底に、底に、落ちる
3.選ばれた手高麗国

あの後、ファイさんとお家に戻ると、偵察から帰って来ていたらしい三人と顔をあわせた。
小狼君も何故か頭に怪我をしてるし、サクラさんはとても心配そうだし。
おんなじ所をたまたま怪我しちゃってる私と小狼君はお互いにびっくりしつつも、周りの人の協力で治療をしてもらって。
彼らはその羽根を持っているかもしれないという領主が居る城へ向かうらしい。
勿論戦いに、だ。

秘術とやらで結界が張ってある城。
それはあの店主さん…侑子さんと不思議生物モコナであちらと通信して、結界を破る術を貰う為に交渉して、
結局ファイさんの魔法具…?というらしい綺麗な杖をモコナに渡すことで交渉は終わり。
その結果を破るためのまあるい玉を持っていざ出発、ということで。

…私とサクラ姫は当たり前に待機組みだけど、女の子、春香ちゃんはそうもすんなりと納得できないらしい。


「いやだ!!行って領主を倒す!母さんのカタキを取るんだ!!」


…それは、そうだろう。この子の母親はその領主に汚い手で殺された。
敵討ち、っていう発想もおかしなことでもない。
敵討ちをする権利はある。でも、小狼君に縋るように服を掴んだ春香ちゃんの手を、
やんわりと解いて。小狼君は背を向けた。


「だめです。ここでサクラ姫と、さんと待っていてください」


突き放すような冷たい言葉。
背を向けられた瞬間は、絶望さえもしたかのように、「私が子供で…大した秘術も使えなくて…足手まといだから…」と悔しげに呟いたけど。

どんどん遠くなっていきそうな小狼君の背中。
サクラさんは優しく慈愛をこめたような優しい表情で、抱きしめた春香ちゃんに囁く。


「………違うと思う」


そう。多分小狼君はこれ以上春香ちゃんに迷惑をかけまいとしてる。
泊めてもらって、案内してもらって、とても好意的に接してくれて、色んな所で助けてくれた。そんな恩人に危ない目に合わす訳にはいけない。

…もし、自分たちが勝てなかったら、春香ちゃんは…。とか。考えることは沢山あるだろう。
…サクラさんはもう既に小狼君のことが分かってる。分かってきている。
記憶が無くなっても惹かれ合い、お互いを分かり合うように。
上手く歯車が噛み合うように出来てるのかもしれない。
人はその歯車が噛み合うと、ずっと傍に居たくなる。それはとても大切なこと。だから。…なんだか微笑ましくなっちゃったなあー…。


「……は…」


ふ、と少し眉を下げながら笑っていると、
春香ちゃんが私の名を呼んで、何かと思い視線を寄越すと、春香ちゃんはなんだか言葉を選んでいるようだった。
…まあ、待っていようとじ、っと見つめることに徹していれば、彼女はとんでもない爆弾を投下してくれた。


「恋人が、心配じゃないのか?」
「……は?」
「あのファイっていう男、お前の恋人なんだろ?は黙ってここで待ってることを選んだけど、でも不安だったり…」
「…ちょっと、ちょっと待って春香ちゃん?こ、こ、ここ恋人って……ていうか」


そんな、まさか。
まさかファイさんと私が恋人とか、有り得なすぎてさ、寒気が…!この常にお互いの腹を探り合ってるような関係が恋人だなんて笑止!もしくは昼ドラの泥沼恋愛!
あの人が立ち上がるだけでも異常に手を貸してくれたり、
歩く時にも手を差し伸べたりしてくれるからそんな風に受け取ってしまったんだろうけど…
…ああーっ本当にどうしてやろうかあの人は!!
守るとそんな風にエスコートすることは違うと思うけど…!?

あーもーあーもー、とんでもなく私も感覚が麻痺してたことに今気が付いた、
ありがとう春香ちゃん。どう考えてもあの動作はおかしい。仕草がおかしい。空気に流されたままにならないいでよかった、ようやく把握したわー。

…でも、不安?心配?きっと領主が居る城はRPGよろしくの大変な戦いになるんだろうけど…それでも、なんとなく、
いや確信して。



「……私は……あの人のことを信じてるからねー」


だってあの人はとても強いから。進んで戦いに行くようないつでも好戦的な人間じゃないけど、
きっと上手くひらりとかわして行くんだろう。器用だし世渡り上手いし戦いもそれなり、いやそれなり以上。多分大抵のことは戦うなり逃げるなり簡単に判断して出来そうだし。これからも。信じてる。いや、信じたい。あの人が裏で何を考えていても、信じてみたくなった。切なそうな、悲しそうな表情にある心。

分からなくても、私の何かで救われるというなら。それはとても幸福なことで、
誰かが、どんな人でも、例えば黒鋼さんや小狼君、サクラさん、…不思議生物でも。それはとても幸福。
幸せな、こと。


「……私も、大きくなったらそんな恋がしてみたい…たちみたいな恋…」
「…素敵、だね」
「な!相思相愛なんだな!!」


…だから、個人として好意を抱いて仲間を信じてるってだけで、
別に恋愛とかそんなんじゃないんだってば!
サクラさんを通じて旅仲間にそんな根も葉もないことが通じてしまったらどうしようと冷や汗をかきながらも、変に否定することはしなかった。だって、こういった女子に頑なに誤解を解こうと思っても余計事態は悪化するだけだって分かってましたからええ。


…色んな話をわいわいとして、空元気のような賑やかさはすぐに無くなって段々と静けさが増して言って。
事態はどんどん展開をして行く。小狼君達が城へと行ってから随分経った。

春香ちゃんとサクラさんは、異変を感じ取って城へと足を運ぶことにしたらしい。
でも私は断った。

…こういうこと言うとまた誤解されそうだけど。私はあの人を…
信じてるからねえ。きっと無事に帰ってこれるだろうって。 多分恐らくは五体満足でねー。心の底から信じてる。多分あの人に限らず三人共無茶なことはしてくるだろうと予想はしてるけど。……自分の根拠の無い無条件の受け入れ体制もおかしいとはわかってたけど。
なんで私はあの人をこんなにも信じていられるんだろう。
これは京や両親やあの男の子を心から信じているのとまた条件が違う。…正直何故こんなにも心を砕けるのかが分からない……でも、私はきっと待つんでしょう。

空の色がどんどん変わっていく。私は飲まず食わずでただ正座をして待つのみ。どれくらいそうして居ただろうか。
外が騒がしくなって、今まで嘘みたいに静かな町にわぁっと歓声が響き渡る。
…ああ、終ったんだあ…と少ない荷物を抱えてこの家を出た。

…遠くに、お城の近くに沢山の人だかりと、その中心に小狼君たちがいる。

ほっとしたのも束の間。動かした視線の先に、ボロボロで肌も服も焼け爛れたファイさんが居た。
勿論それは例外なく黒鋼さんも小狼君もだったんだけど…私は凄く悲しくなったし虚しくなったし悔しくなった。

ああ、もう、なんていうか、もう!あー本当に嫌だ嫌だ!


「…バカ、バーカ、アホ、馬鹿やろーめ」
「ひどいなぁー」
「……だって、私のこと守るっていってさあ、今回は違うけど、ファイさんがこんなにボロボロになって、みんな、私は傷つかないでさ、こんな、」


…こんなことだろうと思った。
勝手ながら春香ちゃんの家の簡易的な救急箱を持ってきてしまって、まず小狼君、黒鋼さん、そしてファイさんの順で手早く手当てを済ませていく。
小狼君は戸惑いながらも私の勢いに圧し負けてちゃんと治療させてくれたけど、
黒鋼さんは黙って施しを受けるようなタイプじゃないから、何か口を開こうとした瞬間にガッと足を踏ん付けてやって。
「…てめぇ…!」なんて唸って滅茶苦茶殺気立ってるけどはいはい止めてなんてやらない!

…こんなに酷い怪我の治療なんてしたことない、
たまたま風邪の対処法をネットで調べていたときに、関連するページで開いてしまったあそこを浅い興味で、ふーん、なんて言いながらみたくらいのもので。

…でも今はその浅い興味が恨めしい、私は薄っすらと残るばかりの記憶を掘り返して、
出来ることを。微量のそれを、全力でかかるのみなんだから。
小狼君は「ありがとう」と言ってくれた。黒鋼さんは「…フン」なんて鼻を鳴らしていたけどそれも彼なりの表現だろう。

…それ、で?



「……意外と器用だねー?」
「…器用なんかじゃないよ、いつもは。だってこんな時だから、ちゃんと頑張らなくちゃじゃん、だってさ」


…この人がどんなに心をこめてお礼を言ったとしても、あーもう苛立ちが抑えきれない。
怒り心頭、この人も例外なく足を踏ん付けてやる。しかし黒鋼さんよりも強く強く。
悲鳴も上げずピクリともしないこの人にとっちゃ痛くも痒くもないんだろうねー、と分かってはいたけどー!

…でも。
私がふとへにゃりと笑ってるファイさんの顔を見上げると、作り笑いをした彼の蒼い瞳と視線がかち合う。
じーっと見つめて見つめていくら見つめてもあまり綺麗に思えなくて。こんなに綺麗な蒼なのに。
自然な表情をしてる彼はとても魅力的に思えるし、
その瞳は綺麗なのに、なんでこんな、っとしつこいくらいに見つめていると、
野次馬達と旅仲間のじーーーーーっと食い入るような視線に気が付いて私はすぐにぐるっと回れ右した。

…羞恥心!何この惚気まくりのバカップルみたいなのあーっ本気で鳥肌が立った!!寒い!寒いだれかっ誰かあったかいもの!

…ああー最悪すぎるー!
念入りに何時間でも説明してこの誤解を取りたいとぐるぐると考えてるのに、この羞恥を浮かべた顔を隠すように頭を抱えて唸るばかりなのに。その張本人は笑ってばかりで。
…誰のせいでこんなに頭悩まされてると思ってるんだっつーの…ああ嫌だ嫌だ!なんて本当に憤慨しながらも。この人は今にっこりと本当の笑みだし、なんだか、もう。
それだけで全て許してしまいそうになるんだよ、私は。
駄目な男から惰性で離れられない女みたいで不本意極まりないわ!

背を向けてイライライラ。
手をとって囁くように告げた「ありがとう」にもイライライラ。
それがにっこりした嬉しそうな本当の笑顔に見えたからイライライラ。

要求はしても、その理由はついに教えてはくれない、嘘吐きにイライラ。