私の鏡
3.霧の国
夢を見てた。
私は暗闇の中に浮かんでた。
その暗闇の先に光があって、泳ぐように暗闇をかき分けて。
たどり着いた先には映像のように私の記憶が映し出されて行く。
…まるで一人映画鑑賞会だ、とこんなことを何度か経験するとそんなことを考える余裕まで出てきて、その場にぺたりと座り込んで見つめてみた。
小さな私は前よりは少しだけ大きくなっていて、やっぱり"箱"にかじりついていた。
…何を熱心に向かいあってるんだろう。
箱があるのは私の部屋、だと思う。沢山の本が隙間なく詰め込まれてる大きな本棚。
大きな窓。大きな机。…二つ?そういえばベッドも二つある。
そういえば、きょうだいと相部屋だったっけ…?
駄目だ。全然思い出せない…
私な好きなもの。本。沢山の本。文字。絵。写真。本と名の付くもの全部。
あの紙がすき。触り心地がすき。匂いがすき。読んでるときの朗らかな空間がすき。
色んな知識を吸収することがすき。
色んな世界をみれるのがすき。
だから、だから、
「……酷い怪我…」
「…姫……」
「…どうして……だろう」
「…姫は…昔から無茶ばかりでした。でも…」
「………きっと、そうなんだろうね…」
「大切、なんだね」
…さくら?
多分、いや、確実に今目が覚めた。さくらの声が聞こえる。とても可愛くて、優しくて、穏やかで柔らかい声の持ち主。
でも今はその優しい声も重たく感じる。
…何?夢を見てた。私の夢。私の過去。私の前世の夢。
取り戻したかった過去、記憶、中身、私の羽根、あの高麗国の領主の城のてっぺんにあった。やっぱり空に一番近いところにあった。
ここに本物の海はなかったから。
私の、
私の大切なもの。
「……霧…?」
そんな取り戻せない過去を記憶として取り戻して。
きっと私は眠ったんだろう。なら、ふらりと消えてしまった私を回収して、ここまで運んでくれたのは誰なんだろう
そもそも、ここってどこ?
この霧、何?
…わからない。ここについての記憶もおぼろげだ…一番濃く残ってたのはやっぱり阪神共和国だったなぁ。巧断についてはあんまり覚えてなかったけど。 でもあの国がきっと一番すきだったから。
…というか。
さくらと小狼がもそもそと動き出した私に気が付いたみたいで、はっとした表情をしてる。
「姫…!」
「……、と」
「…、目が覚めたのか…よかった」
「合格」
渋々と口調を戻した小狼に少しだけ笑うと、小狼はぎょっとしていた。
…何事?その驚きの意味はなんなんだ。
…というか、私はこんな天丼繰り返すより、したいことがあるんだよ。
「…さくら」
「え、と……」
「…、と呼んで。…さくら、と呼ばれるのは…いや…?」
「い、いやじゃないの。けど、少し…」
「…慣れない、よね。うん、…さくらの…呼びやすいように、呼んで欲しいな…」
さくらと、話したかった。
本当は抱きしめてしまいたかったけど、このガラス細工よりも脆い状態のさくらにそんなこと出来ない。
…当たり前に感じてたけど、玖楼国でのさくらとのじゃれあい、本当は凄く好きだったのかも。モコナと同じ波長で癒されるもんなあ。
笑いかける。少しさくらが戸惑い気味に引く。でも少し頬が染まる。
元々が青白かったから、少しだけ安心した。たとえそれが慣れないやり取りでの照れからだったとしても。
…記憶が、ない。凄く寂しい。けど私は我慢すれば前のさくらに会える。
…でも…小狼は?
会えないことを分かっていて突き進む彼は強い。とても強い。どこからそんな意志が沸いてくるのか聞きたい。
…でも、あれ?なんだか引っかかる。なんだっけ。
そんなことを悶々と考えてる間にもさくらはもにょもにょと葛藤していたようで、
ぱくりと口を開いて、わたしを見た。
それに対して、私は。
「…ちゃん…」
「…お、お、お…」
「…嫌、かな?」
「い、い…嫌じゃない…っ」
なにこの可愛いいきものはーー!!!
…と、心の中で絶叫して、ようやっと自覚した。
…ヤバイ。私は嵐さんの所でもこんな気持ち悪いテンションになってしまって、もしかして中身を失ったために迷いでも生まれたかと思ってたけど…これ違うな
素です。
これ多分元の気質だ。今回取り戻した記憶の中に少しだけ"マンガ"というモノについてが混じってて、少し思うところがあって…うん。
失った記憶の中にこれ以上何があるかと思うと少し、いや物凄く恐ろしい。
世界中の美しい女性男性の皆さんごめんなさい。先手を打って謝っておこう…。この首傾げ可愛いおねだりに一緒に赤面してしまってる小狼少年には目を瞑って、と。疑問に思ってたことをそろそろ聞いてみる。
「…?そういえば…黒いのと白いのと、おまんじゅうが…いない?」
「黒……いや、黒鋼さんとファイさんとモコナには、少し遠くの方を見てきてもらってます」
「ます」
「…る」
私の問いかけに案の定敬語に戻った小狼に短く言うと、察したようで同じく短く返してきた。
それでいいのです。
というか、私が姫だなんて絶対おかしい。
玖楼国に生まれて自分が姫だと知ったときも物凄く葛藤したものだったけど、
改めて言う。一般庶民だった魂になんて苦行を強いるのか。
貧乏性の記憶持ちにはあそこは辛いものがありすぎた。
うーあ゛ーと唸りを上げていると、「ぷ」っと小さく笑う声が聞こえて。
見れば…
「…ふふ」
さくらが、笑ってた。少し眠そうだったけど、それでも笑ってる。
ぼんやりしてるけど、辛そうだけど、一生懸命私達に付き合って、起き上がって。
…そんなこの子が、どうしても。
嫌いになれない。例え、
───だったとしても
…?あれ?
───って、何?
「…湖が光ってる!?」
さくらに夢中になり、自分の記憶や思考の矛盾への疑問にいっぱいいっぱいになってる私は、霧だけにしか視点が向かなくて近くに湖があることさえ気が付かなかった。小狼はぱぁっと霧ごと辺りを照らす光に釘付けになっていて、
私がハッと我にかえった時にはまさに湖へと走っていく所で。
「隠れていてください!」
「小狼君!」
…空は曇りすぎてる。何かあったときに戦うには不足だ。海はない。他の要素は相性が悪い…
もうひとつの要素は…
──もう、ないから
一番大切なものは、もうない
それでも戦わなきゃいけない。現実と、人と、心と、葛藤と、世界と、理と、必然と。
全てと。
小狼は、ずっと玖楼国で一人でぼーっとしていて、一部でも気味が悪いと言われていた私にも、よくしてくれた人。
さくらと一緒に、外に連れだしてくれた人。
…この国のことはよく覚えてない、でも…
「…──私も…っ」
──私も、潜ってくると、迷うことなく湖に飛び込んで行った小狼の後を追おうとすると。
そこに居たさくらは、とても不安げな顔をして、今にも泣きそうで、きっとさくらは泣かない。でも、
その目はとても
虚ろで。
「…さくら…」
私はまだまだ適温とはいえず、ひんやりとしてる身体をゆっくり抱きしめた。
「…あの子って…誰…?」
小さく呟いて、眠ってしまったこの子を、守るように。私のこの世界の鏡と、共に眠りに落ちるように。
3.霧の国
夢を見てた。
私は暗闇の中に浮かんでた。
その暗闇の先に光があって、泳ぐように暗闇をかき分けて。
たどり着いた先には映像のように私の記憶が映し出されて行く。
…まるで一人映画鑑賞会だ、とこんなことを何度か経験するとそんなことを考える余裕まで出てきて、その場にぺたりと座り込んで見つめてみた。
小さな私は前よりは少しだけ大きくなっていて、やっぱり"箱"にかじりついていた。
…何を熱心に向かいあってるんだろう。
箱があるのは私の部屋、だと思う。沢山の本が隙間なく詰め込まれてる大きな本棚。
大きな窓。大きな机。…二つ?そういえばベッドも二つある。
そういえば、きょうだいと相部屋だったっけ…?
駄目だ。全然思い出せない…
私な好きなもの。本。沢山の本。文字。絵。写真。本と名の付くもの全部。
あの紙がすき。触り心地がすき。匂いがすき。読んでるときの朗らかな空間がすき。
色んな知識を吸収することがすき。
色んな世界をみれるのがすき。
だから、だから、
「……酷い怪我…」
「…姫……」
「…どうして……だろう」
「…姫は…昔から無茶ばかりでした。でも…」
「………きっと、そうなんだろうね…」
「大切、なんだね」
…さくら?
多分、いや、確実に今目が覚めた。さくらの声が聞こえる。とても可愛くて、優しくて、穏やかで柔らかい声の持ち主。
でも今はその優しい声も重たく感じる。
…何?夢を見てた。私の夢。私の過去。私の前世の夢。
取り戻したかった過去、記憶、中身、私の羽根、あの高麗国の領主の城のてっぺんにあった。やっぱり空に一番近いところにあった。
ここに本物の海はなかったから。
私の、
私の大切なもの。
「……霧…?」
そんな取り戻せない過去を記憶として取り戻して。
きっと私は眠ったんだろう。なら、ふらりと消えてしまった私を回収して、ここまで運んでくれたのは誰なんだろう
そもそも、ここってどこ?
この霧、何?
…わからない。ここについての記憶もおぼろげだ…一番濃く残ってたのはやっぱり阪神共和国だったなぁ。巧断についてはあんまり覚えてなかったけど。 でもあの国がきっと一番すきだったから。
…というか。
さくらと小狼がもそもそと動き出した私に気が付いたみたいで、はっとした表情をしてる。
「姫…!」
「……、と」
「…、目が覚めたのか…よかった」
「合格」
渋々と口調を戻した小狼に少しだけ笑うと、小狼はぎょっとしていた。
…何事?その驚きの意味はなんなんだ。
…というか、私はこんな天丼繰り返すより、したいことがあるんだよ。
「…さくら」
「え、と……」
「…、と呼んで。…さくら、と呼ばれるのは…いや…?」
「い、いやじゃないの。けど、少し…」
「…慣れない、よね。うん、…さくらの…呼びやすいように、呼んで欲しいな…」
さくらと、話したかった。
本当は抱きしめてしまいたかったけど、このガラス細工よりも脆い状態のさくらにそんなこと出来ない。
…当たり前に感じてたけど、玖楼国でのさくらとのじゃれあい、本当は凄く好きだったのかも。モコナと同じ波長で癒されるもんなあ。
笑いかける。少しさくらが戸惑い気味に引く。でも少し頬が染まる。
元々が青白かったから、少しだけ安心した。たとえそれが慣れないやり取りでの照れからだったとしても。
…記憶が、ない。凄く寂しい。けど私は我慢すれば前のさくらに会える。
…でも…小狼は?
会えないことを分かっていて突き進む彼は強い。とても強い。どこからそんな意志が沸いてくるのか聞きたい。
…でも、あれ?なんだか引っかかる。なんだっけ。
そんなことを悶々と考えてる間にもさくらはもにょもにょと葛藤していたようで、
ぱくりと口を開いて、わたしを見た。
それに対して、私は。
「…ちゃん…」
「…お、お、お…」
「…嫌、かな?」
「い、い…嫌じゃない…っ」
なにこの可愛いいきものはーー!!!
…と、心の中で絶叫して、ようやっと自覚した。
…ヤバイ。私は嵐さんの所でもこんな気持ち悪いテンションになってしまって、もしかして中身を失ったために迷いでも生まれたかと思ってたけど…これ違うな
素です。
これ多分元の気質だ。今回取り戻した記憶の中に少しだけ"マンガ"というモノについてが混じってて、少し思うところがあって…うん。
失った記憶の中にこれ以上何があるかと思うと少し、いや物凄く恐ろしい。
世界中の美しい女性男性の皆さんごめんなさい。先手を打って謝っておこう…。この首傾げ可愛いおねだりに一緒に赤面してしまってる小狼少年には目を瞑って、と。疑問に思ってたことをそろそろ聞いてみる。
「…?そういえば…黒いのと白いのと、おまんじゅうが…いない?」
「黒……いや、黒鋼さんとファイさんとモコナには、少し遠くの方を見てきてもらってます」
「ます」
「…る」
私の問いかけに案の定敬語に戻った小狼に短く言うと、察したようで同じく短く返してきた。
それでいいのです。
というか、私が姫だなんて絶対おかしい。
玖楼国に生まれて自分が姫だと知ったときも物凄く葛藤したものだったけど、
改めて言う。一般庶民だった魂になんて苦行を強いるのか。
貧乏性の記憶持ちにはあそこは辛いものがありすぎた。
うーあ゛ーと唸りを上げていると、「ぷ」っと小さく笑う声が聞こえて。
見れば…
「…ふふ」
さくらが、笑ってた。少し眠そうだったけど、それでも笑ってる。
ぼんやりしてるけど、辛そうだけど、一生懸命私達に付き合って、起き上がって。
…そんなこの子が、どうしても。
嫌いになれない。例え、
───だったとしても
…?あれ?
───って、何?
「…湖が光ってる!?」
さくらに夢中になり、自分の記憶や思考の矛盾への疑問にいっぱいいっぱいになってる私は、霧だけにしか視点が向かなくて近くに湖があることさえ気が付かなかった。小狼はぱぁっと霧ごと辺りを照らす光に釘付けになっていて、
私がハッと我にかえった時にはまさに湖へと走っていく所で。
「隠れていてください!」
「小狼君!」
…空は曇りすぎてる。何かあったときに戦うには不足だ。海はない。他の要素は相性が悪い…
もうひとつの要素は…
──もう、ないから
一番大切なものは、もうない
それでも戦わなきゃいけない。現実と、人と、心と、葛藤と、世界と、理と、必然と。
全てと。
小狼は、ずっと玖楼国で一人でぼーっとしていて、一部でも気味が悪いと言われていた私にも、よくしてくれた人。
さくらと一緒に、外に連れだしてくれた人。
…この国のことはよく覚えてない、でも…
「…──私も…っ」
──私も、潜ってくると、迷うことなく湖に飛び込んで行った小狼の後を追おうとすると。
そこに居たさくらは、とても不安げな顔をして、今にも泣きそうで、きっとさくらは泣かない。でも、
その目はとても
虚ろで。
「…さくら…」
私はまだまだ適温とはいえず、ひんやりとしてる身体をゆっくり抱きしめた。
「…あの子って…誰…?」
小さく呟いて、眠ってしまったこの子を、守るように。私のこの世界の鏡と、共に眠りに落ちるように。