一番奥深くへと、
6.戻らない約束─桜都国
言葉の端々に含みがあると伝わってくる。
たまにあるそれ。そしてそれが顕著に現われるのは…
それが分かってるのか分かってないのか、悟られていることに。こんなに食えないヤツが無自覚になるほどの存在だというのか。
言葉の裏に表情の裏に感情の裏に、隠れているモノ。自分が隠そうとして隠しきれてないモノ。
「…ファイ、おきてこないね、…」
「潰れてんだろーが。どっかの犬猫みてえに」
「……んー、でも多分これは……」
「……ああ?」
「……でも、俺は起こせに行けないからー、黒様見てきてくれないー?」
──ほらまただ。こんなんで隠してるつもりなのか。
…笑える程に分かりやすく、それでいて笑える程に脆く出来てるらしい。
こいつが一体何なのか、初対面の時から薄っすら感じてはいたが。そうだとすると、いっそあのぼけぼけも哀れなものだ。
「……めんどくせぇな、ほんとに」
──ああ、こいつは、いやこいつらは本当に。
朝っぱらからめんどくせぇ。
***
…頭が重い。いや、痛いワケじゃあないんだけど…それに重いのは頭だけじゃなくて身体全体…重力がとんでもなく変動したように感じる。
でも一番のしかかってくるのは頭で、これが宿酔いってヤツか?って一瞬考えたけどそれは違う、と思う…。酔ったことなんて一度たりともないから確信は持てないけどこれは…
勉強しすぎて、または長期連休に寝ずに小説を読みすぎた時みたいに、アニメを観たときみたいに?
何かを"過ぎた"時のような重み…身体が重たくて重たくて。これじゃあ皆に一言断って引きこもることも出来ない。
…どうしよう、声だって上手く出ないし、出はしても向こうまで届く大声は無理だ…
…あ゛ー…いつもみたいに枕元に携帯があればなぁー…そしてその携帯か家電が皆に普及していればー…この際ポケベルでもいいから一言…一言ー…
「………おいそこの酔いどれ犬一匹!」
「……は、ぁー…?」
一言ー…と無意味に枕元で手を伸ばし続けていれば。ドアが開いて、そこに誰か背の高い男が立っていることに気が付く。
…黒鋼さんだーあ…救世主だなーほんっーとに…
にへ、っと力無く笑うと黒鋼さんは明らかに不機嫌そうな顔をしながらじろりと睨む。
…あれ、今酔いどれ犬って言わなかった…?無意味に黒鋼さんがそういう分類を作るとは思わないしやっぱり私のこの国でのなまえって犬系なんじゃーないのー…
ていうか酔いどれ、やっぱり酔ってると思われてるのか…まあ明らかに寝坊が過ぎたしなあー…でも…
「あの…なんか、酔い、とか、じゃ…なくて、たぶんー」
「ああ?だったらなんだってんだ」
「…筋、肉痛ー…?みたい、なー…酷似しすぎ、みたいなー…あの、寝てれば楽になると、おもうので、だから」
「…──言ったのか」
酔いじゃないし、と否定してやんわり大丈夫だから行ってくれ、風邪みたいなモンだからー、と笑ってみると、黒鋼さんはとても怖い顔をしながら見下ろしてくる。
…なんで、こんなに怒った感じなの…?
…何か、したっけ。もしかして風邪なんかじゃないこと分かっちゃった?
でもジェイド国の時みたいに霊感発言したくないよ、完璧スピリチュアルな域の話だし、いくら日本国では通じる話だって言っても、…だから…
「アイツに、言ったのか。ソレを」
「……なん、で……?アイツ、って、ファイさん、ですよ、…ね…なんで、あの人、が」
「……なんで、ってお前が思ってても、あっちの方はお前のその様子に…心当たりがありそうな口ぶりだったがな」
……言いたくない、って思ってた。
スピリチュアル云々もあったけど、人の心が感じ取れてしまうとか、気配が分かるとか、変なこと言いたくもないし言葉にしたことで規格外に影響されていきたくないし、
そう私は知ってる。言葉とは言霊。世界に影響を与えてしまう呪だと。
それは普通の一般人だって一緒。…どこで知ったの?もしかしたら京にいつか教えてもらったのかも、でも…
…ファイさんが私がこうなってたのを、知ってた。
そしてこの力にも心当たりがある…何故?意味わかんないよ、だってこれについては誰にも言ってないし、黒鋼さんに的外れな発言したっきりだし、まさか朝目覚めて感じた異変を誰より先にファイさんが感じ取ってるなんてそんな…
そんな、の
「……私、たち……わたし、そんなに、しんよう、ない、ですかねえー…」
「……さあな」
「わたし、は、いったい、なんでここに、いるんでしょうか、ねえ…」
「……俺はお前の詳しい事情なんて知らねぇが……少なくとも今のことは。お前が望んだんだろうが。あそこでな」
「……でも、わたし、あのひと、ファイさん、ぜんぜん、わかんなかったのに、あのひと……なんで」
なんで私に執着するんですか。大事に大事に宝物を抱きしめる子供みたいに、そしてそれを…
「こわして、泣くような…こどもみたいな」
「……迷うなって言ったろうが」
「…迷わ、なければ、あのひとは」
救われ、ますか?
「………」
ああ、もう寝たい
瞼を手の平で乱暴に、でも気遣うように閉じさせて、そのまま布団をばさっと被せて。黒鋼さんは「…寝てろ」と出て行ってしまった。
何故か最後に小さく小さく、消え入るように付け足していった囁きは何故?と思ってしまったけど…最初の話の流れから…?
……あーあなんて優しい人なんだろう、苦労人というかなんというかさー…世話焼いて回ってほんと、誰より無愛想だけど誰より面倒見いいのはあの人だ、いよっ
…あー…眠くなってきたー…寝てろって言われたし、寝ても、いいかねー…
どうせ起きれないし、と。諦めるのは楽だけど…
…知ってた。あの人は知ってた。私のことをきっと旅が始まるよりももっと…?分からないけど。
だけど確実なのは。あの人が予め今のことを知っていたということ。
口にしてないことを誰かが察するのは難しい。
それに…本人が自覚するより先に察すること…それが出来てしまうのは、例えば
「……ば、からし」
毒を盛った犯人、とかー?
漫画読みすぎで推理小説読みすぎかもしれんない、あー、ねよ、ねて、ねて、寝すぎで睡眠過多になるまで寝て、
回復して、一泡吹かせてやれ、でも今は休んで、それで…
……、
………。
……………、…?
「……え、いま、ほんと、ね、てた…?い、いまっ、何時だっ」
なんて。眠気眼で考えていたら。本当に寝すぎたようで。
気が付いたら怪我してない方の手をわきわき出来るようになってた、簡単に持ち上がる。身体も大丈夫。大怪我した当初より治ってきてるのはともかく、
あんなに重かった身体が楽になってるーっ!…一時的なモノ、だったのかな?
あーっあんなの弱り損だったんだー!黒鋼さんにあんなに情けないところ見せちゃってもー恥ずかしいー!
後で、後でちゃんと詫びを入れておかないとっ
ていうか今何時、着替えよう、少なくとも昼過ぎでパジャマは健康的じゃなーい!精神的にもねーっ!んで、ふらふら歩いてクローゼットまで歩いたのはいいんだけど…
「……て、いうか……」
クローゼットに新たな服が足されてるのに気が付いた。
持ち上げて捲ってみる。…見たことの無いものばかり。絶対にこれは知らない…!なんでなんで!?
明らかに増えてる。というか私が嫌々言った系統のモノが抹消された代わり分に、って感じなんだけどさー…うん。……こんなことするのはもうあの人くらいしか居ないって確信できてしまう。黒鋼さんがやってたら恐ろしいし小狼君がやってたらもうそれご乱心だしーっ!
デフォでこんなことしでかすのあの人くらいしか居なくて、散々疑って疑心暗鬼になってたけどあのが企んでるんじゃないか…なんて考えてたけど。
……分かってたって。普通に考えてこんな細かい心配りする悪者なんて居るかってさー……!
ちゃんと綺麗に畳んでまあ器用なこと羨ましい…!この気遣いっぷりっちゃんとジャンル分けされてるってのが怖いよっ
それにちゃんと出しやすいように整頓されてて、私の嫌いだって言ったモノは無理強いしないでちゃんと要求聞いてくれて、ご飯だって苦手な食材に当たってちょっとうーん、ってもそもそと苦い顔しただけで。口にしてもないのにそれっきり。
オカンか。旅に二人もオカンはいらん。というかオトンとオカン?んなバカな。
……なんて人だ。あんな人最悪最っ悪、ずっと旅の途中でも感じてたよそんなの、本当にそんな悪人が。
いてたまるか。
「ぅぶっ!」
一切口を利かないほどの喧嘩をしていたけど、でもなんだか心がじんわり暖かくなってしまって、絶対に曲げたくないけど。でも揺れそうになってしまって。
あーあーなんて心が弱い女なんだろうと自己嫌悪に苛まれて……う゛ーと唸りを上げてる中でドアを開けて、例によって裾の長いハイカラ服に躓いた。
…顔面から床に激突。足が怪我して弱ってるってのもあるし着物が慣れないってのもあるけどこれは酷いよ…!
しかもなんか着物がズルズル邪魔して起き上がれないし、惨めっ凄い惨めだっ
それに今何時か知らないけどお客さん入ってるんじゃないのー!?わーもう泣きたいよーっ
「……大丈夫?」
でも。
じわりと滲んだ涙も引っ込んだ。
こちらへと影が出来て、何事、誰?と思ってたら。
私の言葉通りにもう触れなくなって、目も合わせなくなったあの人がこっちを見下ろしてて、話しかけていて。
お客さんが帰った後のテーブルをしっかり後片付けして、立派な女給さんをしてるサクラちゃんがちらちらと見てて。
ファイさんがしっかり話しかけたのを見るとなんだか嬉しそうにぱぁっと華を咲かせたように笑ってて。モコナもとても嬉しそうにしてる。
「……まったく、ほんと黒様はー」と困ったようにぼやきながら眉を下げていることから察するにこれはサクラちゃんや黒様…黒鋼さん達の差し金、だと。
…う、わ、ああ、うちの旅仲間達は本っ当お節介、優しい、世話焼き、馬鹿、優しすぎ、本当泣きたくなるしっ
それに本当に一番泣きそうだったのは…
一瞬手を差し出そうとして引っ込めたとき。目が合った一瞬。
ほんの一瞬でも。本当に悲しそうに、切なそうな目でこっちを見て、嬉しそうにもして。それが嘘吐きじゃなくて本当の…だって分かったから。感じた、から。
…あーもう力の反動かって感じで身体重くて辛くて苦しくて散々寝込んでたけど寝坊もしたけどっ
わかってしまうことが恐ろしい。それと共にとてもとてもそれは……
ぐわ、っと胸が苦しくて。それと共に競りあがってくる暖かなモノを抑えながら聞いた。
「……私の桜都での、なまえ……なんで子犬かはあえて突っ込まないけど……なんで"子犬三号"…なの…?」
私の部屋にやって来た黒鋼さんが去り際に囁いたこと。それは私の桜都での偽名だったみたいで。
酔いどれ犬がどーのーこーのー言ってたからソレ繋がりで教えてくれたのかなー私もずっと知らないままだったのを気遣ってくれて、なんて考えたけど未だに謎。
でも一番謎なのはこの人が付けたであろう名前の意味…
子犬はともかく、この三号とはいったい…
じ、っと無様にうつ伏せに転がったまま聞いて見る。なんでかって起き上がれないから。
…手を貸してくれても借りる気は今でも、ない。でも…
「……えへ」
「ひ、ひぃっ」
やっぱり色んないざこざがあっても無くてもこの人の手ぇ借りるって恐ろしいーっ!!
三号にいったいどんな意味をこめやがってくださったのか、私はがたがたと震え続け、そろそと哀れに思ったのかパタパタと近寄ってきて、「ちゃん、つかまってっ」と手を可愛らしく貸してくれたサクラちゃんに救出され…
なんか悪寒がしてたまらなかったのでどさくさに紛れてサクラちゃんにぎゅーって抱きついた。驚いてたけどなんだか嬉しそうにくすくすと笑ってたのできゅんとした。
同姓の女友達の強みだっうらやましかろー主に小狼君っ!
…今はもう閉店しているらしく道理でお客さんがいなかったけど。
後にずぶ濡れの学ラン姿の小狼君が帰ってきて、私はご、ご乱心…?と放心するしかなく。
6.戻らない約束─桜都国
言葉の端々に含みがあると伝わってくる。
たまにあるそれ。そしてそれが顕著に現われるのは…
それが分かってるのか分かってないのか、悟られていることに。こんなに食えないヤツが無自覚になるほどの存在だというのか。
言葉の裏に表情の裏に感情の裏に、隠れているモノ。自分が隠そうとして隠しきれてないモノ。
「…ファイ、おきてこないね、…」
「潰れてんだろーが。どっかの犬猫みてえに」
「……んー、でも多分これは……」
「……ああ?」
「……でも、俺は起こせに行けないからー、黒様見てきてくれないー?」
──ほらまただ。こんなんで隠してるつもりなのか。
…笑える程に分かりやすく、それでいて笑える程に脆く出来てるらしい。
こいつが一体何なのか、初対面の時から薄っすら感じてはいたが。そうだとすると、いっそあのぼけぼけも哀れなものだ。
「……めんどくせぇな、ほんとに」
──ああ、こいつは、いやこいつらは本当に。
朝っぱらからめんどくせぇ。
***
…頭が重い。いや、痛いワケじゃあないんだけど…それに重いのは頭だけじゃなくて身体全体…重力がとんでもなく変動したように感じる。
でも一番のしかかってくるのは頭で、これが宿酔いってヤツか?って一瞬考えたけどそれは違う、と思う…。酔ったことなんて一度たりともないから確信は持てないけどこれは…
勉強しすぎて、または長期連休に寝ずに小説を読みすぎた時みたいに、アニメを観たときみたいに?
何かを"過ぎた"時のような重み…身体が重たくて重たくて。これじゃあ皆に一言断って引きこもることも出来ない。
…どうしよう、声だって上手く出ないし、出はしても向こうまで届く大声は無理だ…
…あ゛ー…いつもみたいに枕元に携帯があればなぁー…そしてその携帯か家電が皆に普及していればー…この際ポケベルでもいいから一言…一言ー…
「………おいそこの酔いどれ犬一匹!」
「……は、ぁー…?」
一言ー…と無意味に枕元で手を伸ばし続けていれば。ドアが開いて、そこに誰か背の高い男が立っていることに気が付く。
…黒鋼さんだーあ…救世主だなーほんっーとに…
にへ、っと力無く笑うと黒鋼さんは明らかに不機嫌そうな顔をしながらじろりと睨む。
…あれ、今酔いどれ犬って言わなかった…?無意味に黒鋼さんがそういう分類を作るとは思わないしやっぱり私のこの国でのなまえって犬系なんじゃーないのー…
ていうか酔いどれ、やっぱり酔ってると思われてるのか…まあ明らかに寝坊が過ぎたしなあー…でも…
「あの…なんか、酔い、とか、じゃ…なくて、たぶんー」
「ああ?だったらなんだってんだ」
「…筋、肉痛ー…?みたい、なー…酷似しすぎ、みたいなー…あの、寝てれば楽になると、おもうので、だから」
「…──言ったのか」
酔いじゃないし、と否定してやんわり大丈夫だから行ってくれ、風邪みたいなモンだからー、と笑ってみると、黒鋼さんはとても怖い顔をしながら見下ろしてくる。
…なんで、こんなに怒った感じなの…?
…何か、したっけ。もしかして風邪なんかじゃないこと分かっちゃった?
でもジェイド国の時みたいに霊感発言したくないよ、完璧スピリチュアルな域の話だし、いくら日本国では通じる話だって言っても、…だから…
「アイツに、言ったのか。ソレを」
「……なん、で……?アイツ、って、ファイさん、ですよ、…ね…なんで、あの人、が」
「……なんで、ってお前が思ってても、あっちの方はお前のその様子に…心当たりがありそうな口ぶりだったがな」
……言いたくない、って思ってた。
スピリチュアル云々もあったけど、人の心が感じ取れてしまうとか、気配が分かるとか、変なこと言いたくもないし言葉にしたことで規格外に影響されていきたくないし、
そう私は知ってる。言葉とは言霊。世界に影響を与えてしまう呪だと。
それは普通の一般人だって一緒。…どこで知ったの?もしかしたら京にいつか教えてもらったのかも、でも…
…ファイさんが私がこうなってたのを、知ってた。
そしてこの力にも心当たりがある…何故?意味わかんないよ、だってこれについては誰にも言ってないし、黒鋼さんに的外れな発言したっきりだし、まさか朝目覚めて感じた異変を誰より先にファイさんが感じ取ってるなんてそんな…
そんな、の
「……私、たち……わたし、そんなに、しんよう、ない、ですかねえー…」
「……さあな」
「わたし、は、いったい、なんでここに、いるんでしょうか、ねえ…」
「……俺はお前の詳しい事情なんて知らねぇが……少なくとも今のことは。お前が望んだんだろうが。あそこでな」
「……でも、わたし、あのひと、ファイさん、ぜんぜん、わかんなかったのに、あのひと……なんで」
なんで私に執着するんですか。大事に大事に宝物を抱きしめる子供みたいに、そしてそれを…
「こわして、泣くような…こどもみたいな」
「……迷うなって言ったろうが」
「…迷わ、なければ、あのひとは」
救われ、ますか?
「………」
ああ、もう寝たい
瞼を手の平で乱暴に、でも気遣うように閉じさせて、そのまま布団をばさっと被せて。黒鋼さんは「…寝てろ」と出て行ってしまった。
何故か最後に小さく小さく、消え入るように付け足していった囁きは何故?と思ってしまったけど…最初の話の流れから…?
……あーあなんて優しい人なんだろう、苦労人というかなんというかさー…世話焼いて回ってほんと、誰より無愛想だけど誰より面倒見いいのはあの人だ、いよっ
…あー…眠くなってきたー…寝てろって言われたし、寝ても、いいかねー…
どうせ起きれないし、と。諦めるのは楽だけど…
…知ってた。あの人は知ってた。私のことをきっと旅が始まるよりももっと…?分からないけど。
だけど確実なのは。あの人が予め今のことを知っていたということ。
口にしてないことを誰かが察するのは難しい。
それに…本人が自覚するより先に察すること…それが出来てしまうのは、例えば
「……ば、からし」
毒を盛った犯人、とかー?
漫画読みすぎで推理小説読みすぎかもしれんない、あー、ねよ、ねて、ねて、寝すぎで睡眠過多になるまで寝て、
回復して、一泡吹かせてやれ、でも今は休んで、それで…
……、
………。
……………、…?
「……え、いま、ほんと、ね、てた…?い、いまっ、何時だっ」
なんて。眠気眼で考えていたら。本当に寝すぎたようで。
気が付いたら怪我してない方の手をわきわき出来るようになってた、簡単に持ち上がる。身体も大丈夫。大怪我した当初より治ってきてるのはともかく、
あんなに重かった身体が楽になってるーっ!…一時的なモノ、だったのかな?
あーっあんなの弱り損だったんだー!黒鋼さんにあんなに情けないところ見せちゃってもー恥ずかしいー!
後で、後でちゃんと詫びを入れておかないとっ
ていうか今何時、着替えよう、少なくとも昼過ぎでパジャマは健康的じゃなーい!精神的にもねーっ!んで、ふらふら歩いてクローゼットまで歩いたのはいいんだけど…
「……て、いうか……」
クローゼットに新たな服が足されてるのに気が付いた。
持ち上げて捲ってみる。…見たことの無いものばかり。絶対にこれは知らない…!なんでなんで!?
明らかに増えてる。というか私が嫌々言った系統のモノが抹消された代わり分に、って感じなんだけどさー…うん。……こんなことするのはもうあの人くらいしか居ないって確信できてしまう。黒鋼さんがやってたら恐ろしいし小狼君がやってたらもうそれご乱心だしーっ!
デフォでこんなことしでかすのあの人くらいしか居なくて、散々疑って疑心暗鬼になってたけどあのが企んでるんじゃないか…なんて考えてたけど。
……分かってたって。普通に考えてこんな細かい心配りする悪者なんて居るかってさー……!
ちゃんと綺麗に畳んでまあ器用なこと羨ましい…!この気遣いっぷりっちゃんとジャンル分けされてるってのが怖いよっ
それにちゃんと出しやすいように整頓されてて、私の嫌いだって言ったモノは無理強いしないでちゃんと要求聞いてくれて、ご飯だって苦手な食材に当たってちょっとうーん、ってもそもそと苦い顔しただけで。口にしてもないのにそれっきり。
オカンか。旅に二人もオカンはいらん。というかオトンとオカン?んなバカな。
……なんて人だ。あんな人最悪最っ悪、ずっと旅の途中でも感じてたよそんなの、本当にそんな悪人が。
いてたまるか。
「ぅぶっ!」
一切口を利かないほどの喧嘩をしていたけど、でもなんだか心がじんわり暖かくなってしまって、絶対に曲げたくないけど。でも揺れそうになってしまって。
あーあーなんて心が弱い女なんだろうと自己嫌悪に苛まれて……う゛ーと唸りを上げてる中でドアを開けて、例によって裾の長いハイカラ服に躓いた。
…顔面から床に激突。足が怪我して弱ってるってのもあるし着物が慣れないってのもあるけどこれは酷いよ…!
しかもなんか着物がズルズル邪魔して起き上がれないし、惨めっ凄い惨めだっ
それに今何時か知らないけどお客さん入ってるんじゃないのー!?わーもう泣きたいよーっ
「……大丈夫?」
でも。
じわりと滲んだ涙も引っ込んだ。
こちらへと影が出来て、何事、誰?と思ってたら。
私の言葉通りにもう触れなくなって、目も合わせなくなったあの人がこっちを見下ろしてて、話しかけていて。
お客さんが帰った後のテーブルをしっかり後片付けして、立派な女給さんをしてるサクラちゃんがちらちらと見てて。
ファイさんがしっかり話しかけたのを見るとなんだか嬉しそうにぱぁっと華を咲かせたように笑ってて。モコナもとても嬉しそうにしてる。
「……まったく、ほんと黒様はー」と困ったようにぼやきながら眉を下げていることから察するにこれはサクラちゃんや黒様…黒鋼さん達の差し金、だと。
…う、わ、ああ、うちの旅仲間達は本っ当お節介、優しい、世話焼き、馬鹿、優しすぎ、本当泣きたくなるしっ
それに本当に一番泣きそうだったのは…
一瞬手を差し出そうとして引っ込めたとき。目が合った一瞬。
ほんの一瞬でも。本当に悲しそうに、切なそうな目でこっちを見て、嬉しそうにもして。それが嘘吐きじゃなくて本当の…だって分かったから。感じた、から。
…あーもう力の反動かって感じで身体重くて辛くて苦しくて散々寝込んでたけど寝坊もしたけどっ
わかってしまうことが恐ろしい。それと共にとてもとてもそれは……
ぐわ、っと胸が苦しくて。それと共に競りあがってくる暖かなモノを抑えながら聞いた。
「……私の桜都での、なまえ……なんで子犬かはあえて突っ込まないけど……なんで"子犬三号"…なの…?」
私の部屋にやって来た黒鋼さんが去り際に囁いたこと。それは私の桜都での偽名だったみたいで。
酔いどれ犬がどーのーこーのー言ってたからソレ繋がりで教えてくれたのかなー私もずっと知らないままだったのを気遣ってくれて、なんて考えたけど未だに謎。
でも一番謎なのはこの人が付けたであろう名前の意味…
子犬はともかく、この三号とはいったい…
じ、っと無様にうつ伏せに転がったまま聞いて見る。なんでかって起き上がれないから。
…手を貸してくれても借りる気は今でも、ない。でも…
「……えへ」
「ひ、ひぃっ」
やっぱり色んないざこざがあっても無くてもこの人の手ぇ借りるって恐ろしいーっ!!
三号にいったいどんな意味をこめやがってくださったのか、私はがたがたと震え続け、そろそと哀れに思ったのかパタパタと近寄ってきて、「ちゃん、つかまってっ」と手を可愛らしく貸してくれたサクラちゃんに救出され…
なんか悪寒がしてたまらなかったのでどさくさに紛れてサクラちゃんにぎゅーって抱きついた。驚いてたけどなんだか嬉しそうにくすくすと笑ってたのできゅんとした。
同姓の女友達の強みだっうらやましかろー主に小狼君っ!
…今はもう閉店しているらしく道理でお客さんがいなかったけど。
後にずぶ濡れの学ラン姿の小狼君が帰ってきて、私はご、ご乱心…?と放心するしかなく。