\ 正しく理解しましょうの会
それは止められる程度の
1.笑う人阪神共和国

あの人はいつの間にか本当の表情を見せてくれるようになった。
あの人はいつの間にか私のなまえを呼び捨てにするようになった。
あの人はいつの間にか私の手を引いてくれてる
あの人は、いつの間にかやって来て私に言葉を投げかけてくれる

なんてお節介で懐っこい人だ、そんな性分じゃないくせに、と考えながらもなんとなく違和感を感じてしまってたりする。
…言葉が通じなくなったあの時見せた表情、なんて言ってたのかわからなかった言葉、
なんで、だろう

いつの間にかあの人は、こんなに短期間で私に自分のことを考えさせてる。
もしこれが彼の策略のうちさ!って言われたら腰抜かすわぁー…。まあ私なんかにそんなことする意味もメリットも何もないんだけど。
別に考えるといっても恋だとか愛だとかトゥクン…なんてものは微塵も無い考えなんだけども。

…わかってるけど。



「……でっかかったなぁ……あんなのが巧断かー…」


いつの間にか繰り広げられたファイさんの戦いに決着がつき、いつの間にか笙悟さんという自警団っぽいチームのリーダーが来て、
いつの間にかファイさんと戦ってたアイドルの可愛い女の子と何か話していて。
いつの間にか阪神城の下に何百と集ってる男達の叫びで嫌でも理解した。なんだリアルの充実者かあー…

最後に正義君の人型巧断が巨大化したのには恐れ入ったけど、それよりもなんとなく個人的にええーっと思ったのは…


「現代の巧断ってすっごーいなー…いや昔を知らないけど、マイクで攻撃?…私の巧断がなんなのか末恐ろしいわー…全然姿見せてくれないけどー…」


アイドルの女の子のマイクを使った声での攻撃。
私なら絶対一言も発せられないままお仕舞いである。そんな風に戦える声を持ってないし度胸もない、そう考えたら自分と相性のいい巧断じゃなかったら地獄だなとぞっとしてしまったりして。

なんだかいつの間にか色んなことへの決着がついてるし、
「ここは危ないよ」と通りがかりに心配してくれたおばあちゃんを、やんわーりと断ると何度も何度も危ない危ない、と心配してくれて、
それでも。ごめんなさいと厚意を無下にするようなこと。と申し訳なく思いながら眉を下げて笑えば、

きゅっとおばあちゃんも同じように眉を寄せて。持っていた焼き芋がいっぱい入った紙袋をくれて去って行った。
…なんか戦場に残る者への餞別みたいな感じだったけど、私、当分死んでやる予定ありませんから意地でも。絶対。
おばあさんの厚意…ほかほかの焼き芋を食べながら観戦して、暫く食べることに夢中になっていたら、
いつの間にか迎えがやってきたみたいだ。


「わー、満喫してるねー」
「スイマセンねー、この焼き芋とても美味しくて美味しくてもう動けない感じで」
「……冗談だよー」



やっぱり迎えに来たのはファイさんだったし、
真っ先に歩いてくる彼の後方からゆったり歩く黒鋼さんは相当訝しげだったし、
小狼君はなんだか何かを抱えて猛ダッシュで下宿屋の方へ走っていったし。


「あーあ、あれじゃ追いつけないやー。多分、見付かったんだね探し物…嬉しそう」
「…わかったー?」
「あの様子じゃ一目瞭然ですねぇー」
「…そっかあ」
「そうですねぇ」
「…おい、そこのぼけぼけ」
「どっちのぼけのこと呼んでるのー?」
「こっちのぼけ子のことー?」
「うるせぇ!一つ寄越せ」
「あー、黒ぴーも腹減りかぁ」
「ぼけ子は優しいからぼけ子扱いされても恵んであげますーぅ、ほら大きくなるんですよぉー」
「〜〜!!てめぇら……」


「「あっははー」」


……、あ、今黒鋼さんを一緒にからかって、一緒に同じ調子で合わせて、
最後に一緒に笑ってみて分かった。
…この人と私、波長が似てる気がする。それは気が合う、とかの意味の波長とも似てるけど、根本の部分が似てる気がして、
話し方とかも少し似た調子だし、案外上手くやれてる、もしかしたら、だけど。やっていけるかもしれないと思った。

この旅の仲間達の中で一番心許しながら、相反して一番疑っているこの人と。


下宿屋に向かう道中で二人に話してもらった。
サクラさんの羽根とやらは正義君の巧断の中にあったらしく、あの大きく巨大化してしまった巧断も羽根の影響とやらで、
曰く小狼君はやっぱり羽根を取り戻したからあの猛ダッシュっぷりだった、と。

見付かったことを嬉しそうに告げた背中越しに、たどり着いた下宿屋では嵐さんも空汰さんもそれは嬉しそうにしてくれたけど。
部屋に上がり、眠るサクラさんの部屋にやってきて、すぐさま傍に寄る小狼君にようやっと追いついて。
その背中を見つめた時には。


「……あなた、だぁれ?」



彼は、己の対価と直面した瞬間だったらしい。
…聞いた。また人伝に。本人から聞けるような立場に居るとは思えないし、なんとなく嵐さんや空汰さんからほのめかしてもらう程度に。

サクラさんはお姫様。小狼君はその幼馴染。とてもお互いが大切。
でも羽根が、サクラさんの記憶が飛び散ってしまい、このままではサクラさんは死んでしまう。

…私と一緒だ。誰かの命の重みを背負う代わりに、大切なものを失ってしまった。
もう戻らない物を思うのはとても虚しい。
でも小狼君は笑ってた。
失ったのは、小さい頃から培って、少しずつ育んだサクラさんとの関係性。



「俺は小狼、あなたは桜姫です」



私は失ってしまったモノを前にそんな風に笑える程きっと強くないだろう。
でも失ったモノが目の前に現われない限り、決めたよ。
私は死なない。…死んでやるもんか。

だって、あの大事な男の子を救うために無抵抗で命を投げ出すなんて悲劇さは誰も望んでないんだよ。大切なモノを引き換えにしても、
これ以上は失わせない。だって、無意味だ。
私はそこまで絶望してない。…まだ。希望を見出そうとしてる。

まずは心を強く持とうとしてる、異質なモノを目の前にしても、まずは、まずは一歩足を動かしてみる。出来ること、微量ながらやれること。
戦えないなら足を動かせ。動かして動かして、迷惑にならないように逃げるだけ。
逃げて逃げて逃げてしまえばもうこっちの勝ちなんだから!

──逃げれないなら



「どうか落ち着いて聞いてください、あなたは他の世界のお姫様なんです」
「他の…世界?」
「今あなたは記憶を失っていて、その記憶を集めるために異世界を旅してるんです」
「…一人で?」
「…いいえ。一緒に旅をしてる人がいます」
「あなたも…一緒なの?」
「…はい」


逃げれないなら


「……知らない人なのに……?」



その先を賢く選択するしか、ないんだろうねえー。



「……はい」


……ああ、嫌だ嫌だ、こんなの普通じゃない、こんなの現実的じゃないし、
受け止めたくない、また足がすくんだまま動けない、異質なものを目の前にしてると思ってる。だから、一歩。震える足を踏み出してみなくては。
現実を受け止めなくては。
逃げちゃいけないものには逃げちゃいけないと教え込まなきゃ。
逃げれるものは逃げて、しっかり戦うものには戦うの

到底私は戦えるようになんてならないだろうから、そう微量なこを、"全力"でやりにかかるんだよ。

…だから。震える足を一歩。力んで固まる足を一歩、前に、一歩、この部屋の境目の中に一歩、
震える足がだんだん持ち上がってく。
もうすぐだ、私の足はやっと動く、自分の意思で動ける、
もう少しで私は私のことをちゃんと面倒みれるんだから、
だらか、

まずは
もうすぐそこにある。

「…、ちょっとここで待っててー」
「……え」


一歩を。