くだらない感情
5.誰かにとっての願い─霧の国→ジェイド国
昔々。北の町のはずれにある城に、美しい金の髪のお姫様がいたらしい。
ある日姫の傍に一羽の鳥が飛んできて。
輝く羽根を渡して「その羽根は力です。貴方に不思議な「力」をあげましょう」と言ったらしい。
…まず鳥が喋るなんて、という突っ込むべき所はあるけど、そうこれはあくまで伝説。御伽噺にすぎない訳であって。
姫は羽根を受け取って、そうすると王様と后様がいきなり死んで。
姫がその城の主になり。
そこからである。羽根にひかれるように、城下町から次々と子供達が消えていき…
──二度と帰ってこなかったそうな。
…って、アレ?これ伝説じゃなくて、実話なの?おいおい御伽噺で済ませておいてくれよと驚いたのはまた別の話である。
「うぅ゛ー…最っ悪だー…」
私達は次の国へと辿り着いた。
例によって私はまたすっ転びそうになったけどファイさんが受け止めて、
黒鋼さんはきちんと着地するしサクラさんは小狼君に支えてもらってるし、
モコナは……黒鋼さんの肩からころんと落ちそうになったから、慌てて小さな身体を受け止めたら、「ありがとっ!」と大変嬉しそうにされてしまって、
私も悪い気は全然しなくて、むしろとても可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて──…
っえっほん。ごふん。
決して悪いスタートではなかった。この際ファイさんの徹底エスコートなんてどうでもいいんだよ本当にもう既に。
ただ私が気に食わないのは、この国の…このジェイド国、というらしいこの寒い北国の、
「結いなおしてあげようかー?」
「……………、………。………はい…」
「すっごい間だねえー」
……なんとなくの感覚で言えば、中世ヨーロッパの貴族っぽいドレス着用が当たり前の習慣だっていう所だよ。
……ああー!もう最悪だよー!
最初にこの金の髪の姫の伝説、ってヤツを聞いたのも、酒場のようなレストランのようなお店でのことだった。
フッツーに食事なんてしてしまっていたけどこの国のお金はない。
だから何故だか賭け事をしてみれば負けなしだというサクラさんに賭け事をしてもらって、
周りから不審そうな目で見られる原因であるこの"見慣れない服"を脱ぎ捨てて。
ドレスを買った。更、に。追い討ちをかけるかのように馬なんてものも買った。サクラさんが滅茶ん苦茶ん似合っててまるでお姫様…
いや正真正銘お姫様だったよー!
男連中も凄く様になってて顔面偏差値が高すぎだし、
じゃあ私はってことになって…
…日本人の平均顔が、こんな仰々しいドレスが似合うかって言ったら、そうじゃないでしょ…?
「……さい、あく……っ」
もう、泣きそうだ。この公開処刑っぷりはなんなんだ。
もしかしてこれからも色んな国でこんなことがあるわけ?まさかこんな服装を強いられることになるなんて考えもしなかったよおおー!私にとっては盲点すぎた。
ただ身一つでいればいいと思ってたから、そんな所に着目点はなくて…
……私も例外なくドレスを着てる。「制服じゃ駄目ですか?」って聞いたら「「「不審に思われるから駄目」」」で満場一致だったから。
ふわふわの丈の長いドレス、ふんわり広がったドレス、後ろにある大きなリボンが早く綺麗に結べよと自己主張してるドレス…。
まさか洋服が普及していた日本人の私が着方が分からないなんて言わない。
ただ、幅が大きすぎるリボンが綺麗に後ろで結べなくて、苦戦していた所を見かねてファイさんが直してくれて。
…なんか、色々、こう、色々な物が終ってるなぁって。
「『力』をくれる輝く羽根…。なんだかサクラちゃんの羽根っぽいねぇ」
正直今の私には、馬に乗るだとかそんなモノ乗馬体験で乗ったことくらいしかないよとか、じゃあ俺の馬に一緒に乗ったらーとか言うファイさんの言葉もズルズルと人形のように魂が抜けた私を担いであれよあれよと馬に乗せてくれたこの現状もどうでもいい。
…ただ、生まれ変わるならお人形さんのように可愛い女の子になりたいなあって。
ぶっちゃけただのお人形さんでもいいからドレスや色んな衣装が似合う女の子になりたいわぁー…と疲れた吐息を吐くだけだった。
…別に、日本国内に居るんだったらコンプレックスなんて抱かなかった。必要が無いから。
でも私はこれから異世界を旅してきっと色んな民族衣装を着なきゃいけないんでしょー…?
「モコナまだ強い力は感じない」
「でも羽根がないとは言い切れないよねぇ、何か特殊な状況下にあるのかもしれないし。春香ちゃんの所でもそうだったしね」
寒い。吐いた息が白くなる。
凄く懐かしい感覚。…ああ、お家に帰りたい。異世界ジェネレーションギャップで、こんなくだらないことでホームシックになってしまった…。本当にくだらなすぎなんだけどさー…
住み慣れた国がいい。こんな公開処刑を受けるなんて聞いてないって。
これが旅の一環?知らないってばー。
こんな仰々しい格好するのは七五三の時と成人式の時と最後に一度限りの結婚式だけでいいんだよ、式を挙げる人ならね、本当に。
人間それだけで事足りるんだ、だから…
「で、行くのか」
「はい」
「北の町へ」
誰かが制服で居ていいと言ってくれるなら、私はその人が天使に見えるのに。
パクンパクンと馬が蹄を鳴らして進んで行く。
小狼君は例の如くサクラさんを一緒に乗せて、黒鋼さんはモコナと一緒に…アレ、モコナ何処に行った…?
対して私はお馴染みのファイさんが乗せてくれてる訳で、本当に助かるし、誰かが乗せてくれなきゃ私は歩いて行く所で、
それで、
「…大丈夫、ちゃんと似合ってるよ」
「……………。」
私は調子よく口説き文句のように、ナンパでもするかのように笑いかけたこの人を天使だなんて思いやしなかった。
…制服でいいって言ってくれたら天使だったかもねー!もうこの人が天使だなんて欠片も思っちゃいないしねー!
これもお世辞だって分かってるしむしろ本当に死に掛けな顔とテンションをしてるどん底な私を持ち上げさせてあげようとしてるだけだってわかってるし、
でも本当に心底ムカついたから腹に軽く拳を叩き込んでおいた。
しかーし、手が霜焼けするかってくらい冷えて感覚もなくなってる私の拳はまさか、ファイさんがチクリとでもダメージを食らうような拳技を繰り広げてくれるはずもなく、
私は最初からクライマックスなテンションでパクリパクリと馬さんに運ばれて行くのだった。
…二人分の体重って、馬さんも大変だよなあー…後で労わってやらなきゃー…
…ああー…。
「いい感じにホラーってるねぇ」
「そりゃどうでもいいが冷えてきたな」
「雪降りそうだもんね」
…通りでこんなに寒い訳だよなあー…
雲行きも怪しいし、本当に雪も降りそうだ。手袋なんてないし、上着は羽織ってるけど日本の暖かなヒートテックや暖気が逃げていかないような仕様だなんてはずがなく、
結構寒かったりする。
今進んでる道は一本道ではあるけど、曲がりくねった枯れ木の並木道のようになっていて、とても不気味ではある。ホラーってるというファイさんの言葉はあながち間違いではないと思うけど連想してしまうからヤメテ欲しい。切実に。何このお化け道…
これで寂れた洋館にでも辿り着いてしまったら確実である。
…何がって?何も言いたくないよー…。
「大丈夫ですか?」
「平気です。この服とても暖かいから」
寒い、寒い、寒い。
小狼君がサクラさんを気遣う様子を横目に、心の中でひたすら呪文のように寒い寒い唱え続けていた私に足りなかったのは…
サクラさんのような純粋な健気さか、現代日本での便利だった感覚を捨てる勇気か…。
どちらにしても自分が情けなくて上着についてるフードをすっぽり被った。
上着というかマントというのか…これもまたリボンやフリルや、花の飾りがついててヤな感じー…
いや他人が着てるのを見る分には最高にイイ感じー…
「そっか、サクラちゃんの国は砂漠の真ん中にあるんだっけ」
「はい。でも砂漠も夜になると冷えるから」
「黒るんとこはー?」
サクラさんは砂漠の国のお姫様。なんだか凄く神秘的で神聖なモノを感じるー…。本人も穏やかで気立てがいいし…グッと拳を握った。…とてもイイ!
まさか本物のお姫様、というヤツに会えるなんて思ってなかったよー!なんだか今更感激しちゃったー!
黒るん言うな!と憤慨していた黒鋼さんも、なんだかんだ付き合いがいいからちゃんと答えてくれる人だし、
ああ、なんていじりがいのある人なんだろう、と早く彼をいじり倒したくてうずうずする。
「日本国には四季があるからな。冬になりゃ寒いし夏になりゃ暑い」
「ファイの所はどうだったの?」
「寒いよー。北の国だったから。ここよりもっと寒いかな」
……黒鋼さん、日本国って言った今?
ニホンコク。日本であるけど日本じゃない、ってとこかな…。服装からして現代日本とはちょっと結びつきづらかったし…
でも何だか親近感がわいた!グッと距離が近づいた気がするよーっ
…心の中だけで。
…で、やっぱりファイさんは寒い所育ち、と…。
あれだけモコモコ暖かい服着てればそりゃそうか。
ぼーっと思案し続けていた私の目に、サクラさんが上目で見上げるように小狼君に問いかける様子が目に入った。
「小狼君は?」
「俺は父さんと色んな国を旅してたので」
「寒い国も暑い国も知ってるのね」
……あ、かわ…かわいい…なんかグッとキた……
旅に華のある女の子が居るって言うのはとてもよきことだと再認識した。
こんなオッサン叫びが咄嗟に出るような女子高生は女子高生と呼べない。華の女子高生とはよく言ったものだと現実を見つめなおしてみると凄くおかしかった。
実際女子校だって想像してるような所じゃないし、信じられるのは二次元のみだと思ってたけど…
異世界って、すっごいなー。捉え方によっては色んなモノが見れていいかもしれない、まだ見ぬ知らないモノ。
…あんまり異質すぎる明らかな異世界っぽいのは遠慮したいけど。
「……は?」
そして、私の名前が呼ばれて、思わず何事だと辺りをきょろりと見渡してしまったけど。
「……え?……ああ、私も日本だし…四季はあったし、それなりに」
「…ああ?日本?」
「あ、多分黒鋼さんとこのニホンコクってとことは違う日本ーかなー…?
…ああ、でももっと技術が発達してるから、思えばあんまり極限まで寒い思いってしたことないかも…」
それはファイさんからの私への問いかけだったらしい。
……びっくりした。いや、それは急だったのも不意打ちだったのもあるし、至近距離からだったのもあるし、
でも…
……この人また含みのある言い方したな。あーもう知らないー!
なんでだか察せてしまう自分が恨めしい、聞かれたくないなら聞かない方がいいことは沢山ある、でも…
明らかに私に対して何か思うところがあるってわかってるから、絶対関係ない訳じゃない。むかっ腹が立つこともある。
…いつか、ちゃんと要求だけじゃなくて、望みだけじゃなくて、理由も言ってくれるかなあー…とため息を吐きながらも、「日本」という言葉に黒鋼さんが反応したために説明してみた。
「技術?」
「ヒーターとか、暖房…部屋を暖めてくれる機械があったり。夏も然りで冷やしてくれるから、部屋にこもってばっかりで」
「…そりゃあいいな」
「でもあんまり人間として退化しちゃうのもねー。ちゃんと文明の利器に頼らないで自然を感じてないと、人類が二度と四季を感じれなくなっちゃったりして。」
「あ?なんでだ」
「えーと地球温暖化というものがありましてー。それについても色々説があるけど…。……そちらではないの?」
「んな妙なものはない」
「それは良いことだと思うなぁー。」
「確かにそう言われりゃあな」
約二名しか通じない日本談義に花を咲かせていたら、周りは取り残されていくし、それに気が付かないでぺちゃくちゃぺちゃくちゃと話していたら、「モコナこたつ好きーっ」と何処かからモコナの声が聞こえてきたんだけど、何処に居るのかまったくわからない。
…どこに行った!?ていうか何処から話してるの!?
謎の妙な空間が出来上がってしまった後、モコナの居場所はすぐに分かった。
「あれ!」
……ファイさんの胸元からにゅっと出てきたモコナに、まだ完全に慣れたとは言えない私は魂が抜けそうになり…
モコナが指差した看板の話だとか、小狼君がその看板の文字、「SPIRIT」を読めたとか。
盛り上がる仲間達を他所に、器用に私がずり落ちないように片手間に支えるすぐ傍のファイさんの腹に無言で拳を叩き込むしか出来なかった。
…寒い以前に気が抜けて力も入らないよあーあんなに可愛いのにーあとその自然な動作が腹立つんじゃくっそー!
…散々八つ当たりしてしまった自覚はあるので、後でちゃんと謝っておこうと思い直しながら、
辿り着いた異質な空気に包まれたその町に入り込んで行くのだった。
幾対もの、家内からこちらを監視するぎょろりと光る目。
…寂れた洋館じゃないけどこれも一種のホラーゲーじゃない……?
5.誰かにとっての願い─霧の国→ジェイド国
昔々。北の町のはずれにある城に、美しい金の髪のお姫様がいたらしい。
ある日姫の傍に一羽の鳥が飛んできて。
輝く羽根を渡して「その羽根は力です。貴方に不思議な「力」をあげましょう」と言ったらしい。
…まず鳥が喋るなんて、という突っ込むべき所はあるけど、そうこれはあくまで伝説。御伽噺にすぎない訳であって。
姫は羽根を受け取って、そうすると王様と后様がいきなり死んで。
姫がその城の主になり。
そこからである。羽根にひかれるように、城下町から次々と子供達が消えていき…
──二度と帰ってこなかったそうな。
…って、アレ?これ伝説じゃなくて、実話なの?おいおい御伽噺で済ませておいてくれよと驚いたのはまた別の話である。
「うぅ゛ー…最っ悪だー…」
私達は次の国へと辿り着いた。
例によって私はまたすっ転びそうになったけどファイさんが受け止めて、
黒鋼さんはきちんと着地するしサクラさんは小狼君に支えてもらってるし、
モコナは……黒鋼さんの肩からころんと落ちそうになったから、慌てて小さな身体を受け止めたら、「ありがとっ!」と大変嬉しそうにされてしまって、
私も悪い気は全然しなくて、むしろとても可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて──…
っえっほん。ごふん。
決して悪いスタートではなかった。この際ファイさんの徹底エスコートなんてどうでもいいんだよ本当にもう既に。
ただ私が気に食わないのは、この国の…このジェイド国、というらしいこの寒い北国の、
「結いなおしてあげようかー?」
「……………、………。………はい…」
「すっごい間だねえー」
……なんとなくの感覚で言えば、中世ヨーロッパの貴族っぽいドレス着用が当たり前の習慣だっていう所だよ。
……ああー!もう最悪だよー!
最初にこの金の髪の姫の伝説、ってヤツを聞いたのも、酒場のようなレストランのようなお店でのことだった。
フッツーに食事なんてしてしまっていたけどこの国のお金はない。
だから何故だか賭け事をしてみれば負けなしだというサクラさんに賭け事をしてもらって、
周りから不審そうな目で見られる原因であるこの"見慣れない服"を脱ぎ捨てて。
ドレスを買った。更、に。追い討ちをかけるかのように馬なんてものも買った。サクラさんが滅茶ん苦茶ん似合っててまるでお姫様…
いや正真正銘お姫様だったよー!
男連中も凄く様になってて顔面偏差値が高すぎだし、
じゃあ私はってことになって…
…日本人の平均顔が、こんな仰々しいドレスが似合うかって言ったら、そうじゃないでしょ…?
「……さい、あく……っ」
もう、泣きそうだ。この公開処刑っぷりはなんなんだ。
もしかしてこれからも色んな国でこんなことがあるわけ?まさかこんな服装を強いられることになるなんて考えもしなかったよおおー!私にとっては盲点すぎた。
ただ身一つでいればいいと思ってたから、そんな所に着目点はなくて…
……私も例外なくドレスを着てる。「制服じゃ駄目ですか?」って聞いたら「「「不審に思われるから駄目」」」で満場一致だったから。
ふわふわの丈の長いドレス、ふんわり広がったドレス、後ろにある大きなリボンが早く綺麗に結べよと自己主張してるドレス…。
まさか洋服が普及していた日本人の私が着方が分からないなんて言わない。
ただ、幅が大きすぎるリボンが綺麗に後ろで結べなくて、苦戦していた所を見かねてファイさんが直してくれて。
…なんか、色々、こう、色々な物が終ってるなぁって。
「『力』をくれる輝く羽根…。なんだかサクラちゃんの羽根っぽいねぇ」
正直今の私には、馬に乗るだとかそんなモノ乗馬体験で乗ったことくらいしかないよとか、じゃあ俺の馬に一緒に乗ったらーとか言うファイさんの言葉もズルズルと人形のように魂が抜けた私を担いであれよあれよと馬に乗せてくれたこの現状もどうでもいい。
…ただ、生まれ変わるならお人形さんのように可愛い女の子になりたいなあって。
ぶっちゃけただのお人形さんでもいいからドレスや色んな衣装が似合う女の子になりたいわぁー…と疲れた吐息を吐くだけだった。
…別に、日本国内に居るんだったらコンプレックスなんて抱かなかった。必要が無いから。
でも私はこれから異世界を旅してきっと色んな民族衣装を着なきゃいけないんでしょー…?
「モコナまだ強い力は感じない」
「でも羽根がないとは言い切れないよねぇ、何か特殊な状況下にあるのかもしれないし。春香ちゃんの所でもそうだったしね」
寒い。吐いた息が白くなる。
凄く懐かしい感覚。…ああ、お家に帰りたい。異世界ジェネレーションギャップで、こんなくだらないことでホームシックになってしまった…。本当にくだらなすぎなんだけどさー…
住み慣れた国がいい。こんな公開処刑を受けるなんて聞いてないって。
これが旅の一環?知らないってばー。
こんな仰々しい格好するのは七五三の時と成人式の時と最後に一度限りの結婚式だけでいいんだよ、式を挙げる人ならね、本当に。
人間それだけで事足りるんだ、だから…
「で、行くのか」
「はい」
「北の町へ」
誰かが制服で居ていいと言ってくれるなら、私はその人が天使に見えるのに。
パクンパクンと馬が蹄を鳴らして進んで行く。
小狼君は例の如くサクラさんを一緒に乗せて、黒鋼さんはモコナと一緒に…アレ、モコナ何処に行った…?
対して私はお馴染みのファイさんが乗せてくれてる訳で、本当に助かるし、誰かが乗せてくれなきゃ私は歩いて行く所で、
それで、
「…大丈夫、ちゃんと似合ってるよ」
「……………。」
私は調子よく口説き文句のように、ナンパでもするかのように笑いかけたこの人を天使だなんて思いやしなかった。
…制服でいいって言ってくれたら天使だったかもねー!もうこの人が天使だなんて欠片も思っちゃいないしねー!
これもお世辞だって分かってるしむしろ本当に死に掛けな顔とテンションをしてるどん底な私を持ち上げさせてあげようとしてるだけだってわかってるし、
でも本当に心底ムカついたから腹に軽く拳を叩き込んでおいた。
しかーし、手が霜焼けするかってくらい冷えて感覚もなくなってる私の拳はまさか、ファイさんがチクリとでもダメージを食らうような拳技を繰り広げてくれるはずもなく、
私は最初からクライマックスなテンションでパクリパクリと馬さんに運ばれて行くのだった。
…二人分の体重って、馬さんも大変だよなあー…後で労わってやらなきゃー…
…ああー…。
「いい感じにホラーってるねぇ」
「そりゃどうでもいいが冷えてきたな」
「雪降りそうだもんね」
…通りでこんなに寒い訳だよなあー…
雲行きも怪しいし、本当に雪も降りそうだ。手袋なんてないし、上着は羽織ってるけど日本の暖かなヒートテックや暖気が逃げていかないような仕様だなんてはずがなく、
結構寒かったりする。
今進んでる道は一本道ではあるけど、曲がりくねった枯れ木の並木道のようになっていて、とても不気味ではある。ホラーってるというファイさんの言葉はあながち間違いではないと思うけど連想してしまうからヤメテ欲しい。切実に。何このお化け道…
これで寂れた洋館にでも辿り着いてしまったら確実である。
…何がって?何も言いたくないよー…。
「大丈夫ですか?」
「平気です。この服とても暖かいから」
寒い、寒い、寒い。
小狼君がサクラさんを気遣う様子を横目に、心の中でひたすら呪文のように寒い寒い唱え続けていた私に足りなかったのは…
サクラさんのような純粋な健気さか、現代日本での便利だった感覚を捨てる勇気か…。
どちらにしても自分が情けなくて上着についてるフードをすっぽり被った。
上着というかマントというのか…これもまたリボンやフリルや、花の飾りがついててヤな感じー…
いや他人が着てるのを見る分には最高にイイ感じー…
「そっか、サクラちゃんの国は砂漠の真ん中にあるんだっけ」
「はい。でも砂漠も夜になると冷えるから」
「黒るんとこはー?」
サクラさんは砂漠の国のお姫様。なんだか凄く神秘的で神聖なモノを感じるー…。本人も穏やかで気立てがいいし…グッと拳を握った。…とてもイイ!
まさか本物のお姫様、というヤツに会えるなんて思ってなかったよー!なんだか今更感激しちゃったー!
黒るん言うな!と憤慨していた黒鋼さんも、なんだかんだ付き合いがいいからちゃんと答えてくれる人だし、
ああ、なんていじりがいのある人なんだろう、と早く彼をいじり倒したくてうずうずする。
「日本国には四季があるからな。冬になりゃ寒いし夏になりゃ暑い」
「ファイの所はどうだったの?」
「寒いよー。北の国だったから。ここよりもっと寒いかな」
……黒鋼さん、日本国って言った今?
ニホンコク。日本であるけど日本じゃない、ってとこかな…。服装からして現代日本とはちょっと結びつきづらかったし…
でも何だか親近感がわいた!グッと距離が近づいた気がするよーっ
…心の中だけで。
…で、やっぱりファイさんは寒い所育ち、と…。
あれだけモコモコ暖かい服着てればそりゃそうか。
ぼーっと思案し続けていた私の目に、サクラさんが上目で見上げるように小狼君に問いかける様子が目に入った。
「小狼君は?」
「俺は父さんと色んな国を旅してたので」
「寒い国も暑い国も知ってるのね」
……あ、かわ…かわいい…なんかグッとキた……
旅に華のある女の子が居るって言うのはとてもよきことだと再認識した。
こんなオッサン叫びが咄嗟に出るような女子高生は女子高生と呼べない。華の女子高生とはよく言ったものだと現実を見つめなおしてみると凄くおかしかった。
実際女子校だって想像してるような所じゃないし、信じられるのは二次元のみだと思ってたけど…
異世界って、すっごいなー。捉え方によっては色んなモノが見れていいかもしれない、まだ見ぬ知らないモノ。
…あんまり異質すぎる明らかな異世界っぽいのは遠慮したいけど。
「……は?」
そして、私の名前が呼ばれて、思わず何事だと辺りをきょろりと見渡してしまったけど。
「……え?……ああ、私も日本だし…四季はあったし、それなりに」
「…ああ?日本?」
「あ、多分黒鋼さんとこのニホンコクってとことは違う日本ーかなー…?
…ああ、でももっと技術が発達してるから、思えばあんまり極限まで寒い思いってしたことないかも…」
それはファイさんからの私への問いかけだったらしい。
……びっくりした。いや、それは急だったのも不意打ちだったのもあるし、至近距離からだったのもあるし、
でも…
……この人また含みのある言い方したな。あーもう知らないー!
なんでだか察せてしまう自分が恨めしい、聞かれたくないなら聞かない方がいいことは沢山ある、でも…
明らかに私に対して何か思うところがあるってわかってるから、絶対関係ない訳じゃない。むかっ腹が立つこともある。
…いつか、ちゃんと要求だけじゃなくて、望みだけじゃなくて、理由も言ってくれるかなあー…とため息を吐きながらも、「日本」という言葉に黒鋼さんが反応したために説明してみた。
「技術?」
「ヒーターとか、暖房…部屋を暖めてくれる機械があったり。夏も然りで冷やしてくれるから、部屋にこもってばっかりで」
「…そりゃあいいな」
「でもあんまり人間として退化しちゃうのもねー。ちゃんと文明の利器に頼らないで自然を感じてないと、人類が二度と四季を感じれなくなっちゃったりして。」
「あ?なんでだ」
「えーと地球温暖化というものがありましてー。それについても色々説があるけど…。……そちらではないの?」
「んな妙なものはない」
「それは良いことだと思うなぁー。」
「確かにそう言われりゃあな」
約二名しか通じない日本談義に花を咲かせていたら、周りは取り残されていくし、それに気が付かないでぺちゃくちゃぺちゃくちゃと話していたら、「モコナこたつ好きーっ」と何処かからモコナの声が聞こえてきたんだけど、何処に居るのかまったくわからない。
…どこに行った!?ていうか何処から話してるの!?
謎の妙な空間が出来上がってしまった後、モコナの居場所はすぐに分かった。
「あれ!」
……ファイさんの胸元からにゅっと出てきたモコナに、まだ完全に慣れたとは言えない私は魂が抜けそうになり…
モコナが指差した看板の話だとか、小狼君がその看板の文字、「SPIRIT」を読めたとか。
盛り上がる仲間達を他所に、器用に私がずり落ちないように片手間に支えるすぐ傍のファイさんの腹に無言で拳を叩き込むしか出来なかった。
…寒い以前に気が抜けて力も入らないよあーあんなに可愛いのにーあとその自然な動作が腹立つんじゃくっそー!
…散々八つ当たりしてしまった自覚はあるので、後でちゃんと謝っておこうと思い直しながら、
辿り着いた異質な空気に包まれたその町に入り込んで行くのだった。
幾対もの、家内からこちらを監視するぎょろりと光る目。
…寂れた洋館じゃないけどこれも一種のホラーゲーじゃない……?