外側と内側に触れる
1.阪神共和国
阪神城の一番高くに飛び上がったと息を吐いた瞬間、目の前が真っ白になった。
チカチカと目の前で何かが瞬いてる。
何が起こったのかわからないまま身体は下へと落ちていき、下へ下へ、地面へと近づいて。
ついには私の身体はそこに強く叩きつけられた。
背中から落ちたために息も出来なくて、喘ぐような潰れた声しか喉からは出ない。

…痛い。物凄く痛い…そのはず、でも、熱さは感じても痛みは感じない。
多分、アドレナリン大放出なんだろう。痛みも麻痺してる。
でも、意識はなんである?阪神城だって伊達じゃない、あの高さから落ちて私、なんでこんなにしっかり意識を保ってられるの…?

比較的影になりやすい裏手に落ちたからか、誰も私の姿に気がつかない。
プリメーラちゃーん!!なんていう歓声だか喚声が響き渡ってて、頭がぐわんぐわんするばかりだ。


「…ゲホッ…うぇ……」


吐き気が酷い。なんでだ?頭が熱くて、触ったら血が流れてたから、多分私は小狼たちの戦いで飛んできた瓦礫にぶつかって、落ちたんだと思う。
でも…
…おかしい。これじゃ、まるで規格外なびっくり人間だ。
…人間だよ。私は人間。でも普通の人間じゃこんな現象ありえない…
起き上がってみても骨も折れていない。血は出てるけど、よろけて息をするのも苦しいけど、でもまともに生きてる。

…私は、たしかに桜と共に二人一緒に生まれた…
なら私も普通の人間、侑子さんも何も言ってなかった、なんで…
考えること、疑問点はいくらでも浮かび上がる。…でも。


「…探さ、なきゃ……」


私はこんな所で躓いてられない。死んでたまるかって、強く思っていたから兎様も助けてくれた。
私の中にいる兎様は大慌てしているのか空気が揺らいでるけど、ごめん、もう少し手伝ってね。

私が目的を見失わない限り。自分も見失わないし、自分を支えてくれる力にも見捨てられない。
桜が神の愛娘として特別な力を秘めているように、私にも力が秘められてる。
だから力に見捨てられないように。私の中身を探す。

…多分モコナは私の羽根を完全に感知出来ないし、微かに感じるレベルだ。
でもモコナはさくらたちのためにある。
私じゃない…だから


「『…私の、空よ…私に応えて……私の、海よ…声に気づいて…、空よ…海よ…私に言葉を…』」


どうか、聴かせて。




「……空?…海…?」


ぷつり、突然テレビがついて、映像が流れるように、唐突に視界が変わって、これは夢だと気がつく。何故あの瞬間からいきなり夢に入り込んでしまったのか、でも意味のある夢を沢山みてきた私は、これは現実ではない夢の中の空気だとしっかりと認識出来てしまう。
見渡せばそこには前の私…小さな頃の、私の姿があった。普通の黒髪で、普通の黒目をしてる。
恐らく父親らしき人から大きな箱を受け取って、目をキラキラ輝かせてた。
…箱の写真を見るに、中は電化製品?…
中身を失ってからというもの私自身のこともよくわからなくなってしまったけど、小さな私はそれがとても欲しかったみたいだ。
なんとなく子供らしくない子供すぎて複雑…。

時間枠が移り変わって、小さな私は箱の中に入っていた箱に釘付けになってる。
…それ、なんだっけ。とても懐かしい。
心地いい音がする。オルゴールのような綺麗な音ではないけど、
私にとってはそれが馴染み深く…

私は、それを使ってあの時……

……あの時、何をしたの?



「……ぁ……?」


目が覚めた。天井は見慣れた木製のもの。
模様が顔に見えるだとかそんな恐ろしいことはなく、私、最近こういうの多いなあ…と肩の力が抜けた。
でも、ふと気がつくと近くの部屋が騒がしいことに気がつく。
…小狼?さくらも、小さな和室に布団が敷かれていて、そこに眠っていた。小狼が手に持った羽がさくらの胸に入り込んでいく。
普通に考えれば異質な光景だけど、それが一番求めていたことだ。

…というか、私、別にこの部屋に寝かされてるわけじゃない。私…なんで


「あ、目ぇ覚めたー?」
「………」
「…もしかして寝ぼけてたりー?」
「……降ろして、いただけます…?」


…この白いへにゃ顔の男に抱えられているのだろう。
そりゃ小狼も寝かされたさくらも上からよく見えるはずだ。
この人男はとても背が高い。私とさくらに比べたら遥かに。

私の言葉に突っかかることも茶化すこともなく、素直に降ろしてくれた彼にぺこりと一礼する。
察するに彼は倒れていた私を拾ってきてくれたんだろう。感謝しなきゃいけない…

……でも、なんで?誰一人存在に気がつかなかった私を、彼が?
じ、っとその目を見つめてみると、薄ら寒く感じるものがあり、へにゃ、っとにこやかに笑われても和むこともできない。…なんだか、彼を見てると、とても、苦しくなる。
ふい、っと視線をそらして私はさくらの元に向かう。


「…あなた、だぁれ?」

目が覚めたさくらは、懸命に手を握る小狼に向けて小さく問いかけた。
羽根をもう一つ手に入れて、さくらの中に戻して。一生懸命尽くして、
目が覚めた瞬間、突き放される。
きっと羽根を取り戻していく度に私のことも思い出す。桃矢兄様や神官の雪兎さんのことも、お城の人のことも心優しい砂漠の街の人々のことも。
でも、小狼のことだけは思い出さない。
小狼が差し出した対価はさくらとの関係性。とても、とても大切なもの。

私たち双子を平等に扱ってくれた小狼が、とても多くの心を注いださくら。
そう、平等に。表面上も、仕草も外側の全ては。でも内側だけは違った。
それは必要なことだった。それが人間として当たり前の現象だ。
私たちは"同じ"ではない。でも、それはとても、悲しいことで、
小狼に愛されたかったのではなくて、心をもらいたかったのではなくて、

多分。
世界に受け入れられたかった。


「おれは小狼。あなたは桜姫です。…どうか落ち着いて聞いてください」


小狼はそれでも笑顔で説明した。
さくらが他の世界の姫であること。記憶を失っていて、それを集める旅をしていること。
一緒に旅をしている人がいること。
自分も一緒だということ。
そして


「…知らない、人なのに…?」


そのさくらの言葉にそうだと、静かに頷いた。
静かに、静かに、心乱すことなく。外側はとても揺らぐことなく感じる。
でもそうだとしても内側は…?


「サクラ姫初めましてー。ファイ・D・フローライトと申します。で、こっちはー」
「黒鋼だ」
「モコナ=モドキ!モコナって呼んでっ」


さり気なく入り込んだ白…ファイが自己紹介を始めて、黒鋼とモコナもそれに続いた。
和やかに展開していく会話。小狼はその輪に背を向けて、雨降る外へと一人出て行く。
…やっぱり、外は同じでも、内側はそう上手くいかないんだね。

私も小狼から視線をそらしてそこに近づいて、す、っと正座をすると黒鋼の視線がこちらに向う。
…もう慣れっこだ、なんて考えながら、静かに笑ってみた。


「…こんにちは、さくら…おはよう」
「……あな、たは…?」
、と呼んでね。…私は、あなたの…双子の…姉です…」


スムーズに会話が進んで行ったその最中、
瞬間背中から一瞬だけ重い空気を感じて。
何故だかそれがとても怖くなって、息を吸って吐息のように私の"力"を呼んで、弾き飛ばす。
…何、今の?
なんだか、とても覚えがある感覚…。でも、さくらは私の言葉を受けてなんだか眉を下げて考えてるし、ふわ、っと和らげるように笑うしかなかった。

…私、負い目がある。とてもとても深い根を張った罪悪感。
何故だか今思い出した。

私はさっき、ファイに拾われてくる前に夢を見て、その夢を見る前に…
さくらが羽根を取り戻したように、私も自分の中身…羽根を取り戻していて。
その中には、私…



「……」



誰かが笑ってた。私はそれを受けて、ただ箱を見ていた。