大嫌い
5.誰かにとっての願いジェイド国→
誰かが泣いてる、あれ泣いてる?いや泣いてないのかも、涙は流れてるのか、冷たくて暖かなこれが涙なのかはわからない。
身体全体麻痺しっぱなし。感覚が無いに等しいし…
でも暖かい、身体の暖かな何かが触れられた所からじんわり感覚が。優しさが広がって行く気持ちよくて心地いい感覚…


「……ご、めん……」


ああ、そうだ。この暖かさは、この悲しみの雨は…そうか。そういうこと。
…あーあ。誰かと一緒にいることで。無責任な約束をかわしてしまうことで。
そのせいでこんなに悲しい気持ちにさせて傷つけるくらいなら。いっそ独りの方がマシだったのに。悲しくなかったはず。…私もこんな風に揺れ動かされることもなかったはずなのに。後悔とはいつだって後からやってくるモノだけど、戻れるのならやっぱりあの時、なんて考えてしまう。これこそ正に後悔だ。

曲がった先は、奈落の底。
大した確証もなく走っていた私はその深みに落ちて…
どうしたんだっけ。あの後視界が真っ暗になって意識もがくんと落ちたように思えたけど、それから…

…守られたんだろうなあ、約束通り。今私を生かしてくれているこの人に。
…ファイさんに。正直雪の中は寒かったし制服もびしょ濡れだし暖かくなる要素なんてなかったし凍るほど身体が冷たかった。
その手でゆっくりと触れてくるような姿は、何故だかとても悲しくなる。彼は今どんな気持ちでいるのか、でも少なくとも分かることは…

…今、私は守られたということ。今度こそ最期の最期だと思っていた死を回避させてくれた。いったいどんな手を使って私を救い上げてくれたのか検討もつかないけど…
でも一度破られた約束はこの傷が証明で。きっと一生残るんだろう。
少なくともこの手の甲の傷だけは絶対に確実に。

……あーあ。最初から約束なんてしなければよかったんだろうなあ。受け入れなければよかったのに。こんなの、馬鹿馬鹿しい。目を瞑りながら、ゆらゆらと揺られる中でも薄っすらと遠くの方から聞こえて来る誰かの喋り声…
この城はファイさん達が入るために、塞き止めて居た…らしい。川の装置が限界がきてしまったようで、崩壊していく、とも薄っすらと聞こえる。
そこから逃げる。
水に飲み込まれないように。この城にサクラさんの羽根を掘り起こさせるために集められていた、町の子供たちを連れて守りながら。



そう。町医者のカイル=ロンダートその人の催眠術で集まってしまった子供達が…
…わかってた。私はあの雪の中で自分を痛めつけていた人物の顔はしっかり見たから。悪意の塊しか浮かばないような表情をしてた。
なんとなくあの人の食事は美味しかったけど違和感の残る味だったし…。嵐さんや空汰さんの食事から感じたような暖かで歓迎するようなほっこりする味はなかったのだから。
…まさか悪役だなんて確信していた訳じゃないけど…違和感ではあった、んだと、おもう。スピリチュアル的な感覚で。多分。

…あーあ。おんぶに抱っこってどうしてこんなに心苦しい物なんだろう。会話も聞こえるのに闘ってるのが分かるのにどうしても身体も動かないし瞼さえも持ち上がらないし、
諦めたくない、どうしてもそれを受け入れたくない、守るって言われても逃げることくらいは自分でしたいよ、ふざけんなよ甘ちゃんな自分、
甘んじて受け入れることの愚かさを知れ、私は守られるだけの価値がある人間じゃない、
なら受け入れちゃいけないんだよ、努力を続けなきゃいけないんだよ、
動くのを止めるな、甘えるな、

戦いたいなんて不相応すぎること望んだりしないから、だから…


「……まだ、眠ってていいんだよ…」


だから、


おやすみ、なんて優しく施しを受けることしか出来ない自分



こんな自分     大 嫌 い だ







「…ぃ………ッ」




突然、身体の一箇所に痛みを感じて意識が浮上しかけた。
そうすると不思議な物で全身の痛みを自覚するのだからもうこれは軽い拷問だ。
遠くで歓喜するようなわぁっと湧きあがるような声が聞こえる。沢山の子供達の声。そしてその親の声。喜ぶ町の人々の声、かな…

…って、ここお城じゃないじゃんー!?何、いつまで眠ってたの?どのくらい眠ってたんだ?ここスピリットの町だ。町に着いたんだ…
っていやいや今私明らかにその声から…恐らく町から遠ざかってるし、まさか私が無自覚に歩いてる訳でもあるまい、だって私の足は何かで固定されているようで酷使するような痛みも感じない。
ブルル、と馬の鳴き声が聞こえる、なんだこれ、運ばれてんのか、人買いか?人攫い?
…んなわけ、ないかー…
目を開かなくてもわかっちゃうんだもん…最っっ悪だ…

私はまたこの人に守られてる。おんぶに抱っこ、まさに今正真正銘抱っこされている状態で馬に乗ってる…らしい。


この町で感じた強い力はもう感じない。もしかしたらアレはサクラさんの羽根だったのかも…?強い力の結晶だと言っていたしいろんな国で色んなことに使われてる。
きっとこの人達はもう回収してしまったんだろうし、なら今から何しようとしてるの?馬で移動して町から離れて、何?

──つまり



「……っひ……!?」
「あ、起きたー、今ちょうど移動するとこでー」
「わ、わかって、んなの、わかっひ、」



この世界からさよならする準備をしてるしかないじゃんー!!
目をカッと開けたらまさにモコナがお口を開いてる最中で、吸い込まれて行く所で、そこは未だに死の穴の恐怖を無意識に感じてしまう所で、それに、

異空間を通り抜ける怖さが分からないのかー!二十一世紀のネコさんロボットのアレだって、取り残されたら大変なんだからねー!?
…──ああ、南無
もしかしたら私の未来での死因とは異空間に取り残されることかもしれない…と。痛みを我慢しながら。心の苦しさも我慢しながら。現実から目をそらしながら。


大嫌いな 自分から 目を 逸らしながら。
私はそのままで居るしかないのだと。正しく賢く理解してしまいながら。


サクラさんの見たという金の髪の姫はもう居ないらしい。アレはサクラさんが見た幽霊のようなモノ…心残りの無くなったそういったモノは成仏するだけ…
金の姫は三百年前子供達を攫ったのではなく流行り病から守る為に城を開放した。王様と后様が死んだのはただの偶然、で…
──いなくなった時と同じ姿では戻って来なかった、なんてややこしい記述の仕方をするからこんな誤解や騒動が生まれるんだ、とぼんやり話を聞きながら考えてた。

でも。
それは多分必然の──…
この世に偶然はなく。必然しかなく。これもまた、それと同じことで…

それだけであったというだなんだろう。