綺麗な人の手、創られた、
6.戻らない約束桜都国
「た、たすけて、助けて黒鋼さんーっ!!」


涙目だ。涙目である。比喩じゃなく本当に泣く寸前で涙が溜まってる。何か衝撃や後押しがあればもう崩壊してしまうだろう。
鬱陶しそうにこちらをちらりと見やった黒鋼さんは何かを考えてる様子で、考えてくれいつも助けてくれないけど今度ばかりは常識曲がりだと気が付いて異常性に気が付いて手を差し伸べてくれお願いだからお願いだから──!!と祈りをこめて見詰めていると。


「……お前は手にも足にも怪我してんだろうが」
「で、でも」
「で、動けんのか?立てんのか?手の平を握るだけでも出来んのか?」
「……ぅ…で、でも、常識的に考えたらサクラちゃんが一番適任、」
「あの姫にゃ力が入ってねぇ人間の身体を支えられるだけの力もねぇだろうが」


……つまり、か細い手の女の子には、介護(あながち間違ってない)をする程の、力がこめられない脱力仕切った人間の身体を持ち上げるだけの力は無く…
勿論私が逆にサクラちゃんをお手伝いする場合も然りで…


「で、どいつを選ぶか、それともそのまま永遠に着換えねぇかどっちかのことだ」


……お風呂に入れないのはともかくとしてせめて、着替えだけは…着替えだけは…
日本人として譲れない所である。絶対に着換えない選択肢だけはない。凄くあわあわして申し訳なさそうな様子のサクラちゃんが見える、そして小狼君もそこに…
二人はどこからどうみても相思相愛ップル、いくら常識人とは言えそんな小狼君に手伝わせる選択肢は存在しない、つまり私に残されてる道は…


「く、黒鋼さん、手伝ってくださ──」
「めんどくせえ。女の手伝いなんてできっか」
「………………。」



一つだった。
その日の朝、オープン前の改装中である喫茶店に醜くくも必死である叫び声が響い、
…ていたらしい。
必死すぎて笑顔で奥の部屋に運ばれてからのことは何にも覚えてない。そう何も。ちなみに選んだのは一番地味な色合いの暗い藍色のハイカラさんのような和洋服だった。絶対に許さない。




「ひぃっな、何これーっ!?」


はー……。と哀愁の漂う深ーーーいため息をエンドレスで吐いていた頃。
いきなりモコナの目がめきょっと開いただけでも凄く驚いたのに、ごばぁっと何かを吐き出したー!
何、何コレ、まだ完全に慣れきった訳じゃないのに刺激が強すぎ、なんでみんな平然としてるの!?明らかにモコナのおまんじゅうサイズの身体と吐き出したものの大きさが釣り合いとれてないっ

怖い怖いこわーっとガタガタとソファーの上で震えていると、「なになにー?」と笑顔で近づいて問いかけたファイさんに「侑子から」と返した。
…侑子さん?侑子さんから差し入れ…?へー、侑子さんって優しい所もあるんだなー。
いや別に悪い人だなんて思っちゃいなかったけど、クールビューティーっていうか、サバサバしてるというか。

こういうサプライズをする感じには見えなかったもので…というかこれ


「あの魔女がタダで差し入れなんてするか」
「でもおいしそー」
「これフォンダンショコラだ!中にチョコが入っててね、あっためて食べるの!」


とても美味しそうな、フォンダン、ショコラ…。

……。
…………〜!!!
フッツーの、フッツーの日本にもあった食べ物だ〜!!!キラキラした目を隠すこともせずにウズウズしていると、ファイさんがちょうどお茶を淹れたところらしかった。


「ちょうどいいからみんなで食べようよーお茶もはいったしー」
「俺ぁいらねぇぞ」


お茶もおいしそー。
フォンダンショコラもおいしそー。
黒鋼さんが不審オーラをビシバシ放っていらねぇと断固拒否している中で、ファイさんが問答無用でパクリと不意打ちで食べさせていたけど、正直そんな面白場面もスルーしてしまうくらいに感動してた。

…これ、作った人侑子さんじゃない、よね…
凄くキラキラしてる、凄く綺麗なものに視える……見かけが美味しそうなのもそうだけど…それだけじゃなくて味も、中身も…作った人は多分とてもとても、とても…


「何しやがる!!」
「黒鋼食べちゃったー侑子に言おうーっと!」
「なんだと!?」


これはとても特別なものだと私は感じてた。
ジェイド国で突然理由もなしに開花してしまった感じ取る能力は健在らしい。
今だけはその力が嬉しい。特別なものを特別だと知りながら、ちゃんと味わって感謝しながら頂ける。
とても心がほっこりするような味だった。あーあ、凄く懐かしい味がしたなー。

…というか…月日の感覚とかないけどこれはフォンダンショコラ…
もしかしてーの話だけど…これバレンタインチョコレートだったりするのかな…?ああ、このチョコを作った人…想像するだけでぽややーんとする。スキだ。すきだなあ。えへへ。
何故だかチョコを食べてから恥らう恋する乙女のようになっている私を見て不審そうに、戸惑いがちに見ても咎める者は誰一人いない。
…触れることさえ躊躇われただけかもしれない。えーへへもう何でもいいやあり難ーいモノを頂いてしまったー。えへへー。



…で、そんなこんなで楽しみながら。お店の改装を進めながら。当然私は何も出来ることがないまま傍観して夜はふけていき…
鬼狩りという職業についた黒鋼さんと小狼君は外へと"狩り"に出かけてしまった。

私はそれを見送り手を振り、喫茶店で行われてることを見つめて…引きつり笑いをするだけ、それしか出来ない…

このへにゃへにゃ笑いの人はいい年して何やってんだ…
「にゃーん♪にゃーん♪」と歌いながらペタペタ絵を描いてる姿は怖い。し、それが上手いものだからどう突っ込んだらいいのか、いや突っ込む言葉も見付からないまま時は経ち、
黒鋼さんと小狼君達が帰ってきたようだった。
…お客様を連れて?


「てっめーー!!」
「おかえりー」
「よくも…妙ななまえ付けてくれやがったな!」


騒々しく帰ってきた黒鋼さんが、なまえ?だとか何だとかで憤慨してる裏で戸惑ったように小狼君とサクラちゃんがただいま、おかえり、と挨拶してて滅茶苦茶可愛いし動けないしお客さんが後ろに構えてるしどうしようかと思ってたのだけど、

どうやらこの国の市役所の人が登録するなまえは偽名でも何でもいい、と言ったのだけど、字が分からなかったために無駄に上手い絵を描いて、
こんななまえにしたと。


「『おっきいワンコ』とー」


これは黒鋼さんに。


「『ちっこいワンコ』とー」


これは小狼君に。


「で、俺はコレでーサクラちゃんはコレー」


へにゃへにゃと喋りながらサラッと描き上げたのは大小のサイズの二匹の猫…


「『おっきいニャンコ』と、『ちっこいにゃんこ』でーす」


…か、可愛い!いや人名として偽名でもいいとしてもソレはどうなんだというアレは置いといて、…この四人に合う…サラッと描いてみせた絵も凄く可愛いしイメージピッタリだし特徴とらえてるしかわ──…!

…ってオイ、なら私はなんなの?
間を取って中くらいのわんこか中くらいのにゃんこ…って言うにはその…
…背が…その、アレ、だから…だからアレっつったらアレごほんこぼんだから、間は取れないんだよ!!この人いったい私になんてをつけやがりましたか!?
場合によっては多少乱暴なことだって辞さないよ、なんなの、怖い恐ろしいこの人の思考がわからない多分本当に腹立つような登録してくれたんだろうなもーっ!!

「わー可愛いお店ー」っと空気を呼んでくれてやっと入ってきたセーラー服の可愛らしい女の子のお客様は、「ここがお家なんて素敵ですね!『ちっこいわんこ』さん!」と無邪気に何の疑いを持つこともなく話しかけてるし。

…ああ、混沌…。頭がぐらぐらしてきたよ…。意識が遠くなりそうだって…。


「うまそうな匂いだなー」
「チョコケーキの試作なんですー開店は明日からなんですけど良かったら食べてみてもらえませんかー」


まともにカフェ店員らしいことを言ってみせたファイさん。そういえばいっぱいケーキとか作ってた、なあ…別に私もお菓子作りできない、わけじゃ、ないし…お台所では…足手まといにならないはずなのに、なあー…

ずっと座ってただけだけど、それだけでも少し疲れたし、疲労してるのかも、傷を庇うように力が入ってたわけだしそれに…
世界に流れる"気"のようなモノが突然感じ取れるようになってしまって…気を張るのはとても疲れる…


「「よろこんで!」」



お客様の前で寝る訳には、失礼だし、せめて奥の部屋に引っ込まなきゃ、でもそもそも、立てないし、歩けない、から…こんなソファーの上で、一日中座り込んでる訳で…お手伝いも、でき、ない、から、

──"異形"も、消せ、ない、から……私は、まだ、
駄目なんだ。