広がる世界と広げる世界
7. あげられる物、欲しい物─桜都国→偶像の国
イの一の鬼児。それは鬼児の中でも最高ランクの存在、らしい。鬼狩り達はみんないつかそれを狩ることを目指して戦ってる。
そして干渉者…星史郎という男はそのイの一の鬼児…実はラスボスとして仮想現実に居た本物の人間の美しい女性に用があったようで、「貴方の本当の名前は昴流ですか?」と聞いて。芳しい反応が返ってこなかったら、今回も違ったと眉を下げて。
「あの二人がいないなら、もうこの世界には無用だ」
…と。あっさりと零す。本当になんでもないように、悪びれた様子もなく。
これだけ滅茶苦茶に引っ掻き回して、自分の都合で現れて去って。
求めるものに貪欲に、無邪気な悪意だなぁとぼーっと考えながらも。その手にある仮想を現実にしているモノはサクラちゃんの羽根で。
小狼君は星史郎さん、とやらを引き止めて、それは大切な人の大切なモノだ、と宣言する。
「おれに戦いを教えてくれたのは貴方です。今のおれでは貴方には勝てません。一度桜都国で戦って良く分かりました。
けれど必ずその羽根を取り戻すと決めたんです」
鞘から剣をすらりと抜いて、構えを取る。その姿に迷いはない。一歩も引かないという意志が周囲にまで伝わるようだ。真剣な面持ち、覚悟を決めた瞳。
その瞳と心に強い闘志を燃やす。…ああ、だからこそ、そんな小狼君だからこそ。
阪神共和国でも小狼君は炎の巧断を纏っていたのかもしれない。そしてこの剣にも…
「まだ未熟なおれにはこの剣はきっと扱いきれない。けれど抜かないままでは万に一つも勝ち目はない。…だから僅かな可能性でもあるならそれに賭けます」
人は自信も可能性も少ない物には、リスクがあればある程手を出せない。でも小狼君はそれを恐れたりしない。その胸に心に迷いはない。それを出来る人間はそういないモノで。
……だからこそ。いや、小狼君が持つ意思の強さだからこそ。心に、強く響いた。私の心まで届いた。強い心の波動が、キモチが、感情が、強さが熱さが信念が揺れが音が大きなものが響いて、響いて、
私の足はそれに惹かれるように無意識に一歩踏み出していて。…何かに引っ張られてハッとした。
思わず踏み出てしまった私の腕がぐ、っと捕まれているらしい。…ファイさんだった。
彼はいつになく真剣な面持ちで、その瞳は冷たいなんてものじゃなくて、恐ろしい程の感情がこもってる気がしてビクっと肩が揺れた。
…怖、いと。素直に思った。暖かさは微塵もない、冷たいだけじゃなくて轟くような何かが這い上がり、這いずり、私の心まで伝わりきる。
こんな彼を見たことないから、余計にそう思うのかもしれない。…ファイさんは最後にはきゅ、っと眉を寄せて悲痛さを瞳に浸透させながら言う。
「……守らせて。今度こそ、君を…俺には、それしか出来ないから…」
…そうだ。私はこの人に守ってもらう約束をした。それは私が助かりたいためではなく、いつも重たく、底まで落ちていくような心をしてるこの人が幸せになれるなら、と。今度こそ本当の指きりをして、約束した。同情といえば同情かもしれないし、惰性といえば惰性かもしれない。
でも、いいかなあって思ったんだよ。
私は何故か無条件に理不尽も幸福も全て受け入れてしまう…日本でもそうだったいつものテリトリーに彼がいるみたいで、彼が幸せになれればいいから、って。どうしても自分のことも二の次に受け入れてしまう訳で…そう。理由もわからないいつもの無条件で傍にいたくなってしまう。幸福を心から願ってしまってる。
でも…
この人の望みには意味も理由も理屈も通らないのに、なんてもうあーだこうだ散々悪態ついて文句言ってるけど。もうそんなことは言わないし思わない。結局、この人にはこの人なりの信念があってこう言って心を抱いてる。大切に大切に奥の奥の痛みを守ってる。
だから、わたしは…せめて手に届く範囲の大切なモノを守る。交わした約束も…守りたい。
自分のことも彼のことも、どっちにしたって理屈なんてそれこそ理解こそはしてないけどこの人は幸せになれると言ったから、わたしは…信じるだけだ。
この手の届く範囲はとても狭い、出来ることも少ない、力もない、無条件に心から信じることは実は一番難しいこと、でも信じる心とこの身だけは唯一この人にあげられるモノ、だから。
この人の幸せを。その先にある未来を。信じると。迷わないと決めたのだから。
「…助けに行きたくなる?」
「……いーやー?守ってくれるんでしょー?」
「それが俺の役目ですから」
ふ、と目を細めて笑うこの人は、少し悲しそうに見えて少し嬉しそうにも思える。
いつも複雑に色んな感情が絡み合っていて、反面とても辛そうに思えてしまう。
…守られることを決めたということは、目の前で何が起ころうと人任せで自分は動かず。
自分の手は動かさず…本当のお姫様みたいそこに佇んでいることを望まれれば、そう望まれた通りするということ。
…いいの?いいんだよ。
この手で世界の全部が掴めるとは思ってない…それに、今の私はそれが顕著だ。日本ならともかく、異世界で私が出来ることや得られる物も少なく難しい。
なら出来る出来ないを弁えて、私を必要として、一番近くに居る人だけでも…
はいはいお望み通りにねってこった。それでその不安定で崩れやすい心が守れるなら。
それでいいと決意、覚悟することだから。
小狼君が『星史郎さん』に向けた炎を纏った剣は避けられて、『星史郎さん』は世界移動を始めてしまう。
…とても強い力…彼から感じる…彼の、右目、から?あれから揺れる波を感じる。もしかしたらアレがモコナのような世界移動を担っている、のかもしれない。
ゆらゆらと輪郭がブレて行って彼の姿は徐々に消えていく。
…小狼君のことは弟子だという話なのにひらりと交わして逃げていく。なんてマイペースなことだろう、とため息を吐きながら眺めていれば。
次第にうちの世界移動を担ってるモコナ本人もふわりと浮き上がり、いつものように羽根を生やして魔方陣を広げて世界移動の体勢に入ってしまった。
「モコナ…?」
もしかして、星史郎さんが呆気なく羽根を持ってこの世界から消えてしまったからもうこの世界には…?いやでも、これは…
「星史郎さんが使った魔法具に引きずられてる」
ファイさんが言うに、あの人のアレは魔法具、らしい。
…魔法具、ねぇー…本当に非現実的、いやこれが現実、リアル。正真正銘わたしのリアル。
今でもたまーにもしかしたら夢だったのかも、と思いながら朝に目が覚める。いつかはそんな朝も来なくなるだろうなー…
人は順応していく生き物だから。とても薄情な生き物だから、だから、いつかは元の世界の大好きな人も忘れてしまうのか、顔も忘れてしまうのか、私は既に幼稚園の頃大好きだった先生の顔も思い出せないし、小学校の時の思い出ももう…その時考えていたことも鮮明になんて…、…だから…
結局そういう風に。人は上手く出来ている訳であって。
「どちらも『次元の魔女』からのもの。力の源は同じか…」
ファイさんが考察するように呟きながらも、もう時間はない。
早く黒鋼さんも小狼君も集合集合!それに喫茶店のお客様の男の人に抱えられてすやすやと眠ってるサクラちゃんも抱きかかえてあげなきゃ、でも私は流石に自分と同じくらいの女の子をそこまで安定させて抱っこしてはあげられない。
だからこの場で一番適任なのは…
「…あのさあ、今は違う……っていうかもうああもう言わずとも分かるでしょー!?はやくサクラちゃんをお姫様だっこ!」
「……お望み通りに」
丁寧に抱っこしてさしあげろよ、という意味で言ったんだけど、あ、サクラちゃん本物のお姫様だったわ私上手い!と馬鹿みたいなことを現実逃避のように考えた。…けど…
……ああ臭い臭い臭い。どんなに臭い台詞吐いてても適任なのは実際、私の手を取ってしっかりと支えてくれてやがるファイさんだけ。小狼君も黒鋼さんもここからは遠い。
すぐ傍にいる。手の届く範囲。そして私はもう一人で歩けるくらいになってきたし。世界移動はもう慣れてきたしするべきこと、優先すべきこと間違ってるでしょー!と軽く睨み上げる。だから…
私の乱暴な言葉でちゃんと伝わったらしく、少しだけ眉を下げながらファイさんはサクラちゃんを預かっててくれていた喫茶店のお客さんから受け取り、「ありがとーサクラちゃん預かっててくれてー」と優しく抱き上げた。
なんだかんだ、私を守らなくちゃいけなくて手が空かないだけで、この人は自発的にサクラちゃんを助けて支えるほど、悲しそうで寂しそうで。反面とても暖かく。
そんな矛盾した感情を複雑に絡み合わせながら、幸せを願うと呟く程にはサクラちゃんのことをちゃんと好いてる。
だったら自分の守りたいと思う人を守ればいいし、一つに固執する必要は全くないんだよ。
人間はね、欲張りになったっていいんだよ、それが手に届くものなら、諦めたりなんてしたらもったいない
後悔、したくないでしょう。誰だって
「黒りんー!小狼くーん!もう、この国とお別れかもー」
「ああ!?」
「え!?」
私を守るということが本当に必要とされてないときは、他に手を伸ばしたっていい。
それがきっと自分の世界を創るということ。世界が広がるということ
ひとつのモノに窮屈に縛られないということ。…執着することはとても悲しいことだ。
…そう、この人はとても固執してる、何かを頑なに曲げまいとして、心さえも押さえつけて縛られたままでいる。
何に執着してるんだろう、この人は。損だと思うのになー、そんなのはさー…
虚しいだけで、とても悲しいだけど…
何故そんなになるまで
ひとつに執着するんだろう
なんで、
独りなんだろう
「ぅぶっ」
身体が溶け出して吸い込まれる感覚、凄い気持ち悪い、恐ろしいことこの上ないーっ
でも出来ることは出来ると言うこと。頼り切らないこと、約束は守るよ、でもね
──私は、私だけはあの人を縛ったりなんてしない。
何故か強く心でそう思っていて、…何今のこれ?と考える暇もなく世界移動は始まり、
暗転、
変転
回転
落ちる。
そして落ちた先は。
「………その」
「……あ?」
「…………申し訳ない限りです」
「謝んな。………それが選んだ結果なんだろう。言ったことすら忘れたか」
「……はい。でも、もう恥ずかしい限りというか……」
ジャングル、密林。
そう世界移動で落ちた先は、大きな樹木ばかりが生え広がるばかりのジャングルだ。
ジャングルごっこできそー子供がよろこびそーむしろ泣きそーなんてズレたことを考えつつも。また変な世界に来てしまったなーもー…やってらんないやー…と真っ白にもなって、でも白くなったまま流石に永遠に動かない訳にはいかない。
眠るサクラちゃんと小狼君を二人きりにさせてあげ隊としては、
探索に行くよー誰が行こうかー、なんて話になって無粋に居残りなんてする選択肢は微塵もなかった。だってだって誰か一人は絶対サクラちゃんの所に居てあげなきゃだし、だったら誰が残る?誰が探索にいく?だし、
小狼君はサクラちゃんの傍に居てあげたいでしょ?でも私も怪我人だしおとなしくー…なんて好意に甘えてお邪魔虫になれっかー!あと凄く居心地わるいっ小狼君の暖かで優しい眼差し…ピンクなほわほわな空気耐え難いーっ
…って、ことで、探索組みに意地でも組み込まれようとしたんだけど…
んで今現在も探索についていってる訳ですけど…
「なになにーなんのはなしー?」
この人が守る、といったのだから守るのだろう。
…それがただボコボコした木の根っこを踏み外してしまわぬよう、転ばぬようと言ったくだらないことに対してでも全力で。
そう、こんなジャングルの中私はお姫様歩きしてるのだ。手を取られて背を支えられながら。
…英国紳士か!?むしろこれは介護レベルかよー!?
なんでこんなにしゃなりと綺麗に手を取り合いながらこんなジャングル歩かなきゃいけないのかシュールすぎる!笑わせにかかってんの!?んなことに身体張るなよ!
これから黒鋼さんに顔向けできない!確かに迷わない、と決めて、その後に選んだ結果がコレだけど…!
ピンチの時にさり気なく守るボディーガードなんてモノじゃなくてコレもう旗から見たらバカップ…
あーっいやいやっモコナが「ラブラブな〜の〜」とか変な歌歌ってるし無心になれ無心になれ自分がやってるんだと思うととてつもなく気持ちが悪いっ悪寒がっ他人がやってる分には構わないけどこんな行為は観賞用でしょ!自分がやることじゃない!
「もーいやーだーっその屈辱的な歌を聞かせないでーっ」
「素直になれな〜い〜お年〜頃〜」
「やめてっ私もう大人だもん!」
「…ガキはみんな、」
「そういうの〜♪」
「妙な歌を被せてくんじゃねえ!」
…ここに私を助けてくれるような救世主はいなーい!
そしてナチュラルにこんなことをしておいて自分は彼氏いない暦=年齢…異性とまもとに手を繋ぐのも初めてでした!なんて、本当に私にとってこの現状は屈辱である。……ワラエナイ…でもそんなことおくびにも出したくないんだよね癪すぎるし……腹が立つ…!
男の幼馴染とか居なかったし女友達ばっかりだったし機会もなかったし割と全体的に男子と壁があったクラスだったしそういや今考えると小さい頃から京が忠犬のように威嚇して鼻を効かせてくれていたし、きょ、京………
…いや、だからつまり…
……人生って…どんな人間にも何が起こるのか分からないもだなぁ……
なんでこんなことを…思えばほぼ素性の知れない、ついこの間まで初対面だったはずの男とやってるんだろ。
最悪だ。最悪すぎる。私こんな変な関係性が出来上がってしまってこれからいったいどうやって生きていくんだろう。人間でいられる、の、か、な。頼むからまともに人間でいさせてくれよそこだけはファイさん…!
ていうか、だから、ね、え。
「…〜っほんっとーにこの……ッ!…ッあーッもう触ら………、……。」
「触ら?」
「…………最低限触るのは仕方ないですけどこういう行動は切実に控えてくれませんかねえ……」
「え?無理ー?」
「いちいち疑問系にするんじゃないよ!うわぁ〜ん人生どこで間違ったんだろ〜おおわたし〜」
「うるせえ!てめぇらちったあ黙って歩け!」
「うわぁ〜んん助けておとーさーん」
「誰がだ!」
「黒鋼うるさーい」
「黒りんうるさーい」
「黒鋼さんたすけてええ」
「…っ〜!!」
混沌としたこの空間に、救世主は、いない。
7. あげられる物、欲しい物─桜都国→偶像の国
イの一の鬼児。それは鬼児の中でも最高ランクの存在、らしい。鬼狩り達はみんないつかそれを狩ることを目指して戦ってる。
そして干渉者…星史郎という男はそのイの一の鬼児…実はラスボスとして仮想現実に居た本物の人間の美しい女性に用があったようで、「貴方の本当の名前は昴流ですか?」と聞いて。芳しい反応が返ってこなかったら、今回も違ったと眉を下げて。
「あの二人がいないなら、もうこの世界には無用だ」
…と。あっさりと零す。本当になんでもないように、悪びれた様子もなく。
これだけ滅茶苦茶に引っ掻き回して、自分の都合で現れて去って。
求めるものに貪欲に、無邪気な悪意だなぁとぼーっと考えながらも。その手にある仮想を現実にしているモノはサクラちゃんの羽根で。
小狼君は星史郎さん、とやらを引き止めて、それは大切な人の大切なモノだ、と宣言する。
「おれに戦いを教えてくれたのは貴方です。今のおれでは貴方には勝てません。一度桜都国で戦って良く分かりました。
けれど必ずその羽根を取り戻すと決めたんです」
鞘から剣をすらりと抜いて、構えを取る。その姿に迷いはない。一歩も引かないという意志が周囲にまで伝わるようだ。真剣な面持ち、覚悟を決めた瞳。
その瞳と心に強い闘志を燃やす。…ああ、だからこそ、そんな小狼君だからこそ。
阪神共和国でも小狼君は炎の巧断を纏っていたのかもしれない。そしてこの剣にも…
「まだ未熟なおれにはこの剣はきっと扱いきれない。けれど抜かないままでは万に一つも勝ち目はない。…だから僅かな可能性でもあるならそれに賭けます」
人は自信も可能性も少ない物には、リスクがあればある程手を出せない。でも小狼君はそれを恐れたりしない。その胸に心に迷いはない。それを出来る人間はそういないモノで。
……だからこそ。いや、小狼君が持つ意思の強さだからこそ。心に、強く響いた。私の心まで届いた。強い心の波動が、キモチが、感情が、強さが熱さが信念が揺れが音が大きなものが響いて、響いて、
私の足はそれに惹かれるように無意識に一歩踏み出していて。…何かに引っ張られてハッとした。
思わず踏み出てしまった私の腕がぐ、っと捕まれているらしい。…ファイさんだった。
彼はいつになく真剣な面持ちで、その瞳は冷たいなんてものじゃなくて、恐ろしい程の感情がこもってる気がしてビクっと肩が揺れた。
…怖、いと。素直に思った。暖かさは微塵もない、冷たいだけじゃなくて轟くような何かが這い上がり、這いずり、私の心まで伝わりきる。
こんな彼を見たことないから、余計にそう思うのかもしれない。…ファイさんは最後にはきゅ、っと眉を寄せて悲痛さを瞳に浸透させながら言う。
「……守らせて。今度こそ、君を…俺には、それしか出来ないから…」
…そうだ。私はこの人に守ってもらう約束をした。それは私が助かりたいためではなく、いつも重たく、底まで落ちていくような心をしてるこの人が幸せになれるなら、と。今度こそ本当の指きりをして、約束した。同情といえば同情かもしれないし、惰性といえば惰性かもしれない。
でも、いいかなあって思ったんだよ。
私は何故か無条件に理不尽も幸福も全て受け入れてしまう…日本でもそうだったいつものテリトリーに彼がいるみたいで、彼が幸せになれればいいから、って。どうしても自分のことも二の次に受け入れてしまう訳で…そう。理由もわからないいつもの無条件で傍にいたくなってしまう。幸福を心から願ってしまってる。
でも…
この人の望みには意味も理由も理屈も通らないのに、なんてもうあーだこうだ散々悪態ついて文句言ってるけど。もうそんなことは言わないし思わない。結局、この人にはこの人なりの信念があってこう言って心を抱いてる。大切に大切に奥の奥の痛みを守ってる。
だから、わたしは…せめて手に届く範囲の大切なモノを守る。交わした約束も…守りたい。
自分のことも彼のことも、どっちにしたって理屈なんてそれこそ理解こそはしてないけどこの人は幸せになれると言ったから、わたしは…信じるだけだ。
この手の届く範囲はとても狭い、出来ることも少ない、力もない、無条件に心から信じることは実は一番難しいこと、でも信じる心とこの身だけは唯一この人にあげられるモノ、だから。
この人の幸せを。その先にある未来を。信じると。迷わないと決めたのだから。
「…助けに行きたくなる?」
「……いーやー?守ってくれるんでしょー?」
「それが俺の役目ですから」
ふ、と目を細めて笑うこの人は、少し悲しそうに見えて少し嬉しそうにも思える。
いつも複雑に色んな感情が絡み合っていて、反面とても辛そうに思えてしまう。
…守られることを決めたということは、目の前で何が起ころうと人任せで自分は動かず。
自分の手は動かさず…本当のお姫様みたいそこに佇んでいることを望まれれば、そう望まれた通りするということ。
…いいの?いいんだよ。
この手で世界の全部が掴めるとは思ってない…それに、今の私はそれが顕著だ。日本ならともかく、異世界で私が出来ることや得られる物も少なく難しい。
なら出来る出来ないを弁えて、私を必要として、一番近くに居る人だけでも…
はいはいお望み通りにねってこった。それでその不安定で崩れやすい心が守れるなら。
それでいいと決意、覚悟することだから。
小狼君が『星史郎さん』に向けた炎を纏った剣は避けられて、『星史郎さん』は世界移動を始めてしまう。
…とても強い力…彼から感じる…彼の、右目、から?あれから揺れる波を感じる。もしかしたらアレがモコナのような世界移動を担っている、のかもしれない。
ゆらゆらと輪郭がブレて行って彼の姿は徐々に消えていく。
…小狼君のことは弟子だという話なのにひらりと交わして逃げていく。なんてマイペースなことだろう、とため息を吐きながら眺めていれば。
次第にうちの世界移動を担ってるモコナ本人もふわりと浮き上がり、いつものように羽根を生やして魔方陣を広げて世界移動の体勢に入ってしまった。
「モコナ…?」
もしかして、星史郎さんが呆気なく羽根を持ってこの世界から消えてしまったからもうこの世界には…?いやでも、これは…
「星史郎さんが使った魔法具に引きずられてる」
ファイさんが言うに、あの人のアレは魔法具、らしい。
…魔法具、ねぇー…本当に非現実的、いやこれが現実、リアル。正真正銘わたしのリアル。
今でもたまーにもしかしたら夢だったのかも、と思いながら朝に目が覚める。いつかはそんな朝も来なくなるだろうなー…
人は順応していく生き物だから。とても薄情な生き物だから、だから、いつかは元の世界の大好きな人も忘れてしまうのか、顔も忘れてしまうのか、私は既に幼稚園の頃大好きだった先生の顔も思い出せないし、小学校の時の思い出ももう…その時考えていたことも鮮明になんて…、…だから…
結局そういう風に。人は上手く出来ている訳であって。
「どちらも『次元の魔女』からのもの。力の源は同じか…」
ファイさんが考察するように呟きながらも、もう時間はない。
早く黒鋼さんも小狼君も集合集合!それに喫茶店のお客様の男の人に抱えられてすやすやと眠ってるサクラちゃんも抱きかかえてあげなきゃ、でも私は流石に自分と同じくらいの女の子をそこまで安定させて抱っこしてはあげられない。
だからこの場で一番適任なのは…
「…あのさあ、今は違う……っていうかもうああもう言わずとも分かるでしょー!?はやくサクラちゃんをお姫様だっこ!」
「……お望み通りに」
丁寧に抱っこしてさしあげろよ、という意味で言ったんだけど、あ、サクラちゃん本物のお姫様だったわ私上手い!と馬鹿みたいなことを現実逃避のように考えた。…けど…
……ああ臭い臭い臭い。どんなに臭い台詞吐いてても適任なのは実際、私の手を取ってしっかりと支えてくれてやがるファイさんだけ。小狼君も黒鋼さんもここからは遠い。
すぐ傍にいる。手の届く範囲。そして私はもう一人で歩けるくらいになってきたし。世界移動はもう慣れてきたしするべきこと、優先すべきこと間違ってるでしょー!と軽く睨み上げる。だから…
私の乱暴な言葉でちゃんと伝わったらしく、少しだけ眉を下げながらファイさんはサクラちゃんを預かっててくれていた喫茶店のお客さんから受け取り、「ありがとーサクラちゃん預かっててくれてー」と優しく抱き上げた。
なんだかんだ、私を守らなくちゃいけなくて手が空かないだけで、この人は自発的にサクラちゃんを助けて支えるほど、悲しそうで寂しそうで。反面とても暖かく。
そんな矛盾した感情を複雑に絡み合わせながら、幸せを願うと呟く程にはサクラちゃんのことをちゃんと好いてる。
だったら自分の守りたいと思う人を守ればいいし、一つに固執する必要は全くないんだよ。
人間はね、欲張りになったっていいんだよ、それが手に届くものなら、諦めたりなんてしたらもったいない
後悔、したくないでしょう。誰だって
「黒りんー!小狼くーん!もう、この国とお別れかもー」
「ああ!?」
「え!?」
私を守るということが本当に必要とされてないときは、他に手を伸ばしたっていい。
それがきっと自分の世界を創るということ。世界が広がるということ
ひとつのモノに窮屈に縛られないということ。…執着することはとても悲しいことだ。
…そう、この人はとても固執してる、何かを頑なに曲げまいとして、心さえも押さえつけて縛られたままでいる。
何に執着してるんだろう、この人は。損だと思うのになー、そんなのはさー…
虚しいだけで、とても悲しいだけど…
何故そんなになるまで
ひとつに執着するんだろう
なんで、
独りなんだろう
「ぅぶっ」
身体が溶け出して吸い込まれる感覚、凄い気持ち悪い、恐ろしいことこの上ないーっ
でも出来ることは出来ると言うこと。頼り切らないこと、約束は守るよ、でもね
──私は、私だけはあの人を縛ったりなんてしない。
何故か強く心でそう思っていて、…何今のこれ?と考える暇もなく世界移動は始まり、
暗転、
変転
回転
落ちる。
そして落ちた先は。
「………その」
「……あ?」
「…………申し訳ない限りです」
「謝んな。………それが選んだ結果なんだろう。言ったことすら忘れたか」
「……はい。でも、もう恥ずかしい限りというか……」
ジャングル、密林。
そう世界移動で落ちた先は、大きな樹木ばかりが生え広がるばかりのジャングルだ。
ジャングルごっこできそー子供がよろこびそーむしろ泣きそーなんてズレたことを考えつつも。また変な世界に来てしまったなーもー…やってらんないやー…と真っ白にもなって、でも白くなったまま流石に永遠に動かない訳にはいかない。
眠るサクラちゃんと小狼君を二人きりにさせてあげ隊としては、
探索に行くよー誰が行こうかー、なんて話になって無粋に居残りなんてする選択肢は微塵もなかった。だってだって誰か一人は絶対サクラちゃんの所に居てあげなきゃだし、だったら誰が残る?誰が探索にいく?だし、
小狼君はサクラちゃんの傍に居てあげたいでしょ?でも私も怪我人だしおとなしくー…なんて好意に甘えてお邪魔虫になれっかー!あと凄く居心地わるいっ小狼君の暖かで優しい眼差し…ピンクなほわほわな空気耐え難いーっ
…って、ことで、探索組みに意地でも組み込まれようとしたんだけど…
んで今現在も探索についていってる訳ですけど…
「なになにーなんのはなしー?」
この人が守る、といったのだから守るのだろう。
…それがただボコボコした木の根っこを踏み外してしまわぬよう、転ばぬようと言ったくだらないことに対してでも全力で。
そう、こんなジャングルの中私はお姫様歩きしてるのだ。手を取られて背を支えられながら。
…英国紳士か!?むしろこれは介護レベルかよー!?
なんでこんなにしゃなりと綺麗に手を取り合いながらこんなジャングル歩かなきゃいけないのかシュールすぎる!笑わせにかかってんの!?んなことに身体張るなよ!
これから黒鋼さんに顔向けできない!確かに迷わない、と決めて、その後に選んだ結果がコレだけど…!
ピンチの時にさり気なく守るボディーガードなんてモノじゃなくてコレもう旗から見たらバカップ…
あーっいやいやっモコナが「ラブラブな〜の〜」とか変な歌歌ってるし無心になれ無心になれ自分がやってるんだと思うととてつもなく気持ちが悪いっ悪寒がっ他人がやってる分には構わないけどこんな行為は観賞用でしょ!自分がやることじゃない!
「もーいやーだーっその屈辱的な歌を聞かせないでーっ」
「素直になれな〜い〜お年〜頃〜」
「やめてっ私もう大人だもん!」
「…ガキはみんな、」
「そういうの〜♪」
「妙な歌を被せてくんじゃねえ!」
…ここに私を助けてくれるような救世主はいなーい!
そしてナチュラルにこんなことをしておいて自分は彼氏いない暦=年齢…異性とまもとに手を繋ぐのも初めてでした!なんて、本当に私にとってこの現状は屈辱である。……ワラエナイ…でもそんなことおくびにも出したくないんだよね癪すぎるし……腹が立つ…!
男の幼馴染とか居なかったし女友達ばっかりだったし機会もなかったし割と全体的に男子と壁があったクラスだったしそういや今考えると小さい頃から京が忠犬のように威嚇して鼻を効かせてくれていたし、きょ、京………
…いや、だからつまり…
……人生って…どんな人間にも何が起こるのか分からないもだなぁ……
なんでこんなことを…思えばほぼ素性の知れない、ついこの間まで初対面だったはずの男とやってるんだろ。
最悪だ。最悪すぎる。私こんな変な関係性が出来上がってしまってこれからいったいどうやって生きていくんだろう。人間でいられる、の、か、な。頼むからまともに人間でいさせてくれよそこだけはファイさん…!
ていうか、だから、ね、え。
「…〜っほんっとーにこの……ッ!…ッあーッもう触ら………、……。」
「触ら?」
「…………最低限触るのは仕方ないですけどこういう行動は切実に控えてくれませんかねえ……」
「え?無理ー?」
「いちいち疑問系にするんじゃないよ!うわぁ〜ん人生どこで間違ったんだろ〜おおわたし〜」
「うるせえ!てめぇらちったあ黙って歩け!」
「うわぁ〜んん助けておとーさーん」
「誰がだ!」
「黒鋼うるさーい」
「黒りんうるさーい」
「黒鋼さんたすけてええ」
「…っ〜!!」
混沌としたこの空間に、救世主は、いない。