おかえり、ただいま、さよなら
5.誰かにとっての願い─ジェイド国
言わなくては……
意地張ってこのチャンスを逃しすなんて、とんでもないずっと言わなくてはと思ってたことが、ある。
この人にちゃんと言わなきゃ、伝えなきゃいけないこと、いつも思ってた、頭から離れた時なんてなかった、だって、
だって、それは…
「あの、その……、え、…と、あの…っ」
「んー?」
「あの、朝からいっぱいお腹殴ってごめんなさい……!!」
「……確かに、殴られたかもー」
…失礼なことをしたらきちんと謝る、それって人として大切な礼儀ですし……
と思いつつ、勢いよく頭を下げた。
しかし。…言ってることはとても残酷なことである。…いっぱいお腹殴ってごめんなさいって、どんだけだ。何やってんだよ、本気でやってたら人間としてヤバイよ、
一見誤解を招くようなアレだけど、事実殴ってた。この人の腹を八つ当たりするように。
……全く力も入らなかったし、全力で殴ったとしてもこの人はへっちゃらなんだろうけど…そういう問題じゃないのである。
…そもそも、それと。…それと合わせて言わなきゃいけないことが、一つ…
「……あの、リボン結ってくれたり…一緒に馬に乗せて、くれたり…降ろしてくれたり、あの、それはそれは、その…あ、あ…ああああっ」
「あー?」
「……あり、ああ、あり、あ……あああありがとうございましたぁあ……っ!!」
…屈 辱 的 !!
でも人として言わなきゃいけない礼儀、俗に言うお礼ってヤツで、でもなんでこの人にこんなに言いたくないんだろう、なんでこんなに悔しくなるんだろう、人徳かよ!人徳か?
いや、でも、もう、色々助けてもらって良くしてもらったのも事実で、もう…
泣きそうだ。本気で顔面沸騰しそう。
ただ「あー、あの時はほんとありがとーねー助かったよ〜」って友達に言うみたいに流せたなら全然恥ずかしくなんてないのに、
こんなの自分の屈辱を相手に知らしめるような行為じゃんかー!ぷるぷるとほんっっとに耐えた。耐えて耐えて、搾り出したお礼、
さも屈辱的です、みたいな。そしてそんな様子が伝わってしまうことこそが一番の屈辱だと私は知っている。
…負けた。私は負けた。この敗北感。…この人にとっちゃ勝負してるなんて気は全くないんだろうけど、私はいつもいつも闘ってるのだ。…この人とね!
なのにさあー…
「…うん。ありがとう」
「……なんで、お礼返し……?」
「嬉しかったからだよー」
「………意味わかりませんし…」
「分からなくていいですしー」
本当にこの人は食えないし調子いいしかわすのが上手い人だし腹割って話すなんてことあり得なさそうだし、…でも、私はいつかこの人に勝つつもりですしー?腹割らせる気ですしー?
絶対に黒鋼さんより大きくなって高みから見下ろしてやるし、手を握ったとしても私が主導権握ってやりますし、
会話だって負けないしー?…もうこんなことを考えてる時点で自分が子供すぎて、この人の方が各上、大人で。
「…………はぁー…」
深い深い、ふかーーーーいため息が零れた。
…馬鹿みたいだなぁ、私。こんなに調子崩されて翻弄されて、この人にとっちゃ朝飯前、ただ片手間にからかってるだけなのに私はそれに全力で応えてるんだよ、
この屈辱、この苦渋。どれだけ不本意なことだか。
…それに、それに。この人はいつも笑顔で隠して、誤魔化して、私に何も伝えてくれない、要求は本物でも、真実ではない、奥底にある理由ではない。
……知りたい?そう、私は知りたい…
今はへにゃ、ではなく。心底楽しそうににこにこ笑顔で私の頭を撫で繰り回してる、この人の、奥底、真実、理由、感情、心、
隠されてるまだ知らないこと、だってそれは私に根が深く張られてる、この身体に纏わり付いてる、この町に着いてから感じる違和感のような、
「……知り、たい……」
「……え…」
「……ああ、そっ、か…あっちの、方から……、何か…感じるんだ…」
知り、たい。口にした瞬間。パァッと世界が変わったような、何かが切り替わったかのような爽快さを感じた。まるで自分を覆っていた息苦しいほどの膜が破れたかのような。
ずっと止められていた息が、途端に深く深呼吸できるようになったか、のような。
…頭がぼーっとする、思考が儘ならない、ああ。でも確かに切り替わった瞬間はとてもスッキリしたけど、私はこれを望んでない、凄く気持ち悪いし怖いし恐ろしいし触りたくないし視たくない聞きたくない近づきたくない嫌だ、知りたくない、でも知りたいと望んでしまった、
言葉にしてしまった、
言葉は呪、言葉、言霊、影響を与える、口にしてまえば、それは戻らない、もの…
「…何か?」
「…何か…強いものが、空気を、揺らしてる……何か、遠くで……」
身体が熱い、息が切れる、汗の玉が浮かんできて、苦しい、息が出来ない、
何かが身体の奥から溢れてくる、なんで、こんな、私、今何を喋ってたんだっけ、
あれ、それより…そもそも今まで私、何してたの…?
ここ、何処だっけ、あ、そうだ、カイルさんのお家の、二階、窓の外を見てた、町の人が探しにいってた、何かを…そう、何か、
……あれ?私、何してたんだ本当に、…ていうか、ファイさんと話、してた、そう、私は謝りたくて、失礼なことをしてしまって、ありがとうとも言いたくて、
とてもよくしてもらって、それが言いたくて、素直に言いたくて、
…そうだ、言えた。それで、その後に頭がぼーっとしてきて、そこから覚えてない。……え!?はぁ?覚えてないってななな、何事ー!?
わ、わわ、私何か変なこと口走ったっけ……!?
目の前のファイさんをとてつもない不安を抱えながら恐る恐る見上げてみる。
すると、そこには当たり前にファイさんがいて、別人がそこに居たわけでもなくて、居なくなってたわけでもなくて、その人は、
……今まで見たことがないくらいに、嬉しそうな、顔、してる。…とても嬉しそうな笑顔だ。例えば幸せ、そうな…?
「……戻ってきたんたね」
「…え?」
「…さ、もそろそろ寝た方がいいかもねー。もうだいぶ夜遅いしね」
「…は?ってちょ、あの、そんな、いつも思ってたんだけど…っ、そんな猫みたいに担ぎこまないでくれません…っ!?」
「だって猫みたいだしー」
「てめっ今遠まわしに身長が小さいって言ったか!?」
ぎゃあぎゃあと深夜だということも配慮せず、周りへの配慮も忘れて私はサクラさんの部屋に担ぎ込まれて、ベッドの上へ運ばれて布団まで被せられて思わずうぶぅっと奇声を発してしまって。
さっきの口調もそうだけどとても女の子らしいとは言えないそれも気にした様子もなくあの人は笑う。
私の失礼な態度も口調も目も感情も仕草もゆるしたようにいつも笑ってる。
「……おやすみ」
「…………おや、すみ、なさい……」
とても、嬉しそうに、──そうに笑う
「………覗き見なんて、趣味悪いよー黒たんー」
「…おい、あのぼけぼけは……」
「……今はまだ、でしょう」
「……まだ」
とても、とても──しそうに?
5.誰かにとっての願い─ジェイド国
言わなくては……
意地張ってこのチャンスを逃しすなんて、とんでもないずっと言わなくてはと思ってたことが、ある。
この人にちゃんと言わなきゃ、伝えなきゃいけないこと、いつも思ってた、頭から離れた時なんてなかった、だって、
だって、それは…
「あの、その……、え、…と、あの…っ」
「んー?」
「あの、朝からいっぱいお腹殴ってごめんなさい……!!」
「……確かに、殴られたかもー」
…失礼なことをしたらきちんと謝る、それって人として大切な礼儀ですし……
と思いつつ、勢いよく頭を下げた。
しかし。…言ってることはとても残酷なことである。…いっぱいお腹殴ってごめんなさいって、どんだけだ。何やってんだよ、本気でやってたら人間としてヤバイよ、
一見誤解を招くようなアレだけど、事実殴ってた。この人の腹を八つ当たりするように。
……全く力も入らなかったし、全力で殴ったとしてもこの人はへっちゃらなんだろうけど…そういう問題じゃないのである。
…そもそも、それと。…それと合わせて言わなきゃいけないことが、一つ…
「……あの、リボン結ってくれたり…一緒に馬に乗せて、くれたり…降ろしてくれたり、あの、それはそれは、その…あ、あ…ああああっ」
「あー?」
「……あり、ああ、あり、あ……あああありがとうございましたぁあ……っ!!」
…屈 辱 的 !!
でも人として言わなきゃいけない礼儀、俗に言うお礼ってヤツで、でもなんでこの人にこんなに言いたくないんだろう、なんでこんなに悔しくなるんだろう、人徳かよ!人徳か?
いや、でも、もう、色々助けてもらって良くしてもらったのも事実で、もう…
泣きそうだ。本気で顔面沸騰しそう。
ただ「あー、あの時はほんとありがとーねー助かったよ〜」って友達に言うみたいに流せたなら全然恥ずかしくなんてないのに、
こんなの自分の屈辱を相手に知らしめるような行為じゃんかー!ぷるぷるとほんっっとに耐えた。耐えて耐えて、搾り出したお礼、
さも屈辱的です、みたいな。そしてそんな様子が伝わってしまうことこそが一番の屈辱だと私は知っている。
…負けた。私は負けた。この敗北感。…この人にとっちゃ勝負してるなんて気は全くないんだろうけど、私はいつもいつも闘ってるのだ。…この人とね!
なのにさあー…
「…うん。ありがとう」
「……なんで、お礼返し……?」
「嬉しかったからだよー」
「………意味わかりませんし…」
「分からなくていいですしー」
本当にこの人は食えないし調子いいしかわすのが上手い人だし腹割って話すなんてことあり得なさそうだし、…でも、私はいつかこの人に勝つつもりですしー?腹割らせる気ですしー?
絶対に黒鋼さんより大きくなって高みから見下ろしてやるし、手を握ったとしても私が主導権握ってやりますし、
会話だって負けないしー?…もうこんなことを考えてる時点で自分が子供すぎて、この人の方が各上、大人で。
「…………はぁー…」
深い深い、ふかーーーーいため息が零れた。
…馬鹿みたいだなぁ、私。こんなに調子崩されて翻弄されて、この人にとっちゃ朝飯前、ただ片手間にからかってるだけなのに私はそれに全力で応えてるんだよ、
この屈辱、この苦渋。どれだけ不本意なことだか。
…それに、それに。この人はいつも笑顔で隠して、誤魔化して、私に何も伝えてくれない、要求は本物でも、真実ではない、奥底にある理由ではない。
……知りたい?そう、私は知りたい…
今はへにゃ、ではなく。心底楽しそうににこにこ笑顔で私の頭を撫で繰り回してる、この人の、奥底、真実、理由、感情、心、
隠されてるまだ知らないこと、だってそれは私に根が深く張られてる、この身体に纏わり付いてる、この町に着いてから感じる違和感のような、
「……知り、たい……」
「……え…」
「……ああ、そっ、か…あっちの、方から……、何か…感じるんだ…」
知り、たい。口にした瞬間。パァッと世界が変わったような、何かが切り替わったかのような爽快さを感じた。まるで自分を覆っていた息苦しいほどの膜が破れたかのような。
ずっと止められていた息が、途端に深く深呼吸できるようになったか、のような。
…頭がぼーっとする、思考が儘ならない、ああ。でも確かに切り替わった瞬間はとてもスッキリしたけど、私はこれを望んでない、凄く気持ち悪いし怖いし恐ろしいし触りたくないし視たくない聞きたくない近づきたくない嫌だ、知りたくない、でも知りたいと望んでしまった、
言葉にしてしまった、
言葉は呪、言葉、言霊、影響を与える、口にしてまえば、それは戻らない、もの…
「…何か?」
「…何か…強いものが、空気を、揺らしてる……何か、遠くで……」
身体が熱い、息が切れる、汗の玉が浮かんできて、苦しい、息が出来ない、
何かが身体の奥から溢れてくる、なんで、こんな、私、今何を喋ってたんだっけ、
あれ、それより…そもそも今まで私、何してたの…?
ここ、何処だっけ、あ、そうだ、カイルさんのお家の、二階、窓の外を見てた、町の人が探しにいってた、何かを…そう、何か、
……あれ?私、何してたんだ本当に、…ていうか、ファイさんと話、してた、そう、私は謝りたくて、失礼なことをしてしまって、ありがとうとも言いたくて、
とてもよくしてもらって、それが言いたくて、素直に言いたくて、
…そうだ、言えた。それで、その後に頭がぼーっとしてきて、そこから覚えてない。……え!?はぁ?覚えてないってななな、何事ー!?
わ、わわ、私何か変なこと口走ったっけ……!?
目の前のファイさんをとてつもない不安を抱えながら恐る恐る見上げてみる。
すると、そこには当たり前にファイさんがいて、別人がそこに居たわけでもなくて、居なくなってたわけでもなくて、その人は、
……今まで見たことがないくらいに、嬉しそうな、顔、してる。…とても嬉しそうな笑顔だ。例えば幸せ、そうな…?
「……戻ってきたんたね」
「…え?」
「…さ、もそろそろ寝た方がいいかもねー。もうだいぶ夜遅いしね」
「…は?ってちょ、あの、そんな、いつも思ってたんだけど…っ、そんな猫みたいに担ぎこまないでくれません…っ!?」
「だって猫みたいだしー」
「てめっ今遠まわしに身長が小さいって言ったか!?」
ぎゃあぎゃあと深夜だということも配慮せず、周りへの配慮も忘れて私はサクラさんの部屋に担ぎ込まれて、ベッドの上へ運ばれて布団まで被せられて思わずうぶぅっと奇声を発してしまって。
さっきの口調もそうだけどとても女の子らしいとは言えないそれも気にした様子もなくあの人は笑う。
私の失礼な態度も口調も目も感情も仕草もゆるしたようにいつも笑ってる。
「……おやすみ」
「…………おや、すみ、なさい……」
とても、嬉しそうに、──そうに笑う
「………覗き見なんて、趣味悪いよー黒たんー」
「…おい、あのぼけぼけは……」
「……今はまだ、でしょう」
「……まだ」
とても、とても──しそうに?