誇る花に口付けを
2.高麗国
目が覚めた。なんだか周りが騒がしい気がして、
眠気をどうにか追いやって起き上がる。

女の子の声、とても真に迫った声だ。悲鳴にも聞える。
心の底から気持ちを振り絞ったみたいな、深くからの声…
悲しくて切ないけど、とても心地いい心の声だ…


「行って領主を倒す!母さんのカタキをとるんだ!!!」


黒髪の小さな女の子が小狼に縋りながら叫んだ。
絶対に一緒に行くと言って曲げない、強い叫び。
恐らく、あの女の子がこの家の主…?
散々寝こけたりお世話になってしまった…。ちゃんと謝らなくては…。
それでも眠い。まだまだ眠い。この場は真剣な空気に包まれているけど、眠ってしまいたい。
多分今から小狼たちは領主…?のところに行って、戦うのかな。
小狼たちが行くところ…そこはさくらの羽根があるところ…

なら、ある
私の羽根も、ある
だって私とさくらは双子だから。双子だから、私は…
私の、中身は。


「だめです。ここでサクラ姫と待っていてください」


冷たく突き放したようにも聞える小狼の声を聞いた。
でも外側と内側は違うとわかってるから、そのまま疑いもせずに家から出て行く小狼の背を追う。
眠くて眠くて仕方が無いし、ただでさえ寝起きで立ち上がり、走るのはキツい。

でも行かなきゃ。自分のことは自分で背負う。
助けてくれるなんて思っちゃいけない、だって、誰も助けてくれない
私だけの人は、ここにはいないから


「私が子供で…たいした秘術も使えないから…足手まといだからか」


女の子が苦しげに、搾り出すように呟いた言葉に、その女の子を抱きしめたさくらが、優しく優しく言う。


「…違うと思う」


…さくらの言葉は、優しくて混じりけがなくて儚くて切なくて美しくて。
神に愛された愛娘の声は、とても奥深くへと響く。

ふ、っと小さく笑うとさくらと視線があって、さくらはきょとんとしていたけど、
そろそろ前方三人と一人に置いていかれそうだったのでそのまま走った。
…目が覚めてからさくらと全然話せてないなあ。
さくらにとっては双子の姉の存在がとても喜ばしいことだったみたいで、毎日毎日それはもう一緒にいた。
べったりだったから少し物足りなく感じる。もう日課だったもん。
でも…さくらはさくらの。私は私のものを取り戻さなきゃ。

元には戻れない。


「言えばよかったのにー。春香を連れていかないのは、これ以上迷惑かけないためだって」


…やっぱり小狼は突き放しただけじゃなかったんだ。あの小狼だからなあ…。
前方で小狼とファイが話してる声が聞えてきて、一生懸命走るけど、
体力が著しく低下してるハンデと男連中の歩幅が違いすぎて、追いつこうにも追いつけない。
春香を連れて行ったら、もし領主が倒せなかったときにどんな目に合うかわからない…
小狼はそんなことを考えていたらしい。会話ばかり聞えても一向に距離が縮まらないのだけど…。
ちゅにゃん?ちゃんって言うのか、あの子…

というかというかもう、埒があかないこれ、もう…
…天気もいい。なら、少しだけ。…この距離だけ、空に助けてもらおう。


「『…私の、空よ…私に…応えて…私を…彼の元へ…連れていって…』」


小さく呟くとふわりと足元から風が舞って全身を優しく撫ぜる。
それが空がじゃれているようで、私は好きだ。
ふ、っと小さく笑うと空はテンポよく私を宙に浮かばせて、なんだかご機嫌なように思える。
…今日は天気がいいもんなあ。でも遠くの空が少し曇っているように思えるから、多分この後少しよくないことが起こるかも…
空と海は私の占いのための鏡でもある。占い師がよく水晶玉を使うように。
また鏡を用いるように、私は空模様と海の波紋がそれだった。

…用心しよう。


「…姫!?ど、どうしてここへ…!」
「わーっ起きたんだ!」
「…小狼、…敬語。…姫じゃ、ない…。モコナ、おはよ…あの…私の…探し物、こっちだから…」


ふわりと無事に小狼の隣へ着地すると、小狼はぎょっとしてた。
ファイの頭に乗ったモコナが元気よく挨拶してきて、少しだけ笑いながら返事をする。可愛い。いいなあ。和む。

それにしても、
ほんとに小狼は姫呼びと敬語抜けないなあ…
さくらに対しては明らかな好意があるからか、逆にさくらの方が畏まることが多かった。よって、私にはフランクなことが多い。

…でも、色々なことがあったから思うところあったのかも。
じ、っと二方から視線が向ってて、なんて反応したらいいのかわからなかったからとりあえずペコリと会釈しておいた。典型的な日本人の対応癖が抜けなくて、
もしかしたら三人ともぎょっとしたかも。
多分小狼は比較的慣れてるけども。

…そんなこんなでナチュラルに混ざっておいてあれだけど、そういえば私たち…


「…で、…どこに行くの…?」
「…オイ、ガキ…この姫本当に大丈夫なのか?」
「……はい、あの、えっと…これがだいたい通常運転というか…」
「あははー大変だー」
寝ぼけぼけーっ」


私の一言でいっせいに袋叩きにあったんだけど何これ酷いよ。
というか小狼その通常運転って何…。
モコナの寝ぼけぼけってのは否定できないけど、黒鋼に凄くお頭の方を心配されてる。

だって私この先どうなるかわからないんだもん。さくらの羽根のあるところに私の中身があるという法則はなんとなく分かる。…理屈も、だいたいは。
でも私の中身がまだ足りない。…ただ…
"知って"いて、良いか悪いか、それはわからないけど。私はあの中身を、紙に書き留めたりしてはいない。
それが私の選択だったから。

そして、わいわいと(主にモコナが)話しながら歩るくこと暫く…



「中に入ったはいいが、どこまで続いてんだこの回路はよ」


城には何か侵入者を拒む秘術がかけられていたようで、先に次元の魔女…侑子さんに打ち破る作をもらっていたらしい。
ボールのようなぐるぐるを小狼が遠くへ投げると、城の結界が破れ、無事に侵入成功というわけだ。
正直秘術っていうのもよくわからないし侑子さんとお話…というか交渉していたのも眠りこけていたせいで知らないし。

ただ、ここに関して覚えてることはおぼろげで…
黒い女の人…水…球…溶けて…焼ける…
水面…肌…爪…そして…

たくさんの雨…



「…姫?」
「…え……?…ああ…小狼、、ね…」
「…、この回路、元の場所に戻ってる。多分何かの秘術がかかってる…」
「…そっか…」


私だけが話を聞いていなかったみたいで、ぼーっとしていた私に黒鋼は苛苛してるし、ファイは何だか掴めない笑みをしてるし、モコナはなんとなくしゅんとしてる。

私はそれにへら、っと笑い返したけど、小狼は眉を寄せてどこか辛そうにしているし。
…本当に優しくて平等な人だ。小狼の頬に両手を沿えて、おでこをくっつけた。


「…大丈夫、…私のことは、…私が…なんとかする…」
「…でも!この先で何があるか…!はやっぱり、」
「小狼」


私は言い募る小狼にだけ届くように小さく呟いた。
すると小狼はぽかんとしてたけど、構わず先に進む。他の二人と一まんじゅうは何がなんだかわからなそうだし、これ以上流れを止めてしまうのも申し訳ない。
…ただ、阪神共和国の兎様が授けてくれた翔(フライ)と跳(ジャンプ)を見て、
なんとなく思いついた。無敵の呪文。さくらじゃない方のさくらの呪文。絶対だいじょうぶだよ、って。


本当は自分に言いたかっただけ。


「ここかなぁ」
「…何かありました?」


するとファイが足を止めて、壁に手をかざして何かを確かめているようだった。
小狼がそれに聞き返してる様子を見つめながら、私自身も探りを入れてみた。

…なんとなくだけど何かを感じる。広がるような波紋。強く遠くまで広がる波が。
もしかして私が使える力の要素のどれかを使ってるのかもしれない…。
「この手の魔法はね、一番魔力が強い場所に術の元があるもんなのー」と間延びするように言ったファイは向こうから強い力を感じるというけど、

ファイはこれから魔法は使わないと宣言していたらしいから、黒鋼がとても不審がってる。
力を使わないと決めたとして、例えば霊感がある人が霊が見えなくなるかと言えば違うから、なんとなく感覚として黒鋼が不審がるのもわかるし、ファイが魔法を使ってないというのも理屈を立てればわかるけど…


「今のは魔力じゃなくて、カン?みたいなもんだから」


…やっぱり凄く、この人の笑顔は、とても、深く、深く広がる。波が波紋が、
なんだかとても。

怖い。理由もわからなくこんな思いをするのだから、カラダが覚えてるのか、失った中身に何かしらがあるのかもしれない。
でもそんな印象はなかった気がするのに、なんで…

けど。そういえば…


「……わたしも」


記憶の中の私は、何かの箱に…、変な笑顔で向かい合ってた気がする。

黒鋼がその壁を拳で叩き割り、やっと向こうに行けるとモコナがはしゃいでいても、なんとなく胸の靄が消えなかった。