もうすぐそこにある、
5.誰かにとっての願い─ジェイド国
馬が進んで行くたびに、通り過ぎる家屋の窓を閉められて行く音がバタンバタンと響き渡る。薄暗くて空気がよくなくて、他所者に徹底的に拒絶を示していく町人。
……まさかここは呪われた村…否、町とかで、何か拒絶しなきゃいけない訳があって、余所者には知られてはいけない何かが…!
…なんて、普通じゃ有り得ない話も現実になってしまう。ここは異世界だから、ホラーな世界に辿り着いたっておかしくない訳で。
そんなムードを助長させるように、外に居た小さな女の子に話しかけた瞬間に、
母親らしき女性がどえらい剣幕で女の子を家の中に連れ戻してしまった。
……い、い、いったい何があるんですかね〜ここ〜
ひーと泣き言を言いたくなっても金の髪の姫の…って伝説のせいだと分かってるけど。
そもそもがその伝説、もしかしてホラーなんじゃないの?って疑ってしまう。
「せめて金の髪の姫がいたという城の場所だけでも教えてもらえるといいんですが…」
小狼君、私あんまり知りたくない。本気で知りたくないよ…だって不穏な空気ビシバシ放ってるし、これ何かあるんじゃないのー!?
子供が消えた、ただそれだけじゃなく、そう何か…
そんなことを考えて止められないのは、ホラゲー脳がいけないのか異世界という見知らぬ世界がそうさせてるのか。
私の身体の震えは未だに止まらない。ぜーーーったいにファイさんに悟られたくないから最小限にしてるけど、いやだ、ホラゲーをプレイするのと実際に体験するのは違う、
バトルアドベンチャーを実際に体験しておいてホラーだけは無いよ〜なんて言える訳がない。
…だから。
「お前達、何者だ!!!」
ザカザカと何かが近づいてくる複数の足音、そして見えてくる人影、銃を持った男達、向けられてる沢山の銃口…
……余所者ハ殺サナクテハ…
どこかのホラゲーをプレイしたときに実際に流れた文字のそのまま。そう、それは今この状況とピッタリで…
オッサンみたいな叫びも出ないまま、声にならない悲鳴を喉で上げた後に思わずファイさんにしがみついてしまった。
…何がファイさんにだけは悟られたくない、だ。でも前言撤回する。別に悟られてもいいし生きてリアルホラーしないで帰れるなら恥じだって捨てる!
だから本当に殺さないで欲しいですしお化け的な呪的な、そんな臭いだけは見せないでー!!
「旅をしながら各地の古い伝説や建物を調べてるんです」
そしてブルブルしながら目を瞑っていた時だ。
小狼君の全く動じていないしっかりとした声が聞こえた。
それには拍子抜けしてしまって、ぱちりと目を開けると銃を構えたままの変わらぬ姿が見えたけど。なんとなく恐怖は薄れてしまった。
「そんなものを調べてどうする!」
「本を書いてるんです」
「本?」
「はい」
「お前みたいな子供が!?」
…そしてこの瞬間、完全に恐怖は消えた。
………小狼君…大胆というか大物というか対応力というかこの…
いや、なんていうかもうね…。
ああ、あんなに怖がってた私が馬鹿みたいに思える冷静さだ…
いや、私別に銃が怖かった訳じゃないんだよ。日本でも持ち出されることだって極々稀に、稀にある訳だし。遭遇はした訳じゃないけど有り得ない話じゃない。
例えば警官なら普通に所持しているし。当たり前に存在してる一部が持つことを許されてるような物なんだから。
私が怖かったのはこの町にあるかもしれないっていうホラーであって…こんなに異質な町で余所者に冷たくなるのは何か隠し事があるんじゃないかって…
でもよくよく考えて、この人たちならホラーにも屈さないだろうし、どうでもいいやって。
冷静な人が居るだけでつられて冷静になるモンだから、私もまあ大丈夫でしょうと。
…思い至ってたんだけど?
「いえ、あの人が」
「そうなんですー」
……子供が?と疑わしい目で見られた小狼君は、ス、っと自然な動作でファイさんの方を手で示して、
ファイさんがそれに乗った。…乗りやがった、この人…!こんな突然な振りに!恐ろしくもあり助かったー!という思いもあり、私は複雑な思いに駆られながら流れていく展開を見守っていくのみ。
「で、この子とそっちの女の子が俺の妹でー、その子が助手でー、」
私とサクラさんが妹…って似ても似つかないんだけどちょっとぉやめてよー!!?とパクパクと口を開閉させて驚愕したのも束の間、小狼君を助手といい、残った黒鋼さんのことは…
「で、こっちが使用人」
「誰が使用人……」
使用人、と。
躊躇うことなく言ってのけたこの人は、本当に恐ろしい人だと身震いしながら尚且つ笑いを堪えながら。
どうやら黒鋼さんが口を滑らしそうになったのを服の中からモコナが頭突きを食らわせたらしく、黒鋼さんの短い悲鳴が響いて、ああああ…と恐れを感じながらも。
混沌とした展開に終止符を打ったのは、銃を構えた町の男達の奥からやってきた、
眼鏡で長い黒髪を後ろで結った、優男だった。
優男は町の男達を真摯に宥めて行く。それは正当な意見にも聞こえるし彼らからすればぐっと言葉に詰まって、現実と常識の狭間で揺れてしまうようなそれで…。
「やめなさい!」
「先生…!」
「旅の人にいきなり銃を向けるなんて!」
「しかし今の大変な時に余所者は…!」
「他所から来た方だからこそ無礼は許されません!」
……ああ!でも私達から見れば本当に天使のような人だ…まるで救世主!とリアルにキラキラした視線を向けてしまったけど。
私はすぐにピタリとその動作を止めた。
………?…何?なんだか凄く違和感を感じたような…。
別に何が起こった訳じゃない、何をした訳じゃない、何が聞こえた訳でもない、そう別段何も起こらなかったのだ。
なのに。違和感というものは一度感じてしまえばもう拭えない物で。…何に違和感を感じているのか?
わからない。全く分からないし、特にこれと言ったものじゃない…でも、しいて言うならば…
「失礼しました、旅の方達。
ようこそ『スピリット』へ」
………空間、に?
…って私、何メルヘンなこと考えてるんだよ、スピリチュアルかー!?
こういう系のは京じゃなきゃ感じ取れないはずなのにっ
京が嫌な気配を感じ取っている時も。よくないモノが住まうと噂されてる道を通らざるを得なかった時も。
京はとても青白い顔をしていて、私は何にも感じなくて。ひたすらに冗談を飛ばして飛ばして、その場を和ませるのが私の担当で、京としりとりをしながら帰り道を共にしたこともある。
京が言うにはそれは私達を守ってくれるような術なんだと。
どこからの知識だかは知らないけど、しりとりをする程度で京や私の身が守れるならば、と変な単語を繋げ合わせて最後は笑って帰ったものだ。
…で、その最中でも私は微塵も感じ取れなかったのに…
なんでこんなに違和感を感じるんだろう…なんだか、この世界…いや、この町は変。
怖い感じじゃない、でも。何かがある、と考えながら、
この町の医師をしているという優男…カイル=ロンダートと名乗った彼のお家にお邪魔することになった。
彼について行くと、そこは広く大きなお屋敷のようで。彼はなんと親切なことか、私たちをここに泊めてくれるらしい。
「ありがとうございます、泊めていただいて」
「気にしないでください。ここは元は宿屋だったので部屋は余ってますから」
彼の家…宿屋だったというそこはなるほど確かに広いし、いい感じの内装をしている。
…火をくべてある暖炉なんて、初めて見たかもー…とぽけーっとしてしまった。すっごーい。雰囲気あるなあー…。
思えば外国に出たこともないし飛行機も乗ったことないし。旅行は新幹線か船旅で国内のみ。
だからこそ、洋風なお家って程度でも凄くギャップや新鮮さを感じてしまう訳で…。
なんだか心底初の旅が異世界だなんて向かない人間だったんだなあ、と自分のステータスを見てげっそりした。一々くだらないことで騒ぐわけだよ…。
が。そんなほのぼのとした空間は続くことはなく…。
マグに温かなお茶まで注いでくれてありがたく頂いていたというのに、
勢い良く開かれたその扉とその男により、ティータイム阻止!音にびっくりして危うくお茶でドレスを汚すところだった。こっわー!
「どういうことだ先生!こんな時に素性の知れない奴らを引き入れるなんて正気か!」
「落ち着いてグロサムさん」
「これが落ち着いていられるか町長!まだ誰も見つかっておらんと言うのに!」
扉を荒々しく開けたグロサムさんというらしい髭の良く似合うダンディな厳格な殿方。
言ってることはまともな主張だけど、しかしそこに居る老いた町長さんをもう少し労わってあげて欲しいとあわあわしてしまった。
…確かに、伝説の通り子供達が次々と消えている、らしい。
一人も戻って来ていない、らしい。そこに現われた素性の分からない人間、しかもそいつらが入り込んでくるなんて。町を愛した人からすれば正気の沙汰だと思えないだろう。
…愛した、人?なのか、よく分かんないけど…言葉通りに受け取るならとても乱暴だけど、まあそうなんだろう
「だからこそです。この方達は各地で伝説や伝承を調べてらっしゃるとか。今回の件、何か手がかりになることをご存知かもしれまません」
…いや、別に調べてない…んだけど、ね…と引きつり笑いをしてしまった。
両者共々嘘を吐いていることが申し訳なくなってくる…。
「どこの馬の骨とも分からん奴らが何を知っているというんだ!」
「この地で暮らす者では分からないことを」
「これ以上何かあった後では遅いんだぞ!」
ああ…正論と正論がぶつかり合う…。
いや種が違う正論というか主張というのか。
とりあえず、私達を夜外に出さないようにと先生に慌てたような声で町長さんが告げてから、二人はこの家から出て行ってしまった。
この町の町長さんと、この町の土地の殆どの所有者、らしい。
御伽噺だと思っていたことが現実になり、子供達が消えてもう二十人。
警戒するには十分な被害だ。
カイルさんは私達に真摯な顔付きで言う。
「さっきグロサムさん達に言ったように、些細なことでもいいんです。子供達を捜す糸口があれば教えて下さい」
……まだ、止まない。
頭の中にきーんと響くような違和感、何かがズレてしまってしこりが残るような、何か。
カイルさんとの話し合いが終った後も、ずっと上の空だった。
…だって、気持ち悪い。特別何があった訳でもない、京のように何を視た訳でもない。ただ、なんとなく感じるこの空気…
…気味が悪い。とても、不愉快だ。
いったいこの町には何が在るんだろう。…何かが、居る?まさかそっちの勘が皆無だった私がいきなり敏感になるなんて、それこそあり得ないことだろうに。
「とりあえず宿は確保できたねぇ。ナイスフォローだったよ」
「父さんと旅をしていた時にもあったので」
「でも、中々深刻な事情だねぇ」
小狼君とへにゃ顔のファイさんが会話をしながら階段を上がり、それについて私達も二階に上がりこむ。
すると窓の外で町の人たちがランプを持って子供達を必死に捜している様子が見える。
本当に、中々深刻だ。
実際に、金の髪の姫が関係しているのか分からないけど、でも…
「とにかく今日はもう遅いしー。寝たほうがいいみたいだねぇ」
…とりあえず、万全の体調でなければ探し物もできないし、何があっても対処できない。
腹が減っては戦ができぬ、ではないけれど…
寝たほうがいいのは確実で。
……そしてサクラさんももう頑張りに頑張りすぎて、ふらぁ〜っと突然眠りに入ってしまった。小狼君がそれを支えてファイさんがドアを開けて、サクラさんを寝かしに入った。
いっぱい頑張って起きてたし、早くふかふかのベッドの上で眠ってほしいなあ、とぼんやりとその様子を見つめながらも、私は…
……。…、…………。
……ど、どうしよう…。私、色々と…そう、色々とファイさんに話さなきゃいけないことが、あるんだけど…話そうと思ってたん、だけど…
…全然話せるタイミングなんてなかったし、あったとしても凄く癪すぎて中々踏ん切りがつかなかっただろうし…
…でも絶対明日になったらもう話したところで「今更何?」ってことで!だから!
「…で、はさっきからどうしたのかなー?」
「……〜!!」
…〜!!あー!!こういう人だから、だから、だからヤだったんだよ!
まるでモゾモゾして話しあぐねてた私を、ずっと見透かしてこの瞬間を待っていたみたいな。
サクラさんを無事寝かし終えて暫く。廊下で一人立ち尽くしていた私にファイさんはにこにこ顔で声をかけてきた。びっくりして肩が跳ねてしまった。…本当にこの人はいつも唐突だし…!
黒鋼さんと小狼君は各自部屋を見つけて入って行ったし、
小狼君は少し気遣うような目をしていたけど、そのまま行ってしまった。彼には残るような理由もないしね…。
…私とサクラさんの部屋は、一緒らしい。女性同士だし、年頃も同じだし、その方が安心でしょうと。
…ムカつく。むかつく。本当に紳士にしているだけなのに、なんでこんなむかっ腹が立つんだろう。
そう考えながら、腹を括って私も口を開き始める。
その言葉が、
何かへのきっかけになるのだとは今は知らずに。
5.誰かにとっての願い─ジェイド国
馬が進んで行くたびに、通り過ぎる家屋の窓を閉められて行く音がバタンバタンと響き渡る。薄暗くて空気がよくなくて、他所者に徹底的に拒絶を示していく町人。
……まさかここは呪われた村…否、町とかで、何か拒絶しなきゃいけない訳があって、余所者には知られてはいけない何かが…!
…なんて、普通じゃ有り得ない話も現実になってしまう。ここは異世界だから、ホラーな世界に辿り着いたっておかしくない訳で。
そんなムードを助長させるように、外に居た小さな女の子に話しかけた瞬間に、
母親らしき女性がどえらい剣幕で女の子を家の中に連れ戻してしまった。
……い、い、いったい何があるんですかね〜ここ〜
ひーと泣き言を言いたくなっても金の髪の姫の…って伝説のせいだと分かってるけど。
そもそもがその伝説、もしかしてホラーなんじゃないの?って疑ってしまう。
「せめて金の髪の姫がいたという城の場所だけでも教えてもらえるといいんですが…」
小狼君、私あんまり知りたくない。本気で知りたくないよ…だって不穏な空気ビシバシ放ってるし、これ何かあるんじゃないのー!?
子供が消えた、ただそれだけじゃなく、そう何か…
そんなことを考えて止められないのは、ホラゲー脳がいけないのか異世界という見知らぬ世界がそうさせてるのか。
私の身体の震えは未だに止まらない。ぜーーーったいにファイさんに悟られたくないから最小限にしてるけど、いやだ、ホラゲーをプレイするのと実際に体験するのは違う、
バトルアドベンチャーを実際に体験しておいてホラーだけは無いよ〜なんて言える訳がない。
…だから。
「お前達、何者だ!!!」
ザカザカと何かが近づいてくる複数の足音、そして見えてくる人影、銃を持った男達、向けられてる沢山の銃口…
……余所者ハ殺サナクテハ…
どこかのホラゲーをプレイしたときに実際に流れた文字のそのまま。そう、それは今この状況とピッタリで…
オッサンみたいな叫びも出ないまま、声にならない悲鳴を喉で上げた後に思わずファイさんにしがみついてしまった。
…何がファイさんにだけは悟られたくない、だ。でも前言撤回する。別に悟られてもいいし生きてリアルホラーしないで帰れるなら恥じだって捨てる!
だから本当に殺さないで欲しいですしお化け的な呪的な、そんな臭いだけは見せないでー!!
「旅をしながら各地の古い伝説や建物を調べてるんです」
そしてブルブルしながら目を瞑っていた時だ。
小狼君の全く動じていないしっかりとした声が聞こえた。
それには拍子抜けしてしまって、ぱちりと目を開けると銃を構えたままの変わらぬ姿が見えたけど。なんとなく恐怖は薄れてしまった。
「そんなものを調べてどうする!」
「本を書いてるんです」
「本?」
「はい」
「お前みたいな子供が!?」
…そしてこの瞬間、完全に恐怖は消えた。
………小狼君…大胆というか大物というか対応力というかこの…
いや、なんていうかもうね…。
ああ、あんなに怖がってた私が馬鹿みたいに思える冷静さだ…
いや、私別に銃が怖かった訳じゃないんだよ。日本でも持ち出されることだって極々稀に、稀にある訳だし。遭遇はした訳じゃないけど有り得ない話じゃない。
例えば警官なら普通に所持しているし。当たり前に存在してる一部が持つことを許されてるような物なんだから。
私が怖かったのはこの町にあるかもしれないっていうホラーであって…こんなに異質な町で余所者に冷たくなるのは何か隠し事があるんじゃないかって…
でもよくよく考えて、この人たちならホラーにも屈さないだろうし、どうでもいいやって。
冷静な人が居るだけでつられて冷静になるモンだから、私もまあ大丈夫でしょうと。
…思い至ってたんだけど?
「いえ、あの人が」
「そうなんですー」
……子供が?と疑わしい目で見られた小狼君は、ス、っと自然な動作でファイさんの方を手で示して、
ファイさんがそれに乗った。…乗りやがった、この人…!こんな突然な振りに!恐ろしくもあり助かったー!という思いもあり、私は複雑な思いに駆られながら流れていく展開を見守っていくのみ。
「で、この子とそっちの女の子が俺の妹でー、その子が助手でー、」
私とサクラさんが妹…って似ても似つかないんだけどちょっとぉやめてよー!!?とパクパクと口を開閉させて驚愕したのも束の間、小狼君を助手といい、残った黒鋼さんのことは…
「で、こっちが使用人」
「誰が使用人……」
使用人、と。
躊躇うことなく言ってのけたこの人は、本当に恐ろしい人だと身震いしながら尚且つ笑いを堪えながら。
どうやら黒鋼さんが口を滑らしそうになったのを服の中からモコナが頭突きを食らわせたらしく、黒鋼さんの短い悲鳴が響いて、ああああ…と恐れを感じながらも。
混沌とした展開に終止符を打ったのは、銃を構えた町の男達の奥からやってきた、
眼鏡で長い黒髪を後ろで結った、優男だった。
優男は町の男達を真摯に宥めて行く。それは正当な意見にも聞こえるし彼らからすればぐっと言葉に詰まって、現実と常識の狭間で揺れてしまうようなそれで…。
「やめなさい!」
「先生…!」
「旅の人にいきなり銃を向けるなんて!」
「しかし今の大変な時に余所者は…!」
「他所から来た方だからこそ無礼は許されません!」
……ああ!でも私達から見れば本当に天使のような人だ…まるで救世主!とリアルにキラキラした視線を向けてしまったけど。
私はすぐにピタリとその動作を止めた。
………?…何?なんだか凄く違和感を感じたような…。
別に何が起こった訳じゃない、何をした訳じゃない、何が聞こえた訳でもない、そう別段何も起こらなかったのだ。
なのに。違和感というものは一度感じてしまえばもう拭えない物で。…何に違和感を感じているのか?
わからない。全く分からないし、特にこれと言ったものじゃない…でも、しいて言うならば…
「失礼しました、旅の方達。
ようこそ『スピリット』へ」
………空間、に?
…って私、何メルヘンなこと考えてるんだよ、スピリチュアルかー!?
こういう系のは京じゃなきゃ感じ取れないはずなのにっ
京が嫌な気配を感じ取っている時も。よくないモノが住まうと噂されてる道を通らざるを得なかった時も。
京はとても青白い顔をしていて、私は何にも感じなくて。ひたすらに冗談を飛ばして飛ばして、その場を和ませるのが私の担当で、京としりとりをしながら帰り道を共にしたこともある。
京が言うにはそれは私達を守ってくれるような術なんだと。
どこからの知識だかは知らないけど、しりとりをする程度で京や私の身が守れるならば、と変な単語を繋げ合わせて最後は笑って帰ったものだ。
…で、その最中でも私は微塵も感じ取れなかったのに…
なんでこんなに違和感を感じるんだろう…なんだか、この世界…いや、この町は変。
怖い感じじゃない、でも。何かがある、と考えながら、
この町の医師をしているという優男…カイル=ロンダートと名乗った彼のお家にお邪魔することになった。
彼について行くと、そこは広く大きなお屋敷のようで。彼はなんと親切なことか、私たちをここに泊めてくれるらしい。
「ありがとうございます、泊めていただいて」
「気にしないでください。ここは元は宿屋だったので部屋は余ってますから」
彼の家…宿屋だったというそこはなるほど確かに広いし、いい感じの内装をしている。
…火をくべてある暖炉なんて、初めて見たかもー…とぽけーっとしてしまった。すっごーい。雰囲気あるなあー…。
思えば外国に出たこともないし飛行機も乗ったことないし。旅行は新幹線か船旅で国内のみ。
だからこそ、洋風なお家って程度でも凄くギャップや新鮮さを感じてしまう訳で…。
なんだか心底初の旅が異世界だなんて向かない人間だったんだなあ、と自分のステータスを見てげっそりした。一々くだらないことで騒ぐわけだよ…。
が。そんなほのぼのとした空間は続くことはなく…。
マグに温かなお茶まで注いでくれてありがたく頂いていたというのに、
勢い良く開かれたその扉とその男により、ティータイム阻止!音にびっくりして危うくお茶でドレスを汚すところだった。こっわー!
「どういうことだ先生!こんな時に素性の知れない奴らを引き入れるなんて正気か!」
「落ち着いてグロサムさん」
「これが落ち着いていられるか町長!まだ誰も見つかっておらんと言うのに!」
扉を荒々しく開けたグロサムさんというらしい髭の良く似合うダンディな厳格な殿方。
言ってることはまともな主張だけど、しかしそこに居る老いた町長さんをもう少し労わってあげて欲しいとあわあわしてしまった。
…確かに、伝説の通り子供達が次々と消えている、らしい。
一人も戻って来ていない、らしい。そこに現われた素性の分からない人間、しかもそいつらが入り込んでくるなんて。町を愛した人からすれば正気の沙汰だと思えないだろう。
…愛した、人?なのか、よく分かんないけど…言葉通りに受け取るならとても乱暴だけど、まあそうなんだろう
「だからこそです。この方達は各地で伝説や伝承を調べてらっしゃるとか。今回の件、何か手がかりになることをご存知かもしれまません」
…いや、別に調べてない…んだけど、ね…と引きつり笑いをしてしまった。
両者共々嘘を吐いていることが申し訳なくなってくる…。
「どこの馬の骨とも分からん奴らが何を知っているというんだ!」
「この地で暮らす者では分からないことを」
「これ以上何かあった後では遅いんだぞ!」
ああ…正論と正論がぶつかり合う…。
いや種が違う正論というか主張というのか。
とりあえず、私達を夜外に出さないようにと先生に慌てたような声で町長さんが告げてから、二人はこの家から出て行ってしまった。
この町の町長さんと、この町の土地の殆どの所有者、らしい。
御伽噺だと思っていたことが現実になり、子供達が消えてもう二十人。
警戒するには十分な被害だ。
カイルさんは私達に真摯な顔付きで言う。
「さっきグロサムさん達に言ったように、些細なことでもいいんです。子供達を捜す糸口があれば教えて下さい」
……まだ、止まない。
頭の中にきーんと響くような違和感、何かがズレてしまってしこりが残るような、何か。
カイルさんとの話し合いが終った後も、ずっと上の空だった。
…だって、気持ち悪い。特別何があった訳でもない、京のように何を視た訳でもない。ただ、なんとなく感じるこの空気…
…気味が悪い。とても、不愉快だ。
いったいこの町には何が在るんだろう。…何かが、居る?まさかそっちの勘が皆無だった私がいきなり敏感になるなんて、それこそあり得ないことだろうに。
「とりあえず宿は確保できたねぇ。ナイスフォローだったよ」
「父さんと旅をしていた時にもあったので」
「でも、中々深刻な事情だねぇ」
小狼君とへにゃ顔のファイさんが会話をしながら階段を上がり、それについて私達も二階に上がりこむ。
すると窓の外で町の人たちがランプを持って子供達を必死に捜している様子が見える。
本当に、中々深刻だ。
実際に、金の髪の姫が関係しているのか分からないけど、でも…
「とにかく今日はもう遅いしー。寝たほうがいいみたいだねぇ」
…とりあえず、万全の体調でなければ探し物もできないし、何があっても対処できない。
腹が減っては戦ができぬ、ではないけれど…
寝たほうがいいのは確実で。
……そしてサクラさんももう頑張りに頑張りすぎて、ふらぁ〜っと突然眠りに入ってしまった。小狼君がそれを支えてファイさんがドアを開けて、サクラさんを寝かしに入った。
いっぱい頑張って起きてたし、早くふかふかのベッドの上で眠ってほしいなあ、とぼんやりとその様子を見つめながらも、私は…
……。…、…………。
……ど、どうしよう…。私、色々と…そう、色々とファイさんに話さなきゃいけないことが、あるんだけど…話そうと思ってたん、だけど…
…全然話せるタイミングなんてなかったし、あったとしても凄く癪すぎて中々踏ん切りがつかなかっただろうし…
…でも絶対明日になったらもう話したところで「今更何?」ってことで!だから!
「…で、はさっきからどうしたのかなー?」
「……〜!!」
…〜!!あー!!こういう人だから、だから、だからヤだったんだよ!
まるでモゾモゾして話しあぐねてた私を、ずっと見透かしてこの瞬間を待っていたみたいな。
サクラさんを無事寝かし終えて暫く。廊下で一人立ち尽くしていた私にファイさんはにこにこ顔で声をかけてきた。びっくりして肩が跳ねてしまった。…本当にこの人はいつも唐突だし…!
黒鋼さんと小狼君は各自部屋を見つけて入って行ったし、
小狼君は少し気遣うような目をしていたけど、そのまま行ってしまった。彼には残るような理由もないしね…。
…私とサクラさんの部屋は、一緒らしい。女性同士だし、年頃も同じだし、その方が安心でしょうと。
…ムカつく。むかつく。本当に紳士にしているだけなのに、なんでこんなむかっ腹が立つんだろう。
そう考えながら、腹を括って私も口を開き始める。
その言葉が、
何かへのきっかけになるのだとは今は知らずに。