冷たさの奥に伸ばす
4.ジェイド国
今回は自信ありますよっと!
金の髪の姫、子供たちが消えた街でえーと…確かお城に行って羽根を手に入れる!
犯人はヤ…いや、とりあえずだいたいのことは覚えてる。
金の髪の姫とか、北国の世界観が好きだったから。多分印象が強いのだと思う。
自信ありあり。いける。今回は一味違うよ私は。

額の痛みも収まってきたし、いざ!…の前に…
私はくるりと回れ右して、黒鋼に向かい合っていた。


「あの、ありがとう、ございました。黒鋼さん」
「んな大したことじゃねぇだろ」
「いえ、でも大切な服の一部を」
「いいっつってんだ」
「…はい、でも本当に助かりました」


霧の国で黒鋼に言いかけていたこと。
それは、黒鋼がもし紐を持っていたら貸してくれませんか?という言葉。
その言葉も虚しく強制移動して額もぶつけ、有耶無耶になってしまったけど…
よかった。
これが無かったら髪が目も当てられないことになってしまう所だったから。
高麗国でバレッタで纏めていた髪が片面だけ焼けてしまって、
ちょうどそれが結べるくらいは残っていたから横で結ってしまえばいいかと思ったんだけど…
髪留めはない。だからなんとなく髪紐じゃなくても、紐系のモノを持っていそうな黒鋼に頼んだら、
なんと首元の服の飾り紐を解いてくれて、私の手に持たせてくれた。

…本当にツンデ…いやぶっきらぼうだけど優しいお方だ。
大好きです。ご馳走です。…この変態臭い思考はもう諦めよう。あまりにも素だから。


「……むずかし…」


にしても。髪紐で結ぶというのはとても厄介だ。
現代なら細いゴムで結んでしまってからその上に、リボンで結い直してしまうなりなんなり出来るけど、生憎そんなに便利なものはないし。
固定されてないと崩れてしまって全然結ぶことが出来ない。髪が短いのも災いして本当に難しい。


「力をくれる、輝く羽根…なんだかサクラちゃんの羽根っぽいねぇ」


北の国の伝説。金の髪の美しい姫に、一羽の鳥が輝く羽根を渡して「この羽根は力です。貴方に不思議な力をあげましょう」と言ったらしい。そこから王様と后様がいきなり死んで、城下町の子供たちその羽根に惹かれるように突然消え始めた…。

二度と、帰っては来なかった。
そんな伝説を店のおじさんから聞いた。確かにそれは明らかにさくらの羽根すぎる話だ。

あれからさくらが稼いだ軍資金で服も買った。馬も買った。
後は、さくらの羽根があるっぽい北の国へ行く、だけなんだけど…
馬、乗れない…髪も結べない…一向に。
どうしよう、と馬に乗り出す黒鋼や相席するさくらと小狼を横目に焦る。とりあえず馬はなんとかなる、本で得た無駄な知識だけはあるし。
ただ、この短いわさわさした髪がとてもむず痒いことだけが問題なんだって!

悶々としているそんな中、見かねたように私の名をファイは呼んだ。
そして。


ちゃーん」
「…は?…うわっ!?な、何す…!?」
「ちょっと貸して」


そして馬の横でわさわさと髪をいじくっていた私は、その瞬間宙に浮いた。
よくよく見てみれば腹に手を回されて、ファイの乗ってる馬に乗馬させられたことがわかる。
な、なんて無茶なことを…馬鹿力…!有り得ない!と異世界パワーを再認識してる中で、
ファイは私の髪紐を奪い取り、スイスイと髪を結い始める。

なんとこの人は三つ編みまで混ぜ込んでこの短い髪をアレンジ結びしてしまった。
こんな短時間で…
驚きで声も出ない間も馬は進むし、私の分の馬が誰も乗馬せず可哀想に取り残されてるから慌てて曇り空の中の、微々たる空の力で「『ついておいで』」と馬に語りかけてあげる。
ごめんね、仲間はずれにしちゃって。あとでしっかりご飯とお水をあげよう。


「わーいい感じにホラーってるねぇ。この木の曲がり具合がまた」


そんなことをすぐ傍で話すファイだけど、私は内心では未だに呆気にとられてしまってる。

…何この人、流れるようなこの一連の動作が凄く怖い。手馴れてる感じが恐ろしい。
でもこれはフェミニストだとかそういうんじゃないのでは…?
だって。

ファイが私を見るいつもの目は。
とても冷たいから。
そう、簡単なことだった。彼の目はいつも冷たくて、でも上手く笑顔の中に感情を隠してるけど、その裏には…嫌悪。
この人は、私のことが嫌いなんだろう。

…なんで?わからない。──だから?…まただ、頭の中の雑音が凄く気持ち悪い。

いい感じのホラーに盛り上がる中で、黒鋼さんは「そりゃあどうでもいいが冷えてきたな」とぽつり呟く。
ファイが雪が降りそうだねぇと言ったけど、降ってもおかしくない気温と空気だ。


「大丈夫ですか?」
「平気です。この服暖かいから」


前方を歩く小狼の気遣いにさくらは健気に笑いかける。
砂漠育ちのさくらには北国はキツいかと思って気遣ったファイだけど、砂漠も夜はそれなりに冷えるし。
でもちゃんとした四季を知らないというのは事実だ。
…さくらのこの健気な頑張り具合が胸に来るんだよなあ…
小狼とのかっぷるも凄く可愛いしあのピッタリ二人乗り具合超かわいい超かわ…

…というか、私はそんな感じでファイと二人乗りしてる訳だよね。
意味もなくじと目でファイさんを睨みあげるとへらりと笑ってかわされるし。
…この人凄く苦手だ。

でも前世のお父さんの教えは忘れちゃいけない。
何かをしてもらったら例えどんなことがあっても筋を通してお礼を言うこと。
…あんまり向かい合いたくないけど、調子狂わせられるからあんまり話かけたくないんだけど、でも。


「…あの、ありがとう、ございます」
「ん?何がー?」
「髪、とか。乗せてくれたこと…。私が乗れないの、わかってましたよね」


目を逸らさず言うと、少しばかりの間があいたあと「どうしてそう思ったの?」と問い返された。
それについては一言。


「勘です」
「…あはは、凄い勘だねーちゃん」


…つまり明確には答えなかったけど、馬の傍でもぞもぞしてた私を察していた、と。
…あー嫌だ嫌だ。
冷たく嫌悪してると分かってる人間と、そして何を言っても上手くへらりと交わされてしまう喰えない人、
そんな人を相手にするのは調子が狂う。でも…

…一番嫌なのは、この人が全てを見透かしたように、いつも正しい計算式を私に、私達に
与えてくれるから。
…なんとなく、とても怖くなる。

じ、っとファイの瞳を見つめていたけど、ファイはへにゃへにゃとモコナと黒鋼をからかいながら道中を進むし、嫌悪されてるのは私のみ、
それは、

なんで?


「……」



考えてもわからないことはいつまでも考えないに尽きる。
黒鋼の日本国には四季があり、ファイの国は北国でここよりもっと寒くて。
小狼は色んな国をお父さんと旅をしていたから色んな四季を知ってて。

私は前世で日本に居たから当たり前に四季を知ってて…
それは口にはしなかったけど。
そんな雑談をしている内に、道の先に看板が立っているのをモコナが見つけて、

やっとここからが本番だと少しため息を吐いた。

『スピリット』。

ここがこの世界の舞台だ。

小狼が看板に書いてあった英語を読み上げたのをわぁっと凄い凄い言ってる間にも。


「…おい。はしゃいでる場合じゃねぇみたいだぞ」


私達は歓迎されないこの街を、ひたすら馬で突き進むしかなかった。
民家の中からこちらを見る、いくつものギラリと光る目。それはとても不気味にも思えるし、そもそも好感を持たれていない視線はなんとなく不気味に恐ろしく思えるものだから。

…ここは空も曇ってて微々たる力しか借りれない、
海も無い。他の要素も相性が合うか分からない。
それに…
空模様が、とても悪い。曇ってるというだけじゃなくて、吉凶を現してる。
空は私の占いの水晶玉と一緒。
だから、

これから悪いことが起こる。
それでも、行かなきゃいけない所がある。まずは…あそこ。
空に一番近く、あの子、さくらに一番近い場所へ。