自覚しよう
8. 嘘吐きと隠し事─紗羅ノ国
ガンッと金属がぶつかり合うような音がした。それも凄く派手に。
それを聞いて私は冷や汗が止まらない。滝汗である。
…だって…だって…その音って、山賊(仮)さんが振り落とした斧の音で、その斧が今まで私が居た場所に振り下ろされて、ギリギリ寸前で私が避けなかったら私血まみれで、避けた結果その斧はその辺に転がってた鉄のパイプを綺麗に分割して…。
…ち、竹輪…まるで包丁で柔らかな竹輪でも輪切りにしたような…じゃ、じゃなくて!
逃げなきゃ!どうせ斧背負ってる時点でそれが振り下ろされるとわかっていたから最初の品定めするかのような緩い攻撃は避けられた。
それを避けたとなると、山賊さんは少しだけ口角を上げて悪どい顔をしてまた一歩にじり寄る。
…こ、こわ、こわー…!いくら私が幾度かのこういった修羅場(というには生ぬるいかもしれないけど)を潜り抜けたかと言って怖いに決まってる!一歩間違えたら私が竹輪だ輪切りだ!
…どうしよう…こんな時なのに、またいつかの時のように場違いに手が燃えるように熱くなってくる。気が散って仕方ないし、…いや何よりも気が散るのは熱なんかよりもよりもそうこの男の子の野次かもしれない。
「こわがらなくていいのに」
「ひぃッ!今掠った!今わたしの顔掠めたー!こんなのふつー怖いっつーのー!つーか君は私の味方なの野次飛ばしてるのー!?っぎゃっ髪の毛がーっ」
そして斧は何度でも振り下ろされる。が、この体格のいい、黒鋼さんよりも筋肉質でザ・少年漫画の世界のゴロツキ、みたいな山賊さんなら連続で振り下ろし、
女一人輪切りにしてしまうことも容易いだろうに…。遊んでると見た。そのにやついた顔もだけど高揚するような心は私にも伝わる。探ろうとしなくてもね。
…しっかし一言も喋らないのが不気味さを増してる…
ビクビクと怯えてぴょんぴょんとあっちこっちへと避けていく私に男の子が傍でしゃがみこみながら野次を飛ばす。なんなのー!確かに私はこんなに弱くて期待はずれだったかもしれないけどそんな残酷な!
「ちがう。怖がらなくてもいいのはおねーさんの力だよ」
「…ッは…?…っぅ゛!」
そんなに風に心の中でもうじうじぐちぐちと男の子に恨み辛みを抱えていれば、拍子抜けするような言葉に一瞬身体の動きが止まり、斧の一番鋭い部分の刃が浅く私のこめかみを切りつけた。
…痛い。痛いに決まってるし。でもそれよりも場所が悪かったのか傷の深さの割に流血がヤバイのが怖い。こわいこわい頭付近っつっても出血多すぎない…!
でも怖がるよりもまず逃げ!そのとろとろした素人の逃げが山賊さんの加虐心を煽ってるんだろうけど逃げるしか出来ないし!
…でも。
「おねーさんのその手の平。こわがらないで離すといーよ」
「…ッ!ぅ゛」
「離す、放す。話す。…ほら、早くしないとおねーさん傷だらけ。…しんじゃうかもよ?それだけ強い力をもちながら、なにがこわいの、ねえ。おねーさん」
外野から飛ばされる野次に戸惑う。…いや、野次と呼べるのか、これ。
…なんでこう、私が知らない私の何かは他人にはバレバレなんだろう…そうか、これは力なのか。桜都国でもあのお客様に言われた。わたし達を一度殺した人。私を見て言った。
そしてあのファイさんも知らずのうちに私の力を知っていて。
そしてこの男の子は…
この力を、この手の平の熱を、とても強い"それだけの"と称してしまう程に。
初対面の女に獣や強さ、従う、弱肉強食という変な概念を信じ込んでしまっているからにしても、その概念に従い私を強い者と認めてある意味服従するような。
…これは、ただの感じ取るだけの受身な力ではなくて。強さとは受身なだけのものなはずなくて。手の平がとても熱くて何かを発散したがっているように疼いて。
「なにがこわいの?」と男の子は言う。こわい、というのはよく分からなかった。
私もあまりに未知な知らないよく分からないモノに対してどういった感情を向けたらいいかわからなかったし、未知な物に対して前ならひたすらに恐怖してたけど今は端から畏怖して拒絶してかかるだけにはならなくなってきた。その辺は私なりに成長したのかもしれない。
でもこれが聞くに、察するに。何らかの力を持っているらしい男の子が言うほど"強い"ものなら…
「わた、しは」
その異質さが、異常が、他と違う何かが、平凡とも平和ともかけ離れすぎているだろうその力が。とてもとても。吐き気がするほどに
その強さが。あまりに強いからこそやっぱり私は
「こわいよ」
ぽつり、呟いてしまえば何かの膜が破れたかのように世界が変わる。感覚が変わる。
でも全部の膜が破れはがれた訳ではなく、まだまだ息苦しさはあるけど。
…そうか、私は怖いんだ。スピリチュアルと称していたこれが怖い。他人の心を読み取る、といっても喜怒哀楽を明、暗で差別化してなんとなくそれを嬉しいだとか悲しいのだとか悔しいのだとか察するだけだった。考えが全部読めるんじゃないからそこまでスピリチュアルなソレは怖くない。
でもこの"強さ"と称される手の平のこれはとても怖い。いや最初はスピリチュアルだって怖かった。感じ取る程に吐き気がした。普通とは違う力を手に入れ怖がっていたように思える。その時も何か膜が剥がれ破れたような…よく覚えていないながらそんな曖昧な記憶がある気がする。
これは、何。受身に感じ取るだけではなくこれじゃあ人を害してしまうような。
そこまで強いと断言されるそれが、手の平の燃えるような熱が
「こわ、い」
そんな物を力を人へと与えた世界が、こわい
何故かそう思ってしまった。深く考えないで浮かんだ言葉だけど一瞬ながら思考に耽ってしまったようで、埒の明かない追いかけっこに飽きたらしい山賊は容赦なく私に斧を振りかぶる。
私は避けたふりをして男の子の秘密だ、と言っていた開けっ放しだった扉を足蹴にして閉めた。
男の子はぱちぱちと目を瞬かせていたけど、山賊という括りなのかは別として彼は"何かを奪うもの"。あんまりこういったことを外見やらで決め付けて考えたくはないけど過去に似たような体験をしたのだ。この手口、この景色、この状況、この理不尽。おそらくは私の命にしても金目の物にしても彼は何かを奪おうとしているのだろう。
力があるからもしかして見かけによらず強くて余裕なのか、悠長にしている男の子も何か奪われてしまうかもしれない。あの果物はここでは多分貴重すぎる。
でもこれはお礼。私の未知すぎた力の片鱗を教えてくれたお礼。
私のこれについて周りの人間はあまりに核心的な物言いをしてくれなかった。…少し、わかった気がする。
それにそれだけじゃなく、なんとなくあの地下の畑を紹介する時の男の子の、変わらない表情と声色ながら、どこか誇らしげに、楽しげに嬉しげに見えたり感じたりしてしまった私はあの秘密の場所を誰かに荒らされたくなかった。
…この男に気が付かれないように、この扉はただの木材の欠片なのだというようにさりげなく滑り込むように避けて砂煙を巻き上げて。
…なーんて頑張ったって、私に器用なコントロール力はなかったからそのまま地面へと転げてしまったけど。
…あ、倒れちゃった。山賊さんはしめた、みたいな顔をしてる。でも何も喋らない。一言も。
…途中、もしかしたらこの山賊さんは声だ出せないのかと気がついた。その斧を振りかぶってる時の喉から発せられた音が、声というにはあまりにも…。だから。
…だから、情けでもかけたつもり?喋れないから可哀想だと?不便がありすぎるから奪い取るしか出来なくなってしまったのだと情けでも?
いや、私は動けない。こんな状況から起き上がって避けられるような瞬発力も判断力も経験もない。怖いだとか死にたくないだとか泣き叫ぶこともできず、悲鳴を上げることも出来ず。この胸のうちで浮かび上がる沢山の入り混じった言葉たち。
──しにたくない
──力が欲しい
──強くなりたかった
──でもこんな力いらない、望んでない、知らない、使いたくないのに…!
なんていう、矛盾しすぎてるその思考を。
「……ほんと、馬鹿な世界の人」
すぐ傍から嘲笑うように。その反面慈しむように。可哀想な物へ向けるように。愛しい物へと向けるように。
色んな複雑な感情が混ざり合ったように聞こえる男の子のその一言は。
多分最期の最期、もう逃げられないという状況で斧を振りかぶられ倒れたまま動けない、いや動かない私へ向けて。
「だから、貴女の世界はこんなにも」
8. 嘘吐きと隠し事─紗羅ノ国
ガンッと金属がぶつかり合うような音がした。それも凄く派手に。
それを聞いて私は冷や汗が止まらない。滝汗である。
…だって…だって…その音って、山賊(仮)さんが振り落とした斧の音で、その斧が今まで私が居た場所に振り下ろされて、ギリギリ寸前で私が避けなかったら私血まみれで、避けた結果その斧はその辺に転がってた鉄のパイプを綺麗に分割して…。
…ち、竹輪…まるで包丁で柔らかな竹輪でも輪切りにしたような…じゃ、じゃなくて!
逃げなきゃ!どうせ斧背負ってる時点でそれが振り下ろされるとわかっていたから最初の品定めするかのような緩い攻撃は避けられた。
それを避けたとなると、山賊さんは少しだけ口角を上げて悪どい顔をしてまた一歩にじり寄る。
…こ、こわ、こわー…!いくら私が幾度かのこういった修羅場(というには生ぬるいかもしれないけど)を潜り抜けたかと言って怖いに決まってる!一歩間違えたら私が竹輪だ輪切りだ!
…どうしよう…こんな時なのに、またいつかの時のように場違いに手が燃えるように熱くなってくる。気が散って仕方ないし、…いや何よりも気が散るのは熱なんかよりもよりもそうこの男の子の野次かもしれない。
「こわがらなくていいのに」
「ひぃッ!今掠った!今わたしの顔掠めたー!こんなのふつー怖いっつーのー!つーか君は私の味方なの野次飛ばしてるのー!?っぎゃっ髪の毛がーっ」
そして斧は何度でも振り下ろされる。が、この体格のいい、黒鋼さんよりも筋肉質でザ・少年漫画の世界のゴロツキ、みたいな山賊さんなら連続で振り下ろし、
女一人輪切りにしてしまうことも容易いだろうに…。遊んでると見た。そのにやついた顔もだけど高揚するような心は私にも伝わる。探ろうとしなくてもね。
…しっかし一言も喋らないのが不気味さを増してる…
ビクビクと怯えてぴょんぴょんとあっちこっちへと避けていく私に男の子が傍でしゃがみこみながら野次を飛ばす。なんなのー!確かに私はこんなに弱くて期待はずれだったかもしれないけどそんな残酷な!
「ちがう。怖がらなくてもいいのはおねーさんの力だよ」
「…ッは…?…っぅ゛!」
そんなに風に心の中でもうじうじぐちぐちと男の子に恨み辛みを抱えていれば、拍子抜けするような言葉に一瞬身体の動きが止まり、斧の一番鋭い部分の刃が浅く私のこめかみを切りつけた。
…痛い。痛いに決まってるし。でもそれよりも場所が悪かったのか傷の深さの割に流血がヤバイのが怖い。こわいこわい頭付近っつっても出血多すぎない…!
でも怖がるよりもまず逃げ!そのとろとろした素人の逃げが山賊さんの加虐心を煽ってるんだろうけど逃げるしか出来ないし!
…でも。
「おねーさんのその手の平。こわがらないで離すといーよ」
「…ッ!ぅ゛」
「離す、放す。話す。…ほら、早くしないとおねーさん傷だらけ。…しんじゃうかもよ?それだけ強い力をもちながら、なにがこわいの、ねえ。おねーさん」
外野から飛ばされる野次に戸惑う。…いや、野次と呼べるのか、これ。
…なんでこう、私が知らない私の何かは他人にはバレバレなんだろう…そうか、これは力なのか。桜都国でもあのお客様に言われた。わたし達を一度殺した人。私を見て言った。
そしてあのファイさんも知らずのうちに私の力を知っていて。
そしてこの男の子は…
この力を、この手の平の熱を、とても強い"それだけの"と称してしまう程に。
初対面の女に獣や強さ、従う、弱肉強食という変な概念を信じ込んでしまっているからにしても、その概念に従い私を強い者と認めてある意味服従するような。
…これは、ただの感じ取るだけの受身な力ではなくて。強さとは受身なだけのものなはずなくて。手の平がとても熱くて何かを発散したがっているように疼いて。
「なにがこわいの?」と男の子は言う。こわい、というのはよく分からなかった。
私もあまりに未知な知らないよく分からないモノに対してどういった感情を向けたらいいかわからなかったし、未知な物に対して前ならひたすらに恐怖してたけど今は端から畏怖して拒絶してかかるだけにはならなくなってきた。その辺は私なりに成長したのかもしれない。
でもこれが聞くに、察するに。何らかの力を持っているらしい男の子が言うほど"強い"ものなら…
「わた、しは」
その異質さが、異常が、他と違う何かが、平凡とも平和ともかけ離れすぎているだろうその力が。とてもとても。吐き気がするほどに
その強さが。あまりに強いからこそやっぱり私は
「こわいよ」
ぽつり、呟いてしまえば何かの膜が破れたかのように世界が変わる。感覚が変わる。
でも全部の膜が破れはがれた訳ではなく、まだまだ息苦しさはあるけど。
…そうか、私は怖いんだ。スピリチュアルと称していたこれが怖い。他人の心を読み取る、といっても喜怒哀楽を明、暗で差別化してなんとなくそれを嬉しいだとか悲しいのだとか悔しいのだとか察するだけだった。考えが全部読めるんじゃないからそこまでスピリチュアルなソレは怖くない。
でもこの"強さ"と称される手の平のこれはとても怖い。いや最初はスピリチュアルだって怖かった。感じ取る程に吐き気がした。普通とは違う力を手に入れ怖がっていたように思える。その時も何か膜が剥がれ破れたような…よく覚えていないながらそんな曖昧な記憶がある気がする。
これは、何。受身に感じ取るだけではなくこれじゃあ人を害してしまうような。
そこまで強いと断言されるそれが、手の平の燃えるような熱が
「こわ、い」
そんな物を力を人へと与えた世界が、こわい
何故かそう思ってしまった。深く考えないで浮かんだ言葉だけど一瞬ながら思考に耽ってしまったようで、埒の明かない追いかけっこに飽きたらしい山賊は容赦なく私に斧を振りかぶる。
私は避けたふりをして男の子の秘密だ、と言っていた開けっ放しだった扉を足蹴にして閉めた。
男の子はぱちぱちと目を瞬かせていたけど、山賊という括りなのかは別として彼は"何かを奪うもの"。あんまりこういったことを外見やらで決め付けて考えたくはないけど過去に似たような体験をしたのだ。この手口、この景色、この状況、この理不尽。おそらくは私の命にしても金目の物にしても彼は何かを奪おうとしているのだろう。
力があるからもしかして見かけによらず強くて余裕なのか、悠長にしている男の子も何か奪われてしまうかもしれない。あの果物はここでは多分貴重すぎる。
でもこれはお礼。私の未知すぎた力の片鱗を教えてくれたお礼。
私のこれについて周りの人間はあまりに核心的な物言いをしてくれなかった。…少し、わかった気がする。
それにそれだけじゃなく、なんとなくあの地下の畑を紹介する時の男の子の、変わらない表情と声色ながら、どこか誇らしげに、楽しげに嬉しげに見えたり感じたりしてしまった私はあの秘密の場所を誰かに荒らされたくなかった。
…この男に気が付かれないように、この扉はただの木材の欠片なのだというようにさりげなく滑り込むように避けて砂煙を巻き上げて。
…なーんて頑張ったって、私に器用なコントロール力はなかったからそのまま地面へと転げてしまったけど。
…あ、倒れちゃった。山賊さんはしめた、みたいな顔をしてる。でも何も喋らない。一言も。
…途中、もしかしたらこの山賊さんは声だ出せないのかと気がついた。その斧を振りかぶってる時の喉から発せられた音が、声というにはあまりにも…。だから。
…だから、情けでもかけたつもり?喋れないから可哀想だと?不便がありすぎるから奪い取るしか出来なくなってしまったのだと情けでも?
いや、私は動けない。こんな状況から起き上がって避けられるような瞬発力も判断力も経験もない。怖いだとか死にたくないだとか泣き叫ぶこともできず、悲鳴を上げることも出来ず。この胸のうちで浮かび上がる沢山の入り混じった言葉たち。
──しにたくない
──力が欲しい
──強くなりたかった
──でもこんな力いらない、望んでない、知らない、使いたくないのに…!
なんていう、矛盾しすぎてるその思考を。
「……ほんと、馬鹿な世界の人」
すぐ傍から嘲笑うように。その反面慈しむように。可哀想な物へ向けるように。愛しい物へと向けるように。
色んな複雑な感情が混ざり合ったように聞こえる男の子のその一言は。
多分最期の最期、もう逃げられないという状況で斧を振りかぶられ倒れたまま動けない、いや動かない私へ向けて。
「だから、貴女の世界はこんなにも」