ひとりになるということ
6.戻らない約束桜都国
結局、着替えは出来たけどあの人の…ファイさんの作った手料理をありがたく頂くのはものすごーーーい癪だったから、自分で台所に立って作ることにした。
結局主に稼いでるのは鬼狩りコンビの二人だし、自分で作るのならお世話になる要素はない。
二人にはタダ飯食らわせてもらうワケなんだけどね…日々感謝。

サクラちゃんが見かねて「私、作ろうか…?」と作ってくれようとしたけど、やんわりと断る。自分が売った喧嘩だし張ってる意地、貫き通さなきゃ駄目な気がする。料理に関しては特に…。
サクラちゃんの気遣いを無下にしてしまったけど…、ごめんね…ああ胸が痛い…。

でもでもなんとか痛みを我慢し始めてみたら我慢もきくようになってきたというか。怪我してから二日か三日ばっかりだけど日も経ったし少しずつ緩和されてきたし。
それに久々に料理するのも楽しい!料理やお菓子作りが趣味だとは言わないけどそれなりに経験はあるし、大丈夫。

…だと、思ってたんだけど…
いや手順も平気だったし手際が悪いとかじゃなくて…


「よ、四個、目……」


流石に右手が上手く動かなくて卵を割ってしまったり、ボウルを落として中身を駄目にしたりその度に掃除したり…時間もかかるし何より手間だし無駄なゴミは増えるし本当に卵には申し訳ないことをしてしまった…。
その都度手を合わせておいたけど、これは本当に……。はぁ。軽く邪魔になるようなゴミ袋が出来上がっちゃったし。
出来上がったホットケーキは形が悪いし生焼けだったり逆に焼きすぎてコゲたり硬かったり…薄かったり分厚かったり?もー最悪な限りだけどお腹が膨れるだけ全然いい。

…はぁ。ゴミ出しに行こうかなあー…。
あれから喫茶店にやってくるお客さんを相手にするファイさんと目は合わせてない。周りの仲間達も朝の叫び声と剣幕、流れる空気で察してくれたみたいだった。



「ん、しょっ…とっ……はぁ…こんな軽いモノに何時間かけてるんだろー…」


壁に手をついて、よろよろと歩き続けて何時間も経った気がするけど…正確な時間は定かではない。
私はこの町の一番近い所にあるゴミ捨て場に来ていた。何気にまともにこの町…国を見たのは初めてで心躍ったりする。洋風のレンガ造りの建物が多く並ぶ。たまに和風の建物もあり、人々は和も洋もごちゃごちゃの服装…
本当に自分が好きなものを着てるだけのフリーダムな国、っぽい。

…この国に出没する鬼児というのは一般人を襲わないらしいし…
鬼児が何故一般人を襲わないのか己の敵との区別はどうなってるのかとか疑問は残るけど、まあそれが当たり前みたいだし…

聞いてる限りにも見てる限りにもこの国を歩く人々は笑顔だし幸せそう、よくも悪くも言えば平和ボケ?うんうん、良いこと良いこと。
本当はどっちが良いことなのか悪いことなのか、でも永遠と殺伐としているよりよっぽど幸せなことだとは思うし。

…あ、少しだけあそこの公園まで歩いてみようかな。
ちょっと先に自然豊かそうな区間が見えてきて、息抜きがしたくなった。
…どうせこんな様子じゃ喫茶店のお手伝いが出来ないのも分かってたし、迷惑をかけないための必要なサボりだ。…はず。

微量の出来ることを全力で。あそこに居たらサクラちゃんも気を使ってしまうし、全力で公園(っぽいところ)へ!


「…っはーぁー…さ、桜、咲いてるんだー…、あ、桜都っていうくらいだし…。時間感覚ももうないなー…日本じゃ今何月くらい、なんだろー…はぁ…」


そ、し、て。全力で歩いて息切れしながらも必死に辿りついた公園らしき空間は…とても綺麗で幻想的。
桜舞い散る、水面に花弁が浮かぶ池もある。石畳もとても雰囲気に合ってる。
…綺麗な空気。

…ん?いや…空気って感じがしない…?なんてーの?美味しくないっていうか味がしない気がするんだけど…なんだかスカスカしたモノを吸い込んで必死に噛み砕く感じがする、なんだろこれ…?
辺りを見渡しても別に悪い感じのモノは何もない。極々普通の景色、ちょっと小奇麗な。
…んー、一度違和感を覚えちゃうと気になっちゃって仕方なくなっちゃうんだよなー…あ゛ー…

なんだろう、これ、もうちょっと歩いてみればわかるかな…
目を瞑って全身で感じ取ってみる、目を瞑って、全身で空気を自分の中へと取り込んで、中で感じるような感覚……


そうして。すぐに感じ取ったのは


「…お前、死にてぇのか!」


……殺意…?
いやその殺意さえスカスカしたモノに感じる…これはただの虫の知らせだとか空気の変動、震動だったのかも…

むしろ、感じたのは背後から私の襟を猫の首を掴むように引っ張り上げた、彼…
黒鋼さんの怒ったようなオーラだったかもー…?あっはは…


「そんなつもりじゃ、なかったんですけどねぇ…」


目を瞑ってから、一瞬で何かよくないモノを感じた。
何かと思ってパッと視界を拓けたら、そこには異形……それこそ"鬼児"というのかもしれない大きな何かが私へと拳を振りかざしていて。
…あーれー…と固まってる間にもその拳はスレスレ…でもそんな時に感じていたのも鬼児とやらの悪意でも殺気でもなく。
黒鋼さんの鬼神の如きオーラ。…鬼児にも勝りそうな威圧感ってどーよー…と引きつり笑いをこぼしながらも、私は黒鋼さんに助けられたのだとやっと把握して、
ファイさんがするような抱っこではなく、脇に荷物でも抱えるかのように持ち上げられるのだった。


「…あれ…と、溶けてく…あ、もしかして、き、…斬ったから…?」
「それ以外に何があんだ」
「…いえ、ありがとう、ございます。助けてくれて」


目を瞑って状況が理解できない一瞬で、その手の刀で斬ったのか、そして鬼児とやらは斬られたら泥のように"消滅"して行ってしまうのか。
…まさに異世界のような。いや異世界の出来事がどんどん目の前で起こる。
…黒鋼さんが日本にいたら本当に大騒ぎになるんだろうなー…こんな規格外な人…あっははー…しかし常時帯刀は困りますぅー…

でもここでは凄く頼もしい人だ。ありがとうございます。……また誰かに助けられてしまった。でもこんな普通じゃないことにも慣れて、心臓はドキドキ言ってるし嫌な汗はかいてるけど。平静を保っていられるようになった自分に安心したー。よかったよかったー。

…しかし…


「アレは一般人は襲わないんじゃ…」
「らしいがな。昼間の横行…出現が増えてる、と」
「…?あれ、そういえば…朝から小狼君と一緒にお出かけだったんです、よね…?」
「…あのガキには先に帰らせた」
「……………それは…うん…。あの、ちょーっと降ろしてもらえますかねー…?」


昼間の出現が増えてる、ねぇ…殆ど夜にしか出てこないと言っていた鬼児、が…この国も悪い空気は何も感じないのにちょーっと変な感じがするかなー…
また具体的に何がとは言えないんだけど。経験不足かな。

…の、前に。荷物のように抱えられてた私は近くの桜の木の根元辺りに広がる芝生の上に降ろされた。
本当にぶっきらぼうでいて一つ一つのものに優しさや配慮が見え隠れしてしまうんだから笑ってしまう。あーあ本当にいい人いい人ー。


…で。黒鋼さんのこの威圧感バリバリの含みのある目が語るのは…


「別に、私死にたくなんてありませんよ。まだまだずーっと、歳をとるまで生きていたいです。さっきのもアレは…ちょっと確かめたいことがあって、その油断した隙にねー…」
「……」


「死にたいのか!」と本当に蔑むような…いや?蔑んでるというより、少し怖い目をしながら叫ばれたモノだから話しかけてみたけど…
なんだかこの人は私にお話したいことがあるみたいだし、小狼君も先に帰宅させて、ねー…。でもペラペラお喋りしたがる人じゃないし、聞きたいことはコレかなー?って予想しながら話してみる。

違ってもコレは世間話、そう雑談、または独り言にして欲しい。


「私、凄く平和に、至極普通に生きていたかったです。でももう無理だしねえー……でもね。他人にいっぱいいっぱい施してもらって甘えながら…心地よく生きるのは…普通に平和に生きることとはちょっと違うし」


黒鋼さんは無言を貫く。
目線はこっちへ向けたまま。それが相槌を打ってくれてるってなんとなく分かってしまうから、小さく笑いながら話を続けた。そーそー独り言でもいいんだよー。


「でも諦めるのも嫌。流されるのも嫌。甘えを受け入れてばかりなのも嫌。
でも死ぬのも嫌で……。その中で、何を選ぶのかっていったら。自分の心に正直に生きること、だと思って」
「……」
「…だから…隠し事をされてるまま…嘘を吐かれたまま、そしてそれが私に関連するだと分かっていながら…、守られて流されて心地よく生きるのは、
吐き気がするくらいに嫌だって感じたから」



そう。これは独り言…私の心の中の葛藤、後の決意の垂れ流し…
言葉にして整理することはとても大事なことだしねー。でもいざ口にしてしまうとなんて情けないことか。自然と苦笑してしまった。

……それでもねー…曲げるつもりはないし。分からないで終らせたくはないし…
馬鹿な自分で終りたくない、お父さんお母さんに甘えたままの自分で居ることは許されないし…何より自分が自分を許せない。
これは独り言…あの人に関する独り言。そーそー。大丈夫。


「…私はあの人に守られなくちゃ簡単に死ぬのかもしれない。でも嫌々と駄々をこねて無茶をして死ぬ気もない。もし死んでもそれは天命だったし、定めだった。己の不足さだった…って。ただそれだけで。…でも。
嘘を吐いて曖昧に生きることより、よっぽど潔く死ねる綺麗な最期だと思いますしねー」


誰も人生に後悔したまま、ああ…あの時に××していたら…なんていう走馬灯みたくないでしょ?とくすくすと笑えば、

「っく、」っと引きつったような声が聞こえてぎょっとしたけど。


「……思ったよりも馬鹿じゃないらしい。あの異常なお守りごっこを受け入れ続ける気かと思ってたが…お前は選んだのか」
「……ごっこねえ。まあ確かにアレはごっこかもー…?」
「…それに自分の力量も測れて、それから我武者羅に無茶しに突っ走るワケでもねぇ」
「………突っ走ったら死ぬの見えてるじゃないですか嫌ですよ」


すると黒鋼さんはけらけらと笑いはしなかったけど。にんまりといつものニヒルな笑い方をしてた。
なんなんだこの人。まあ日本国って言ってたし…ご職業が忍者とかいうファンタジックなことも最近やっと聞いたし、ぐずってるよりはマシだったんだろう、
確かに周りから見たら私は守られ、流され、楽してるだけだったし…
でも最後には選んだから、及第点、ヨシヨシー。と言ったところか。


「……お前、アレの願いを知ってんのか」
「侑子さんの…魔女さんのお店でのことですか?……私は皆より後に来たから…正直小狼君のお願い事を人伝に聞いた程度で、黒鋼さんが忍者って言うことすら知らなかったし…」


本当に忍者なんて知りませんでした。本当に。最初は悪魔かと色のみで思ってた。次には日本国と聞いて日本人かー。とやっと理解してきた。で、次の段階は忍者…。
そんなもので。私は他の仲間のことを未だにに知らない。名前を聞き出すのもやっとだったくらいで、それで少しずつ好きになりだして、いい所も知って、
それで…
──知りたい、と……
でもそれは…違うから。


「知りたいか」
「いいえー?」
「…迷いねぇ返事だな」
「だって、知った所であの人の心は動かないからねえー」


そうなのだ。…あの人の願いを知ったから、何を願ったかを理解した所で。
私は彼の心を動かせない。

例えば…「復讐はよくないことだから止めよう!」と復讐を目論んでる人間に説教たれたところでその人は止まらないだろうし心にも響かない。
理屈をこねて一般論をこねこねした所でんなもん復讐者だって最初からわかってるんだ。
多分ファイさんも常識がない訳じゃない、聡い、頭も切れる、判断力がある、
だから考えてることも…



「なら、お前だけは動け」
「……」
「そのまま迷うな」


…そうですね。私は迷っちゃいけないんですねー。

彼が私に関してどんなことを考えていようと、不審でも、怪しくて変態臭くても、
私が間違ったことで揺らいじゃいけない。

私が言う一般論なんてモノは日本だけで通じるモノ、外国に行けばもうその地とは違うモノ、異世界に行けばその世界の数だけ常識とやらがある。
でも私は正しいと思うものを信じなくては…
嫌だと思うモノはNO!と言う判断力がなきゃ怪しい壷でも買わされてモコナに無理やり異世界移動してもらって大胆に逃げなくちゃいなけいしー。


「あはは、黒鋼さんかっこいー。流石忍者。はじめてみたー」
「ああ?お前んとこにはいねーのか」
「えーと、私の所は、現代は──」


帰りは、黒鋼さんが無言で支えてくれた。
世間話をしながら、さりげーなく。このツンデレー!そしてそれには突っ込まない触れないのがツンへのマナーだ。…ツンか?でも突っついたら吼えそうだし。

なんだかんだで優しいのも分かってたし面倒見もノリもいいツッコミも出来る忍者だ。だけどこの人はとても芯の通った人で…
ちゃんと貫こうとしている人の邪魔をしたりしない、むしろさりげなく手伝ってくれたりもする。多分今も…
小狼君の修行もまたソレなんだろう。小狼君は真っ直ぐだから…。…私がそのままでいられるか…むしろ私が今真っ直ぐなのかと言われたら断言できないけど。

でも黒鋼さんは少なくとも応援してくれる。
不純な意志を手伝ってくれるような人じゃない、なら…そういうことなんだろう。

…ああ、本当にこの人の傍は落ち着く。この人の周りはとても綺麗な空気が纏ってる。
…その分何か暗くてくすんだモノもあるけど…忍者と言っていたしこれは仕方の無いことだったのかも。詮索するつもりはないし。大事なのは過去では無くて今…
だから。
私も信じる。今のこの人を。今の皆を…それと


「……はやく、気が付いて、ほしいですからねえー」



あの人の心を。

今日のノルマ、ゴミ捨て終了いたしましたー。さーかえろっ