全ての始まりに告げる
序章
夜中、ふと喉の渇きを覚えて目が覚めた。
なんだか胸騒ぎがして、ゆっくりと音も立てずに廊下を歩くと、リビングに明かりが灯っていることに気がついて、傍に寄る。
そこには父と母が居た。優しくて穏やかで、時には厳しく叱ってくれる、大好きな二人だ。
私は彼らの笑顔以外、殆ど見たこと無い。それに救われていた自分がいて、
私はいつも胸が痛む。
でもそれが自分にとっての"幸せ"、楽で居られる一番のことなんだとわかってた。
だから。
二人が、そこで泣いていたことに気がついて絶望した。彼らが二人で挟むテーブルには二人分の水溜りが出来ていて、それでも尚止まらず雨を降らせていて。
それを見た瞬間、絶望も越えて世界が暗転して、
後ずさりして玄関からそっと真夜中の街へと出た。
小さな明かりしか灯らない暗闇の中で、一粒流れた雫。
私はそれが。私の雫でもない、彼らの雫が。
一番の不幸だと知っていたから。
私は今でも不幸なままで居る。
喉の渇きを覚えたままで居る。カラカラと乾いて仕方がないのは、喉だけではないと知っているから、余計に渇いてしまって止まらない。
例え、
"世界"が変わっても。それは止まらずにいる。
***
「…こ、…れ、た……っ」
「姫…姫!?」
「……小狼……」
雨が降る。恵みの雨だ。
過分に降り注げば根を腐らせる、表裏の雨。
熱く火照っていた身体には丁度いいくらいで、ひんやりとした感覚が心地よくてまた息も絶え絶えに気を失ってしまいそうになったけど、地面に落ちていた石で勢いよく太ももを刺した。
小狼が息を呑む音が聞えたけど、ようやく顔を上げることが叶った時。
そこには黒い服を纏った美しい女性が居ることに気がついた。
ああ、来れた…狂いはなく、零れてしまうことなく来れたと思うと安堵感からまた意識を失いそうになったけど、
私の左右横に二人の白と黒の背丈のある男がいることに気がついて、ぱちくりと目を瞬かせた。
私はちょっとした時間のズレを感じたけど、とにかく渇いた口を開いた。
「願い、が、…ありま、す」
「対価がいるわ、…それでもね?」
「必要…なんで…す」
「……」
黒を纏った彼女が言うと、私は淡々と呟いた。
それを知っていて尚此処に来た。言わば自分の意思だ。
隣の小狼が抱えるのは、見知った顔の女の子。とても見慣れた可愛い顔だ。
今は肌が青白く、それでもその可愛さは損なわれてなくてクスリと笑ってしまった。
とても不謹慎なことだと分かっていたけど。
小狼は相変わらず何がなんだかわかっていない様子でわたわたしているし、左隣の黒い彼は煮え切らない展開に苛立っている。
右隣の白い男は薄く笑っているし、この場は混沌としている。
…なんで、私はここに居るんだろう。見たことのある景色、見たことのある人たち。
それはおかしいこと。とても、おかしいこと。
だけどそれは必然だというなら。
この世に偶然は無く、全て必然だと決まっているなら。
「大切なものをなくしたのね」
「は、い」
「あなたはそれを集めたい」
「そ、うです」
「そしてもうひとつ、願いがある」
「…は、い。その為なら、それに見合った、対価、を」
私は必然に抗うことは出来ない。
だけど、どうしても、必然だとしても。失くしたくないものがあるから。
ここは、"願い"を叶える店。願いのある人間しか入れないこの店に入れた。
店の店主は壱原侑子。次元の魔女と呼ばれる彼女に…。どうしても願いたいことがあった。
「私、わ、たし」
「ええ」
「綺麗に、なりたいんです。この、世界に、見合う、くらい…」
「とてもとても、綺麗になりたい」
「そう、綺麗、に、…とても、とても、…相、応しい、くら…い…」
そう言い切ると、ぐらりと視界が歪んだ。傾いた身体を見て、侑子さんは「…限界ね。ここに来れただけでも奇跡だもの」と言うと、
四方八方から何か言いたげな視線が突き刺さる。
そして私はついに目を瞑り、瞼の裏しか見えなくなった頃、彼女は呟いた
「いいわ。その願い、叶えましょう。…一つの対価は既にもらっているから」
これは、とてもおかしなこと。
必然だとしても、おかしくておかしくて、潰れてしまいそうな程、おかしなこと。
何かが狂ってそうなってしまったというのなら、いったい何がいけなかったんだろう。
人間が崇め信ずるような神様なんて信じていない。
でも、私は声が枯れるほど、
空想の中の神様を責めてしまいたかった。
自分の何がいけなくて、こんな罰を与えたんですか、と。責任転換だと分かっていながら、
自分の罪だと気がついていながら。
楽になれる方法だと分かっていたから。それが私の罪を余計に増長させてると分かって
序章
夜中、ふと喉の渇きを覚えて目が覚めた。
なんだか胸騒ぎがして、ゆっくりと音も立てずに廊下を歩くと、リビングに明かりが灯っていることに気がついて、傍に寄る。
そこには父と母が居た。優しくて穏やかで、時には厳しく叱ってくれる、大好きな二人だ。
私は彼らの笑顔以外、殆ど見たこと無い。それに救われていた自分がいて、
私はいつも胸が痛む。
でもそれが自分にとっての"幸せ"、楽で居られる一番のことなんだとわかってた。
だから。
二人が、そこで泣いていたことに気がついて絶望した。彼らが二人で挟むテーブルには二人分の水溜りが出来ていて、それでも尚止まらず雨を降らせていて。
それを見た瞬間、絶望も越えて世界が暗転して、
後ずさりして玄関からそっと真夜中の街へと出た。
小さな明かりしか灯らない暗闇の中で、一粒流れた雫。
私はそれが。私の雫でもない、彼らの雫が。
一番の不幸だと知っていたから。
私は今でも不幸なままで居る。
喉の渇きを覚えたままで居る。カラカラと乾いて仕方がないのは、喉だけではないと知っているから、余計に渇いてしまって止まらない。
例え、
"世界"が変わっても。それは止まらずにいる。
***
「…こ、…れ、た……っ」
「姫…姫!?」
「……小狼……」
雨が降る。恵みの雨だ。
過分に降り注げば根を腐らせる、表裏の雨。
熱く火照っていた身体には丁度いいくらいで、ひんやりとした感覚が心地よくてまた息も絶え絶えに気を失ってしまいそうになったけど、地面に落ちていた石で勢いよく太ももを刺した。
小狼が息を呑む音が聞えたけど、ようやく顔を上げることが叶った時。
そこには黒い服を纏った美しい女性が居ることに気がついた。
ああ、来れた…狂いはなく、零れてしまうことなく来れたと思うと安堵感からまた意識を失いそうになったけど、
私の左右横に二人の白と黒の背丈のある男がいることに気がついて、ぱちくりと目を瞬かせた。
私はちょっとした時間のズレを感じたけど、とにかく渇いた口を開いた。
「願い、が、…ありま、す」
「対価がいるわ、…それでもね?」
「必要…なんで…す」
「……」
黒を纏った彼女が言うと、私は淡々と呟いた。
それを知っていて尚此処に来た。言わば自分の意思だ。
隣の小狼が抱えるのは、見知った顔の女の子。とても見慣れた可愛い顔だ。
今は肌が青白く、それでもその可愛さは損なわれてなくてクスリと笑ってしまった。
とても不謹慎なことだと分かっていたけど。
小狼は相変わらず何がなんだかわかっていない様子でわたわたしているし、左隣の黒い彼は煮え切らない展開に苛立っている。
右隣の白い男は薄く笑っているし、この場は混沌としている。
…なんで、私はここに居るんだろう。見たことのある景色、見たことのある人たち。
それはおかしいこと。とても、おかしいこと。
だけどそれは必然だというなら。
この世に偶然は無く、全て必然だと決まっているなら。
「大切なものをなくしたのね」
「は、い」
「あなたはそれを集めたい」
「そ、うです」
「そしてもうひとつ、願いがある」
「…は、い。その為なら、それに見合った、対価、を」
私は必然に抗うことは出来ない。
だけど、どうしても、必然だとしても。失くしたくないものがあるから。
ここは、"願い"を叶える店。願いのある人間しか入れないこの店に入れた。
店の店主は壱原侑子。次元の魔女と呼ばれる彼女に…。どうしても願いたいことがあった。
「私、わ、たし」
「ええ」
「綺麗に、なりたいんです。この、世界に、見合う、くらい…」
「とてもとても、綺麗になりたい」
「そう、綺麗、に、…とても、とても、…相、応しい、くら…い…」
そう言い切ると、ぐらりと視界が歪んだ。傾いた身体を見て、侑子さんは「…限界ね。ここに来れただけでも奇跡だもの」と言うと、
四方八方から何か言いたげな視線が突き刺さる。
そして私はついに目を瞑り、瞼の裏しか見えなくなった頃、彼女は呟いた
「いいわ。その願い、叶えましょう。…一つの対価は既にもらっているから」
これは、とてもおかしなこと。
必然だとしても、おかしくておかしくて、潰れてしまいそうな程、おかしなこと。
何かが狂ってそうなってしまったというのなら、いったい何がいけなかったんだろう。
人間が崇め信ずるような神様なんて信じていない。
でも、私は声が枯れるほど、
空想の中の神様を責めてしまいたかった。
自分の何がいけなくて、こんな罰を与えたんですか、と。責任転換だと分かっていながら、
自分の罪だと気がついていながら。
楽になれる方法だと分かっていたから。それが私の罪を余計に増長させてると分かって
