0.幼少期第一章
少しだけ、生きるということが楽しくなった。
少しだけ、命について分かった気がした。

私はもう早い物で小学三年生。あかりちゃんは二歳下で、七歳になったけれど。
お家の都合でまた引越してしまった。
引越しが多い家庭なんだと思うけど、目処があるのかなんなのか、住んでいた一軒屋はそのまま売り払うことなくここにある。

あかりちゃんは暫くの間でだいぶ私に懐いてくれたみたいで、「わ゛、わずれないで、ねぇ…っ!」と泣き腫らしながら抱きついてきて、可愛いこと可愛いこと。
知らず内ならもっと悲しんだかもしれないけど、
生憎私はあかりちゃんがまた引越してくることが未来予知できていたから、あんまり寂しくはない。それよりも、海岸線の人魚の彼に会えたのかが気になってしまう。
またそこのことは数年後、是非ぜひ聞かせてね。

…ああ、でもやっぱ嘘。寂しいや。ひょこひょこ付いてきたヒヨコちゃんがいなくなると、やっぱりね…。でも…


「遊くん、こんにちは」
「あ、おねえちゃんだー!」
「今日はお勉強してたの?…え、というか、それひらがな表…」


お隣さんの音成遊くんは、引越しはなくずっとここに居る。
そして音成さんのお母さんに、しっかりとしたお隣の女の子、という認識付けられている私は、「たまに遊んであげてね、あの子も凄く懐いてるみたいなの」と微笑ましそうに笑われるものだから、無下になんて出来るはずがなく、
こうして時々顔を出している。

弱冠三歳でひらがな一覧を見ていたのは驚きだけど、まだ完全に理解は出来ないんじゃないかなあ…身近に子供がいなかったからあんまり分からないんだけど、いやでも子供って意外と聡いモノだし…なんて考えながら。
しっかりとお姉ちゃんをしてる。
インターホンを鳴らすと遊くんのお母さんが喜んで出迎えてくれた。夕方近くに訪問するのは少し申し訳ないけど、うちの小学校は電車通学なのも相まって、自由に動ける時間がこの時間帯しかなくて、
それを分かっていてお母さんも受け入れてくれるみたい。ありがとうございます…。

リビングでお勉強してる幼児…にしては、散らかすことなく座ってお勉強をしている遊くん。あー…


「遊くんはえらいね、勉強熱心だし、お利口だし。将来きっと頭がキレるようになるよ」
「きれ?」
「えーと、賢いって意味だね」


…情報屋になるんだもんね、とは言わずに言葉を崩して頭を撫でておいた。

…そう。命とは、子供とは、成長とは、生きるとは。とても尊いことだった。
前まで意思疎通も出来なくて、首も据わらなくて、自分の名前も分からなかった赤ん坊が、いつの間にか自我や性格なんてものが形成されて、
歩くようになり話せるようになり、勉強意欲なんて物も沸いてくる。

…生きるって、生まれるって、その過程って、凄いことだね。
私は記憶を持ったまま生まれてしまったから、赤ん坊の頃から成長の過程なんて物は無いに等しかったけど。そう。普通はそう。子供の成長は喜びだ。

遊くんが居たから、その過程がすぐ傍で見れたから。

私は命について考えることになる。そして命とは、何度繰り返しても、──やはり尊いと…



「また、来るね」



──自分以外の物は…、そう、とても尊い物だと…。そう思う。
自分が汚い人間だとか、悪い人間だとは思わないけど、やっぱり少しズルいと思うし。純粋な子供としての尊さはないんじゃないかと思ってる。

…例え小さな子供の身体をしていても。尊い子供の命、と呼べる範囲でも。記憶があればそう自称する気分にはとてもじゃないけれどなれない。
それに尊い命、だなんてただの小学生が考えられるはずがないし。

やっぱり純粋な子供の無邪気なんて持てないし、自分を尊い物だと言える程に自分大好きでもないし。反対に嫌いでもないけど、まあ、それなりに。自分は自分、普通だな。


「宿題、しなきゃ」


音成さん家のお母さんに挨拶をしてから家を出る。そして門を向かって左に曲がればすぐに自分の家が見えてくる。
…どうせ誰もいないけれど、鍵を開けて「ただいま」と言って、手を洗ってうがいをしてから二階の自室へ上がって宿題をする準備を始める。

窓の外は真っ赤な夕日。遊くんの家から出る頃にはいつも見る景色。
これさえも尊い景色。そう、世界とは、命とは、景色とは、色とは風とは万物とは…

なんて。いくら噛み砕いて世界を反芻しても。


「これから、どうしようかな…」


命は尊い物だと分かった。輪廻転生も、自然の摂理なのだと思った。
生まれ変わりを自然に受け入れた。でも、やっぱりこの世界があのゲームの世界だという限り、私は"目的"が見つけられないでいる。

…別に、あかりちゃんがプレイヤーという立ち居地で。これから色んな苦難を乗り越えていくのがこの世界の中心とも言える、なんて言っても。
地球は当たり前に広くあるし、世界ははばたき市だけで構成されてる訳じゃない。
モブというべき存在も、普通の一個人の人間として一喜一憂して自分の人生を歩んでる。

私もモブというべき存在。でも生きてる。人間だ。
この世界に都合のいいように生きてる訳でも、誂えられてる訳でもない。

なら今までと同じように、好きな人生を歩めべばいい。でもなんでか、空しくなってしまうこの心のモヤは。
永遠に。それこそ命尽きるまで。止まりそうもない。

私は知ってしまっているから。
ゲーム大好きな友世ならこの状況を喜んだかな…聞いたことがないから今となってはわかんないけど。


「友世ならなんて言うだろう、どうするんだろう…」


海野あかりちゃんがすぐご近所さん。と、いうことは。
私がこのまま道なりに名門校を目指したりしなければ、すぐ近所にある羽ヶ先学園に通う、はず。…正直、今も名門と呼べる小学校へ通っていて、エスカレーター式ではあるけど…
凄く息苦しい。
家庭の都合上、ある程度が欲しいとはいえ、私自身高みは目指していないし、必要性も感じないのにとりあえず、なんて無駄の一言に尽きるし。
将来目指す目的の為に必要だから、というんなら私もそのまま目指すけど…

正直、普通の保母さんだとか、学校の先生だとか、そんな物になりたかったりする。精神年齢が高いだけあって、そういう職の方が性に合ってるとも思うし。

ただ、遠方の名門を目指さないとなれば妥当なのは羽ヶ先学園で。
とするとあかりちゃんや"彼ら"と一緒の学校で…ううん、それもなんとなく…

あ、でも


「…私、あかりちゃんより二歳年上なんだ…よね。ってことは…」

少なくともあかりちゃんと、そして彼らと一緒の時期に学校に通うのは一年。うん、それなら被る時期も短いし、先輩後輩関係ならあんまり接点は出来ないかも。
彼らやあかりちゃんが嫌いなわけじゃないけど、目の前にするとどうにも難しい気持ちになってしまうと思うし…。

うん。決めた。


「羽ヶ先学園に行こう」


対人スキルがまだまだ無い私は、少しでも知っている所から始めるのが安心だと思うし。
一方的とはいえ勝手知ったる羽ヶ先。
お母さんはきっと反対すると思うけど、お母さんの実家の家柄が為の嗜好だし、
お母さん自身が高みを目指すこと、経歴を得ることを推してる訳じゃなくて、周りの反応を見てのことだった。

お母さん本人はとてもサバサバとした人だし、いい家柄と言っても私の従兄弟に当たるような親戚は普通の学校や会社に通って、普通の生活をしてる。
ならば家だけが、ということもあるまいし。

…うん。
大丈夫。


「となったら…アルバイト、ってヤツもしてみたいし…楽できるように、今は勉強しておこうかな」


高校二年レベルまでなら習得済みなんだけど、もう一度おさらいしてその先も勉強して。
そうすれば多分バイトに専念できる。
前はほら、ずっと病院と家を行き来状態だったし。友達や学校は友世が居たし、有難いことに学校の友達も沢山引き連れてきてくれて、馬鹿騒ぎもしょっちゅうしてたから憧れとかはそこまでないけど、バイトは本腰入れてやってみたい。どこがいいかな。あー、少しワクワクする。

…前は絶対に出来なかったことが出来る。そう、それこそ新たな人生を歩んでいるからこそ。
なら、楽しまなくちゃね。そうしなきゃ損だもん。…これも一つの生きる目的、楽しみになればいいな。


「んー、だからまずは…」


小学生から気が早い気がするけど。散歩がてらバイト先でも当てを探してみようかな。
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