思いを馳せた終わりに躓く
1.阪神共和国
「わいは有洙川空汰」
「嵐です」
二人の男女。短髪の元気な関西弁の男は、空汰と名乗り、綺麗な長い黒髪の女は嵐と名乗った。
なんとなく見覚えのあるシルエットだと考えていれば、
二人は息ピッタリにある意味シュールにこの場を進行させて行き、
奥さんだという嵐さんののろけっぷりをたっぷり見せてくれた所で、黒い人だけに手を出すなと牽制するものだから黒い人は怒ってるけど、ある意味見事なボケとツッコミだ。
「さて、とりあえずあの魔女の姉ちゃんにこれあずかって来たんやな」
「モコナ=モドキ!」
空汰さんはモコナを手の平に乗せると友好的に会話しながら、「事情はそこらの兄ちゃんに聞いた。とりあえず兄ちゃんら、プチラッキーやったな」と軽やかに言うものだから、白い人…ファイが「どのへんがー?」と聞いた
すると空汰さんは、モコナは次に行く世界は選べない、それで一番最初の世界が此処だというのなら幸せ以外の何もんでもないと笑い、窓に手をかけた。
そして開かれた窓から吹いてきた風に、膝に顔を埋めていた私も視線を上げた。
「ここは、
阪神共和国やからな」
空汰さんが説明する阪神共和国の特徴を聞くと、まるで元の世界の日本のようだと思った。島国、海に囲まれて四季がある、台風は来るけど地震は無いというのは差異だろうけど、世界観も人々の暮らしも習慣もきっと近い。
一種のパラレルワールドなんだろう。大方は同じ。
…ただ一つの大きな"当たり前"を除いては。
日本と言っても黒い彼の居たはずの日本国、だっけかとも違うし。
あそこはどういう国だったっけ…ぼーっとする眠く働かない頭に加えて、
色んな記憶も知識も失ってしまって、半分残っていても、まるで自分が自分のように感じられない。自分という自我を形成していた塊が無くなってしまったのだから当たり前だろうけど…
以前よりも、ずっと思考が薄くなる
自分も、空気も、時間も音も何もかもがとても遠くて。
妻の嵐さんとやっているという下宿屋の空き部屋だというその部屋で始まったのろけ話や冗談からかいの飛ばしあいを聞きながら、すぅ、っと目を瞑ったとき。
「そこ、寝るなー!!」と大きな声が聞えたかと思うと何かを叩いたような大きな音が聞こえて、思わず肩が跳ねた。
状況把握に遅れたけど、黒い人に何かがぶつかったらしく、
気配もなかったそれに驚いていて。何を使ったのかと探るようなその騒ぎように空汰さんはぱちくりと目を瞬かせながら言った。
「何って、くだん使ったに決まってるやろ」
くだん、くだん…
くだん…?
この世界には明らかに現代日本オリジナルとは違う差異があって、それがその"くだん"なのだということは理解しているけど、
そのくだんの漢字が分からない。
それに、それがどんなモノだったかも…
考えれば考えるほど眠くなってくる。難しいことを考えたり難しい本を読むと眠くなるというけど、思考能力が落ちた頭ではそれを思い出そうと唸る、それだけの簡単なことさえ眠くなるらしい。
その眠気には抗い難くて、周りの人たちが"くだん"談義に夢中になってる間に、
先ほどまで私が寝かされていた布団に横になり、丸くなった瞬間に眠りに落ちてしまい、
自分の意思の弱さに少し嫌気が差した。
そして次の瞬間。
暗闇の中に居る自分を自覚した。
それはおかしいことだ。普通、眠りに落ちた瞬間を覚えてることはないし、
夢に入り込んだ瞬間も覚えていない。少なくとも私はそうだった。
だから不思議に思って回りを見渡すと、そこには何もなくて…
…いや。足元に…これは…
「…兎?」
「どーもーっいやーいやー最近どうですー?もうかってますー?」
…関西弁の白兎?
私はびっくりしすぎて声も出ず、ただ瞬きを繰り返すことしか出来ず、ようやっと声を振り絞ったときには兎はじれったそうにしていた身体を元気いっぱいに跳ねさせて全力で喋る。…もちろん、方言で。
「ぼ、ぼちぼち…です…?」
「いやーそうでっかー。まあまあ思ってたより元気そうやね、安心安心やねー」
「あの…どちらの…兎様、ですか…」
「あーちょっとあんさんに聞きたいことがあったんよー。ちょっとええかー?」
兎が、この喋る兎様が私に聞きたいことってなんだろう。私はなんて夢を見ているんだろう。なんの自己の抑圧、暗示だろう。
…"前"までならきっとそう思っただろうけど、今の私は稀に特別な夢を見る。
そしてその夢は、特別な場所に繋がっていたり、そこから不思議な輪や縁が出来てしまったり、こうして…
「でなでな、単刀直入に言うけどなぁ」
あんさん
結局の所、何を望んでるんや?
「……兎に説教された…」
不思議で意味深なお言葉を頂戴してしまったりする。
…目が覚めた。目覚めはあまりよくなかった。
今でも脳裏の裏にはっきりと浮かぶ、雪兎のように愛くるしい姿をした小さな兎の姿。
が、喋るだけでもギャップだというのに、その中身は印象に残るぐいぐい来るような関西弁キャラ。
しかも、最後なんだか窘めるような、若干兎も困っていたような、まるで問題児を抱えた先生のような姿に見えて、私はごしごしと目を擦った後にゴツンと頭を殴ってみた。
痛い。これは紛れもない現実だ
部屋の中は一人。布団も一組。あの後眠気眼ながらも、部屋分けの際に小狼とさくらの部屋に組み込まれるのは流石にお邪魔虫だと自覚していたので、
強引に一人部屋を確保したのだ。
流石に黒い人と白い人の部屋にお邪魔するのは嫌だ。
華がないし何より二人ともそれなりにガタイがあるから狭い。
夜中まではモコナが気を使って小狼とさくらの部屋から来てくれていたみたいだけど、
どうやら一人きり。
…少し、安心した。肩の力が抜けた。少しだけ、自分の本当の息をした。
…そう、この部屋には一人きりだと思い込んでたのだ。
だからこそこんなにごろんと大胆に二度寝でもしようかと転がったのに。
顔の丁度隣に、白いお饅頭が見えた。
「ぷぅ、みたいな!」
「……」
「みんなでこれから探索だって!も来れる?」
「………驚いた」
時間差だー!ときゃいきゃいと飛び回るおまんじゅうもといモコナ=モドキを捕まえて、今度はとてもとても大きな大きなため息を吐いた。
さっきの小さな息も本当の肩の力が抜けたため息だったけど、今度は全身脱力してしまった。
…ある意味これも、このモコナの力というか…癒しだなぁ…可愛いし…
居るだけでその場が和むんだよね…助かる助かる。
私は手櫛で軽く髪を整えてから男三人に合流して、「遅く、なって、すみません」と頭を下げて。
しっかりと背筋を正す。それだけで少しだけパリッと目が覚めた気がするから。やっぱり朝は、こうしないと気を引き締められない。本当なら深呼吸つきでやりたいけど、
人目は気になる。
だからまだいつもより半分眠い。でも、自分のことだから自分でやらなきゃ。
きっと頼ったらいけない、これは自分の対価だから。
きっと縋ってはいけない。これは、
私にかせられた罰だから。
くぅ、と小さくお腹がなった。そういえば朝ごはんを食べてない。
さっき、小狼が一番しっかりしていそうだから!という理由でお昼ご飯代を空汰さんから預けられていたけど、ちゃんと私の分のご飯代もあるのかな。
そんな意地悪しないだろうけど、立場上なんとなく気になってしまう。
ざわざわと騒がしい町並みは少し懐かしい。本当に近くて、近くて、泣いてしまいそうな程懐かしい。
なんでここが私の"元の"じゃないんだろう。なんで私は、ここに帰る所が無いんだろう。
言わばここは私の仮想空間のようなものになっていて、
あそこの八百屋さんのような元気なお店が家の近所にあっただとか、
ネオンの看板だとか、テレビでみた関西の景色だとか、何気ない街人の日常のフツーの会話を聞くだけで苦しい。
プチラッキーなんかじゃないよ、空汰さん。私にとって、旅も始まったばかりの一番最初から、後ろ髪を引かれるような、いつまでもここに残ってしまいたくなるような懐かしさはとても重荷なのに。
…なのに。私は、いつまでも。
「…何みてるのー?」
「……?……ああ……金融機関です」
「…なんだか渋いチョイスだねー…」
「…渋い、というか……なんだか…懐かしくて……」
「…一国のお姫様に何があったのか、気になり所だなー…」
へにゃりと隣で笑う彼はとても辛い。いや、何がというと、背が思いのほか高くて、
見上げると首が痛いくて。
それに気がついたらしい白い人…ファイさんは少しだけ屈んでくれた。
私はさくらと双子。大体同じ背丈分しかないのに、さくらはこんな思いを我慢し続けていたのだと思うと、
あの子の強さは本当に尊敬する。首が痛くて泣きそうだ。こんなこと今まで無かったのに。
…そう思うと、本当にあそこ…ここに来るまで桜といた玖楼国では、桃矢兄様もみんなもさり気なく気遣ってくれていたのだと離れて初めて実感した。
「…ありがと…」
「いーえ。というか、そろそろ歩かないと前方二人…三人においてかれるかもー?」
「……小狼…」
遠くに見える小狼が目に見えて困っている。私が見たことのある気がする金融機関に釘付けになっているとは知らず前に進んでしまったらしい。
小狼ならて絶対に駆け寄ってきてくれるけど、ファイさんが進んで迎えに来てくれたらしく、黒い人をからかって遊ぶモコナととろとろしてる私の板ばさみになって困りに困ってしまっていて、本当に苦労人だと感じた。
ちらりと彼を見上げると、へにゃりと笑った自然な笑顔を崩さず視線で返される。
じ、っとその目を見つめても、何も含みはない。むしろ、何も色も揺れも感情も無い、
いやな無さすぎるそれが違和感に感じてしまう。
「なにかー?」
「…いいえ…」
その違和感が、彼に対して負い目を感じてる私には、少しだけ怖かった。
1.阪神共和国
「わいは有洙川空汰」
「嵐です」
二人の男女。短髪の元気な関西弁の男は、空汰と名乗り、綺麗な長い黒髪の女は嵐と名乗った。
なんとなく見覚えのあるシルエットだと考えていれば、
二人は息ピッタリにある意味シュールにこの場を進行させて行き、
奥さんだという嵐さんののろけっぷりをたっぷり見せてくれた所で、黒い人だけに手を出すなと牽制するものだから黒い人は怒ってるけど、ある意味見事なボケとツッコミだ。
「さて、とりあえずあの魔女の姉ちゃんにこれあずかって来たんやな」
「モコナ=モドキ!」
空汰さんはモコナを手の平に乗せると友好的に会話しながら、「事情はそこらの兄ちゃんに聞いた。とりあえず兄ちゃんら、プチラッキーやったな」と軽やかに言うものだから、白い人…ファイが「どのへんがー?」と聞いた
すると空汰さんは、モコナは次に行く世界は選べない、それで一番最初の世界が此処だというのなら幸せ以外の何もんでもないと笑い、窓に手をかけた。
そして開かれた窓から吹いてきた風に、膝に顔を埋めていた私も視線を上げた。
「ここは、
阪神共和国やからな」
空汰さんが説明する阪神共和国の特徴を聞くと、まるで元の世界の日本のようだと思った。島国、海に囲まれて四季がある、台風は来るけど地震は無いというのは差異だろうけど、世界観も人々の暮らしも習慣もきっと近い。
一種のパラレルワールドなんだろう。大方は同じ。
…ただ一つの大きな"当たり前"を除いては。
日本と言っても黒い彼の居たはずの日本国、だっけかとも違うし。
あそこはどういう国だったっけ…ぼーっとする眠く働かない頭に加えて、
色んな記憶も知識も失ってしまって、半分残っていても、まるで自分が自分のように感じられない。自分という自我を形成していた塊が無くなってしまったのだから当たり前だろうけど…
以前よりも、ずっと思考が薄くなる
自分も、空気も、時間も音も何もかもがとても遠くて。
妻の嵐さんとやっているという下宿屋の空き部屋だというその部屋で始まったのろけ話や冗談からかいの飛ばしあいを聞きながら、すぅ、っと目を瞑ったとき。
「そこ、寝るなー!!」と大きな声が聞えたかと思うと何かを叩いたような大きな音が聞こえて、思わず肩が跳ねた。
状況把握に遅れたけど、黒い人に何かがぶつかったらしく、
気配もなかったそれに驚いていて。何を使ったのかと探るようなその騒ぎように空汰さんはぱちくりと目を瞬かせながら言った。
「何って、くだん使ったに決まってるやろ」
くだん、くだん…
くだん…?
この世界には明らかに現代日本オリジナルとは違う差異があって、それがその"くだん"なのだということは理解しているけど、
そのくだんの漢字が分からない。
それに、それがどんなモノだったかも…
考えれば考えるほど眠くなってくる。難しいことを考えたり難しい本を読むと眠くなるというけど、思考能力が落ちた頭ではそれを思い出そうと唸る、それだけの簡単なことさえ眠くなるらしい。
その眠気には抗い難くて、周りの人たちが"くだん"談義に夢中になってる間に、
先ほどまで私が寝かされていた布団に横になり、丸くなった瞬間に眠りに落ちてしまい、
自分の意思の弱さに少し嫌気が差した。
そして次の瞬間。
暗闇の中に居る自分を自覚した。
それはおかしいことだ。普通、眠りに落ちた瞬間を覚えてることはないし、
夢に入り込んだ瞬間も覚えていない。少なくとも私はそうだった。
だから不思議に思って回りを見渡すと、そこには何もなくて…
…いや。足元に…これは…
「…兎?」
「どーもーっいやーいやー最近どうですー?もうかってますー?」
…関西弁の白兎?
私はびっくりしすぎて声も出ず、ただ瞬きを繰り返すことしか出来ず、ようやっと声を振り絞ったときには兎はじれったそうにしていた身体を元気いっぱいに跳ねさせて全力で喋る。…もちろん、方言で。
「ぼ、ぼちぼち…です…?」
「いやーそうでっかー。まあまあ思ってたより元気そうやね、安心安心やねー」
「あの…どちらの…兎様、ですか…」
「あーちょっとあんさんに聞きたいことがあったんよー。ちょっとええかー?」
兎が、この喋る兎様が私に聞きたいことってなんだろう。私はなんて夢を見ているんだろう。なんの自己の抑圧、暗示だろう。
…"前"までならきっとそう思っただろうけど、今の私は稀に特別な夢を見る。
そしてその夢は、特別な場所に繋がっていたり、そこから不思議な輪や縁が出来てしまったり、こうして…
「でなでな、単刀直入に言うけどなぁ」
あんさん
結局の所、何を望んでるんや?
「……兎に説教された…」
不思議で意味深なお言葉を頂戴してしまったりする。
…目が覚めた。目覚めはあまりよくなかった。
今でも脳裏の裏にはっきりと浮かぶ、雪兎のように愛くるしい姿をした小さな兎の姿。
が、喋るだけでもギャップだというのに、その中身は印象に残るぐいぐい来るような関西弁キャラ。
しかも、最後なんだか窘めるような、若干兎も困っていたような、まるで問題児を抱えた先生のような姿に見えて、私はごしごしと目を擦った後にゴツンと頭を殴ってみた。
痛い。これは紛れもない現実だ
部屋の中は一人。布団も一組。あの後眠気眼ながらも、部屋分けの際に小狼とさくらの部屋に組み込まれるのは流石にお邪魔虫だと自覚していたので、
強引に一人部屋を確保したのだ。
流石に黒い人と白い人の部屋にお邪魔するのは嫌だ。
華がないし何より二人ともそれなりにガタイがあるから狭い。
夜中まではモコナが気を使って小狼とさくらの部屋から来てくれていたみたいだけど、
どうやら一人きり。
…少し、安心した。肩の力が抜けた。少しだけ、自分の本当の息をした。
…そう、この部屋には一人きりだと思い込んでたのだ。
だからこそこんなにごろんと大胆に二度寝でもしようかと転がったのに。
顔の丁度隣に、白いお饅頭が見えた。
「ぷぅ、みたいな!」
「……」
「みんなでこれから探索だって!も来れる?」
「………驚いた」
時間差だー!ときゃいきゃいと飛び回るおまんじゅうもといモコナ=モドキを捕まえて、今度はとてもとても大きな大きなため息を吐いた。
さっきの小さな息も本当の肩の力が抜けたため息だったけど、今度は全身脱力してしまった。
…ある意味これも、このモコナの力というか…癒しだなぁ…可愛いし…
居るだけでその場が和むんだよね…助かる助かる。
私は手櫛で軽く髪を整えてから男三人に合流して、「遅く、なって、すみません」と頭を下げて。
しっかりと背筋を正す。それだけで少しだけパリッと目が覚めた気がするから。やっぱり朝は、こうしないと気を引き締められない。本当なら深呼吸つきでやりたいけど、
人目は気になる。
だからまだいつもより半分眠い。でも、自分のことだから自分でやらなきゃ。
きっと頼ったらいけない、これは自分の対価だから。
きっと縋ってはいけない。これは、
私にかせられた罰だから。
くぅ、と小さくお腹がなった。そういえば朝ごはんを食べてない。
さっき、小狼が一番しっかりしていそうだから!という理由でお昼ご飯代を空汰さんから預けられていたけど、ちゃんと私の分のご飯代もあるのかな。
そんな意地悪しないだろうけど、立場上なんとなく気になってしまう。
ざわざわと騒がしい町並みは少し懐かしい。本当に近くて、近くて、泣いてしまいそうな程懐かしい。
なんでここが私の"元の"じゃないんだろう。なんで私は、ここに帰る所が無いんだろう。
言わばここは私の仮想空間のようなものになっていて、
あそこの八百屋さんのような元気なお店が家の近所にあっただとか、
ネオンの看板だとか、テレビでみた関西の景色だとか、何気ない街人の日常のフツーの会話を聞くだけで苦しい。
プチラッキーなんかじゃないよ、空汰さん。私にとって、旅も始まったばかりの一番最初から、後ろ髪を引かれるような、いつまでもここに残ってしまいたくなるような懐かしさはとても重荷なのに。
…なのに。私は、いつまでも。
「…何みてるのー?」
「……?……ああ……金融機関です」
「…なんだか渋いチョイスだねー…」
「…渋い、というか……なんだか…懐かしくて……」
「…一国のお姫様に何があったのか、気になり所だなー…」
へにゃりと隣で笑う彼はとても辛い。いや、何がというと、背が思いのほか高くて、
見上げると首が痛いくて。
それに気がついたらしい白い人…ファイさんは少しだけ屈んでくれた。
私はさくらと双子。大体同じ背丈分しかないのに、さくらはこんな思いを我慢し続けていたのだと思うと、
あの子の強さは本当に尊敬する。首が痛くて泣きそうだ。こんなこと今まで無かったのに。
…そう思うと、本当にあそこ…ここに来るまで桜といた玖楼国では、桃矢兄様もみんなもさり気なく気遣ってくれていたのだと離れて初めて実感した。
「…ありがと…」
「いーえ。というか、そろそろ歩かないと前方二人…三人においてかれるかもー?」
「……小狼…」
遠くに見える小狼が目に見えて困っている。私が見たことのある気がする金融機関に釘付けになっているとは知らず前に進んでしまったらしい。
小狼ならて絶対に駆け寄ってきてくれるけど、ファイさんが進んで迎えに来てくれたらしく、黒い人をからかって遊ぶモコナととろとろしてる私の板ばさみになって困りに困ってしまっていて、本当に苦労人だと感じた。
ちらりと彼を見上げると、へにゃりと笑った自然な笑顔を崩さず視線で返される。
じ、っとその目を見つめても、何も含みはない。むしろ、何も色も揺れも感情も無い、
いやな無さすぎるそれが違和感に感じてしまう。
「なにかー?」
「…いいえ…」
その違和感が、彼に対して負い目を感じてる私には、少しだけ怖かった。