許された自分、赦された領域
4.存在しない選択肢─高麗国→霧の国
怒り心頭である。
「ヤメテ。触らないで、近寄らないでこのド変態」
どーん。
そんな効果音が良く似合う。
この場はそんな言葉のせいで変な空気になってるし、小狼君はとても戸惑ってるし、モコナとか言ういつも元気な不思議生物はピタッと不自然なくらい静かにこっちを見てるし。
黒鋼さんはぶふっと吹き出して笑ってる。ざまぁみたいな感覚かもしれない。
…ざまぁ、だよ!私は怒ってるんだから本当!
天使なサクラさんが眠っててよかったー!と内心考えながらも、
この霧が辺り一面に漂う"新たな国"でビシっと言ってのけて。
「っ…へぶしゅッ」
最後にくしゃみをして最後の最後で台無しにした。
事の始まりはこうだ。
何故かあの秘術の国…高麗国で何故かこの人がじゃれついて来て、
サクラさんの羽根も手に入れたことだし…と世界移動をしようという空気の中で。私は春香ちゃんやその国の人にまともにお礼も出来なかった訳で。…また。
勝手にお借りした簡易的な救急箱と言っても、中身の傷薬は春香ちゃんのお母さんが作ったとても凄い傷薬。
そんなモノを借りてしまってお礼も言わず、「ぎゃーっ!!」なんて言う女子高生とは思えぬオッサン叫びでサヨナラしてしまうなんて何事かー!
怒り心頭、とにかく私をひょいと子供のように抱き上げたその腕を放せと容赦なく腹にどか蹴りした。
ら、離してくれたけど。
あまりにもあっさりトスンと地面に降ろすものだから、ふらついて。霧が漂って視界が悪かったというのも相まって。
私はそこにあった湖にドボンと落ちてしまった。……とても間抜けな悲鳴を上げて。
そして今に至る訳で。
…この人、少しは堪えたのか…?
こんな変態呼びの罵りで不本意に思わない訳がないし、悦ぶのであるならソイツは生粋のドMだし、
どっちに転んでもまあ、後者はとても気持ちが悪いけど、これからの弱味を握ったとも言えるし、うん、
別に人の性癖に何も文句なんて言わないし、その、あんまり至近距離には来ないで欲しいけど、全然気にしてないから、だから、
「ぎゃーっ!!」
「強がってても、そのままじゃ風邪引くよー?」
「つ、つよがって、ないし、変態変態!!近づかないでってばっ」
「じゃあさっきのくしゃみは…」
「ただの鳴き声だっつの!私の習性だわー!」
「じゃあもう一回」
「…………」
……くしゃみなんて早々自分で捻り出せるもんじゃぁないわ。
負けだ。敗北だ。自滅した。
まさか笑顔で気にした様子もなくばっさりと自分の上着をかけてくるとは思わなかったから悲鳴を上げながらじたばたもがいたけど、
正直寒いよ、がたがた震えてるし気温は低いし霧ばっかりだし、寒い、
風邪引きそう、でもさっきサクラさんが気が抜けたように眠ってしまったばっかりで、
生憎かけて上げられる毛布なんてない。
この人はこんなモコモコの上着着てるくらいだし、察するにきっと寒い所から来たんだと思う。この程度痒くもなさそうにしてるし。
そんなんだったらサクラさんにかけてあげたかった。
私の制服は入学半年とちょっとで冬服へとシフトチェンジしたばっかりだったし。でも対してサクラさんの服は夏服かっ!ってくらい薄地だし、なんでこう、優先順位がこう、だって、もう、
誰か、誰か助けてよ…!
そんな救いを求めるかのような視線をバッと辺りへ向けても。
「ガキの戯れに付き合ってられっか」
「…えーと…さんも早く暖まった方が…」
……もうこの人たちは、ファイさんの奇行を止める気も無いし、オカシイと思う常識も麻痺してしまったらしい。
本当にオカシイことなら薄情な人達じゃないし止めてくれるって分かってる、でもこのベタ甘やかしがオカシイと思う感覚が段々と慣らされて麻痺してる。
これが全て、このにこにこ顔のファイさんの手の内のことだとしたら…?
「、は、はなれ、て、クダサイ……」
「あはは、敬語」
「うわーんもうやだーっ」
怖いよお父さんお母さん京ー!
京が居ればきっと忠犬の如く守ってくれたことだろう。あれで鼻がきくから察知能力は高い。ぼけーっとして何も疑わずに過ごしてきた私の危機を察知してくれたのもいつも京だったし、その点じゃあ昔からお父さんお母さんにも危機感のない子供すぎて手をかけさせてしまった、
あの公園の男の子もいつも私を慕ってくれて、小さなボディーガードさんのように年上の私に手を焼いてくれて…
「……」
会いたい、と。
改めて考えることも、今までは無いに等しかった。こんな風に落ち着いていられなかったから。
びしょ濡れなブレザーを脱ぎ捨てて、サクラさんの傍に小狼君が作っていた焚き火にあたらせてもらう。
…小狼君はあの湖の中に何かがあるかもしれないと言ってずっと潜ってるし、黒鋼さんとファイさんと不思議生物モコナは遠くまで探索へ行ってしまった。
なんて申し訳ないことだろう。本当にお姫様でか弱くて、体調も万全じゃないサクラさんはともかくとして、私は何て情けないのかねー…。勿論、健康診断も予防注射もバッチリの健康体だ。健康優良児。
そして。
「……私だって、子供じゃないのに……いや、女子高生はまだ子供かも、でも、ここじゃ年齢なんて……」
そう、異世界に年齢なんて対して関係ない。
子供も働くしあの頃私が出来なかったことをしっかりとやっていたりする。
今の私の年齢の子達はもっと…。
…ああ、もうー。焚き火は凄く暖かいし、やっぱり本当にこの上着は冬国に居たって負けないくらいのモコモコっぷりで気持ちいい、冬国にいたりしたのか、四季がある国に居たのか、
あの人のこと、全く知らない、でもこの匂いがとても落ち着く、
眠くなる。優しい気持ちにさせてくれる陽だまりのような、これ、なんなんだろう。この感覚は、何。ただでさえいつもの無条件の受け入れ態勢が整ってしまってるのに、
この人はこんなに甘やかして何がしたいの、
「守ってあげる、傍に置いてくれますか?」なんてお姫様に言うような台詞、それはお姫様が魅力的だからこそ発せられる騎士の言葉で。
じゃあ私は。
「……よし、ん、乾いた」
でも私は確かにお姫様なんかじゃないから。あの日「はい」と言ってしまったけど。
本当に出来ることは甘んじて受けたくはない。今一番暖かくならなきゃいけないのはサクラさんだし、私は焚き火に当ってだいたい服も乾いてきたし。ちょっと湿気ってても、もう大丈夫。
ファイさんの上着の少し濡れてしまった部分も乾いた。私はいつの間にか彼の上着を手放して、焚き火にあたらせていて、それをそっとサクラさんにかける。
人の上着を勝手な判断で動かしてしまったけど、きっと怒りはしない。当然のことだから。人として当然なことだから、なんて台詞がするりと出てくるような状況だから、
服が乾いてしまえば私はこれを着ている理由なんて、ないんだから。
…ぶっかぶかだし、上から服に着られてる感じだし、凄く眠くなるし、
もう今も焚き火に当ってると眠くなるし、鳥肌立つしで本当に心から止めて欲しい。
「……霜、花……」
あの夢の人が誰かにしていたように。何もかもを赦すように。
甘えも怠けも醜さも弱さも衰えも挫けも呟きも、何もかも赦してくれるかのように、
包み込んで欲しくない、私が成りたかったのはそんなんじゃない、
ただ日常の合間に、平凡に生きてる最中、少しの勇気を振り絞ることもある、
少しの強さを見せて闘わなきゃいけないこともある、人生は他人に施してもらうモノじゃない。自分の人生は、自分で選択しなくては。
自分で自分を甘えさせて、日々を生きているからこそ……眠い。とても、眠い。そういえば最近、少し睡眠不足だったかも、だって、当たり前に見ていた夢を、一度も見てないから。安定剤のようだった当たり前が、
一度もそこに無いから…
でも、すっと眠りに入ってしまう。…サクラさんにかけてしまった上着がなくても、私は眠れる。
深い眠りに落ちて落ちて落ちて、時間が経ってく、
「……このぼけぼけは、お前のその異常な施しとやらを受ける気はねぇみたいだな」
「……そうだねぇ、でも」
それでも、ね
「……受けてもらわなきゃねぇ」
私が、どこかの誰かが、心から…喉から手が出る程欲しかったものは。ほんのすぐそこにある日常の合間の、
…、
………
……………
4.存在しない選択肢─高麗国→霧の国
怒り心頭である。
「ヤメテ。触らないで、近寄らないでこのド変態」
どーん。
そんな効果音が良く似合う。
この場はそんな言葉のせいで変な空気になってるし、小狼君はとても戸惑ってるし、モコナとか言ういつも元気な不思議生物はピタッと不自然なくらい静かにこっちを見てるし。
黒鋼さんはぶふっと吹き出して笑ってる。ざまぁみたいな感覚かもしれない。
…ざまぁ、だよ!私は怒ってるんだから本当!
天使なサクラさんが眠っててよかったー!と内心考えながらも、
この霧が辺り一面に漂う"新たな国"でビシっと言ってのけて。
「っ…へぶしゅッ」
最後にくしゃみをして最後の最後で台無しにした。
事の始まりはこうだ。
何故かあの秘術の国…高麗国で何故かこの人がじゃれついて来て、
サクラさんの羽根も手に入れたことだし…と世界移動をしようという空気の中で。私は春香ちゃんやその国の人にまともにお礼も出来なかった訳で。…また。
勝手にお借りした簡易的な救急箱と言っても、中身の傷薬は春香ちゃんのお母さんが作ったとても凄い傷薬。
そんなモノを借りてしまってお礼も言わず、「ぎゃーっ!!」なんて言う女子高生とは思えぬオッサン叫びでサヨナラしてしまうなんて何事かー!
怒り心頭、とにかく私をひょいと子供のように抱き上げたその腕を放せと容赦なく腹にどか蹴りした。
ら、離してくれたけど。
あまりにもあっさりトスンと地面に降ろすものだから、ふらついて。霧が漂って視界が悪かったというのも相まって。
私はそこにあった湖にドボンと落ちてしまった。……とても間抜けな悲鳴を上げて。
そして今に至る訳で。
…この人、少しは堪えたのか…?
こんな変態呼びの罵りで不本意に思わない訳がないし、悦ぶのであるならソイツは生粋のドMだし、
どっちに転んでもまあ、後者はとても気持ちが悪いけど、これからの弱味を握ったとも言えるし、うん、
別に人の性癖に何も文句なんて言わないし、その、あんまり至近距離には来ないで欲しいけど、全然気にしてないから、だから、
「ぎゃーっ!!」
「強がってても、そのままじゃ風邪引くよー?」
「つ、つよがって、ないし、変態変態!!近づかないでってばっ」
「じゃあさっきのくしゃみは…」
「ただの鳴き声だっつの!私の習性だわー!」
「じゃあもう一回」
「…………」
……くしゃみなんて早々自分で捻り出せるもんじゃぁないわ。
負けだ。敗北だ。自滅した。
まさか笑顔で気にした様子もなくばっさりと自分の上着をかけてくるとは思わなかったから悲鳴を上げながらじたばたもがいたけど、
正直寒いよ、がたがた震えてるし気温は低いし霧ばっかりだし、寒い、
風邪引きそう、でもさっきサクラさんが気が抜けたように眠ってしまったばっかりで、
生憎かけて上げられる毛布なんてない。
この人はこんなモコモコの上着着てるくらいだし、察するにきっと寒い所から来たんだと思う。この程度痒くもなさそうにしてるし。
そんなんだったらサクラさんにかけてあげたかった。
私の制服は入学半年とちょっとで冬服へとシフトチェンジしたばっかりだったし。でも対してサクラさんの服は夏服かっ!ってくらい薄地だし、なんでこう、優先順位がこう、だって、もう、
誰か、誰か助けてよ…!
そんな救いを求めるかのような視線をバッと辺りへ向けても。
「ガキの戯れに付き合ってられっか」
「…えーと…さんも早く暖まった方が…」
……もうこの人たちは、ファイさんの奇行を止める気も無いし、オカシイと思う常識も麻痺してしまったらしい。
本当にオカシイことなら薄情な人達じゃないし止めてくれるって分かってる、でもこのベタ甘やかしがオカシイと思う感覚が段々と慣らされて麻痺してる。
これが全て、このにこにこ顔のファイさんの手の内のことだとしたら…?
「、は、はなれ、て、クダサイ……」
「あはは、敬語」
「うわーんもうやだーっ」
怖いよお父さんお母さん京ー!
京が居ればきっと忠犬の如く守ってくれたことだろう。あれで鼻がきくから察知能力は高い。ぼけーっとして何も疑わずに過ごしてきた私の危機を察知してくれたのもいつも京だったし、その点じゃあ昔からお父さんお母さんにも危機感のない子供すぎて手をかけさせてしまった、
あの公園の男の子もいつも私を慕ってくれて、小さなボディーガードさんのように年上の私に手を焼いてくれて…
「……」
会いたい、と。
改めて考えることも、今までは無いに等しかった。こんな風に落ち着いていられなかったから。
びしょ濡れなブレザーを脱ぎ捨てて、サクラさんの傍に小狼君が作っていた焚き火にあたらせてもらう。
…小狼君はあの湖の中に何かがあるかもしれないと言ってずっと潜ってるし、黒鋼さんとファイさんと不思議生物モコナは遠くまで探索へ行ってしまった。
なんて申し訳ないことだろう。本当にお姫様でか弱くて、体調も万全じゃないサクラさんはともかくとして、私は何て情けないのかねー…。勿論、健康診断も予防注射もバッチリの健康体だ。健康優良児。
そして。
「……私だって、子供じゃないのに……いや、女子高生はまだ子供かも、でも、ここじゃ年齢なんて……」
そう、異世界に年齢なんて対して関係ない。
子供も働くしあの頃私が出来なかったことをしっかりとやっていたりする。
今の私の年齢の子達はもっと…。
…ああ、もうー。焚き火は凄く暖かいし、やっぱり本当にこの上着は冬国に居たって負けないくらいのモコモコっぷりで気持ちいい、冬国にいたりしたのか、四季がある国に居たのか、
あの人のこと、全く知らない、でもこの匂いがとても落ち着く、
眠くなる。優しい気持ちにさせてくれる陽だまりのような、これ、なんなんだろう。この感覚は、何。ただでさえいつもの無条件の受け入れ態勢が整ってしまってるのに、
この人はこんなに甘やかして何がしたいの、
「守ってあげる、傍に置いてくれますか?」なんてお姫様に言うような台詞、それはお姫様が魅力的だからこそ発せられる騎士の言葉で。
じゃあ私は。
「……よし、ん、乾いた」
でも私は確かにお姫様なんかじゃないから。あの日「はい」と言ってしまったけど。
本当に出来ることは甘んじて受けたくはない。今一番暖かくならなきゃいけないのはサクラさんだし、私は焚き火に当ってだいたい服も乾いてきたし。ちょっと湿気ってても、もう大丈夫。
ファイさんの上着の少し濡れてしまった部分も乾いた。私はいつの間にか彼の上着を手放して、焚き火にあたらせていて、それをそっとサクラさんにかける。
人の上着を勝手な判断で動かしてしまったけど、きっと怒りはしない。当然のことだから。人として当然なことだから、なんて台詞がするりと出てくるような状況だから、
服が乾いてしまえば私はこれを着ている理由なんて、ないんだから。
…ぶっかぶかだし、上から服に着られてる感じだし、凄く眠くなるし、
もう今も焚き火に当ってると眠くなるし、鳥肌立つしで本当に心から止めて欲しい。
「……霜、花……」
あの夢の人が誰かにしていたように。何もかもを赦すように。
甘えも怠けも醜さも弱さも衰えも挫けも呟きも、何もかも赦してくれるかのように、
包み込んで欲しくない、私が成りたかったのはそんなんじゃない、
ただ日常の合間に、平凡に生きてる最中、少しの勇気を振り絞ることもある、
少しの強さを見せて闘わなきゃいけないこともある、人生は他人に施してもらうモノじゃない。自分の人生は、自分で選択しなくては。
自分で自分を甘えさせて、日々を生きているからこそ……眠い。とても、眠い。そういえば最近、少し睡眠不足だったかも、だって、当たり前に見ていた夢を、一度も見てないから。安定剤のようだった当たり前が、
一度もそこに無いから…
でも、すっと眠りに入ってしまう。…サクラさんにかけてしまった上着がなくても、私は眠れる。
深い眠りに落ちて落ちて落ちて、時間が経ってく、
「……このぼけぼけは、お前のその異常な施しとやらを受ける気はねぇみたいだな」
「……そうだねぇ、でも」
それでも、ね
「……受けてもらわなきゃねぇ」
私が、どこかの誰かが、心から…喉から手が出る程欲しかったものは。ほんのすぐそこにある日常の合間の、
…、
………
……………