愛し欠けた空間は満ちる
1.笑う人阪神共和国

彼と私の初会話は、こんなものだった。


「はっ、初めましてー!でっすっ!…あ、です」
「あ、えっと…小狼っていいます…。…でっす?」
「あ、そこ再び突っ込まれると痛いというか単に勢いあまった言い間違いっていうかー…」


…なんだこの会話、とズレた空気を感じたのはこの四人と一ぬいぐるみのうち何人居ただろうか。
眠る少女…サクラちゃん、というらしい女の子を嵐さんについていてもらって、
探し物があるという小狼くんと一緒にこの国の探索に出かけることになった。
小狼君にお昼ご飯代の入ったカエルのがま口財布を預けて空汰さんは仕事へ行ってしまい。先ほどのやり取りが交わされて、下宿屋の前で暫く変な空気感を保ちながら立ち尽くすことになる。

…一緒に旅することになった仲間…?に初めて自己紹介したかも。
正直この黒いお兄さんは話しかけられないヤベェオーラを放ってる気がするし白いお兄さんは論外すぎてタイミングが掴めない。
…でも例えば小狼君が呼んで初めてなまえを知るって言うのはなんとなく嫌っていうか…

ええい、だったらもー、例え唐突すぎても自己紹介してしまえ!とくるりと回れ右をして二人に向かい合った。
まずは、黒いお兄さんだ!


です!」
「……あ?」
「お兄さんのなまえ、教えてくださいー!」
「……でっす、はどうした」
「…なっ!?」


黒いお兄さんに向けて名乗りを上げて頭を勢いよく下げる。
そして暫くの沈黙の後に降ってきた言葉はとんでもない。
このお兄さんに冗談を言える感性があったのは良いことだけど…っていうか冗談なのか素なのか本当にわからない所が恐ろしいんだけど、
でっす!を強いられてることに唖然としてしまって、ぱくぱくと魚のように口を開閉させていると、白いお兄さんが笑ってることに気が付いて、これ幸いと白いお兄さんに向かって頭を下げなおす。


です!」
「あれ、でっすは?」
「………………。」
「嘘うそ」


……本当にこの人は…もう、なんていうか…もう駄目!もう駄目としかいえない。
この人は確信犯すぎて、腹の中に何を飼っているのかわからなすぎてもう怖い。恐ろしい得体がしれねぇ。
あははじゃねんですよ!と言いたくとも頭を上げることが出来ないまま硬直して、
ぐい、っと頬に手をそえられて顔を強制的に上げられるまでは、
いかにこれから黒いお兄さんと小狼君にくっ付いて行くかを計算していて。


「………俺は…ファイ・D・フローライト。…長いから…ファイで。」
「……えっ…と。じゃあ、私も、って……」
「…うん、ちゃんねー」


顔を上げられた後にお兄さんはファイと名乗ったけど、なんだか声色が変わった気がして少しきょとんとしてしまって、普通に挨拶してしまった。
って呼び捨てでいいっていうことだったんだけどな…
まあ私もファイで、って言われてもファイさんって呼ぶつもりなんだけど。

きょろりと黒いお兄さんと小狼君を見ても何も疑問を感じてないみたいで、
なんだ気のせいかー!凄い気を遣っちゃったよー!と謎の募りを抱えるばかりで。

そして。


「…………………、…………」
「………………………黒鋼だ」
「でっす!」
「おい」


じーーーーーっとそれはもう黒いお兄さんを見つめて見つめて見つめて見つめて暫く。
その重圧に耐え切れなかったお兄さんが名乗ったところで私はでっす!と歓喜の叫びをあげるとドスのきいた低音が聞こえたためにぎゃーっと小狼君の背に隠れてやった。

…やった、なまえ入手だよ!
これで本当に呼びかけることも出来ないというもどかしい空気を味わうことはない!
走り回ってるうちにまたガキだなんだ聞こえた気がしたけど、
正直この空間楽しいな、と考えてた。
あーあ、この短い間でなんだか好きになれちゃったよ。
…でも、こんな風にはしゃげるのも、あの大怪我が治ったからで、
あの怪我じゃあ探し物が終わったとして治っているか、そもそも歩けるかすらわからなかったのに。
聞いた話じゃ私は結構な箇所の骨が折れていたらしい。
…恐ろしい話だけど、でも。それでも、やっぱり私はこんな形は望んでなかった。

しょんぼりと俯きながら歩く私は、関西風のこの賑やかな町からすると少し浮いていた気がする。



「にぎやかだねー」
「ひといっぱーい!」
「でっかい建物と小さい建物が混在してるんだ」


「ぎゃっ」


…そして、ようやっと混沌から抜け出して探索に出かけた時だった。
日本…というか阪神共和国の建物にギャップを感じてる面々をよそに、私は驚きにか細い悲鳴を上げてしまった。
思わず口を押さえたけど、…何、アレ…?
誰も私の潰れたカエルのような悲鳴は聞いてない。よし。でもよしと言えない状況っていうか…
…なに、あれ?
いつの間にか小狼君の頭の上に何か白いものがもぞついてると思ったら、
それはぬいぐるみで、いや、でも生きてて、「ひといっぱーい!」なんて可愛らしく喋るものだから。

わ、わ、わた、わわわたしは…!


「あれ、もしかしてモコナが怖いのー?」
「ぎっ…!……、…っ!」
「あっはは」
「あっははじゃない!本当にない!」


私の豹変っぷりに気が付かない小狼君と黒鋼さんに「小狼君はこういうの見たことあるー?」と聞いたり「黒たんはー?」なんて話しかけたり、
もうこの器用さが恐ろしいし恐ろしいし腹立たしいし、

なんてことだろうとわなわなと色んな意味で震えてた。
妙な呼び方をするな!と怒り心頭であった黒鋼さんも、通行人に笑われてる、
…モコナ?というらしい白いぬいぐるみにを見るとにんまりと笑った。


「笑われてっぞおめぇ」
「モコナもてもてっ」
「モテてねぇよっ!」


…──笑えない笑えない笑えない笑えない笑えない笑えない…!!!
なんでアレ、動いてるの?なんであんなに滑らかに喋って感情豊かなの?
ていうか、私アレの口の中に吸い込まれてここに来たんだった…一度はアレが死の穴だとさえ認識していた記憶が蘇って、私は蒼白になるばかり。

…だめだ、私こういうの苦手なんだ、この得体の知れない感じのヤツ、
…だから私はこのファイさんがこんなに苦手なのか?いやいや、初対面でセクハラされまくったっていう印象もあるし。でもアクロバティック抱っこごっこ楽しかったし。
ガチガチになりながら後方からついて行きながら八百屋さんのおじさんに絡まれてから、あのまあるい果実は梨だラキの実だもっと薄い色だ討論してる小狼君たちに一言言う、
私はそれ本当にフツーの林檎だと思う!


「うぅ、さ、寒気が……」


普通の元の世界の指定制服のまま外に出てきてしまったけど、別段外が寒いとかいうわけじゃなくてね…
なんか、あの不思議生物がこっち見てる気がするんだよ、いや気がするじゃなくて、
しっかりとこっちにアイコンタクト送ってきてて、なんの交信をされてるんだろうと身震いしてしまってたまらない。得体が知れなさ過ぎるよー!一見愛くるしいかもしれないけどなんか…ああ…

ファイさんも得体が知れないと言えばそうだし、腹に一物抱えてそうな腹黒確信犯の匂いがプンプンするし…
京の趣味に付き合って培った二次元の嗅覚。それは伊達じゃない。あの人はそうだ。絶対だ。三次元にも通用するんだからこれー!

…でも…


「…うぅ……」


この人は私のことを小ばかにしているようで少し苦手。
それに何だか距離の詰め方がおかしいし怖い…
悪い人には見えないんだけど。本当に優しい笑顔をしてるし。

そう、でも、だ。でも…

時々凄く寂しそうな目をしてる。完璧なふにゃりとした笑顔の中に隠れてるから、
自分でもなんで気が付いたのかと不思議に思うけど…
きっかけはやっぱり自己紹介をした時のこと。あれから思い返してみれば時折そんなことがあったようにどんどん思い返してきて、

…なんとなく、無言で傍に居てあげたくなった。
この人も昨日まで赤の他人だった見知らぬ人と知らない世界を旅をしていて、
何もストレスが無いだとか、思うところがないだなんて思えない。

…だって、願いが、あるんでしょ。
ここに居る人はみんな…
命の重みに等しい願い。私もそうだったし、なんとなく話の流れで、小狼君もとても…って知って。
…だから
言葉は要らない、傍にいるだけ。
こういうタイプの人にとってそれがとても有難いものだと、私は短い人生経験ながら知ってたから。
…いつの時に覚えたのか、忘れたけど…?


「……で、ちゃんー?」
「っはぁ!!?…い!」
「うーん、凄く驚いてるのは分かるんだけど、今どうやって次元の魔女のところに来たのーって話しててー」


…しまった、あまりにもビックリしすぎてガン飛ばしてしまった。
取ってつけたように語尾を後付けして、返事として偽装したけど、この人が緩い人で心の底からよかったー!女子高生として終わってる声が出てしまったわ…

とりあえず、えーっと、どうやって魔女…侑子さんの所に来たかって?
話をすると長くなってしまうんだけどなあソレ…私もよくわかってないし。
でもみんなは聞く体制に入っちゃってるし、小狼君の肩でさきほど八百屋さんで買ったリンゴを丸呑みしている不思議生物を横目に、
ガタガタと震えながら始まりの日を話始めるのだった。

…にっこりと、隣で完ぺきな笑顔でファイさんに微笑まれながら、モコナという生物ににこりと監視されながら。怖い組みは怖く。
じーーーっと見つめるばかりと小狼君と黒鋼さん組みはとても微笑ましいもので、こんな卑怯な挟み撃ちにあってしまってもう私はどうしたらいいんだろうか…。