束の間の温度
6.戻らない約束桜都国
朝が来た。旅を始めてから何度目の朝だろう…
記憶が曖昧な時もあるし寝過ごした時もバタバタした時もあったし。数えて見ろと言われても曖昧なんだけど…ここ桜都では珍しくゆっくり過ごした気がする。

…まあ鬼狩り組みも喫茶店組みも毎日忙しいしゆっくり。なんて言ってられるのは私だけなのかもしれない…う゛ー、なんて唸りながらソファーで体育座りをしながら。

「…じゃあ、行ってくるねちゃん」
「うん、サクラちゃん気をつけて。…サクラちゃんちょーぜつ可愛いんだからちゃんとファイさんから離れないでねー!」
「えっ?か、かわっ…!……えと、うん。ちゃんと離れないよ!」
「……だから、こういうことだから、モコナ、ファイさんちゃんとよろしくね」
「りょーかいー」
「まかせてっ」


…ってことで。
喫茶組みが買い物に行くというので留守番することになりました。
行ってもお荷物だし買い物のお荷物も持つことさえ出来ないので留守番です。
…「モコナがのこるよっ」と言ってくれたんだけど。流石にサクラちゃんの羽根が感知出来るチャンスを棒に振るのは洒落にならないし。
ありがとう、と笑ってお手手を握ると。モコナがやっと、やっと皆にするみたいに遠慮なく飛びついてきてくれた。

…怖がって距離を取ってたのも私、それを気が付いて気遣いしてくれたモコナ…
ちゃんと自我もある生きてる子なのに、そんなに怯えられて悲しくない訳ないのに。ごめんね、と呟きながら。
ああ、いい旅仲間に恵まれたんだなーって。凄く暖かに思いながら。


「…?」


すると、ファイさんがにこ、っと笑っていたので。
何だろう?と思って日本人特有の曖昧笑いでその場凌ぎをしてしまおうかと思ったけど。彼のアレはいつものへにゃの方じゃなくて本物のにこっりだったので。
…照れながらもちゃんと笑いかけ返したらなんか変な顔された。
……か、からかわれたか?まさか謀ったかこの男は!?

な、なにそれー!?と放心してる間に二人と一人は行ってしまうし。
…出かけて行った背中を見送ってからではもう真実はわからない。


「……はぁ。たまには運動、しよー…」


鍵を開けるな知らない人が来ても開けるな火は油は──…とお母さん顔負けの留守番する子供への注意事項みたいなのを永遠と述べて行ったので。
大人しく喫茶店の中で過ごしてるつもりだけど…しっかし娯楽ってものがないしテレビさえないって本当に何してればいいんだろう。目的がや役目がないと本当暮らしづらい。

怪我のハンデで行動が制限されてるのが最もな原因なんだけと…
…あ、そうだ。
ココア作ってみよう、かな…。


「簡単なはず、なんだけど…簡単なココアの粉末とかないし、それに…」


……何故か何度飲んでもあの人が作るココアはコクがあって甘くて濃厚で美味しい。と凄く思う。ここではまだ一回も作ったことないけどサクラちゃんに教えてる所みたことある…
私、元の世界の家でも簡単な粉末でもちょっとイイヤツでも作ったことあるけど…何、故、か、私が作ると薄すぎるか濃すぎるかの両極端で中々美味しくならない!

…これは今練習しておくべきでは?…本当に美味しい人の味はもう知ってるし!お店よりもおいし…っていうかここもう正真正銘な喫茶店だったー!

で、でも、作り方、みたし…これは技を盗み取るチャンス…


…やるときは、ヤる女!」



……な、はずだからー!

と謎の叫びと熱を上げて早数時間。



「……?、…。……?…、?」



ココア出来た。とてもいい感じに見える。飲んでみた。…薄い!しかもコクが無い!
じゃーあれをこうしてこうして量大目にして加熱をー…
…濃すぎだぺぺーっ!しかも濃いわりにはコクなんてものが欠片も無いってどういうことなの!?

…もうここまで来たら引き下がりたくない、しかしコップ一杯分出来るってわけじゃない、小さなお鍋で作ってるんだって、それは消費する私のお腹にも負担だけどお店側からも逆に無駄に浪費されちゃ負担…!


「わ、ワンチャンス…!」



最後の一回!がんばっていきまっしょー!…もう祈り半分の確率、賭け事なんだけどねー!と半泣き笑いしながらもお鍋に向かい合って冷蔵庫開けて不安定な足に気を使いながらミルクの瓶運んだ後。

──本当にガチ泣きした。




「………そういえば、朝のアレ、なんだったの……?、からかってたんですか。謀りましたか。それとも今の私には世界が真っ暗に見えちゃうだけなんですかねー…」


惨敗。
ただその一言に尽きる。
ああ私はココアには勝てなかった。…いや、ココア如きに勝てなかった…と。
だってお母さんは簡単にそれなりに美味しく作るしココアいれられないなんて言ってる人周りにいないしっ
サクラちゃんもファイさんも簡単に美味しいのをいれてた。
じゃ、私って…その"簡単"さえも…いや言わないでおこう。でも…
現実は残酷で、起こってしまったことってもう無かったことには出来ないんだよね…

床に両手をつけて愕然とうな垂れ、明らかにどん底まで落ち込む私の隣で…
クスクス笑ってるのはもちろんファイとか言う人だったっけ…。ガチ泣きして放心してる私を見て吹き出すような残酷な心を持った人はこの人くらいしかいないって!
そう。買い物組みはついさっき帰ってきた。…帰ってきた瞬間の悲劇だったかなー…。


「……なんて、ざんこく、な……」


買い物喫茶組みが帰宅した瞬間のことだった。
扉が開く音に驚いた私は盛大に肩が跳ねて、ツルッと冷蔵庫から出そうと手にしていた牛乳瓶を落とし、
扉が開いた瞬間にガシャーーーンって何のコントだよ!
なんのいじめ!?完全に私の不注意だし自己責任だけどっ

愕然とびしょ濡れの惨状の中でorz状態で頭を垂れている私の隣に来て、プークスクス笑い出す鬼がいるか!?居てたまるかーって!
サクラちゃんを見てよー!凄くあわあわ心配しそうにしたあとに、ハッとしてから「わ、私雑巾持ってきます!」──って…そう。私、床汚したんだよね…
床がびっちゃびちゃなんですよね。私のせいなんだよね。…牛乳瓶丸ごと割ってしまったんですよね。
…まだ半分は入ってたのに…!ココアぐつぐつ加熱中だし。やってることバレバレ。しかも火は使っちゃいけないとか何歳児への注意だよっ!てことにも適当にハイハイ頷いちゃったしああーーっもうっ

…働いて来た後に余計な仕事増やしてごめんねサクラちゃんんん…


「いっ、今のその笑いも朝のも馬鹿にした笑いーっ!?おっ鬼ーっ…いや、私が悪いんだけど、あの…」


ごめんさい、と真面目に申し訳なく反省しながら頭を下げたらまた酷く笑われた。
新たに笑われた。さっきからなめてんのかこの人ー!?や、やんのかこら!?
本当に人が真面目にしてることを笑うってのが一っ番残酷なんだからっみっともなく泣いてるの分かんないの?
…胸張れることじゃなかったわ…しかし惨めすぎて耐え切れないよそりゃ、そりゃ、そりゃない…

良心ってモノはないのか…
奥で「きゃーっ」という悲鳴が聞こえてガランゴロン言ってる。
…これ、ここよりも奥のサクラちゃんの方を救出した方がいいんじゃないの…?

バッと顔を上げると、そこにはふつーに、さも当たり前かのように最初からにっこり笑いの方で笑ってるその人がいて。
最初は驚いて目を丸くしたものだけど、逆にそれが癪で、じろりと睨む。本物だからこその悪意じゃないのよ…っ


「そんなんじゃないよ、ただ、が馬鹿だからー」
「否定しながら馬鹿にするってある意味器用っ!最低かっ!ていうか早くサクラちゃんとこ行ってこい待ってるから!」


驚いた。驚愕して顎外れるかと思った。
「はいはーい」なんて言いながらすぐすぐにサクラちゃん救出に向かったけど未だに衝撃が…。

馬鹿にしてる?に対してそんなんじゃないー、と否定しながらついでのように「馬鹿だからー」と最後にぽろり。本当に最高に馬鹿にした言葉だよ…持ち上げて落とすとはこのことか…
笑いながらなんて上手い手のひら返しするのこの人…!
ぱくぱくと口をひたすら魚のように口を開閉させるのみ。もう呆れて言葉も出ないしもうそれしか出来ないし……

それが無くとも私はサクラちゃん救出に迎える足が比喩じゃなくない。
……とんでもない人に対して喧嘩売ってるのかもー私ー…


「ご、ごめんなさいーっ」
「大丈夫だいじょうぶー。サクラちゃん急いでくれたからねー。」
「うぅ……。…あ…えっと、私…」
「サクラちゃんはそっちの鍋の面倒見てくれるかなー?ちょーっと危ない感じに煮詰まっててー」
「きゃーっこ、コゲて…!」



…申し訳ない限りですサクラ様。
今までこんな無礼をお姫様に対して働いた平民があったか…後始末の面倒を…うぅぐ…!小狼君に絶対バラせないーっごめんなさいーっ

牛乳の後始末をする二人にただ放心。…してから、すぐにハッとして手伝おうと立ち上がったけど、触れないように手を伸ばされて、「いいから、足痛めてるんだし」と悲しそうな顔で眉を下げるものだから。
…本当に今までのことだって…全部からかい半分かもしれなくて、この人にとっとちゃ大したことじゃなくて…私が全力で一挙一動に悩んじゃってるだけでただ……

「馬鹿っていうのはね。」


…ただ、と考えた瞬間に。


「俺なんかに、そんな風に笑っちゃって、…そんなに簡単に許して、……」


ぽつり、話し始めた言葉はきょとん、としてしまう物で。でもとても重みのあるモノで…すぐ傍でお鍋と格闘してるサクラちゃんもきっと聞こえてるんだろうけど、
そんな空気を感じたみたいで黙っていてくれる。
…なんて気立てのいいお嬢さん…こーんなにいい子に育ってくれたお姫様はさぞかし国でも天使のように可愛がられたんだろうなぁ、って自分もほんわりとしながらも。
なんとなく言葉の意味を考えてみて。


「……そういう、馬鹿?」
「そーそー。そういうお馬鹿ー」
「……だったら、べつに……」


だったら、別に馬鹿でもいいや、なんてすぐに思った。
それは多分またこの人が…今本音の欠片を真面目に誤魔化さないで零してくれたっていうのもある。
おちゃらけてるこの人はこんなに真面目に馬鹿、なんて人を真正面から貶さないし、物事の核心にもこういった形では触れようとしない…
自分から進んでこうして言葉をくれて、私はそれが、とても。
幸せだなあ、と。

何故か感じてしまうのだから。私の内側は…スピリチュアルな感覚さんは、
黒鋼さんの傍の空気が心地いいものだと感じるように。何故かとてもこの人の傍を心地がいいと感じてるようだしねー…


…ああでもそれとコレとは話が別でね


「でもまだ触らないでね。一瞬も一ミリも」
「…きっちりしてるなあー」


変な私には付き合いなれてる。みんなが変だという自分が自分にとっては当たり前。それはきっと、これからもそう…

…そう、なるのかな?
私は私っていう、今までの私が当たり前に残せるのか分からない…
だって私は平凡な怖がりな自分をまず捨てなきゃいけなくて…、それももう捨ててしまった。
自分を捨てないで生きることが出来るのかな。なんとなくももやもやと感じた不安感。分からない。けど…多分…いつか選択するんだろう。自分の未来を。

明日は何か変わるのかもしれない…
もしかしたら、変わらなくてはいけないのかもしれない。
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