応えたものは見つからない
2.高麗国
金槌で釘を打ち付けるような音が幾度も聞える。
たまにパラリと顔の上に木の粉末のようなものが落ちてきて「ぅ……」と苦々しく呻く。ここ、何処だろう。
…多分、阪神共和国では比較的頑張っていたから、気が抜けて眠ってしまったのは分かるんだけど…
…誰が運んでくれたんだろう。小狼はきっとさくらの手を引いてるだろうし、そうなったら黒鋼かファイしかいない。モコナはおまんじゅうサイズだから無理。
多分、きっとファイだ。
何故か私によく話しかけてくれるし、阪神共和国でも運んでくれたりしたし。
みんなに和やかに友好的に話してるから、あれがあの人の通常運転なんだろうけど。でも…
…あの人はなんで…
いや、なんで、じゃない。あんまり前の世界の記憶が戻ってないから、断片的にしか思い出せないけど多分あの人は…
「それでも探すでしょう、小狼君は。色んな世界へ飛散ったサクラちゃんの記憶の羽根を」
そんなことを考えていた瞬間、その張本人の声が聞えてきてビクリと肩を震わせてしまった。
…小狼の話?
見渡しても小狼がいない。…さくらも居ない。屋根の上で黒鋼が金槌を持って壊れた家の修繕をしてるけど、なんでこの家はこんなにボロボロなんだろう…?
辺りをきょろりと見渡していると、和やかにお茶を飲んでるファイと目が合って、ひらりと手を振られてしまった。いつものへにゃり顔で。
…なんだか、凄く、嫌な感じだ。
多分性格的に、今までの感じからしても運んでくれたのはファイだし、感謝してお礼を言うべきなんだけど、この人には近寄りがたい何かがあって、なんとなく…
「目ぇ覚めたんだねー。今黒っぴっぴが、この家の修理してくれてるところでー」
「黒鋼だっつってんだろ!」
…薄れた。この人の視線と関心が黒鋼に向った瞬間、その嫌な感じ、無くなった。
…なんなんだろう、これ。
この人の外側はとても和やかで、優しくて、ふんわりしてて。
でも知ってる。外側と内側は同じではないこと。私が一番知ってる。
だって私は、私が。いつもそうだったから。
ぞく、っと背筋が寒くなる。
でもよくしてくれてるのは事実なんだから、ちゃんとお礼は言わなきゃ。
…例え、この人の内側がどんなものだったとしても、筋は通さなくては。
「…ファイ、さん」
「んー?なにー?」
「ここまで…運んで、くれて…、ありがとう…ござい、ました…」
きっちりと正座して、綺麗な姿勢で頭を下げると、ファイさんは少しの沈黙を残した。
でもぱっと笑顔になって、またふわふわ声で喋りだす。
「あはは、どうして俺が運んだと思ったの?小狼君だって居るし黒ぴーも…」
「…小狼は、さくらに…内側の、全てを…捧げてるから…。黒鋼さんは、まだ、私のこと…信用してくれて…ないみたい、ですし…、信用するに、値するようなこと、…した覚えも、ありません…だから」
「…俺が運んだと思ったの?」
「あなたは…、…平等に、優しいから…」
外側は。まだ。
それは口に出さないで、じ、っと彼の瞳だけを見つめた。
彼の瞳に映る私はただ無表情に、無感情に見上げてるだけ。
でもその姿が彼の内側にどう見えたのか、感じられたのかはわからない。
どうしてだか、私は彼が怖い。でもそれと同時にとても、とても…
…とても、なんなんだろう?わからないものが内側に渦巻いてる。
「…ところで、」
「…んー?」
「…なんで…このお家は、こんなに、…ボロボロ…なんでしょう…」
その言葉に「あははー時間差ー」とけたけた笑うファイと、「よくあの轟音の中で寝てられるな…」と小さく呟く黒鋼と。
ただ状況把握が出来ていない私が首を傾げる、なんとも愉快な空間が出来上がってしまったのだった。
とりあえずファイさんにどうぞー、とお茶を煎れてもらったんだけどこのお茶、多分よそ様のものだよね…
この家も多分。…飲まないわけにはいかないし、口をつけたのなら何か持て成してもらったのと同じこと。
…等価交換、何かを受け取るにはそれ相応の対価を支払わなければ。
…仕方ない。今日はとても天気がいいし、ここら辺に海はないみたいだし…
それに海と相性はよくない、木材だし。
だったら…
「『…私の、空よ…私に…応えて…』」
ぽつりと囁きを空に与えると、ふわりと風が舞い込んできた。
さくらより長い髪がはたはたと靡いていく。
多分瞳の色も蒼い色に変わって、空の色をそのままに映してるのだと思う。
自分自身では見たことはないけど、桃矢兄様がそう言ってた。
するとゆっくりと散らばった木材が浮かび上がり、黒鋼さんの元へと集められていく。
「『……私の、海よ…声に気づいて…、空よ…海よ…私に言葉を…』」
そこまで言うと後は早く、綺麗に元あった形に木材が並べられていき、天井に大きく開いた穴は塞がった
「『どうか、聴かせて。…私は…空…海を…愛し…慈しむ…』」
そしてふわり、最後に私を囲むように大きな風が舞い込んだ後、
指で宙に大きく円を描いて「『終』」と呟くと、風は止んだ。
…流石に万全の体調じゃない今、これを使うと来るな…
負荷がかかりすぎる。他の力よりは空と海を媒介とした力は相性がいいはずなんだけどなあ…
天気が悪いともっと負荷がかかる。でもこんなに晴れていてこれ…凄く性質が悪い。
「……。…、……あの、いい感じに、並べられたと、思う…ので…あとは、釘を打って…、もらえ…ますか…」
まともに自己紹介したわけではない私が、なんとなく彼の名を呼ぶのは躊躇われて、
結局躊躇したから変な間が出来てしまった。
彼は返事の代わりに釘を打つ音で返してくれて、まあ、それでもいい方だろうと少し足を崩して壁に寄りかかる。
少し、疲れた。いや、とても疲れた。これじゃ何かあった時対処できないよね…
相性がいい空と海に手伝ってもらってこんなに疲労していて、
敵襲とかあったら、もう…致命傷を負ってしまったら手遅れ…でも
私は何故か、死なない
明らかに致命傷と思われる打撃を受けたのに。異常なほどの耐久力がある
「…今の…」
目を瞑って思案していると、ファイが少しだけ驚いたような顔をしながら呟いた。
ある意味独り言のようにも取れたけど、視線はこちらへ向いてるし…
なら、私も独り言で返そうか。
別に知られても支障はない。どうせ旅を続けていればいずれ知られる力だから。
「空と…海は…いつでも…力になってくれる…ほんの、少しだけ…今みたいな力、を…」
それは、前の世界でも、こんな超能力のような形じゃなくても、そうだった。
いつだって、二つは私の傍にあったから。
「…眠っちゃったねー」
「…もう一人の姫も、こんな力持ってんのか」
「さぁ、小狼君に聞けばわかるかも。…でも…この子の場合…」
「……なんだ」
「…この力の源は…空と海と言ってたけど…何処からも感じられない…それってちょっとおかしいねー…」
この子、"何"だろうねー?
遠くで、声が聞える。
私と彼は、同じだった。
多分同じに近かった。
2.高麗国
金槌で釘を打ち付けるような音が幾度も聞える。
たまにパラリと顔の上に木の粉末のようなものが落ちてきて「ぅ……」と苦々しく呻く。ここ、何処だろう。
…多分、阪神共和国では比較的頑張っていたから、気が抜けて眠ってしまったのは分かるんだけど…
…誰が運んでくれたんだろう。小狼はきっとさくらの手を引いてるだろうし、そうなったら黒鋼かファイしかいない。モコナはおまんじゅうサイズだから無理。
多分、きっとファイだ。
何故か私によく話しかけてくれるし、阪神共和国でも運んでくれたりしたし。
みんなに和やかに友好的に話してるから、あれがあの人の通常運転なんだろうけど。でも…
…あの人はなんで…
いや、なんで、じゃない。あんまり前の世界の記憶が戻ってないから、断片的にしか思い出せないけど多分あの人は…
「それでも探すでしょう、小狼君は。色んな世界へ飛散ったサクラちゃんの記憶の羽根を」
そんなことを考えていた瞬間、その張本人の声が聞えてきてビクリと肩を震わせてしまった。
…小狼の話?
見渡しても小狼がいない。…さくらも居ない。屋根の上で黒鋼が金槌を持って壊れた家の修繕をしてるけど、なんでこの家はこんなにボロボロなんだろう…?
辺りをきょろりと見渡していると、和やかにお茶を飲んでるファイと目が合って、ひらりと手を振られてしまった。いつものへにゃり顔で。
…なんだか、凄く、嫌な感じだ。
多分性格的に、今までの感じからしても運んでくれたのはファイだし、感謝してお礼を言うべきなんだけど、この人には近寄りがたい何かがあって、なんとなく…
「目ぇ覚めたんだねー。今黒っぴっぴが、この家の修理してくれてるところでー」
「黒鋼だっつってんだろ!」
…薄れた。この人の視線と関心が黒鋼に向った瞬間、その嫌な感じ、無くなった。
…なんなんだろう、これ。
この人の外側はとても和やかで、優しくて、ふんわりしてて。
でも知ってる。外側と内側は同じではないこと。私が一番知ってる。
だって私は、私が。いつもそうだったから。
ぞく、っと背筋が寒くなる。
でもよくしてくれてるのは事実なんだから、ちゃんとお礼は言わなきゃ。
…例え、この人の内側がどんなものだったとしても、筋は通さなくては。
「…ファイ、さん」
「んー?なにー?」
「ここまで…運んで、くれて…、ありがとう…ござい、ました…」
きっちりと正座して、綺麗な姿勢で頭を下げると、ファイさんは少しの沈黙を残した。
でもぱっと笑顔になって、またふわふわ声で喋りだす。
「あはは、どうして俺が運んだと思ったの?小狼君だって居るし黒ぴーも…」
「…小狼は、さくらに…内側の、全てを…捧げてるから…。黒鋼さんは、まだ、私のこと…信用してくれて…ないみたい、ですし…、信用するに、値するようなこと、…した覚えも、ありません…だから」
「…俺が運んだと思ったの?」
「あなたは…、…平等に、優しいから…」
外側は。まだ。
それは口に出さないで、じ、っと彼の瞳だけを見つめた。
彼の瞳に映る私はただ無表情に、無感情に見上げてるだけ。
でもその姿が彼の内側にどう見えたのか、感じられたのかはわからない。
どうしてだか、私は彼が怖い。でもそれと同時にとても、とても…
…とても、なんなんだろう?わからないものが内側に渦巻いてる。
「…ところで、」
「…んー?」
「…なんで…このお家は、こんなに、…ボロボロ…なんでしょう…」
その言葉に「あははー時間差ー」とけたけた笑うファイと、「よくあの轟音の中で寝てられるな…」と小さく呟く黒鋼と。
ただ状況把握が出来ていない私が首を傾げる、なんとも愉快な空間が出来上がってしまったのだった。
とりあえずファイさんにどうぞー、とお茶を煎れてもらったんだけどこのお茶、多分よそ様のものだよね…
この家も多分。…飲まないわけにはいかないし、口をつけたのなら何か持て成してもらったのと同じこと。
…等価交換、何かを受け取るにはそれ相応の対価を支払わなければ。
…仕方ない。今日はとても天気がいいし、ここら辺に海はないみたいだし…
それに海と相性はよくない、木材だし。
だったら…
「『…私の、空よ…私に…応えて…』」
ぽつりと囁きを空に与えると、ふわりと風が舞い込んできた。
さくらより長い髪がはたはたと靡いていく。
多分瞳の色も蒼い色に変わって、空の色をそのままに映してるのだと思う。
自分自身では見たことはないけど、桃矢兄様がそう言ってた。
するとゆっくりと散らばった木材が浮かび上がり、黒鋼さんの元へと集められていく。
「『……私の、海よ…声に気づいて…、空よ…海よ…私に言葉を…』」
そこまで言うと後は早く、綺麗に元あった形に木材が並べられていき、天井に大きく開いた穴は塞がった
「『どうか、聴かせて。…私は…空…海を…愛し…慈しむ…』」
そしてふわり、最後に私を囲むように大きな風が舞い込んだ後、
指で宙に大きく円を描いて「『終』」と呟くと、風は止んだ。
…流石に万全の体調じゃない今、これを使うと来るな…
負荷がかかりすぎる。他の力よりは空と海を媒介とした力は相性がいいはずなんだけどなあ…
天気が悪いともっと負荷がかかる。でもこんなに晴れていてこれ…凄く性質が悪い。
「……。…、……あの、いい感じに、並べられたと、思う…ので…あとは、釘を打って…、もらえ…ますか…」
まともに自己紹介したわけではない私が、なんとなく彼の名を呼ぶのは躊躇われて、
結局躊躇したから変な間が出来てしまった。
彼は返事の代わりに釘を打つ音で返してくれて、まあ、それでもいい方だろうと少し足を崩して壁に寄りかかる。
少し、疲れた。いや、とても疲れた。これじゃ何かあった時対処できないよね…
相性がいい空と海に手伝ってもらってこんなに疲労していて、
敵襲とかあったら、もう…致命傷を負ってしまったら手遅れ…でも
私は何故か、死なない
明らかに致命傷と思われる打撃を受けたのに。異常なほどの耐久力がある
「…今の…」
目を瞑って思案していると、ファイが少しだけ驚いたような顔をしながら呟いた。
ある意味独り言のようにも取れたけど、視線はこちらへ向いてるし…
なら、私も独り言で返そうか。
別に知られても支障はない。どうせ旅を続けていればいずれ知られる力だから。
「空と…海は…いつでも…力になってくれる…ほんの、少しだけ…今みたいな力、を…」
それは、前の世界でも、こんな超能力のような形じゃなくても、そうだった。
いつだって、二つは私の傍にあったから。
「…眠っちゃったねー」
「…もう一人の姫も、こんな力持ってんのか」
「さぁ、小狼君に聞けばわかるかも。…でも…この子の場合…」
「……なんだ」
「…この力の源は…空と海と言ってたけど…何処からも感じられない…それってちょっとおかしいねー…」
この子、"何"だろうねー?
遠くで、声が聞える。
私と彼は、同じだった。
多分同じに近かった。