自覚、崩壊、決心、決別
6.戻らない約束─桜都国
朝だ。
「おはよー」
「……………、………。」
非常に目覚めの悪い朝が来た。
すっきりと晴々とした笑顔の彼…ファイさんは、漂ってくるいい香りから察するに。もう随分前から起きて開店準備をしていたんだろう。
食欲がそそられる甘ーくて香ばしい香り。品のいい紅茶の匂いもする。
…この喫茶店の建物には部屋の余裕があるから一人部屋をもらった…のに、何故、ここにこの人が、いや起こしに来てくれたんだろう、寝坊かもしれない…
で、も。
…その手に抱えてる煌びやかに見える衣装の数々はなーに…?
「どれ着るー?」
「……ッど、れ、も、嫌だってばーっもう朝からなんなのーっ!?」
わぁっと大げさに…いや大げさなんかじゃなく本気で頭を抱えたくなって重々しい頭を抱えた。なんで。なんでこの人が持ってるのは暖色系のフリフリばっかなのかな、
洋服の方が多いし和服は馴染みがないからそうなんだろうけど、私はもう和服しか着ないから!
日本では当たり前に洋服も着てたよ?けどこの場に来てお姫様ドレスとかね、強いられてから気が付いたんですよ、ええ、ええ、
…日本人は和服を着ろと!こういったことが際立つ異世界ではそれが一番無難だと思うから。以上、異世界旅行にての教訓。
だから…本当にやめてくれないかなソレを強いるのは…
「でも着るものなくなっちゃうよー。制服?は今修理中だしー」
「……ぐ……ぅ……な、なら…せめて……和服、なら…地味めな、シンプルな……」
「ワフク?黒ぴっぴみたいなこれー?」
「なんでそんなハイカラさんみたいなのしかないのよーっうわあーんー」
「喫茶店ですしー?」
ああーっもう嫌だーっ
服を脱がせにかかるこの手馴れた感じも嫌だーっこの人百戦錬磨?女慣れしてる?遊び人?普段普通そうに見えたってどんな性格してるかなんて分かんないもんだって、しかもこの人のこと全く知らないし動けないし背に腹はかえられないしさああーっ
…清潔でいたい。お風呂は流石に無理だけど。せめてどうにか自分で濡れタオルで拭おう。ああお風呂に入りたいよおおー…
下はとりあえずキャミ着てるから下着回避ですけど…上からスカート着てから更に下のスカート脱いでますけど…
…ああ。お嫁にいけない。行く予定も行ける希望も全く感じてないけど。虚しい。
…笑ってる。すっごい楽しそうに活き活きと笑ってる。あーもうなんでかなぁー…触れるタイミングも無かったし触れていいのかも分からなかったっていうのもあるし…
言いたいことは沢山たくさんある、でもどうしても言わなきゃいけないことも、ある。
「…ファイさん…」
だから、今を逃したらもう二度とないんだって。今という二度はない時間を大切に思いながら、躊躇いなんてモノを捨てて呟いてみた。
すると顔を上げたその人はその蒼い瞳をこちらへと。でもそれは……いやもう考えなくていい。言いたいことを、言うだけ。
「……ジェイド国で……私を助けてくれた時…」
「んー?」
私は流されたりなんてしたくない。今を心地よく生きるためだけに大切なモノを捨てたり諦めたくもない、後悔もしたくない。
流されることはとても心地よく楽でいられること、でも後の幸せには繋がらないこと。
今努力して未来幸せになるか。今の努力をやめるか。
ただ…過去には戻れないということだけ。過ぎた時間は取り戻せず、発した言葉は戻らない…それが言葉、世界に影響を与える…言霊だから。
…だから、私はあえて問いかけた。戻らなくても。今を後悔しても。どうしても必要なことだと思えたから。
「…ファイさん、泣いてましたね」
その言葉が発せられた瞬間。この場には冷たい何かが流れた気がした。
彼は笑ってる。いつものように笑ってる。笑顔と言うのは暖かさから零れるものであって、決して冷たいモノから発せられるモノではない、なのにいつもこの人は根本から違ってて、無から笑顔を生み出しているようなモノ。
…でも今は…崩れてない…けどこの冷たい冷気のようなモノは…ああ、そうだね。これは彼の…"心"だ。これは彼の心の冷たさ、今表面上に浮かんだ一番強いキモチ。
私はなんとなく"感じ取れる"ようになってきた。それが何とも名称は分からないけど…それが暖かければ陽だと分かるし冷たく淀んでいれば陰だと。それくらい分かる。
痛覚も暖かいと感じられる機能も損なわれてないから。
「…どうして俺が泣くのー?あ、確かに心配だったけどー」
だから彼の言葉も分かる。この場に流れた冷たさも暗さも刺さるような痛みも何もかも名称は知らないし理由も知らない、でも…
感じる。それだけ。
「貴方が本当に涙を流したか流してないかはどうでもいいことなんですよ。……泣いて、ましたよね」
「……」
「何故ですか?」
ただそれだけで十分なんだよ、ファイさん。私はね。
言葉は戻らず、与えた影響に待ったは効かず、もしかしたらファイさんとも元のおちゃらけた関係ではいられないのかもしれない…
もしかしたら逆に元のようにへにゃへにゃ気に留めた様子もなく接してくるかもしれない、でも物事に恐れを成していては何も始まらない。
「……そうだったとしても、どうだったとしても、教えれることは何も無いよ」
…だから。
その言葉で、無から生み出したような空っぽの笑顔で。心臓が凍ったように、刺さるような痛みを感じるように、
ぎゅう、ととても締め付けられて。暗くて、痛くて、冷たくて淀んでいて苦しいモノを感じたとしても。そのまま涙を流してしまいそうになっても。
…戻らない。言葉は戻らない、だったら決意も戻さない、私は諦めない、全てを最初から諦めたりなんてしない
「……嫌」
「んー?」
諦めない
……絶対に!すぅ、と大きく息を吐いて準備万端、後は吐き出すだけ、321ハイごーっ!
「……触らないでよド変態っ!!このへんたいへんたいーっ!!!」
その絶叫にも近い叫び声は思いっきり騒音だし、近くに居たファイさんにも…いや私自身の耳にもキーンと響くくらいだった。
…我ながら末恐ろしいー!
思いっきり叫んだからもしかしたらこの喫茶店の建物中に響き渡ったかもしれないなあ…本当に何事かと言う話で…申し訳ないーっ
でもぜー、はー、と肩で息をする私はもう後戻りも出来ないと思ってたし。
言いたいことは言えるときに言っておかないと。後悔なんてしたくない。
靴下を脱がせて履かせて、本当に変態臭いとただの介護行為が怪しく見えてしまうこの図が薄ら寒い、あーもう何もかもが片腹痛いわ!
楽しそーに着せ替えさせるのもいいけどね、確かに着替えさせてもらえるのはありがたいし他にそんなことをしてもらえる人は旅仲間にいない、小狼君にはサクラちゃんが居るからしてくれると言っても遠慮するしっ清潔になれるのはとても気持ちいいけど、でも、でも
「そんな人に、守られることはできません…!」
「…それは困るかもー?」
「なら全部吐いちゃいなさいよド変態、このドMーっ!我慢上手ーッ!!」
「あははー。褒められてるんだか貶されてるんだかわかんないやー。んーでも」
守られてくれないと困るっていうかー、なんてへにゃへにゃ笑いしながらまた着替えさせ続けるこの人に、ええ、ブチッとね、来てしまったんですよ
…困る?教えられることは無い?確かにねえ守られるって行為にはメリットは私に十分ありすぎて困るくらいだでもね!
何も理由もなしに見知らぬ人だった男に甘ーく甘ーく無償で施しを受ける、
それって日本では凄く危ない詐欺だったりするんだからーっ
警戒するに値するの十分に!
そんなの嫌だっつーの、甘えてお姫様楽しめる程女の子女の子してないんだって、だから、だから、
「……触んないで」
「んー?」
「これから、今後、一切、一瞬たりとも、触、ら、な、い、で、くださいねこの笑顔が素敵なイケメンどへんたいっ」
「……褒めてる?」
「褒めながら貶してるのっ!あーっもう嫌!ずっと無言で無干渉貫いてたけどもう我慢ならないーっ確かに貴方のお守りで私は今も元気に生きてます!こんなに朝から元気だよー!で、も、ね、
貴方は私が守られたいと思えるような人じゃないの」
……本当に上からで言い切ったと思ってる。普通に考えてこんな良物件、とても美味しい話にゃ素直に乗っとくべき、って悪魔の囁きが聞こえる。
でも私の中の良識はそうは言ってない。
何か隠してますーみたいな。何か裏があるけど守りますー。みたいな?
そんな隠し事ばかりで接してくる人間、"信用できない"。
この人が居なかったら私は死んでた、そこで終わり、努力したけどそれが私の天命でした、それで終わりなの。だからこれから突き放した所で全力を尽くしたのなら死んでも仕方が無いの。
だから
死んでも構わない。あの時この人を突き離さなければ…なんて絶対に思ってやらない
ぐ、っと睨みきって、女としては終ってると感じながらはしたない格好のまま、
ファイさんから靴下をひったくって履こうとした。
…痛い。とてもじゃないけど身体も動かせない、これ以上は身体が伸びない、一回立って、っていうかちょっと今私着物裾踏ん付け……!
「ぅぶっ!」
…て。
顔面から床に転んで、咄嗟にファイさんが手を伸ばしてきたけどそれもはらった。
一睨みしてやるのも忘れずに。威嚇だ威嚇!フーッ!…あー…後ろのリボンとか帯とかは…どうしても駄目だったらサクラちゃんか黒鋼さんに頼もう…
起き上がりながら出来ることだから。それも一人でやらないで他人に甘える行為、
でも人間が…自分一人で何もかも出来るなんてこと思っちゃいないし思い上がりもしてない、この人に甘えるよりは全然いいんだよーっ!
結局全身、主に利き足と右手に激痛が走りながらもサクラちゃんの下へ辿り着いて、
和服の帯の締め方が分からないというサクラちゃんの不慣れな手つきを見かねて、黒鋼さんがため息を吐きながらやってくれた。
何だかんだでこの人は面倒見がいいしノリも良いから好きだなあー。
サクラちゃんも黒鋼さんの手を見て覚えてくれようとしてるみたいだし、ああ本当にいい子だー。…申し訳なくも思うんだけどさぁ…そりゃあ…迷惑かけてるって自覚はあるし…お姫様にこんな真似させてるってよくよく考えて思うとぞっとする…!
けどね。
…私は絶対言葉を曲げたりしない。絶対に。あの人が本当の表情で笑ってくれるまで、もしくは本当のことを教えてくれるまで、もしくは
──変わるまで。
6.戻らない約束─桜都国
朝だ。
「おはよー」
「……………、………。」
非常に目覚めの悪い朝が来た。
すっきりと晴々とした笑顔の彼…ファイさんは、漂ってくるいい香りから察するに。もう随分前から起きて開店準備をしていたんだろう。
食欲がそそられる甘ーくて香ばしい香り。品のいい紅茶の匂いもする。
…この喫茶店の建物には部屋の余裕があるから一人部屋をもらった…のに、何故、ここにこの人が、いや起こしに来てくれたんだろう、寝坊かもしれない…
で、も。
…その手に抱えてる煌びやかに見える衣装の数々はなーに…?
「どれ着るー?」
「……ッど、れ、も、嫌だってばーっもう朝からなんなのーっ!?」
わぁっと大げさに…いや大げさなんかじゃなく本気で頭を抱えたくなって重々しい頭を抱えた。なんで。なんでこの人が持ってるのは暖色系のフリフリばっかなのかな、
洋服の方が多いし和服は馴染みがないからそうなんだろうけど、私はもう和服しか着ないから!
日本では当たり前に洋服も着てたよ?けどこの場に来てお姫様ドレスとかね、強いられてから気が付いたんですよ、ええ、ええ、
…日本人は和服を着ろと!こういったことが際立つ異世界ではそれが一番無難だと思うから。以上、異世界旅行にての教訓。
だから…本当にやめてくれないかなソレを強いるのは…
「でも着るものなくなっちゃうよー。制服?は今修理中だしー」
「……ぐ……ぅ……な、なら…せめて……和服、なら…地味めな、シンプルな……」
「ワフク?黒ぴっぴみたいなこれー?」
「なんでそんなハイカラさんみたいなのしかないのよーっうわあーんー」
「喫茶店ですしー?」
ああーっもう嫌だーっ
服を脱がせにかかるこの手馴れた感じも嫌だーっこの人百戦錬磨?女慣れしてる?遊び人?普段普通そうに見えたってどんな性格してるかなんて分かんないもんだって、しかもこの人のこと全く知らないし動けないし背に腹はかえられないしさああーっ
…清潔でいたい。お風呂は流石に無理だけど。せめてどうにか自分で濡れタオルで拭おう。ああお風呂に入りたいよおおー…
下はとりあえずキャミ着てるから下着回避ですけど…上からスカート着てから更に下のスカート脱いでますけど…
…ああ。お嫁にいけない。行く予定も行ける希望も全く感じてないけど。虚しい。
…笑ってる。すっごい楽しそうに活き活きと笑ってる。あーもうなんでかなぁー…触れるタイミングも無かったし触れていいのかも分からなかったっていうのもあるし…
言いたいことは沢山たくさんある、でもどうしても言わなきゃいけないことも、ある。
「…ファイさん…」
だから、今を逃したらもう二度とないんだって。今という二度はない時間を大切に思いながら、躊躇いなんてモノを捨てて呟いてみた。
すると顔を上げたその人はその蒼い瞳をこちらへと。でもそれは……いやもう考えなくていい。言いたいことを、言うだけ。
「……ジェイド国で……私を助けてくれた時…」
「んー?」
私は流されたりなんてしたくない。今を心地よく生きるためだけに大切なモノを捨てたり諦めたくもない、後悔もしたくない。
流されることはとても心地よく楽でいられること、でも後の幸せには繋がらないこと。
今努力して未来幸せになるか。今の努力をやめるか。
ただ…過去には戻れないということだけ。過ぎた時間は取り戻せず、発した言葉は戻らない…それが言葉、世界に影響を与える…言霊だから。
…だから、私はあえて問いかけた。戻らなくても。今を後悔しても。どうしても必要なことだと思えたから。
「…ファイさん、泣いてましたね」
その言葉が発せられた瞬間。この場には冷たい何かが流れた気がした。
彼は笑ってる。いつものように笑ってる。笑顔と言うのは暖かさから零れるものであって、決して冷たいモノから発せられるモノではない、なのにいつもこの人は根本から違ってて、無から笑顔を生み出しているようなモノ。
…でも今は…崩れてない…けどこの冷たい冷気のようなモノは…ああ、そうだね。これは彼の…"心"だ。これは彼の心の冷たさ、今表面上に浮かんだ一番強いキモチ。
私はなんとなく"感じ取れる"ようになってきた。それが何とも名称は分からないけど…それが暖かければ陽だと分かるし冷たく淀んでいれば陰だと。それくらい分かる。
痛覚も暖かいと感じられる機能も損なわれてないから。
「…どうして俺が泣くのー?あ、確かに心配だったけどー」
だから彼の言葉も分かる。この場に流れた冷たさも暗さも刺さるような痛みも何もかも名称は知らないし理由も知らない、でも…
感じる。それだけ。
「貴方が本当に涙を流したか流してないかはどうでもいいことなんですよ。……泣いて、ましたよね」
「……」
「何故ですか?」
ただそれだけで十分なんだよ、ファイさん。私はね。
言葉は戻らず、与えた影響に待ったは効かず、もしかしたらファイさんとも元のおちゃらけた関係ではいられないのかもしれない…
もしかしたら逆に元のようにへにゃへにゃ気に留めた様子もなく接してくるかもしれない、でも物事に恐れを成していては何も始まらない。
「……そうだったとしても、どうだったとしても、教えれることは何も無いよ」
…だから。
その言葉で、無から生み出したような空っぽの笑顔で。心臓が凍ったように、刺さるような痛みを感じるように、
ぎゅう、ととても締め付けられて。暗くて、痛くて、冷たくて淀んでいて苦しいモノを感じたとしても。そのまま涙を流してしまいそうになっても。
…戻らない。言葉は戻らない、だったら決意も戻さない、私は諦めない、全てを最初から諦めたりなんてしない
「……嫌」
「んー?」
諦めない
……絶対に!すぅ、と大きく息を吐いて準備万端、後は吐き出すだけ、321ハイごーっ!
「……触らないでよド変態っ!!このへんたいへんたいーっ!!!」
その絶叫にも近い叫び声は思いっきり騒音だし、近くに居たファイさんにも…いや私自身の耳にもキーンと響くくらいだった。
…我ながら末恐ろしいー!
思いっきり叫んだからもしかしたらこの喫茶店の建物中に響き渡ったかもしれないなあ…本当に何事かと言う話で…申し訳ないーっ
でもぜー、はー、と肩で息をする私はもう後戻りも出来ないと思ってたし。
言いたいことは言えるときに言っておかないと。後悔なんてしたくない。
靴下を脱がせて履かせて、本当に変態臭いとただの介護行為が怪しく見えてしまうこの図が薄ら寒い、あーもう何もかもが片腹痛いわ!
楽しそーに着せ替えさせるのもいいけどね、確かに着替えさせてもらえるのはありがたいし他にそんなことをしてもらえる人は旅仲間にいない、小狼君にはサクラちゃんが居るからしてくれると言っても遠慮するしっ清潔になれるのはとても気持ちいいけど、でも、でも
「そんな人に、守られることはできません…!」
「…それは困るかもー?」
「なら全部吐いちゃいなさいよド変態、このドMーっ!我慢上手ーッ!!」
「あははー。褒められてるんだか貶されてるんだかわかんないやー。んーでも」
守られてくれないと困るっていうかー、なんてへにゃへにゃ笑いしながらまた着替えさせ続けるこの人に、ええ、ブチッとね、来てしまったんですよ
…困る?教えられることは無い?確かにねえ守られるって行為にはメリットは私に十分ありすぎて困るくらいだでもね!
何も理由もなしに見知らぬ人だった男に甘ーく甘ーく無償で施しを受ける、
それって日本では凄く危ない詐欺だったりするんだからーっ
警戒するに値するの十分に!
そんなの嫌だっつーの、甘えてお姫様楽しめる程女の子女の子してないんだって、だから、だから、
「……触んないで」
「んー?」
「これから、今後、一切、一瞬たりとも、触、ら、な、い、で、くださいねこの笑顔が素敵なイケメンどへんたいっ」
「……褒めてる?」
「褒めながら貶してるのっ!あーっもう嫌!ずっと無言で無干渉貫いてたけどもう我慢ならないーっ確かに貴方のお守りで私は今も元気に生きてます!こんなに朝から元気だよー!で、も、ね、
貴方は私が守られたいと思えるような人じゃないの」
……本当に上からで言い切ったと思ってる。普通に考えてこんな良物件、とても美味しい話にゃ素直に乗っとくべき、って悪魔の囁きが聞こえる。
でも私の中の良識はそうは言ってない。
何か隠してますーみたいな。何か裏があるけど守りますー。みたいな?
そんな隠し事ばかりで接してくる人間、"信用できない"。
この人が居なかったら私は死んでた、そこで終わり、努力したけどそれが私の天命でした、それで終わりなの。だからこれから突き放した所で全力を尽くしたのなら死んでも仕方が無いの。
だから
死んでも構わない。あの時この人を突き離さなければ…なんて絶対に思ってやらない
ぐ、っと睨みきって、女としては終ってると感じながらはしたない格好のまま、
ファイさんから靴下をひったくって履こうとした。
…痛い。とてもじゃないけど身体も動かせない、これ以上は身体が伸びない、一回立って、っていうかちょっと今私着物裾踏ん付け……!
「ぅぶっ!」
…て。
顔面から床に転んで、咄嗟にファイさんが手を伸ばしてきたけどそれもはらった。
一睨みしてやるのも忘れずに。威嚇だ威嚇!フーッ!…あー…後ろのリボンとか帯とかは…どうしても駄目だったらサクラちゃんか黒鋼さんに頼もう…
起き上がりながら出来ることだから。それも一人でやらないで他人に甘える行為、
でも人間が…自分一人で何もかも出来るなんてこと思っちゃいないし思い上がりもしてない、この人に甘えるよりは全然いいんだよーっ!
結局全身、主に利き足と右手に激痛が走りながらもサクラちゃんの下へ辿り着いて、
和服の帯の締め方が分からないというサクラちゃんの不慣れな手つきを見かねて、黒鋼さんがため息を吐きながらやってくれた。
何だかんだでこの人は面倒見がいいしノリも良いから好きだなあー。
サクラちゃんも黒鋼さんの手を見て覚えてくれようとしてるみたいだし、ああ本当にいい子だー。…申し訳なくも思うんだけどさぁ…そりゃあ…迷惑かけてるって自覚はあるし…お姫様にこんな真似させてるってよくよく考えて思うとぞっとする…!
けどね。
…私は絶対言葉を曲げたりしない。絶対に。あの人が本当の表情で笑ってくれるまで、もしくは本当のことを教えてくれるまで、もしくは
──変わるまで。