裏腹な春にて
0. 幼少期─プロローグ
春の足音が聞こえてくる。
ほわほわとした暖かな空気は、とても清々しい物だ。
…こんな暖かな空気を感じるのは何度目だろう。大きく息を吸い込んでも、むせ返ることもなくスッキリとしていられるのは、今年でまだ数年目だろうけど。
「、今日お隣のお隣、引っ越してくるんですって」
「…そうなんだ」
「うちのお隣、って訳じゃないけど。年頃が近い女の子も居るらしいし。せっかくなら仲良くしておきなさい、アンタ、ただでさえ友達少ないんだから」
「……そう、だね」
春。といえば。新たな節目。
朝早く、私の入学式のために化粧をしながら慌しく食事を取る母親を見ながら、自分も食卓について白米をもそもそと食べだす。
自分が今着ているのは小学校の制服だ。何もこんなカッチリとした制服を誂える程の名門校になんて行かなくてもいいと思っていたけど、
母親としてはそれは譲れないらしい。幼い頃からもしっかりした経歴は大事なんだと少し投げやりに、面倒くさそうに言うけど、自分には正直わからない…。
だから、分からないついでに"子供だから"と、分からないふりをした。
ため息が出る。
「おかあさん、友達、できるようにがんばるね」
…──そうすれば母親も、唯一の私への心配事も減って、何か言うこともないだろうし。
新生活が始まる時期。学生であれば入学、新たなクラス。
社会人であれば新社会人一年目、だとか?
それ以降は大人として春の節目とは縁が無くなるのかな。この感覚が好きな私はちょっと寂しいかも。
こんなオバサンくさいことを考えてる小学生一年生も嫌だなあ、と考えながらも。中身は本当にオバサンなんだからしょうがないよね、と考える自分が居る。
…春だ。何度目かも分からない春が来る。これは節目だろうと私は思う。
春。桜が咲く頃、いや、まだ蕾が花開かなかった初春の頃。
──私は死んだ
「いってきます」
「ええ、あたしは後から合流するから」
ぽふぽふと頬に粉を塗りたくりながら、目も向けずに母は言う。
母は、経歴や家柄に拘りすぎる所がなければ、他はサバサバしていて付き合い易いとは思う。
性根が腐ってる訳じゃないし、物事の道理もきちんと分かっていて馬鹿じゃない。
ただ母の実家の家柄がそれなりな家柄だけに、ある程度が無いと仕方が無いのだろうと思いながらも、
"アンタはちゃんとできるんだから、最初から一人で学校に通いなさい"なんて、一度の道案内もなしに六歳児に電車を乗り継げというのは些か…。だとは思うけれど。
確かに、出来てしまうのだから母が気が緩んでしまうのも分かる。
玄関の六歳児には重い扉を押しながら、ため息を吐く。
…私は、16年生きたことがある。病弱で、急変を繰り返し病院と家を行き来するだけを16年ずっと。
一般中流家庭に生まれて暖かな両親にも恵まれた。
それでも暖かく愛があればなんとかなるということは勿論なく。世知辛い世界だ。
やっぱり私の身体は脆く出来ていて。どれだけお金をかけて時間をかけてもついには勝てず、死に…私は…
「…はあ…」
ここへまた生まれた。もう六年目になる。
死を覚悟して生きていたのだから、死んですぐ生まれ変わった時にも抵抗は、無かったなあ。
命って、こんな物なんだと思ったかもしれない。
あ、あとは、また普通の日本でよかったなあって思った。対人スキルとかないし、外国に生まれても気後れしちゃうしね。
はばたき市、聞いたことがない名前だけど、海が近いいたって普通の街だ。
ぎぎぎ、っと一生懸命玄関ドアをあけてひと段落した頃。
ぱたぱたと可愛らしい足音が近づいてくることに気がついて、顔を上げてみた。
「こっこんにちわあっ」
「…こんにちは?」
すると、私とだいたい同じほどの背丈の女の子が、頬を染めて、息を切らしながら走ってくるのが見えた。
…髪色がちょっと明るい、活発そうな女の子。地毛かなあ、と言えるレベルだけどやっぱり普通よりは明るいなあ。
なんでこんな朝早くに?ときょとんとしてしまった時。母の言葉を思い出した。
…お隣のお隣に引っ越してくる年の近い女の子。もしかして…
「海野あかりですっはじめましてっおひっこししてきましたっ!えと、えと、よんさいですっ」
…そうか、この子かあ。
…ああ、なんだか微笑ましい。一生懸命拙い挨拶をする姿は愛らしい。
私もオバサンが子供を見るような形になっちゃうだろうけど、仲良くはしたい。…んだけど。
でも今は…ちょっと困ったな。
「あかり!ちゃん今、お出かけするみたいだから、ご挨拶は後にしよう」
「あ、おかーさん!」
「ごめんねちゃん。今から学校よね?…いってらっしゃい。入学おめでとう」
「にゅ、にゅーがくおめでとー」
…そう。入学式まで実は時間がやばかったりする。
すると見かねたようにあかりちゃんのお母さんがやって来て、あかりちゃんを抱き上げて優しく微笑んだ。「玄関先で騒がしくごめんなさいね」と笑う女性。
ご近所さん同士は耳ざといなあ。
どこそこのお子さんが入学だ〜だなんて、引っ越してきたばかりのお宅にも伝わってしまうほど、なんてなんて恐ろしい。
あかりちゃんもきゃいきゃいと抱き上げられて嬉しそうだ。
…見覚えがある笑顔だな。柔らかくて暖かそうなこの感じ。そうだ。
…前世の私のお母さんとお父さんに似てるかも。
なんだか少し懐かしくなっちゃった。
「…ありがとうございます。あかりちゃんも、ありがとう。わたし、っていうの、よろくね」
「よっよろしくっ!」
本当に微笑ましくて、珍しく満面の笑みで笑ってぶんぶんと手を振りながら道を駆けた。それでも遠慮なく駆けるのは、ほらやっぱり入学式に遅刻なんて、洒落にならないしね。
お母さんもきっと目を吊り上げることだろうし。
あかりちゃんには申し訳ないけど、ご近所さんならこれからいくらでも機会はあるだろうし。今は学校優先!
…にしても
「はばたき市、海野あかり…」
聞き覚えがあるような気がするのはなんでだろう。はばたき市、だけ聞いてもなんとも思わなかったのに、急に不思議な感覚を覚える感じ。
そういえば、私のお隣は…
「音成さん家、だっけ」
なんともいえない感覚がする。その感覚の理由は、計らずも数年後に分かることになる。
0. 幼少期─プロローグ
春の足音が聞こえてくる。
ほわほわとした暖かな空気は、とても清々しい物だ。
…こんな暖かな空気を感じるのは何度目だろう。大きく息を吸い込んでも、むせ返ることもなくスッキリとしていられるのは、今年でまだ数年目だろうけど。
「、今日お隣のお隣、引っ越してくるんですって」
「…そうなんだ」
「うちのお隣、って訳じゃないけど。年頃が近い女の子も居るらしいし。せっかくなら仲良くしておきなさい、アンタ、ただでさえ友達少ないんだから」
「……そう、だね」
春。といえば。新たな節目。
朝早く、私の入学式のために化粧をしながら慌しく食事を取る母親を見ながら、自分も食卓について白米をもそもそと食べだす。
自分が今着ているのは小学校の制服だ。何もこんなカッチリとした制服を誂える程の名門校になんて行かなくてもいいと思っていたけど、
母親としてはそれは譲れないらしい。幼い頃からもしっかりした経歴は大事なんだと少し投げやりに、面倒くさそうに言うけど、自分には正直わからない…。
だから、分からないついでに"子供だから"と、分からないふりをした。
ため息が出る。
「おかあさん、友達、できるようにがんばるね」
…──そうすれば母親も、唯一の私への心配事も減って、何か言うこともないだろうし。
新生活が始まる時期。学生であれば入学、新たなクラス。
社会人であれば新社会人一年目、だとか?
それ以降は大人として春の節目とは縁が無くなるのかな。この感覚が好きな私はちょっと寂しいかも。
こんなオバサンくさいことを考えてる小学生一年生も嫌だなあ、と考えながらも。中身は本当にオバサンなんだからしょうがないよね、と考える自分が居る。
…春だ。何度目かも分からない春が来る。これは節目だろうと私は思う。
春。桜が咲く頃、いや、まだ蕾が花開かなかった初春の頃。
──私は死んだ
「いってきます」
「ええ、あたしは後から合流するから」
ぽふぽふと頬に粉を塗りたくりながら、目も向けずに母は言う。
母は、経歴や家柄に拘りすぎる所がなければ、他はサバサバしていて付き合い易いとは思う。
性根が腐ってる訳じゃないし、物事の道理もきちんと分かっていて馬鹿じゃない。
ただ母の実家の家柄がそれなりな家柄だけに、ある程度が無いと仕方が無いのだろうと思いながらも、
"アンタはちゃんとできるんだから、最初から一人で学校に通いなさい"なんて、一度の道案内もなしに六歳児に電車を乗り継げというのは些か…。だとは思うけれど。
確かに、出来てしまうのだから母が気が緩んでしまうのも分かる。
玄関の六歳児には重い扉を押しながら、ため息を吐く。
…私は、16年生きたことがある。病弱で、急変を繰り返し病院と家を行き来するだけを16年ずっと。
一般中流家庭に生まれて暖かな両親にも恵まれた。
それでも暖かく愛があればなんとかなるということは勿論なく。世知辛い世界だ。
やっぱり私の身体は脆く出来ていて。どれだけお金をかけて時間をかけてもついには勝てず、死に…私は…
「…はあ…」
ここへまた生まれた。もう六年目になる。
死を覚悟して生きていたのだから、死んですぐ生まれ変わった時にも抵抗は、無かったなあ。
命って、こんな物なんだと思ったかもしれない。
あ、あとは、また普通の日本でよかったなあって思った。対人スキルとかないし、外国に生まれても気後れしちゃうしね。
はばたき市、聞いたことがない名前だけど、海が近いいたって普通の街だ。
ぎぎぎ、っと一生懸命玄関ドアをあけてひと段落した頃。
ぱたぱたと可愛らしい足音が近づいてくることに気がついて、顔を上げてみた。
「こっこんにちわあっ」
「…こんにちは?」
すると、私とだいたい同じほどの背丈の女の子が、頬を染めて、息を切らしながら走ってくるのが見えた。
…髪色がちょっと明るい、活発そうな女の子。地毛かなあ、と言えるレベルだけどやっぱり普通よりは明るいなあ。
なんでこんな朝早くに?ときょとんとしてしまった時。母の言葉を思い出した。
…お隣のお隣に引っ越してくる年の近い女の子。もしかして…
「海野あかりですっはじめましてっおひっこししてきましたっ!えと、えと、よんさいですっ」
…そうか、この子かあ。
…ああ、なんだか微笑ましい。一生懸命拙い挨拶をする姿は愛らしい。
私もオバサンが子供を見るような形になっちゃうだろうけど、仲良くはしたい。…んだけど。
でも今は…ちょっと困ったな。
「あかり!ちゃん今、お出かけするみたいだから、ご挨拶は後にしよう」
「あ、おかーさん!」
「ごめんねちゃん。今から学校よね?…いってらっしゃい。入学おめでとう」
「にゅ、にゅーがくおめでとー」
…そう。入学式まで実は時間がやばかったりする。
すると見かねたようにあかりちゃんのお母さんがやって来て、あかりちゃんを抱き上げて優しく微笑んだ。「玄関先で騒がしくごめんなさいね」と笑う女性。
ご近所さん同士は耳ざといなあ。
どこそこのお子さんが入学だ〜だなんて、引っ越してきたばかりのお宅にも伝わってしまうほど、なんてなんて恐ろしい。
あかりちゃんもきゃいきゃいと抱き上げられて嬉しそうだ。
…見覚えがある笑顔だな。柔らかくて暖かそうなこの感じ。そうだ。
…前世の私のお母さんとお父さんに似てるかも。
なんだか少し懐かしくなっちゃった。
「…ありがとうございます。あかりちゃんも、ありがとう。わたし、っていうの、よろくね」
「よっよろしくっ!」
本当に微笑ましくて、珍しく満面の笑みで笑ってぶんぶんと手を振りながら道を駆けた。それでも遠慮なく駆けるのは、ほらやっぱり入学式に遅刻なんて、洒落にならないしね。
お母さんもきっと目を吊り上げることだろうし。
あかりちゃんには申し訳ないけど、ご近所さんならこれからいくらでも機会はあるだろうし。今は学校優先!
…にしても
「はばたき市、海野あかり…」
聞き覚えがあるような気がするのはなんでだろう。はばたき市、だけ聞いてもなんとも思わなかったのに、急に不思議な感覚を覚える感じ。
そういえば、私のお隣は…
「音成さん家、だっけ」
なんともいえない感覚がする。その感覚の理由は、計らずも数年後に分かることになる。