宝物にした心
7. あげられる物、欲しい物─偶像の国
やっぱり桜花国でモコナの口から吐き出された矢には手紙がついていて、達筆な字で侑子さんからのメッセージが。
そしてそれを読めたのはこの三人と一人の中でも一部…そしてその意味が理解できてしまったのも極々一部。
私は理解してしまった人間で、ああ、やっぱりアレはそうだったんだ…と蒼白になるばかり。こういったことは、女性はとても厳しい。
『ホワイトデーは倍返し。遅れたら罰は三倍返し』
…ですよねー!
確かに裏もなしに殊勝にサプライズするだけの人には見えないやっある意味強かで格好いい気がするけどねーっ
…やっぱりあのフォンダンショコラ、バレンタインデーだったよー!わああ、どうしようどうしよう、アレを送ったのが侑子さんだとしても多分、きっと、恐らくの恐らくで…作ったのは別の人…のような。
侑子さんがそうじゃないという訳じゃないけど、別の意味で綺麗な…繊細で穏かな味がした。とても綺麗で口に含むと幸せで…
お礼、しなきゃ、だよね。送ってくれた侑子さんに、そしてもしかしたら作ってくれたかもしれない別の人にも…しっかりお礼したい。
…ああ。なんかへにゃーんって締りの無い顔になっちゃうんだよねーっわーっ
意味が分からない人間二人、独自に理解出来てしまいぽん、っと納得したように自己完結してしまう一人とへにゃへにゃ笑ってる一人。
そんな話をぎゃいぎゃいとしているの中、めぼしい収穫もなかったためにサクラちゃんが寝ている場所へと帰ることになって。
巨木という言葉でも現せきれないくらいの大きな木の根元。
向かうとサクラちゃんはなんと罠のようなものにかかっていて、網に絡んで必死に抜け出そうとしている最中で。急いで駆け寄った瞬間に言った言葉は助けて、だとか自分のことでもなんでもなくまず開口一番に。
「小狼君が攫われたんです!!」
相思相愛ップルいいなあ、と物騒な事態なのに一瞬で和み和みんでしまいながらもすぐに我にかえりハッとした。…このジャングルでいったいどんなモノに攫われてしまったのか、ガチリと固まる中にもサクラちゃんは救出されて、
小狼君とサクラちゃんを二人っきりにさせ隊の活動も虚しく。小狼君を救出し隊が新たに結成されるのだった。
…人生上手くいかないなー泣けてきたー…
で、助けに行くのはいいんですけど…なんか道無き道を進んでも進んでも、別に人の気配がしないような…いや、生き物の心の揺れは伝わってくるんだけど。人間のような感じがしないというか、
………まさか小狼君…とガタガタと震えながら向かったけど…も…
「ひぃ゛っ」
…みんなでザクザクと歩き続けること暫く。やっと開けた場所に出たと思ったら…
そこにはわさわさと沢山の生き物がいた。わらわら動いてる。こちらを沢山の瞳が見つめてる。沢山の心を一瞬受け取ってしまい一瞬くらりとしたけど持ち直す。…確かに生き物ではある…でも。
やっぱりソイツらは人間ではなくて、でも生き物で。"ソイツら"は可愛い顔をしてきゅるきゅるとこちらを見つめる…そう大きめなウサギ。皆で緊迫した空気を醸し出しながら向かったが小狼君は仲良くウサギさんとお喋りしていて拍子抜けしてしまった…。
なんか絵面は可愛いな絵面は。
……二本足で立って歩いて喋って意思疎通が出来る、不思議異世界生物のウサギさん。しかも大群ときたか。見かけや中身が可愛くたって仕方が無いことだとモコナで分かってるのだ。
久しぶりにギャップに驚いてしまい、私は潰れたような悲鳴をもらしながらそのままガタガタと一人震えることしか出来なくて。
どんどん話が進んでいく中も隅っこの方で体育すわりをして膝に顔を埋めて過ごした。
…すぐ隣にファイさんが当たり前のように立ってたけど、もうとうにこの辺に関しての羞恥など捨ててやったわー!
「…はー……」
…小狼君達はこのウサギさん達も被害を受けて、困り果てるくらいに害があるという魔物を退治しに行くらしい。そもそも小狼君が攫われたのも、その魔物に生け贄として捧げようだなんて可愛い顔して物騒な思考に至ったかららしく。
圧倒的な力を持った魔物…そしてモコナがすぐ近くまで感知している羽根の気配…
これは、と皆が一瞬で思い至るのは早かった。
でも、ウサギさん達としては生け贄として保持する人間が一人も居なくなるのは困る。誰か残るならいい。誰かが残れ。ってことで居残り組みを決定させることになり、見事に居残り組みになったのが…
「人生って迷宮みたいなもんです、よねー…」
「なんか悟り開いた人みたいになってるよー」
私と貴方。ファイさんと私です。…なんとなく分かってはいたんだけど本当に切なくなる。
誰のせいだ誰の…!……なんて、ガァッと叫ぶ訳にもいかず。また体育座りをしたまま呆然とする。我ら居残り組み…なんて嫌な響きだ。
正直私も、いや私かファイさんかどちらかだけ連れて行ってくれと思ったけどこれが妥当だったわーけーで…。
サクラちゃんもサクラちゃんで心に強い意志を灯していて。記憶も戻り、これが本来の彼女の気質なのか「足手まといにならないように頑張ります、一緒に行かせてください」なんて真剣にお願いしていて。
それを了承して一緒に退治へと向かったのですよ。
あんなに可愛いお姫様でもどんどん強かで芯の通った女の子に成長していくというのに。
一方私はといえば…
「……せつねー…」
何が嬉しいのかにこっとしてるこの人に手を引かれるのみ。そして今後の方針としてもそのままに決定している。成長の余地がねぇ。どこにもねぇ。残されてねぇ。とんでもねぇ。
私は女の子女の子したい訳じゃなく、そう例えばサクラちゃんみたいな強い女の子になりたかったんだけどなあ、なんて考えながらもこれは迷いじゃなくて、心の整理だもん、なんて屁理屈こねてこねこねとずーっと考えてる。
だって本当に謎すぎる今の状況。異世界行くと女の子はみんな擬似でもお姫様になれちゃうのかな、わー。
なる、と決めたからには本気でなりきってやろうとは思ってるけど…にしてもサクラちゃんはモノホンのお姫様だしね、だから…
…はあ。ため息が出る。
手持ち無沙汰で手をひらひらさせていたら、ふと思い出した。
…そう言えば桜都で、星史郎さん、とやらに攻撃された時…この右手が凄く熱くて何かで火傷してないかと思ったけど何もない。
…いやというか右手が勝手に動くっておかしいよね?持ち上がって指差してそのまま手を広げて…ってなんか波動でも出すんかい、と思うくらいだけど流石に…スピリチュアルでも手に余るのにかめはめ式波動は困る!
わきわきと手を動かしていると、頭上に何かがぽすり。
「よしよし」
「……やめてくれませんかねー…頭撫で撫でとかいう年じゃないんですけと」
「落ち込んでるみたいだし?」
「………」
誰のせいだ、と今度こそ漏れそうだった言葉をうぶっと奇声を発しながらも手で押さえつけてこらえた。
後悔は決して口に出さない!これ鉄則!ただし懺悔は色々な意味で別だから!
にしても…あの生物は本当にウサギ…?ウサギみたいな耳もしてるけど二本足で立ってる不思議生物。
アレでもそういやウサギも二本足で立つっけ、なんて場違いなことを考えながらワイワイと楽しげなウサギを傍観。
あーそんなに危険そうに思えないけど地味に危険だこの子たち無邪気な悪意というか。生け贄とかさー。極限まで馬鹿じゃないというか、生け贄に最低一人はこの場に残す、とか。
あーこわこわ。目を瞑ってみると沢山居るウサギの心の揺れも伝わってくるけど…
私も感じる。恐らくモコナが感知しているモノと同じ波動を。
「不思議、ですよねぇー」
「なにがー?」
…世界に、周辺まで浸透してくるような強い力。
やっとわかった。今までもずっと感じていたソレは…これ、サクラちゃんの羽根だ。
なんで私がそんなスピリチュアルなものを感じ取れるのかわからない。…異世界に来て感覚も冴えてしまった、とかー…?いやでもファイさんの口ぶりからすると違うっぽいんだよな、意味がありそうな感じ。私には察することは全く出来ないけど。
感じられるのはサクラちゃんの羽根の力と心の揺れ。明か暗かどちらかという大雑把なくくりでなんとなく喜怒哀楽を察するだけで…読心術のようなことは当たり前に出来ないけど。
心しか分からない私でも感じ取れる羽根…もしかしたらちょっと敏感な人間にってだけでも感じ取れるほど力が強すぎるのかも。どこの国でもサクラちゃんの羽根はとても強い力を秘めて、
色んなことに利用されてた。
ぽつり、気になったことを呟いてみる。まるで独り言のように。でもこの人は私の言葉を取り零すことなくいつも真剣に聞いてくれて、言葉をくれる。
「サクラちゃんの羽根。記憶って、凄く強い力なんだなーってふと。みんな記憶を、羽根を使って世界に強い影響を与えてる…響いて浸透してる…。色んなものに…」
例えば桜花国のように幻覚が現実へと実体化してしまうなんてとんでもない影響力だ。
それだけの力を秘めた記憶の欠片、羽根。
サクラちゃんのその心は穏やかで優しくていつも全てに対する慈愛が窺える、赦されたくなる。許して欲しくなるようなとても綺麗な心。類稀なるモノだと思う。普通の人間は後ろ暗いものを多く抱えて中々手放せないし、だからこそあんなに綺麗になれないようになってる。
…まあ、だから例え私の記憶が羽根として飛び散ったとしても、そうはなりそうもないけどー、とにへっと笑うと、ファイさんは間もあけずに「そんなことないよ」と言って、
あまりにものことにぽかんと呆気に取られてると、まさか、まさかの言葉を吐き出してくれた。
「俺は君の記憶が欲しいよ。それは凄く強い力になる。異世界旅しちゃってもいいって思えるくらいに、欲しいかも」
お前は新手のナンパ師か、斬新か、いや詐欺師か?ってくらいぽろぽろとこういうことを言う。砂の吐くようなじゃりじゃりした言葉ばっかり。
目を丸くしたはいいけど、すぐにうぐぐ…と腹が立ってきてあからさまに不機嫌にしかめっ面になりながら言い返してやる。
その顔でそんなこと言われたら世の中の女の人はコロッと落ちるようなモノだろうけど…
私は生憎恋愛よりも友情してた方が正直楽しい。好意を持つのはむしろ三次元男子よりも二次元キャラ男子だし、そもそもリアルで男の子に色めきたってる自分を想像すると柄じゃ無さ過ぎてちょっともう目も当てられない。
だからといってキャラに恋、っていうのまではしてなかったけどねー…。本当に腹立つ。
「……なんか新手の口説き文句にも聞こえてしまうんですけど。ホイホイそういうこと言わない方がいいよその顔で」
「あっはは」
「だからあははじゃないんですよ、あははで済まされたら警察いらんて」
「ケイサツ?」
「あー警察って言うのですはねー、」
阪神共和国にもあの時いたでしょー、なんて説明していたら、あははで軽く流されたことに暫く、いやもの凄く時間が経ってから気が付いた。
警察官の人のほのぼのする面白話に白熱していたらこれだよ。
…なんか手のひらの上って感じだ…
子供だから大人に上手くかわされてしまうのは仕方が無いんだけど。
…早く大人になりたーい…早く大人の余裕を持ちたーいよー…
…そう考えて、はたと気が付いた。…私、日本ではいつも大人になんてなりたくなーい!っていう女子高生のピーターパン症候群だったのに。いつの間にこんなこと考えるようになったんだろう。
異世界に来て子供では居られなくなって強くならなきゃいけなくなって。
変わらなきゃいけなくなったのは勿論で、思い出して少し胸が痛んで。
ファイさんのからかいでそんなに思う程普段腹を立ててるんだなって自分お疲れ、って慰めてやって。
いや、それとも。
いつも近くにいてくれるけど、遠くに居る彼に。流されないで流させないで。ちゃんと言葉を聞いてあげられるようになりたい、だなんて。いつも私にそうしてくれているようにと。
自分が生きるためなんかじゃなく…思考の裏で初めて誰かのために変わりたいと思っていたことに気が付いた。誰かの為に命をかけるまで変わること、そして大事に大事に宝物のようにとっておいた無知で弱くて浅はかで平和を知っている自分…
そんな宝物を捨てるなんて。それは。まるで、
──そんなの
「……ねえ、に聞きたいことがあったんだ」
「……は?…………なんです?」
「……が元の世界で…助けたって言ってた子供…」
「……、」
「………その、子は……」
宝物はずっと大切に大切にとっておく。壊さないように。どこかへ失くしてしまわないように。
それでも。
「えと、ただいま戻りました…っ」
「………あ、サクラちゃん!モコナも小狼君も黒鋼さんも、おかえりなさーい」
「おかえりぃー」
物はいつかは朽ちて消えてしまうと知ってる。
サラクちゃんの羽根は灯台下暗し、とても近くにあった。ウサギさん達が落ちていたのを拾ったといって渡してくれた。
小狼君達も無事に帰って来てくれて一安心だー、はー。
この子たちにとっての魔物というのは"竜巻"という自然災害のことだったみたいで、"生け贄を寄越せ"なんて竜巻が喋るはずもなく、
それは天然でズレてるっぽいウサギたちの伝言ゲームのような会話の中でそう結論に至ってしまっただけみたいで。
淡々と、着々と進んでいく。どこか違和感を感じながらも、不安感はなかった。
次の世界に移動すると言って、また手を取られたけど、でも。
その手を取られた瞬間のことだった。私が押しつぶされる程の、苦しい程の不安感を感じたのは。…それでも私は…また口にしなかった。いや、口に出来なかったというのが正しい…のかもしれない。彼には言わない…これは言うようなモノじゃないと思ってたから。
何故か一瞬だけ白昼夢のようにチカリと視えてしまったモノ、
視界が眩む程の綺麗な白、滑らかな肌、神秘的な光、そして
霜花のようなうつくしいモノが
7. あげられる物、欲しい物─偶像の国
やっぱり桜花国でモコナの口から吐き出された矢には手紙がついていて、達筆な字で侑子さんからのメッセージが。
そしてそれを読めたのはこの三人と一人の中でも一部…そしてその意味が理解できてしまったのも極々一部。
私は理解してしまった人間で、ああ、やっぱりアレはそうだったんだ…と蒼白になるばかり。こういったことは、女性はとても厳しい。
『ホワイトデーは倍返し。遅れたら罰は三倍返し』
…ですよねー!
確かに裏もなしに殊勝にサプライズするだけの人には見えないやっある意味強かで格好いい気がするけどねーっ
…やっぱりあのフォンダンショコラ、バレンタインデーだったよー!わああ、どうしようどうしよう、アレを送ったのが侑子さんだとしても多分、きっと、恐らくの恐らくで…作ったのは別の人…のような。
侑子さんがそうじゃないという訳じゃないけど、別の意味で綺麗な…繊細で穏かな味がした。とても綺麗で口に含むと幸せで…
お礼、しなきゃ、だよね。送ってくれた侑子さんに、そしてもしかしたら作ってくれたかもしれない別の人にも…しっかりお礼したい。
…ああ。なんかへにゃーんって締りの無い顔になっちゃうんだよねーっわーっ
意味が分からない人間二人、独自に理解出来てしまいぽん、っと納得したように自己完結してしまう一人とへにゃへにゃ笑ってる一人。
そんな話をぎゃいぎゃいとしているの中、めぼしい収穫もなかったためにサクラちゃんが寝ている場所へと帰ることになって。
巨木という言葉でも現せきれないくらいの大きな木の根元。
向かうとサクラちゃんはなんと罠のようなものにかかっていて、網に絡んで必死に抜け出そうとしている最中で。急いで駆け寄った瞬間に言った言葉は助けて、だとか自分のことでもなんでもなくまず開口一番に。
「小狼君が攫われたんです!!」
相思相愛ップルいいなあ、と物騒な事態なのに一瞬で和み和みんでしまいながらもすぐに我にかえりハッとした。…このジャングルでいったいどんなモノに攫われてしまったのか、ガチリと固まる中にもサクラちゃんは救出されて、
小狼君とサクラちゃんを二人っきりにさせ隊の活動も虚しく。小狼君を救出し隊が新たに結成されるのだった。
…人生上手くいかないなー泣けてきたー…
で、助けに行くのはいいんですけど…なんか道無き道を進んでも進んでも、別に人の気配がしないような…いや、生き物の心の揺れは伝わってくるんだけど。人間のような感じがしないというか、
………まさか小狼君…とガタガタと震えながら向かったけど…も…
「ひぃ゛っ」
…みんなでザクザクと歩き続けること暫く。やっと開けた場所に出たと思ったら…
そこにはわさわさと沢山の生き物がいた。わらわら動いてる。こちらを沢山の瞳が見つめてる。沢山の心を一瞬受け取ってしまい一瞬くらりとしたけど持ち直す。…確かに生き物ではある…でも。
やっぱりソイツらは人間ではなくて、でも生き物で。"ソイツら"は可愛い顔をしてきゅるきゅるとこちらを見つめる…そう大きめなウサギ。皆で緊迫した空気を醸し出しながら向かったが小狼君は仲良くウサギさんとお喋りしていて拍子抜けしてしまった…。
なんか絵面は可愛いな絵面は。
……二本足で立って歩いて喋って意思疎通が出来る、不思議異世界生物のウサギさん。しかも大群ときたか。見かけや中身が可愛くたって仕方が無いことだとモコナで分かってるのだ。
久しぶりにギャップに驚いてしまい、私は潰れたような悲鳴をもらしながらそのままガタガタと一人震えることしか出来なくて。
どんどん話が進んでいく中も隅っこの方で体育すわりをして膝に顔を埋めて過ごした。
…すぐ隣にファイさんが当たり前のように立ってたけど、もうとうにこの辺に関しての羞恥など捨ててやったわー!
「…はー……」
…小狼君達はこのウサギさん達も被害を受けて、困り果てるくらいに害があるという魔物を退治しに行くらしい。そもそも小狼君が攫われたのも、その魔物に生け贄として捧げようだなんて可愛い顔して物騒な思考に至ったかららしく。
圧倒的な力を持った魔物…そしてモコナがすぐ近くまで感知している羽根の気配…
これは、と皆が一瞬で思い至るのは早かった。
でも、ウサギさん達としては生け贄として保持する人間が一人も居なくなるのは困る。誰か残るならいい。誰かが残れ。ってことで居残り組みを決定させることになり、見事に居残り組みになったのが…
「人生って迷宮みたいなもんです、よねー…」
「なんか悟り開いた人みたいになってるよー」
私と貴方。ファイさんと私です。…なんとなく分かってはいたんだけど本当に切なくなる。
誰のせいだ誰の…!……なんて、ガァッと叫ぶ訳にもいかず。また体育座りをしたまま呆然とする。我ら居残り組み…なんて嫌な響きだ。
正直私も、いや私かファイさんかどちらかだけ連れて行ってくれと思ったけどこれが妥当だったわーけーで…。
サクラちゃんもサクラちゃんで心に強い意志を灯していて。記憶も戻り、これが本来の彼女の気質なのか「足手まといにならないように頑張ります、一緒に行かせてください」なんて真剣にお願いしていて。
それを了承して一緒に退治へと向かったのですよ。
あんなに可愛いお姫様でもどんどん強かで芯の通った女の子に成長していくというのに。
一方私はといえば…
「……せつねー…」
何が嬉しいのかにこっとしてるこの人に手を引かれるのみ。そして今後の方針としてもそのままに決定している。成長の余地がねぇ。どこにもねぇ。残されてねぇ。とんでもねぇ。
私は女の子女の子したい訳じゃなく、そう例えばサクラちゃんみたいな強い女の子になりたかったんだけどなあ、なんて考えながらもこれは迷いじゃなくて、心の整理だもん、なんて屁理屈こねてこねこねとずーっと考えてる。
だって本当に謎すぎる今の状況。異世界行くと女の子はみんな擬似でもお姫様になれちゃうのかな、わー。
なる、と決めたからには本気でなりきってやろうとは思ってるけど…にしてもサクラちゃんはモノホンのお姫様だしね、だから…
…はあ。ため息が出る。
手持ち無沙汰で手をひらひらさせていたら、ふと思い出した。
…そう言えば桜都で、星史郎さん、とやらに攻撃された時…この右手が凄く熱くて何かで火傷してないかと思ったけど何もない。
…いやというか右手が勝手に動くっておかしいよね?持ち上がって指差してそのまま手を広げて…ってなんか波動でも出すんかい、と思うくらいだけど流石に…スピリチュアルでも手に余るのにかめはめ式波動は困る!
わきわきと手を動かしていると、頭上に何かがぽすり。
「よしよし」
「……やめてくれませんかねー…頭撫で撫でとかいう年じゃないんですけと」
「落ち込んでるみたいだし?」
「………」
誰のせいだ、と今度こそ漏れそうだった言葉をうぶっと奇声を発しながらも手で押さえつけてこらえた。
後悔は決して口に出さない!これ鉄則!ただし懺悔は色々な意味で別だから!
にしても…あの生物は本当にウサギ…?ウサギみたいな耳もしてるけど二本足で立ってる不思議生物。
アレでもそういやウサギも二本足で立つっけ、なんて場違いなことを考えながらワイワイと楽しげなウサギを傍観。
あーそんなに危険そうに思えないけど地味に危険だこの子たち無邪気な悪意というか。生け贄とかさー。極限まで馬鹿じゃないというか、生け贄に最低一人はこの場に残す、とか。
あーこわこわ。目を瞑ってみると沢山居るウサギの心の揺れも伝わってくるけど…
私も感じる。恐らくモコナが感知しているモノと同じ波動を。
「不思議、ですよねぇー」
「なにがー?」
…世界に、周辺まで浸透してくるような強い力。
やっとわかった。今までもずっと感じていたソレは…これ、サクラちゃんの羽根だ。
なんで私がそんなスピリチュアルなものを感じ取れるのかわからない。…異世界に来て感覚も冴えてしまった、とかー…?いやでもファイさんの口ぶりからすると違うっぽいんだよな、意味がありそうな感じ。私には察することは全く出来ないけど。
感じられるのはサクラちゃんの羽根の力と心の揺れ。明か暗かどちらかという大雑把なくくりでなんとなく喜怒哀楽を察するだけで…読心術のようなことは当たり前に出来ないけど。
心しか分からない私でも感じ取れる羽根…もしかしたらちょっと敏感な人間にってだけでも感じ取れるほど力が強すぎるのかも。どこの国でもサクラちゃんの羽根はとても強い力を秘めて、
色んなことに利用されてた。
ぽつり、気になったことを呟いてみる。まるで独り言のように。でもこの人は私の言葉を取り零すことなくいつも真剣に聞いてくれて、言葉をくれる。
「サクラちゃんの羽根。記憶って、凄く強い力なんだなーってふと。みんな記憶を、羽根を使って世界に強い影響を与えてる…響いて浸透してる…。色んなものに…」
例えば桜花国のように幻覚が現実へと実体化してしまうなんてとんでもない影響力だ。
それだけの力を秘めた記憶の欠片、羽根。
サクラちゃんのその心は穏やかで優しくていつも全てに対する慈愛が窺える、赦されたくなる。許して欲しくなるようなとても綺麗な心。類稀なるモノだと思う。普通の人間は後ろ暗いものを多く抱えて中々手放せないし、だからこそあんなに綺麗になれないようになってる。
…まあ、だから例え私の記憶が羽根として飛び散ったとしても、そうはなりそうもないけどー、とにへっと笑うと、ファイさんは間もあけずに「そんなことないよ」と言って、
あまりにものことにぽかんと呆気に取られてると、まさか、まさかの言葉を吐き出してくれた。
「俺は君の記憶が欲しいよ。それは凄く強い力になる。異世界旅しちゃってもいいって思えるくらいに、欲しいかも」
お前は新手のナンパ師か、斬新か、いや詐欺師か?ってくらいぽろぽろとこういうことを言う。砂の吐くようなじゃりじゃりした言葉ばっかり。
目を丸くしたはいいけど、すぐにうぐぐ…と腹が立ってきてあからさまに不機嫌にしかめっ面になりながら言い返してやる。
その顔でそんなこと言われたら世の中の女の人はコロッと落ちるようなモノだろうけど…
私は生憎恋愛よりも友情してた方が正直楽しい。好意を持つのはむしろ三次元男子よりも二次元キャラ男子だし、そもそもリアルで男の子に色めきたってる自分を想像すると柄じゃ無さ過ぎてちょっともう目も当てられない。
だからといってキャラに恋、っていうのまではしてなかったけどねー…。本当に腹立つ。
「……なんか新手の口説き文句にも聞こえてしまうんですけど。ホイホイそういうこと言わない方がいいよその顔で」
「あっはは」
「だからあははじゃないんですよ、あははで済まされたら警察いらんて」
「ケイサツ?」
「あー警察って言うのですはねー、」
阪神共和国にもあの時いたでしょー、なんて説明していたら、あははで軽く流されたことに暫く、いやもの凄く時間が経ってから気が付いた。
警察官の人のほのぼのする面白話に白熱していたらこれだよ。
…なんか手のひらの上って感じだ…
子供だから大人に上手くかわされてしまうのは仕方が無いんだけど。
…早く大人になりたーい…早く大人の余裕を持ちたーいよー…
…そう考えて、はたと気が付いた。…私、日本ではいつも大人になんてなりたくなーい!っていう女子高生のピーターパン症候群だったのに。いつの間にこんなこと考えるようになったんだろう。
異世界に来て子供では居られなくなって強くならなきゃいけなくなって。
変わらなきゃいけなくなったのは勿論で、思い出して少し胸が痛んで。
ファイさんのからかいでそんなに思う程普段腹を立ててるんだなって自分お疲れ、って慰めてやって。
いや、それとも。
いつも近くにいてくれるけど、遠くに居る彼に。流されないで流させないで。ちゃんと言葉を聞いてあげられるようになりたい、だなんて。いつも私にそうしてくれているようにと。
自分が生きるためなんかじゃなく…思考の裏で初めて誰かのために変わりたいと思っていたことに気が付いた。誰かの為に命をかけるまで変わること、そして大事に大事に宝物のようにとっておいた無知で弱くて浅はかで平和を知っている自分…
そんな宝物を捨てるなんて。それは。まるで、
──そんなの
「……ねえ、に聞きたいことがあったんだ」
「……は?…………なんです?」
「……が元の世界で…助けたって言ってた子供…」
「……、」
「………その、子は……」
宝物はずっと大切に大切にとっておく。壊さないように。どこかへ失くしてしまわないように。
それでも。
「えと、ただいま戻りました…っ」
「………あ、サクラちゃん!モコナも小狼君も黒鋼さんも、おかえりなさーい」
「おかえりぃー」
物はいつかは朽ちて消えてしまうと知ってる。
サラクちゃんの羽根は灯台下暗し、とても近くにあった。ウサギさん達が落ちていたのを拾ったといって渡してくれた。
小狼君達も無事に帰って来てくれて一安心だー、はー。
この子たちにとっての魔物というのは"竜巻"という自然災害のことだったみたいで、"生け贄を寄越せ"なんて竜巻が喋るはずもなく、
それは天然でズレてるっぽいウサギたちの伝言ゲームのような会話の中でそう結論に至ってしまっただけみたいで。
淡々と、着々と進んでいく。どこか違和感を感じながらも、不安感はなかった。
次の世界に移動すると言って、また手を取られたけど、でも。
その手を取られた瞬間のことだった。私が押しつぶされる程の、苦しい程の不安感を感じたのは。…それでも私は…また口にしなかった。いや、口に出来なかったというのが正しい…のかもしれない。彼には言わない…これは言うようなモノじゃないと思ってたから。
何故か一瞬だけ白昼夢のようにチカリと視えてしまったモノ、
視界が眩む程の綺麗な白、滑らかな肌、神秘的な光、そして
霜花のようなうつくしいモノが