帰る場所、行き着く処
5.誰かにとっての願いジェイド国
…目が、覚めた。
窓の外は真っ白だ。一面銀世界、っていう言葉がよく似合うのかもしれない。
…寒い。室内なのに息が白くなってしまう。隣のベッドにはサクラさんはもう居ないみたいだ。…もしかして、寝坊かな、私。
…私も寝起きいい方じゃないし、まだ眠ってたい気持ちもあるし、寒くて寒くて布団に潜り込みたい気持ちでいっぱいだし、一度だけ、と布団を頭から被って身を縮める。一度だけ、そう一度だけ、息を吸って、深呼吸して、目を瞑って休むだけ。
感じるだけ。空気を。
…ああ、


──気持ち、悪い……



「昨夜、見たんです。…雪の中を」


それでも実家のようにくつろいでだらけて、お母さんあともうちょっとーなんて言えないのが現状で、まるで吐き気を催すかのような不快感を全身で感じ取りながらもゆっくりと起き上がって、ドレスを着る。…昨日は制服を着て寝たんだった。
余計なモノ買えないし、パジャマ代わりに。…ドレスに着替えるのは凄く億劫だ、でも着替えなきゃ。とても重たい。なんで昔の人は、この国の人はこんなモノを好んで着てるんだろうと一人で文句を言いながら、ぶつくさと。

…そしてやっと着替えを終えたところでドアをそおっ開けてみる。
するとこちらに背中を向けてるサクラさんが、廊下に集まってる彼らに何かを言っている最中らしくて。

その続きがやっと口から発せられる、そう思った瞬間のことだった。


「子供がー!!」


……ああ、本当に気持ち悪いなあー…、不快感が酷い、身体に何か嫌なモノが纏わり付いてるような感覚、とても、とても、


「子供がどこにもいないんです!!」


とても恐ろしくてたまらない。


外での騒ぎにつられて、私達も階段を下りて寒い外に出て行き、雪の上をザクザクと歩いていく。
辺りは混乱するばかりで、鍵はかかっていたはずなのに、中から開けられてると。子供がいなくなってしまったという母親が人だかりの中心の方で嘆いてるみたいだ。
絶対に開けちゃいけないと言われていた子供が中から開けるということは、よっぽどのことがあったんだろう…。

やっぱり金の髪の姫が子供を!っとわぁっと辺りが沸いた瞬間。


「やっぱりあれは夢じゃない?」


サクラさんが呆然と独り言のように呟いて。なんのことだろうと私達が問いかけるよりも早く、大きな声がすぐ傍で響き渡る。


「あれって何だ!?」


この町にやってきた時、銃口を向けてきた男集団の筆頭である男が、サクラさんに掴みかかる勢いで叫んだ。
小狼君がそれを庇うように立っているけど。男の人はとても殺気立っているし、町の人たちの視線はこちらの一点に注がれて。
もう話さない訳にはいかない空気だ。

サクラさんはぽつり、戸惑ったように昨晩あったという出来事を語りだした。


「昨夜雪の中を、金色の髪をした白いドレスの女の人が黒い鳥を連れて歩いていくのを見たんです」


その言葉で町の人たちはざわつき混乱しきってる。やっぱり金の髪の姫が子供をさらって行くのだと信じて止まない。
こんな異例の事態が起こって、尚且つそれがただの御伽噺ではない…ということならそう思い込んでしまうのも当然なのかもしれない。
現実的に考えたらあり得ないことも、現実的に考えたらあり得ないことが起こってる今なら、そうおかしくない。
何も……


その後、グロサムさんがやって来てこの場の騒ぎを一喝して静めたけど。私達が昨夜部屋から外に出てないか、と厳しめな声でカイルさんに聞いて、
カイルさんはいつ急患が来てもいいように自分の部屋は入り口の傍だから、誰かが出て行けば分かると庇ってくれる。
実際に私達は誰も外に出てない。

私は感じてたから…
…?は…?何をだおいおい?電波か?


「ここに居ても仕方ない!さあ!早く子供たちを探そう!」


その町長の一言で辺りの町の住人は散り散りになった。
が、最後にギロリと一睨みして行った町の男達の筆頭である彼は、とても私達に好意や信用なんてものは欠片も抱いていないように見える。


「さぁ、戻りましょう。朝食の準備は出来てます」


対してカイルさんは優しい笑顔で、こんなに怪しい私達を迎えてくれて、朝食まで準備してくれて。
…凄くいい人、だ。頂いたお茶もおいしかったし、きっと美味しい食事、…なんだろう。
…やっぱり、ずっとずっと、目が覚めてから不快感が拭えなくて、それが何なのかわからなくて。この町に来てから感じてた違和感が一気に強まった感じがする。

…もしかして、これは所謂…京が感じていたような"そっち"の空気…?
そうだったとしたら、何故今頃になって鈍感すぎるくらいの私が感じるようになったんだろう。異世界に来て開花してしまった!なんていううっかりにしては遅すぎる。
京は、周りの敏感な人達は、いつもこんな思いをしてたのかなあ…
しりとり、したい。誰か私と京がしりとりしたみたいに、
それが術でなくても、大丈夫だと笑って欲しい。こんな初めてのこと…不安に決まってるじゃんかー…。いくら私でものんきには笑ってられないわー…


…でも。きっと、すぐに慣れる。人はそういう生き物で、そういう風に成るように創られてるんだから。大丈夫だ。



「…ぜったい」


大丈夫だ、とぽつりと暗示をかけるかのように呟きながら、みんなの後ろをついていって、食事の席まで辿り着いた。部屋の中は外よりもずっと暖かい。
見ればやっぱりおいしそうな食事だったし身体が温まったし。
でも食事の席では楽しい話は一切しない。

『スピリット』の人たちにとって、あの伝説は本当で、史実、らしい。三百年前に本当にあったことだと、ここジェイド国の歴史書に残っているらしい。
姫も実在していて、王様と后様が死んでしまったのも確かなこと。

──子供達は、居なくなった時とは同じ姿では戻ってこなかった、と。
そしてそこから、金の髪の姫を見たのはサクラさんが初めてのこと。


「そのジェイド国の歴史書は読めるでしょうか」


そして小狼君は何か思う所があったらしく、その歴史書を借りたいとカイルさんに頼み、町長さんの家を紹介してもらうことになった。
グロサムさんも所持しているけど、あの人が貸してくれるはずがないという思いで、それなら町長さんのお家を尋ねた方が確実だと思ったのだろう。

…空気が、悪い。いや、悪いんじゃない。これは何か悪いモノがそこに在るとか、じゃなくて。
…私の勝手な嫌悪……この空気感への、拒絶…?
今まで日常に無かったものを、いつものように拒絶してる?それはおかしい。
これは日本でも京のように近しい人でさえ感じていたかもしれない感覚なのに、
それはおかしなことだ、なら…

なんで、なんだろう


「ひゅー、凄いねぇ前も見ずにー」


私達は、町長さんのお家で歴史書をお借りしてから、また馬を走らせて、実在したという金の髪の姫が住まってたお城へとやってきた。
小狼君は器用に前も見ずに歴史書を読みながら馬を走らせる。手綱を握り歴史書をめくり…本当に器用だし慣れてるんだなぁ、と感心してしまい、

くすりと和んだ所でやっと少しだけ息が出来た気がした。
勿論、小狼君は今自分のお仕事があるために大事なサクラさんを乗せてあんな無謀なことは出来ず、ファイさんがサクラさんを馬に乗せてる。
…あの本、この町に来たときに見た「SPIRIT」の綴りを見るにあの本は恐らく英語に近いのかもしれない。
どちらにしても小狼君しかまともに解読できないし。

そして馬に乗れない私は当然…


「あの、ありがとう、黒鋼さん」
「別に大したことじゃねえだろ」
「でもとてもありがたいですから」
「…フン」


黒鋼さんに乗せてもらうしかない訳で。
…ああ、とても和む。この人の傍は落ち着きますなー。
なんか安心するオーラを感じる気がする。…なんだか一気にスピリチュアル思考になってしまった自分にため息を吐きながらも、正直、正直あのファイさんの傍に居るよりも安心感があるし、素直にお礼も言えるし笑える。
…ファイさんは…凄く屈っしたくないオーラを放ってるんだよねぇー…
サクラさんに厄介なモノを押し付けてしまった感さえあるくらいで、でものほほんと雑談してるし大丈夫か、と安堵したりして。

で、わーっと初めて馬に乗る感覚を楽しむ余裕もできて。これも黒鋼様様。一人できゃいきゃいはしゃいでいると、黒鋼さんが頭上からぽつりと何かを呟いたようだ。


「……もう治ったのか」
「……え?何が?」
「……別にいいならそれでいい」
「……え、あ、もしかして、スピリチュアル?」
「あ?すぴ?」



治った、だとか言うから何事かと思ってたけど、思い当たるとしたらもう今日から突然厨ニ病の如く唐突に開花させてしまったアレ、しかないわけで。
…で、もしかしてそれを察知できるってことは、まさか黒鋼さんもスピスピだったりするの…!?

まさか!と思って勢いよく顔を上げると驚いて仰け反ってたけど正直私は逸る気持ちが抑えきれないしとにかくこの人大きすぎて首がいったい!!痛いー!でも聞かなくちゃ

早く、早く、


「もしかして黒鋼さんも霊感とかあるんですか!?」
「あ?んなもんねぇよ」
「…………え?」


…凄く逸って逸って、なんでこんな手のひら返されてんだ私?
いや期待を裏切られたっていうか思わせぶりというか、

…いや違う、逸りすぎたんだろう私は。具合悪そうにしてたから治ったのか?って聞いたっていうなら極自然なことで。…普通そうだよなあーと顔から火が吹く勢いだ。
口を開いて出た言葉が「黒鋼さんも霊感あるんですかぁ!?(キラキラ目)」ってどんな電波ちゃんだよー!!
恥ずかしい!恥ずかしい!!

別にあっても無くてもその存在はその人にしか分からないものだ、だから誰かが、その人が持ってるのか知りたくなる。
……でもこういうのは本当に聞き方を気をつけよう!
心から学んだ教訓であった。


「……あの、本当に、なんでも、ないんです…。というか…なかったことに、してもらえま、せ、ん…?あは、はは、は…」


真っ赤な顔で空笑いをする私はさぞかし滑稽なモノであっただろう。
ああああ恥ずかしい恥ずかしい私そういう年頃なんだな〜って凄く生暖かい目でこれから見られるんだろうなぁあ恥ずかしいよおお、というか黒鋼さんなら冷たい目でみられるのかもしれないどうしよっ旅つらっこれからの旅がつらっ

…しかし。黒鋼さんは意外にも笑ったりも茶化したりも冷たくあしらったりもしなかったし。それ以上に…


「…別に馬鹿にしたりしねぇ。…日本国にはそんな力持ったヤツなんてざらに居たしな」
「…え……お、おお…お…そう、なん、です…な?」


……なんか当たり前の文化だったりしたのかもしれない。
…安心したけど少し別の意味で恥ずかしくなった私はそれでも和やかな会話をしながらお城に向かう。…あはは。やっぱつらいやぁ…
…でも。
…うん!この人の傍は本当にいい空気!
息苦しかったのが嘘みたいで、本当に楽だ。


「あれが北の城かぁ」


そんなこんなご機嫌しているうちに大きなお城が見えてきて、それは小狼君が見てる歴史書に描かれていた通りのままらしい。

お城の周りに大きくて深くて、流れの早い川が流れてる。
モコナが「黒鋼でも渡れない?」と聞いていたけど、黒鋼さんは渡れないと言ってるし…子供を抱えて渡るのはまず無理、らしい。
しかしいつの間にか馬の頭上にぴょっこり乗っていたモコナに驚かなくなっても自分自身には驚く。いつの間に馴染んでるんだよ私…。
というか、モコナは凄く不思議なモノの集合体のように感じるよう、な…?
実際私には何が"視える"という訳でもなく、空気が、空気が〜と言ってるだけで。

正直まともな能力開花なんてしてないんだけど…

手がかりっぽいものも見付からず、城の周りの川には橋ももうかかってない。モコナは強い力を感じないと言ってるから羽根もない、っぽい…?

…いや、でも…


「……、」


私は何も視えないしソレが何とも分からない、感じてる違和感の正体さえも。
だって感じるように成りたてのほやほやだし…
でも。

……あそこの城から、とても大きな力を感じてる来たときから感じてる違和感の正体の根元は、あそこ…
…何もわからない、そう何もわからないからこそ、本能で感じ取ってる。嫌な感じじゃ、ない。ただ、それ自体が私には…


「あー、グロサムさんだー」
「んな所でなにしてんだ?」
「あっち何もないのにねぇ」


道の先に同じく馬で歩いてるグロサムさんが居る、向かってるのは、

違和感の塊である、


「お城くらいー?」


それしか。

そんな不安な日も、どんどん過ぎて行って。
カイルさんは不安がる子供の往診に向かって、一生懸命で、時間は過ぎるばかりで、
小狼君が読み進める歴史書には三百年前、作物が育たなくて大変な時、王様と后様が突然亡くなり、子供達も消えて行き──とどんどん読み進めて、

そして、
夜が来る。

今の私にとっては不安でしかない、京が悪いものが沢山集まりやすいのだと言っていた、夜が来る。