変わる視点は語る
5.誰かにとっての願いジェイド国
それは両者共に寝坊癖がある少女達のことだから、だったのかもしれない。

朝、中々起きて来ない少女二人が居た。うち一人はまだ本調子ではないために、誰かが起こしてやらねば起きないこともある。…しかし、もう一人の黒髪の少女はどうしたのだろうか。
疑問を、そして違和感を感じながらも人当たりのよさそうな男は柔らかな表情でノック音を響かせる。しかし、一向に返事は返ってこない。
これでは埒があかないとそろぉっとドアを開けてみる。女性の寝室だとはいえ、いつまでも待つばかりでは待ちくたびれてしまう。
生憎こちらには時間が無い。失礼をして部屋を覗いてみる。

するとそこには誰もが、……柔らかな顔していたこの男でさえも予想が出来なかった光景が広がっていたのだ。


「サクラいない!も!」


部屋を覗いた小さな生き物が叫んだサクラという名の少女は、まだ幼さの残る小狼という少年がとても大切に大切にしている少女である。
そのサクラが居ない、窓は開け放たれていて、床には雪が積もってる。部屋の中の空気はとても冷たく、冷気ばかりが漂うのみ。人の温もりが消えて長いのだと察するには十分だ。
そんな景色を見てしまえば冷静ではいられないという物で。……いや、外側は誰よりも冷静に落ち着いて見れるかもしれない。

少年は内側に強い火を灯す人間であり、こういう時は誰よりも外側は一番に…。

そんな中、サクラにばかり目を奪われがちだが、という少女も消えて居るのだ。
二つの内の一つ、自分が布団に潜りこむのを確認さえしたそのベッドに、温もりは残っておらず。とうに窓から吹き抜け続けていた冷たい冷気でひんやりとしてしまっている。



「……、」


その少女を、旅の当初から一見誰よりも気にかけているように見えたのは、この男だ。
少女が消えた布団を撫でながら、無言で佇むのみの彼は…普段のおちゃらけた調子のいい姿とはまるでかけ離れている。

──仲間の一人の黒い男は、腹の内に何かを抱えて、それがその少女への執着へ繋がるのだろうと気が付いていた。そして昨晩廊下で何やら無自覚に妙なことを口走っていた少女と二人、雲行きが怪しく…いや一方的なモノではあるが、不穏な会話をしていたことも知っている…
──仲間の一人の少年からすれば、彼のその少女への接し方は何か物悲しいものがあると、今までずっと変わらないそのモノを…無意識ながら重く感じ取っていて。
──仲間の一人のもう一人の少女はとても聡く、とても強い"想い"があるのに、その想いの矛先はどこか違うものに向いている気がして…やはり悲しいと思っていた。そしてその伸ばす手の優しさが意味する所も、また悲しいものだと。

──しかし、仲間の一人の小さな存在だけは。それはとてもとても悲しいことなのだと。既にその真実の全てを知っていたのだ。

そしてこの町の子供達がまた新たに七人も消えたらしい。
そんな時に怪しい旅の一行の少女が二人も消えた…?
不審極まりないことである。
少女達が子供達を連れ去ったのでは、という考えに繋がってしまうことも必死な町の住人からすればまたおかしなことではないのだ。本当なら旅人くらい歓迎したやりたい所だろうが、町の住人とてこの状況で、全てを疑わなければやっていけなのだから。

だが。


「武器向けんなら、死んでも文句ねぇんだろうな」


怪しいヤツらだと完全に認識してしまった町の男に銃口を向けられ。それには幼い少年と黒い男はすばやく、また造作もなく簡単に捻り上げてみせて。自分達へ向かう敵意には容赦はない。動くのもとても早かったのだ。
それでもまだベッドの傍で佇む優しげな、そう優しげに見えた白い男は動かない。そしてゆっくりと何も掴めなかった拳を、握り込むだけで。


「──どうしても殺したい人がいるんです」


全ての始まりのように雨が降り注いでいたあの日。願いを叶えるというあの店で、みな各々願いを抱えて集まったのだ。
だが、他の者達とはまったく種の違うそんな物騒な願いをうっそりと笑いながら呟いていたようなこの男が、ある黒い男からすれば不審に感じていたような。強く警戒さえしていたこの男が。

こんなにも悔しげで悲しげで寂しげで不安そうで。
子供みたいな顔をするなど、
何かがおかしい。
自分とて人を殺したことがない訳ではないが、この男はその生きる為に、誰かを守るために、などという"理由"からは程遠い殺戮願望を抱いているような気がしてやまなかったのだが。


──人は人間味を見せると少しだけその存在に心許す傾向にある。
仮面を作って感情を見せず完璧に笑うだけの人よりも、少し欠点を見せるくらいが取っ付きやすくなるものなのだから。人付き合いでもそれは一緒で、そしてそれは例外なくこの状況にも当てはまるのだ。彼らは人間なのだから。

そう、黒い服を全身に纏った彼の場合は自身にとっては不本意だろうが、これがまさにそれで。まだ少し幼さの残る少年からすればそれはとても悲しいことで。白い小さな生き物にとっては身を裂く程の痛みで。
白い服の男は、心配そうに自分の下へとやってきた白い小さな生き物を肩に乗せながら、ただ呟くだけ。

ただ、彼はどう強がって仮面を作っていても、人間なのだと。知らしめて。


「…取り戻すよ、絶対に…何も損なわせずに…"傷付けず"に、ね」
「……お前…」
「…彼女がいなきゃ、俺の願いは、ずっとずっと、叶わないんだから」


分厚く分厚く思えた仮面の下は、隠された素顔は。

それはただの、──。