私と私との約束
2.高麗国
中々に頭が冷えてきた。
や、ファイさんに簡単な計算式を教えてもらって、少し答えが見えてきたからってのもあるけど…
…本当にピンチだなって。
頭は冷えても全身は熱い。何故ならば、黒鋼さんとファイさんが二人で小狼を脱出させてしまったことで、
私たちに少々灸をすえてやろうということで、珠を全て弾けさせて雨を降らせてしまった。
それはずっと持続したまま。
つまりこのままだと全身焼け爛れてしまうわけで。

…私は元の無茶振りで大方焼け爛れているんだけど、その傷のせいで物凄く痛い。
自業自得とはいえ苦しいものがあって、少しばかり呻きをあげてしまう。


「なかなかマジなピンチだねぇ」
「…フン」


そうです。マジなピンチだ。

二人はのほほんと言ってのけるけど、私はそんな鉄のハートを持ってないし頭の中はぐるぐるしてる。
…ど、どうしよう、どうするんだっけ、考えればわかるはず、頭の中の整理をすれば。
私はこの場面を"知って"いる。
覚えてる。
このしなやかな女性も知ってる、この焼け爛れる雨も知ってた。まるで予知夢でも見たかのように。
…予知夢なんかじゃないって知ってるんだから迷う必要はない。
考えろ、考えろ…心を静かに落ち着けて。
頭の中の情報を纏めてしまえばわかるはず…!


だから


「おい姫」
「ひぃ!?」
「…そりゃあなんだ」


じ、っと目を瞑って考えてた。
だけど、そこで傍から低音すぎる男の声が聞こえてきたために飛び上がってしまう。
…黒鋼さんだ。多分私に不信感を抱いてるからか、初めてまともに話しかけてきたけど凄く低い声だ。
自が低いのにそんな調子で話しかけられたら驚くよ…。言いたいことは山ほどあるけど、
黒鋼さんはじ、っと私の足元を見つめていて、何事かと思って私も下に視線を下げた。
そうすればそこには。


「……海…?」
「ああ?」
「そっ、か…、この水……少し…海の、要素が…混じってる、のかも…」


ゆらゆらと私を避けるように広がっていた水。
水というには少々物騒すぎるものだけど、これが海水の要素が混じってる水に何か秘術とやらをかけたというのなら分かる。
…いける。ここには空も他の要素もないけど、海だけは私の味方。
…使える。私もここから…

抜け出せる。
そう確信した瞬間、黒鋼さんが何故か折った棒でファイさんを叩き飛ばした。
何事かとぎょっとしていれば、彼なりに水を覆いかぶさりそうになったファイさんを助けたみたいで、「もっと優しく移動させて欲しかったよぅ〜」なんてへにゃりと笑うファイさんも何でもなさ気にけろっとしてる。
…つ、ついていけない…
だめだ、私は私の身を守る、それだけに徹する、そうしてれば他はちゃんと進んで展開してくんだから、だから。


「なかなかやる童共だ。これは
退屈せずに済みそうだ」


…だから、

この大ピンチも、自分自身の力で乗り越えていかなくてはならなくてぇ…


「え、えー…と…」


身長よりも、東京タワーくらいあるんじゃないかって誇張したくなる程高くまで上がった波、少しばかりの海の要素でどう回避すればいいの?

…多分、私が身体から少し空気を作って波にさらされないように防御するくらいなら、いける、はず。
でも、自分だけ守って…二人が必ずこのピンチを乗り越えるって知ってるからって、
何もしないってどうなんだろう…
体裁とかなにも考えないで、そもそも私が不安だ。だって、私が居るだけでこの旅にどんな影響を与えてるのかわかったものじゃない。

だから…
ちらり、二人を見つめてみると、黒鋼さんは「…フン」っと鼻をならしていたし、ファイさんはへにゃりと笑ってるし。
まるで見透かしたように彼らが言うには。


「俺達のことは気にしないで、自分のことを大事にしてあげよーねー」
「……それだけの傷でまともに立ってるだけ、奇跡だな」


なんだかよくわからないへにゃ言葉だし何がなんだかわからないツンデレだし多分同じくだろうし。
この人たちは自分のことだけやってればいいと言ってくれたんだろう。
二人共が話てる。自分の国の話、自分の意思。こんな所で死ねないと、朗らかに話してる。律儀にそれを待っていてくれる敵なはずの女の人が悪い人に思えないや。そう、敵…

でも、ゲームだってそうでしょう?
敵がいて、戦う者がいる。
序盤は敵もまだ温くて難易度も優しくて、後半に進むにつれて凄く難しくなってく。
だけどまだ私たちは二つ目の国だ。女の人もとても律儀で。
それに記憶を探ったらそんなに事情があるだけで、悪い人じゃなかったのを覚えてた。

これからはこんなに優しい人たちばかりじゃない。狡猾でとても残虐な人だって居るはず。
なのにこんな所でギリギリの保身に走るんじゃ、この先どうなるんだかわからないよ…

…だったら


「…無茶も…」


強くなるのに、必要な修行だと思う。
多分、傷を作ってもボロボロになっても無茶しても、努力し続けたものが力を手に入れるんだから。
私が見た人たちはみんなそうだった。そんな人たちばかりだった。
だから。
…あれ?私が見た人たちって、誰だったっけ?
自分の考えてたことがわからなくなった。
でもそんなことを思い出そうと頭を捻ってる場合じゃない。
だったら今は何する場合?


「最後の話は終わったか?」


そんなの決まってるよ。
波の向こうでこちらへ話しかけてくる女の人の声を聞いて、意を決して呟く。


「『海よ…私の、言葉に…応えて…海よ…彼のものたちを…』」


私の海は、こんな所でヘコたれる弱い子じゃないから。
そうでしょう。
海。


「『…守って!!!』」



…あれ、でも、
海って。
そもそも、
何だったっけ。





「…中々の策士だな」
「俺ぁ雨が嫌いなんだよ。だから
さっさととめろ」


長い棒を使い、波を飛び越えて行ったファイさん。死に急ぐ行為かと思った女の人が構えたけど、それこそが狙いだったらしい、
すかさず後から飛び込んだ黒鋼さんが無防備だった女の人の元へ同じく飛び込んだ…
けど。


「…秘術をまた秘術で返されるとは。…いや、これは秘術の類ではないな」


黒鋼さんの身体には薄い膜が張ってある。
無抵抗では終わらなかった女の人が、人間とは思えない長い爪を伸ばし黒鋼さんの腹に突き刺した。
それも、その膜に突き刺した瞬間折れてしまう。黒鋼さんは女の人の額に棒を叩きつけて、額の石を砕く。
瞬間、水辺だったはずの空間はただの床と綺麗な天蓋付きの寝床しかない部屋に変わり、
女の人の幻術が完全に解けたらしい。
そのまま流れるように黒鋼さんの頬にキスされ、黒鋼さんは何かの術をかけられたと思ったけど、女の人は言った。


「今のは礼だ。私はあの石にこめられた秘術で領主に囚われていたのだ」
「あーなるほどー、それを黒ぽんが壊したんですねえ」
「これで私は自由だ。あの馬鹿な領主親子より余程気骨がある童達の道を塞ぐ気もない」


すらっとした首筋をさらけだす女の人。
とても綺麗で妖艶な雰囲気を醸し出していて見とれてしまいたいくらいだったけど、
ぜいぜいと息をするので精一杯だ。…ほんとに、くるしい。

あり膜は海の要素が混じったあの波から抽出したものだけど、私が支配権を握ってしまえば"後は"操るのは容易い。あの波全てだったら難しいかもしれないけど、
身体を覆う程の量であれば、無茶をして、ギリギり…
…本当に無茶だ。誰かが操ってる術を自分のモノにしてしまうことはとても難しい。

今頃になって全身の爛れた傷が疼く。痛い。痛い。とても、息が苦しい。自業自得だとしても。もうここで倒れこんでしまいたくても。

…でも


「……呼んでる…」



私の空と海が、呼んでる。
私の中身が…羽根が、傍で呼んでる。

秘妖というらしい女性と話してる二人を背後にして、ふらりと扉から廊下へと出た。
さくらの羽根は、この国に。そしてこの城に必ずある。
ということは。

さくらと双子だったために、共鳴するように飛び散ってしまった私の中身も。
必ずここにあるのだから。
歩く。歩く。

背後からの冷やりとした視線にも気が付かずに。