それでも世界は廻る
0.幼少期第一章
──私は死んだ



「いってきます」


誰も居ない空っぽの部屋に向けて挨拶をする。…なんか空しい。
でもお母さんは朝早くから仕事だし、お父さんは海外転勤。わがままも言ってられないのは分かるし、ラップをかけてあった朝食を暖めて食べて身支度をして。
玄関を出る。この扉もこの数年で幾分か軽くなった。

…いや、私が成長しただけなんだけどね。
…成長、かあ。
まさか、人間の輪廻転生が現実に等しく訪れる物だんて知らなかったなあー。どんな人間も一度は輪廻転生してるのかも。
いやでも人口がどっと増えたのはどーたらこーたらとか、色々オカルト染みた説があったけど、こうして体験してみるとそっち系がちょっと興味深くなる。
ネット開通できる年になったら調べてみようっと。

…まあ、その"輪廻転生"っていうそれも、この数年で認識が少し違ってきてるんだけど、まあ、でも…


「満足、だったのに、な」


享年16。自分ではとても満足で、一般的には若すぎるけれど、天寿を全うしたつもりでいる。それが天命だと思ってるし。
優しい家族や優しい友人、環境に恵まれて。物凄く裕福、って訳でもないのに精一杯尽くしてくれた両親。

自分の死なんて案外悟ってしまえる物で。でも怖いとは思わなかった。多分未練がないから。今に不満が、なかったから。
だから、愛して尽くしてくれる両親に、ただ、「満足だ」ということを日々語った。
両親も分かってくれたみたいだ。

だって、私が日々浮かべている笑みが、とても幸せそうに見えたから。
嘘吐きの笑いだなんて思わなかったみたい。やっぱり親は親で、それが本当だと分かってくれたから。


──そして私は最期の時を向かえ…



「…いってきます、お母さん」


また新たな母と父の元へ生まれる。今と前、とか。比べるのもなんだか嫌だけど、
ほのぼのとした暖かな家庭を知っている分、今の厳しい家庭は少し息苦しくはある。

玄関を出て、ちまちまとしたまだ短い足で門を曲がろうとした時、お隣さんから子供の泣き声が聞こえた。
…音成さん家だ。最近、男の子が生まれたらしい。
「よろしくね」と、ほわほわとした小さな赤ちゃんを抱えて音成さん家のお母さんが挨拶にきてくれたのを覚えてる。


『音成遊っていうのよ』
『海野、あかりですっ』
、はばたき市に引っ越すことになったから……』



──前々から薄っすらと感じていた違和感。これもまた新たに輪廻転生して、生まれて、
新たな土地に新たな立ち居地でいるからだと思っていたけど…でも違った。そんなんじゃなかった。
知らない訳じゃなかった。私は知ってる。
私はここを、そしてお隣さん達のことすら、知っていたみたいだ。


「恨むよ、友世」


前世の親友のを苦々しく呼んでみる。もう会えないと分かっていたから今更感傷に浸ることも進んでしようとは思わなかったけど、こんな形で彼女を思い出すなんて。
小さい頃から家が近所で、病弱な私のために室内遊びに付き合ってくれた彼女。
病室にも頻繁に来てくれたけど、
彼女の場合室内遊びにに付き合ってくれた…というよりは、往来インドア派だったんだろう。
その証拠にゲーム大好きっ子で、いつも暇を持て余したゲームのゲの字も知らない私に得意げに紹介してくれた。

そう。ゲームなんて、縁がなかった。いくら暇だからとは言え、自分からはきっと手を出さなかっただろうし
だから、そう。今私がここに居るのは、"この場所"に接点が出来てしまったのは、多分あの日…


『ねえ、乙女ゲームって興味ない?』



頬を染めてそわそわしながら問いかけてきた彼女。あの日その手にあったゲームの、あれはなんていったか。タイトルなんてもう思い出せないけど、でも覚えてる。
舞台は海が近いはばたき市。
そして私はプレイヤーとして、"海野あかり"として。"音成遊"という自称物知り少年を頼って学園生活を送っていて。それで?

…海野あかり。プレイヤーはお隣のお隣さん。そして私のお隣さんは音成遊くん。
まだ小さい彼女らも大人になったらまた親密になるのかな。
それはいい。それはいいんだ。でも、でも、なら…


「なら、私はここで、何をすればいいの?…なんのために、ここに居るのかな」


私は正しく天寿を全うしたつもりでいる。若かろうとなんだろうと本当に心から満足だったから。
だからまた輪廻転生するのは本当の所不本意だった。
でもそれが命ある物仕方がないのだ、と納得してたし。何かの間違いなのか神様のうっかりミスなのか。前世の記憶が残っていても、またただの普通の女の子としての人生を受け入れてた。
でもね、不本意だと思っていて、でも仕方ない、と何に納得したのかも分からないなあなあな生き方をしていた私が。

こんなことを知ってしまったら、また




──生きる意味を見出せなくなってしまった
だって、この世界はまるでプレイヤーに、海野あかりちゃんら特別な女の子達のために誂えられた世界のような物なのに。

赤ん坊の泣く声を背に一瞬世界が真っ暗になった気がして、でも見上げれば青い空と明るい太陽はそのままで。
やっぱり私がどうなろうと世界はお構いなしに進むんだろうと、少しだけそれに安堵した。
…そうだね、私は自分のために誂えられた世界が欲しい訳じゃない。逆にただ生きることさえ望んでもいなかったけど。

それが"輪廻転生"。生きとし生ける物の定めだというなら、そうなんだろう。
他にも私みたいに記憶持ちで生まれてしまう人もいるかもしれない。

みんなきっとそうやって受け入れてる。
これが生きるということなんだと。

これから数年、私はまた違った意味でそれを受け入れて行くことになる。