根本からの改変
6.戻らない約束─桜都国
黒鋼さんに支えてもらいながら喫茶店へと帰る。
小狼君はちゃんと先に辿りついていたみたいでサクラちゃんと和やかにらぶら…いやこれは無粋だなー。
そんな黒鋼さんは今日は忙しい。
小狼君では年齢制限がかかって酒場に入れないというので、ファイさんをお供に連れて酒場へと行くらしい。情報屋?に聞いた人に会いにいくらしく、
私はその二人の背を見送るだけなんだけど…
黒鋼さんの隣、あの人の中心、そこに何か感じる、あれは何、なんだろう、それにあの人は、今日……何かよくないモノを負ってくる……
…気がする?あれ?こんな予言じみた占いっぽいこと何考えてんのこわっ自分こわっ!
末恐ろしいわーっ
占い師の素質があったのは自分の方か…?って、よくないモノを負ってくるって、凄く不吉な占いじゃん…
突き放しはした人だけど、別に嫌いな人って訳じゃないからハラハラ心配だってする。
嫌いじゃない、でもだって、あの人は…
悶々と考えてる間にも小狼君とサクラちゃんはお店を開店させてお客さんをテキパキとさばいて行くし、
どんどんお客さんやってくるし、私はせいぜいが大人しくソファーに座ってるくらいで…
…うぅ。心優しい仲良い夫婦がやってるお店に居座る悪質なタダ飯食らいみたいな感じで凄くいやーっあながち間違いじゃないんだもんーっ
…ていうか
「いや待ってよーっ…!?」
…ていうかていうか、今し方お店にやってきたお客さん?の男の子が刀を取り出して小狼君に戦いを挑んでるんですけど、滅茶苦茶物を壊してるんですけど、何これ何コレ、これは器物破損…むしろ帯刀…銃刀法違反なんてモノはないけど色々壊れていく崩壊の音が聞こえるし私は必死で無言を貫いてるけどその内これ私も被害を被………
……………あ、破片が私の顔を切っっていったー…
…目は守ろう。目だけは。とりあえずそれだけに徹しましょう。
「……変わったなぁー私も…」
こんな物騒なことを傍に体験していながらソファーでゴロ寝する図太さが持てるようになるなんてー…
でもそれが出来るのも、この感じる力があるからこそ。
お店にやってきて『ちっこいわんこ』に戦いを挑んできた龍王と呼ばれる少年に悪意は見えず、純粋な躍るような心だけで挑んでる。
闘いたい、強いヤツと、よくある少年漫画の主人公みたいな感覚なんだろーなー…
だからこそ私も安心して眠れるというモノ。
せめて場所を移れといってもちまちま逃げてる間にこの足じゃ被害こうむるだけ。
どっちを選ぶかと言って確率を考えるなら動かない方がいいとおもうしー…
…私は…
守られなくてもやっていける?
感じるだけで危険を回避できる?だったらあの人にNOと言い続けて悔やんだりしないし、居なくなっても…
…あの人はなんなんだ。いつまでも私の頭の中に残ろうとする、なんでこんな善悪常識ルールに正解不正解、そんなことを細かに考えなきゃいけないの、
ついこの間まで見知らぬ赤の他人だったのに、「守ってあげる」なんて言って「はい」なんて返事してしまったあの日から、
変わった
──私達は変わってしまった……
「 ──っ!」
……ああ、そうか
私、本当に正真正銘、根本から変わったんだ…
いつの間にか戦闘の恐怖や異質さなんて身体に馴染むようになってきてしまって、
小狼君たちの空気がどよっと変わったのにも気が付かなかった。
ぼーっと焦点も合わないまま考え事をしている内に…いつの間にか彼らは外に居たしその空気は異様な緊張感で極限まで張り詰められてるし、
私は今、なんで身体を捻ったの?
私は今、なんでここから身体を動かさなきゃいけないと思ったの?
考えるよりも早く"感じた"。嫌な空気を…風を切るようなモノを…
開いた窓から何かが入り込んでくる。
人間のモノとはとても思えない、異形の鬼児の拳が入りこんでくる。それは私が身体を捻ったことでぶつかることはなく、悔しげな唸りが木霊して、そのまま次のターゲットを絞りに小狼君達の下…あの龍王という男の子もお仲間さんも沢山戦ってる所へと…
そりゃあ建物越しに闘うより人がいっぱいのとこの方がいいよなー確実で鬼さんもー…
あはは、
これが、
「これが、感じると、いうこと、…かあー…」
肌から直接中に内に入り込んでくるような危機感、厭な空気、こういった気配を感じる度に自分を侵食されていくかのような恐怖、戸惑い、躊躇い悲しみ…
闘うということは、こういうこと
生きるということは知ること
知るということは知る前には戻れないこと…
私は変わってしまった。なんで変わったのか、それは異世界に何度も渡ってる影響なのかもしれない。もしかしたら自分が決定的に"変わってしまった"と認識してるあの日なのかもしれない、そんなの今の私には分からない…身体の骨組みから内部からどんどん改造されてくみたいに、どんどん変わってくように感じる。
でも確かに分かることは。
…………私はこれから一人で沢山こんな風に怖い思いをするのかもしれない
その度に誰かに助けてもらえるかは分からない
ただ独りになると選んでしまえばきっと…
だから私は一人でも、世界に自分独りしかいないとは思わない、誰かに助けられることもある、でもそれは受け続けるとまたあの人を拒んだのと同じことになる、だから…
「……出来ること、返さなくちゃなあー…」
…でも。いつも私を助けてくれるあの人は、いったい誰が守るんだろう。守り返すなんて、私には到底出来そうもないのに。
どくどくと心臓を鳴らせてる間にも、すぐにあの間の抜けた声が聞こえてきて。
窓から視線を向けるとあの人は黒鋼さんに珍しく担がれていて。…あ、歩けなくなる程の怪我したんだなって。すぐに察した。
…守れなかった。いや、自分が守れるなんて自惚れていたはずは無いのになんなんだろこれ…気持ち悪いっ気持ちわるぅーっ
あの人に危険が迫ってた所でさー、逆に庇われるのが落ちで…
例えば黒鋼さんに修行をつけてもらった所できっとこの身体はそんなに上手く造り変わることなんてなくて、どこまでも受身に感じる、ということしか出来なくて。
空想の中の話だけで、ありえなくて、自惚れてるはずがなくて、ならなんで私は、私の中の何かは、
──守れなかったと、出来るばすもない当然のことを泣いて悔やんでるのか。
何かよくないモノを負ってくる、って予言のようなことをしていたから?負い目でも感じてますー?
この肌でなにを感じ取ってるの?この肌は、身体は力は何を吸収して何を辛く思ってこんなにも…
「苦しんでる、のか」
まるでこれは自分では無い他人みたいな感覚、だ。こんな自分、見たことない。なんでこんなナーバスになってるんだろう、元気だけが取り柄のフツーのジョシコーセーです!って。
もう一度言いたいよー…あーもう最っ悪だー…
その後お客様も帰っていき、みんなは喫茶店内に入って。
ファイさんは小狼君に怪我をしたという左足を手当てしてもらっていた。とても手際がいいし綺麗に包帯が巻けてて凄いなぁ、とぼーっと眺めながら、テーブルに肘を突く。
ずっとお店のソファーに居たままだったからあの場には私は居合わせなかったけど、どうやらお客さんの中にいた蘇摩さんという女性が黒鋼さんの日本国での知り合い…の、そっくりさんだったらしい。別の世界で生きる人。
びっくりしてファイさんを落としていたくらいだ。窓越しに見たぞー。珍しい所が見れたなー。
会うかも知れない、自分の世界で生きてた「同じだけど違う人」と。
そう言うファイさんの心はとても……。……なんで、なんでこんなに感じ取れてしまうんだろう、嫌だ、見なければ感じなければ知らないことと同じなのに、分かってしまうからいつまでも目で追ってしまう。
そんな私の葛藤も知らず、酒場へと出かけていたファイさんはお土産があるんだよーとのんきな声で話す。
…あーあ嫌いきらいきらいっ
私だけ悩んでるのが馬鹿みたい、そして私だけ、なんてことで女々しく思う自分も馬鹿みたいだし嫌いだしっ片腹痛いわ自分が面倒くさいなーもうっ!そういうところは滅して欲しいなーっほんと
「酒場で買ってきたんだーこれ飲みながら話そうよー」
そして精神的にも身体的にも弱っていたせいなのか、そうじゃないのか。
ファイさん達が買ってきたというお酒達をモコナが律儀に私にも運んできてくれて。
あ、可愛い運べるんだ小さな身体でありがとう…なんてときめきの流れで口にしてしまった私は。
人生初の……。
後に気が付いてごふっと吐きだそうとしたけどごくごく飲んでしまったモノは戻らないしいやいやいやいやここ異世界だし日本じゃないしいいかな良いよねでも日本ならアウトなんだよね一度も飲んだことなかったのにーっなんてぐるぐると葛藤して。
後にイスからべしゃっと崩れ落ちて、ぼーっと辺りを見回した頃にはサクラちゃんがにゃーにゃーと可愛く鳴いていてファイさんもにゃーにゃー鳴いてて小狼君はおたまを振り回しながら剣の稽古をしてるし…
…にゃんこコンビだからにゃー?小狼君と黒鋼さんはわんこコンビだからわんと鳴くの?じゃあ私はどっちで鳴けばいいんだろー…と未だに知らないこの国での私の偽名のことを永遠ぐるぐると考えていたら、黒鋼さんのお迎えがやってきた。
オカンか。
甲斐甲斐しく酔っ払ったみんなをベッドに放り込んで回ってるらしい。私は大人しく床に寝そべっているだけだったから、後回しだったんだろう…なあー
特ににゃんこ達は走り回ってたし…流石に簡単には捕まらないファイさんはとりあえず放置、
小狼君は比較的大人しく素直にベッドに運ばれて、
黒鋼さんは私の腕を掴んで起き上がらせて運んでくれるらしい。
…ねむー…
別に身体も熱いし酔ってるんだとは思うんだけど、テンションがおかしくなることもないし、でもぼーっとするし…床が冷たくてきもちーのになー…
「……黒鋼さん…床がー…」
「んなに床がいいなら自分の部屋でしてろ!」
「でも、」
私の部屋の床とは材質がーなんて変なことを口走りながら運ばれている中。
それでも自分で歩く意志はあったし道なりに運ばれるように従っても居たんだけど、
足がぐぎっと嫌な捻りを見せた。「ひぃっ」ととてもよくない痛みを感じて悲鳴を上げながら飛び上がると、そのまま黒鋼さんの手から離れて身体は急降下……
……したけど。勿論あの黒鋼さんだから床ギリギリで助けてくれたけど、私はまた床に半分下半身はべったりこんにちは。顔面挨拶は回避。オカンありがとーっ
…あーあ本当にオカンは大変だー…しかも酔っ払い相手にはーねー…と、酔っ払い4の私にあーだこーだと吼える黒鋼さんの声を遠くに聞きながら、
顔を上げるとにゃーにゃーと逃げ回ってたファイさんが立って居た為にとりあえずとても情けない格好ながらに鳴いてみた。
「……わん?」
「…………」
…?あれ?なんで犬鳴きしなくちゃいけないんだっけ?あれそうじゃなくて元はといえば床がー…
「てめーはわんわん吠えてねえでとっとと寝ろ!」
床が、床で、なんで転んだんだっけ…っあ゛ー頭が回んない、しかもあれ、驚いた顔、どこでみたんだっけ、誰の、だっけ、サクラちゃんか、いやサクラちゃんはもっと可憐にー、だし…
かろうじて残ってた意識で、私に宛がわれてる部屋のベッドへとしっかり投げ入れてくれた黒鋼さんに「……おやすみ、なさい……」と呟いて、その瞬間にはもう寝息に変わって、とても心地がいい。
ちゃんと眠れそうだ、何故か、こうも、どうも。はぁ。
「……それを言う相手が間違ってんだ。…いや、あれで間違いでもなかったらしいが」
6.戻らない約束─桜都国
黒鋼さんに支えてもらいながら喫茶店へと帰る。
小狼君はちゃんと先に辿りついていたみたいでサクラちゃんと和やかにらぶら…いやこれは無粋だなー。
そんな黒鋼さんは今日は忙しい。
小狼君では年齢制限がかかって酒場に入れないというので、ファイさんをお供に連れて酒場へと行くらしい。情報屋?に聞いた人に会いにいくらしく、
私はその二人の背を見送るだけなんだけど…
黒鋼さんの隣、あの人の中心、そこに何か感じる、あれは何、なんだろう、それにあの人は、今日……何かよくないモノを負ってくる……
…気がする?あれ?こんな予言じみた占いっぽいこと何考えてんのこわっ自分こわっ!
末恐ろしいわーっ
占い師の素質があったのは自分の方か…?って、よくないモノを負ってくるって、凄く不吉な占いじゃん…
突き放しはした人だけど、別に嫌いな人って訳じゃないからハラハラ心配だってする。
嫌いじゃない、でもだって、あの人は…
悶々と考えてる間にも小狼君とサクラちゃんはお店を開店させてお客さんをテキパキとさばいて行くし、
どんどんお客さんやってくるし、私はせいぜいが大人しくソファーに座ってるくらいで…
…うぅ。心優しい仲良い夫婦がやってるお店に居座る悪質なタダ飯食らいみたいな感じで凄くいやーっあながち間違いじゃないんだもんーっ
…ていうか
「いや待ってよーっ…!?」
…ていうかていうか、今し方お店にやってきたお客さん?の男の子が刀を取り出して小狼君に戦いを挑んでるんですけど、滅茶苦茶物を壊してるんですけど、何これ何コレ、これは器物破損…むしろ帯刀…銃刀法違反なんてモノはないけど色々壊れていく崩壊の音が聞こえるし私は必死で無言を貫いてるけどその内これ私も被害を被………
……………あ、破片が私の顔を切っっていったー…
…目は守ろう。目だけは。とりあえずそれだけに徹しましょう。
「……変わったなぁー私も…」
こんな物騒なことを傍に体験していながらソファーでゴロ寝する図太さが持てるようになるなんてー…
でもそれが出来るのも、この感じる力があるからこそ。
お店にやってきて『ちっこいわんこ』に戦いを挑んできた龍王と呼ばれる少年に悪意は見えず、純粋な躍るような心だけで挑んでる。
闘いたい、強いヤツと、よくある少年漫画の主人公みたいな感覚なんだろーなー…
だからこそ私も安心して眠れるというモノ。
せめて場所を移れといってもちまちま逃げてる間にこの足じゃ被害こうむるだけ。
どっちを選ぶかと言って確率を考えるなら動かない方がいいとおもうしー…
…私は…
守られなくてもやっていける?
感じるだけで危険を回避できる?だったらあの人にNOと言い続けて悔やんだりしないし、居なくなっても…
…あの人はなんなんだ。いつまでも私の頭の中に残ろうとする、なんでこんな善悪常識ルールに正解不正解、そんなことを細かに考えなきゃいけないの、
ついこの間まで見知らぬ赤の他人だったのに、「守ってあげる」なんて言って「はい」なんて返事してしまったあの日から、
変わった
──私達は変わってしまった……
「 ──っ!」
……ああ、そうか
私、本当に正真正銘、根本から変わったんだ…
いつの間にか戦闘の恐怖や異質さなんて身体に馴染むようになってきてしまって、
小狼君たちの空気がどよっと変わったのにも気が付かなかった。
ぼーっと焦点も合わないまま考え事をしている内に…いつの間にか彼らは外に居たしその空気は異様な緊張感で極限まで張り詰められてるし、
私は今、なんで身体を捻ったの?
私は今、なんでここから身体を動かさなきゃいけないと思ったの?
考えるよりも早く"感じた"。嫌な空気を…風を切るようなモノを…
開いた窓から何かが入り込んでくる。
人間のモノとはとても思えない、異形の鬼児の拳が入りこんでくる。それは私が身体を捻ったことでぶつかることはなく、悔しげな唸りが木霊して、そのまま次のターゲットを絞りに小狼君達の下…あの龍王という男の子もお仲間さんも沢山戦ってる所へと…
そりゃあ建物越しに闘うより人がいっぱいのとこの方がいいよなー確実で鬼さんもー…
あはは、
これが、
「これが、感じると、いうこと、…かあー…」
肌から直接中に内に入り込んでくるような危機感、厭な空気、こういった気配を感じる度に自分を侵食されていくかのような恐怖、戸惑い、躊躇い悲しみ…
闘うということは、こういうこと
生きるということは知ること
知るということは知る前には戻れないこと…
私は変わってしまった。なんで変わったのか、それは異世界に何度も渡ってる影響なのかもしれない。もしかしたら自分が決定的に"変わってしまった"と認識してるあの日なのかもしれない、そんなの今の私には分からない…身体の骨組みから内部からどんどん改造されてくみたいに、どんどん変わってくように感じる。
でも確かに分かることは。
…………私はこれから一人で沢山こんな風に怖い思いをするのかもしれない
その度に誰かに助けてもらえるかは分からない
ただ独りになると選んでしまえばきっと…
だから私は一人でも、世界に自分独りしかいないとは思わない、誰かに助けられることもある、でもそれは受け続けるとまたあの人を拒んだのと同じことになる、だから…
「……出来ること、返さなくちゃなあー…」
…でも。いつも私を助けてくれるあの人は、いったい誰が守るんだろう。守り返すなんて、私には到底出来そうもないのに。
どくどくと心臓を鳴らせてる間にも、すぐにあの間の抜けた声が聞こえてきて。
窓から視線を向けるとあの人は黒鋼さんに珍しく担がれていて。…あ、歩けなくなる程の怪我したんだなって。すぐに察した。
…守れなかった。いや、自分が守れるなんて自惚れていたはずは無いのになんなんだろこれ…気持ち悪いっ気持ちわるぅーっ
あの人に危険が迫ってた所でさー、逆に庇われるのが落ちで…
例えば黒鋼さんに修行をつけてもらった所できっとこの身体はそんなに上手く造り変わることなんてなくて、どこまでも受身に感じる、ということしか出来なくて。
空想の中の話だけで、ありえなくて、自惚れてるはずがなくて、ならなんで私は、私の中の何かは、
──守れなかったと、出来るばすもない当然のことを泣いて悔やんでるのか。
何かよくないモノを負ってくる、って予言のようなことをしていたから?負い目でも感じてますー?
この肌でなにを感じ取ってるの?この肌は、身体は力は何を吸収して何を辛く思ってこんなにも…
「苦しんでる、のか」
まるでこれは自分では無い他人みたいな感覚、だ。こんな自分、見たことない。なんでこんなナーバスになってるんだろう、元気だけが取り柄のフツーのジョシコーセーです!って。
もう一度言いたいよー…あーもう最っ悪だー…
その後お客様も帰っていき、みんなは喫茶店内に入って。
ファイさんは小狼君に怪我をしたという左足を手当てしてもらっていた。とても手際がいいし綺麗に包帯が巻けてて凄いなぁ、とぼーっと眺めながら、テーブルに肘を突く。
ずっとお店のソファーに居たままだったからあの場には私は居合わせなかったけど、どうやらお客さんの中にいた蘇摩さんという女性が黒鋼さんの日本国での知り合い…の、そっくりさんだったらしい。別の世界で生きる人。
びっくりしてファイさんを落としていたくらいだ。窓越しに見たぞー。珍しい所が見れたなー。
会うかも知れない、自分の世界で生きてた「同じだけど違う人」と。
そう言うファイさんの心はとても……。……なんで、なんでこんなに感じ取れてしまうんだろう、嫌だ、見なければ感じなければ知らないことと同じなのに、分かってしまうからいつまでも目で追ってしまう。
そんな私の葛藤も知らず、酒場へと出かけていたファイさんはお土産があるんだよーとのんきな声で話す。
…あーあ嫌いきらいきらいっ
私だけ悩んでるのが馬鹿みたい、そして私だけ、なんてことで女々しく思う自分も馬鹿みたいだし嫌いだしっ片腹痛いわ自分が面倒くさいなーもうっ!そういうところは滅して欲しいなーっほんと
「酒場で買ってきたんだーこれ飲みながら話そうよー」
そして精神的にも身体的にも弱っていたせいなのか、そうじゃないのか。
ファイさん達が買ってきたというお酒達をモコナが律儀に私にも運んできてくれて。
あ、可愛い運べるんだ小さな身体でありがとう…なんてときめきの流れで口にしてしまった私は。
人生初の……。
後に気が付いてごふっと吐きだそうとしたけどごくごく飲んでしまったモノは戻らないしいやいやいやいやここ異世界だし日本じゃないしいいかな良いよねでも日本ならアウトなんだよね一度も飲んだことなかったのにーっなんてぐるぐると葛藤して。
後にイスからべしゃっと崩れ落ちて、ぼーっと辺りを見回した頃にはサクラちゃんがにゃーにゃーと可愛く鳴いていてファイさんもにゃーにゃー鳴いてて小狼君はおたまを振り回しながら剣の稽古をしてるし…
…にゃんこコンビだからにゃー?小狼君と黒鋼さんはわんこコンビだからわんと鳴くの?じゃあ私はどっちで鳴けばいいんだろー…と未だに知らないこの国での私の偽名のことを永遠ぐるぐると考えていたら、黒鋼さんのお迎えがやってきた。
オカンか。
甲斐甲斐しく酔っ払ったみんなをベッドに放り込んで回ってるらしい。私は大人しく床に寝そべっているだけだったから、後回しだったんだろう…なあー
特ににゃんこ達は走り回ってたし…流石に簡単には捕まらないファイさんはとりあえず放置、
小狼君は比較的大人しく素直にベッドに運ばれて、
黒鋼さんは私の腕を掴んで起き上がらせて運んでくれるらしい。
…ねむー…
別に身体も熱いし酔ってるんだとは思うんだけど、テンションがおかしくなることもないし、でもぼーっとするし…床が冷たくてきもちーのになー…
「……黒鋼さん…床がー…」
「んなに床がいいなら自分の部屋でしてろ!」
「でも、」
私の部屋の床とは材質がーなんて変なことを口走りながら運ばれている中。
それでも自分で歩く意志はあったし道なりに運ばれるように従っても居たんだけど、
足がぐぎっと嫌な捻りを見せた。「ひぃっ」ととてもよくない痛みを感じて悲鳴を上げながら飛び上がると、そのまま黒鋼さんの手から離れて身体は急降下……
……したけど。勿論あの黒鋼さんだから床ギリギリで助けてくれたけど、私はまた床に半分下半身はべったりこんにちは。顔面挨拶は回避。オカンありがとーっ
…あーあ本当にオカンは大変だー…しかも酔っ払い相手にはーねー…と、酔っ払い4の私にあーだこーだと吼える黒鋼さんの声を遠くに聞きながら、
顔を上げるとにゃーにゃーと逃げ回ってたファイさんが立って居た為にとりあえずとても情けない格好ながらに鳴いてみた。
「……わん?」
「…………」
…?あれ?なんで犬鳴きしなくちゃいけないんだっけ?あれそうじゃなくて元はといえば床がー…
「てめーはわんわん吠えてねえでとっとと寝ろ!」
床が、床で、なんで転んだんだっけ…っあ゛ー頭が回んない、しかもあれ、驚いた顔、どこでみたんだっけ、誰の、だっけ、サクラちゃんか、いやサクラちゃんはもっと可憐にー、だし…
かろうじて残ってた意識で、私に宛がわれてる部屋のベッドへとしっかり投げ入れてくれた黒鋼さんに「……おやすみ、なさい……」と呟いて、その瞬間にはもう寝息に変わって、とても心地がいい。
ちゃんと眠れそうだ、何故か、こうも、どうも。はぁ。
「……それを言う相手が間違ってんだ。…いや、あれで間違いでもなかったらしいが」