嘘吐きの吐息
3.選ばれた手─高麗国
一瞬きょとん、としてしまった。
「……これからももっとこんなことはあるよ」
××を××でよろしく、と何か要求をしてくるモノだと思ったけど、彼は世間話でもするかのようにこちらへと話しかけてくる。
繋がりがアレな物だから一瞬何事かと思ったけど…多分これからの話に必要な件なのだろうと頷いた。多分、そう。
誤魔化そうとなんてしてない、笑いながらもちゃんと真面目な顔してるから、
大丈夫。
「……そう、ですね。でも、ここは人々が生きてるから…まともに生きれてるから。
こんな風に苦しくても、そうだから。"他"よりは…マシなのかも…。でも、でも、ここよりもっと苦しい国に行くことはあるだろうって、分かってる」
例えば税金の話なんかじゃ済まない、戦争だとか、お話の中みたいな私が苦手な不思議生物が居たり、みんな善人ばかりじゃなく悪人しかいない世界、
私の親しい人が敵に回る世界、もそも"普通"の要素すらまったくない世界。きっと阪神共和国は稀すぎる。
ここは秘術だとか、領主だとか、まったく国も常識も認識も違う世界だし。
ガラッと変わったように見える。
でも次はもっと変わってく。どんどんどんどん変わって、そして、最後に何があるんだろう。…何があったって私は足を止めちゃいけない。
足を止めることは、命の重さを手のひら返して放り投げることだから。
…救った男の子の命を、投げ捨てることと一緒だから。
「……それでも行くんでしょう?」
「……行くよ。それであの子が……。私があの店で救ってくださいってお願いした、あの子が。生きれるなら。」
…そうだ、私は遠く離れなきゃいけない。
あそこと、あの子と離れることはどんどんあの子の先に繋がっていくこと、未来を作れること。
そう考えたら怖くなんてないじゃん。…全然怖くなんて、ない。
そっか、そうだったんだね。…私は甘ちゃんだった。紛うことなき現代人だし、親の庇護下にあって、守ってもらうことに慣れてて、意志も何もなかった、
強くならなくてよかった。だから普通じゃなくても許されたし、
少なくとも私には自分が変わらなきゃいけない"理由"が無かったわけだ。
…でも今は、生き延びるために強くならなきゃいけなんて曖昧な理由じゃなくて。
強くなることは、背負うこと。自分が身勝手に変えた男の子の未来を作ることだと。
そうと分かってる。だから私はちゃんとした理由が出来た。
強くなるための、確実な理由だ。
「私には、まだ力もちゃんとした意志もない甘ちゃんだし、子供だけど。
やれることがまだ残されてるなら、最後まで努力していたい。諦めたくない。例え最後に何を選択することになっても…それまで、ずっと」
笑った。また、笑えた。あの時と同じだ。
後悔なんてしてないって顔。晴々とした満足気な顔で、俗に言うドヤ顔だったりして。
ていうか、こんなこと話してファイさんの要求にどう繋がるんだろうと考えたりするけど。
あー、スッキリした。
ファイさんのお陰でまた救われちゃったよ。今までどうしようどうしよう悩んで重かった一歩が途端に軽くなった。
…うん、目標も意志もない人生ほどつまらないものはない、というかなんというか。
何をするために生きてるのか分からない。何をしたらいいのかも、日々分からない。
そんな曖昧な生き方をしていたようなものだったのかもしれない。
うーん、とぼーっと視線を外して考え込んでしまっていたけど、
ぎゅ、っと握っていた手に力が入ったと思ったら、「…それだけで、いいんだよ」と意味の分からないことを呟きく彼に、手を握り返されてしまいひっくり返る。
また主導権はファイさんにアリな握り方。
そしていったい何のマネだと睨むような視線を彼に向けた。でも。
瞬間、息を呑んでしまう。
「……守ってあげる」
「……は……」
「君に力がないなら、俺が力になる。君を守って傷が付かないようにしてあげる。でも君は力はないけど、意志はあるよ。」
蒼い瞳が。こちらを捉えて、離さない。
私はその瞳から視線を外すことが出来ないままで居る。
身体は硬直してしまっても、手ががっちりと握られてしまっていても。
頭の中は忙しい。
…この人、頭おかしいんじゃないの…?や、忙しいと言っても主にそれだけしか考えられないでいるんだけどさあ…?
ていうか狂人ってくらいだよ。酔狂な人もいたものだというか、
生粋のマゾヒストというか、まさかこんな普通の平均な日本人顔に一目惚れなんてした訳じゃあるまいに。
…絶対に、この人には何か理由がある。私に執着してこんなことを言ってみせてしまうような、深い理由がある。
…でも要求はそれだ。まさにこれこそ、要求。欲しがってるもの。
意味も理屈も理由も分かりやしないけど、
私が要求を言え!と口汚く罵ったから言ってくれたんだよ。
…ほんっとーに意味分からないけどね!?守ってあげる理由なんてないんだよ、貴方には本当に。
いつの間にかあんなにぐちゃぐちゃだった涙も引っ込んで、汗も引いて。
相変わらず血だけは流れてるけど。
…これは要求。この人の望み、でも…私はそれでも…
「…だから子供でも、力がなくても…何でもいい。
……傍に…置いくれますか?」
置いてくれますか?なんて下からの言い方をしたのにもぎょっとしてしまったのに、
何故か膝をついて跪いて、まるで大切なお姫様にでも接するように私の手を取るファイさん。
……もう、これ以上のことは…どんな不思議な異世界でも、これ以上に奇天烈なことは起こり得ないだろう…
分かった、でもね、でもねえ!私はねぇ!
「……はい。」
私はその要求だけは呑めないっていうか!と。
硬い意志でNO!を示そうと思ったんだけど。
………あれ?今、私なんて言った?
「……………は?………あ!違う!えっちょ、ちょっとたんま、今のナシ、ナシ、ナシったらナシ!!?言ってない、今の嘘!!」
「…そういえば嘘吐きってどこかの話じゃ凄く重い罪らしくてねー」
「待って。そういう脅しはやめて。あの、本当にそんなつもりじゃなく、今のはっ」
流れるように本当に口から滑り出てしまっただけの意味の分からない単語…
そう、奇声!なんかびっくりしてしゃっくりみたいに鳴いてしまっただけで、
待って、本当に、
嘘だ、こんなの、
全部夢なんだ。
「じゃあ、帰ろうかー。その怪我の治療もしなきゃ化膿でもしそーだし」
ふざけてないで、落ち着いて考えてみる。手を引かれてふらふらと歩きながら何度考えても。さっきの言葉。無意識のうちに、本当に自然に。
言葉が口から漏れていた。ちゃんと考えてみよう。いや考えなくても分かる。
…なんで?こんな扱いおかしい、この人何言ってるの本当に?
私にそんなことする義理ないし、会ったばっかりだし、優しいと分かってても少し怖くなる、私にそんなことする価値はないのに。
卑下はしてない、客観的に自分のステータスと行動を見つめなおしてみただけだ。
まさか労働対価も無しに無条件で守りたくなるような一目惚れされた覚えもないし。
そんなことを有り得ないと身の程を分かってるし。
「……あ、ありえ、な……」
でも、本当にいつの間にか。口は動いてた。返事を返してた。
…気持ち悪い、自分が。でも。
……実はこの人、膝を付いて手を取って、「はい」と言ってしまった後に手の甲に口付け的な?接吻的なことをしてくれたんですけどね。
本当に然るべき所に訴えてしまいたくなるような行為なんですけど、
すっごい腹立つし恥ずかしいんだけど!
…彼を見ていたら、羞恥も何も忘れて。何故だかそれこそ無条件に。何の理由も無しに凄く悲しくなってしまった。
そして心の底から湧き上る何かの感情。…怖い、いつもと違いすぎる、制御できない理解不能な自分への畏怖、恐ろしさ。
でも。
なんでこんなに目の奥が熱くなるんだろう。
なんで、私は。
こんなにもこの人が。
3.選ばれた手─高麗国
一瞬きょとん、としてしまった。
「……これからももっとこんなことはあるよ」
××を××でよろしく、と何か要求をしてくるモノだと思ったけど、彼は世間話でもするかのようにこちらへと話しかけてくる。
繋がりがアレな物だから一瞬何事かと思ったけど…多分これからの話に必要な件なのだろうと頷いた。多分、そう。
誤魔化そうとなんてしてない、笑いながらもちゃんと真面目な顔してるから、
大丈夫。
「……そう、ですね。でも、ここは人々が生きてるから…まともに生きれてるから。
こんな風に苦しくても、そうだから。"他"よりは…マシなのかも…。でも、でも、ここよりもっと苦しい国に行くことはあるだろうって、分かってる」
例えば税金の話なんかじゃ済まない、戦争だとか、お話の中みたいな私が苦手な不思議生物が居たり、みんな善人ばかりじゃなく悪人しかいない世界、
私の親しい人が敵に回る世界、もそも"普通"の要素すらまったくない世界。きっと阪神共和国は稀すぎる。
ここは秘術だとか、領主だとか、まったく国も常識も認識も違う世界だし。
ガラッと変わったように見える。
でも次はもっと変わってく。どんどんどんどん変わって、そして、最後に何があるんだろう。…何があったって私は足を止めちゃいけない。
足を止めることは、命の重さを手のひら返して放り投げることだから。
…救った男の子の命を、投げ捨てることと一緒だから。
「……それでも行くんでしょう?」
「……行くよ。それであの子が……。私があの店で救ってくださいってお願いした、あの子が。生きれるなら。」
…そうだ、私は遠く離れなきゃいけない。
あそこと、あの子と離れることはどんどんあの子の先に繋がっていくこと、未来を作れること。
そう考えたら怖くなんてないじゃん。…全然怖くなんて、ない。
そっか、そうだったんだね。…私は甘ちゃんだった。紛うことなき現代人だし、親の庇護下にあって、守ってもらうことに慣れてて、意志も何もなかった、
強くならなくてよかった。だから普通じゃなくても許されたし、
少なくとも私には自分が変わらなきゃいけない"理由"が無かったわけだ。
…でも今は、生き延びるために強くならなきゃいけなんて曖昧な理由じゃなくて。
強くなることは、背負うこと。自分が身勝手に変えた男の子の未来を作ることだと。
そうと分かってる。だから私はちゃんとした理由が出来た。
強くなるための、確実な理由だ。
「私には、まだ力もちゃんとした意志もない甘ちゃんだし、子供だけど。
やれることがまだ残されてるなら、最後まで努力していたい。諦めたくない。例え最後に何を選択することになっても…それまで、ずっと」
笑った。また、笑えた。あの時と同じだ。
後悔なんてしてないって顔。晴々とした満足気な顔で、俗に言うドヤ顔だったりして。
ていうか、こんなこと話してファイさんの要求にどう繋がるんだろうと考えたりするけど。
あー、スッキリした。
ファイさんのお陰でまた救われちゃったよ。今までどうしようどうしよう悩んで重かった一歩が途端に軽くなった。
…うん、目標も意志もない人生ほどつまらないものはない、というかなんというか。
何をするために生きてるのか分からない。何をしたらいいのかも、日々分からない。
そんな曖昧な生き方をしていたようなものだったのかもしれない。
うーん、とぼーっと視線を外して考え込んでしまっていたけど、
ぎゅ、っと握っていた手に力が入ったと思ったら、「…それだけで、いいんだよ」と意味の分からないことを呟きく彼に、手を握り返されてしまいひっくり返る。
また主導権はファイさんにアリな握り方。
そしていったい何のマネだと睨むような視線を彼に向けた。でも。
瞬間、息を呑んでしまう。
「……守ってあげる」
「……は……」
「君に力がないなら、俺が力になる。君を守って傷が付かないようにしてあげる。でも君は力はないけど、意志はあるよ。」
蒼い瞳が。こちらを捉えて、離さない。
私はその瞳から視線を外すことが出来ないままで居る。
身体は硬直してしまっても、手ががっちりと握られてしまっていても。
頭の中は忙しい。
…この人、頭おかしいんじゃないの…?や、忙しいと言っても主にそれだけしか考えられないでいるんだけどさあ…?
ていうか狂人ってくらいだよ。酔狂な人もいたものだというか、
生粋のマゾヒストというか、まさかこんな普通の平均な日本人顔に一目惚れなんてした訳じゃあるまいに。
…絶対に、この人には何か理由がある。私に執着してこんなことを言ってみせてしまうような、深い理由がある。
…でも要求はそれだ。まさにこれこそ、要求。欲しがってるもの。
意味も理屈も理由も分かりやしないけど、
私が要求を言え!と口汚く罵ったから言ってくれたんだよ。
…ほんっとーに意味分からないけどね!?守ってあげる理由なんてないんだよ、貴方には本当に。
いつの間にかあんなにぐちゃぐちゃだった涙も引っ込んで、汗も引いて。
相変わらず血だけは流れてるけど。
…これは要求。この人の望み、でも…私はそれでも…
「…だから子供でも、力がなくても…何でもいい。
……傍に…置いくれますか?」
置いてくれますか?なんて下からの言い方をしたのにもぎょっとしてしまったのに、
何故か膝をついて跪いて、まるで大切なお姫様にでも接するように私の手を取るファイさん。
……もう、これ以上のことは…どんな不思議な異世界でも、これ以上に奇天烈なことは起こり得ないだろう…
分かった、でもね、でもねえ!私はねぇ!
「……はい。」
私はその要求だけは呑めないっていうか!と。
硬い意志でNO!を示そうと思ったんだけど。
………あれ?今、私なんて言った?
「……………は?………あ!違う!えっちょ、ちょっとたんま、今のナシ、ナシ、ナシったらナシ!!?言ってない、今の嘘!!」
「…そういえば嘘吐きってどこかの話じゃ凄く重い罪らしくてねー」
「待って。そういう脅しはやめて。あの、本当にそんなつもりじゃなく、今のはっ」
流れるように本当に口から滑り出てしまっただけの意味の分からない単語…
そう、奇声!なんかびっくりしてしゃっくりみたいに鳴いてしまっただけで、
待って、本当に、
嘘だ、こんなの、
全部夢なんだ。
「じゃあ、帰ろうかー。その怪我の治療もしなきゃ化膿でもしそーだし」
ふざけてないで、落ち着いて考えてみる。手を引かれてふらふらと歩きながら何度考えても。さっきの言葉。無意識のうちに、本当に自然に。
言葉が口から漏れていた。ちゃんと考えてみよう。いや考えなくても分かる。
…なんで?こんな扱いおかしい、この人何言ってるの本当に?
私にそんなことする義理ないし、会ったばっかりだし、優しいと分かってても少し怖くなる、私にそんなことする価値はないのに。
卑下はしてない、客観的に自分のステータスと行動を見つめなおしてみただけだ。
まさか労働対価も無しに無条件で守りたくなるような一目惚れされた覚えもないし。
そんなことを有り得ないと身の程を分かってるし。
「……あ、ありえ、な……」
でも、本当にいつの間にか。口は動いてた。返事を返してた。
…気持ち悪い、自分が。でも。
……実はこの人、膝を付いて手を取って、「はい」と言ってしまった後に手の甲に口付け的な?接吻的なことをしてくれたんですけどね。
本当に然るべき所に訴えてしまいたくなるような行為なんですけど、
すっごい腹立つし恥ずかしいんだけど!
…彼を見ていたら、羞恥も何も忘れて。何故だかそれこそ無条件に。何の理由も無しに凄く悲しくなってしまった。
そして心の底から湧き上る何かの感情。…怖い、いつもと違いすぎる、制御できない理解不能な自分への畏怖、恐ろしさ。
でも。
なんでこんなに目の奥が熱くなるんだろう。
なんで、私は。
こんなにもこの人が。