幸福な終焉
1.私が日常を失うまで
「そ、そんな都合のいい話…これ、また夢?まさか、死後の世界とか?あの夢は死の前触れだったりするの……?」
…暖かい。それは吹っ飛びながらこの店らしき敷地にやってきた私を、受け止めてくれたお兄さんの腕の中の体温。
へにゃりと笑う彼はまさか天使?男天使?じゃあこの隣の黒い男の人は悪魔?全身黒いし、
でも、でもそこの男の子と眠った女の子に関してはまったく意味が分からないー!
目の前ではあの今朝の夢に出て来た黒髪のお姉さんが見下ろしてる。
とても綺麗で妖艶な雰囲気があって、圧倒されてしまうくらいで。
「……この世に偶然なんてないわ。あるのは必然だけ」
その静かに呟かれた言葉さえ神がかり的なものに感じてしまって、一気に息を呑んだ。
…偶然は、ない。あるのは…必然だけ…
…そう、なのかもしれないとすぐに納得してしまってる自分がいる。
…だって、そうだ。今回の事故が起こる前から私はこの店に惹かれていて。
何度も呼ばれるようにここにやってきていて。一度は出てきてしまったけど、
今回は私は願いのために再びここにやってきた。…あり得ない出来事だとは思うし、今でも信じがたいことだ。…でも、それなら今見てるこのリアルすぎる景色は何?
あの店が願いを叶えてくれたらいいのに、なんて願った瞬間、やってきてしまった。これはとてもおかしなこと。現実ではあり得ない摩訶不思議なこと…
でも…ああ、そうなんだって。納得してしまうような。もしこれが夢でも、死の直前にみてる走馬灯の一種でもなんでもいいと思う。これが確かに私の願いだったから。
見上げると、私を抱きかかえたままの白い服を纏ったお兄さんが、笑ってる。
もしかして天使なのかもしれない、と最初思った通りの綺麗な天使みたいな笑顔で。
…この世界は、私の最後の願いを、我侭を。聞き入れてくれる。
そういう店だから。必然、だから。
「……お願いします、叶えたいことがあるんです…」
「対価が必要よ」
「それでも」
「…対価が何かも聞いていないのに意志は固いわね…」
私は願うしか選択肢は無い。…選択肢を与えられてることすらとても幸福なことだ…。
だって、この世には私達みたいに事故にあったって、きっと願いを叶える選択肢すら与えられずにあっけなく終わってしまう。
きっとこの店は特別な場所。世界中の全ての不幸な人間がやってきてしまったらきっとそれは…。
だから、必然だった。自分自身が特別な人間だなんて言わないけど、
何かの縁に導かれてやってきてしまったんだ。…幸せな、ことなんだ。もしこれが夢だとしても。現実だとしても。
例えそれと引き換えに、どんなに重い対価を取られてしまっても。
「あなたの対価は…その男の子の傷を肩代わりすること」
「……じゃあ…」
私は男の子と"一緒"に車に轢かれるはずだった。受けた衝撃も多分同等。
傷を肩代わりすることで男の子が生きれるようにのは分かる。
でも、それをすると多分、私はきっと…
「いいえ、その子の傷はあなたが庇ったったから、あなたに比べたら、の話だけど…酷い物ではない。…でもね、人の未来を変えてしまうことって、とても対価が重いのよ。これは彼の命の重みなの。…傷を肩代わりして彼を"生かす"。そしてそれに加えて、未来を変えることへの対価ももらわなくては」
…多分、生きては居られないんだろう。
私の方が酷い傷。そしてそれに加えて男の子の傷を肩代わり。死に値するには十分だ。
未来を変えること。それはお話の中でもよくある、タブーだ。禁忌なのだ。
この世は道筋に沿って生きてる。輪っかがそれ決めてる、人は"運命"と呼ぶのかもしれない。
でもね、その運命さえ、そう必然さえ。私はやっぱり愛しいよ
「……わかりました。傷を、肩代わりすればいいんですね。…そして、その他に貰っていただける物が私にあるのなら、それを対価に」
間も開けずにきっぱりと断言すると、店主さんの空気が少しだけ揺らぐが分かった。
それと同時に私を抱えてくれている白いお兄さんの腕の力も少しだけ強まって、
あ、そういえば私、投げ飛ばされてからこの体勢のままだ…と少し気恥ずかしく思いながらも言い出せる雰囲気じゃないし。
…どうせ、もうすぐ終わりだから。
隣の人たちも一刻を争うみたいだし、早く終わらせようとあえて離してとは口にはしないまま。
前だけは見つめる。
私が行く末は前ではなく後ろなのかもしれないけど。
「……いいのね。とても大切なものよ」
「……私にとっては、その小さな小さな男の子も、とても大切なものだったんです」
私の揺れることない瞳をじ、っと見つめて、女の人は見定めるようにしていたけど。
ついに「…いいわ、その願い叶えましょう」と呟いて。
「……何も、変えることはないのね」
「……え」
独り言のように遠くを見つめるように呟いた女の人…店主さんはふっとこちらを見て。
…何?と思ってる間にも、
ついに告げてしまった。
「あなたの対価は彼の傷を肩代わりすること。……そしてあなたが一番愛してるもの…今まで生きていた"世界"を失うこと」
…世界。愛しているもの、大切な人達や大切な物がある場所、
…私が無条件に全てを愛してしまった、普通の日常があるだけの世界。
愛してた。理不尽も当たり前に、幸福も最大の宝だと、善人も悪人さえも、何もかも愛してた。それが当たり前だから。
…当たり前だから、何故?分からないまま愛していた世界でさえ、こんなにも愛しい。
でもね、でも…
「いいです。あの子が生きることが出来るなら。あの子の未来を、先を作ってあげられるなら」
白いお兄さんの腕は、とても暖かくて、もうすぐこの体温さえも感じることはなくなってしまうのだと思うとそれでも少しだけ名残惜しくて。
知らない人だし初対面の異性ではあるんだけども。少しだけ優しさに甘えて抱えてくれる腕に手をそえると、白いお兄さんが息を呑むのが分かって。
何かと思って顔を上げようとしたけど……
「……では、行きなさい」
店主さんがすいっと手を上にあげて、手の平に乗ってる小さなぬいぐるみのような物がふわりと浮いた。何か魔方陣のようなものが出来ているのが見える。
…何、何?
私、どうなるの?死ぬんじゃないの?行きなさいって、天国?地獄?これから行くのは何処?生きてる人間が死後の世界を知らないのは当たり前。死人に口なし、だから。
私は知らない。知らない場所に行く。愛したものを捨てて。最期は二人分の痛みを感じるのかも、でも
とても幸福な気持ちで満たされていた。…なんでだろう、本当に、絶対にあの子だけは助けなきゃいけないって、例えば一目惚れでもしてしまうかのように初めて会った時から惹かれてた。恋だとか愛だなんて陳腐なものじゃない。例えばあれは…
「っ!」
羽が生えたぬいぐるみみたいな物ががばりと口を開いて、私達はそのお口に吸い込まれていく。何、何、これ何ー!?
しかもこれが死後の世界へ繋がる穴っていうなら分かるんだけど、白いお兄さんも黒いお兄さんも男の子と女の子も吸い込まれてるし!
ふわりと浮いてしまってるから、バランスを崩してしまうと思ったけどお兄さんがあのまま抱きかかえてくれてるみたいで、なんて優しい人なんだろうと感心してしまった。
…やっぱり、この人は天使なのかもしれない。中性的って訳じゃない男天使だけど。
「……彼らの旅路に…"その先に"。幸多からんことを」
私はとても幸福だった。
そして、今でも幸福な命で人生だった。
1.私が日常を失うまで
「そ、そんな都合のいい話…これ、また夢?まさか、死後の世界とか?あの夢は死の前触れだったりするの……?」
…暖かい。それは吹っ飛びながらこの店らしき敷地にやってきた私を、受け止めてくれたお兄さんの腕の中の体温。
へにゃりと笑う彼はまさか天使?男天使?じゃあこの隣の黒い男の人は悪魔?全身黒いし、
でも、でもそこの男の子と眠った女の子に関してはまったく意味が分からないー!
目の前ではあの今朝の夢に出て来た黒髪のお姉さんが見下ろしてる。
とても綺麗で妖艶な雰囲気があって、圧倒されてしまうくらいで。
「……この世に偶然なんてないわ。あるのは必然だけ」
その静かに呟かれた言葉さえ神がかり的なものに感じてしまって、一気に息を呑んだ。
…偶然は、ない。あるのは…必然だけ…
…そう、なのかもしれないとすぐに納得してしまってる自分がいる。
…だって、そうだ。今回の事故が起こる前から私はこの店に惹かれていて。
何度も呼ばれるようにここにやってきていて。一度は出てきてしまったけど、
今回は私は願いのために再びここにやってきた。…あり得ない出来事だとは思うし、今でも信じがたいことだ。…でも、それなら今見てるこのリアルすぎる景色は何?
あの店が願いを叶えてくれたらいいのに、なんて願った瞬間、やってきてしまった。これはとてもおかしなこと。現実ではあり得ない摩訶不思議なこと…
でも…ああ、そうなんだって。納得してしまうような。もしこれが夢でも、死の直前にみてる走馬灯の一種でもなんでもいいと思う。これが確かに私の願いだったから。
見上げると、私を抱きかかえたままの白い服を纏ったお兄さんが、笑ってる。
もしかして天使なのかもしれない、と最初思った通りの綺麗な天使みたいな笑顔で。
…この世界は、私の最後の願いを、我侭を。聞き入れてくれる。
そういう店だから。必然、だから。
「……お願いします、叶えたいことがあるんです…」
「対価が必要よ」
「それでも」
「…対価が何かも聞いていないのに意志は固いわね…」
私は願うしか選択肢は無い。…選択肢を与えられてることすらとても幸福なことだ…。
だって、この世には私達みたいに事故にあったって、きっと願いを叶える選択肢すら与えられずにあっけなく終わってしまう。
きっとこの店は特別な場所。世界中の全ての不幸な人間がやってきてしまったらきっとそれは…。
だから、必然だった。自分自身が特別な人間だなんて言わないけど、
何かの縁に導かれてやってきてしまったんだ。…幸せな、ことなんだ。もしこれが夢だとしても。現実だとしても。
例えそれと引き換えに、どんなに重い対価を取られてしまっても。
「あなたの対価は…その男の子の傷を肩代わりすること」
「……じゃあ…」
私は男の子と"一緒"に車に轢かれるはずだった。受けた衝撃も多分同等。
傷を肩代わりすることで男の子が生きれるようにのは分かる。
でも、それをすると多分、私はきっと…
「いいえ、その子の傷はあなたが庇ったったから、あなたに比べたら、の話だけど…酷い物ではない。…でもね、人の未来を変えてしまうことって、とても対価が重いのよ。これは彼の命の重みなの。…傷を肩代わりして彼を"生かす"。そしてそれに加えて、未来を変えることへの対価ももらわなくては」
…多分、生きては居られないんだろう。
私の方が酷い傷。そしてそれに加えて男の子の傷を肩代わり。死に値するには十分だ。
未来を変えること。それはお話の中でもよくある、タブーだ。禁忌なのだ。
この世は道筋に沿って生きてる。輪っかがそれ決めてる、人は"運命"と呼ぶのかもしれない。
でもね、その運命さえ、そう必然さえ。私はやっぱり愛しいよ
「……わかりました。傷を、肩代わりすればいいんですね。…そして、その他に貰っていただける物が私にあるのなら、それを対価に」
間も開けずにきっぱりと断言すると、店主さんの空気が少しだけ揺らぐが分かった。
それと同時に私を抱えてくれている白いお兄さんの腕の力も少しだけ強まって、
あ、そういえば私、投げ飛ばされてからこの体勢のままだ…と少し気恥ずかしく思いながらも言い出せる雰囲気じゃないし。
…どうせ、もうすぐ終わりだから。
隣の人たちも一刻を争うみたいだし、早く終わらせようとあえて離してとは口にはしないまま。
前だけは見つめる。
私が行く末は前ではなく後ろなのかもしれないけど。
「……いいのね。とても大切なものよ」
「……私にとっては、その小さな小さな男の子も、とても大切なものだったんです」
私の揺れることない瞳をじ、っと見つめて、女の人は見定めるようにしていたけど。
ついに「…いいわ、その願い叶えましょう」と呟いて。
「……何も、変えることはないのね」
「……え」
独り言のように遠くを見つめるように呟いた女の人…店主さんはふっとこちらを見て。
…何?と思ってる間にも、
ついに告げてしまった。
「あなたの対価は彼の傷を肩代わりすること。……そしてあなたが一番愛してるもの…今まで生きていた"世界"を失うこと」
…世界。愛しているもの、大切な人達や大切な物がある場所、
…私が無条件に全てを愛してしまった、普通の日常があるだけの世界。
愛してた。理不尽も当たり前に、幸福も最大の宝だと、善人も悪人さえも、何もかも愛してた。それが当たり前だから。
…当たり前だから、何故?分からないまま愛していた世界でさえ、こんなにも愛しい。
でもね、でも…
「いいです。あの子が生きることが出来るなら。あの子の未来を、先を作ってあげられるなら」
白いお兄さんの腕は、とても暖かくて、もうすぐこの体温さえも感じることはなくなってしまうのだと思うとそれでも少しだけ名残惜しくて。
知らない人だし初対面の異性ではあるんだけども。少しだけ優しさに甘えて抱えてくれる腕に手をそえると、白いお兄さんが息を呑むのが分かって。
何かと思って顔を上げようとしたけど……
「……では、行きなさい」
店主さんがすいっと手を上にあげて、手の平に乗ってる小さなぬいぐるみのような物がふわりと浮いた。何か魔方陣のようなものが出来ているのが見える。
…何、何?
私、どうなるの?死ぬんじゃないの?行きなさいって、天国?地獄?これから行くのは何処?生きてる人間が死後の世界を知らないのは当たり前。死人に口なし、だから。
私は知らない。知らない場所に行く。愛したものを捨てて。最期は二人分の痛みを感じるのかも、でも
とても幸福な気持ちで満たされていた。…なんでだろう、本当に、絶対にあの子だけは助けなきゃいけないって、例えば一目惚れでもしてしまうかのように初めて会った時から惹かれてた。恋だとか愛だなんて陳腐なものじゃない。例えばあれは…
「っ!」
羽が生えたぬいぐるみみたいな物ががばりと口を開いて、私達はそのお口に吸い込まれていく。何、何、これ何ー!?
しかもこれが死後の世界へ繋がる穴っていうなら分かるんだけど、白いお兄さんも黒いお兄さんも男の子と女の子も吸い込まれてるし!
ふわりと浮いてしまってるから、バランスを崩してしまうと思ったけどお兄さんがあのまま抱きかかえてくれてるみたいで、なんて優しい人なんだろうと感心してしまった。
…やっぱり、この人は天使なのかもしれない。中性的って訳じゃない男天使だけど。
「……彼らの旅路に…"その先に"。幸多からんことを」
私はとても幸福だった。
そして、今でも幸福な命で人生だった。