終わりなき世界をこの手に
1.阪神共和国
"この世界"に生まれて泣いた。
訳もわからなかったけど、此処が何処だかわからなかったけど、泣いた。
一つだけ理解していたから。
私は死んでしまったことだけを。
だからこそ私は生れ落ちたのだと気がついたから、泣いた。
私の前の世界は苦痛の塊だった。罪の意識を抱くばかりの世界だった。
でも、相反するように、とても大好きだった。大好きな父と母がいて、
下に生まれたきょうだいたちが居て。
幸せだったんだ。とても、幸せで暖かくて涙が溢れてしまうくらいで。
一人ベッドで泣いていた。
だけど、きっとこの世界で同じ理由で一人で泣き明かすことはもうない。
それは開放されたことだと思ったけど、違う。
魂は、前世の罪も因果も背負ってまた生れ落ちる。罪が消えたわけじゃない。
なら、きっと。
同じなんだろう。
「…」
「…桃矢兄様」
「お前、また泣いてるのか。さくらが探してたぞ」
「…、泣いていません。さくらには…言わないでください…」
「…嘘つけ。目からぼたぼた零れてるそれが、汗だってーのか?…さくらには、いつも通り言わねーよ」
「……違う。…兄様…これは、涙じゃなくて」
違う、兄様
違うんです。
朝の空気は清浄な気が流れてて気持ちがいい。
その風の音に耳を傾けながら、綺麗なものへ向けて毎日私は同じことを続けるんです。
兄様、兄様、違うんです
私は悲しくて泣いているだとか。そんな綺麗なことは出来ません、ただ、ただ、
世界に、空に、時間に、空間に、因果に、この世の全てに
全てに
「…この方は、さくら…、…さくら姫の、双子姉の、姫です」
「へー、でも、なんでここに居るんだろうねー。」
「……願いが、あった」
「…うーん、それと、大切なものを失くした…もしかしてそれってー…」
「……、」
「でも」
何で泣いてるんだろうねー?
そんな間延びのするような男の声と、聞きなれた男の子の声が聞えて、
寝ぼけ眼で考えた。
…夢を見ていた。
今までいた所の朝
毎朝の信仰深い人間の祈りのような行為
欠かさず行わなければ、許されないとどこかで疑心暗鬼になっていた日々
その日々を
そこから遡って"そこ"で過ごした日々を思い出してみたけど、どこも欠けずに覚えていて、
小さくため息を吐いた。私が失ったものはこれではない。
当たり前というべきことだけど…
やっぱり、少し胸が痛い。
ゆっくり起き上がるとくらりと頭が歪むような感覚がしたけど、「姫!」と小狼が叫ぶのが聞えて、そちらを向いた
「あ……」
「…?」
「俺は…」
すると、小狼は何故だか私の瞳を見るとうろたえるように、なんと言葉をかけて良いのか分からない、とでも言いたげに視線をさ迷わせた。
私に何かついていたか、相当髪が乱れているのかとペタペタと身体や頭、頬を触ってみたけど、何も無い。
ぼーっとする頭を必死に回転させてみると、一つのことに気がついた。
…そうだ…
さくらは、あの子は、記憶を失ってる…全ての記憶。そして、小狼の。それが対価だから。だから、さくらと同じように全て記憶を失っているのかも、自分のことも分からないと思ったのだろう。
私はさくらと並ぶように布団に寝かされていたようで、きっちりと正座して姿勢を正すと、黒い服を纏った男から含みが篭った視線が向かった。
それも気にせず私は口を開いた。
「…小狼」
「…!……姫…」
「久…しぶり…?いや、久しぶり、じゃ、ないかも…?…ううん、おかえり…帰ってきてから、会って、なかったね…」
「…姫…記憶が…」
「記憶…うん…ある」
ゆったり、ゆったりとしか喋れず、それはいつものことだったけど、
普段よりも顕著に現れていた。
私の中のモノを失ったことで思考能力が下がってる。今まであったものがごっそり失われて居るのだから、当たり前とも言えるだろう。
昔から頭の中では回転が速くても、なかなか言葉にするのが難しいタイプの人間だったから、全てが輪にかけてスローに、スローになってしまっていて。
周りからみたら傍迷惑な話だろうと少し頑張ろうと考えてみたり。
すると何か言いたげで、でも何も言えない小狼の言葉を代弁するように「はいはーい、姫様は、なんでここにー?」とへらへらと笑いながら言った。
「…初めまして…?と申します…」
「あ、俺はファイですー。が長いので、ファイでー」
「では、ファイさん…?私は、願いが、あったので…見ていたと、思いますが…?」
「あははー疑問系だー」
まあそれはあそこに来た時点で分かっていたと思うけど、とりあえず前置きとして。
私はゆっくり瞑目しながら呟く
「失った、ものが、あるので」
「…それってもしかしてー?」
「さくらと…同じ…、羽根、です…でも…
覚えてます」
そう言うと小狼は複雑そうな顔をしていて、ファイもへらっと笑いながらも何か思案しているように見える。
後ろに控えてる黒い男からは胡散臭そうに見るような視線とピリピリとした警戒心。
それも妥当だろうと思いながら、やっとあの店で怪我した足の痛みを自覚してふと視線を下げると、そこには綺麗に包帯が巻かれていて、誰がやってくれたんだろうと考えた。
小狼は私たち二人に平等に優しい。
お姫様だから。双子だから。さくらの、双子の姉だから。
でも、本当の心はさくらにしか向かわない。
平等に見えて平等じゃない。心とはそういうものだと分かっていたけど、
きっと小狼なら手当てはしてくれると思ったから、もしかしてと聞いてみようと思ったら、
扉が開いた。
「よう!目ぇ覚めたか!」
そこにはお皿を抱えた二人の男女が居て、それを見て暫く考えると、あれ、
ファイが小狼の服に羽根が引っかかっていたと告げるシーンはとっくに終わっていたんだと思い至った。
でもそこからの記憶が曖昧で、それも当然かと少し心が不安になった。
当たり前。そう、当たり前
だから探すんだ。
私は大切なものを。
私は。
半分失くしてしまった、前世の記憶を。
正座の姿勢から立ち上がる私を見て、黒い男がとても驚いたような眼をしていたので、ちらりと視線を向けると睨むような視線とかち合ってしまって、
それでも何も思い当たらなかったために暫く睨めっこを続けていれば、
部屋に入ってきた関西弁の男に絡まれてその黒い人はすぐに視線外した。
私はふぅ、っと息を吐いて部屋の隅で体育座りをした。
「取り戻すよ、お父さん、お母さん、…空、海…」
私の世界を。
1.阪神共和国
"この世界"に生まれて泣いた。
訳もわからなかったけど、此処が何処だかわからなかったけど、泣いた。
一つだけ理解していたから。
私は死んでしまったことだけを。
だからこそ私は生れ落ちたのだと気がついたから、泣いた。
私の前の世界は苦痛の塊だった。罪の意識を抱くばかりの世界だった。
でも、相反するように、とても大好きだった。大好きな父と母がいて、
下に生まれたきょうだいたちが居て。
幸せだったんだ。とても、幸せで暖かくて涙が溢れてしまうくらいで。
一人ベッドで泣いていた。
だけど、きっとこの世界で同じ理由で一人で泣き明かすことはもうない。
それは開放されたことだと思ったけど、違う。
魂は、前世の罪も因果も背負ってまた生れ落ちる。罪が消えたわけじゃない。
なら、きっと。
同じなんだろう。
「…」
「…桃矢兄様」
「お前、また泣いてるのか。さくらが探してたぞ」
「…、泣いていません。さくらには…言わないでください…」
「…嘘つけ。目からぼたぼた零れてるそれが、汗だってーのか?…さくらには、いつも通り言わねーよ」
「……違う。…兄様…これは、涙じゃなくて」
違う、兄様
違うんです。
朝の空気は清浄な気が流れてて気持ちがいい。
その風の音に耳を傾けながら、綺麗なものへ向けて毎日私は同じことを続けるんです。
兄様、兄様、違うんです
私は悲しくて泣いているだとか。そんな綺麗なことは出来ません、ただ、ただ、
世界に、空に、時間に、空間に、因果に、この世の全てに
全てに
「…この方は、さくら…、…さくら姫の、双子姉の、姫です」
「へー、でも、なんでここに居るんだろうねー。」
「……願いが、あった」
「…うーん、それと、大切なものを失くした…もしかしてそれってー…」
「……、」
「でも」
何で泣いてるんだろうねー?
そんな間延びのするような男の声と、聞きなれた男の子の声が聞えて、
寝ぼけ眼で考えた。
…夢を見ていた。
今までいた所の朝
毎朝の信仰深い人間の祈りのような行為
欠かさず行わなければ、許されないとどこかで疑心暗鬼になっていた日々
その日々を
そこから遡って"そこ"で過ごした日々を思い出してみたけど、どこも欠けずに覚えていて、
小さくため息を吐いた。私が失ったものはこれではない。
当たり前というべきことだけど…
やっぱり、少し胸が痛い。
ゆっくり起き上がるとくらりと頭が歪むような感覚がしたけど、「姫!」と小狼が叫ぶのが聞えて、そちらを向いた
「あ……」
「…?」
「俺は…」
すると、小狼は何故だか私の瞳を見るとうろたえるように、なんと言葉をかけて良いのか分からない、とでも言いたげに視線をさ迷わせた。
私に何かついていたか、相当髪が乱れているのかとペタペタと身体や頭、頬を触ってみたけど、何も無い。
ぼーっとする頭を必死に回転させてみると、一つのことに気がついた。
…そうだ…
さくらは、あの子は、記憶を失ってる…全ての記憶。そして、小狼の。それが対価だから。だから、さくらと同じように全て記憶を失っているのかも、自分のことも分からないと思ったのだろう。
私はさくらと並ぶように布団に寝かされていたようで、きっちりと正座して姿勢を正すと、黒い服を纏った男から含みが篭った視線が向かった。
それも気にせず私は口を開いた。
「…小狼」
「…!……姫…」
「久…しぶり…?いや、久しぶり、じゃ、ないかも…?…ううん、おかえり…帰ってきてから、会って、なかったね…」
「…姫…記憶が…」
「記憶…うん…ある」
ゆったり、ゆったりとしか喋れず、それはいつものことだったけど、
普段よりも顕著に現れていた。
私の中のモノを失ったことで思考能力が下がってる。今まであったものがごっそり失われて居るのだから、当たり前とも言えるだろう。
昔から頭の中では回転が速くても、なかなか言葉にするのが難しいタイプの人間だったから、全てが輪にかけてスローに、スローになってしまっていて。
周りからみたら傍迷惑な話だろうと少し頑張ろうと考えてみたり。
すると何か言いたげで、でも何も言えない小狼の言葉を代弁するように「はいはーい、姫様は、なんでここにー?」とへらへらと笑いながら言った。
「…初めまして…?と申します…」
「あ、俺はファイですー。が長いので、ファイでー」
「では、ファイさん…?私は、願いが、あったので…見ていたと、思いますが…?」
「あははー疑問系だー」
まあそれはあそこに来た時点で分かっていたと思うけど、とりあえず前置きとして。
私はゆっくり瞑目しながら呟く
「失った、ものが、あるので」
「…それってもしかしてー?」
「さくらと…同じ…、羽根、です…でも…
覚えてます」
そう言うと小狼は複雑そうな顔をしていて、ファイもへらっと笑いながらも何か思案しているように見える。
後ろに控えてる黒い男からは胡散臭そうに見るような視線とピリピリとした警戒心。
それも妥当だろうと思いながら、やっとあの店で怪我した足の痛みを自覚してふと視線を下げると、そこには綺麗に包帯が巻かれていて、誰がやってくれたんだろうと考えた。
小狼は私たち二人に平等に優しい。
お姫様だから。双子だから。さくらの、双子の姉だから。
でも、本当の心はさくらにしか向かわない。
平等に見えて平等じゃない。心とはそういうものだと分かっていたけど、
きっと小狼なら手当てはしてくれると思ったから、もしかしてと聞いてみようと思ったら、
扉が開いた。
「よう!目ぇ覚めたか!」
そこにはお皿を抱えた二人の男女が居て、それを見て暫く考えると、あれ、
ファイが小狼の服に羽根が引っかかっていたと告げるシーンはとっくに終わっていたんだと思い至った。
でもそこからの記憶が曖昧で、それも当然かと少し心が不安になった。
当たり前。そう、当たり前
だから探すんだ。
私は大切なものを。
私は。
半分失くしてしまった、前世の記憶を。
正座の姿勢から立ち上がる私を見て、黒い男がとても驚いたような眼をしていたので、ちらりと視線を向けると睨むような視線とかち合ってしまって、
それでも何も思い当たらなかったために暫く睨めっこを続けていれば、
部屋に入ってきた関西弁の男に絡まれてその黒い人はすぐに視線外した。
私はふぅ、っと息を吐いて部屋の隅で体育座りをした。
「取り戻すよ、お父さん、お母さん、…空、海…」
私の世界を。