妥協と折中
6.戻らない約束ジェイド国→桜都国
瞼が震えた。…瞼を持ち上げてみた。ぼーっとしてしまって視点が定まらなかったんだけど。目を覚ましたそこは知らない建物の中で、知らない空気がする所。

そして窓ガラスが粉々に割れてるみたいで空き巣かと思ったけど違う。
…異形のモノがこちらへ襲い掛かろうとしている。すぐ近くに小狼君も黒鋼さんも居る。サクラさんは黒鋼さんに乱暴に脇に抱えられてしまってるし、あれじゃあ頭に血が上っちゃうなぁ、じゃあ私はどこに居るんだろう、
あの異形のモノはみんなを襲おうとしてる、なら消さなきゃいけない…?消えてもらわなきゃ、いけ、ない…闘わなきゃ、いけない…

そこに思考が至ると私の手がスッと異形のモノへ向かって伸ばされてるのが見えた。
…?なんで?怪我してない方の手、だけど…
何しようとしてるんだろう…手が熱い、とても怖い、でも、"し"なくちゃ、だから、

だから…


「……それは、いいんだよ」


…──そう、嗜めるように。伸ばした熱い手を誰かに…優しい手付きで降ろされたような気がする。

もしかしたら夢なのかもしれないこんなの、と認識するが早く、うとうととしてしまってすぐに瞼は下がって眠りに入る。とても気持ちいい。
とても心地いい、ここは、

心地がいい。



「……?」


そんな夢を見ていた。…そう、あれは夢。だから私は寝ていた訳で…
じゃあ私は何処で寝ていたのかという話で…ここはどこ?知らない建物の中だし知らない香りがする。綺麗な内装だ…清潔感がある。でも知らないながらに分かるのは…この香りの元は暖かなお茶だということ。

…?なんでお茶?ここどこ?おとーさんおかーさん?
私、もしかして寝坊して…ああ、いや土日だっけ、学校はなくて、いや学校なんて中退以前にここは異世界で家族はもう会えなくて、
というかあのカウンターのような所でお茶を淹れてる居るのはお父さんでもお母さんでもなくてファイさんで、
テーブルをセットしているのは小狼君でカーテンを取り付けてるのは黒鋼さんでそれで…

…それで…
…それで、ってどう考えてもこれは!!!


「わ、わぁあ寝坊したぁーっていたぁああい!!」



ただの寝坊じゃないのー!!
新しい国に居るだけじゃんっ最後に起きてたの移動の時だし、気を失ったかのようにコロッと眠ってしまっちゃって、いや正真正銘モコナの死の穴(口の中)での衝撃で失神しただけなんだけど、

なんだか建物改装してるみたいだし手伝わなきゃ、寝坊!!
……と勢いよく起き上がったのは良いんだけど……利き手である右手を無意識に使ってソファーに手をついたらとんでもない程の激痛が走る。
…そういえば右手は釘が貫通していたんですっけ…
流石にしっかりと治療してくれたみたいで釘は刺さってないけど、痛くて、痛くて、
これは…
はぁあぁ〜…包帯の下を見るのがこ、こわ、こわぁあ…絶対グロテスクなことこの上ないんでしょうねー…ああ〜…


「目が覚めましたか?」
「おはよーサクラちゃん、
「えっあ、サクラさん!!ご、ごめんなさい、起こしちゃった…!?」


あわわ…と蒼白している内に当然絶叫を聞いて私が起きたのがわかったらしく、三人がこちらへと視線を向けるけど…
私の絶叫が耳に障ったのかわからないけどサクラさんも同時に起きてしまったみたいで本当に申し訳ない…!ひいーっ
サクラさんを気遣いながら優しく挨拶をしている小狼君にも申し訳なさすぎーっ

…はぁー…寝起きのぽやんとした顔もとても可愛らしゅう。ぽけーっとしてる間にもサクラさんが毛布を口元で手繰り寄せながら、可愛らしいことこの上ない小動物ポーズで話しかけてくれた。


「ううん、元々起きてはいたんだけどね……あの、その……」
「ああ、中々起きてきたくないもんねぇ、朝は…」
「そうなの、お布団から出たくなくて……うぅ」
「すっごく怒られるんだけど、もうお布団の魔力には逆らえないっていうかー」
「うん、ね!」


……あ、あわわ、何だか友達と話す感覚でソファーごしにサクラさんとお話してしまった…!ソファーが二つ並んでいて、私達はそれぞれに寝かされていたみたいだ。
…だ、だって凄く話しやすいし話も合うものだからつい…サクラさんも意外と寝起きが悪い…?
こんなに可愛い女の子だったらつんつんしてにまにまと起こしたくなるけど。私の場合朝の忙しい時間の中の害でしかないからなぁ…と引きつり笑いをしていると、
「あの、あの、」とサクラさんが何かを言いよどんでるものだから首を傾げてみると。


「あの、ちゃん、って、その…私…っ」
「……あ、あ、っあの、私もサクラちゃんって、呼んでもいいかなぁ…!?」
「全然っ!……凄く嬉しい…私、こんな風に年の近い女の子の友達って、…いなかったから…!」
「……あ、あう゛……」


この可愛い生物はなんなんだろう…
照れ俯き微笑み頬染めって何コンボ…やばい、やばい、私こそ顔真っ赤だ、すっごい可愛い、ナニコレなにこれ…!
こんなに可愛い女の子と友達になれるなんて異世界旅も捨てたものじゃないー!?あう゛、かわ、かわいい、なんというか、

あれ?ていうかそういえば平静を取り戻そうときょろきょろと辺りを見回したら微笑ましそうな目をしてこっちを見てる約二名はもうどうでもいいんだけど、
なんでこの人たち…


「…学ラン?バーテンダー?袴…?」
「あーは全部わかるんだー。昨日鬼児を倒して市役所でもらったお金で用意したんだよー。服もこの国のに着替えたんだー」


…??…ん?この国の服の基準ってなんなんだろう…?日本みたいにある意味節操なしに、ある意味GJにジャンルが混在してるのかな…?
黒鋼さんの袴姿は本当に様になってるというか、他二人学ランもバーテン服も似合いすぎ。しっくりくるわー…でも並んでるとなんの集団なのか謎すぎ…

ファイさんが黒るんのそれはどうやって着るのかわかんなかったよー、なんて言ってるけど…まあ和服は現代日本人でも着れない人も居るくらいだし。
私はおばあちゃんが和な人だったからそれなりに着ることくらいなら出来るけど…


「あのね、俺ここで喫茶店やろうと思っててー、お客さんから色んな情報聞けるって市役所の子も言ってたしー」
「モコナもそれするの!」
「ってことでサクラちゃんも一緒にカフェやろうよー」
「はい、頑張ります!」


き、喫茶店!?カフェー!?
確かに内装はそんなのがピッタリなくらいのいい雰囲気だなぁ…ってことは料理とかするの?お茶とかコーヒー出したり…?いいなあ…
私の学校バイト禁止だったから結局一回もしたことなかったし。喫茶店で働くとか憧れじゃんっコーヒーも紅茶も大好きー!

思わずうずうずしてしまうけど…自分の身体を見下ろしたら多分それは無理だろうなぁ…って一気に冷めてしまうから悲しい。流石に分かってるよー…
足はともかく指は骨折してるし追い討ちをかけるように貫通、皿洗いさえも出来そうにない。

お荷物は確実…じゃあ私本当に何をしてることになるんだろう?金食い虫?ニート?ただ飯食らい?…ほ、本当に何か一つでも出来ること探さなきゃ…!


「で、はー」
「……わかって、ます…。喫茶店のお手伝いは出来ないかもしれないけど…でも、でも出来ることが見付かったら絶対に手伝いするから!」
「……あはは」


なんで笑ってんだよこの人は!
なんだか拍子抜けしたような顔をした後に吹き出すように笑い出したから、馬鹿にしてんのかっと怒り心頭ではあったけど…

いつの間にかサクラさんが部屋から消えていて、怒りに震えるよのもアレ?と首を傾げているうちひょっこり隣の部屋から顔を出したサクラさんは…


「やっぱり喫茶店には女給さんだもんねー」
「ねー」
「…これでいいんでしょうか」


和風フリル付きエプロンメイド女給ハイカラ服メイドさんメイドさんメイドさん…

っていうかもう名称なんて何でもいいけど滅茶苦茶可愛い服を着て出てきて、思わず目をキラキラと輝かせて思わず頬も紅潮させてドキドキしながらその恥じらいの姿を見つめるしかなかった。やだ、やだ、喫茶店も捨てたもんじゃないねーっ!
手伝えないけど見てるだけで目に優しいし眼福だよーっ

可愛い可愛い小狼君に「変じゃないかな?」なんて上目で問いかける姿とか首を振る小狼君とかかわい──…


「…っは、……ああ宇宙へ旅立つところだった」


思考が危ない所まで行く寸前で汗を拭うかのように手で額を覆って、ふー、と息を吐いたところでファイさんがにこにこ顔で近づいてきて、こう言ってのけた


「で、はどれがいいー?」
「……は?どれ?」


……選択する余地が残されて、るのか……?

ここは桜都国。服装や町のシステムにも寛容で色々な意味で豊富な土地。
鬼児、というモノが出現して、一般人は襲わない習性らしいけど…その鬼児を倒す鬼狩りという職業がある、らしい。
黒鋼さんと小狼君はペアで鬼狩りを、サクラちゃんとファイさんとモコナは喫茶店を…

…私は、
ナニをさせられるのだろう?目の前のにこにこ顔の彼…ファイさんがぴらりと持ってきた服の山を見て、私は一抹の不安を…いや一抹どころか何抹だかなんだかわからないとんでもねぇ不安を感じながら引きつり笑いを零すしかなかった。恨むぞ桜都…!