁きは止まる。
捜査本部はそれから暫くの間、キラによる犯罪が再開されるのではないかと、動向を伺い続けた。
しかし"天使"の予言は絶対だ。キラはもう二度と表舞台に現れる事はない。
…またリュークが気まぐれに人間界にノートを落として遊び、第三のキラが現れた場合は…
僕の知るところではない。
大学を卒業したら警視庁に入るつもりだ。未来で新たなキラが現れたら、僕はきっと確保のために協力するのだろうが…
その場合でも、天使の予言通りのままだろう。
天使は始まりのキラ…つまりは"僕がノートに名前を書くこと"を辞めさせようとして、視た未来を伝えたのだろうから。
****
"キラ"の裁きが止まって、一ヵ月、二か月、半年、一年。
──そして二年が経つ頃には、キラ捜査本部は正式に撤退することとなった。
二年…長かった。レムが僕についている事がバレないよう、捜査に熱心なふりをして、極力本部にいなければならなかった。
今ではすっかり、ここが家のようになってる。居住スペースがあるので、暮らす事自体は簡単だったが…。と会う時間が目減りした事だけが辛く、拷問を受けているかのような苦痛な日々を送ったのだ。
目下の問題は、外出するときのことだった。
例えば大学に行く時など、どうしても外に出なければならない時は、レムには地中にもぐったついてこさせる必要があったのだ。
しかしそれでは十分ではない。
街中の監視カメラを確認すれば、僕についてきていることがどこかでバレてしまう…。
竜崎はずっと僕を疑っているのだ、そのくらいの探りは平気で入れかねない。
そのため、レムには僕が外出していない時でも神出鬼没に消えてもらったりして、対策した上で…まだ大学を休学してほぼ本部に引きこもっていた時期に、こう言わせた。
「夜神月に惚れた」──と。
当然、皆驚いたし…竜崎は、強く怪しんだ。当然の反応だろう。
竜崎はつまんでいたデザートを口に運ぶ手を止め、ただじっと死神レムと僕を交互に見た。探るようにしながら。
「…死神も、人間に恋をする事があるんですか…」
「ああ。それに私もメスだからね…顔が整っている上に、優秀なオスには惹かれるものだ」
「……人間の美醜も解るんですか」
「私は死神界から…人間からすれば果てしない時間、人間界を見守ってきたんだ。それくらい解る。それに…」
「それに?」
竜崎に詰問されて…それに対してレムが口にした発言の全てが、酷く屈辱的だった事だろう。
しかし全てはミサの幸せに繋がること。であれば、手段を選ばなかった。
僕の計画を聞いて渋い顔をしていたレムに、最後の"一押し"をさせるようにも要求していた。
「どうやら、私は酷く惚れっぽいらしい」
「………」
「死神界でも笑われたよ。おまえはすぐに人間に惚れこむってね…」
そこまで言われてしまえば、竜崎はもう何も言えなかった。
ここまで理由を作ったとしても、それでもやはり今まで以上に僕と死神を怪しむ事にはなっただろう…しかし、外で僕について回る大義名分は出来たのだった。
***
キラの裁きが止まった後、竜崎は結局皆に止められ、13日のルールの真偽を立証する事は出来なかった。
話し合いが長引くにつれて、キラが沈黙した期間も長くなる。
キラがここまで長期動いていない以上、そこまで性急に事を進める必要はない。
そう言ってるうちに、二年が経った。
今さら実験しようとはしない…──内心では証明したいと思っているのだろうが──それはやはり、皆が許さないだろう。
このノートは竜崎だけの所有物ではないのだから。
「小休止しているだけの可能性は十分にあります、ですが、キラに動きがない事には、もう足取りをつかむ手がかりすら掴めない。ただ兆しが表れる時まで待機するしかない…。…小休止どころか、二度と現れない可能性だってある。
…もうこれ以上、ここを拠点にし、この体制のままでキラを追いかけ続ける事は、意味をなさないでしょう。そうなると、このノートをどうするか、ですが…」
キラを捕まえられなかったのは無念であるが、殺人が止まったのは喜ばしい事。
この捜査本部が解体されるのは、平和の証。悲しい雰囲気は漂っていなかった。
しかし、皆が懸念していた点が一つあった。
竜崎の言った通り…火口が所有していたデスノートを、どう扱うかだ。
竜崎…Lがこれからどこへ消えるのかは知らない。しかしあいつが持っていくのもおかしな話だ。
しかし、警察サイドが所有するのも無理がある。
警察の上層部との関係もとっくに修復した上に、今では警察関係者の多くはキラを捕えることに賛成する空気が流れているらしい。
しかし一時はキラに屈したのも事実だし、そもそも竜崎が少数精鋭のチームを作ったのも、ふるいにかけたからだ。皆命を惜しんで、キラ捜査本部に残らなかったから。
父さんや模木さんたちに対しては絶対的な信頼がある。けれど皆が所属する警察庁には、やはり不信感ばかりが募っている。
そんな組織に属している彼等が所持するというのも不安な話だ。
皆がそれを危惧し、考えあぐねていると…やり取りを見守っていたレムが、なんてことのない口調でこう言った。
「簡単なことさ。ノートが人間の手に余ったのなら、燃やしてしまえばいい」
──これは、僕の指示通りのことだ。
あまりにもあっさりとレムが言ったので、捜査員たちは驚いてぽかんと口を開けていた。
その中で、ただ一人冷静だったのは竜崎一人だけ。
「…ノートを燃やしてはいけないルールがありますよね」
「それは人間が燃やした場合だ。死神が自分の意思で燃やした場合はその限りではない」
これも僕らが創り上げた、嘘のルール。…レムもしらばっくれるのが随分と上手くなったものだ。
裏で打ち合わせなどしなくても、進む方向だけ示しておけば、ほぼ僕の望む通りに答える事が出来るようになっていた。
「…そうすると、死神のあなたはどうなるんですか?」
「どうもしない。普通は…こうなれば…ノートの終わりを見届けたとして、死神界に帰るだけさ」
レムが言うと、しん…と静寂が訪れる。
本当に、たったそれだけで片が付いてしまうのか…と。
あまりにもあっさりとした幕引きに、皆の心はついていけていない様子だった。
「言っておくが、特別だぞ。本来死神は人間の事情になんて構ったりはしないんだ。
だが、おまえたちと暫くここで過ごして…おまえたちの事が、少し気に入った。
私はそもそも夜神月に恋をしてるしな…。だから優しくしてやろうと思っただけだ。…それで、どうする?燃やすか?」
あまりにも簡単に進みすぎても違和感を覚えるかもしれない。しかしこれはあくまで死神の気まぐれだとして、レムは適当に言い繕った。
皆が出す答えは、もう決まっている。
──これは、殺人兵器だ。どれだけ厳重に警備員を常駐させたり…金庫やに何十…いや何百ものセキュリティで保管した所で、それでも生温い。
安全のためを思うなら、そもそもノートを捨ててしまえばいい…。
「…それ以外にはないでしょうね」
竜崎も、あっさりと頷いてはいるが…内心歯がゆい思いをしている事だろう。
こんな結末を迎えることは、不本意だったはずだ。
竜崎…Lは、結局二冊目のノートがあると確信していながら、見つけることが出来なかった。
キラが犯罪者殺しをしなければ…行動を起こさなければ。
足跡は残らない。捕まえることはほぼ不可能だろう。
この二年間、皆平和である事を喜びつつ、キラによる裁きが再び起こる事を心のどこかで願っていた。
それも、今日で終わる…。
「それじゃあ、燃やすぞ」
室内で燃やしても支障ないように安全対策がなされた鉄の土台の上に、レムがノートを乗せた。
これは人間にはできない死神の役目だとして、保管庫から取り出す所から全てレムが行っている。
そしてレムはライターで火をつけて、ノートを炙った──…ふりを、していた。
実際にレムの手でノートを燃やさせなかったのは、保険のためだ。
これが仮に、もしたった一冊しか所有してないレムのノートだったとして…
その場合、燃やしてしまえば新たに名前を書く事ができなくなる。
そのうちレムの寿命がつきて、消滅する…。それは恋以外でも死神が死ぬ事があるという、恐ろしい可能性だ…
リュークの話では、たまにある事らしいが…。
しかし稀な事ではあるが、ルールは死神界と人間界を見守る死神大王が、その都度新たに加える場合もあるのだという。
神秘のノートを死神自身が燃やす──つまり自殺行為のような事をする──それに死神大王が怒って、ルールを改変する。
実際はレムは自分の所有するノートを持っているが、死神がノートを燃やすという事自体が逆鱗に触れる可能性を考えて、ただの人間である僕自身が燃やすことにしたのた。
予言の死神を縛った事を考えても、死神大王を甘くみてはいけないと考えていた。人間が燃やす事も問題かもしれないが、そこまで用心していては何も出来なくなるし…何より死神が実行するのとは意味が異なる。これが最善策なはずだ。
デスノートを保管していた場所は、生体反応を感知するセンサーが稼働させられている。
しかし死神をセンサーに引っ掛ける事は、どう工夫しても不可能だったようだ。
それを逆手にとって、人目がない時に…秘密裏にレムにノートの十分の三ほどを切り取らせておいた。
監視カメラに映っていたとしても、死神が元々自分の物だったノートを切り取って保管しても…言い訳ができない事もない。
その直後に「燃やしてやる」とレムが提案したのだから、竜崎が知れば確実に怪しむだろうが。
しかしそれに気が付いたとしても、もう全てが終わった後のこと…。
「……あぁ」
感嘆したような声をもらしたのは、一体誰だっただろう。
ちりちりと赤くなっていたノートの端がどんどん広がり、次第に大きな炎に包まれる。
レムが火をつけたように見せたが、実際には引火されたのは僕自身だ。
レムの体が大きい事を逆手にとって死角を作った。
実際に燃えている所がみれれば彼等は納得するだろうし、死角を作らぬようにする程過敏な体制では見守っていなかったのだ。
竜崎が監視する中、バレないよう仕組むのは容易くはなかったが…
竜崎の真隣で火口を殺すほどの度胸と仕組みを作る技術のある僕には、不可能な事ではなかつた。
「…それで、死神はいつ死神界に帰るんだ…?」
「僕は、ノートを燃やした瞬間天に昇るように消えていくんだと思ってました…」
相沢さんや松田さんが、すっかり煤になったデスノートを見ながら…しかしいつまでも帰る事なく、これまで通り佇むレムを怪訝そうに見ていた。
「…気が変わった。私は人間界に残る事にした」
「ええっ!?」
それを聞くと、松田さんが大げさに驚いてみせ…父さんや模木さんたちも、驚いている様子だった。
竜崎だけが冷静にレムをみて、静かに問いかける。
「…ノートがなくなったら、死神界に帰らなければならない掟などはないんですか?」
「ないね。死神界は大概、気まぐれだ。長生きだから暇をしてるんだ…人間の寿命を見届けるくらい大した事じゃない」
死神界の掟、死神の都合。そんな事、デスノートの所有者でもない、ただの人間には預かり知れない領域。
彼等はレムのその言葉を信じる他なかった。
****
結局、竜崎は最後まで僕を疑ったまま…
それでも、竜崎はワタリと共に、日本から姿を消す事となった。
──表向きには、そういう事になっている。
疑いが晴れていない以上、僕は竜崎に秘密裏に監視される事になるのかもしれない。
もしくは、アイバーとウエディを雇ったように、信用のおける物に監視させるか…。
しかし、僕はもうキラではないのだ。探られて痛い腹もなく、叩かれて出る埃もない。
普通通りに日常を送るだけ。その間にもキラが現れる事もなく、そうして年月が経つごとに──僕の事を疑う事はできなくなるはずだ。
その予想は的中し、僕は下手な干渉される事はなく…想像とは全く真逆の…僕の"人生"を歩んでいく事となる。