幸福の隣り合わせ
4.ジェイド国
ざわざわと周りがざわついていて煩い。
だけどその分とても食欲をそそるいい香りもしていてなんとも言えないジレンマ。
レストランの中は人がいっぱい。テーブルを囲んで私達は食事をしていて、私は一人だけテーブルに突っ伏しているという異質っぷりを見せていた。
…煩いし眠いし体調も万全じゃない、でもお腹すいた…。
私タイミング悪く寝すぎてるからご飯を食べてない。ほとんど。ああ、阪神共和国のお好み焼きが恋しい。何か食べたい。起き上がれない。…というか…
痛いんだよ。額が。
「あの、大丈夫なんでしょうか」
「んん?」
「この国のお金ないんですけど」
保護者兼常識人担当の小狼がのほほんと笑っているファイさんに真面目な顔で問いかける。
…小狼の控えめな声さえも傷に障ってしまう。
そう、あの強制不意打ち世界移動のとき、黒鋼さんと額と頭をぶつけてしまって赤くなっていたりする。もしかしたら腫上がるかもしれない…
黒鋼は痛みに動じなさそうだし頑丈そう。そしてその頑丈そうな頭に私の額がぶつかる。
逆ならば黒鋼はまったく痛みも感じなさそうだけど、まさかこっちのパターンでぶつかって来るとは…ああ悲しい
「大丈夫だよー」
私は大丈夫じゃない、と見当違いな会話を心の中でしていたら、くるりとさくらの方を見て、ファイさんは言った
「ねっサクラちゃん」
「え!?」
「お嬢ちゃんのカードは?」
「えっと…こうなりました」
「何度やっても負けないなんて!どうなってるんだ一体!?イカサマじゃないのか!!?」
ああああ額に障る…
もう眠気に任せて寝てしまいたいけど店内は流石に無理だ…
あれから暫く。きょとんとしていたさくらの手を引いてファイがやらせたのは、
このレストラン内で行われてる賭け事への参加だった。
それがさくらが何度やっても勝ちまくるもんだからイカサマを疑われてるけど、
本当にこれがイカサマではなく天然ものなんだから不思議なこともある。
…というか、私自身もそんなことしょっちゅうだったんだけど…
さくらは神の愛娘。神様に愛された子。その双子として生まれたからか私にも神に愛されたかのような幸運が巡ってきていて、さくらの幸せを吸い取ってしまってるのでは、とびくびくしていたものだ。
カードゲーム、麻雀、スロット、宝くじ、どんなものをやらせてもきっとこんな感じでどんどん勝ちまくりの当たりまくり。
「イカサマなんかしてる暇なかったでしょー」と言いながらじゃらじゃらと袋にお金を放り込むファイのもう一言。
「文句あるならあの黒い人が聞くけどー」
「あぁ?」
…黒鋼、なんだか不憫だなぁと思うことがしばしばあるんだよね。
ファイにこの流れで指差されて視線が向かい、この一睨みと低音で、さくらとカードで賭け事をしていた男達は黙り込んでしまった。
ファイト。私はあなたが嫌いじゃないというかそんな役回りばかりのあなたが好きというか面白…
んんいから、うん、頑張れ。
「はいサクラちゃんお疲れ様ーこれで軍資金ばっちりだよー」
「しかし凄いなお嬢ちゃん」
「…あの、ルールとか分かってなかったんですけどあれでよかったんでしょうか」
「あはは、面白い冗談だな」
テーブルに戻ってきたさくらに店のおじさんが笑うけど、これがガチのマジの本気なんですよ。体験者2は語る。記憶がないながらにさくらもさぞかし不思議なことだろう…
でも最初は一人勝ちが楽しいんだけど、どんどん冷めていくんだよね…
こう、勝ちが決まってる勝負ほどつまらないものはないというか。
それから私は賭け事とか、勝負事はしないようにしてきた。だって、凄く無意味だから。
「なら、ちゃんもこんな感じだったりするのー?」
「……え?」
「サクラちゃんがこうなら、ちゃんもこうなのかなぁって」
少し冷めた気持ちで過去を振り返っていた私に話題を振った白い人、もといファイ。
へにゃりと笑った彼の言葉は別に当たり障りない、
考え付いてしまってもおかしくない疑問なんだけど…
少し黙り込んでしまった。
だって、私はもう愛娘じゃなくなってしまったから。
私は姫だなんて仰々しい肩書きがついてるだけの、ただの人間に成り下がってしまってる。
「……駄目、だと思います」
「駄目?」
「…私には…もう…加護はありませんから」
「…!…まさか、…」
その瞬間、一気に張り詰めてしまった空間の中で、小狼の深刻で真剣な面持ちがまたその空気を際立たせてる。
察したような人、笑いながらも何を考えてるのか分からない人、無言で視線を寄越す人、悲しそうな目でこちらを見る人、戸惑いがちな目をしてる人。
こんな話題になったのもこんな空気になってしまったのも仕方が無いし、切り替えてしまおうと何かを口にしようとしたとき、
空気が読めてるんだか読めてないんだか。
なんだかわからないタイミングで店のおじさんが料理を運んできて、笑いながら話しかけてくる。…個人的には有難いタイミングだ。
お金とかあったらチップとか無意味にあげたくなる。
あっても実際色んな問題がありすぎてやれないけど。
「お客さん、変わった衣装だな。旅の人だろう?」
「……、はい、探し物があって旅を続けてます」
にこにこ顔のおじさんに少し戸惑いがちに小狼が返して、私はそれをお水を飲みながら見てた。
旅を続けてます、異世界の。って実際シュールだよなとおかしくもないことを面白おかしく考えながらも、脳裏に浮かぶあの日。
私が神の愛娘としての力を放棄した日。
夢でやっと次元の魔女…侑子さんに逢って、一つの対価として、渡した。
空と海の力に並ぶ、"陸"の力。陸は全ての気が巡り巡っているところで、そこから草木にエネルギーを与えたり、時々それが人間に良い気や幸運を与えたり、
そしてそれが顕著に与えられていたのが私だった。
…空と海も、大好きだ。でも、陸だけは本当に本当に大切で大切で、大好きだなんて言葉で現せない気持ちを抱いてる。
──だからこそ対価に相応しい。
だからこそ、私は。
ここにいるんだろう。
「行く所は決まってるのかね?」
「いえ、まだ」
「…だったら悪いことは言わん、北に行くのはやめた方がいい」
…今度こそ。今回も、これからも、ずっと。
私は大切なものを取り戻すのを、諦めたりなんてしない。
深刻な面持ちのおじさんの話を聞きながら、私は考えた。
北に、さくらの羽根がある。だから私の中身も、羽根もある。
この国には確信を持ってるから。
4.ジェイド国
ざわざわと周りがざわついていて煩い。
だけどその分とても食欲をそそるいい香りもしていてなんとも言えないジレンマ。
レストランの中は人がいっぱい。テーブルを囲んで私達は食事をしていて、私は一人だけテーブルに突っ伏しているという異質っぷりを見せていた。
…煩いし眠いし体調も万全じゃない、でもお腹すいた…。
私タイミング悪く寝すぎてるからご飯を食べてない。ほとんど。ああ、阪神共和国のお好み焼きが恋しい。何か食べたい。起き上がれない。…というか…
痛いんだよ。額が。
「あの、大丈夫なんでしょうか」
「んん?」
「この国のお金ないんですけど」
保護者兼常識人担当の小狼がのほほんと笑っているファイさんに真面目な顔で問いかける。
…小狼の控えめな声さえも傷に障ってしまう。
そう、あの強制不意打ち世界移動のとき、黒鋼さんと額と頭をぶつけてしまって赤くなっていたりする。もしかしたら腫上がるかもしれない…
黒鋼は痛みに動じなさそうだし頑丈そう。そしてその頑丈そうな頭に私の額がぶつかる。
逆ならば黒鋼はまったく痛みも感じなさそうだけど、まさかこっちのパターンでぶつかって来るとは…ああ悲しい
「大丈夫だよー」
私は大丈夫じゃない、と見当違いな会話を心の中でしていたら、くるりとさくらの方を見て、ファイさんは言った
「ねっサクラちゃん」
「え!?」
「お嬢ちゃんのカードは?」
「えっと…こうなりました」
「何度やっても負けないなんて!どうなってるんだ一体!?イカサマじゃないのか!!?」
ああああ額に障る…
もう眠気に任せて寝てしまいたいけど店内は流石に無理だ…
あれから暫く。きょとんとしていたさくらの手を引いてファイがやらせたのは、
このレストラン内で行われてる賭け事への参加だった。
それがさくらが何度やっても勝ちまくるもんだからイカサマを疑われてるけど、
本当にこれがイカサマではなく天然ものなんだから不思議なこともある。
…というか、私自身もそんなことしょっちゅうだったんだけど…
さくらは神の愛娘。神様に愛された子。その双子として生まれたからか私にも神に愛されたかのような幸運が巡ってきていて、さくらの幸せを吸い取ってしまってるのでは、とびくびくしていたものだ。
カードゲーム、麻雀、スロット、宝くじ、どんなものをやらせてもきっとこんな感じでどんどん勝ちまくりの当たりまくり。
「イカサマなんかしてる暇なかったでしょー」と言いながらじゃらじゃらと袋にお金を放り込むファイのもう一言。
「文句あるならあの黒い人が聞くけどー」
「あぁ?」
…黒鋼、なんだか不憫だなぁと思うことがしばしばあるんだよね。
ファイにこの流れで指差されて視線が向かい、この一睨みと低音で、さくらとカードで賭け事をしていた男達は黙り込んでしまった。
ファイト。私はあなたが嫌いじゃないというかそんな役回りばかりのあなたが好きというか面白…
んんいから、うん、頑張れ。
「はいサクラちゃんお疲れ様ーこれで軍資金ばっちりだよー」
「しかし凄いなお嬢ちゃん」
「…あの、ルールとか分かってなかったんですけどあれでよかったんでしょうか」
「あはは、面白い冗談だな」
テーブルに戻ってきたさくらに店のおじさんが笑うけど、これがガチのマジの本気なんですよ。体験者2は語る。記憶がないながらにさくらもさぞかし不思議なことだろう…
でも最初は一人勝ちが楽しいんだけど、どんどん冷めていくんだよね…
こう、勝ちが決まってる勝負ほどつまらないものはないというか。
それから私は賭け事とか、勝負事はしないようにしてきた。だって、凄く無意味だから。
「なら、ちゃんもこんな感じだったりするのー?」
「……え?」
「サクラちゃんがこうなら、ちゃんもこうなのかなぁって」
少し冷めた気持ちで過去を振り返っていた私に話題を振った白い人、もといファイ。
へにゃりと笑った彼の言葉は別に当たり障りない、
考え付いてしまってもおかしくない疑問なんだけど…
少し黙り込んでしまった。
だって、私はもう愛娘じゃなくなってしまったから。
私は姫だなんて仰々しい肩書きがついてるだけの、ただの人間に成り下がってしまってる。
「……駄目、だと思います」
「駄目?」
「…私には…もう…加護はありませんから」
「…!…まさか、…」
その瞬間、一気に張り詰めてしまった空間の中で、小狼の深刻で真剣な面持ちがまたその空気を際立たせてる。
察したような人、笑いながらも何を考えてるのか分からない人、無言で視線を寄越す人、悲しそうな目でこちらを見る人、戸惑いがちな目をしてる人。
こんな話題になったのもこんな空気になってしまったのも仕方が無いし、切り替えてしまおうと何かを口にしようとしたとき、
空気が読めてるんだか読めてないんだか。
なんだかわからないタイミングで店のおじさんが料理を運んできて、笑いながら話しかけてくる。…個人的には有難いタイミングだ。
お金とかあったらチップとか無意味にあげたくなる。
あっても実際色んな問題がありすぎてやれないけど。
「お客さん、変わった衣装だな。旅の人だろう?」
「……、はい、探し物があって旅を続けてます」
にこにこ顔のおじさんに少し戸惑いがちに小狼が返して、私はそれをお水を飲みながら見てた。
旅を続けてます、異世界の。って実際シュールだよなとおかしくもないことを面白おかしく考えながらも、脳裏に浮かぶあの日。
私が神の愛娘としての力を放棄した日。
夢でやっと次元の魔女…侑子さんに逢って、一つの対価として、渡した。
空と海の力に並ぶ、"陸"の力。陸は全ての気が巡り巡っているところで、そこから草木にエネルギーを与えたり、時々それが人間に良い気や幸運を与えたり、
そしてそれが顕著に与えられていたのが私だった。
…空と海も、大好きだ。でも、陸だけは本当に本当に大切で大切で、大好きだなんて言葉で現せない気持ちを抱いてる。
──だからこそ対価に相応しい。
だからこそ、私は。
ここにいるんだろう。
「行く所は決まってるのかね?」
「いえ、まだ」
「…だったら悪いことは言わん、北に行くのはやめた方がいい」
…今度こそ。今回も、これからも、ずっと。
私は大切なものを取り戻すのを、諦めたりなんてしない。
深刻な面持ちのおじさんの話を聞きながら、私は考えた。
北に、さくらの羽根がある。だから私の中身も、羽根もある。
この国には確信を持ってるから。